昼休み・中学校の屋上
友奈達が屋上に戻されなかった翌日、普通に、何ら問題なく帰ってきた二人にアタシは呼び出された。まぁ、本当に問題が無ければあんな暗い顔はしない筈だが。
「来たわよーっと。……何処?」
「ここです。風先輩」
アタシがキョロキョロと見渡していると、祠の陰から友奈と東郷が出て来た。
『ヘイヨォ、ワッツハップン?』
「あー……なんて?」
アタシのポケットの中のカストルが見よう見まねの英語を言って、それを聞いた友奈が困った顔をした。まぁ、これは聞き様聞き真似かな?
「ああ、コイツは無視しといて。で、何の用?二人がこんな事するなんてよっぽどの事があったんでしょ?」
『いっでぇ!やめろ放せいだだだだ!』
アタシはカードを強く握りながら話を進めようとした。
「……先日、私達はある勇者に引き寄せられ、彼女と出会いました」
「…勇者?」
アタシ達の他に勇者が居るというのか?
「はい。先代勇者に。名を乃木園子といいます」
「…で、その乃木さんと出会って何をされたの?」
「話をしました」
「どんな?」
「私達の、勇者という存在の話です」
…勇者という存在について。つまる所、信仰の対象としての“勇者”。人を人として見ていない。大赦のやりそうな事だ。
「で、その存在ってのはどんななのよ」
「………供物です」
「は?」
「神へ、神樹様へと捧げられる供物です。神が人類に求めた唯一の犠牲です」
待て。それではまるで…
「勇者の体が供物…?アタシ達の体は…もう、元には戻らない…?」
「満開の後、私達の体はおかしくなりました。事実、乃木園子の体も……」
「この話、樹と夏凛にはまだしないで。確証を得るまで、心配させたくないから」
「分かりました…」
…友奈が不安そうに返事をした。いつもの友奈らしくない。
「…これで話は終わり?」
『済まない。もう一つ話が。といっても、カストルにだが』
東郷のポケットからカウストの声がした。
『あん?何の話だよ?』
『俺達の他の仲間も、そこに居た。が、ハワーだけはそこに居なかったが』
え、まだ増えるの?何か不穏な言葉も聞こえたし。
『そうか。アイツは俺達とはちょっと違うからな。多分まだ頑張ってんだろ』
まだ頑張ってるって何!?アンタ達ってやっぱよくわかんないわ…。
『……だといいがな』
『だな。話はこれで終わりか?』
『ああ。勇者様も、話に付き合わせて済まなかったな』
「ああ、うん…。休み時間も終わりそうだし、ひとまず解散!」
「「…はい」」
何よ二人共、なんて、普段の能天気なアタシなら言ってたのかしらね。
『レバタク…、レタッソク…』
カストルが何か呟いた。何語よそれ。
夜・犬吠埼家
あの後、アタシ達は普通に勉学に励み、普通に部活動を終え、普通に帰宅した。そして今は普通に夕飯を作り終えた所だ。
「ご飯出来たよー、樹」
アタシは料理をテーブルを運びながら樹を呼んだ。樹はその声に反応してテーブルについた。
……ここは、アレを話すべきだろうか?
「……あ、あの…さ」
「…?」
樹がこっちを向いた。
「ここんとこ天気良く無いよね。折り畳み傘、鞄に入れておきなさいよ」
話を誤魔化してしまった。……話さないべきだろうか?しかし…
「そ、そういえば、文化祭の劇、そろそろ練習始めないとねー」
……話せない。話せる訳がない。
『私、セリフのある役はできないね。舞台裏の仕事をしようかな』
『頑張って!僕も出来る事はなんでもするよ!一緒に頑張ろう!』
「だ、大丈夫だって!治るよ…きっと。文化祭までには……」
『そうだ!お前は歌声でみんなを魅了するっつー大事な仕事が待ってるんだからな!治らなかったら許さないぞー?』
「(ワナワナ)」
「…ふふっ……」
今度ばかりは騎士の陽気さに助けられた。今度礼を言っておこう。
……治る、はずだ。きっと、治るに決まってる。
夜と深夜の境目くらい・アタシの部屋
『………なあ嬢ちゃん』
「何?」
カストルが話し掛けてきた。けど、話す気分にはなれなかった。
『タイシャ、だっけか?……後遺症について何か言っといたらどうだ?』
「……そうね。ありがとう」
そう言ってアタシはスマホを取り、ベッドに腰掛けて文字を打ち込み始めた。
『………イカハ……ミカ……』
また何か言ってる。気になったアタシは訊いてみる事にした。
「昼休みから思ってたんだけどそれって何語?」
『……は?俺は普通に、嬢ちゃんと同じ言葉を喋ってただけだぜ?むしろ俺、馬鹿だからこれしか喋れないぞ』
「……そう…なんだ」
そこまで興味は湧かなかった。コイツの事だ。どうせまたくだらない事を考えているのだろう。そう思い、アタシは画面に意識を集中させた。
一週間+α後・昼・アタシの部屋
あれから、はや一週間。何事も無く日時は流れていった。本当に、何事も無く。
アタシはスマホを見て、溜息をついた。スマホにはアタシの書いて送ったメールが表示されている。
「……っ、大赦からの返信は……ずっと……ない…」
反応はなしのつぶてだ。既読スルーってヤツか?
『嬢ちゃん。今日は勇者様と会う約束をしてただろ?遅れちまうぜ?』
「ありがと、カストル」
『…テシマシタイウド』
まただ。またこの言語だ。さっき、何事も無くと言ったが撤回しよう。コイツはこの言語を話す事が多くなってきた。まぁ、そんな事はどうでもいい。無視だ無視。
昼・東郷家
「どうしたの東郷。アタシ達を呼び出したりして」
アタシは隣に立っている友奈を見ながら、東郷に訊いた。にしても東郷、アンタが騎士に囲まれてると威圧感スゴイわね。
「二人共、頼みます」
「承知」「やるぞ!?」
東郷の言葉で二人は各々の得物を東郷にぶち――
ガキンッ!
こめなかった。精霊バリアさまさまだ。それはさておき…
「何やってんのよ、アンタら!精霊が止めなかったら…!」
「落ち着いてくれ、勇者様。別に殺したいから得物を振るった訳じゃあない。彼女から話があるそうだ」
カウストの言葉でひとまずアタシは東郷に意識を向けた。
「この数日で、私は十回以上自害を試みました。ありとあらゆる手段で。今のように彼らに命じて殺させようともしました。でも、全て精霊が邪魔を」
「……何が言いたいの?」
「勇者システムを起動していないのに、精霊は私を守った。独断で、勝手に」
「と、東郷さん、それってどういう……」
「精霊に勇者の意志は関係ない。これは、私達を死なせずに、戦わせ続ける為の装置だと思う」
「で、でも…、精霊が私達の命を守ってくれるなら、悪い事じゃないんじゃ…」
「勇者は決して死ねない。乃木園子の言葉が真実なら私達の後遺症が治らないということも…真実」
その言葉を呑み込むのに、幾ら時間が掛かったか分からない。私にはとても長い時間を掛けたように感じた。
「そ、そん…な……。そんな…嘘よ……」
気付けばアタシは両膝をつき、涙を流していた。
「大赦は勇者システムの後遺症を知っていたはず。私達は何も知らされず…騙されていたんです」
「じゃ、じゃあ……樹の声は……もう……二度と……」
『やめろ!』
アタシのかすれた声はカストルの叫びに掻き消された。
『それ以上……言うな…。認めさせないでくれ……』
「……うぅぅ…っ、あぁぁ……」
それから、どれ程泣いていたかは分からない。私にはとても、とても長く感じた。泣き止む事が出来ても、足がふらついて歩く事が難しかった。その日は友奈やカストルの助けを借りて家に帰った。
一週間+α後・放課後・犬吠埼家
「ただい…ま」
『…………』
あれからまた一週間。アタシは学校に行く事は出来ても、すぐに家に帰ってきてしまっていた。部活にも行けていない。樹を置いて帰ってきてしまった事もしょっちゅうだ。
「……はぁ」
『ウソ……ナストオヲキ』
カストルに至っては謎の言語が癖になっていた。ついに壊れてしまったのだろうか?
「またその言語になってるわよ」
「…ぐ?……ああ、すまねぇ」
実体化したカストルが謝った。……はぁ、毎度思うけど、アタシも相当参ってる。疲れからかカストルが黒く見えてきた。
「…おい。電話かかってきてるぞ」
「!?」
カストルの声でアタシの意識は現実に引き戻された。
「ありがと。すぐ出る」
そう言って私は電話機のモニターを見た。……知らない番号だ。イタズラ電話だったら暴言吐いてやろ。そんな事を思いつつ、私は受話器を取った。
「はい、犬吠埼です」
「すみません。犬吠埼樹様の保護者様でしょうか?」
電話の相手はそう言った。アタシに用か?
「はい、樹の保護者はアタシですけど」
「樹様が弊社のボーカリストのオーディションに応募されておりまして。一次審査を通過致しましたので、ご報告にお電話を掛けさせて頂きました」
「え?樹が…ボーカリストのオーディションを…?一次審査を通過って、どういう事ですか!?」
何だそれは。聞いてないぞ。そんな思いが言葉になってつい声を荒げてしまった。
「樹様が弊社のサイトにてデータを送信されております。えーと…三か月、前ですね」
「……三か月前?歌の入ったデータを……オーディションに……」
「おい!?嬢ちゃん!電話はいいのか!?」
いつの間にかアタシは受話器をほっぽり投げて、樹の部屋に向かって歩いていた。後ろではカストルの謝る声と受話器を置く音が聞こえた。
「樹……!」
アタシは樹の部屋の扉を力任せに開けた。
部屋はもぬけの殻だった。ああそうだった。置いて帰っちゃったんだった。
「……このノートは……」
周囲を見渡して、一冊のノートが目についた。ノートは広げられていて、樹の字で『声が出るようになったらやりたいことリスト』と大きく書かれていた。
その周りには箇条書きで「・勇者部のみんなとワイワイ話す!」「・クラスの友達とお喋りする!」なんて事が書いてあって、最後に色付きで「・歌う!」と書いてあった。
「……っ。パソコンも開きっ放しで……。……オーディション用ファイル……?」
テーブルの上に置いてあった開いたままのパソコン。それを操作し、いつの間にかアタシはファイルを開き、音声を再生していた。
『えっと…、ボーカリストオーディションに応募しました。犬吠埼樹、中学一年生です』
「樹の…声……!」
大好きだった樹の声。みんなを笑顔にする樹の声。今はもう聞けない樹の声。
『私には大好きなお姉ちゃんがいます。お姉ちゃんはしっかり者で、強くて…。私はお姉ちゃんの隣を歩いていけるように強くなりたくて、自分自身の夢を持ちたい』
樹の声が、アタシの体に染み渡っていった。
『そのために今、歌手を目指そうと思いました。実は、最近まで歌うことが苦手だったんですけど…、お姉ちゃんが入れてくれた勇者部のみんなが、私に勇気をくれて、歌が大好きになれました」
樹の想いが、アタシの体を震わせた。
『私は、勇者部とお姉ちゃんにとても感謝してます。みんなへの気持ちを込めて、歌います!』
樹の言葉が、アタシの何かを壊した。
「うぁぁ…ぁぁぁあああ………」
「後遺症が直らないという事も…真実。私達は何も知らされず…騙されていたんです」
東郷の声がはっきりと、鮮明に聞こえた。これがフラッシュバックというやつだろうか。
「樹…っ、樹…樹…樹ぃいいいいい!」
アタシは端末を掴んで、無理やり引っぱり出して、電源を入れた。
「うわぁぁあああああああああああああああっ!!!!」
その勢いのまま、アタシは変身のアプリをタップした。
周囲が花びらに包まれて、アタシは勇者装束を着ていた。
「ああああああああああ!!」
「止まれ!」
アタシは窓を蹴破って外に出ようとして、止められた。
「カストル…止めようったってそうはいかないからね…!」
アタシは剣をカストルに向けた。
「いや。違うね。止めるなんて滅相もない」
カストルは両手を肩の辺りまで上げ、首を横に振り、否定するジェスチャーをした。
「じゃあ何よ…!」
「お前さんに力をやろうと思ってな」
「どういう風の吹き回し?」
「その様子じゃあ、妹の為の敵討ちって所だな?俺も弟が居るからその気持ちはじゅぅぅぶんに分かる。すげぇ分かる。同じキョウダイのよしみさ」
「……くれるの?力を」
「ああ、くれてやるとも。俺の全部さ」
「寄越しなさい!全部!全部寄越しなさい!」
そこでカストルは驚いたような素振りを見せ、すぐこう言った。
「いいねぇ!その純粋な怒りの目!俺はこういうのを求めてたんだよ!」
そう言って、彼は剣を振り上げた。
「じゃあ行くぞっ!弱音吐くんじゃあねぇぞ!」
アタシに剣が振り下ろされた。
「あがっがああああああああああ!!!!」
痛い。すごく痛い。自分が作り変えられていく感じがした。だが、それも樹の為ならどうでもいい。
「最後の一発くれてやるよオラ!」
「ぎっががががぎぎぎがががっががががああああああああ!!!」
カストルの体が分解して、アタシに纏わりついた。さっきの何倍も痛い。それでも樹の痛みを思うと、それも耐えられた。
TIPS
『■■■■』
■■の■の■■が生んだ闇の軍勢。その漆黒は、全てを呑み込み、破滅へと追いやる。