私のキャラクターシートにはおちんちんが足りない   作:傘花ぐちちく

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第五話「それは種族の誇りを踏み躙る」

 

 私たちは燃え盛る町の中に降り立ち、通りを駆け抜ける。

 

 ここはアクマハンではないようだが、町の名前は知らない。広さも人口もそこそこだろう、生き残りが居れば幸いだが、居なければ2、3000人は死んでいるだろう。

 

 火がついてどれだけ時間が経っているのか、燃え尽きるような兆しはない。立ち止まるのも危険なほどに火勢は強く、人も建物も原形をとどめるものは少ない。

 

 ヒトもエルフもドワーフもリザードマンもハーフフットも等しく燃えて倒れている。

 

 危険地帯と化した生活の場を駆け抜けるのは危ういが、レッドドラゴンの前に悠々と着地するよりは遥かにマシだ。

 

 死体を努めて無視し、広場に駆け込むと、レッドドラゴンは干上がった噴水を下敷きに、翼を広げて待ち構えていた。

 

 彼我の距離は約25メートル。

 

 姿が見えると同時に、一層強くなった熱に私は目を細める。普通の人間なら、乾燥と合わせて目を開けていられないだろう。

 

 私の皮膚の下でマグマが蠢く。意味もなく湧き上がる敵愾心が、この竜を殺せと騒いでいた。

 

『クハハハハハハハハ!! 来たか、真なる竜の血に覚醒(めざ)めた者よ!』

 

 人竜(ドラグニカ)を含め、ヒト族は大体竜の血を引いているので、真なる竜の血に覚醒したというのはあながち間違った話でもない。

 

 だが、私が感じるコレは、そういう薄いモノではない。

 

 私が竜血法師(ドラゴンレゾナンス)技能で想起した火竜の血こそが、目の前の竜に反応している。

 

 とはいえ、竜血法師(ドラゴンレゾナンス)技能は、ヒト族に眠る竜の血を想起する技能だ。真なる竜とか言われても、それってヒト族みんな持っているのでは……?

 

『俺の下に来たという事は、万緑翠竜(ワークンフジャルガ)陸崩茶竜(ディゼルガノルズ)は死んだか』

『…………』

『黙らずともよいぞ! 分かっている』

 

 ガッハッハッハ、と快活に笑う赤竜。

 

 ニースを見やれば、仕掛け時を見失っているようだ。

 

 私なんかはいつ戦いを仕掛けても、元の数値に変動は無いので、戦いにおける確率は一切変わらない。

 

「これから殺す相手とはいえ、貴様らのような勇者はいつも俺の心を躍らせてくれる」

「!?」

 

 赤竜は共通語で饒舌に話し始めた。

 

 ニースがドラゴン語で会話ができないと見抜いてのことだろうか、陸崩茶竜(ディゼルガノルズ)といい、グレータードラゴンどもは長年の経験に裏打ちされているような、我々をヒヤリとさせるような観察力を垣間見せて来る。

 

「なぁ、生真面目な逃げ腰野郎と面白みのない強欲ジジイの相手はつまらなかっただろ?」

「……万緑翠竜(ワークンフジャルガ)は拍子抜けでしたが、陸崩茶竜(ディゼルガノルズ)はちょっと冷や冷やしましたよ」

「あいつらと氷獄蒼竜(ゼースィルカイダス)は、戦って面白みがないと思うが……茶竜のほうは俺の見込み違いだったか」

 

 赤竜は拗ねる少年のように吐き捨てた。

 

 まるで世間話のように軽い口調であり、我々がグレータードラゴンを既に――奴の予想通り――3体倒していることを全く気にしていなかった。

 

「味方を殺されておきながら、随分と余裕だな」

「俺は奴らとは違うぜ、鎧の勇者」

 

 今度の竜はよほど自信があるらしい。それとも戦闘狂か、あるいは先の三体と比較して本当に強いのか。

 

 奴が話に興じてくれているうちに、能力を見抜く。

 

「そう、勇者だ。まさしくお前たちの事だ! この肉体、炎、それと相対する恐怖に打ち勝ち、あまつさえ殺すというのだからな!」

「御託はいい。貴様の命運は今日ここで尽きる!」

「勇ましいな。増々楽しみだ。中身を殺せば、鎧が新しいのを連れてくるんだろう? 運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士という奴は」

《テメーに告白されても嬉しかねーよッ!》

 

 賽が振られる。

 

 私は目の前の赤竜――"炎天紅竜"、ラヴァルヴォール・ブレイカノンドの能力を見抜いた。

 

「気付いたか? 俺の炎は種族の守りを貫く、貴様も同族も例外ではない」

「……壊れるなぁ」

 

〇正しき炎の血族

この魔物が与える炎属性ダメージは種族の誇りを踏み躙る。

種族特徴で炎属性ダメージを無効化する効果は、炎属性ダメージを半減する効果として扱う。

種族特徴で炎属性ダメージを半減する効果、および軽減する効果は、ないものとして扱う。

 

 私の戦闘プランは、速攻でニースと共に翼を一枚落として、種族特徴の炎ダメージ半減を生かしながらじわじわと削り殺すプランだ。

 

 そんな安心安全プランが早速崩壊した。

 

 半減ができない以上、求められるのは速攻だ。

 

 速攻自体は、やりやすいだろう。

 

 "炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"の性能は攻撃に寄っているため、防御性能は最も低い。氷獄蒼竜(ゼースィルカイダス)ほど硬くなければ、万緑翠竜(ワークンフジャルガ)よりも回避は下手だし、陸崩茶竜(ディゼルガノルズ)よりも耐久力はない。

 

 その分、"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"の攻撃性能は他三体と比べて高い水準にある。

 

 炎属性攻撃を行った後の追撃ダメージ、その場にいるだけで身体を灼く炎、時間経過で威力が上がる範囲攻撃、HP減少に伴い頻度が上がるブレス攻撃、翼による炎の範囲攻撃。

 

 抵抗を突破する能力も高いので、攻撃をまともに喰らえば死は免れない。

 

 ……というか、これは、魔法の防御込みでも、期待値で私の体力が9割位削れる攻撃性能じゃないか?

 

 回復を怠って攻めっ気を出せば死ぬ、そんな感じだ。

 

 人手があれば速攻で倒せる部類だろうが、二人でそれをするとこっちが即死する。

 

 自分で言うだけのことはあって、馬鹿げた攻撃能力だ。

 

 こいつが連戦の最初の相手であればどれ程よかったことか。

 

「ふむ……貴様ら、連戦で疲れているだろう? 休む間くらいは待っていてやろう」

「貴様の言葉を誰が信じるものか!」

 

 ニースが吠えると、"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"は首をかしげるような仕草をした。

 

「俺は万全の勇者を倒したい。疲労で死に体の敵を相手にしてもつまらんのでな。

 俺がストラトン山に居た時、下僕共の監視を潜り抜け、疲労困憊となった勇者の回復を何人も待ったことがある。

 今回もすぐに平らげてはつまらん、故に、貴様らの回復を待ってやるというのだ」

 

 万全の相手を倒したいとは、随分な戦闘狂だ。

 

 ニースが多少マシな状態で戦えると思えば、非常に魅力的な提案だ。

 

 交渉相手が全く信用ならないという点を除けば。

 

 赤竜は続けて言う。

 

「まともに考えてみろ、殺せる相手の回復を待ってやることに、何の疑問がある」

「貴様がどこに立っているか答えてみろッ!!」

「なに? ……地面だ」

「ヒトだッ!!」

「……」

 

 ニースは感情的になり激昂した。

 

 顔を突き合わせた期間は、合計しても一週間程度であるが、ここまで激怒する性格だとは思わなかった。

 

「全てを踏み躙っておきながら! 貴様の延命に誰が付き合うと思うかッ」

「いい闘志だ。勇者よ……」

 

 彼は残念そうに言った。

 

「死ぬがよい」

 

 ──賽が振られる。

 

 錬金術のおかげで先手は取ったが、魔法を使いながら殴るには移動距離が足りない。仕方ないので、素振りしながら【ブリザード】を見舞う。

 

 二度の氷の嵐に拘束された"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"にニースが突撃すると、魔法の氷を帯びた黒剣で全身を二度切り裂いた。

 

 陸崩茶竜(ディゼルガノルズ)よりも遥かに柔らかいので、翼のHPはもう半分を切っているが、近づいただけで"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"の熱が私たちを焼く。

 

 こいつも氷獄蒼竜(ゼースィルカイダス)と同じく、生きているだけで周囲を極地にする類の怪物だ。

 

 ただの呼吸の熱が空気を歪め、生きるだけで発せられる熱があらゆる生き物を焼き殺す。流れる血は溶岩よりも熱く、降り注げば鉄さえ溶かすだろう。

 

「よほど生ぬるい戦いだったようだな! 俺の前で炎の守りすら唱えんとは! 【パーフェクト・キャンセレーション】!!」

 

 あやっべ。

 

 するりするりと身体から種々の魔法が抜け落ちていく。辛うじて、ダイナペレクスを扱うための特技習得の魔法と命中強化の魔法が解除されずに残ったが、防御系は全て剥がされた。

 

 今、私の肉体は物理攻撃にも魔法攻撃にも脆弱な状態だし、耐久力も落ちている。

 

 振り下ろされた"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"の牙が、数瞬前よりも簡単に私を捉え、想定よりも強い衝撃を与えてくる。

 

 まずい。

 

 死ぬ。

 

 だが当然、容赦することなどはなく、"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"の纏う熱が爆発的に増す。

 

 "炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"の両翼が炎を煽り、我々の身体を巻き込んで激しく燃やす。更に、尾の叩きつけが爆発を引き起こす。

 

 爆発に揺さぶられた私たちに待ち受けていたのは、"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"が全身から放つ炎の奔流だった。

 

 分厚い壁のような炎が、鉄塊で殴りつけるように全身を焦がしていく。皮膚に浸潤していく炎の度合いからして、普通の人間であれば痛みで気絶していただろう。

 

 HP:-15/116

 

 辛うじて、私は死んでいない。HPが0以下になった時に発生する"生死判定"に成功し続ける限り、死ぬことはないし、自動習得の<<特技>>によって気絶することもない。

 

 HP:-20/116

 

 ……"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"は自分の炎属性の攻撃後に、"延焼"効果によって、追加で炎属性ダメージを与えてくるので、HPが0を下り続ける限り、2度の判定が必要になる。

 

 -22までなら、まだ安全な圏内だ。

 

 だが、それ以上は運が絡んでくるし、-35以下になれば判定不要で死亡だ。

 

 防御の解けた私に対して、奴の攻撃は期待値素通しで140点近くダメージを与えて来るので、本当に運が良かった。近接攻撃一発を避けるか、炎に一回抵抗するかが生死を分ける。

 

 今までにないほど死が迫っていた。

 

「……ユウラン?」

「逃げながら持久しますよ、後で炎の耐性を下さい」

 

 私は全速力で後退しながら、妖精魔法と錬金術とポーションと練技で体力を回復する。

 

 足を止めて戦えば回復が間に合わないことは自明であった。

 

 逃走&回復→攻撃&回復→逃走&&回復、このサイクルを繰り返して、ジワジワと削り倒すしか道はない。

 

 "炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"が居た位置から10()メートルほど距離を取ると、途中で追い付いてきたニースが錬金術で回復してくれる。

 

「……大丈夫なのか?」

「なるべく早く倒すしかありません。少なくとも、全力で逃げている間は向こうもロクな攻撃ができませんから」

 

 ニースが耐えられる範囲でHPを削ってもらって、残りを自分でどうにか……となるのだが、かなり厳しい。彼女無しでこのグレータードラゴンを倒そうとすると火力不足に陥るし、必然的に事故死の確率が上がる。

 

 とにかく、方針を早口で伝えると、もうすぐそこに激怒した"炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"が迫っていた。

 

「この俺から戦いを掠め取るつもりかッ!!」

 

 "炎天紅竜(ラヴァルヴォール)"が【パーフェクト・キャンセレーション】を打てるのはあと一回だけだ。

 

 それをいつ切るのかは分からないが、それまでに奴のHPを削り、こちらの状態を万全にしなければならない。できなければ死ぬ。

 

 真の勝負はこれからだ。

 

***

 

 ユウラン・アルシップスは時折、超人染みた洞察力を発揮することがある。

 

 運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士、ニースがそれを感じたのは一度や二度ではなかった。

 

 まず最初は、氷獄蒼竜(ゼースィルカイダス)との戦いだろう。あの恐るべきグレーターブルードラゴンの、骨の髄まで凍り付くような大技を炎で以て阻止したことだ。

 

 第2に、万緑翠竜(ワークンフジャルガ)との戦いだ。戦闘が始まる前に、ユウランはグリーンドラゴンが纏う風の防壁や姿勢を崩すかまいたちについて警句を発しており、事実そのような技を使ってきた。

 

 第3に、陸崩茶竜(ディゼルガノルズ)。防御を鈍らせる金属粒子の結界を打ち破る方法を、さして逡巡するでもなく述べてみせた。また、大地を隆起させる技に対しても、余力を持って対処できていた。

 

 いま、赤竜の言葉を信じるなら、炎が種族の守りを貫くことにも気付いているようだった。

 

 ただ、ニースはユウランに全幅の信頼を置いていた。

 

 如何なる攻撃にも顔色一つ変えること無く耐えてみせる、素晴らしく強力な戦士の事を。

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)という強敵を目の前にしても、口惜しいことではあるが、後を任せられると考えていた。

 

「【プロミネンス】ッ!」

 

 凄まじい"重さ"の炎が全身に叩きつけられる。

 

 抵抗するのも難しいほどの業火に晒されると、鎧の下の皮膚が溶け、ニースは鋭い痛みが侵入してくるのを感じた。

 

 火傷の痛みは極小の針を無数に刺すようなもので、炎を浴びた時間の分だけそれが深く突き刺さり、癒えない。真夏の鉄板のように熱せられたウラエヌスが必死に排熱し始め、魔法のマントがたなびいた。

 

 絶死の一撃には耐えたものの、ニース自身、これを受け続けるのは厳しいと分析していた。今朝ならば、まだ気力やる気生命力根性といったもので踏ん張れたかもしれない。

 

 だが、ユウランは別だと、ニースが彼女のほうを見やれば、その人は焦点の合わない目をしており、身体の所々が炭化していた。

 

「……ユウラン?」

 

 死んでいる────ように見えた。

 

 死体に混ざって倒れれば、素人はそれを死体と見做すだろう。

 

 この戦いの場を埋め尽くす死者たちに混じっても違和感はない。

 

 一瞬の間に、この町に来た時のことが、ニースの頭の中を走馬灯めいて駆け抜けた。

 

 夜の闇の中に浮かび上がる、光り輝く町。ニースとユウランが揺らめく炎の町の中に降り立ったのは、本来入り口となる鉄門が溶け落ちていたためであった。

 

 町を囲う壁は高く、上空を通過すれば、木材が内側から壁に立てかけられている痕跡を、いくつも見てとれた。壁を上って外に出ようとしたが、出来なかったという事だ。傍には黒ずんだ塊がいくつも落ちていた。

 

 石が敷かれた町のメインストリートには同じような焦げの塊が点在しており、それは中心部に向かうほど数を増していった。

 

 町に降り、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の待つ広場がすぐそこに見える頃には、地面のほとんどは黒くなっていた。

 

 つまり、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)はまず門を壊し、炎で以て外から中へ人々を追い詰め、水を求め広場の噴水に殺到した所を焼き尽くした、ということだ。

 

 それをやった竜に聞かなくても、ニースにはこの程度のことは推理できた。

 

 そして、機械のように冷徹で残酷な効率的虐殺を、許せる筈もない。

 

 あまつさえ、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)は死した人々に何の価値も見出さず、倒れる姿を単なる地面の一部として見做した。

 

 ――彼女(・・)がそれに混ざってしまう。

 

 ニースの心に去来した絶望は計り知れないものであった。

 

 強くなりたい、誰かを守りたいと幼心地に願ったニースは、そのまま大人になった。生まれ持った運命と知性ある鋼鉄の鎧を背負い、ヒト族の天敵である冥族との闘いの日々に青春を費やした。

 

 ニースは、そんな折に出会った、肩を並べられるような、ともすれば追い越されてしまうほどの強烈な少女と、これからの闘いを勝ち抜き共に過ごせると無意識のうちに思っていた。

 

 そんな絶対に負けるはずのないユウランが死の淵に瀕している。

 

 カラクリはすぐに分かった。

 

 ユウランの強さというものは、いくつもの魔法の効果時間を反則的なほどに引き伸ばしている所だ。強力な魔法の強化をいくつも重ね掛けすることで、数多の魔法使いの支援を受ける戦士のようになれる。

 

 仮に、敵がユウランを見て1人だと侮っていたら、複数人が力を合わせた時のパワーを発揮してくるのだから、意表を突くという意味でも当然強い。

 

 そして、魔法を剥がされたら、一回りも二回りも弱くなるのは当然だ。

 

 ――ユウランの意識が飛んでいたのは、ほんの僅かな時間だった。

 

 ニースはまばたきの間にも満たない瞬間をたまたま目撃しただけであったが、知らなければ重大な思い違いをしたまま戦闘を離脱する羽目になっていただろう。

 

「逃げながら持久しますよ、後で炎の耐性を下さい」

 

 死にかけの女は冷静に戦術を判断した。

 

 有無を言わさぬ戦闘続行の意思に、ニースは己の不覚悟を慙愧(ざんき)した。

 

(何が、何が運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士だ! ユウランがどうにかするとばかり考えていた!)

 

 ユウランは死ぬ寸前とは思えない程の速さで戦場から離れる。不整地な足場や狂わんばかりの熱を意にも介さず、練技に錬金術にと手際よく傷を治す。

 

 ニースも遅れて後を追うと、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)は予想外の行動に固まり、一拍置いて(たけ)り立つ。

 

《――魔法の剥がれた嬢ちゃんじゃ勝ち目がねぇ! 引け!》

 

 ウラエヌスが早口で忠告する。

 

「彼我の速さは差がない。奴を振り切ることは次の町の死を意味する」

《態勢を立て直すっきゃねぇだろ!》

「……守る者だ、私は! 次に死ぬのは私でいい!」

《お前……》

戦友(とも)の為に命を懸ける、今度こそ!」

 

 ユウランに追いつくと、既に傷は半分ほど治療されていた。

 

 錬金術で回復を支援しながら、ニースは尋ねる。

 

「……大丈夫なのか?」

 

 勝つ見込みはあるのか、ユウラン自身の集中力が続くのか、痛みに耐えられるのか。ニースが言葉に込めた思いは多々あれど、ただ一言、助けが欲しい、その言葉を彼女は望んでいた。

 

「なるべく早く倒すしかありません。少なくとも、全力で逃げている間は向こうもロクな攻撃ができませんから」

 

 この場に限って言えば、戦いの主導権というものは、実のところユウランたちが握っていた。

 

 いつでも離脱でき、攻撃が届かない場所へあっという間に逃走できる二人と、戦いを心の底から望む炎天紅竜(ラヴァルヴォール)とでは、いつ戦うかを決める権利は前者にある。

 

 一方で、グレータードラゴンの暗殺行脚全体で見れば、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)はここで殺す必要がある。

 

 最初の提案に乗っていれば別であろうが、戦いを抜け出してから休息のために3時間か6時間も時間を浪費すれば、この赤竜は別の町を灰にする。なにせ、ヒト族を殺せば殺すほど"勇者"がやって来るのだから。

 

 ただ、幸運なことに、今はまだこの場の戦いに夢中だ。

 

「この俺から戦いを掠め取るつもりかッ!!」

 

 足を止めた二人の背後では、メインストリートの廃墟を翼で叩き壊しながら全速力で赤竜が迫っていた。単なる羽ばたきが石の建造物を薙ぎ払い、揺れる尾が破壊を助長する。

 

 慎重に飛べば、グレータードラゴンの巨体でも物を壊すこと無く飛行できるが、黒の系譜の竜(トワイライト・ドラゴン)がヒト族の物に気を遣うことはない。

 

「持久戦か」

「奴の身体を破壊するまで、あなたが頼りです」

《ニース……》

「腹を括れウラエヌス、こっちの覚悟はできている」

 

 黒剣ガイアルの柄を、ニースは万力のように握り締めた。

 

(――私には()がある)

 

 力を込めれば、通常、筋肉が強張り、姿勢が崩れる。

 

 だが、これまでの疲労と迷いの晴れた心が、ほどよい脱力と極度の緊張を調和させていた。彼女の集中力は、これまでの人生に比肩する例がない程の最高潮を迎える。

 

 瞬く間に距離が縮まると、回復を済ませて二人は炎天紅竜(ラヴァルヴォール)に斬りかかる。

 

 ユウランはスパイクシールドとフランベルジュに構え直し、魔法を唱えながら、翼に当てるだけの牽制の一撃を振る。

 

 ニースは【レジスト・ボム】の魔法で炎属性への耐性をユウランにも付与しながら、全力の一撃で炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の全身を薙ぎ払った。

 

 その妙技(・・)を見てユウランは感嘆の声を漏らす。

 

「ニース……!」

 

 戦士というものは、狙いが定まった全力の攻撃であったり、周囲を薙ぎ払う一撃であったり、魔法と近接攻撃を同時に扱う技術であったりと、何かしらの<<特技>>を持っている者がほとんどだ。

 

 これが熟達の戦士になると、全力で薙ぎ払うというような、2つの<<特技>>を器用に組み合わせて扱うことができる。

 

 ユウランやニースはこれに該当するが、市長の護衛ヴァレンタインは、魔法を使いながら魔力を込めた一撃で薙ぎ払うという、3つの<<特技>>を組み合わせて使う戦いの才能を持ち合わせていた。

 

 そして、ニースはいま、その領域に足を踏み入れた。

 

 今日に至るまで、何十人もの運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士が、力及ぶこと無く命を散らしてきた。

 

 "青の落日"以後、初代の運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士が【リーンカーネーション】の魔法で幾度となく転生を繰り返し、継承してきた技術は、初代の記憶が擦り切れた現代に蘇った。

 

 45代目の運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士、ニース・ヘルメイラは、練り上げた技術で以て大昔の英雄の域に到達する。

 

 彼女が死ねば、聖女が【リーンカーネーション】の魔法を掛け、転生した子が運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士を継承する。

 

 だから、次がある。

 

 死んだとしても、ニースの技術と運命を継ぐ者がいずれ現れる。

 

(今日ここでユウランを守るために死ぬとしても、それが私の運命だ)

 

 ふつふつと、何より熱いものが彼女の胸に込み上げてくる。

 

 誰よりも守りたいと願う相手の為ならば、身を灼く業火の中であろうと耐えられる。彼女は全身に力が漲るのを感じていた。

 

「【プロミネンス】ッ!」

 

 炎の激憤が周囲を焼き払い、爆発を生じる鞭打が、炎のブレスが、巻き起こされる炎の嵐が、二人を苛烈に攻め立てる。

 

 ユウランはまた、同じように死の淵に立った。

 

 しかし、先ほどよりも傷は僅かに浅い。ニースの【レジスト・ボム】による炎への耐性が良く作用した。

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)は手ごたえを感じつつも、不気味なほどに怯まないユウランに興奮を禁じ得なかった。そして、この土壇場での成長を見せたニースに対しても。

 

「お前ほど頑強な勇者はいない! 妙技を放つ勇者もいない! 俺の中で貴様らは永遠に生きるだろう!」

「距離取りますよ!」

 

 ユウランは先ほどと同じように距離を取った。

 

 ニースもそれに追従すると、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)は笑う。

 

(駆ける僅かな時間で態勢を立て直すか。この俺でさえ、全力で飛びながら炎を振りまくことはできん。彼奴等の脚を止める手段はあるが、一手守りの猶予を与えることになる。とはいえ奴は死に掛け、このまま倒すことはできるだろうが、翼への攻撃を耐えられるものか)

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の翼が健在であれば、灼熱の嵐を巻き起こして攻撃することができるものの、そう何度もニースの攻撃には耐えられない。互いの一手が容易く勝敗を分ける、背を伝う死の気配に炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の生命は燃え上がった。

 

 知も力も勇気も命も振り絞り、死力を尽くして戦った者にこそ勝利は微笑む。

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の現在位置は、逃げるユウランとニースの51メートル手前。先ほどと同じように全速力で飛び込み、その隙に甘んじて攻撃を受ける選択を彼はしなかった。

 

 二人が魔法を唱えるなら近接攻撃はできない距離だ。しかし、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)からは容易に近づき、攻撃できる距離である。

 

 そこで、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)は魔法を唱えた。

 

「【距離2倍拡大】【バインド・オペレーション】!」

 

 目に見えない束縛がユウランを押さえつける。魔法自体には抵抗できたものの、移動は10メートルに制限(・・)されるし、行動(・・)も阻害される.

 

 【バインド・オペレーション】は、相手が抵抗に成功しても効果を――短時間だけ――発揮する魔法だ。

 

 ユウランがつい最近覚えた魔法でもある。彼女は移動が制限されてしまったものの、内心で冷静に効果を比較していた。

 

(阻害するのは「行動」か。私の方は「行為」を阻害する。やっぱり、世界と私で適用されているルールの()が違いますね)

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)はユウランを逃がさないつもりであった。

 

 ユウランはこれに対抗し、その場で魔法を唱えた。勝つにはそうするしかない。

 

「ニース、行けますか――――【距離2倍拡大】【バインド・オペレーション】」

 

 【バインド・オペレーション】は、相手が抵抗に成功しても効果を発揮する魔法だ。

 

 この魔法を覚えていれば、例えユウランの魔力が炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の抵抗力を下回っているとしても、効果が発揮される。

 

 だが、【バインド・オペレーション】の撃ち合いになれば、ユウランは炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の巨体に魔法を作用させるため、毎ラウンド80ものMPを消費しなくてはならない。

 

 MPをアイテムとして保持し、10秒ごとに5点回復し続けるとはいえ、消耗は激しい。

 

 だが、MPを使わずに、敵を51メートルの距離に縛り付ける方法が存在する。

 

 それがいつの間にか出現していた――ユウランが取りだした――真鍮の鳥、ブラスウィングだ。

 

 一も二もなく駆けだしたニースに追随するゴーレムは、速度を抑えて接近しようとする炎天紅竜(ラヴァルヴォール)に取りつき、ただただ移動を邪魔するようにまとわりついた。視界を塞ぐように横切ったり軽く。

 

 ウラエヌスは当惑し、真紅の竜は苛立つ。

 

《ゴーレムなんぞが何処から!?》

「たかだか真鍮の小鳥風情がッ……!」

 

 実際、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)が炎を撒き散らせば、ブラスウィングはすぐに溶けて壊れる。しかし、この濃密な戦闘時間の中で、ユウランの方へ移動させないという役割は常に果たされる。

 

「気を逸らしたなッ!」

 

 鬼気迫るニースの全力の薙ぎ払いが炎天紅竜(ラヴァルヴォール)に深い深い傷を刻んだ。彼が【バインド・オペレーション】によって行動を阻害され、ブラスウィングに気を取られた隙の出来事であった。

 

「ブレスが2度来ますよ!!」

 

 ニースの一撃は、片翼を機能停止に追い込んだことは間違いない。

 

 それが炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の逆鱗に触れた!

 

 戦いが好きな事と、傷を負わされて怒り狂うことは別だ。

 

『グゥァアアアアアアアアッ!!』

 

 火焔のブレスが立て続けに2度炸裂し、ニースを爆炎で包み込んだ。

 

 【バインド・オペレーション】でブレスの分厚さ(・・・)は落ちているものの、火勢が衰えているわけではないし、疲労で限界が近いニースが耐えられるかは別だ。

 

 こうなってはもう、ユウランは祈るしかない。

 

 死地にあって尚、前に出た彼女を信じるしかない。

 

 2度のブレスの直撃を受けたニースは、続く【プロミネンス】の爆炎を変換の酒の効果で受け流し、翼が巻き上げた炎の旋風と尾の爆撃は鎧の性能で完全に防いだ。

 

「……!」

「生きているぞッ!! 私はァ!!」

 

 ユウランはすかさず10メートル前進して、【キュア・エクストリーム】による回復を飛ばす。それから、溶けたブラスウィングの代わりにストーンサーバントを派遣して、同じように足止めを行う。

 

 傷が塞がると、阿吽の呼吸でニースが再び切り込み、両翼は力なく垂れ下がった。

 

 噴き出した血液が捲れた石畳を赤熱させ、熱気がブワリと舞い上がる。

 

 だが、彼の戦意は全く衰えてはいない。

 

 何度目かの【プロミネンス】が溶解した建物を巻き込み、さらに温度を増して熱波を炸裂させる。炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の全身から放たれる重厚な炎が一度、二度、三度とあらゆるものを吹き飛ばしながら周囲を焦土に変える。

 

「貴様ほどの剣の使い手は二人といないぞ! 誇るがいい!」

「その目に焼き付けて逝け!」

 

 ニースはユウランよりも余程脅威であった。相方が死に瀕する攻撃を、ある程度の余裕をもって耐える。回復役のユウランさえ居なければとっくに倒せていただろうが、彼女は彼女で距離を取って支援に専念し、ゴーレムで足止めをしてくる。

 

 つまり、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)は足を止めて殴り合う他ない。1人と1匹、どちらか死ぬまで。

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)はニースを無力化するべく渾身の【スロウ】を掛けたが不発。炎を纏わせて爪や牙の攻撃を仕掛けるもあっさりと回避される。【パーフェクト・キャンセレーション】を打てるだけのマナはもう残っていない。

 

 その間にユウランが10メートル前進しながら、ニースを回復しつつ溶けて無くなったストーンサーバントをまたしても派遣する。シキブの家を守るために大量に配備していたものだ。十数体は在庫がある。

 

「ええい鬱陶しい!」

「人の嫌がることは進んでやるんですよ!」

 

 それなりに重量がある塊がまとわりついてくるのは、グレータードラゴンにとっても面倒だった。メインストリートの建物は動きもしないし気まぐれに破壊できるが、ユウランが操るゴーレムは意識して攻撃しなければ壊せないし、気が散る。

 

 極上の戦士――それも数千年類を見ないような相手と命を削り合っているというのに、こんな炎に巻き込まれるだけで溶け散るゴミがちょっかいを出してくるのは不快極まりない。

 

 ユウランからは見えないが、確実に効果はあった。

 

 そうして生まれた僅かな隙に――バゴン! と凄まじい衝撃音が響き渡る。それと共に炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の足元が爆発すると、錬金術で得物に金の粒子(クリティカル・レイ)を纏わせたニースが、胴体から尻尾までを駆け抜けていた。

 

 雷のような踏み込みは、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の未来を確実に断ち切った。

 

 真紅の両翼は根元から切断され、尾は筋肉が深く傷つき動く気配がない。

 

 どくどくと粘り気のある血液が全身から垂れ流され、地面で弾けると自然に発火する。

 

『ガァッ、グ、グゥゥ……!』

 

 おびただしい量の血が流れ、炎天紅竜(ラヴァルヴォール)はよろめいて通りの建物に寄りかかった。ばらばらと廃墟が崩れ、落ちるレンガが地面で水のように飛散した。

 

 体勢を崩したのも束の間、彼は残心するニースにブレスを叩きつけ、周囲の炎を呑み込んで更に火力の上がった【プロミネンス】を放つ。

 

 しかし、翼と尾を思うように動かせず手数が減った今、二人を倒すことはできない。

 

 ニースは己の意思の力で運命を打ち破った。

 

 着実に回復しながら戦えば、負ける道理は最早ない。

 

 最後の足掻きの【バインド・オペレーション】に二人は抵抗し、【プロミネンス】は身体中から血を噴き出して不発。

 

 二人が余力を保ちつつ武器を構えると、強大な敵は剛毅に牙を剥いた。

 

「……ここまでか。だが! ただでは終わらんぞッ!」

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)は瀕死の身体に鞭打ってあらん限りの抵抗をするが、ブレスにさえ気を遣えばもう手ごわい相手では無い。

 

 引きずられる巨体に潰されないよう周囲を駆けながら、ユウランとニースは首を、目を、鱗の隙間を狙って斬り付ける。

 

 汗が迸れば滴は竜血の熱で蒸発し、火焔が肌を焼けば奇跡が癒した。

 

「これで――――終わりだッ!!」

 

 ニースの黒剣が炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の喉元を深々と切り裂けば、この巨大な生命は緩やかに身体を伏せ、命を失っていく。

 

 心臓が熱を発していたのか、垂れ流される血液は冷えた溶岩のように急速に固まっていき、先ほどまで盛んであった炎も沈静化しつつある。

 

 真紅の巨竜は四肢を折って伏し、首がしなって頭を地面に打ち付ける。

 

 ニースは少し離れた場所でそれを見ていたが、終わったと分かるや否や黒剣を捲れた地面に突き刺し、片膝をついた。

 

 一方で、ユウランはさして疲れた様子もなく、横たわる頭の前に平然と立っている。

 

「見事だ……俺が、敬意を表してやろう……」

「そりゃどうも」

「はぁ、はぁ、はぁっ、ユウラン止めを!」

 

 戦の昂ぶりで(はや)るニースを彼女は無言で制した。

 

「敬意に免じて、残りの敵についても教えて欲しいのですが」

「いい、だろう。俺を殺したお前たちには、その権利がある」

 

 腐っても竜、それも神に届き得るグレータードラゴンだ。いつ死んでもおかしくない状態であるが、彼は残りの生命力を会話に費やす。

 

「軍とか率いてます?」

「身を以て知った上で、俺に追従できる者がいないと何故分からぬ」

「聞くだけ聞いただけですよ。で、他の竜は?」

 

「西の海では、雷騰黄竜(らいとうおうりゅう)、ライラトルニトル・ザヴォルゲオルガが船団を率いている。奴は攻撃的な雷の使い手、俺には及ばんだろうが、小賢しい奴よ」

 

 炎でも雷でも船は燃える。海戦で出会いたくない竜であることは、間違いない。

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)よりも攻撃性能が低いというなら、正直あまり脅威ではないなと、ユウランは体で分析する。

 

「北東の湾には今頃、奴が来ているだろう。寂世黒白竜(じゃくせいこくびゃくりゅう)、オルフィーニル・キャンペイン」

「…………」

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)の口ぶりに、二人は僅かに畏怖を感じとった。

 

 冥府の底へ二人を突き落としかけた赤竜が、あろうことか恐れを抱いている。

 

 ユウランは眉間に深い皺を刻み、彼の話に聞き入った。

 

「奴は、我ら5体をそれぞれ上回る存在。完熟(エルダー)か、あるいは太古(エンシェント)か、どちらにせよ不気味な奴だ。

 混沌竜の僕を名乗るヴァルムリルカルドス――奴を連れてきたのも寂世黒白竜(オルフィーニル)だ。

 得体の知れぬ、底の知れぬ奴よ……」

 

「どんな能力を持っているとか、分かります?」

「……さてな。だが、奴は腐り果てた臭いがした。俺には近寄らなんだ、アンデッドかも知れん」

 

 シムロンへ向かっている六色同盟の黒を司る竜は、アンデッドかも知れない。この情報は非常にありがたい情報であった。

 

 死者への対抗は神官の本領だ。

 

 今のユウランの得意分野でもあるし、"聖女"なる最高位の神官がシムロンに(多分)来ているという点も加味すれば、この情報がどれほど価値あるものか察せられるだろう。

 

 問題は、寂世黒白竜(オルフィーニル)はどの程度長く生きた竜であるか、だ。

 

 一般的に、竜は長生きすればするほどに強くなる。歳が分からぬという事は、どの程度強いかが分からないという事だ。

 

 もし仮に、寂世黒白竜(オルフィーニル)がエンシェント・ドラゴンであればユウランは尻尾を巻いて逃げ出すだろう。そして追い詰められ遠方で死ぬ。

 

「随分と話しますね」

「敗者から奪うのは勝者の特権よ。俺とてそうした。勇者を倒せば、送り出した根拠地を焼いた。

 貴様もそうするといい、ストラトン山には俺の財がある。ついでにくれてやろう」

 

「(どこだ……?)貰えるもんは貰っときます。あとは……創世力って何です?」

「知らねぇ」

「はぁ?」

「そういう話は寂世黒白竜(オルフィーニル)陸崩茶竜(ジジイ)がしていた。…………言葉からして下らん力だ」

 

「そうですか。……ニース、何か言いたいことは?」

「…………、無い」

「ククク……俺は俺の思うが儘に生きた。いずれ冥府で会おうぞ……」

「そっすね、じゃ!」

 

 ユウランは躊躇なく首にダイナペレクスを叩き込み、止めを刺した。

 

 時刻は約23時45分。

 

 過酷なRTA作戦の第一段階は、辛くも成功を収めた。

 

 二人は燃え盛る町から離れ、今後のことを話し合うことにした。

 

 ユウランはニースに肩を貸しながら──ほとんど抱えていた──200メートルほど離れ、ゆっくりと降り立つ。

 

 手を離せば彼女はガシャリと膝をつき、荒く息を吐いた。傷は塞がり、体力は回復したが、あるのはそれだけだ。

 

 頭部の装甲が収納され、顔が露になると仰向けに寝転がって、ぼんやりと夜空を見つめる。

 

 すぐそばで燃え盛る町が夕陽のように空を照らしているので、星は見えなかった。

 

「もう……一歩も動けない」

「じゃあ休んでて下さい。ゴーレムを置いておくので、ちょっと剥ぎ取りに行ってきますね」

 

 ユウランはテキパキと野営の準備を進めてあっという間に火を起こす。

 

 それを流し目で見ていたニースがポツリと呟いた。

 

「……すまない」

「え? なんですって?」

「すまなかった、私が血気に逸ったばかりに、君を殺し掛けた」

「あいつはいつ行っても初手パフェキャン打ってきますよ、多分。何回か戦っても同じ感じになったと思いますよ。それに死んでませんし、あなたにばっかり攻撃を任せてましたからねー……死ななきゃ安いってヤツです」

 

 守りたいと願った相手を庇うこともできず、一人で敵を倒すこともできず、深く傷つけてしまったこと。

 

 矢面に立って攻防を担うはずが、疲労困憊した相方を前に出して全てをやらせてしまったこと。

 

 お互いに負い目を感じているものの、二人は相手のそれには全く気づけていない。

 

「保存食くらいは食べられます?」

「あぁ……なんとか」

「はい」

 

 ユウランは干肉を口に突っ込み、沸かしたお湯をコップに注いで傍に置いた。

 

「じゃ、強化するんで」

「……いつからできるようになったんだ? それは」

「えー……まぁ最近ですね」

 

 リスティル市にいた頃くらいにはできるようになっていたので、無限化魔法の使用歴は三ヶ月程度だ。

 

 戦闘力に直結するため、ユウランのささやかな秘密の中では最も重要なものの一つだ。

 

「君は、何故戦うんだ……?」

「はい?」

「君と同じような年頃になってから剣を取ったが、実戦まではしていない。何故、戦おうと思ったんだ」

「そうする必要があったというか、できたからやったというか……まぁ今となっちゃ同じですけど」

 

 話す間にもユウランは次々と魔法を掛けていく。素振りしながら同じ魔法を何度も使う様は奇行としか言い様がなかった。

 

 その儀式めいた行動が終われば、彼女はゴーレムを2体置いてさっさと町の方へ飛び去って行った。

 

《底なしの元気だな》

「あぁ…………私も、ああなりたかった」

《やめとけやめとけ、ポーラと同じタイプだありゃ。真似できねーっての》

 

 白湯でほぐした肉をチビチビと齧りながら、ニースはゆっくりと身体を休めていた。

 

 この2日――いや、3日間は、常人にはとても耐え難い試練のような時間であった。

 

 1日目は、冥都アルカンハイトに辿り着くまでの軽い準備運動のような戦いと徒歩での長い道中。

 

 2日目は、アルカンハイトに蔓延る冥族を千切っては投げ千切っては投げ、100や200では収まらない数の敵を斬り殺し、領主の弟の館とその主を滅ぼした。それから間を置かず、六色同盟の青"氷獄蒼竜(ゼースィルカイダス)"と臓腑も凍るような死闘を繰り広げ、小休憩を取ってから都市へとんぼ返りした。

 

 3日目の今日、ニースは朝からドラゴン対策で呼び出され、昼過ぎからは万緑翠竜(ワークンフジャルガ)、夕暮れには陸崩茶竜(ディゼルガノルズ)、日が変わる深夜に炎天紅竜(ラヴァルヴォール)と連戦を繰り広げた。間の時間はほとんどが飛行時間であり、捜索やら警戒やらで適度な緊張を保ちつつ、似たような姿勢でジッとしている。

 

 運命(さだめ)鋼鉄(はがね)の戦士がいくら常在戦場の英雄であろうとも、この過密スケジュールには勝てなかった。

 

 ニースは疲労を越えた虚無の顔で寝転がり、やや明るい空を見上げていると、空を何かの影が横切った。

 

 大まかには十字の形をしており、横方向に伸びるものは上下に――まるで羽ばたくように動いている。後ろに伸びているものは、先端へ向かうほど細く、蛇か何かの尾のようであった。前に伸びているのは、頭だ。

 

(竜か)

 

 上空を横切り、未だ炎が鎮まらない町へ向かうのはドラゴンだった。

 

「竜!?」

 

 気付いた頃には既に降下を開始して、あっという間に町に突入した。

 

「まずいッ――――」

 

 ユウランは町で赤竜の身体から鱗やら牙やらを剥ぎ取っている。

 

 ニースは仰向けの姿勢を反転させて立ち上がろうと左腕を土に付ければ、腕はそのまま関節部分で曲がって頭をぶつける。

 

(力が、入らない……)

 

 左肘をついたまま右腕をゆっくり伸ばし、どうにか両膝をついて身体を起こす。体重を後ろに預け、右足を両手で支えながら片足立ちになり、膝に手をついて立ち上が――れない。

 

 腕がプルプルと震えて膝は笑い、息を切らしている。

 

《……やめておけ》

 

 ウラエヌスは諦めるように言った。

 

 ユウラン一人ではグレータードラゴンに勝てるかどうかわからない。今のまともに立つこともできないようなニースが仮に飛んで行ったとて、無駄死にするだけだ。

 

「嫌だ」

 

 彼女は断固として拒否し、鞘に入った黒剣を杖代わりにしようとして取りこぼし、拾おうとして倒れた。

 

 炎天紅竜(ラヴァルヴォール)戦で限界を超えて駆動した肉体はボロボロで、少なくとも今は動かせない。

 

 ウラエヌスが飛んでユウランの方へ行くことはできるものの、ニースの戦闘力は無いに等しい。

 

《ニース……》

「行かせなければ良かった!」

 

 ニースはそれを言ったきり、声を押し殺してさめざめと泣く。拳を握り締める力もなく、無力な子供のようにただ打ちひしがれて。

 

 それから数分もせず、町の方から、翼を羽ばたかせて竜が離陸した。

 

《まずい!》

 

 ウラエヌスは地を這うように中身ごと飛び、焚き火から離れた丘の影に隠れる。

 

「ウラエヌス……?」

《奴さん戻って来やがったぜ、静かにしてな》

 

 息を殺して静かに気配を窺うと、大きな羽音と重量物により振動が伝わってきた。

 

 先ほどまでニースがいた焚き火の場所に降り立ったのは、鼈甲飴(べっこうあめ)のように黄色く、大きなドラゴンだった。

 

「殺して、やる」

 

「ごめーん! これ敵じゃないです! 味方!」

 

「!?!!!?!?!?」

 

 ユウランの声に釣られ、ウラエヌスが地面に沿ってスライド移動すると、そこには雷を操るアンバードラゴン(琥珀竜)と五体満足のユウランが立っていた。

 





ユウラン「好感度上がるの早くないです? 敵側も過密スケジュールですし」
ウラエヌス《はぁ?》


炎天紅竜(ラヴァルヴォール)のステは活動報告へ

ネーミング選手センス権

  • 氷獄蒼竜ゼースィルカイダス・ダンリスルス
  • 万緑翠竜ワークンフジャルガ・グリューセン
  • 陸崩茶竜ディゼルガノルズガグラバドン
  • 炎天紅竜ラヴァルヴォール・ブレイカノンド
  • 雷騰黄竜ライラトルニトルザヴォルゲオルガ
  • 寂世黒白竜オルフィーニル・キャンペイン
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