「ジョーカーよ、今回の作戦で、お前に指示しておいたことがあったはずだ。その件はどうなった?」
仮面の参謀が、にぃっと口角を上げた。
(指示しておいた件? 一体何のこと?)
机の下で、歌織はぐっと拳を握り締める。
桃子のスキル【ラストアクトレス】は、外見や声色を完璧に真似ることができるが、記憶までは読み取れない。
(歌織さん、どうしよう……)
桃子の腕が、恐怖を伝えてくる。
歌織は目を閉じ、思考をフル回転させた。
(相手はカマをかけている可能性がある。かと言って、指示を問い返せばますます疑われてしまう……)
「どうしたジョーカー、早く答えろ。これでもわたしは忙しい身なんだ」
(助けて、歌織さん……)
震える脚が、必死に救いを求めてくる。
こうなったら……、
《桃子ちゃん、いまからわたしが言うとおりに答えて――》
指文字を読み取った桃子は、ピクリと頬を震わせた。
《本当にその答えで正解なの、歌織さん?》
《いえ、正解かどうかは分からないわ》
《え?》
《けど……不正解ではないはずよ》
歌織の言葉に、桃子はごくりと唾を飲み込む。
そして顔を上げ、白いマスクを正面から見据える。
「……ご指示とおっしゃいますのは、ヒーローズを捕獲してこい、というご命令のことでよろしかったでしょうか?」
冷笑がぴたりとやんだ。
サーバールームの温度が一気に下がる。
歌織は息を潜め、「あの時」のことを思い出した。
『――おとなしく液体になってください。あなたを捕まえてこいと、上から命じられています』
シアターで戦ったとき、ジョーカーはたしかにそう言った。
それが特務参謀の言う「指示」のことかどうかは分からないが、少なくとも下された命令の一つであることに間違いはないはず。
(さあ、どう反応する?)
桃子の手が、小刻みに震えていた。
腕を伝った汗が、ポタリと床に落ちる。
「ふう」
仮面の下で、特務参謀が大きく息を吐き出した。
「……何を言っているんだ、お前は?」
「――――!?」
一瞬で全身から血の気が引いた。
(まさか……間違えた!?)
首筋がチリリと灼け、手の平から汗が噴き出す。
「まったく……あんな大切な指示を忘れるとは、嘆かわしい限りだ」
コツ、コツと床を打ち鳴らしながら、特務参謀が近付いてくる。
蛇に睨まれた蛙のように、桃子は一歩も動くことができない。
「いいか、わたしの指示は『ヒーローズを捕えてこい』などという漠然としたものではない」
少女の前に立った特務参謀は、人差し指をピッと薄い胸に突き付けた。
「わたしが捕えてくるよう命じたのは……『歌織』一人だけだ!」
「――――!?」
机の下で、歌織は驚愕に目を見開いた。
(わ、わたしを? どうして……!?)
「さあどうなんだ、歌織は捕獲できたのか?」
詰問された桃子は、カラカラに乾いた喉で答える。
「も、申し訳ございません。あと一歩のところで……取り逃がしました」
ため息をつき、特務参謀はくるりと背を向けた。
「もういい。貴様には失望した」
吐き捨てるように言い、チラリと時計を見やる。
「時間だ。戻るぞ」
「はっ!」
呼びかけられた将校は、サッと挙手の敬礼を取り、回れ右する。
(たす、かった……)
歩き出した二人の背中を見て、桃子はホッと息を吐き出した。
握り締めていた手を緩め、にじんだ汗を指でこする。
「おっと、そうだ」
不意に特務参謀が足を止め、くるりと振り返った。
「一つ、大事なことを忘れていた」
言いながら、大股で引き返してくる。
「…………?」
訝る桃子の前に立ち、仮面の参謀はそっと懐へ手を差し込んだ。
「受け取れ」
そのまま黒いダガーを抜き取り、少女の胸にズブリと突き立てた。
「え……!?」
何が起こったかも分からず、桃子はパチクリと瞬きする。
太いブレードが、みぞおち深く突き刺さっている。
強張った筋肉が、ギチリと刀身を咥え込んでいる。
ズル――。
「ごぼっ」
ダガーを引き抜くと、細い体がゆっくり地面に沈み込んだ。
ドサッ!
血溜まりが広がり、サーバーラックの下へ吸い込まれていく。
シュウウゥゥゥ……。
スキルの効果が解け、手足が風船のように縮んだ。
「ほう、珍しいスキルだな」
元の姿に戻った桃子を見て、特務参謀が興味深げにつぶやく。
「ぐ……ゴボッ! ど、どうして……変身は……完璧、だったのに……」
「ああ、完璧だったさ。お前が変身していたとはまったく気付かなかった」
「じゃあ、なぜ……」
血まみれの少女を見下ろしながら、仮面の参謀はフンと鼻を鳴らす。
「なあに、わたしは敵に捕まるような役立たずを生かしておくほど、お人好しではないということだ」
「――――!?」
桃子は愕然と目を見開いた。
つまりこいつは、最初から自分を生かして帰す気などなかったのだ。
二人のやり取りを見て、歌織はわなわなと全身を震わせていた。
突然の出来事に理解が追い付かず、凍り付いたように身体が動かない。
「さて、次はこちらの質問に答えてもらうぞ。潜入したのはお前一人か? それとも、他に仲間がいるのか?」
問われた桃子は、かすれ声で答えた。
「桃子は……一人よ。あんたたちを倒すのなんて、桃子一人いれば……充分、なんだから……」
ため息を吐き出し、仮面の参謀はやれやれと肩をすくめる。
「ウソが下手なやつだな。歌織も一緒に来ているんだろう?」
「――――!?」
相手の反応を見て、特務参謀は「図星か……」とつぶやいた。
「痛い目を見たくなければ奴の居場所を教えろ。正直に言えば助けてやる」
答える代わりに、桃子はペッと唾を吐き出した。
「冗談、でしょ……。誰が、言うもんですか……」
「フッ、強情なやつだ。しかし、その強気がいつまで続くかな」
言いながら、特務参謀は桃子の太ももに、つつ……とナイフを這わせた。
「…………っ!」
冷たい感触が敏感な肌を撫で、少女はぞくりと背筋を震わせる。
「さあ、歌織の居場所を言え」
刃先が脚を這い上がり、スカートの中へ潜り込んだ。
そこで仮面の参謀は腕に力を込め、内太ももの付け根にぐっとナイフを押し込む。
「ぎ……やあああぁぁぁぁあぁぁ!!!!」
絶叫が冷たい壁に反響した。
「安心しろ、動脈は避けている」
ゴリリ……。
「い、ぎぃいぃぃぃいいぃぃぃ!!!!」
身体がエビのようにのけ反り、痙攣した手足が床を叩く。
「どうした、まだ言わないのか?」
サディスティックな笑みを浮かべながら、特務参謀は血まみれの刃をさらにねじ込んだ。
再び悲鳴が起こり、少女の眼球がぐるりと裏返る。
とその時――、
「やめなさい!」
机の背後から、白い影が立ち上がった。
特務参謀はフンと鼻を鳴らし、ナイフを引き抜く。
「なんだ、もう出てきたのか。つまらん」
歌織は返り血で染まった仮面を睨み付け、ギリリと奥歯を噛み締める。
「わたしはここよ。それ以上桃子ちゃんを傷付けることは許さないわ」
冷笑を浮かべながら、特務参謀はナイフの腹でペチペチと桃子の頬を叩く。
「ほう、どう許さないと言うんだ? えぇ?」
「くっ……!!」
歌織は目を閉じ、観念したように拳を緩めた。
「ここにメインサーバーからダウンロードしたデータがあるわ。これで満足でしょ?」
差し出された小型端末を見て、特務参謀は小さく肩をすくめる。
「いいだろう。よし、この女を縛り上げろ」
「はっ!」
命令された将校が、素早く歌織の背後へ回り込んだ。そして強化プラスチック製のハンドカフを取り出し、手首をきつく固定する。
「おい、口にも布をねじ込んでおけよ。こいつのスキルは歌をトリガーに発動する」
「はっ!」
男がポケットからハンカチを取り出すのを見て、歌織は抗弁の声を上げた。
「待って! 桃子ちゃんを医務室へ運ぶのが先よ!」
「うるさいやつだな……」
特務参謀は、面倒臭そうにため息をついた。
「だったらこれでどうだ?」
言いながら、握ったダガーを真っ直ぐ振り下ろす。
ドス。
「え――?」
黒い刃が、少女のこめかみを貫いた。
細い手足がびくんと震え、脂っぽい血が、リノリウムの床に広がる。
「な……んで………」
歌織はぺたりとその場に座り込んだ。
魂が抜けたように、呆然と赤い血溜まりを見詰める。
「フッ、放心するのはまだ早いぞ」
特務参謀はニヤリと口元をゆがめ、部下のほうへ振り返った。
「おい、廊下で寝ている奴もここへ持ってこい」
「はっ!」
命令を受けた将校は、サッと部屋の外へ走り出る。
間もなく通路の奥から、何か重いものを引きずるような音が聞こえてきた。
「運んでまいりました!」
「ご苦労」
サーバールームの真ん中に投げ出された「それ」を見て、歌織はさらに身を強張らせる。
「あ……杏奈……ちゃん?」
菫色の髪の少女が、虚ろな瞳で天井を眺めていた。
額には丸い銃創が開き、溜まった血液がゆらゆらと波打っている。
「どうだ歌織、わたしからのプレゼントは」
特務参謀の声が、耳の奥でこだました。
歌織は全身を震わせながら、杏奈の遺骸にすり寄る。
「どう……して……、こん……な………」
特務参謀は酷薄な笑みを浮かべ、薄い唇を開いた。
「なあに、すべてお前のためだ」
その瞳は、狂気を帯びてギラギラ輝いている。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
言い終えると同時に、軍服の少女は将校の手からハンカチを奪い取り、歌織の口へねじ込んだ。
「むぐっ!?」
「さあ、おしゃべりの時間はおしまいだ。お待ちかねの宴を始めるとしよう!」
そのまま強引に相手を押し倒し、グイッと襟を引っ張る。
ビリリ!
ボタンがはじけ飛び、白い胸元が露わになった。
「―――――!?」
「か、閣下!? 一体何を……!?」
驚く部下に向かって、特務参謀は冷たく言い放つ。
「お前、この女を犯せ」
「え!?」
常軌を逸した命令に、将校は困惑の表情を浮かべた。
「あ、あの……それはどういう意味で……?」
「言葉通りの意味だ。分からんか?」
言いながら、特務参謀は細い指を乳房の下に這わせる。
「……………ッ!」
歌織の美しい顔が、恥辱の色に歪んだ。
「フッ、無駄な抵抗は考えるなよ。わたしのスキル【未来飛行】の能力は、お前もよく知っているだろう」
仮面の参謀は立ち上がり、再び部下を叱咤する。
「さあ、早くしろ!」
「し、しかし……」
「命令だ、やれ!」
「命令」という言葉に、将校は不承不承頷いた。
「わ、分かりました……」
ごくりと唾を飲み込みながら、男はじり、と歌織ににじり寄る。
「……………ッ!」
艶めかしい肢体が、蛍光灯の下で後ずさった。
最初はいやがっていた将校だったが、いざ美しい女囚を前にすると、むらむらと情欲が湧き上がってくる。
「すまんな、俺も命令には逆らえないんでね……」
言い訳がましいセリフを述べ、男はガバッと歌織の上へ覆いかぶさった。
(―――――!?)
節くれだった指が、豊かな乳房を荒々しく揉みしだく。
「……………ッ!!」
スカートの内側に、男のたくましい手が這入り込んできた。
最初は脚を閉じて抵抗した歌織だったが、無理やりショーツを引きずり降ろされると、観念したように目を閉じる。
汗ばんだ肌が、熟れた果実のように紅潮した。
湿った唇から、熱い吐息が漏れる。
「……………」
かたわらでは、白い仮面がじっとその様子を見下ろしていた。
その口元には、嗜虐的な笑みが浮かんでいる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
タイトスカートの中で、柔らかな内太ももが暴れた。
おわん型に潰れた乳房が、ゆさゆさと揺れる。
「おとなしくしてろよ。すぐに気持ちよくしてやるからな……」
男が腰のベルトをするりと引き抜いた。
獣のような息遣いを耳にしながら、歌織はすべての思考を頭から追い払った。