『原子』
幾つかの例外を除き、原子というものは単体では存在出来ない。
分子となった時、ようやく存在する事を許されるのだ。
えっ知ってる?あっそう。
ところで…ワシ馬鹿だから分かんないけど、原子がもし何らかの力で単体のまま存在してたらどうなるんですかね?
お昼前・海の家周辺
「海よー!」
「海だ!」
「……♪」
「海ですね!」
「海ね」
私達、大赦の皆さまの気遣いで、海に遊びに来ております。
何故かは分かりませんが、夏休みに行ってこいと言われました。
「さあ!泳ぐわよ!食べるわよ!遊ぶわよー!」
『姉チャン。あんたさっき昼飯食ったばっかだろ。いきなり動いて大丈夫か?』
「あんなのご飯の内に入らないわよ!」
『……デブ』
「なんですってぇーー!?」
「あはは……」「(アセアセ)」
なんだか向こうが騒がしいですが、ここは海です。それも仕方ありませんね。
『ここって、公共の施設なんだよな?』
「ええ。そうですが……」
アンタレスがカードのまま訊いてくる。何の用だ。私は友奈ちゃんの水着姿が早く見たくて疼きが止まらんのだ。
『って事は実体化できねぇって事だよなぁー……、泳ぎたかったなぁー……』
『黙れカナズチ』「寝ていなさい」
友奈ちゃんに何かしてみろ。海水に浸して錆びさせてからぶった切ってやる。
「さてと!話してても始まらないわ!ちゃっちゃと着替えてきちゃいましょ!」
「そうですね!行こう、東郷さん」
「ええ!」
風先輩の声で勇者部一行は更衣室に進軍を始めた。着替え…水着…ふへへ…
”・砂浜
「いえーい!海ー!」
「海ね!」
砂浜が踏めないのが悔しいけど水着かわいいわよ友奈ちゃん。あと煮干し、結構はしゃいでるじゃない。
「こういう車椅子って普段押さないからちょっと新鮮!」
「ふふっ。海専用の特別な車椅子だからね」
そう。今、私、変わった車椅子に乗っております。前に広かったり、三輪だったり、ヒレが付いてたり…。普通の車椅子とは一味違います。
「よーし!進行方向に人影無し!車椅子の全力、魅せてやれー!」
友奈ちゃんがそう叫んで、私の車椅子を押すスピードを上げた。早い!楽しい!
「競泳よ競泳!」
遠くからそんな声が聞こえた。煮干し、満喫してるわね。
「おっとっとっと…」
友奈ちゃんも聞こえたのか、車椅子のスピードを緩めた。
「遂に風先輩と勝負するの?」
こっちに走ってくる煮干しに友奈ちゃんが訊いた。
「優れた戦士は、水の中もイケるって所、またまた見せてあげるわ!」
「うん!頑張って、夏凛ちゃん!」
友奈ちゃんが応援に付いたわよ。負けは許さないわ。
「……?……!?」
風先輩が辺りを見渡している。何か気になるのだろうか?
「あんま女子力振りまくとナンパとかされそうだから注意しないと…」
「何言ってんだか…」
「へっ、隙アリ!」
「うぇっ!?ちょっと待てぇーー!」
…ずる賢い。
「よーし!こっちも行こう!すいませーん!」
こうして、なんやかんやで、私達は海を満喫しました。
―――
某刻・どこにでもあるカードケースの中
「あああああああイイなあああああああああ……」
今日何度目かの台詞をカストルが言った。
「おいカストル。お前はそんなに海が好きだったか?」
カウストが彼に訊いた。
「違うけどよおおおお……、やっぱ憧れあんじゃああああん。青い海!白い砂浜!かわいい水着の女の子!」
「お前は三つ目しか興味ないだろ」
「そんな訳無いですううううう。他二つにも憧れありますうううう」
ポルクスに呆れられたが、彼はそれに反論した。
「でもさ。俺達、海って所に行った事無いもんな」
「……まぁ、確かにな」
アンタレスの言葉に私は同調した。
「へいへいスピカぁ!そっちの言葉には賛同すんのかよ!言ってる事そこまで変わりないじゃあねえか!」
「お前の態度がチャラすぎるんだ。もっと真面目に事を言え」
「へいへーい……」
ふてくされたな返事をした後、カストルは静かになった。
「…………」
場が、静寂に支配された。
「なぁ、よ」
「ん?」
カストルが静かに訊いてきた。
「ここってさ、閉鎖された空間じゃん」
「そうだな」
「一種の牢獄じゃん?」
「……まぁ、そうだな」
「そんな中で俺達は話してるって事だよな?」
「…ああ」
「牢獄トーク、みたいな感じでラジオで流せないかな?」
「馬鹿だな、お前」
「うるせぇ」
「…………」
ああー…。暑い。ツッコむ体力も無くなってきた。早く日差しが弱くなる事を願う。
「…日焼けが痛い」
またお前か。カストル。
「兄さんは外に出てないだろ」
「いやぁ…そうなんだけどよ?何か…日差しが強い所に行くと体の調子が悪くなるんだよ」
「ふーん」
「…………」
凄く、どうでもいい。
「なぁ~、もっと喋ろうぜぇ?気が参っちまうよ!」
「うるせえ馬鹿兄!喋れば喋る程こっちの体力が無くなっていくんだよ!」
「…………ごめん」
本気で折れそうな時の声で、カストルはポルクスに謝った。
「……せめて、『シェアト』か、『レスト』が居てくれればなぁー…」
シェアトは水瓶座を、レストは魚座を司るセイクリッド。欲しくなるのも、当然だ。
「…二人に限らず、他のセイクリッドは何してるんだろうな?」
ふと、カウストが訊いた。
「さぁ?知らないな。もしかしたら、どっかで別の勇者と一緒に居たりしてな!」
「ハッハッハ!そんな筈が無いだろう!他に勇者が居れば、彼女らと一緒に戦っていたさ!」
全く。カストルは本当に馬鹿だ。笑い飛ばしてやったよ。
「………………………」
ああ………、本当に、暇だ。
遂に、誰も喋らなくなった。私もさっき笑ったせいで、もう喋れそうにない。
普段喋らないアクベスと、バカ真面目のレオニスがここに居るからなぁー…。他の奴が居れば、もっと状況はマシだと思ったんだけどなぁ…。
………でも、コイツらって、ここまで喋らなかったっけ?
………………
………
…まぁ、いいや。暑くてもう頭も回らなくなってきた。
―――
夕方・浜辺
「ああ、私もうお腹ペコペコ…」
「夏凛かじって我慢して」
「食えないわよ」
「かぷっ」
「ホントに食いつくな!」
後ろで三人が楽しく話しているのが聞こえる。私の代わりに道具を畳んでくれているのだろう。
そんな事を考えながら、海を眺めていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
『どうしました?』
樹ちゃんだった。本当に優しい子ね、樹ちゃんは。
「ううん、何でもないわ」
「ほら!旅館帰るわよ」
いきなり後ろから抱きつくのは良く無いと思います。風先輩。
夜・旅館の風呂
「おおー!おっきいお風呂ー!」
「アタシが一番乗りよ!」
「風呂場で走るなー!」
旅館のお風呂がここまで豪華とは思わなかった。すごく綺麗だ。
「私達も行こっか」
「ええ」
友奈ちゃんが車椅子を押して私を風呂に入れ――
「ああー…、とろけるぅー…」
なかった。足を漬けただけでこうなるとはどれだけ良い風呂なのだろうか。
「ちょっと友奈ちゃん。あなただけずるいわ」
「ああ!ごめんごめん」
そう言って、今度こそ、私をお風呂に入れてくれた。
ちなみに、今、私が乗っている車椅子は、風呂用の清潔なものを使用しております。普通の車椅子で真似しちゃ駄目ですよ?
「はあー…」
「いいお湯ー…!」
体がお湯に包まれるやいなや、私は自然と息を漏らしていた。
「疲れが吹っ飛ぶわー」
「確かに、生き返るわね…」
「てか何でそんな端の方に居るの?」
「えっ?別に。偶然よ!偶然!」
「ははーん?」
「なっ…なによ…」
あっこれは面白くなる流れね…!
「女同士で何照れてんだかっ!」
「べっ別に照れてないし!」
風先輩が立ち上がって、セクシーなポーズを夏凛ちゃんに見せつけている。セクハラですよセクハラ。
「こんだけ広いと泳ぎたくなるよねー」
「駄目よ、友奈ちゃん」
友奈ちゃんが泳いでいる所にお湯をかけてやった。怯んでる所もかわいいわ。
「はぁーいブクブクブク…」
友奈ちゃんは残念そうに潜っていった。
「ウヒヒヒヘヘヘ…」
風先輩が私を見ながら変な音程で笑っていた。
「どうしました?」
「普段何を食べてれば、そこまでメガロポリスな感じになるのか、ちょっとだけでも、コツとか教えていただいても…」
風先輩って女子力女子力って言ってるけど、中身って結構オジサン寄りよね。
「普通に生活してるだけです…」
「いやいやそんなご謙遜…」
これは長くなるパターンだ。っていうか貴女も結構大きいでしょうが。そして樹ちゃん。あなたも相槌を打たないで。
「きゃあああああああああ!!??」
どこかから、夏凛ちゃんの悲鳴が聞こえた。あっちもあっちで大変ね。
「もしかしてぇ…、揉んでもらってるんですかぁ?」
「えっ!?」「!?」
「よく言うじゃないですか。好きな人に揉んでもらうと大きくなるって」
ああ、これは私も覚悟が要るわね。
「そんなになるくらい揉んでもらってるんなら、少しくらい…いいですよね?」
「いやぁ…さすがに…」
「うっさい!揉ませろ!」
「きゃあっ!?」
「いつもそんなの見せつけやがってぇ!アタシにも少し分けろぉ!ほら樹!あなたも少し揉んどきなさい!ご利益があるわよ!」
あーあ。結局こうなった。
―――
「きゃああああ!?」
何処かから夏凛の悲鳴が聞こえた。
「ああ…、楽しそうだな…」
カストルがクーラーの前で仁王立ちしながら呟いた。
「なぁ。今から風呂ん中入っても…」
「駄目に決まってるだろう。第一お前は男だ。女子風呂には入れん」
「んっはっはっへーーい…」
カストルが泣き声を発しながら崩れ落ちた。
「だが、あそこよりはいいじゃないか。この部屋から出ない事を条件に、俺達の自由行動が認められているのだから」
カウストがダーツを投げながら言った。おっド真ん中に当たった。
「そうだけどさぁ…」
そう言ってカストルは首をぐるりと回し、部屋の隅を見た。
「アイツら全然話さねぇんだもん…」
「………………」
アクベスは寝ているのか畳に腰掛けたまま、全く喋らないし、レオニスに至っては、カードケースから出てこない。
「なぁなぁー!面白い事しようぜー!?」
「黙って。僕は今風呂場の盗聴で忙しいんだ」
ポルクスが襖に頭を押し付けながら…おいアイツ何て言った?
「盗聴ぅ?俺達にそんな機材を買う金は…」
「人力だ」
ああ。コイツもヤバイ部類の奴だ。私は確信した。
「ああ……。アンタレス、お前が最後の砦だ。お前は何か楽しいもん知ってるよな?」
「ジャンケン」
「………………」
あ、遂に気絶した。
「…暇だ」
誰かが、そう呟いた。
―――
「いいお湯だったわねー!」
「あああああ!!!姉貴だああああああ!!!」
風先輩が部屋の襖を開けた途端、中からカストルが風先輩に抱きついてきた。
「えっちょっと!?何してんのよ!離しなさいっ!」
「ごべっ!」
風先輩の肘がカストルの頭にクリーンヒット。
「はぁ…、はぁ…、何なのよ…」
「失礼した。何せ今日一日、何もしていないのでな。その反動だろう」
「ええ…?」
スピカ。あなたはまだまともな部類なんだから押さえつけるなりなんなりしておきなさいよ。
「…まぁ、今日一日外に出してあげられなかったのは悪いと思ってる。ごめん」
「あーいや。なんか…こっちもすまん」
「………………」
黙っちゃったじゃない。この空気はどうすればいいのよ?
「あの、すみません」
後ろから女の人の声が聞こえた。それと同時に甲冑はカードに戻った。賢い。
「讃州中学勇者部の皆様でございますね?」
後ろには旅館の人が居た。いきなり来て何の用だろうか。
「御予約の時に聞き忘れてしまったのですが…、お食事のご用意はどう致しましょうか?」
その言葉が聞こえたと同時に、友奈ちゃんのお腹が鳴った。
「……あー…」
「あっはっはっ!体は正直ね!すみません、すぐにお願いします」
「ふふっ、かしこまりました」
「うう…」
照れてる友奈ちゃんもかわいいわ。
『どんな料理が来るんでしょう?』
「そうねぇ…。これだけ綺麗な所だし、期待できるわね!」
「(ルンルン)」
微笑ましいわね…。
夜(少し時間が経った)・勇者部の宿泊部屋
「うわぁーーー!すごいご馳走!」
友奈ちゃんが目の前に並べられたご馳走を前にして叫んだ。
「大赦から、御役目を果たした御褒美ってことじゃない?」
「つ、つまり、全部食べちゃっていいと…。ご、ごくりっ…」
『けど、友奈さんが…』
「あ……」
「おぉ…、このお刺身のつるつるした喉越し。イカのコリコリした歯応えも…たまりません!」
皆の心配に反して、友奈ちゃんは笑顔で刺身をつまんでいた。
「………もう、友奈ちゃん。いただきますが先でしょ」
「……色々と、敵わないわね。友奈には……」
「暗い空気はもう終わり!さっ!食べましょ!」
「あれぇー?夏凛も結構楽しみにしてたカンジぃー?」
「う、うっさい!」
「ふふっ…」「(ニコニコ)」
皆、仲睦まじくていいわね…。
「ああーーー………」
笑顔の勇者部に比べて、甲冑共は暗いままだ。
「いいよなぁー!人間は飯食えるんだもーん!」
拗ねたカストルが突っ伏したまま叫んだ。
「羨ましいか!?羨ましかろう!あっはっはっはっはっはっ!」
「ちっくしょおおおお!!」
あらあら。今日は甲冑にとっては厄日ね。
夜(結構更けた頃)・寝室
「……っ」
樹ちゃんが大きなあくびをした。
「樹、眠たいの?」
「(ウツラウツラ)」
「そろそろ寝ましょうか」
「そうね」
そう言った後、私達は布団を敷いた。
「…布団。噂に聞くHUTON…」
ポルクスが羨む目をこちらに向けてきたが、見ないふりをしよう。
「布団…何年ぶりかしらね…」
私は元々布団派であった事は覚えているのだが、この脚のせいで布団で寝る事が困難になってしまった。だからか、すごく懐かしい気持ちになった。
「私は端っこ」
夏凛ちゃんが寝る場所を宣言した。早い者勝ちという訳ね。
「アタシは部長だから真ん中」
「おっ、すかさず樹ちゃんが隣についた。じゃあ私は東郷さんのとーなり」
「うん!」
友奈ちゃん大好き。皆が居なかったら夜這いしてたわ。
「…女五人集まって旅の夜。どんな話をするか、分かるわよね?夏凛」「俺達も居るけどな!」
「え、えっと…辛かった修行の体験談…とか?」
二人は騎士を無視して話を進めた。
「違う」
当たり前だろう。ここは私が正解を。
「正解は、日本という国の在り方について存分に語る、です!」
「それも違う!」
は?違う筈が無いだろう。他に何を話すというのだ。
「甲冑共!お前らはどうだ!?」
『戦争においての戦略の重要性について』
「難しい!違う!」
スピカ。貴女とは良い酒が飲めそうね。まだ未成年だから駄目だけど。
「樹、正解は?」
『コイバナ…?』
「そう、それよ!恋の話よ!」
『いいじゃねえか!俺はこういうのを求めてたんだよ!』
『うるさい兄さん。迷惑』
は?恋なんぞ国に比べればチンケな物だろう。
「もう一度お願いします」
「こ、恋の話よ…。何度も言わせないで…」
「で、では、誰かに恋をしている人…」
友奈ちゃんが挙手を求めた…が、当然、誰も手を上げない。
『なんだよなんだよ!誰も手ぇ上げねぇのか!しゃあねぇな!俺がやってやるよ!』
カストルが嬉しそうに名乗り出た。すごく嬉しそう。本当に今日は暇だったのね。
『これは……本当に昔の話だ。まぁ、初恋って奴になるのかな。ソイツは、緑の髪が綺麗で、すっごく可愛い奴だったんだ。一目惚れだったよ。ソイツは、優しくて、面白い所もあって、みんなからも好かれてた。そんな奴と、俺は戦いを通して知り合ったんだ。』
「えっ、何その特撮みたいな展開」
『勘違いすんなよ?別に剣を交えた訳じゃあない。一つの巨悪と戦う為に、色んな組織が手を取り合ったんだ。その中に、ソイツの村と、俺達セイクリッドが在ったんだ。初めてソイツを見た時、柄にも無く悩んじまったよ。何せ“恋”なんて感情、初めてだったんでな』
「すぅ…すぅ…」
あ、夏凛ちゃん寝てる。
『俺は組織間の交流って言って、何度もソイツに会いに行ったのさ。そして、人並みには関係も出来てきて、ソイツが大体どんな奴なのかも分かってきた。ソイツが誰を好いているなんて事もな』
「あらま。で、誰を好いてたの?」
食いつきますね、風先輩。
『当然、手を取り合った組織は二つだけじゃない。沢山あった。その中に、俺達と同じ様な奴らが居たのさ。ソイツは、そん中の優男に惚れてたのさ』
「ライバル登場ね」
『へへっ。ライバルなんてもんじゃないさ。俺とアイツじゃあ、天と地ほどの差があった。実際にそうだったかは知らないけどな』
そこまで話して、彼は言葉を詰まらせた。
「どうしたのよ?」
『ある時、彼女の組織に敵の攻撃が仕掛けられた。可哀そうに。裏切りの侵攻だったよ。その時、俺は彼女の為に何日も、何日も走った。そして見ちまったのさ』
「ごくり…」
『アイツはとっくのとうに、彼女の助けに来てたのさ。そのおかげで、彼女の組織は全滅を免れた。めでたしめでたし。でも、俺にとっちゃあ、めでたく無かったよ。彼女が生きてくれたのは、嬉しい。歌でも歌い出しそうになった程、嬉しかった。けど、俺には彼女との間に大きな亀裂が出来ちまったように思えたのさ。「彼女が苦しんでいる間、俺は何をした?ただ泥に塗れただけじゃないか」ってな。俺はもう、彼女と関わる資格が無いように思えたのさ。それ以来、ずっと、俺は剣を振るい続けた。彼女の事を忘れる為にな』
「それで、どうなったの?」
『見事忘れる事に成功。それ以来、脈無しさ。ちゃんちゃん。悲しい話だろ?』
「おーう…。結構キツイのが来て驚いてるわ…。アナタ結構スゴイ経験してたのね…」
『だっはっはぁ!どうだ?見直したか!?』
「そこまで言われるとしたくなくなるわね」
『ええー?そりゃ無いぜ』
「…にしては、みんなからの反応は薄いね」
友奈ちゃんがふと、呟いた。確かに他の甲冑は一言も言葉を発していない。
『端的に言うと、飽きてしまったのさ。彼は忘れたと言ったが、あの頃は毎日のように彼女との話を我々は聞かされたのさ。未練が残りまくりだと思ったが、まさかここまで残っていたとはね』
スピカの証言で場の空気が濁った。
「……まるで私達みたいだね」
「それってどういう意味かなぁ?友奈ぁ…」
風先輩がすごい顔で友奈ちゃんを見てる。手出しはさせんぞ。
「…まぁ、アンタ達にとっちゃこの話は初めてね。どうする?聞く?」
「おおー!聞かせてくれ!」
カストルの了承を得て、風先輩は私達が何度も聞いた恋の話をした。
「……ソイツは正解だぜ。姉ちゃん」
「だな。実に賢明な判断をした」
「まぁ、そう言われるとそうかもねー」
「…さて!良い感じに話も聞き終わったし!そろそろ寝ましょうか!」
「そうね。夏凛だってもう寝てるし」
風先輩はそう言って、隣で寝息を立てている夏凛を見た。
『私電気消してきます』
「お願いね、樹ちゃん」
「はぁーい、おやすみぃー」
「おやすー」
「おやすみなさい」
カチリ、と音がして部屋が暗くなった。樹ちゃんが灯りを消してくれたのだろう。
その少し後、布が擦れる音がした。
…………………………
……………………
……………
……そろそろ、いいだろうか。
「あの日も、こんな暗い、じっとりとした夜でした」
「東郷さん!?」「ひっ!?」
色んな反応が返ってきて楽しいわね。
「その男は帰りを急いでいました。でも、家への近道をしたのが、間違いだったのです。お墓を通った所から、自分をつけてくるような足音が聞こえて…」
「うわぁああ…何でこのタイミングで怪談を?」
「そういうのアタシ苦手なのよ!」
「男は、思い切って後ろを振り返る事にしたのです。すると…」
「ぎゃああああああああああああああ!!??」
いきなり風先輩が叫んだ。話はまだ叫ぶ程の所では無い筈だが。
「ど、どうしたんですか?」
「何かもぞっと来たのよこの辺に!…って何だ樹かぁ。え?もう怖くなって潜り込んできちゃったの?」
「うぇええああ!うるさぁい……」
夏凛ちゃんの寝言が聞こえた。
「すいませーん…」
………………………
……少し布が擦れた音がした後、本当に部屋は静かになった。
―――
早朝?・寝室
「………、………?」
誰かの言葉で、私は目が覚めた。
部屋が少し明るい。少し日が昇ってきた頃だろうか?
「ん?起きたのか」
「…、神樹……」
カストルの声が聞こえた。ぼやけた頭も動いてきた。
「カストル、何をしている?」
「いや、何か一睡も出来なくてさ。気付いたらこのザマよ」
「わざと……、…通しているから」
「ふーん……」
私はカストルの言葉を聞き流し、あの声に注意を傾けた。
神樹――それはこの世界で信仰されている唯一の神。その正体は謎が多く、分からない事も多い。
故に、彼女らの言葉が気になった。まぁ、私が神という言葉に過敏なだけかもしれんが。
「東郷さん物知りー…」
「神樹様は恵みの源でもあるから、防御に全ての力を使うと、私達が生活できなくなるの」
「あれ?それどこかで習ったような…」
「アプリに書いてあったよ」
「うっ、うっうん…」
「忘れっぽいんだから…」
「へへ…、でも安心かも」
「どうして?」
「神樹様にはっきり意志があるって事だもん。私達の事だって、なんとかしてくださるよ」
その言葉で、私の意識は完璧に覚醒した。意志だと?神が?
「……………………」
「……………」
その言葉を聞いてから、私は彼女らの言葉に集中する事が出来なかった。聞きたくなかった。
「…おいスピカ。あんまり気負いすぎんなよ」
そんな私を見かねたのか、カストルが声を掛けてくれた。まさかコイツに心配されるとは。
「別に神樹様が敵って決まった訳じゃねぇ。現に勇者様を助けてくれただろ?」
カストルは少し早口に言った。その早口が、過去のトラウマによるものか、神樹様を信じたい気持ちによるものか、私には分からなかった。
「そうだな。神樹様が敵であるならば、今頃私達は敵に喰らわれているな」
「そうだ。だから、心配すんな」
「…ああ」
その言葉で、私の心の濁りが薄まる筈が無かった。神なぞ、信用できるか。
TIPS
『神』
ほぼ全ての生物を超越した存在。
その存在である事自体が凄まじく、素晴らしい事である。
が、そういった神のほとんどは、価値観がおおよその生物とはズレている。