スポットライトの明かりが、アイドルたちのシルエットを闇の中に際立たせた。
ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
同時に歌と歓声がシアターを揺るがし、鼓動が、足音が、波となって一気に舞台へ押し寄せてくる。
「プロデューサーのみなさん、こんばんわー!」
歌織の声が、客席の奥まで響き渡った。
リズミカルに振られるサイリウムが、カーテンのように揺らめく。
舞台袖ではストラテジーこと律子が、じっとその様子を眺めていた。
「うん、順調ね」
アイドルたちの歌声は澄み渡り、日ごろの練習の成果を遺憾なく発揮している。
この調子でいけば、歌織のティアラ章叙勲式典もさらに盛大になるだろう。
しかし、それは唐突に起こった。
バツン!
突然照明が落ち、劇場内が闇に覆われる。
ザワ―――。
客席にどよめきが走った。
歌織は素早くマイクを取り、落ち着いた口調で呼びかける。
「みなさん、急に暗くなっちゃってごめんなさい。すぐ点きますので少しの間だけお待ちください」
不安そうにしているのは観客だけではない。 アイドルたちの中にも、心配そうな表情を浮かべている者がチラホラ見受けられる。
《歌織さん、MCでつないでください》
インカムを通じて、律子が指示を送った。
歌織は片目を閉じ、舞台袖にOKのサインを送り返す。
「えー、皆さん。それではここで、初参加のバックダンサーの子をご紹介しましょう」
パッ。
話し始めたところで、照明が一斉に明かりを取り戻した。
スポットライトの温かさに、アイドルたちもホッと胸を撫で下ろす。
《歌織さん、そのまま紹介続けてください。終わったら次の曲いきます》
舞台装置が動き始め、スタッフが慌ただしく駆け出した。
歌織はマイクを握り、すっと息を吸い込む。
と、その時。
カサ――。
手の中で、何かが動いた。
違和感に首をひねりながら、指を開いて中を見る。
(え……? 何、これ……?)
手の平には、いつの間にか小さな紙切れが握られていた。
紙片には、掠れたインクで文字が書きつけられている。
「ウ」「シ」「ロ」「ヲ」「ミ」「ロ」
(――――!?)
その時になってようやく、歌織は客席の異変に気が付いた。
ざわざわ……。ざわざわ……。
停電から復旧したのに、不安そうな声が鳴りやまない。
観客は、みな自分のほうを見てざわめいている。
(何を見ているの? わたし……?)
いや、違う。
視線はもっと奥に向けられている。
(わたしの、背後……?)
ゆっくりと、振り返った。
そして、息を飲み込む。
(ど、どういうこと……?)
後ろには、何もなかった。
いや、何もなかったわけではない。
正確には、そこにいるべき人物が、いなくなっていた。
背後に並んだバックダンサーたち。
その列が、ポツリと隙間を開けている。
(わたしが紹介しようとした子が、いない?)
他のバックダンサーたちは、おろおろと周囲を見回していた。
彼女たちにも状況がつかめていないらしい。
(停電中に舞台袖へ戻った? けど、それだったら周りに声をかけていくはず……)
まさか、これは……。
「きゃああああああああああああああ!!」
突如、客席で鋭い悲鳴が上がった。
バン!
同時にホールドアが開かれ、赤いベレー帽をかぶった男たちが会場内へなだれ込んでくる。
「あれは……デストルドー!!」
恐慌状態に陥った観客が、我先にと出口のほうへ駆け出した。
ワァァァアァアァァァァァ!!!!
怒号が飛び交い、押しのけられた女性や子供が通路に倒れ込む。
「まずいわ……杏奈ちゃん、避難誘導を!」
振り返ったところで、歌織はピタリと立ち止まった。
「杏奈、ちゃん……?」
杏奈がいない。
ついさっきまで隣にいたはずなのに、影も形も見当たらない。
「ど、どういうこと……?」
一人ずつ消えていく。
目を離した瞬間に、痕跡すら残さず消えていく。
(彼女たちは、一体どこへ……?)
周囲を見回したところで、歌織の目が舞台セットの一つに吸い寄せられた。
「あれは……」
宝箱を模した小道具。
その中から、細い腕がにょきっと突き出ている。
白いグローブに、紫のリボン。
あの衣装は、まさか……、
「杏奈ちゃん!?」
歌織は慌てて宝箱へ駆け寄った。
その瞬間、
ズル―――、
中からもう一本の手が伸び、杏奈の細い腕を箱の内側へ引きずり込む。
「待っ―――」
バタン。
呼び止める間もなく、宝箱の蓋は閉じられた。
舞台の上で、歌織は呆然と立ち尽くす。
(これは……デストル怪人の攻撃!)
そうとしか考えられなかった。
あの箱の中にはデストル怪人が……それもかなり危険なスキルを持った怪人が潜んでいる。
歌織は振り返り、桃子に声をかける。
「桃子ちゃん、この場の指揮をお願いしていい?」
「いいけど、歌織さんは?」
「わたしは、あの怪人を叩くわ……!」
歌織の答えに、桃子は驚きの表情を浮かべた。
「まさか、一人で戦うつもり?」
「ええ。これ以上戦力を分散させるわけにはいかないもの。それに、居場所が分かっている今こそ攻撃のチャンスよ」
一瞬だけ考え込み、桃子はすぐに頷いた。
「分かったわ。そういうことならあの敵は歌織さんに任せる。観客の避難と戦闘員のお掃除は、桃子に任せてちょうだい」
「ありがとう!」
歌織は片目を閉じ、宝箱のほうへ向き直った。
「隠れているのなら出てきなさい! そこにいるのは分かっているのよ!」
声がステージの奥へ吸い込まれていく。
返事はない。
あくまでも白を切り通すつもりのようだ。
(下手に攻撃すれば、杏奈ちゃんにも怪我をさせかねないわ。けど、このまま睨み合っていても埒が明かない……)
決意を固め、じりっと足を踏み出した。
(だったら、先手必勝……!)
拳を握り締め、右腕にエネルギーを集中させる。
「くらえ!」
気合一閃、
「キネティック・パンチ!!」
拳圧が空を裂き、宝箱の蓋を吹き飛ばした。
蝶番が外れ、床の上でガランと音を立てる。
「さあ、出てきなさい!」
すかさず反撃に備え、身構えた。
(……………)
だがいくら待っても、敵は姿を現さない。
(まだ隠れているつもり……?)
警戒しながら、そろりと足を踏み出した。
拳を構え、じりじりと歩を進める。
(あの中に、敵と杏奈ちゃんが……)
蓋がなくなった宝箱に、そっと近付く。
ごくりと唾を飲み込み、中を覗き込む。
次の瞬間――、