私のキャラクターシートにはおちんちんが足りない   作:傘花ぐちちく

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第一章「処女厨密猟旅行」
第一話「密猟計画」


*

 

 闇の中、粘性のある液体が身体を覆っていた。

 

 もがいて、もがいて、もがいていると大きなものに包まれて、引きずり出された。

 

 私の目に光が飛び込んだ時――見たのだ、笑顔の女性を。

 

 何故かはっきりとした視界に映るその人は「ユウラン」と名前を呼んだ。

 

 大きな人間に囲まれた中、彼女は布でくるまれた私を抱きしめた。

 

 本能的に、その女性が母で、私が赤子であることを悟った。

 

 そして、私は大切な何かを失ったと気付き……泣いた。

 

 喉が枯れるほど、医者が心配するほど。

 

 そう、私には――おちんちんが無い。

 

 

 

 私は赤子らしい赤子ではなかった。

 

 泣き喚くことはあったし、しょっちゅう寝ていたし、ご飯を嫌がることもしばしばあった。

 

 だが、泣き方を変えて何が必要なのかアピールし、必要なものを指差し、時たまベッドを壊し、オマケに魔法も使った。

 

 生まれながらにして己を知り、己でない者の影響を受け、まるで大人のように物事を考えていた。

 

 父は私を天才だと褒めそやしてどこぞの魔術師に弟子入りさせようとしたが、母がそれを止めてくれた。

 

 その話題が出る度に渋い顔をしていたおかげだろうか、ともかく、普通の子供と(少し)同じように育てられた。

 

 だが、私の脳内では前前世の記憶の断片が蘇り、「キャラクターシート」が私の正体を示していた。自分のデータがあるというのは、妙な感覚だった。

 

 

 ユウラン・アルシップス、種族:ドラグニカ。冒険者レベル1。ソーサラー技能レベル1。経験点2000。

 

 筋力17、生命力18、器用度13、敏捷度13、知力19、精神力21。

 

                                    』

 

 私の個性や性格と呼べるものの大半は、前前世のもので形成されている。

 

 この世界がTRPG――テーブルトークロールプレイングゲームの世界であると知り、私の「キャラクターシート」があると理解した時。

 

 私はこの世界で生きていなかった。

 

 どこか俯瞰した態度で、上から目線で、やや無関心気味で、それでも褒められたらちょっと嬉しくて、あらゆるものがデータに過ぎないと思っている子供だった。

 

 幼少期の私は言うまでもなく歪んでいた。

 

 ある種の万能感と、世界を見下ろすような孤独に苛まれていた。

 

 しかし、親からしてみれば優秀な子供だった。産まれた時から多くの物事を隠していようとも。

 

 2歳にしてソーサラー技能――真語魔法を習得し、3歳にして大人のように話し、4歳で真語魔法の第一階梯を網羅し、多くの才能に恵まれていた(ように思われた)。

 

 就いた家庭教師は教えることが無いと一週間で去り、父は鼻高々になっていた。

 

 一方で、母は心当たりがあったのだろう。

 

 彼女が病床に伏せる随分と前に、話したことがあった。

 

 ある日の屋敷の庭で。近づいてきた母から距離を取る私に、こう言った。

 

「この世にはね、自分が生まれる前のことを、覚えている人がいるのよ」

 

 私は返事をしなかった。

 

 実在の疑わしいハリボテが笑顔で世話をしてくれるのが、怖かった。

 

 私は大人のように言葉を使うが、子供のような感情だけは誤魔化せなかった。

 

「そういう人たちと、お話したことがあるの。お母さん、導神の神官さんだったのよ」

 

 TRPG「ドラゴンソード」には【転生】の魔法があるが、それは私のような「転生者」を産む魔法ではない。私はいわゆる外の世界から来ており、【転生】の魔法はあくまで「ドラゴンソード」の世界内における転生の魔法だからだ。

 

 正しく異質で、私は自分自身を「記憶の断片」に委ねようとしていた。

 

 しかし、私が転生していると気づいてもなお、母は真摯に向き合ってくれた。

 

「ユウランはユウランよ。記憶の中の誰かじゃないわ」

 

 その時だ、その時なのだ。

 

 私がユウラン・アルシップスとして生を受けたのは。

 

 あの優しい微笑みに初めて抱き着いたのは。

 

***

 

 シキブからの依頼を終えて帰路につくユウラン。

 

 彼女の実家はシムロンには無いため、現在の家はシムロン冒険者養成学校の寮で、女性寮の個室であった。

 

 今日は珍しいことに、門をくぐった所で寮長に呼び止められた。ベレー帽にピンクの服を着た初老の女性だ。

 

「アルシップスさん、お母様からお手紙が届いていますよ」

「ありがとうございます……そういえば、そろそろでしたね」

 

 ユウランは母との約束を思い出した。冒険者養成学校に行く条件の1つで、一ヶ月ごとに必ず手紙を送り合うというものだ。

 

 ユウランは受け取った手紙を両手に持ったまま、小走りで個室に飛び込んだ。

 

 その勢いのままベッドに腰掛け、ハードレザーなど身に着けているものも気にせず寝転がる。

 

 封を乱暴に千切って中身を取り出し、小さく折られた紙束を開いた。

 

『親愛なるユウラン・アルシップスへ

 

 一ヶ月ぶりですね、順調にいっているみたいで良かったです

 

 ユウランはあまりお友達を作りたがらないから心配していました』

 

 内容は健康の心配とか、いつでも帰ってきていいとか、自分の体調や家族のこととか、そういうことが沢山書いてあった。

 

『愛を込めて、リーネ・アルシップスより』

 

 4枚に込められた言葉を2回、3回と見返して、封筒に戻す。

 

 本来なら、あと何年も経たない内に死んでしまうであろう肉親からの手紙だ。

 

(……誰もパーティーを組んでくれなくなったなんて書いたら、体調が悪くなったりしない?)

 

 ユウランはそんな事を考えながら返事をしたため、新しい封筒に入れる。

 

 書き終わる頃には窓の外が暗くなってきたので、彼女は木机の上にある魔法機器を弄り、灯りを点けた。

 

 それから、小さい棚からいくつかの資料を取り出し、机に広げ、最後に地図とメモを中心に置いた。

 

(第一の計画、少々早いですが……依頼を受けられないなら仕方ありません)

 

 

 

 第一章「処女厨(ユニコーン)密猟旅行」

 

 

 

 翌朝、ユウランは冒険者の宿に向かった。

 

 寮を出て昨日と同じ道順を辿っていくが、蟻の越冬亭を通り越して大通りの方へ。

 

 同じ所に行けば門前払いされるのは明白だ、あの店主はユウランの見立てでも昨日今日で考えを変えるタイプではない。

 

 学校周辺は冒険者見習いが多く治安も良いが、一度離れれば「交易都市シムロン」と呼ばれる所以を知るだろう。

 

 大通りの端には途絶える気配が無いくらい商店や宿屋が立ち並び、石畳の上を馬車が絶え間なく行き交っている。

 

 種族はヒトを始めとして、エルフ(長耳)ドワーフ(矮躯)に犬猫系の獣人にタイタス(巨躯)にリザードマンにホムンクルスにと、枚挙にいとまがない。

 

 ユウランは余計な争いを避けるためフードを深めに被って先を急ぐ。

 

 彼女の出で立ちは典型的な冒険者のものであった。交通の要衝であるため冒険者が多く、特段目立ちはしないが、一度道を外れれば奇異の視線に晒されるだろう。

 

 ユウランは厚い布の服の上から、革鎧に金属板を縫い付けたスプリントアーマーを身に着けて、その上にフード付きのマントを羽織っている。

 

 腰には魔法の発動体として使えるメイスをぶら下げ、ロープやテントなど多種多様なアイテムを詰めたリュックサックを背負い、リュックの脇にはカイトシールドが括り付けられていた。

 

 傍から見れば荷物が一人で歩いているようにも見える。

 

 普通の10歳の少女が身に着けるにはあまりにも重く、飾り気がない格好だ。お洒落らしいお洒落といえば、赤と青の小さな宝石が埋め込まれた髪飾りだけだ。その宝石も、妖精魔法の行使に必要だから身に付けているに過ぎない。

 

 ユウランは大通りに居を構える冒険者の宿に入り、依頼が貼ってある掲示板から一枚の貼り紙を千切って店主へ差し出した。

 

「この依頼を受けます」

 

 店主は片眉を釣り上げて「はぁ?」と言った。

 

「北シムロン行きの隊商護衛ですよね? 間違ってます?」

「……お前成人してねぇだろ」

「とっくの昔に済ましてますよ(記憶の中で、ですがね)」

 

 ユウランは疑いの目を誤魔化した。彼女に言わせてみれば「真偽判定に成功しても嘘とは分からない」だ。

 

 真偽判定に成功すると、事の真偽が分かる。冒険者レベルに差があると嘘が見抜かれ易くなる上、冒険者の宿の店主は大体高レベルだ(とはいっても精々(・・)7~10程度が一般的だが)。

 

 疑う分には便利だが、疑われる立場にとっては不便きわまりない。特に、冒険者レベルが低く、年齢をごまかそうとしている時は。

 

 もっとも、ユウランが真偽判定と呼ぶものを他人が行えるとは限らない。限らないが、警戒心を持っておくに越したことはないと彼女は判断した。

 

 シムロン北東の門近くにある広場に着くと、そこでは多くの馬車が列を成していた。

 

 今回の依頼主はトップルイヤー商会の主だ。ここ数年で急成長しており、実家での繋がりからユウランもその名前を知っている。

 

(手広く事業をしているとは聞きましたが……馬車が1、5、10、20……多いですね。冒険者もその分多いですし、まず襲撃されるようなことはないでしょう)

 

 ユウランは先程冒険者の宿でもらった割符を身なりの良い男に見せて、冒険者の一団に紛れる。談笑することもなく、しばらく一人で待っていると車列が動き出した。

 

 シムロンを北から南に縦断し海に注ぐ大河川を横目に、ユウランたちは歩き始めた。

 

 大行列に釣られて個人商会の馬車がいくつも付いてくる。そのままトップルイヤーの隊商は街道を往き、大きな宿場町に1つ寄り、計4日間の行程を経て北シムロンに到着した。

 

(得物を抜く機会はナシですか……まぁ、あっても時間がかかるだけなので困るのですが)

 

 ユウランは報酬と1000点を受け取り、川沿いに北上を続ける隊商と別れた。

 

 ここからが本題だ。

 

 北シムロンから東北東に伸びる街道を3日ほど掛けて進むと、リスティル市に着く。そこは「青の落日」による魔法機器文明崩壊以降、エルフを中心とした一団が治める自治都市になっている。都市国家と言ってもいいだろう。

 

 そこはシムロンが所属するバレミア都市連合には属さないため、いざという時の庇護がない。冒険者養成学校の上級生であることがある種のステータスであったシムロンとは別世界なのだ。

 

 ユウランは気合を入れ直した。

 

 これからその別世界(リスティル市)に赴き、エルフが管理する森にどうにか潜り込んで、守られているユニコーンを密猟する。

 

 目的は角だ。

 

 ユニコーンの角は病気を含めた呪いや毒を治す事ができる。

 

 病気を治すためには病気に設定された値よりも高い達成値を出す必要がある。

 

 大抵の場合は基準値+2d6(2つのサイコロ)の合計値が達成値になるが、ユニコーンの角は基準値が特別高い。

 

 その基準値は15。これは10レベルに相当する基準値である。

 

 10レベルの神官もとい高レベルの人族は貴重だ。滅多に居るものではない。そこに至るまでに多くの人が屍を晒す羽目になる。

 

 対して、ユニコーンのレベルは6。6レベル――一流一歩手前――の冒険者パーティーなら楽々倒せる相手だ。

 

(時間効率がいいんですよね、単騎でも7か8レベルになれば十分殺せて、10レベル相当の達成値を叩き出せる。だから、最初にユニコーンを狙ったほうがいい)

 

 倫理もクソもない、効率を重視した選択。

 

 修行に当てる期間など、どこに居ようとも同じだ。

 

 それならより美味しい場所で、立つ鳥跡を濁しまくっても大丈夫な場所で、とびきりの成果を。

 

 小規模な隊商と共にリスティル市壁の前に到着したユウランは、不安を隠しながら商人たちと別れた。

 

 自治都市に入るのには少々面倒な手順が必要だ。とはいえ、よく来る商人は素通りできるし、冥族や魔物退治に必要な冒険者もある程度簡単に入ることが出来る。

 

(……まぁ、護衛で来た真面目な(・・・・)冒険者をそのまま帰すポカはしないでしょう。禁制品も持ち込んでませんし)

 

 ユウランはリスティル市の内外を繋ぐ門前で、待機列の最後尾に立った。とはいえ5、6人程度なのですぐに彼女の順番が来た。

 

 エルフの兵士が二人、ユウランを前に微妙な表情で顔を見合わせた。

 

 彼らの視線は彼女と彼女から受け取った通行手形の間で行き交っていた。

 

「えー……名前はユウランで、冒険者? モブノキ商会の護衛を……」

「手形のサインは本物です。そこに書いてある商人の人に聞いても同じ答えが帰ってきますよ」

「……子供じゃないか」

「どうする?」

 

 ユウランは言いたいことを山ほど飲み込んで、どうするか思案した。

 

 メイスの柄に手を掛け抜く素振りを見せれば、実力を見抜いて冒険者だと分かってくれそうだが……来て早々に荒事を起こすのは不味い。

 

 結局、兵士の一人が確認しに行ったことで問題が解決した。

 

「確認ができたよ。済まなかった」

 

 兵士は申し訳無さそうに謝罪した。

 

 街にとって必要な冒険者――正式な書類もある――を見た目が子供に見えるという理由で疑ったのだから。

 

「……いえ、お気になさらず」

 

 実際には子供なので、間違いとは言えないし、職務に忠実なのは褒められることだ。

 

 ユウランもそのくらいは分かっている。だが、利用できるものは何でも利用するタイプだ。

 

「もし良ければ、評判のいい冒険者の宿を紹介して下さいな」

「……ああ、分かったよ。少し簡単な地図を書こう……ところで、リスティルに来た目的は?」

「武者修行です、魔物退治には事欠かないと聞きまして」

「歓迎するよ。もちろん、手荷物検査をさせてもらうがね」

 

 そういうわけで、ユウランは無事に門の通行を許可された。

 

***

 

 リスティル市はエルフの街だ。

 

 右を見ても左を見てもエルフ、エルフ、エルフだらけ。

 

 古臭いイメージのように、木の上に住んでいるといった事はなく、普通の建物で暮らしている。

 

 住居は背が高く幅の広い集合住宅だ。ロの字型の中庭があるタイプで、それが幾つも並んでいる。

 

 おまけにエルフは背が高いので、必然、ユウランは目印の確保が困難になっていた。

 

(おぇぇ……新宿より人が少ないのに疲れる……)

 

 辺りを見回し目的地を探し右往左往。

 

 方向音痴なわけではないが、矮躯の種族がいない分だけ気を払われていないようだ。その上、景色もあまり代わり映えしない(もちろん、ユウランにとっては、だが)。

 

 時折、ユウランは親切そうなエルフの女性に声を掛けられたりするが、冒険者の宿に行けばまた面倒なことになるだろうと助力を断った。

 

(しっかし、長命種の癖に人口が多いですね……繁殖力はヒトの取り柄だった気がするんですが)

 

 ユウランの調べでは、都市国家リスティルの人口は約5000人だ。他に分かる事といえば、街の東には大きな森林が広がっており、そこにユニコーンが居てエルフが厳重に管理している、という事くらいだ。

 

 エルフが多そうだということは簡単に予想できたが、ここまで多いことは彼女の想像の域を越えていた。

 

 それと同時に、彼女はきな臭い揉め事の匂いも感じ取っていた。

 

 時折、エルフに混じってドワーフ(矮躯)犬獣人(アヌビス)猫獣人(ウルタール)を見掛けるが、不思議なことにヒトの姿が見えない。

 

 ドラグニカに対する差別も、シムロンほど感じなかった。

 

(ああ、そういえば、私が護衛した商人はエルフとホムンクルスでしたね……)

 

 この街ではヒトが嫌われている、ということはすぐに予想がついた。

 

 そうこうしているうちに、ユウランは美男美女の林をかき分けて冒険者の宿に辿り着いた。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 「若葉の羽毛亭」に入るやいなや、女性のゆったりとした声が聞こえてきた。

 

 カウンターの奥には緑髪のエルフの女性が居た。彼女は座高の高い椅子に座っており、ユウランを見ると読んでいた本をパタンと閉じて、大きく伸びをした。

 

 それからユウランに微笑んで、「アナタ……冒険者? ふふふ、歓迎するワ」と言った。

 

「分かるのですか?」

「ええ、これでも100年は見ているもの」

「100年!」

 

 ユウランは目を丸くした。

 

 今は冥族とバチバチに殺し合っている時代で、魔法機器文明が崩壊したのもつい300年ほど前で、長生きな者は今日に至るまでに大抵死んでいる。

 

 単純に長生きしているというだけで凄いことなのだ。

 

「っすみません、少し興奮しました。私はユウランです」

「はい、ワタシは若葉の羽毛亭の主、ミーリーンです。滞在期間はどのくらいですか?」

「そうですね、とりあえず一月ほど……」

 

 ユウランは必要なことについて幾つか話し合ってから、依頼の掲示板の前に立つ。

 

 時計があったので時刻を確認すると、現在は15時ほど。

 

 街の外に出て何かをすればすぐに日が暮れる時間帯だ。夜は夜目の効く冥族の時間、まだ3レベルのユウランでは万が一の不安が残る。

 

(仕方ありません、今日は依頼を見るだけにしましょうか)

 

 時計は音もなく時間を刻む。

 

 魔法機器文明期のもので、ユウランの記憶で言うところのデジタル壁時計だ。

 

 しばし掲示板を眺めていた彼女だったが、あることに気付いて店主に声を掛けた。

 

「あの、ミーリーンさん。依頼ってここに貼ってあるので全部ですか?」

「もうちょっと頑張った子にお願いするものなら、あるわよ」

「なるほど、分かりました」

 

 よそ者には頼めない、あるいは信用できない者には頼まない類の依頼が隠されている。

 

 例えば、植物系の魔物の討伐依頼や――恐らくあって当然の――森の中での採取依頼が無い。

 

 一方で、街周辺で目撃情報があった冥族の調査や危険な魔物の討伐依頼、隊商護衛や街の中での些細な依頼は多い。街道に出没したり田畑を荒らす魔物の討伐のように、常に需要がある依頼もある。

 

(余程よそ者を森に入れたくないのでしょう。やっぱり、ヒトを一番嫌っている)

 

 ヒトの比率が一番多いからヒトの密猟者が多いんですねぇ、と一人で思っていると、ミーリーンが「出掛けるつもりならもう危ないわよ」と忠告する。

 

「ご心配なく、暗視もなく出歩くつもりはありませんので」

「あらそう。見たところ戦士系カシラ? 今の技量だと街道の警備がオススメよ」

 

 ユウランはミーリーンの勧めを素直に首肯した。

 

(魔法系の技能は見抜けない……? 人が居るからか、それとも全身を隠しているからか。私のセージ技能でも、全身隠されるとどうしようもありませんしね……)

 

 やや薄暗い店内にはエルフの冒険者が3人ほどたむろしているが、ユウランに注視している様子はない。

 

(ま、私程度(3レベル)なら正直掃いて捨てるほど居ますからね。ただ、店主は冒険者を掃いて捨てるような真似はしないでしょうね)

 

 都市国家という閉鎖的で自助が必要な環境では、冒険者の存在は必要不可欠だ。とはいえ人の考え方は様々、なるほどマトモな店だとユウランは内心で評価を改めた。

 

(中々のものをオモチですし……………………って、何を考えて)

 

――爆乳よりも美乳でしょ!!

 

(ええいうるさい! 記憶の分際でいっちょ前に性癖暴露してるんじゃありません! 大きい方がどう考えてもいいでしょうが!)

「ユウランさん? もしかして頭痛ですか?」

「…………いえ、何でもありません」

 

 その日、ユウランはとっととベッドに入って寝た。

 

 性的興奮が無いのに女体の嗜好について語れる自分にめまいがしたのだ。

 

*

 

 依頼その一、街道に出没する魔物の退治。

 

(む、シャットマン一体にコボルト二体ですか)

 

 リスティル市南西の街道沿い。そこから少し外れた草原地帯で、ユウランは冥族を三体発見した。シャットマンは少々手強い冥族で、成人したヒトと同程度の背丈に浅黒い肌と尖った鼻を持つ。

 

(シャットマンは期待値で抵抗を抜けますね、コボルトは言わずもがな。二体までなら殴られても2,3ターンは持つでしょう……行けますね)

 

 先に発見した事が活きた。ユウランはギリギリまで――13メートルほどの距離まで伏せた状態で接近し、立ち上がった直後に3メートルだけ距離を詰め――彼らは気付いたがもう遅い――三倍拡大【スリープ】を食らわせる。

 

 それだけで三体の冥族は意識を失い、地面に崩れ落ちた。耳を澄ませば寝息が聞こえるだろうが、【スリープ】は三分しか効果時間がない。

 

 とはいえ、攻撃をすれば起きるし、反撃される。

 

(「戦闘不能かつ敵対的な者が居ない限り、PCは三ラウンド(30秒)掛けてとどめを刺す事を宣言できる」……まぁ、そういう事です。その気になれば寝ている神だって殺せる……んでしょうかね?)

 

 もしも「とどめを刺す」光景を他人が見たならば、その光景は異様に映るだろう。

 

 30秒間、寝ている冥族の側でユウランがじっとしているだけで即死する。

 

 体が大きく跳ねるわけでもなければ、血を流すこともない。刃物を使うわけでもなければ、鈍器を使うこともない。

 

 ただ、死ぬという状態になる。

 

(……うわぁ、こんなの見られたらヤバイですよ。全員始末してから焼きますか)

 

 焼かれた死体は蘇生できない。

 

 ユウランは戦利品を漁ってから火を点け、その場を立ち去った。

 

 リザルト:経験点1070点、880R。

 

 コメント:【スリープ】からのとどめが強過ぎますね。これに頼っていると遭遇戦になった時が一番危険です。

 

 

 

 ――それから、一週間が経った。

 

 ユウランは合計で9820点の経験点、9回の能力値成長を得た。

 

 九回目の依頼を終えたユウランは、カウンターでミーリーンの作った夕食に舌鼓を打つ。

 

(……成果はいいんですよ、ただ、正直事故が起こりそうな場面が多かったですね)

 

 ユウランは依頼を達成するごとにストックしていた経験点を消費し、技能を成長させていた。

 

 ソーサラー、ファイター、スカウト技能を5レベルに、コンジャラー技能を6レベルに成長させ、更に種族特徴を強化した。

 

(さて、そろそろインチキが出来ますね。近接ダメも2伸びましたし、炎が常時-3点なのもいいですね。炎ブレスの期待値は13点。ついでにマルチアクションの取得、正直言って、想定外の早さで強くなれています)

 

 信頼は得られていませんがね、と内心で付け加える。

 

 ユウランはミーリーンとそれなりに話すようになっているが、魔法技能のレベルを見抜かれているかどうかは判別しかねる状態であった。

 

 とはいえ、重要なのはそこではない。

 

 密猟に必要なのは信頼だ。

 

 「コイツは絶対にユニコーンを狩れない/狩らない」という信頼が必要なのだ。

 

 一週間でこなした依頼は九つ。ミーリーンが休んだらどうかと言うことはあるが、連日の成果――大体4,50体――を見て、実力とタフネスは評価されていると彼女自身自覚している。

 

(……あと一押し、何かが足りない。森に入る許可さえ貰えれば……)

 

 森に入れさえすれば、あとはファミリアを使ったり地図を作製してユニコーンの場所を特定できる。角さえ確保すれば、手荷物検査をされても誤魔化す手段はいくらでもある。

 

 どちらにせよ、信頼が必要不可欠だ。

 

 考え事をしていたせいでスプーンが止まっていたのか、「冷めちゃいますよ」と声を掛けられる。

 

「あぁ……そうですね」

 

 視線を下ろせば、キノコと野菜、ポテトを煮込んだミルクシチューが。

 

 胡椒があればもっと美味しい所だが、その要望は4日前に却下された。南方で栽培されているせいで、リスティルまで運搬すると少々高くなるのだ。

 

 一食あたり5R払えばどうにかするとミーリーンは言うが、一泊30Rでもそれなりに家計を圧迫するのだ。

 

 ユウランもサイレントシューズ(禁制品)透明マント(禁制品)などの、隠密判定にボーナスが付くマジックアイテムを持ち込んでユニコーン狩りをしたい。ついでに装備も更新したい。つまりお金が足りない。

 

 兎も角、ユニコーンを狩るにはしばらく時間がかかる。

 

「あ、そうだ……ユウランさん、ちょっといいですか?」

 

 不意にミーリーンから呼ばれる。

 

 頬張ったシチューとパンを飲み込んでから返事をすると、彼女は一枚の紙を差し出した。

 

「最近メキメキ実力をつけているみたいですが……一つ、頼まれてくれるカシラ?」

(――来たっ!)

 

 ユウランは一も二もなく肯定しそうになるのを堪えた。

 

「はぁ……頼み事、ですか。話の内容にもよりますね」

「実は……新人の子の面倒を見てほしいのよ」

「新人? 冒険者のですか?」

「いえいえ、リスティルの自警団の子ナノ」

「自警団……?」

 

 ミーリーンの言うところによれば、最近自警団に入った新米が生意気になっているため、鼻っ柱を折るなりなんなりして更生してほしいそうだ。

 

「更生と言われても、具体的にどうすれば?」

「あの娘がね、冒険者に頼るなんてーって、言うのよ」

「あぁ……それは、何というか……ご愁傷様です」

「それで、その娘を冒険に連れて行って、世界の広さを見せて欲しいの」

 

 ユウランは思案を巡らせる。

 

(この依頼、二つの目的がありますね。一つは単純に新米の更生。もう一つは私自身の見極め。手の内をどこまで明かすか、人柄はどうか……難しいですね、魔法を縛らないと)

 

 とはいえ、答えは決まっていた。

 

 幸運の女神には前髪しかないのだ。

 

「分かりました。その依頼、受けましょう」

「本当? 助かるワ」

 

 ミーリーンが笑顔を浮かべ、その豊満なバストを揺らした。

 

 

 

 次の日。

 

「ふーん、アンタが私に付き合う冒険者? 足を引っ張らないでよね」

 

 やって来たのは、絵に書いたように調子に乗ったエルフの女だった。

 

 豊満ではなく、髪は金。シューターとレンジャー技能が3レベルの射手だ。

 

 身長は平均的なエルフのそれで、ユウランは彼女を見上げた。

 

(…………後でデレるシナリオ、だといいんですが)

 

 お守り系のシナリオはGM(ゲームマスター)の腕に掛かっている要素が大きい。

 

 護衛するNPCの行動がGMの性格に依存するからだ。

 

 とはいえ、ユウランも現実と遊びの区別は付いている。

 

「コラ、そんな態度だと大怪我しますヨ!」

「あ、はい、スンマセン……」

 

 ミーリーンに軽く頭を下げ、エルフの射手はレミと名乗った。

 

「それじゃあ自己紹介が済んだところで、二人にお願いしたいことがあるの」

 

 彼女が取り出したのは、一枚の地図だ。

 

 ユウランは事前に何をやるのか聞かされているが、レミはそうではないようだ。

 

「え、これって……!」

「二人には、魔法機器文明期の遺跡を探索してもらいたいの」

 

 




※ネタバレ:レズ

タイトル、もっとキャッチ―な方が良い?

  • ちんちんはやめろ
  • 主人公の属性押し出せ
  • そのままでいろ
  • なろうみたく長くしろ
  • 副題付けろ
  • もっと中二病にするとかさぁ

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