薄暗いサーバールームに、ふたつの影が差し込んだ。
「――閣下、警報が鳴ったのはこちらのほうです」
一人は上級戦闘隊指揮官の制服を着た将校。
もう一人は肩に飾緒を付けた仮面の人物。
机の陰から様子を窺った歌織は、その姿を見てハッと息を飲み込んだ。
(あれは……特務参謀!)
よりによってこんなタイミングで……。
(ど、どうするの! これじゃ袋のネズミじゃない!)
慌てた桃子が歌織の肩を揺する。
(いいえ、外の状況も分からず部屋から出れば敵と鉢合わせになる可能性があったわ。いまは黙ってやり過ごすのが先決よ)
本当のところを言うと、歌織自身、迷いはあった。
安全を優先すべきか、作業を優先すべきか。
だがここで離脱すれば、作戦は元の木阿弥になってしまう。
作戦が1日遅れるということは、それだけ犠牲者も増えるということ。
それだけは絶対に避けたい……。
「――閣下、どのサーバーを確認されますか?」
部下に問われた特務参謀は、おもむろに室内を見回した。
「そうだな、奥のメインサーバーからにしよう」
ギクリ!
歌織たちが隠れる机のほうへ、二人が近付いてくる。
コツ、コツ、コツ……。
(歌織さん、どうしよう……)
桃子が泣きそうな顔で歌織の腕にすがった。
(大丈夫よ……)
しかし軍靴の音はどんどん近付いてくる。
コツ、コツ、コツ……。
歌織はギュッと目を閉じた。
(このままじゃ、逃げられない……)
こめかみを、汗がつつつと流れ落ちる。
(こうなったら……)
イチかバチか、奇襲をしかけようかと考えたその時、
「こちらです、閣下」
ピタ――。
机のすぐそばで、足音が止まった。
(はぁ………)
二人はホッと息を吐き出す。
「ふむ……警報が鳴ったのはいつ頃だ?」
「5分ほど前です。その前後のアクセスログを点検してみましょう」
ポータブルPCを開き、将校がサーバーの端子にUSBケーブルを差し込む。
再び歌織の首筋に緊張が走る。
(まずい、ハッキングが見付かってしまう……)
薄暗いサーバールームに、キーボードを打つ音が鳴り響く。
カタカタカタ、タン!
だが……、
「特に問題はありませんでした。念のため数日分のログを確認いたしましたが、異常なアクセスはないようです」
思わず胸を撫で下ろす歌織。
恐らくハッキングの痕跡が残らないよう、ロコ博士が書き換えておいてくれたのだろう。
「そうか……ではこちらのサーバーはどうだ?」
「は、確認いたします」
再び将校が端末を開く。
カタカタカタ……。
しばらくの間、実りのない作業が繰り返された。
最初は生真面目に対応していた将校だったが、そのうちチラチラと腕時計を見始める。
「……閣下、間もなく作戦会議のお時間です。そろそろ移動なされては……」
「おお、そうか。それでは今日はこのくらいにしておくか」
歌織たちは、机の陰で安堵の表情を浮かべた。
(何とかやり過ごせたみたいね……)
間もなくダウンロードも終了する。
あとはここを無事に離脱するだけだ。
だがその時……、
ピ――――――――――――!!!!
「――――!?」
突然、メインサーバーがビープ音を発した。
「どうした、何が起こった」
「ハッ! メインサーバーに不具合が……」
将校が慌てて奥のサーバーラックに駆け寄る。
「くそ、一体何が……」
ブツブツつぶやきながら、将校は機材のチェックを始めた。
そしてラックの背部を覗き込み、ピクリと眉を上げる。
「何だ、このコードは……?」
訝りながら、男は配線の先をたどった。
黒いケーブルは、すぐそばにある机の裏側へ伸びている。
「これは……まさか、ハッキング!?」
素早くコードを引き抜き、将校は腰の拳銃をつかむ。
「そこにいるのは誰だ!」
歌織と桃子の肩がビクリと跳ね上がった。
「隠れているのは分かっているぞ、出てこい!」
叫びながら、じりじりと歩み寄ってくる。
歌織はぎゅっと拳を握り締めた。
(他に隠れる場所はない。逃げようとしても、この状況では確実に見付かってしまう……)
まさに絶体絶命のピンチ。
「出てこないのなら、こちらから行くぞ!」
将校が脚を踏み出そうとしたその時、
スッ――――。
机の裏から小柄な人影が立ち上がった。
「――――!!」
現れた人物を見て、将校は驚きの表情を浮かべる。
「あ………」
紫がかったショートヘアに、無機質な顔。
「あなたは……ジョーカー様!」
慌てて踵をそろえ、挙手の礼を取る。
「た、大変失礼いたしました! しかし、なぜこのようなところに……?」
デストル怪人ジョーカーは、けだるげな声で答える。
「敵の本部に潜入して得られた情報を、このサーバーにアップロードしていた」
返答を聞いた将校は、不思議そうに首を傾げた。
「あの……データのアップロードでしたら、作戦室にあるご自身の端末から行えば良かったのでは……?」
ジョーカーの頬が、ピクリと震える。
(ど、どうしよう、歌織さん……)
もちろん、このジョーカーは本物ではない。桃子がスキル【ラストアクトレス】で変身したものだ。
《大丈夫よ、桃子ちゃん。こう答えて……》
足元に隠れている歌織が、指文字でそっと指示を出す。
桃子は平静を装いながら、将校の質問に答える。
「て、敵に捕まったと勘違いされたせいで、サーバーのアクセス権を削除されてしまった……無念」
男はなるほどと頷く。
「そういうことでしたら、あとで通信隊にアクセス権の復旧を命じておきましょう」
「……感謝」
ようやく疑問が解けた将校は、再び踵を揃えて挙手の礼を取った。
「それでは、我々はこれで失礼いたします。ジョーカー様も、お早めに上へお戻りください」
「分かった」
一礼して、ツカツカとドアのほうへ歩き出す。
桃子も思わず安堵の息を吐き出す。
だが――、
「待て」
仮面の参謀が、部下を呼び止めた。
「は、何でしょうか……?」
「話はまだ終わっていない。もう少しこいつに聞きたいことがある」
そしてじろりと桃子を睨み付け、机のほうへ歩み寄る。
「お前、敵の本部に潜入したと言ったな」
「はい……言いました」
仮面の奥で閃く怜悧な視線に、桃子は乾いた唾を飲み込む。
「だったら一つ確認しておきたいことがある」
言いながら、特務参謀はじっと桃子の顔を覗き込んだ。
「今回の作戦で、お前に指示しておいたことがあったはずだ。その件はどうなった?」
「――――!?」
薄い唇が、にやりと歪む。
(指示しておいた件? 一体何のこと?)
机の下で、歌織は拳を強く握り締めた。