私のキャラクターシートにはおちんちんが足りない   作:傘花ぐちちく

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第九話「戦闘潮流」

 

 強化パッチって言ったって、追加された「カオスワンダー」とかいう技能を習得してるわけじゃないので、一切関係ない。ただ、私が生還すれば別だ。

 

 創世力ビームで焼けた黒竜の右半身を斧で切り払うと、概ね同じ部位をニースとヴァレンタインが切り刻んだ。

 

 聖女は距離をとって【ファイアジャベリン】を右の傷口に打ち込み、様子を見た。炎は体表に届く前にほとんど離散し、ダメージはほぼ無い。「チッ」と小さく舌打ちが聞こえた。

 

 彼女はこの場で最も強い魔法使いだが、強固な魔法耐性の前には痛痒すら与えられない。

 

 これは長期戦になる。

 

 全身を《薙ぎ払い》で攻撃したかったのだが、体表で波打つ何かの力場が、データ的にも現実的にもそれを阻んでいた。

 

 今までのグレータードラゴン戦と同じように、奴の身体をまんべんなく攻撃することは出来ない。ちまちまだるま落としのように、一部位一部位落としていくしかない。

 

「……底を突いたかと思えば、凄まじき早さで湧くとはな! 放置してやろうと思ったが気が変わった──貴様の四肢を剥ぎ取って永劫の盃としてやろう! 創世力よ!」

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)がその手を伸ばし、私から調和の創世力を引きずり出そうとするが、青いオーラは一切出てこない。

 

 ……そうなるとそうですよね。

 

 創世力が私の中から湧き出る仕組みについては、今ので予想がついた。

 

「ほぉ……?」

「大丈夫か!?」

「青いのが取られなきゃね!」

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)は私から創世力を奪うために、完全に隙を晒している。攻撃せずに集中する必要があったのだろうが、その僅かな時間だけは猛攻に晒されずに済む。

 

 しかし、棒立ちボーナスタイムもここまでだ。

 

「【レストレーション】! プラチナドラゴンもう1回やって!」

「む──創世力よ!」

「!?」

 

 無限拡大した全回復魔法で、僅かに減った皆のHP──HPって何なんだろうね──をキッチリ回復する。

 

 それから、プラチナドラゴンは私から再び調和の創世力を吸い上げ、もう一度ビームを浴びせかけた。

 

「グ――クハハハ! そういう仕組みか!」

「魔法を使って青いのを取ると今のが出せる! 出せるのは竜だけ! 速攻しますよ!」

 

 チンタラと話している余裕は無いし、周囲もゆっくり聞いてる暇は無い。伝えるべきことだけを伝えて戦いに集中する。

 

 この戦い、固定砲台(プラチナドラゴン)を倒されると、敵が同じことをしてくる。

 

 その上、ンアの加護のお陰でプラチナドラゴンが相対的に最も柔らかいポジションに位置するのだから性質が悪い。

 

 数十トンの巨体がどったんばったん大暴れする中、前衛3人で《薙ぎ払い》と、《魔力撃》もしくは《全力攻撃》でひたすらに身体を削ぐ。

 

 データ的に言えば同じ攻撃を擦るだけだが、これが最適解だから仕方ない。フレーバー(現実の動き)の部分を言うなら、色々とアクロバティックだったり超人的なのだが、私には刃渡りよりも大きな傷を付ける方法に心当たりが無いので、一切解説はできない。

 

「目障りなヤツの始末が先のようだな! ハ ハ……」

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)が、掴み掛かる白金竜を振り払ってついに攻撃を差し向ける。

 

 上へ遠ざかる声は無慈悲な2対の攻撃宣言であった。

 

 頭を下に向け、黒と白の長大な尾に冥府のオーラを灯し、身体をしならせて遠心力を乗せる。

 

 そして、身を躱すプラチナドラゴンの肉を強引に抉りながら、地面に爆発的なエネルギーを叩きつけた。

 

 私たち3人は直撃を避けたものの、飛び散る石片が全身に突き刺さる。モロに喰らえば即死は免れない。

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)はそのまま空中で体勢を整えると、翼をはためかせて病の竜巻を2つ生み出す。不潔な臭いが漂うと家屋の木材にはカビが生え、石材は穴が開いて風化し始める。咳をする声も聞こえた。一般人が近寄ればあっという間に訳の分からない病気を患って死ぬだろうが、流石に高レベル冒険者は生物としての格が違う。

 

 そして、ガスのように冥界の瘴気を噴き出し、カオスのブレスを炸裂させた。

 

 魔法への耐性がダメージを和らげ、ンア様から与えられた仮初めの生命(HP)がガリガリと削られ、それを貫いて全身に衝撃が行き渡る。

 

 私たち4人は耐えたが、ンアの援護を受けていないプラチナドラゴンはモロに影響を受けた。辛うじて生きてはいるが、頭部以外のHPはいずれもマイナスへ突入しそうで、聖女が【バーチャルタフネス】と【ホーリーブレッシング】で最大HPの増強をしていなければ、御陀仏だっただろう。

 

「まずいぞっ!」

「分かってる!」

 

 どれだけ急ごうとも、寂世黒白竜(オルフィーニル)が行動を終えない限り私は動けない。

 

 黒竜は冥府の加護で翼の傷を修復しながら、爪に毒液を滴らせてプラチナドラゴンの顔面に突き立てた。

 

「ぐぁぁああああああ!!」

「【レストレーション】! プラチナドラゴンッ!!」

「わがって……おるわ"ァ――創世力よっ! カァァ――――」

 

 全ての傷が瞬く間に塞がると、白金竜は創世力を吸い上げて口からビームを放出する。全身に150ダメージ、いい具合だ。

 

 連続使用できない技が寂世黒白竜(オルフィーニル)にはあるので、次のターンは問題なく凌げるようになる。その次のターンには片翼くらいは切断できるだろう。

 

 ……勝ちでは?

 

 毎ターン私が味方を全回復させるので、先ほどの攻撃で誰も倒せなかったのなら、もう誰も倒せないのは自明だ。……データ上は。

 

 いやまぁ、これまでの私は、複数の技能の手番を消費しない行動(補助動作)を駆使してHPを高い水準に保っていたのだが、今の私にはプリーストの15階梯魔法【レストレーション】があるので、魔法一発で全回復するようになっている。

 

 つまり、今まで消費していた補助動作の分をバフデバフに回せるわけで、クリティカルは出るわダメージが伸びるわでいいことずくめなのだ。

 

「グッ……!」

 

 そんなこんなでヴァレンタインがすぱぁんと右の翼を切り落とした。

 

 断面から出てきたのは如何にも不潔な黒い液体だ。抉られたレンガの上に滴り落ちたそれらは、胞子になって飛散したり結晶化して転がり落ちたり、有り得ざる法則で飛び散った。

 

 このまま順調に進めば簡単に寂世黒白竜(オルフィーニル)を倒せるが、プラチナドラゴンはもう息も絶え絶えだった。

 

 HPはしっかりと回復しているが、死ぬ一歩手前に至るような攻撃を何度も受けたせいか、動きは精彩を欠いている。

 

 ダメージレース的には完勝しているが、継戦能力的には怪しい。

 

「オルフィーニル! 形勢は逆転した! 貴様も元は白の系譜、その心が僅かでもあるならば、首を差し出せい!」

「……忌々しい」

 

 白金竜が白旗を求めると、徐々に不利になっていることを悟った黒竜は不機嫌な様子を隠しもしない。

 

 というか、寂世黒白竜(オルフィーニル)って元は白の系譜の竜(アネウマルコス・ドラゴン)だったんですね……。

 

 創世力の影響だと思いますが、種族も変えられるとは、何でもアリですね。

 

「素晴らしき"盃"を目前にして冥界へ帰れば、混沌竜様はさぞ落胆されるだろう。……だが、プラナディルケよ、私にも情はある」

「ならば!」

「弟と同じ永劫をくれてやろう! 貴様の首を縫い付け、あのお方に仕える喜びを分け与えてやるとも!」

「貴様ぁぁあああああ!」

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)片翼で(・・・)飛び上がり、プラチナドラゴン――プラナディルケの肩口を勢いよく噛み千切った。

 

「片翼では飛べぬと思うたか?」

「な、んだと……!?」

 

 我々にはその突進を止める術などは無く、更に、高濃度のマナを纏う翼が胴体を深々と切り裂く様子を見ていることしかできなかった。

 

 人の背丈ほどはあろうかという分厚い筋肉がパックリと裂け、傷口の先──半透明の白い内膜の向こうにグロテスクな臓器が見えた。

 

「ユウラン! 回復を!」

限度を越え(生死判定に失敗し)てる! 完治は無理!」

 

 生死判定とは、文字通り生きるか死ぬかの判定だ。

 

 しかし、ドラゴンのように巨大な存在の一部が生死判定に失敗した際には――奇妙な話になるが――その部位は戦闘に参加できないということを意味する。彼の胴体部位を回復をして、胴体部位のHPが満タンになろうとも、戦闘に耐えうる状態ではないのだ。

 

 運が悪ければ翼や尻尾のようにポロリと欠損するが、幸運なことに、戦闘後に時間を掛けて回復をすれば、復帰の余地がある状態ではある。

 

 ただ、これは「ドラゴンソードTRPG」における話だ。

 

 今、プラナディルケは一瞬のうちに多くの血肉を失い、生死の境を彷徨っていた。

 

 現実に、胴体に重大な傷を受けた場合、例えすぐに治ったとしても、他の身体の部位をまともに動かすことは出来ない。戦闘力は当然ながら下がる。

 

 意識が朦朧としている彼の首元に寂世黒白竜(オルフィーニル)が両手の毒爪を食い込ませ、愉快そうに笑う。

 

 だが、次の瞬間には、ニースが右の黒い尾を半分ほどの辺りで切断していた。

 

「取ったッ!」

「ぐおっ……」

 

 奴がどれ程強大な再生能力を持とうが、失くなった部位を取り戻すことは出来ないようで、傷口が塞がるだけだ。

 

「【レストレーション】!」

 

 私も左翼、胴体、左の白い尾を狙って戦斧を振る。反則染みた範囲とダメージを誇る尾が1本減ったので、圧力はかなり減った。

 

 ただ、ニースとヴァレンタインは少し顔が赤い。恐らく病気属性攻撃のせいだが、少なくとも今、戦闘には支障は無いように見える。

 

 【レストレーション】は体力全回復と不利な効果の解除が同時に行われるので、当然と言えば当然だが……病気は恐ろしい。

 

「っ……同胞よ!」

 

 白金竜が口端から血を流して叫ぶ。

 

「創世力を使い、寂世黒白竜(オルフィーニル)を討て!」

「貴様……正気か?」

「首を、取るのだろう? だが、弟の尾は返してもらうぞ!」

 

 私から吸い上げた青い創世力が、息も絶え絶えなプラナディルケから放たれ、周囲で攻撃の機会を伺っていた白の系譜のグレータードラゴンたちに入り込んでいく。

 

『叔父上ッ! 何を!』グレーターゴールドドラゴンが吠えた。

「扱えた者から援護せよ!! 世界の危機だ!」

 

 プラナディルケは自身の死を勘定に入れているのだろう。これ以上耐えられる状態ではないと判断しているに違いない。

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)に、私が生み出す調和の創世力を使わせず勝つには、誰かが私の創世力を(から)にし続ける必要がある。

 

 そして、戦いを成立させるには、私の【レストレーション】は必須で、創世力を生み出さないという選択肢は無い。無限化でMPを節約しなければ、とてもじゃないが戦い続けられない。

 

「馬鹿馬鹿しい! 私を冥府へ追い返せたとて、黄泉帰るのが分からないとはな!」

「混沌竜はお前の失態を許すまい! 僅かな時間があれば、甥たちは()を倒す猶予を得るだろう!」

 

 頭上で交わされる言葉の応報。その意味の全ては分からないが、事情を推し量るには十分だ。

 

「手早く倒すぞ、二人とも! ──ぉぉぉおおおおォおおッ!!」

 

 ヴァレンタインの戦鼓が血を滾らせ、刃に力を乗せる。

 

 欠けた身体で寂世黒白竜(オルフィーニル)は抵抗するが、全回復サイボーグ(わたし)のせいで誰も殺し切れていない。

 

 いや、ニースとヴァレンタインの避けっぷり――掠るだけでHPがゴリゴリ減っているし判定的には当たっている――を見るに、直撃すれば死ぬ類の攻撃なのだろう。

 

 数値で見るなら既に勝ちに近いが、完勝ではない。

 

 情報面を考慮すれば、プラナディルケが落ちるのは避けたい。

 

 疲労によるミスが即、死に繋がる可能性はいつまでも拭えない。

 

 ……物は試しか。

 

 ――――寂世黒白竜(オルフィーニル)の白い尾が私の直上から叩き付けられた。

 

 直撃だ。

 

 私を巻き込んで敷かれた石やレンガが捲られ、衝撃が周囲の瓦礫を吹き飛ばし粉塵を巻き上げる。

 

 その一撃はシムロンの()を剥ぎ取り、今までの攻撃と同じように、シムロンの本来の姿――鋼鉄の外殻――を露にする。

 

「ユウラァァァァアアアアアアアンッ!!!」

「アルシップス!」

「"盃"ッ!?」

「この幻視は……っ!」

「……何だ?」

 

 三者三様の反応がよく分かる。

 

 普通は死ぬ攻撃なので、死んだなーと皆思っているようだが、寂世黒白竜(オルフィーニル)は流石に感触からして気付いたようだ。

 

 私は尻尾の下敷きだが、普通に2本の脚で立っている。

 

 奴にしてみれば、地面に刺さっている棒を踏んだら折れも曲がりもしなかった、というような感じだろうか。

 

 私の頭に──というよりほぼ全身に、数トンの物体がのしかかっている状態だ。

 

 しかし、そもそもこれは"転倒"状態にする攻撃では無いし、私を拘束する効果が無いので、尻尾をプニプニと押しのけて歩くだけで脱出できる。

 

 ダメージは37点だし、見た目ほど痛い攻撃じゃない。今のHPの10%程度なので、実際のダメージとしては、大きめの切り傷やたんこぶができる打撲くらいのものだろう。

 

 これが物理法則に従って落ちてきた、単に同じ質量なだけの瓦礫だったら、また話は別だ。私はダメージを受けて生き埋めになっていただろう。

 

 やはり、私――ユウラン・アルシップスという存在に"ルールブック"を適用する異能は、創世力由来かも知れない。自分をメタ視点(・・・・)で見れば、妥当な推論だ。

 

 そうじゃない可能性もあるが、どの道、この"結果"はブラフとして使える。

 

「生きてますよ!」

「貴様……ありえん、調和の創世力は奴が吸ったはず……」

「さぁ、どうだか。私を誘拐して置物にできるだなんて、その気になっていた姿はお笑いでしたよ」

 

 訳:プラナディルケを狙わず、こっちに集中攻撃していただいてもよろしいでしょうか。

 

 プラナディルケは傷が塞がったばかりで、追撃を受ければ胴体から内臓が零れるかもしれない。なんとか同じ傷口は避けているが、何もしなければこのまま戦いに巻き込まれて彼は死ぬという予感がした。

 

 情報抱え落ち寸前竜(プラナディルケ)が死ぬと、創世力関連の情報が消える可能性がある。冥府から来た竜(直喩)が物騒なお持ち帰り宣言をしているし、頭がないと蘇生はできない。戦いの後を考えると死者ゼロに抑えたいが……まぁダメで元々。

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)もそこまで馬鹿じゃないだろうが、少しでも気が散ってくれたら嬉しい。

 

「翼を斬るぞ! 逃がしてはならないッ!」

 

 生存宣言の直後には、ヴァレンタインはそう叫んで斬りかかっていた。

 

 ……あぁ、こいつが片翼で平然と飛んでいるから、そういう判断になったのか。

 

 とはいえ、寂世黒白竜(オルフィーニル)には常時発動型の"威風堂々"という能力がある。

 

〇威風堂々

 移動妨害を受けず、移動の阻害をされない。

 転倒や足場の悪さによる不利な効果を一切受けない。

 強制的に移動させられる効果も一切受けない。

 

 つまり、残った翼を斬り落としても、あいつは地上をドタドタ走って家屋を破壊しながら逃げられるのだ。

 

 ……言う必要は無いか。この土壇場で士気を落としたくないし、そもそも逃走を防ぐ手段は私たちには無い!

 

「…………ククク……キャンペイン(偉大な旅路)の果てに座すこの我が、下らん場所で徒労を働く必要は無い」

「逃げる気か、オルフィーニル!」

「貴様のような愚かさを持ち合わせていないのでな。"盃"は生き物かも疑わしい上、あの神の支援を受けた者を相手にするのも面倒だ」

 

 私の創世力が、攻撃の機会を窺うグレータードラゴンたちにもう一度注がれる。

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)は欠伸を噛み殺したような声で吐き捨てると、必死に得物を振っていた私たちを一瞥し、羽ばたきもせずに飛ぶ。

 

 こ、こいつ……!

 

 余力があるうちにさっさと逃げようって腹か!

 

 アニメとか漫画で、「勝負付いてるしさっさと逃げろよ(笑)」と敵役に思ったことはあるが、実際にやられると厄介なんてもんじゃない。

 

 しかも、よりにもよってブラフが行き過ぎてしまうとは。

 

 我ながら呆れた人外具合だが、このまま逃げられるのは本当にまずい!

 

 まずいのだが……妨害しようにも、こいつにはそういった類いの魔法は効かない。

 

「さらばだ。残りの生を噛み締め、震えて過ごすがいい」

 

 残念だが、勝負を預けるしか……

 

 

 

 ────  な  ら  ぬ  ────

 

 

 

「!?」

 

 どこからか、声が響いた。

 

 地の底から湧き上がる怨嗟のような声だ。ドロドロとして仄暗い感情が纏わりついた音だ。

 

 その声を聞いた瞬間──――動けなくなった、寂世黒白竜(オルフィーニル)が。

 

 彼は地上10メートルほどの、尾の先が地面に着くような中途半端な位置で停止している。

 

「こ……この白痴がァ!! 待てば神の力が消え失せるものをッ……!」

「今です! 妙なことをされる前に!」

 

 私の声で弾かれたように走り出したニースとヴァレンタインは、プラナディルケの身体を駆け上がって黒竜に飛び掛かった。

 

 なんだか知らないが、動けないならボーナスタイムだ。私も白の尾──寂世黒白竜(オルフィーニル)が別のプラチナドラゴンから毟り取って付けたのだろう──を昇って、斧で広い範囲を薙ぎ払う。

 

 重量物を振り回した反動で背後の空が視界に入ると、赤い満月にアーモンド型の裂け目が出来ていた。

 

「い、いだろう……! 貴様と私、どちらが先に"盃"を得るかだ」

 

 確信した、その裂け目は()だ。冥府から寂世黒白竜(オルフィーニル)を見つめる視線だ。

 

 月の裂け目のそばに、黒点が浮かぶ。

 

 あれは空の彼方に出来た穴だ。

 

 その穴は、混沌竜が冥府から尖兵を送り込むために穿った世界の通り道であり、"冥道"と呼ばれている。

 

 ……と、新しいルールブックに書いてあった。

 

 時間がスロウになり、プレイヤーとしての私が頭の中で次々とルールブック『プルートゥス・フルムーン』を捲っていく。

 

 ふむふむ、冥府からの通り道とはいえ、この満月──プルートゥス・フルムーンが照らす範囲にしか"冥道"は出来ない。

 

 基本的に、やってくる敵の脅威度や数に比例して、"冥道"の穴は大きくなる。今しがた空に浮かんだ"冥道"はかなりの大きさなので――コロコロ――相当な脅威がやって来る。

 

 ルールブックによれば、大きい"冥道"からは冥河兵(カロッサマリーン)と呼ばれるリザレクターがやって来ることもあるそうだ。

 

 今回追加された敵の種族・リザレクターは例外なく強力な個体であり、混沌竜に"死の拒絶"を許された者たちだ。死んでいるが、死に拒まれ生へ向かうため、復活を許された者(リザレクター)と称される。寂世黒白竜(オルフィーニル)のような再生能力が特徴だ。

 

「なんということだ……! 混沌竜が直接援軍を送って来たぞ!」

「ただの冥河兵(カロッサマリーン)ではない、か」

「あの大きさならね……こちらだけでも厄介だというのに」

 

 プラナディルケが嘆くと、聖女がぼやいた。

 

 ……というか、実物を見たことがないので、冥河兵(カロッサマリーン)とか"冥道"とか言われても、具体的に何が来るのか分からない。

 

 まー……海上の空に"冥道"が出来たんだから、やって来るのは飛べる敵だよね。

 

「下らん窃取に古竜兵団(オールド・ドラゴン・レギオン)を持ち出すか……まぁいい、先に"盃"さえ手に入れば些事だ」

 

 オールド・ドラゴン……あ、新しいルールブックに書いてある。神話の時代やそれ以前の旧い世界に生まれた竜で、開祖神ウォーゼンたちが戦った人竜戦争とかで死んだ古参兵(・・・)だ。歳は若い(・・)が、少なくともグレータードラゴン級の実力は持っている。

 

 あ、巻末にデータあるわ。レベル19、再生能力付きで、デフォルトのグレータードラゴンよりHPとか諸々が盛られている。魔法を使えない代わりに、ブレスが強化されている。

 

 そんな竜たちが……あぁ、出てきた出てきた。多いな、2、30……いや、もっといる。

 

 無敵の創世力で何とかしてくださいよぉ!

 

 …………ん?

 

 いやこれ、無限魔法で勝てるな。魔法耐性も無いし、再生能力より火力が上回る。

 

 じゃ、そっちばかりに気を取られるわけにはいかない。

 

 この場で勝利しなければ、古竜兵団(おやつ)と戦うことすらできないのだから。

 

「戯れは終わりだ!」

 

 戦闘の意思を見せ、黒竜は身体の自由を取り戻した。身体を振って周囲に張り付く我々を牽制し、距離を取る。

 

「【スタンクラウド】! 【ライトニングバインド】!」

 

 とうとう、寂世黒白竜(オルフィーニル)は魔法を発動し、回復しながら暴威を振るい始めた。

 

 ボスが使うんじゃねぇ!

 

 厄介なことに、力押し一辺倒の戦術から搦め手を併せた戦術にシフトし始めた。

 

 力押しでは私たちを仕留めきれないと判断したのか、紳士の風上にも置けない魔法を使ってくる。奴はいとも容易くこちらの抵抗力を突破してくるので、基本的に魔法は掛けたい放題だ。

 

 ボスの魔力を高くするんじゃねぇ! 

 

 【スタンクラウド】による補助動作の禁止と、【ライトニングバインド】の行動デバフや継続ダメージを同時に掛けられたら、大抵のパーティはそこで壊滅するだろう。

 

 ただ、喜ばしいことに、そうしたデバフは私の【レストレーション】で治せる。

 

 ただ、悲しいことに、私が回復するまで解除ができない。

 

 これらの魔法は、現実的に(・・・・)、攻撃の勢いを削ぎ、回避を難しくするので、生身の他3人+1体にとってはやりづらいだろう。

 

 私?

 

 私はそもそも回避判定の成功が困難なので、受けるダメージはあんまり変わらない。

 

「【レストレーション】! 妨害は気にせず!」

「やはり創世力を使えるな、貴様ッ! 無限の魔力など、下らぬ使い方をする!」

「そういうお前は魔法耐性でも手に入れたのかァ? 創世力とやらでさァ!」

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)は答えない。

 

 おしゃべりにも付き合えないとは、存外余裕が無くなってきているのだろうか。

 

 あの古竜兵団(オールド・ドラゴン・レギオン)が辿り着く前に、目の前のこいつを倒さなければ――望みは果たせない。そんなことを考えているんだろう。

 

 ま、もう私たちの勝ちなんですけどね!

 

 何度も放たれた創世力ビームで全身にダメージが蓄積しているお陰で、体力はあと少しだ。300くらい。

 

 20秒もあれば尻尾と翼を斬り落として、追加でもう10~20秒かければ、頭も切断出来て勝ちだ。

 

 分かり切っていた話だ。

 

「【ブリンク】! 【パーフェクトキャンセレーション】【クイックレイジー】ッ!! ……この私に猿真似をさせおってッ!」

 

 …………おや、どうしたんだろう?

 

 パフェキャンでも神の支援は解除できないし、現状の勝ちは揺るぎない。HPが足りてるお陰で、奴の攻め手自体が足りていないのだから。

 

 とはいえ【クイックレイジー】か。

 

 【クイックレイジー】は敵に【スロウ】、自分に【ヘイスト】をかける魔法だ。【スロウ】に掛かると1/3の確率で主動作――魔法とか物理攻撃とか占星術――ができなくなるので、私が行動できないとヤバい。

 

 ……はい、【スロウ】も【クイックレイジー】も紳士協定で……はい。抵抗突破力が高いボスは使うな筆頭の魔法です。

 

 これで奴に無限の勝ち筋が生まれました。

 

 ボスが使うんじゃねぇ!

 

「ガァァァアアアアアッ!!」

 

 とうとう本気で全力を出した寂世黒白竜(オルフィーニル)の攻撃を、我々は這う這うの体で避けようと機動する。

 

 ンア様の支援のお陰で致命傷は避けられているが、動きの鈍った身体で寂世黒白竜(オルフィーニル)と戦うのは、皆にとって厳しすぎる状況だ。

 

 まだ、辛うじて、飛散した瓦礫が頭部を掠ったり、巨体が皮膚スレスレを切り裂いていったりと、死なずに済んでいる。

 

「ユウラン! 【レストレーション】!」

 

 聖女が【スロウ】の確率を潜り抜けて、なんとか私の【スロウ】効果を解除してくれた。

 

 それから、いつの間に身に着けていたのか、睡眠を一度だけ防ぐメガネの魔道具を掛けており、予備のメガネが取り出しやすい位置にぶら下がっていた。

 

 ……これは、占星術で"用意していた"ことにしたのか?

 

 いつ占星術を使った?

 

 というか何故……?

 

「助かる! 【レストレーション】!」

 

 全体回復+デバフ解除でHPだけは元の水準に戻せたが、パフェキャンのせいで私の無限化魔法が解かれ、全員のバフが消えた。

 

 ……。

 

 あっこいつ――――

 

「【ブリンク】! 【スロウ】! 【スリープクラウド】!」

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)が禁断の魔法を唱えた。

 

 【スリープクラウド】、察しは付くだろうが、対象を眠りへ誘う雲を産み出す魔法だ。

 

 私は問答無用で眠らされたが、周囲の様子は把握できていた。プレイヤーとしての性質のせいだろうか。

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)は眠りに誘われる人間4人とプラナディルケを一息に叩き潰そうと、残った白い尾を振りかぶっている。

 

 私や、【スリープクラウド】に抵抗したバレミアは死なずに済むだろうが、ヴァレンタインとニースは別だ。巨大な質量に潰されれば即死は免れない。

 

 ……そうだよ、【スリープクラウド】も紳士協定入り魔法だよ。【ブレイブハート】が掛かっていれば無効化できるんだけど、【パーフェクトキャンセレーション】で消されたらどうしようもない。

 

 考慮外だった。これを、これこそをンアに対策してもらわなければならなかった。

 

 

 

 詰んだ。

 

 

 

 ヴァレンタインとニース無しに、寂世黒白竜(オルフィーニル)の再生能力を突破することは極めて難しい。

 

 プラナディルケは、彼自身の生命がいつ消え去るか分からないし、アテに出来ない。バレミアは攻撃力が無いし、耐久力だけの棺桶だ。

 

「死ねいッ!」

『させるかァッ!』

 

 ――その時、2体の白の系譜の竜(アネウマルコス・ドラゴン)が勢いよくこの場に飛び込んで、黒竜の尻尾と身体に組み付いた。

 

『グッ、抑えたぞ!』

 

 攻撃は止まり――痛っシステム的に止まってねぇじゃん――2人は九死に一生を得て、私は目を覚ました。

 

 "見"に回っていたグレータードラゴンたちが一挙に駆け付けたのだ。

 

 私と違ってターン制に縛られない4体のグレータードラゴンが、最高のタイミングで介入してくれた。

 

「眠りの雲を妨げよ、創世力!」

 

 その内のアンバードラゴン(ヴァーレーン)は、使い方を理解したのだろう創世力でささやかな防御を張ってくれる。

 

 12ターンの間、精神効果属性──眠りとか恐怖を与えるヤツ──を防ぐ効果だ。

 

 これで、これで首の皮一枚繋がった。

 

「って私だけですか!」

「文句を言うな! 初めて使ったのだ」

 

 寂世黒白竜(オルフィーニル)は流石に攻撃のターゲットを変え、私たちにターンが──システム的に──回ってきた。

 

「バレミア、【ブレイブハート】は使えますか!?」

「無理――――直近は気にしないで大丈夫!」

 

 眠りを防いで砕けた眼鏡を取り換えつつ、聖女が言う。

 

 ……やはり、この聖女、2柱分の特殊神聖魔法を使っている。占星術に使う占具をサッと取り出していたので、補助動作で未来を視たのだろう。

 

 占星術師(アストロガー)と言えばこの神――予見と取換の神ディヴィーネだ。この神の特殊神聖魔法は占星術師と最も相性がよく、主動作で行う占星術を補助動作で行えるようになる。

 

 しかし、全滅の未来を回避するような占星術は1戦闘1回なので、この人は一体何を視たんだ?

 

 というか、2柱分の特殊神聖魔法なんてルール違反だ! 私だってそれやりたい!

 

「じゃ、【レストレーション】! 援軍が死なないうちに殺りますよ!」

 

 とは言ったが、白の系譜のグレータードラゴンたちは存外耐えていた。

 

 初戦の鎧袖一触が印象に残っていたが、今や寂世黒白竜(オルフィーニル)は片翼と片尾を捥がれた状態だ。

 

 おまけに、身体に群がるヒト族やら創世力ビームやらで、着実にダメージは蓄積していた。

 

 そうなると、重量で寂世黒白竜(オルフィーニル)に迫る白の系譜の竜(アネウマルコス・ドラゴン)たちが、集団で肉弾攻撃を仕掛けるのは今の戦い方としてかなり良いやり方だろう。

 

 白の系譜の竜(アネウマルコス・ドラゴン)たちが格闘して引き付けている間、私たちは残った翼と尾を切り落とし、どういう原理か知らないが、胴部を削ぎ落とすことで吹き出す冥府の魔力を激減させた。

 

 裂かれた腹からは臓物の代わりに黒い塊や粘液が漏れ出し、止まることがない。不可視の力場は霧散し、ようやく頭部に剣が届くようになった。

 

 今や寂世黒白竜(オルフィーニル)の尾は千切れ、翼は根本から無くなり、脚は力無く地面を引きずり。伏の姿勢でなんとか身体を起こすのがやっとだ。

 

 それでも、黒竜は瘴気を散らし、止めを刺そうと近づくグレータードラゴンたちを元気に吹き飛ばす。

 

「オルフィーニル、我々の宿命もこれで終わりだ!」

「グ……ククッ、いいや続くとも」

 

 ここまで追い詰めれば、か弱い抵抗をはねのけ、首を刎ねればいい。

 

「冥府へ帰るだけだ。貴様ら生者とは違う、決して滅びることは無い!」

「だったらお帰り願おうかッ! ここは我々の街だ!」

 

 噴き出す獄風のような魔力を押しきって、ヴァレンタインの怒りの一閃がとうとう黒竜の首に届いた。

 

 巨大な重量を支える下側の筋肉が大きく切断され、頭の重さで首が斜めに傾く。

 

 彼は腕を振り回して、これ以上切られまいと抵抗するが、今までの攻撃に比べたら欠伸が出るくらいすっとろい。

 

 すかさずニースが傷の反対側を斬り、私が残った骨をフランベルジュで叩き割ると、とうとう首が落ちる。

 

 彼の頭は地面にへばりつくように、ボドッと粘着質な音を立てた。

 

 戦闘終了だ。1620点。

 

「ユウラン!」

 

 首と切り離された身体が、残った僅かなエネルギーで肉体を動かし、鋭い爪を何度も私に叩きつけるが、死亡判定を喰らった胴体部位の攻撃が私にダメージを与えることはない。

 

 鬱陶しいのでフランベルジュで斬り飛ばす――ダイナペレクスは魔法が解けたせいで持てない――と、身体はしばらく痙攣してから止まる。

 

「大丈夫か!?」

「ええ。倒された奴の攻撃が、私に効くわけ無いじゃないですか」

《何言ってんだコイツ》

 

 ニースがいの一番で駆け寄ってきて、私の肩や頭をペタペタと触る。

 

「オルフィーニル……」

 

 片や、落下の衝撃で少し形が崩れた黒竜の頭は、完全には力を失っていなかった。眼球だけが動き、私とプラナディルケを捉える。

 

「貴様の、断末魔が楽しみだ……精々足掻くといい」

「友よ、何故……何故、こんな事を」

 

 寂しそうに嘆くプラナディルケだが、いつまでも彼を気に掛けてやる時間はない。

 

「さて、アルシップス。古竜兵団(オールド・ドラゴン・レギオン)とやらはどうする」

「んあ?」

「連戦は……私も厳しいものがある」

 

 聖女が傷心中の白金竜の胴体を神聖魔法で治療している間、2人と話し合う。

 

「この距離ならさっきのエコー戦法で勝てますよ。所詮は強化グレータードラゴンですし、魔法耐性もなければ再生能力もショボいので」

 

 空の彼方の"冥道"から現れたオールド・ドラゴンは57体。倒せれば経験点は950×57点で滅茶苦茶美味しい!

 

「……それは、なんとも頼もしいな」

「ははは、増えてほしいくらいですよ」

人竜(ドラグニカ)よ、混沌竜の軍勢が迫っている。今の地上の戦力では歯が立たない故、我らと来てもらおうか』

 

 話に入ってきたのはグレーターカッパードラゴンだ。共通語は分からないのか、ドラゴン語である。

 

『あれくらいなら何とかなりますよ』

『……何?』

『第一、創世力を使えるようになった竜がいるでしょう? オールド・ドラゴンなんて、ただの強化グレータードラゴンなんですから、創世力ビームで倒せますよ』

『強化グレータードラゴン……?』

 

 カッパードラゴンは、怒るでもなく首をかしげた。ちょっと言い方が不味かったかな、とも思ったが、気にしていないようだ。

 

「勘違いをしているぞ、"盃"」

ヴァーレーン(アンバードラゴン)、何がです?」

古竜兵団(オールド・ドラゴン・レギオン)には、エルダードラゴンに匹敵する者が数多くいるのだ……あれらは一部隊に過ぎない」

『見よ、来たぞ』

 

 "冥道"から新たなドラゴンが現れる。

 

 オールド・ハイドラゴン、三つ首三尾のリザレクターだ。

 

 魔法耐性も、再生能力も、瘴気を噴き出す能力も、寂世黒白竜(オルフィーニル)とほぼ同等の竜が十数頭、冥府の河を越えてやってきた。

 

 ……おかわりだ。創世力ビームでどうにかならねぇかな。

 

「創世力ビームでどうにかなりません?」

「……ゥ……ヴヴ」

 

 プラナディルケからは唸る音しかしない。

 

「プラナディルケ?」

「駄目、喉がもうズタズタ。さっきまで無理して話してたみたい」

 

「あー……反動ってこと? 指先とかからは出せない?」

「"盃"よ。創世力は万能の力ではあるが、誰もが望む形で扱える訳ではない。」

 

 白金竜(プラナディルケ)は首肯し、琥珀竜(ヴァーレーン)が補足した。

 

 創世力ビームは喉を酷使するし、指ビームとかはできないらしい。

 

 万能とは一体……?

 

 じゃあ…………逃げる?

 

「じゃあ勝ち目はないっスね」

「…………厳しいが、そうだな」

「アルシップス……」

『カッパードラゴン、家族を連れていきたいので……』

 

 ――――待て、始祖の子らよ

 

「この声は……竜晧王(りゅうこうおう)様!」

 

 心の中に威厳ある声が響いた。

 

 空気が張り詰め、水の中にいるような抵抗を感じる。声が聞こえただけだというのに、恐るべき存在感を放っていた。

 

「りゅ、竜晧王(りゅうこうおう)ですって……!?」 

 

 聖女が驚愕する傍ら、頭の中で賽が振られ────駄目だ、分からん。

 

琥珀竜(ヴァーレーン)竜晧王(りゅうこうおう)って誰なんです?」

「ドラグエディアに生きる存在の中で、最も初めに生まれた竜であり、始祖様に最も近いお方だ。強大だが……力を滅多に振るえない(・・・)方でもある」

 

 ────混沌竜がこれほどまでに力を振るった以上、儂が出ねばなるまい

 

 言うや、天から極光が伸びた。

 

 空を翔ける一筋の星は夜を白に染め上げ、彼方に蠢く古竜兵団(オールド・ドラゴン・レギオン)の黒点を消し飛ばし――紅き満月の傍らに佇む"冥道"を呑み込んだ。

 

 一瞬遅れて衝撃波が大気を揺らせば、遠雷のような轟音が鳴り響いた。

 

 光が過ぎ去り、雲一つ無くなった赤い夜空には、もう敵は居ない。

 

 経験点は0点。……ちょっと無限化魔法で殴っておけばよかった。

 

 ────しばし、眠る……後は任せた

 

 声が去り、圧が消えるとため息がそこかしこから聞こえた。

 

 一時はどうなることかと思ったが、我々は勝利した。クソみたいなインフレの果てに。

 

 ……一人でも集団でも勝てない相手が続々出てくるんじゃないよ!

 

「終わった……?」

「あの方が始末をつけたのだ、打ち漏らすようなことはない」

 

 これでこの場面は終了、場面転換、とならないのが現実で。

 

 私たちには面倒な後始末が残っている。

 

「なら、雷騰黄竜(ライラトルニトル)が残ってます。ポート・リートが襲撃される前にさっさと始末しましょう」

「……まだ残っているのか」

 

 琥珀竜がうんざりした声で言った。

 

 その隙に、ヴァレンタインは壊れた欄干から兵の集まっていた港の様子を伺うと、「市長の方へ行く」とクレイモアを担いで走っていった。

 

「それで、ニースとバレミアさんはどうします? 今から行きます?」

「私は……少し休ませてくれ。妙に身体が重い」

「部下と相談します。どうやら、彼らも戦っているようなので」

 

 聖女はヴァレンタインが向かった港の方を指した。そちらに目を凝らすと、簡易的なバリケード越しに、押し寄せるアンデッドと戦っている。

 

 海の底を歩いて上陸したようで、陸上には死体が山と積もっていた。

 

 まだいたのか、あいつどんだけ連れてきてたんだ……。

 

「海の中までは見てなかったですね。始末しておきます、【キュアエクストリーム】【キュアエクストリーム】【キュアエクストリーム】【キュアエクストリーム】! 終わりました」

「えぇ……」

 

 聖女がドン引きしているが、無視だ無視。

 

 経験点は1120点。それと寂世黒白竜(オルフィーニル)を倒してシムロンを守ったので1000点+能力値。

 

 これで残りの問題はポート・リートだけだ。

 

『残りの雷騰黄竜(ライラトルニトル)戦にも来ますよね?』

 

 残りの白の系譜の竜(アネウマルコス・ドラゴン)たちに声をかける。

 

『グレーターイエロードラゴン……これからか?』

『はい。出来れば』

『如何しますか、叔父上』

 

 話を振られたプラナディルケは静かに頷き、爪でゴールド、シルバー、アンバードラゴンの3頭を指した。

 

『では、我はプラナディルケ様と白竜山脈へ戻ろう。後は任せたぞ』

 

 カッパー、プラチナドラゴンの2頭は寂世黒白竜(オルフィーニル)から切り落とした白い尾を抱えて飛び去っていった。

 

「ユウラン、剥ぎ取らないのか?」

「あぁ……どうしましょうか」

 

 ヴァレンタインとバレミアは、腰が重そうだ。

 

 しかし、彼らをここで待つくらいなら、さっさと行って六色キッチリ倒す方がいいに決まっている。

 

 まぁ、剥ぎ取りはいいか。

 

「戦力的には十分ですし、消耗品も残ってます。それに、市長が報酬を渋るはずは無いでしょう! ヤツを解体しなくても利益は出ると期待しておきます」

「なら、行こう。すまない! 背で少し休ませてもらえないだろうか!」

 

 私たちはヴァーレーンの背に乗せてもらい、ポート・リートを目指す。

 

 到着は23時30分頃。

 

 ポート・リートは既に滅んでいた。

 

 街のあちこちから火の手が上がり、悲鳴が時折聞こえて来る。

 

 接岸した冥族の船には、冥族どもが持ち帰った戦利品が詰め込まれており、複数のグループが街で略奪を繰り返していた。

 

 冥族どもをしばき上げて尋問したところ、雷騰黄竜(ライラトルニトル)は既に撤収しており、街からかき集めた金品の詰まった袋を持って、南方の方へ飛んで行ったらしい。

 

 黄竜による攻撃が始まったのは、夜の6時ごろで、撤退したのは竜晧王(りゅうこうおう)アタックがあった9時ごろだ。

 

『奴め、財を貪ることにかけては雷の如き早さだ』

『南方に奴の巣があるんですか?』

 

 苦々しく海の向こうを睨む竜たちに尋ねる。

 

『…………いや、確か無かった筈だ』

『乗り込むつもりなら付き合おう!』

 

 ゴールドドラゴンは意気揚々の声色で言うが、知らない土地でそんなことをする時間は無い。

 

『南の大陸に居たのは陸崩茶竜(ディゼルガノルズ)だ、奴の住処を狙ったのではないか?』

『財を取り戻しに行くか?』

『行かんと言うとろーに』

 

 状況を把握したので、彼ら3頭に港の封鎖を任せ、市長に連絡を取ってから、ポート・リート内の残敵を掃討して住人の救助を進める。

 

 火災のない区画に生存者の大半が集められていたようで、冥族と戦っていたレベル3くらいの冒険者グループを救助したり、バリケードを立てていた市民や広場で囚われていた市民を救助するなどした。

 

 諸々の作業が終わる頃には、朝の6時になっていた。2630点。

 

 避難民を混乱させてはいけないので、始祖陣営のグレータードラゴンには解散していただいた。

 

 色々聞きたいことはあったが、ヴァーレーン曰く「プラナディルケに聞いてくれ」だそうで、なにも聞き出せなさそうだ。

 

 まぁ、そのうち竜誓国に行く事になるだろう。

 

 その前にやることが山ほどあるんですけどね。

 

 生存者の護衛や面倒は、彼らの中の冒険者や兵士に任せ、まずは、テンシライの砦に行って生存者確認をする。万緑翠竜(ワークンフジャルガ)が数日前に冥族軍を引き連れていたので、取り残された奴らがやって来てもおかしくはなかった。

 

 結果としては、小競り合いがあった程度で、本格的な襲撃は無かった。

 

 私たちが事の次第を話すと、砦の戦士たちはポート・リートの難民に護衛として戦力を割いてくれた。ニースもポート・リートに戻るそうなので、応急処置としては大丈夫だろう。

 

 彼女にメモを渡してから、シムロンにとんぼ返りして冒険者の宿でひと眠りした後、市長に呼ばれたので役所へ出向く。

 

 小さな応接室でしばらく待っていると、急いだ様子で市長とヴァレンタインが入ってきた。

 

「すまない、待たせたね」

 

 徹夜明けなのか、彼女は目の下のクマを化粧で誤魔化している。

 

「それほど待っていませんよ」

「うん。それじゃあ、早速話を進めようか。ユウラン・アルシップス、あなたには少なくとも60万(リーン)の報奨金を出す方向で話が動いている」

「わお、大金ですね」

「少ないくらいだよ」

 

 ロームレッダ市長は少し低い声で言う。機嫌が悪いように見えるが……大変そうだなぁ。

 

「それと、あのグレータードラゴンたちについての話もあるんだ」

 

 要約すると、死体の素材の権利をもらってもいいか、という話だ。

 

「私一人じゃ持て余しますし、どうぞ。……そうだ、鱗の一番いいのを一枚だけ下さい」

「鱗一枚でいいのかい?」

 

「コレクションみたいなモンですよ」

「分かった、手配しよう。……正直、これだけでは君の成果に対する報酬にはならないと思っているんだ。何か望みがあれば、何でも言ってくれないか」

 

「それなら、庭付きの家と、腕のいい教官、許可が欲しいです」

「ふむ……具体的には?」

 

「傭兵を始めようと思うんです。折角ですし、誰かしら育てながら」

「傭兵? それなら、私と永年契約をしようじゃないか」

 

「いえ、私は主に冒険者を続けます。あくまで、私の意向で動く戦力を手元に残したいだけです」

「バレミア嬢の"トリプルバレル"構想と同じものかい?」

 

「まぁ、その辺りは追々。腰を据えてやろうと思っていますし、用事も溜まってるので」

「用事? パレードには出てくれるかい?」

 

「ええ、3日後ですよね。当日の朝には戻る予定です」

「それで……どこへ行くんだい?」

 

「ちょっと偵察に。次に殴る敵を見てきます」

 

***

 

 "六色同盟"との戦いがシムロン市から正式に発表されたのは、パレードの日だった。

 

 祝砲の音が響き、エルダードラゴンと4体のグレータードラゴンの頭を乗せた車が大通りを往く。

 

 戦いに参加した兵士たちが市民に手を振り、一番高い場所に立つ市長はユウラン・アルシップスと肩を組んで成果を高らかにアピールしていた。

 

 市民は新たな英雄の誕生に歓喜し、祭りの雰囲気に人々は浮かれ騒ぐ。

 

 彼女の噂は今までと打って変わって雷鳴のように轟き、瞬く間にシムロン中に広がった。

 

 そんな、いつもより静かな冒険者の宿の片隅に、一枚の広告が貼り付けられた。

 

 

『敵は冥府、悪魔、魔物、悪竜、あらゆる怪物。

 

 求む勇者。

 

 冥河の戦場、僅かな報酬、不退転の日々、望まぬ烙印、生還の保証なし。

 

 勝利の暁には栄光と大地を得る。

 

 汝に屈さず、友を見捨てず、多勢に挑む者よ、我に続け。』

 

 

 ちっぽけな広告が冒険者たちの目を惹いたのは、彼女が火竜の住処から財宝を持ち帰ってからだった。

 

 





第三章・完

ネーミング選手センス権

  • 氷獄蒼竜ゼースィルカイダス・ダンリスルス
  • 万緑翠竜ワークンフジャルガ・グリューセン
  • 陸崩茶竜ディゼルガノルズガグラバドン
  • 炎天紅竜ラヴァルヴォール・ブレイカノンド
  • 雷騰黄竜ライラトルニトルザヴォルゲオルガ
  • 寂世黒白竜オルフィーニル・キャンペイン
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