私のキャラクターシートにはおちんちんが足りない   作:傘花ぐちちく

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第三話「古の英雄」

 

《あんな魔法は……うぅむ、ポーラ・シムロンは使ってなかったな》

 

 炎の系譜、火竜の血を覚醒させたドラグニカのユウラン・アルシップスが、テンシライの砦から提供された物資をチェックしていた。彼女の背には身の丈に合わないほど大きな漆黒の戦斧(ダイナペレクス)と棘付きのスパイク・シールドが引っ掛かっている。

 

 遠くから見れば武具が動いているように見えるのだから、それを扱う本人の膂力は背丈に見合わぬ並外れたものだ。実はドワーフだと言えば、信じる者が幾らかいるだろう。

 

 腰の鞘にはフランベルジュが収まり、ポーチには錬金術用のジェムが沢山入っている。一級品の魔道具で全身を固め、凶悪そうな黒鱗の面頬を身に着ける姿は、どこからどう見ても屈強な冒険者だった。

 

 彼女を一目見てチビと侮った冥族は、その暴力の嵐に血風と化している。基本的に、生存することは無い。

 

 インテリジェンスアーマーのウラエヌスは、ユウランと己の着用者を見比べてみる。

 

 ニース・ヘルメイラは、グレーターグリーンドラゴンとの戦いで幾度も鋭い風の刃に引き裂かれ、鉄に潰されるかのような圧のある風のブレスで叩かれ、身体ごと吹き飛ばすような暴風に曝された。

 

 グレータードラゴンたちは風や氷といった自然の属性の攻撃を仕掛けてくるが、こればかりは鎧の分厚さでは防ぎきれない。魔法の防具などであればそうした攻撃を軽減する能力を持つこともあるが、市場に出回るかどうかは別で、今すぐ揃えることはできない。

 

 ウラエヌスは炎にも雷にも非常に強く、魔法攻撃――つまり物理攻撃以外――に対する軽減能力があり、彼自身非常に優秀な防具だと自負しているが、ユウランの魔導鎧にはそうした魔法攻撃の軽減能力はない。

 

 つまり、ユウランは身体一つで受けきっている。ウラエヌスは、そこにユウランの異常性を見出し、かつての戦友ポーラ・シムロンの面影を重ねた。

 

 魔法やブレスに対しては、消耗品や魔法での防御が役に立つが、最終的にものを言うのは痛みへの耐性や被弾個所を選ぶような防御技術(HP)である。

 

 そもそも、ボーっと突っ立っている素人がブレスを浴びるのと、屈強な戦士が被弾面積を最小にしつつブレスの威力が弱い箇所を見切って耐え忍ぶのとでは、受けるダメージの意味が違う。同じ攻撃を同じ種族が受けた時、前者の方が生命としてより貧弱であることに目を瞑っても、後者の方が死までの距離が遠い(残りHPが多い)のは自明だ。

 

 ユウランは、その受けの技術が非常に安定している。血を流しても死に瀕しても一切ブレない。

 

 一方で、ウラエヌスからしてみれば、ニースの方はまだまだ甘い。

 

 今のところ、戦いの天秤は二人に傾いているが、拙速の策が見抜かれて敵が二体に増えてしまったら、その甘さが命取りになる可能性がある。

 

 グレータードラゴン一体との戦闘であるから、なんとか集中し、耐え忍ぶことができるのである。

 

 二体との同時戦闘になれば、生きて帰れると断言できる自信がニース自身にもない。

 

(あの氷竜の凍えるような攻撃も、風竜の荒れ狂う攻撃も、命を削る音が骨から響いてきた……)

 

 ニースのこれまでの戦場、戦いでは一切感じたことの無い命の危機だ。

 

 彼女自身の力量が未熟であった時、冥族からの攻撃は鎧の防御力のお陰でほとんど通じた試しがない。魔法攻撃に対しても軽傷で済むのだから、鎧としての優秀さは明らかに突出している。安定した防御技術もその賜物だ。

 

 だが、その鎧の歴史は語る。容易ならざる難敵との戦いに身を投じ、幾人もの運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士たちが道半ばで斃れてきた。

 

 ニースも、そしてこのインテリジェンスアーマーも、己の運命が死線を彷徨うのを感じていた。

 

 ニースの集中力は無限ではない。打たれ、噛まれ、叩かれ、魔法を食らう時でさえ気を張り、致命傷は避けている。一筋縄ではいかない相手に対して、常に一定のパフォーマンスを発揮できればどれ程よいことか。

 

(緊張の糸が千切れた時、竜が同時に2体現れた時、私は……)

 

 ニースは手際よく大量の消耗品を仕分けるユウランの様子を見ながら、インテリジェンスアーマーの相棒(ウラエヌス)のボヤキを聞いていた。

 

「……そうか」

《おう。あいつは射手で、魔法機術のプロフェッショナルでもあった。だがな、馬鹿げた効果時間の魔法だとか、飛んで逃げる竜を打ち落とせる射程の魔法なんざ、一回も使ったことは無かったぜ。使ってるのは普通の銃だったしな》

 

「では……"聖女"はどうだ。ポーラ・シムロンの仲間だったのだろう。似たような事ができたりはしないか?」

《んなもんがあったらヨ、歴代の"運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士"に掛けさせてるっての》

 

 聖女か……と、ニースはため息をつく。確かに腕はいいのだろう、腕は。あんなのが"盟主バレミア様"だなどと呼ばれているのだから、世も末である。

 

 "聖女"あるいは"盟主バレミア"の正式名称はグリセルダ・ピーツェラル・バレミアだ。意味は名前・都市名・姓。

 

 "聖女"はかつてピーツェラルという都市を治めていた一族のお姫様であり、"青の落日"に際しては崩壊寸前のピーツェラルをまとめ上げ、首都バレミアとして新生させた辣腕(らつわん)の持ち主だ。

 

 ニースは"運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士"という300年前の英雄の称号を継ぐ者であるため、ウラエヌスの紹介で顔を合わせたことが幾度かあった。

 

 グリセルダは古き戦友のインテリジェンスアーマー(ウラエヌス)をよく信用しており、ニースの実力については必要以上に疑うことは無かった。

 

 だが、その代わりと言わんばかりに、ポーラからは特別な渾名で呼ばれてるだの、あの時のポーラはかっこよかっただのと、色ボケた話を延々と話す。本来はそれを制止する側のウラエヌスでさえ昔を懐かしむ有様だ。

 

 寸暇を惜しんで冥族と戦う相手に話すことが、そんな色恋話でよいのかと、ニースは何度も思ったものだ。

 

 ともかく、ニースにとっては仕事以外で会いたくない相手であることに間違いはない。

 

 そんな"聖女"に対して、ユウランが実はポーラ・シムロンの転生体っぽい、などと言えばどうなるだろうか。

 

「…………?」

 

 チクリと、ニースは胸の辺りが痛んだような気がした。

 

 視線がユウランと合えば、物資の確認が終わったようで、手を振ってくる。

 

「あなたの分の物資です。92200R、しっかり払ってください」

「…………なんだって?」

「消耗品も碌に買わず、よく生きてこれましたね……あ、お金はあります?」

《あ、あるけどよぉ……》

 

 歴代の"運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士"が溜めてきた分とニースが稼いだ分を合わせれば、余裕で支払える。

 

 ウラエヌスの装甲の一部がパカリと開くと、沢山のリーン貨幣が出てきた。

 

「ニースの体力、たまに私が回復してますけど、あれだって一回4000Rはするんですからある程度は自前で持ってください。

 ……みみっちいことを言っているわけではなく、一人で抱えるのと二人で確保しているのじゃ、不測の事態への対応力が違ってきますから」

 

 冷静に言ってのけるユウランの前で、ニースはリーン貨幣を積み上げる。

 

 種族的にも未成年の少女が大金を積み上げ、冒険者としての活動歴が数倍はあるニースにそのような事を言うのだから、兜の中で彼女は紅潮した。ユウランの隣に立てば、年長としても先達としてもまだまだ甘い事を思い知らされる。

 

 二人が消耗品を手早く袋に詰めると、テンシライの上層部の者たちや事情を知る人々が見送りに来た。

 

 両者ともに別れを惜しんで長居するような性格ではないし、口で話して安心させる類いの性格ではない。だが、実際に竜を倒した彼女たちの振る舞いには、誰もが勇気づけられていた。

 

 勝てる。そう、勝てるのだと。

 

***

 

 テンシライから飛行すること1時間、私たちは今や陸の孤島と化したセールクスへやってきた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 現在時刻は18時28分、RTA作戦の決行から約5時間半、グレーターグリーンドラゴン討伐から約3時間10分もの時間が過ぎている。

 

 セールクスへは事前に連絡が入っており、私たちが市壁に辿り着くと兵士が駆け足で市役所の会議室まで案内してくれた。

 

 その道すがらで街を観察した限りでは、セールクスでの出入りは制限されているようだった。その理由までは、市民に明かされていないが、時間帯も相まって大きな混乱は起こっていない。

 

 で、セールクスのお偉方の言うことには、南方にある町のうち、冥族領域に近い南南西の町は、ブラウンドラゴンと冥族軍を確認してから交信が途絶えているとのこと。

 

 また、南南東の町の周辺で冥族の斥候らしきものが見えたという報告があったようだ。

 

 これが4時間半ちょっと前の時点で入ってきた情報であり、これらの町に関しては最新の情報である。

 

 一方で、セールクス西部にある街からは1時間前に伝令が走って来ており、冥族やドラゴンは影も形もないとのこと。

 

 ブラウンドラゴンと冥族軍に関する情報は、ロームレッダ市長から聞いていた以上の大きな内容は無かった。町同士を繋ぐ予備の通話のピアスはなく、これ以上の情報の更新は町と町の間を走り回っているであろう伝令の到着待ちになる。

 

 通話のピアスは魔法機器文明期の遺跡から発掘されるものなので数に限りがあり、使用時間に24時間ごとに5分という制限がある以上、これ以上詳細な情報を集めるのは無理だ。おまけに時間もない。

 

 つまり、私たちが決定するのは、どこに行くかという点に絞られる。

 

「南南西の町にしましょう。グレータードラゴンがいる以上、町はもう落ちています。

 ですが、冥族軍がいるはずなので、略奪で足が止まっているかと」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ユウラン、南南東の町はどうだろうか。ドラゴンは飛ぶだろうし、軍を置いて先回りしている可能性もある」

「それを言うとどこの町でも同じことが言えます。それに、空を飛べば周囲の状況を俯瞰して見れますので、戦いがあれば分かるかと」

 

「……既に空は暗いが」

「暗視があるので少しはカバーできますよ。それに、町が略奪などで燃えていればはっきり見えます。

 "六色同盟"が軍を動かしている以上、食糧は…………いえ、略奪、ですよね」

 

 そう、略奪すればいい。冥族軍がヒト族をご丁寧に統治する理由は無いのだ。兵隊の腹を満たしたら、ドラゴンが彼らのケツを引っぱたいて次の町へ向かわせればいい、必要なものは全て揃っているのだから。

 

「……やっぱり南南東の町にしましょう。距離的にも被害を拡大させやすいのはそっちの方ですし、そこに居なければ居場所は絞られます。敵の進軍ルートを考えると、総合的にこちらの方が早く確認できると思います」

「異論はない、そうしよう」

 

 時計回りに町を回り、グレーターブラウンドラゴンを発見し次第倒す。

 

 通話のピアスはあと1個余っているが、ここ、セールクスの司令部に渡すかどうかは悩みどころだ。

 

 通話のピアスを使わなかった場合、かつ司令部に渡している場合は、竜を倒した後に取りに戻る必要があるし、それを回収しなかったとしても、アクマハン方面で使う機会があった時に損をする。

 

 だが、渡さなかった場合には、不測の事態に備えられない。

 

 今は特に敵の動向が読めないので、そういった意味では使える手札を増やしておきたい。

 

 考えに考えて――通話のピアスをセールクスの司令部に託す。

 

 使う機会があるとして、どうした方が効果的に使えるかを考えた結果だ。

 

 例えば、ブラウンドラゴン戦の次はレッドドラゴン戦が想定されており、炎属性ダメージを軽減できる私なら、単独で勝てる可能性がまだ存在する。

 

 一方のブラウンドラゴン戦では、ニースが疲労なんかで途中脱落する可能性を考えないといけない。

 

 連絡手段があって助かるのは今だ。

 

 今が一番危うい以上、必然的にリソースの吐き所になる。

 

 

 消音玉で音を抑え、セールクスを発つともう18時50分になっていた。

 

 私は暗視能力を持ってはいるものの、夜空から見える景色は、昼と全く同じではない。崖上から光の無い谷底に松明を投げ込んでも途中で見えなくなるように、暗視では完全な闇を見通すことができない。

 

 とはいえ、星の光や月の光が多少なりともあるので、恐らく、理論上は何もない平野なら精々周囲2,3kmは見通すことができる。

 

 実際のところは、森や丘、夜霧によって地面はあっさり遮られるので、見えるのはもっと狭い範囲になる。

 

 なので、火事でも起こっていない限り、南南東の町から南南西の町を見ることはできないだろう。

 

 また、現在の飛行高度は150m程度であり、飛び慣れた高度になっている。地上で何かあった時に最短で駆け付けられる高度でもある。

 

 もっと高度を上げることも考えたが、前述したとおり視界の制約や、ニースをこの夜空で居場所を見失う可能性もあるので却下だ。

 

 そもそも、ブラウンドラゴンの軍隊に発見されないために、光を付けずに飛行しているため手を繋いでいる。彼女もこの辺りの空を飛んだ経験があり、おおよその距離感を掴んでいるそうだが、夜の飛行は私頼りになる。

 

 ドラゴンは暗視を持ってはいるが、流石に空を監視していないと信じたい。常識的に考えれば、朝昼に軍を率いて戦った生物は夜に寝るものだ。

 

 彼らの配下で暗視能力を持っている者は山ほどいる――冥族であるため――が、暗視能力の具合や隠密判定的に考えて、見つかる確率は高くはない。高くはないが、発見されないようお祈りでもするしかない。

 

 季節は夏の終わり頃、向かい風は心地よい涼風であった。シムロンの冒険者学校に入学してから5か月と少しばかりが経過したが、冷静になってふと考えると、私が至った場所の高さには戦慄を禁じ得ない。

 

 私が母の治療に時間を掛けていれば、あるいは冥都で遭遇したのが私以外であれば、"六色同盟"という爆弾が起爆するのはもう少し先だったはずだ。

 

 自惚れではない。どんな馬鹿でも、あのパラディンとグレーターブルードラゴンの会話を聞いて、私が目的ではないとは露ほども考えないだろう。

 

 会話は確かこんな感じだったはずだ。

 

人竜(ドラグニカ)の方は、是が非でも我らの陣営に加えたい】

【ほう? 奴がか】

 

 ニースは後者の言葉を理解することはできなかったが、生憎私はドラゴン語話者なので理解できてしまった。「奴が」と言っていた為、彼らの目的の一つは、特定の個人を手札として持つ事だというのが分かる。

 

 今の今まで他人に触れ回ったりはしてこなかったが、その個人が他ならぬ私、ユウラン・アルシップスであるということも。

 

 私の存在に気付いた、あるいは目的が私に露見したために、"六色同盟"は迅速な行動を開始したと推測している。

 

 理由までは分からないが、私を中心に、始祖竜と混沌竜の綱引き合戦が始まっているのだろうか。

 

 ただ、これを馬鹿正直に誰かに言うと、結果として私は周囲のヒトを信じられなくなる事態に陥るだろう。私を差し出して事態の収拾を図ろうとする奴が絶対に現れるからだ。

 

 そんな風に物事を考えてると、グイッと手を引っ張られた。ニースが身体を起こしながらブレーキを掛けようとしている。

 

「どうしましたか」

「そろそろ到着する頃合いだが、どうだ。下に降りてみるというのは」

 

 私たちは時計回りに町を回ろうとしているが、素直に街道の真上を飛ぼうとはしていない。距離と方角を確認して、最短距離になるよう飛行している。

 

「……そうですね、北からの街道が見えていますし、もう少し飛んだ先には、南東と西南西に伸びている街道がありますので……町はこの辺りです」

《よく見えてんな、嬢ちゃん》

 

 北から伸びる街道は巨大な岩山を挟んで西と南に分かれている。

 

 道の具合からして、周辺に町があると聞いているが、それらしいものが一切視界に入らない。

 

「森の中にある町でしたっけ……?」

「いや、そんな筈はないが、この辺りなら篝火の一つでも見えるはずだろう。高度を落とすか?」

 

「ええ……一旦そうしましょうか。見える限りでは光源はありませんが」

 

 私たちは地上に降り立ってから明かりを灯した。

 

 そのまま街道に沿って歩くと、空から見えた岩山で街道が途切れていた。その境界線には地割れのような亀裂が入っており、土が押し上げられているように見える。

 

 岩山は高さ20メートル程で、位置的には3方に伸びているはずの街道の行く手を塞ぐようにそびえていた。

 

「この道って行き止まりでした?」

「馬鹿な、そんなはずはない」

 

 この辺りの街道はどこでも、ヒトの流れが道になったものであり、石畳のようなものはあまり敷かれていない。

 

 だが、馬車や人によって踏み固められた道が、急に途絶えるようなことがあるだろうか。街道の周囲にも足跡は無いので、迂回の為の道が用意されているという訳でもないようだ。

 

 では、町があるであろう土地に、何も無いなどということがあるだろうか。

 

 気になって、岩山の崖沿いを小走りで駆けると、血の匂いが香ってきた。

 

「――ん?」

「気付いたか」

 

 それと、少し腐ったような臭いも。

 

「腐ってますね、冥族かヒト族が死んでるんでしょう」

「探すべきだ。ブラウンドラゴンの手下かもしれない」

 

「……いえ、町を探す方が先です。こんなところで時間を喰う訳にはいきません。グレーターブラウンドラゴンの動向を掴んで暗殺するためには、奴がどの辺りにいるか目星を付けなければ」

「その死体が手掛かりになると思う」

 

 ニースは簡潔に反論した。

 

 思う、と彼女はまるで推測や自分の考えのように言ってはいるが、口ぶりからは疑いが微塵も感じられない。ここで下手に反対をして、口論にでも発展したらたまったもんじゃない。

 

「ああ、なるほど、そういうことですね。気付きませんでした、手早く探してしまいましょう」

「そうか、それは良かった」

 

 実のところ、冥族やヒト族の死体がいくらか見つかったところで強力な証拠にはならない。

 

 例えば、軍隊が動くとして、当たり前だが斥候が放たれる。その結果として何かが死ぬ。ここから導き出されるのは、死体の場所が移動経路だったとか、その程度だ。

 

 時間も、手持ちの情報も少ないのに、正しい結論が出るはずもない。

 

 ただ、軍隊が通り過ぎたような足跡は見つかっていないので、捜索結果が思わぬ事実を掘り当てる可能性はあるが、途切れているとはいえ街道を通らないような軍隊はいないだろう。

 

 いや、確かに、今の状況で町が見つからないというのは怪しい。だからといって町が消えて無くなるわけがないのだ。

 

 では、町が見つからない原因として考えられるものは何だろうか。

 

 1.道を間違えた。

 

 この線は正直薄いが、慣れ親しんだ土地を飛んでいるわけではないし、方角を間違えた可能性があるので、有り得る。似たような特徴の道で立ち往生している可能性も考えられる。

 

 2.通り過ぎた。

 

 私は確かに考え事をしていたが、町に気付かないほど集中を欠くことはない。何かあれば賽が振られるはずだ。よってほとんど有り得ない。

 

 3.まだ辿り着いていない。

 

 私はニースの言葉でもうそろそろだと判断して着陸したわけだが、彼女は疲労するので判断を誤る可能性がある。それに、あと数分飛べば視界の中に町が見えてくるかもしれない。というわけで可能性としてはこれが一番高い。

 

「手早く探そう。二手に……」

「いえ、今は安全にいきましょう。どこに敵がいるか分かりません」

 

 私は有無を言わさずニースの手を取った。

 

 こんなところで時間を喰う訳にはいかない。合流するのに手間がかかる方法は選ばないに限る。それに、臭いがするなら、発生源となる血肉は近くにあるはずだ。

 

 賽が振られる。

 

 導かれるように私が辿り着いたのは、何か……こう……朽ち果てた建物のような石壁だった。2方向にしか壁が無いし、なんなら部屋の角の方の一部分しか存在していない。床もなければ天井もない。壁の一部が空から降ってきて突き刺さったかのような具合だった。

 

 場所的には、岩山から100メートル近く離れている。

 

「ユウラン、これは……」

「あー……壁ですね。ほら血痕が付いてる」

 

 ここに部屋があったとしたら内側に相当する壁の一面に、何かが弾けたような大きな血痕があった。【ライト】で照らすと、黒ずんだ痕がよく見える。

 

 匂いは濃いが、土の地面や周囲の草に血の跡は無い。この場で何かが殺されたわけではなさそうだ。

 

「古いものですかね」

 

 試しに端布で擦ってみると、それは予想に反して伸びた(・・・)。完全に固まった血液なら多少は粉のように削れるかもしれないが、これはまだ完全に乾ききっていない伸び方だ。端布にもやや血が染みている。

 

「ユウラン、これはまだ新しいが……奇妙だ」

「でしょうね、血の付き方がおかしい。この場で何かが出血したというより、頑張って塗ったとか、血の付いた壁を丸ごと持ってきた感じです」

 

 何故か賽が振られ――その結果、恐ろしさに思わず私は背後を振り返る。

 

 視線の先には件の岩山しかない。

 

 岩山の高さは20メートルほど。全体の広さは、直径300メートルはあるだろう。町一つくらいなら入る大きさだ。

 

「ここはもう襲撃された後(・・・・・・)です」

「何……?」

 

 ニースが聞き返す。私があまりにも突然に喋ったので、聞き取れなかったのかもしれない。

 

「あの岩山が町だったものなんです。グレーターブラウンドラゴン……そう、ブラウンドラゴンなんです、相手は」

《いくらグレータードラゴンつっても、限度がねぇか!?》

 

 "ルールブック"に記載されているグレータードラゴンは単に属性や弱点が異なるバージョン違いに過ぎないが、"六色同盟"が単なる色違いだけで構成されているかどうかは、今までの戦いを考えれば容易に否定できる。

 

 ブルードラゴンの"氷獄蒼竜"が水・氷属性である冷気を自在に操るように、ブラウンドラゴンは土属性を操る竜だ。"六色同盟"は、その属性に関する様々な事象を操れる特別強力な個体の集まりなのだろう。

 

 つまり、今宵のターゲットであるグレーターブラウンドラゴンは「大地を操る」。いや、地竜系統のドラグニカはブレスの属性を土属性と毒属性の二つのうちから一つ選択できることを考えれば、毒素をばらまくような事もできるかもしれない。

 

 その言葉が含む「意味の広さ」を想像すれば、最悪の未来が脳裏をよぎった。

 

「ユウラン、つまり、我々が探していた町はこの岩山の中にあると?」

「中……まぁ、中です。恐らく粉々になって。この瓦礫(・・)が破壊の程度を物語っています」

 

 我々が見た血濡れの壁は建物や市壁の一部だろう。それが100メートルほど飛ばされているのだから、グレーターブラウンドラゴンの能力は想像を絶する破壊力だ。

 

 「ドラゴンソード」では、分厚い建物の壁を破壊する場合においてもデータが用意されている。単なる石壁であればHPは最低でも100、防護点は15とか20と、非常に硬い。(参考までに、素のヒト族の成人男性はHP10の防護点0だ。)

 

 岩山の大きさからして、建物ごと破壊が行われている。ダメージで言えば300か、400か、そのくらいあれば目の前の事象を起こすのには十分なように思えるが、どちらにせよ即死級の威力だ。

 

 私を二人殺して余りある数値であることは間違いない。

 

 しかし、倒した2体のグレータードラゴンたちの能力を考えれば、この破壊力には何かのカラクリがある。

 

 今までの相手と比べて余りにも強すぎるし、バランスがとれていない。強さが均衡する者同士だから同盟になるのだ。

 

 付け入る隙があるとすれば、そこだろう。

 

「それより、竜を見かけなかったということは、最短経路でやって来たのが仇になりました……!」

「まさかセールクスに? 竜一体でか?」

 

コレ(・・)を都市にぶち込めるなら十分でしょうね」

「……では、そう思わせて他の都市に行く可能性は無いだろうか。あるいは、力を使いすぎてここで休息を取っている可能性もある」

 

「…………連絡を取ってから、いえ、情報を確定させてから戻りましょう。ブラウンドラゴンは私たちがどこにいるかを知りません。

奴らの作戦を考えれば、『2頭目』がすぐにやって来ることはないはず……まだ時間に余裕があります。いいえ、あると信じて行動します」

 

 グレータードラゴンたちは各地に分散して行動している。

 

 私たちの戦術は迅速な各個撃破であるが、これは"六色同盟"が密な連携をとる前に撃破するというのが前提である。

 

 もし、万が一、グレータードラゴンどもが何らかの形で連絡を行った際に暗殺が露呈すれば、敵は大事を取ってペアで行動し始めるかもしれない。

 

 敵が愚かであることを期待するのは余りにも馬鹿げた行為だ。

 

 私たちは可及的速やかに密やかに全てのグレータードラゴンを暗殺しなければならない。

 

 見えないタイムリミットは刻一刻と迫っているものの、この岩山の中を確認する必要がある。

 

 情報があれば動き方は変わる。賭けにはなるが、時間を掛ける価値はある。

 

「中身を確認する必要がありますが……入り口とかありました?」

「いや、見た限りでは無い。空から探るか?」

 

「……そうしましょう。さもないと時間が無くなります」

 

 再び飛んだ私たちは、改めて岩山を観察した。

 

 先が細い柱状の巨大な岩が、地面から森のように生えており、それが町の至る所を覆っていた。いや、もっとわかりやすく言えば、丸いスタンプを押すように、町の至る所に円状に岩山が生えている。

 

 岩山の群と群の間にはそれなりの隙間があるものの、少し降下してみれば、柱と柱の間、岩山と岩山の間には、住居や石畳の瓦礫がぎっちり詰まっている。多少開けた場所にも土砂が積もっており、人影は無い。

 

 そこはヒトの生存を許すような場所ではなかった。

 

 上を通った時、そこから立ち上る鉄の――鼻を突く刺激臭は、何があったかを雄弁に物語っている。もし今すぐ太陽が昇れば、ヒト族と瓦礫のスープは誰の目にも見えるようになる。

 

「こうも念入りにやられては……」

「手がかりも無さそうですね」

 

 ぐるりと町の跡を見回ったが、ブラウンドラゴンの手がかりになるような痕跡は見つからなかった。

 

 ――賽が振られる。

 

 私の耳は風に乗った微かな呻き声を捉えた。

 

「…………」

「どうかしたのか、ユウラン?」

 

「……生存者がいるようです、声が聞こえました」

「本当か!」

 

 音の発生源まで先導するが、他と同じように瓦礫が岩の柱の間に詰まっている。

 

「この瓦礫の下か……?」

「……れか、いるんですか?」

 

 女性のものとおぼしきか細い声がした、それはまだ生きている。

 

 【シースルー】の魔法で私の視界の瓦礫を透明にすると、部屋の隅だけを切り取ったような、小さい空間に女の子がいた。

 

 彼我の距離は約3メートル前後、瓦礫を掘り起こして救助しようにも、時間を要する重労働になる。魔法の効果範囲内ではあるので、回復して情報を聞いたら立ち去るのが吉だ。

 

「……ニース、いいですか、救助には専門の知識と時間が必要です。連絡して、他の人に任せましょう」

 

 私は小さく言った。

 

 これは心のうちに留めておくが、今、私は死人と話してるようなものだ。竜が支配する空の下で、瓦礫に埋もれた人を助ける行為は無謀に等しい。今すぐ救助のためのチームが派遣されるなら可能性はあるが、それだって時間的に厳しい。

 

 ただ、私が積極的に要救助者を見殺しにするような、協力するに値しない冷酷な人物であるとは思われたくない。

 

「……あぁ、やむを得まい」

《待て。おい大丈夫か!? 名前を言ってみてくれ!》

 

 ウラエヌスが大きな声で瓦礫の下の少女に呼び掛ける。

 

「ポーげほっ、ごほっ……ポーラです!」

 

 彼女は、奇跡的に瓦礫で潰されておらず、HPも満タンであり、窮屈そうに隙間で丸まっている。そこは身動きも難しいほどのスペースしかなく、叫ぶのが辛そうだ。

 

 強さとしては、レベル2の射手。本当に、死んでないのが奇跡だ。

 

「いま救助を呼びに……」

《今すぐ助けるからな!!!!》

「ウラエヌス!?」

 

 このインテリジェンスアーマーに口はない。塞げないからといって本体ごと叩きのめすのは論外だが、何をトチ狂ったのか――

 

 

 

《間違いない。ポーラ・シムロンの転生体だ》

 

 

 

 ウラエヌスは圧のある静かな声で言い切った。

 

 今まで、彼のことはひょうきんな奴だと思っていたが、その一言からは不気味なほどに感情が分からなかった。

 

 殺したいわけではないのだろう。であれば見殺しにしている。

 

 だが、何か不穏なものを感じる。

 

《助けるぞ、ユウラン・アルシップス》

「……セールクスに応援を呼ぶ、それで」

《駄目だ、今すぐ助ける》

 

 ギ、ギ、ギ、と。

 

 ロボットダンスのような、コマ送りのような仕草でニースが私の正面を向いた。

 

「ユウラン、言いたくはないが……頷いてくれ。ウラエヌスは本気だ」

《ああ、これは譲れねぇ》

 

 従わなければ攻撃する、ということだ。

 

 それって結局助けられないのでは……?

 

 独力での救助が無理だから私に頼んでいて、私が救助を拒否しているから、脅して従わせようとしている。

 

 だが、仮に、死合ったとして、私が勝つのは間違いない。

 

 脅しになっていない。

 

 頭は大丈夫なのかこのインテリジェンスアーマー……?

 

 対グレータードラゴンの戦力を減らすわけにはいかないが、時間を掛けて少女を救助することは、ドラゴン暗殺計画の基盤を崩壊させ得る。

 

 理論的にも私を説得することは不可能に近い。

 

「……えっと、じゃあまぁ、話し合いに5分くらい時間を取りましょうか。お互いの相互理解から始めます?」

《おめぇさん……言ったことが理解できてねぇのか?》

 

「あ、じゃあ別の言い方しますね。本気で殺しあったら彼女が『巻き添え』喰らいますし、私に勝てるわけないですよね? 説得するならもうちょっと頭を使った方がいいですよ」

「ウラエヌス……私も状況を理解できていない。話してくれないか、私がお前の相棒だというなら」

 

 脅しは相手を選びましょう。

 

 ウラエヌスはしばしの沈黙の後、語り始めた。

 

《…………あれは、300年前のことだ》

 

 浸り過ぎーーー!!!!!

 

「手短に要点だけでお願いします」

 

《お、おう。

 ポーラはな、"青の落日"でうじゃうじゃ出てきた冥族どもを、山ほどぶち殺した英雄の一人だった。

 俺たちみたいなのが11人いてな、ポーラはそのまとめ役だった》

 

 思い出を振り返るように、ウラエヌスは再度語り始めた。

 

《でな、有象無象を倒して都市をいくつか開放したんだがよ、俺たちの『敵』はしばらくすると出てきやがった。

 ゼルド・ノーブルの"皇帝"率いる大陸軍(グランダルメ)だ。

 俺たち"第十一死線(イレヴン・フロントライン)"の仲間も大勢死んで、ポーラは最後にゃ"皇帝"を封印したが、居なくなった。

 戦いが終わって平和になったが……今、この時代に大陸軍(だいりくぐん)は、蘇ろうとしている。

 来たる戦いの為に、ポーラは絶対に居なくちゃならねぇ……!》

 

「ほーん……」

 

 話をまとめるとこうか。

 

 まず、ポーラは"青の落日"の混乱の最中に頭角を現し、襲ってくる冥族をぶち殺して都市を取り戻して英雄になった。

 

 次、ポーラを含む11人の英雄は、冥族の"皇帝"率いる大陸軍(グランダルメ)と衝突した。

 

 次、"皇帝"は封印したが、300年の時を経て復活しようとしている。

 

 最後、"皇帝"をぶっ倒すには転生体のポーラが必要だ!

 

「なるほど」

 

 ゼルド・ノーブルの"皇帝"――ブラック・エンペラーって、公式のデータが無くてレベル31(大神相当)以上じゃないかって言われているんですよね。

 

 大神相当っていったら、都市一つどころか地方一つ国一つくらいなら軽く平定できる感じのパワーなので……。

 

 マジ?

 

「マジ?」 

《あ、あぁ……大マジだぜ》

「オッケーです、こっちが折れます。とはいえ、岩をくり抜くような魔法は無いんですよね……」

 

 そういう魔法はあるにはある。あるにはあるが、レベルが足りない。

 

 冥都アルカンハイトを潰した時くらいの経験点が無ければ、現状を分かりやすく打破することはできない。

 

「……地道に瓦礫をどかすしかないようだな」

「あ、アレが使えるかも……」

 

 頭の中のルールブックの魔法を見返していると、少し気になる魔法を見つけた。

 

「ユウラン? 何か手立てがあるのか?」

「ええ、ンアの神聖魔法第10階梯、【キャンプハウス】を使おうと思います」

《おめぇ、そりゃ家を建てる魔法だろ……? ぼろっちいのを》

 

 そう、【キャンプハウス】は家を建てる魔法だ。説明文は以下になる。

 

『木の枝や土、石などの材料を使い、屋根と壁がある簡易的な家を建てる。

 一世帯が暮らすのに十分な広さですが、雨風が防げる程度であり、長期間住むのには適していません。』

 

 "石などの材料を使い"。

 

 "家を建てる"。

 

 "一世帯が暮らすのに十分な広さ"。

 

 そういうわけなので、縦に長く中身がくりぬかれたような――某採掘&作製ゲームの縦長豆腐ハウスのような――家を建てて、上部に窓でもつければ、中に入って簡単に救助できる。

 

 なお、魔法発動中の安全性は考慮しないものとする。

 

「ここにある瓦礫を材料にして家を建てる。瓦礫のあった場所に家ができる。内部に大きな空洞ができるので、ポーラは脱出できる、完璧ですね」

《あー……?》

「お前は何を言ってるんだ?」

 

 鎧コンビが困惑しながら私を見た。家というものの固定観念に囚われているのだろう。

 

 とはいえ、私としても初めての使用方法なので、正直なところ上手くいくかは分からない。

 

「とりあえずやります。そこら辺に建てて様子を見ますね」

「あぁ」

 

 MPを消費して、ポーラとは離れた場所の瓦礫に【キャンプハウス】を発動する。

 

 すると、瓦礫がガラガラと激しい音を立てながら、縦横3メートル高さ5メートルほどの直方体に成形された。私たちが立つ地面から2メートルだけ顔を出し、人一人が通れる入り口のような高窓がついている。

 

 材質がレンガだったり木材だったりとバラバラなので、模様がモザイク状で面白い。

 

「どうですか! これなら簡単に救助できます」

《おめー……さっきの言い合いは何だったんだよ》

「いま思い付いたのでそんなこと言われても」

「なるほど……こんな箱が家であるとは到底言い難いが、応用が利くな」

 

 う、うるさいですね……合理的ハウジングですよ。

 

「人が住めないわけではない。これが、ポーラのいる辺りまで空洞になるんだろう? これならロープを垂らせば……」

 

 ピシッ!

 

 と、何かが壊れる音がした。

 

 それから、小さい石ころがカラコロと転がり、あっという間に――周囲の瓦礫が家の中に雪崩れ込んだ。

 

 私たちが立っていた瓦礫も連鎖的に崩れたが、素早く飛び退いたためダメージはなかった。

 

「耐久性に難あり、ですね」

「時間的には十分だ」

《俺たちがパッと飛び込むぜ》

 

 段取りは決まったので、ささっと【キャンプハウス】発動。ニースが中に飛び込んで、建物の隅にうずくまっていた少女を無事に抱えて戻ってきた。

 

 その十秒後には豆腐ハウスは崩れたので、事前に試していなかったら酷いことになっていただろう。

 

「あ、あの……助けていただいてありがとうございます」

「気にするな」

 

 エルフの少女――ポーラがお辞儀をすると、ニースは手を上げて何でもないという風に返した。

 

 彼女は金髪に銀の目をした、やや中性寄りの美少女で、少し物憂げな顔つきをしている。髪はまとめてサイドテールにしており、少し粉塵に汚れていた。普通の街娘の格好をしており、少なくとも冒険者のようには見えない。

 

 肝心のウラエヌスはと言うと、言葉も出ないようだった。

 

《あ、あぁ……》

「早速で悪いのですが、何に襲われました?」

「え? いえ……私、見てないです」

 

 ポーラは申し訳なさそうに続ける。

 

「いつも、鐘が鳴る……神殿に登っているんです。そこから見る景色が好きで、そしたら、地面が揺れて、下から何回も岩が出てきて、悲鳴がたくさん聞こえて、気がついたら……閉じ込められてて」

「方角は不明と。襲われたのは何時間くらい前ですか?」

「たぶん、お昼の14時位です」

 

 この町の斥候からの情報は14時時点のものだったが……ニアミスか。

 

 現在時刻は19時45分、敵がこの町を破壊してから、既に6時間弱は経過していることになる。

 

「……ニース、セールクスに戻りますよ。敵は十分な時間を得ています。既に襲撃が始まっていてもおかしくありません」

「心得た」

《ま、待て待て! ポーラ! 俺のこと覚えてねぇか? ウラエヌスだ!》

 

 いざ出発というときに、ウラエヌスが声を上げた。

 

「え? あの……」

「この鎧が喋っている。知性のあるアイテムだと思ってくれ」

 

 ニースが補足する。

 

「わ、分かりません……ごめんなさい」

《おう、だがまぁ、時間が経てば思い出すかもしれねぇ。そうなりゃ百人力よ!》

「はぁ……?」

 

 ポーラは訳が分からないという顔だ。

 

 過去の英雄、ポーラ・シムロンの転生体であるポーラ――ややこしいな――には、転生前の記憶は無いようだ。

 

 それに、能力的には完全に初期作製のエルフで、射手2レベルマギテック1レベルと、ごくごく普通だ。記憶と共に力を取り戻すタイプだといいね、としか言いようがない。

 

「あ、叔父さんを見ませんでしたか……?」

「いえ、見ていません。我々が発見できたのはあなただけです」

「そんな……」

 

 私がそう返すとポーラはショックを受けたようで、肩を震わせた。

 

 かわいそうだが、遺体を見つける時間も弔う時間も無い。感傷に浸った時間の分だけ人が死ぬ。

 

 これだけ死人が出ると、強力なアンデッドの出現も考えられるが、今まさに迫っているグレータードラゴンの軍団よりは、対処の時間に余裕があるので後回しだ。

 

「申し訳ないですが、あなたの感情に付き合うだけの時間はありません。同じことが他の都市でも起きようとしています、行きましょう」

「すまないが、しばらくじっとしていてくれ」

「は、はい……キャッ!?」

 

 ニースがポーラを抱えて飛び、私に追従する。

 

 飛行中に通話のピアスを使用して、民間人を一人保護したことを伝えつつ、襲撃がまだ無いことを確認した。

 

 敵の動きが無いというのは、喜ばしいことではあるものの、私たちが受け身になり始めているということでもある。

 

 私たちの戦術は、早くも崩壊の兆しが見えてきた。

 

 




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