アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

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第14話 デストルドー地下基地 潜入作戦①

 巨大な空洞に、カツンと足音が響いた。

 「ジョーカー」に変身した桃子が、生体認証パネルの前でごくりと唾を飲み込む。

 

「これね……」

 

 ジョーカーが捕まったという情報はすでに伝わっているはず。

 もしセキュリティコードが変更されていたら、防衛システムが作動するのでただちに離脱しなければならない。

 

「いくわよ……」

 

 ゆっくり手を伸ばし、認証開始ボタンに触れた。

 同時に赤外線ビームが放出され、顔の立体データと網膜の毛細血管パターンをスキャンする。

 

 顔認証システムは、ドットプロジェクターが照射する数万点の赤外線プロットをIRカメラが捉えることで、対象の顔形状を正確に読み取る。

 一方、網膜認証システムは、眼球の裏にある複雑な毛細血管を赤外線ビームで浮かび上がらせることで、その精緻な形状を捕捉する。

 二つのセキュリティを突破するには、顔面上の数万点に及ぶ照査箇所と、網膜を流れる複雑な血管構造を寸分違わずコピーしていなければならない。

 

 ピ―――………、

 

 赤外線ビームが通り過ぎるのを、桃子は息を殺して待った。

 スキャンが終わり、液晶パネルに「Now Loading……」の文字が流れる。

 

(大丈夫、桃子の【ラストアクトレス】は完璧よ。神様だって、このコピーは見抜けない!)

 

 間もなく、画面に「Complete」の文字が表示された。

 同時に、

 

 ビ―――!! ビ―――!! ビ―――!!

 

「うそッ!?」

 

 頭上のランプが赤く切り替わり、三人の背後でガシャン!と鉄格子が降りる。

 

「しまった!!」

 

 歌織が慌てて鉄格子に駆け寄った。

 

「どう、しよう……」

「杏奈ちゃんは【VIVIDイマジネーション】で敵が来るのを足止めして! 鉄格子はわたしが壊すわ!」

 

 杏奈が頷くのを確認し、歌織は必殺の拳を構える。

 

「みんな、下がって……」

 

 鉄格子を睨み付け、体内のエネルギーを一気に練り上げる。

 

「はああぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 腕にまばゆい光が集中し、黄金の闘気が焔となって渦を巻く。

 

「キネティック――!!」

「待って!」

「――――!?」

 

 渾身の一撃を繰り出そうとした瞬間、杏奈の声が歌織を呼び止めた。

 

「見て、液晶画面が……!」

 

 振り返ると、「Alert」の文字が次々「確認完了」の表示へ切り替わっていく。

 

「こ、これは……?」

 

 警報がやみ、頭上の赤いランプが消えた。

 

 ガコン。

 

 鉄格子のロックが外れ、ゆっくりと天井へ持ち上がっていく。

 

「ど、どういうこと?」

「たぶん、一度削除された登録データが、復旧された、とか……」

 

 自信なさげに答える杏奈。

 

「そんなことあるのかしら?」

「分から、ない……けど、ほかに理由は、思いつかない……」

 

 イマイチ腑に落ちない話だが、隣の桃子はホッと胸を撫で下ろしている。

 

「やっぱり桃子のスキルは完璧ね」

 

 目の前の扉が、プシュッと音を立てて左右に開く。

 

「さ、早く行きましょ。ぼやぼやしてると閉まっちゃうわ」

 

 警戒する歌織と杏奈を差し置き、桃子がタッと前に出る。

 

 ヒュオォォォォォ………。

 

 暗い通路は、どこまでも長く続いていた。

 それはまるで、黄泉へいざなう死者の道のようにも見える。

 

「さあ、行くわよ」

 

 歌織と杏奈は頷き、重い脚を踏み出す。

 ゲートをくぐった直後、背後で分厚い扉がゴン、と音を立てて閉じた。

 

(大丈夫、よね……)

 

 かすかな胸騒ぎを覚えながら、歌織たちは薄暗い通路を歩き出した。

 

    *

 

 基地の内部は、まるで映画に登場する宇宙船のようだった。

 壁一面、白で覆われ、頭上には無数のエアダクトが走っている。

 

「こっちみたいね……」

 

 端末のナビゲーションに従い、三人は迷路のような道を歩いていく。

 同じような景色が続くので、地図を見なければどこにいるのか分からなくなってしまう。

 

 カツン――。

 

「待って!」

 

 先頭を歩く歌織が、停止の合図を送った。

 

(前方から敵兵1。壁に寄って)

 

 ハンドサインで、桃子と杏奈に警戒を呼びかける。

 

(杏奈ちゃん、【VIVIDイマジネーション】は使える?)

(もう、発動済み……)

 

 壁に背を当て、三人はじっと息をひそめる。

 通路の向こうから、軍靴の音が響いてくる。

 

 カツン……、 カツン……、 カツン……、

 

(来たわね……)

 

 数メートル先の曲がり角に、赤いベレー帽をかぶった戦闘員が姿を現した。

 タクティカルスーツで身を包み、肩からアサルトライフルを提げている。

 

(二人とも、動かないでね)

 

 杏奈と桃子は目線で頷いた。

 戦闘員は、次第にこちらへ近付いてくる。

 

 コツ……、コツ……、

 

(大丈夫、気付かれていないわ……)

 

 ライフルの銃身が、蛍光灯の下でギラリと輝く。

 

(このまま通り過ぎてくれれば……)

 

 だが、

 

 ピタ――。

 

 歌織たちの目の前で、戦闘員が突然足を止めた。

 

(――――!?)

 

 男はクルリと向きを変え、こちらをじっと見詰めてくる。

 

(……………ッ!)

 

 桃子がごくりと唾を飲み込んだ。

 

(ね、ねえ杏奈さん、本当にわたしたちの姿は見えてないんでしょうね……)

(大丈夫……【VIVIDイマジネーション】は、完璧……)

 

 自信満々で杏奈が答える。

 だが歌織は、その隣で険しい表情を浮かべていた。

 

(そう、たしかに杏奈ちゃんのスキルは完璧だわ。けど……)

 

 前回のシアター襲撃事件で、敵は飛翔スキルを無効化する兵器を使用していた。

 もし今回も、こちらのスキルを妨害する機械を使っていたとしたら……。

 

「……………」

 

 戦闘員が、じっと目をすがめる。

 何かを疑うように、歌織たちのほうへ顔を寄せてくる。

 

(や、やっぱりバレてるんじゃないの? さっさとこいつを片付けちゃいましょうよ!)

(ダメよ桃子ちゃん。騒ぎを起こせばサーバールームへの道を封鎖されてしまうわ)

(けど、このままじゃ……)

 

 戦闘員は、なおもこちらを凝視してくる。

 吐き出された息が、歌織の胸元にかかる。

 

「……………」

 

 不意に戦闘員が、携帯無線機のスイッチを入れた。

 

「00(マルマル)、こちら04(マルヨン)。B1医務室付近で異状を発見した。送れ」

 

 「異状」という言葉に、ピリリと緊張感が走る。

 

《(ザザッ)……ちらマル……、状……れ》

「やつらの痕跡を見付けた。このまま放置するのは危険と思料する。指示を請う。送れ」

 

 歌織はぐっと拳を握り締める。

 

(やっぱり、やるしかないの……?)

 

 いつでも攻撃できるよう、全身に力をみなぎらせる。

 

「00、04。了解、確認して報告する。終わり」

 

 通話を終えた戦闘員は、無線機をポーチに戻した。

 

(…………!)

 

 そして片手を伸ばし、歌織のほうへゆっくり近付けてくる。

 

(……二人とも、合図をしたら攻撃よ)

 

 杏奈と桃子が頷くのを確認し、歌織はカウントダウンを始める。

 

 3……、

 

 男の手が迫ってくる。

 

 2……、

 

 黒い影が覆いかぶさってくる。

 

 1……、

 

 互いの目線がパチリと合う。

 

(いま!)

 

 ス――。

 

 だがその瞬間、戦闘員の手が歌織の頬をかすめて壁に触れた。

 

(――――!? 待って!)

 

 敵は背後の壁を撫で、再び無線機をつかむ。

 

「00、こちら04。やっぱり『ヤ二』の跡が残っていた。こないだの掃除で見落としたんだ」

 

(ヤニ……?)

 

 三人は、恐る恐る振り返った。

 壁には、うっすらと黄色い染みが付いている。

 

(ヤニって……もしかして、タバコのこと?)

 

 戦闘員は、鹿爪らしい顔で通話を続ける。

 

「昨日の掃除当番は06と08だな。あのバカども……。ああ、喫煙がバレる前にこちらで処理しておく。以上だ」

 

 無線を切った戦闘員は、「くそっ」と力任せに壁を蹴った。

 隣で桃子がビクッと肩を震わす。

 

「掃除道具が必要だな……まったく、とんだとばっちりだぜ」

 

 舌打ちを繰り返しながら、戦闘員は通路の向こうへ遠ざかっていく。

 

(……………)

 

 敵の姿が見えなくなったところで、一斉に「はぁ~~」とため息が漏れた。

 

「……勘弁してよね。早くサーバールームに着かないと心臓がもたないわ」

 

 うんざり顔でつぶやく桃子。

 

「そうね。今回は大丈夫だったけど、次もうまくやり過ごせるとは限らないわ」

 

 歌織も疲れた面持ちで頷く。

 だがその二人とは対照的に、杏奈だけは自信満々の表情を浮かべていた。

 

「大丈夫。杏奈のスキルなら、何が来ても、問題ない……」

 

 歌織と桃子は顔を見合わせ、再び深いため息をついた。

 

    *

 

 エレベーターが降りていく。

 まるで奈落の底へと続くかのように、どこまでも、どこまでも降りていく。

 

 ポーン。

 

 チャイムが鳴り、ゆっくりと下降が止まった。

 スライドドアが開き、細い通路が目の前に現れる。

 

「ここが、最下層……」

 

 歌織はごくりと唾を飲み込んだ。

 いまだ誰も足を踏み入れたことのない、デストルドー日本支部の最奥部。

 ここに、敵の本部へとつながる最重要機密が隠されている。

 

「行きましょう」

 

 歌織の先導で、三人は長い通路を歩きだした。

 無人の廊下に、カツン、カツンと足音が響き渡る。

 

「ここがサーバールームね」

 

 白い扉の前で、歌織は立ち止まった。

 ドアの脇には、生体認証パネルが設置されている。

 

「桃子ちゃん、お願い」

「ええ」

 

【スキル:ラストアクトレス】

 

 瞬間、少女の全身がオレンジ色の光で包まれた。

 細い手足がぐんぐん伸び、胡桃色の髪が薄紫のショートヘアへと変わる。

 

 シュウウウ……。

 

「……変身、完了」

 

 あっという間に、幼い少女はスレンダーで中性的な女性の姿へと変貌してしまった。

 

「頼むわね、桃子ちゃん」

 

 頷きながら、桃子は生体認証パネルの前に立つ。

 

「……いくわよ」

 

 認証開始ボタンを押すと、システムが作動し、桃子の顔に赤外線ビームを放った。

 

 ピ――――。

 

 今度は何のトラブルもなく「認証完了」の文字が表示される。

 

「ふぅ……問題なさそうね」

 

 思わず歌織たちも胸を撫で下ろす。

 

「杏奈ちゃんはここで待機してもらえるかしら。万一敵がきたら、【VIVID イマジネーション】で足止めして欲しいの」

「了解……」

 

 彼女が頷くのを確かめ、歌織と桃子は狭い通路へ足を踏み出す。

 

 カツン――。

 

 ひんやりした空気が肌を撫でた。

 無機質な壁に足音が反響し、目の前の闇へ吸い込まれていく。

 

 コツ、コツ、コツ……。

 

 天井の低い通路を、二人は無言で進んでいった。

 間もなく、四面を機材ラックで覆われた薄暗い部屋にたどり着く。

 

「ここね……」

 

 広さはせいぜい会議室程度といったところか。

 LEDランプがあちこちで瞬き、ファンの音がゴウゴウ鳴り響いている。

 

「あったわ。あれがターゲットのメインサーバーよ」

 

 ラックに歩み寄り、歌織はポーチの中から小型端末を取り出した。

 背部を覗き込み、伸ばしたケーブルを端子へ差し込む。

 

「さあ、始めましょう」

 

 ソフトウェアを立ち上げ、エンターキーを叩いた。

 

《System booting.》

 

 同時に白い文字列がコンソール上を流れ、量子演算装置が起動する。

 

「頼むわよ……」

 

 プログラムが動き出し、モニタに無数のポップアップ表示が現れた。

 画面がめまぐるしく切り変わり、フォルダウィンドウが浮かんでは消える。

 そして――、

 

《Connection successful.》

 

 成功の文字が現れ、データのダウンロードがスタートした。

 

「よし、うまくいったわ……」

 

 プログレスバーに表示された作業時間は約10分。あとはデータコピーが終わるのを待つだけだ。

 

「もう済んだの? 案外簡単だったわね」

「ロコ博士のおかげよ。さて、杏奈ちゃんのほうは大丈夫かしら」

 

 歌織はポーチから無線機を取り出し、スイッチを入れた。

 

「エンジェル3、こちらエンジェル1。状況送れ」

《エンジェル1、こちら、エンジェル3。現在地異状なし》

 

 問題ないことを確かめ、通話を切る。

 ダウンロードのほうも滞りなく進んでいる。プロセスはすべて順調だ。

 

「この調子なら、予定よりも早く終わりそうね」

 

 安堵しかけた、その時だった。

 

 ビ―――!! ビ―――!! ビ―――!!

 

「――――!?」

 

 突如警報が鳴り響き、頭上に赤いランプが灯った。

 プログレスバーがストップし、画面に「Error」の文字が表示される。

 

「か、歌織さん、どうしたの!?」

「わ、分からない……律子さんに聞いてみるわ」

 

 無線機をつかみ、すぐさま指揮所を呼び出す。

 

「ストラテジー、こちらエンジェル1! 異状発生。サーバーが警報音を発し、ダウンロードが停止している。指示を請う、送れ!」

《エンジェル1、こちらストラテジー。いまロコ博士が遠隔操作で警報の停止信号を送っている。しばし待て》

 

 無線を切った歌織に、桃子が震える声で尋ねる。

 

「律子さんは何て?」

「いまロコ博士が対処してるって」

 

 ビ―――! ビ―――! ビ――…、ピタ。

 

 間もなくビープ音が鳴りやみ、LEDランプが赤から緑へ切り替わった。

 

「止まった……みたいね」

 

 端末のプログレスバーが、再び動き始める。

 

「よかった。これでもう大丈夫だわ」

 

 歌織はホッと息を吐き出し、安堵の表情を浮かべる。

 一時はどうなるかと思ったが、どうやら窮地は脱したようだ。

 だが……、

 

 カツン――。

 

 はっ!?

 

 歌織の鋭い聴覚が、かすかな異音を捉えた。

 

「ど、どうしたの、歌織さん?」

「誰かが近付いてくるわ。数は2」

 

 桃子がギクリと頬を強張らせる。

 

「まさか、敵……?」

「おそらく」

「け、けど、杏奈さんがいるんじゃ……」

「ええ。でも変ね、止まる気配がないの」

 

 訝った歌織は、ポーチから無線機を取り出した。

 

「エンジェル3、こちらエンジェル1。敵兵2が現在地へ向かっている。状況送れ」

《――(ザザッ)、(ピー)……(ガリッ)》

 

 雑音に、眉をしかめる。

 

「エンジェル3。どうした、感明送れ」

《(ガガガ)………(ガッ)》

 

 ブツンと音を立て、信号が途絶えた。

 

「………切れたわ」

 

 歌織は無線機をギュッと握り締める。

 

「あ、杏奈さんは?」

「分からない……応答がないの」

 

 チラリと端末を見やる。

 ダウンロードは75%。いま終了すれば、これまでの苦労がすべて水の泡になってしまう。

 

「ど、どうするの、歌織さん?」

「……………」

 

 足音は、サーバールームの前に差し掛かろうとしている。

 離脱するならいましかない。

 

「ねえ、歌織さんってば!」

 

 桃子に肩を揺すられながら、歌織は奥歯を噛み締める。

 

 どうする……。一体どうすれば……。

 

 サーバーラックの背部では、赤いLEDがチカチカと瞬いていた。

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