アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

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第11話 ライブシアターの戦慄②

「えっ!?」

 

 歌織はぱちぱちと目を瞬いた。

 

「ど、どういうこと……!?」

 

 そしてもう一度箱の中を覗き込む。

 

 そこには、敵の姿も杏奈の姿もなかった。

 

「ウ、ウソでしょ……?」

 

 視線を巡らし、空箱の中を隈なく見回す。

 しかし、杏奈や敵がいた痕跡は何一つ発見できない。

 

(外へ抜け出られるような仕掛けはないわ。けど、杏奈ちゃんは間違いなくこの中に引きずり込まれていった。彼女は一体どこへ……)

 

『う、うぅ………』

「――――!?」

 

 その時、歌織の耳がかすかなうめき声を捉えた。

 

(この声……杏奈ちゃん!?)

 

「どこにいるの!? 返事して!!」

『あ、うぅ………』

 

 声はすぐそばから聞こえる。

 なのに姿だけが見当たらない。

 

(間違いない、この近くにいるわ。けど、一体どこに……?)

 

 歌織は目を閉じ、じっと耳を澄ました。

 

『く……あぁ……』

 

(やっぱり聞こえる。すぐそばだわ……)

 

 まさか――、

 

 ハッと視線を落とし、床に広がる液体の存在に気付いた。

 

「もしかして、この液体は……」

「歌織さん、後ろ!!」

 

 突然桃子に呼びかけられ、歌織はハッと飛びのいた。

 

 ヒュン!

 

 同時に鋭利な何かが腕をかすめ、戦闘服の袖を切り裂く。

 

「くっ!!」

 

 歌織は身構えながら、驚きに目を見開いた。

 

「な、何、これ………?」

 

 床に広がった透明な液体――その真ん中から、細い腕が突き出している。

 

 ごぼ、ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼご……、

 

 濡れた腕が、ぺちゃりと床を叩いた。

 そして肩が、胸が、顔が、水溜まりの中から這い出してくる。

 

「こ、これは……!?」

 

 紫がかった髪に、無機質な瞳の少女。

 耳の骨伝導スピーカーが、ザッと音を鳴らす。

 

《エンジェル1、こちらストラテジー! 気を付けて、そいつはデストル怪人『ジョーカー』よ!》

「ジョーカー!?」

 

 聞き覚えのある名前だった。

 たしか隠密行動が得意で、幹部クラスの実力を持つという……。

 

「こんな女の子が……」

 

 目の前の少女が、薄い唇を開いた。

 

「女の子だからといって、甘く見ないでください。あなたはすでに、わたしの術中にはまっています」

 

 ゴトン。

 

 何か重たいものが落ちる音がした。

 歌織は足元の「それ」を見て、息を飲み込む。

 

「う、うそ……?」

 

 くの字に曲がった、白い棒状の物体。

 これは、まさか……、

 

「……わたしの腕!?」

 

 右腕の肩から先が、いつの間にかなくなっていた。

 痛みや出血はない。切り口が水あめのように溶け、どろりと糸を引いている。

 

「触れたものを溶かす。これがわたしのスキル、【Melty Fantasia】です」

「――――!?」

 

 驚愕が、全身を包み込んだ。

 

 たしかに恐るべき能力だ。

 どうやら幹部クラスの実力を持つというウワサは本当だったらしい。

 

「ご安心ください。わたしがスキルを解除すれば元に戻ります。いま液体になっている、あなた方の仲間もです」

 

 歌織は息を吐き出し、キッと相手を睨み付けた。

 

「なるほど……杏奈ちゃんやバックダンサーの子がいなくなったのは、あなたのせいだったのね」

「はい。そして今からあなたも、同じ目に遭います」

 

 ジョーカーの目がギラリと光る。

 

「さあ、ダンスの時間です!」

 

 直後、床に広がる液体から無数の透明な槍が飛び出した。

 

 ドシュシュシュシュ!!

 

「くっ!!」

 

 咄嗟にバックステップで敵の猛攻をかわす。

 

「歌織さん!」

 

 襲撃に気付いた桃子が、ステージに駆け上がろうとした。

 

「待って!」

 

 それを歌織が鋭く呼び止める。

 

「桃子ちゃんには、取ってきてもらいたいものがあるの」

「取ってきてもらいたいもの……?」

「ええ、それは――」

 

 二人の会話を、ジョーカーが遮った。

 

「打ち合わせをしているヒマなど与えませんよ!」

 

 ドシュッ!

 

 今度は少女の腕から水の矢が発射される。

 

「くっ!」

 

 間髪入れず、歌織が懐から銃を取り出した。

 

 パン! パン! パン!

 

 弾丸が透明な矢を撃ち抜き、パシャリと飛沫をまき散らす。

 

「行って、桃子ちゃん!」

 

 頷いた桃子が、タッと床を蹴った。

 

「行かせると思いますか!」

「あなたの相手はわたしよ!」

 

 ジョーカーに向けて、歌織は再び引き金を引く。

 

 パンッ! パンッ!

 

 左胸に丸い穴が開き、ジョーカーの身体がビクンと跳ねた。

 

「まだまだ!」

 

 パンッ! パンパンッ!!

 

 弾丸が連続して突き刺さり、ジョーカーは後ろへ大きくのけ反る。

 

 ドサッ!

 

 歌織は銃を回転させ、ふともものホルスターにストンと落とし込んだ。

 

「キネティックガンの威力はどう?」

 

 倒れた敵へ向けて、静かに言い放つ。

 

(銃弾は確実に急所を打ち抜いたわ。無傷では済まないはず……)

 

 だが、

 

「ふ、ふ、ふ……」

「―――――!?」

 

 笑い声とともに、ジョーカーがむくりと上体を起こした。

 

「な………!?」

「さすがはアイドルヒーローズのエース、と言っておきましょうか」

 

 驚く歌織の前で、ジョーカーはコキコキと首を鳴らす。

 

「ですが、わたしに物理攻撃は効きません」

 

 言い終えると同時に、銃創が白い泡を吐き出した。

 

 ぼこ、ぼこぼこぼこぼこぼこ……。

 

 数秒とかからず、傷口はあっという間にふさがってしまう。

 

「液体に銃弾を撃ち込んでも無駄です。これが【Melty Fantasia】の真の能力」

「な、何てスキルなの……」

 

 赤い瞳が妖しく輝く。

 

「さあ、今度はこちらの番です!」

 

 少女が腕を振り上げた瞬間、足元の水たまりから、無数の槍が繰り出された。

 

「くっ!!」

 

 飛び出してくる切っ先を、歌織はギリギリのところで回避する。

 

「逃げているだけでは勝てませんよ」

 

 今度はジョーカーの指先から、小さな水滴が発射された。

 

 ピュン!

 

 水の弾丸がスカートの端をかすめ、布地をどろりと溶かす。

 

「チッ!!」

「おやおや、もう終わりですか?」

 

 ジョーカーは余裕の笑みを浮かべた。

 

「では、そろそろとどめを――!」

 

 言いかけたところで、ジョーカーはピタリと立ち止まった。

 そして歌織の手に握られているものを目にし、フンと鼻を鳴らす。

 

「なるほど、そうきましたか……」

 

 バチ、バチチッ……!!

 

 歌織の手には、いつの間にか太い電線が握られていた。その先端からは、青白い火花が飛び散っている。

 

「銃がダメでも、電気ならどうかしら?」

「ふむ……最初に撃った弾丸は、背後にある電線を狙っていたわけですね」

 

 液体になっても、電撃は防げないはず。

 

「素晴らしい判断力です。しかし、本当にそんなことをしていいのですか?」

「え?」

「ほら、足元を見てください」

 

 歌織はそっと目線を下へ向けた。

 そして思わず歯噛みする。

 

「くっ……」

 

 ステージの床は、いつの間にか水浸しになっていた。

 

「これじゃ杏奈ちゃんたちまで巻き込んでしまうわ……」

 

 抜け目のない敵だ。

 優れているのはスキルだけではないらしい。

 

「残念でしたね。こちらの弱点は、とっくに織り込み済みです」

「やるわね……けど、わたしだって次の手は考えてあるのよ」

「ほう……」

 

 ジョーカーがピクリと眉を上げた。

 

「では、その次の手とやらを見せてもらいましょうか……」

「それならとっくに見せてあるわ」

「何――ぐッ!?」

 

 言い終える前に、ジョーカーは胸を押さえて苦しみ始めた。

 

「ゴホッ……う……こ、これは……?」

 

 キッと睨み付けてくる敵を、歌織は静かに見下ろす。

 

「毒入り弾丸――『ポイズンバレット』よ。お気に召したかしら」

「ぐ……そ、そんなものまで……」

 

 ジョーカーのこめかみを、つつつと汗が流れ落ちる。

 

「さあ、ここに解毒剤があるわ。助かりたければ杏奈ちゃんたちを元に戻して」

「そんな取引に応じるとでも……うっ」

 

 苦悶の表情を浮かべ、ジョーカーはガクリと膝をついた。

 

「強がるのはやめなさい。どうせ意識を失えば、スキルも解けてしまうのでしょう?」

 

 言われたジョーカーは、観念したように目を閉じる。

 

「フッ……これ以上の抵抗は無駄というわけですか……」

 

 そして、両手をそろそろと持ち上げる。

 

「いい子ね。物分かりがよくて助かるわ」

 

 だが、

 

「……などと言うと思いましたか?」

「え?」

 

 不意にジョーカーの胸が、ボコボコと泡立ち始めた。

 皮膚が生き物のようにうごめき、気泡の中から緑色の液体がビュッと吐き出される。

 

「まさか……毒を取り除いた!?」

「言ったでしょう、弱点は織り込み済みだと」

 

 ニヤリと微笑み、ジョーカーは腕を鞭のようにしならせた。

 

 ピュン!

 

 かすめた一撃が、歌織の首筋を溶かす。

 

「くっ……か、はっ」

「フフ……これであなたの奥の手も使えなくなりましたね」

 

(しまった!)

 

「歌をトリガーに発動するスキル【ハミングバード】。わたしが毒を吐き出すよりも早く大量に銃弾を撃ち込まれたらやっかいでしたが、これで怖いものは何もありません」

 

 喉をかきむしる歌織を見下ろしながら、ジョーカーは口の端をにぃっとゆがめる。

 

「さあ、これで最期です!」

 

 細い腕を振り上げると、歌織の足元から水の槍が一斉に飛び出した。

 不意を衝かれた歌織は、右脚をグサリと貫かれる。

 

「うぐっ!!」

 

 白い太ももが溶け落ち、床の上をごとりと転がった。

 

「ふふ……これで機動力も失いましたね」

 

 倒れた歌織のほうへ、ジョーカーが、コツ、コツと近付いてくる。

 

「おとなしく液体になってください。あなたを捕まえてこいと、上から命じられています」

 

 歌織は床の上で拳を握り締めた。

 

(まだ負けるわけにはいかない。キネティックパワーで空を飛べば――)

 

 キィィィィィィィィィン!

 

 だが――、

 

 フッ―――。

 

 黄金色の光は消え去り、練り上げたエネルギーも煙のように消失してしまう。

 

(と、飛べない!?)

 

「無駄です。劇場内に新兵器『デストルグラビトン』を仕掛けました。重力子の干渉で、飛翔スキルはキャンセルされます」

「くっ……!!」

 

 あらゆる手を断たれ、歌織はギリリと奥歯を噛み締めた。

 

 電気も使えない。毒も通用しない。

 おまけに片腕片脚を失い、【ハミングバード】と飛翔スキルも封じられた。

 

(強い、強すぎる……!!)

 

 あらゆる物理攻撃を無効化し、触れた相手を一瞬で溶かす攻防一体のスキル。

 その能力は並みの怪人をしのぎ、幹部の実力をも凌駕している。

 

「さあ、これでフィナーレです!」

 

 ジョーカーは床を蹴り、ダンッと宙へ舞い上がった。

 そのまま全身を液化させ、雨のようにザアッと降り注ぐ。

 

(――――!!)

 

 見上げた視界が、無数の水滴で覆われた。

 脚を奪われ、飛翔スキルも発動できないいま、あのすべてを回避する術はない。

 

 どうする――!?

 

 拳を握り締め、歌織はグッと天井を睨み付けた。

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