バキィ!!!!
咄嗟にかざした風花の腕を、黒い手刀が真っ二つに斬り裂いた。
「ひっ!? ああぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!?」
肘から先が、ボトンと地面に落ちる。
「う、腕が……! わたしの腕がぁ……!!」
露出した骨を見て、風花は全身をわななかせた。
「ヒーリングガン……ヒーリングガンは!?」
血がどぶどぶと溢れ出す。
早く腕をつなげなければ、手遅れになってしまう。
「あっ!」
探し求めた銃は、数メートル先の路上に転がっていた。
風花は腕を抱え、ずるずると地面を這う。
「早く、早くヒーリングガンを………」
傷口が、蛇口をひねったように血を吐き出している。
戦闘服は真っ赤に染まり、砂利と混じってべたりと肌に張り付く。
「あ、あとちょっと……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、注射器型の銃へ腕を伸ばした。が……、
カツン!
「――――!?」
黒いブーツが、ヒーリングガンを蹴飛ばした。
顔を上げた風花は、絶望に頬を引き攣らせる。
「グルルル……」
真っ赤な瞳が、こちらを見下ろしていた。
犬歯をむき出しにしたカオリが、獣のようなうなり声を上げている。
「い、いや……」
風花は恐怖のあまり、チョロチョロと失禁した。
カオリがじり、と足を踏み出す。
風花は血にまみれながら、必死に路上を後ずさる。
「や、やめて……」
頭上の両目が真っ赤に輝く。
闇の力が凝縮し、どんどん膨れ上がっていく。
キィィィィィィン……。
そして――、
カッ―――!!
「待って!」
突然、どこからともなく声が響き渡った。
「ガウゥゥ……!?」
振り返ったカオリは、瞳に警戒の色を浮かべる。
「やめて、姉さん……」
瓦礫の陰から、あどけない面差しの少女が姿を現した。
「つ、紬ちゃん!」
少女はヒーリングガンを拾い上げ、傷付いた仲間に駆け寄る。
「大丈夫ですか、風花さん。さあ、これを」
「あ、ありがとう……」
受け取った風花は、震える手で傷口に癒しのエキスを垂らした。
パァ――――!!!!
黄金色の光が腕を包み込み、切断された箇所を瞬時につなぎ合わせる。
「よかった、これでもう大丈夫ですね……」
震える風花の背中を撫でながら、紬は別人と化した姉を睨み付けた。
「姉さん、一体どうしてしまったの!? 元の姉さんに戻って!!」
「ウ、グゥゥゥ……」
妹の呼びかけに、カオリはかすかな苦悶の色を浮かべた。
「姉さん、わたしの声が聞こえているの……?」
手応えを感じた紬は、姉に向かって一層強く呼びかける。
「お願い、いつもの優しい姉さんに戻って! 姉さんは、こんなことをする人じゃないわ!」
「グ、ゥゥ………つ、むギ?」
カオリが頭を押さえ、うめき声を上げた。
「そうよ、紬よ! 姉さん、わたしはここよ!」
カオリはよろめき、ガクリと膝をつく。
「ツ、ムぎ………」
「ええ、紬よ! お願い! 正気に戻って、姉さん!」
少女が懸命に叫ぶ。
「グ…………つ、むぎ……」
瓦礫の山の上で、カオリは妹の名前を繰り返しながら苦しそうに顔をゆがめる。
「姉さん! 負けないで!」
だが、
「つむ、ぎ……は………………」
カオリの身体から黒いオーラがにじみ出る。
「コロス!!!!」
カッ―――!!!!
瞬間、両目から深紅の光が放たれた。
「紬ちゃん、危ない!」
咄嗟に飛び出した風花が、二人の前に光の防壁を展開する。
「キネティックシールド!」
バリバリバリバリ―――!!
閃光が、まばゆく周囲を照らした。
ぶつかり合ったエネルギーが、激しい火花を辺りに撒き散らす。
「ね、姉さん!! どうして!?」
「ウゥゥゥ……!!」
熱線はますます勢いを強め、光の盾にピシリと亀裂が走る。
「紬ちゃん、下がって!」
つながりかけた腕から、ぼたぼたと血がこぼれた。ピンク色の肉が覗き、風花の顔が苦痛にゆがむ。
「くっ、このままじゃ……」
ピキピキ……。
その状況へ追い打ちをかけるように、ビルの向こうから救急車のサイレンが聞こえてきた。
ピーポー、ピーポー、ピーポー、ピーポー……
「え……!? どうしてこんなところに!?」
白い車両が停止すると、中から救急隊員が飛び出す。
「こっちだ!」
「負傷者を確認しろ!」
青いユニフォームを着た救急救命士が、道端で倒れる若い男女の許へ駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「早く、ストレッチャーへ!」
シールドが、ピシリと音を立てる。
小さなヒビが、蜘蛛の巣状にどんどん広がっていく。
「つ、紬ちゃん、あなただけでも逃げて!」
「そんな! 風花さんは!?」
「わたしは……あの救急車が離れるまで、何とかがんばってみる……」
そうは言うものの、シールドが限界を迎えているのは明らかだ。このままではみんな共倒れになってしまう。
(ど、どうしよう……わたしにできることは……)
紬はおろおろと周囲を見回した。
キネティックパワーを持たない紬にできることと言えば、せいぜい姉に呼びかけるくらいのものだ。
だがその言葉も、結局彼女には届かなかった。
一体どうすれば……。
(ん………?)
紬は「あること」に気が付き、ハッと顔を上げた。
(たしかに『言葉』は届かなかった。けど、あの方法なら……)
確信はない。勝算もない。
だが、このまま手をこまねいているよりはずっとマシだ。
(イチかバチか――)
紬は意を決し、立ち上がった。
そして両手を広げ、すうっと息を飲み込む。
『――――――♪』
閃光の中に、澄んだ歌声が響き渡った。
「つ、紬ちゃん!? 何を……!?」
風花が驚いて振り返る。
『――――――♪』
紬は、歌っていた。
その旋律は姉のものと比べて粗削りだったが、そのぶん素直で屈託がなく、どこまでも伸びやかだった。
「グ、ゥ………」
カオリが苦悶の表情を浮かべる。
光線の勢いがわずかに弱まる。
(姉さん、覚えてる? 初めて会った時のこと。あの時姉さんが聞かせてくれた歌で、今度はわたしが姉さんを救ってみせる……!)
少女の歌声が、一層力強く響き渡る。
そのメロディは淀みなく、聞く者の胸に深く沁み込んでいく。
「グ、アァァ………」
カオリがガクッと片膝をついた。
(いまだ!!)
『――――――♪♪♪♪』
「グ……ガ……ガアアァアァァァ!!!!」
カッ―――!!!!
ドオオオォォォォオオォオォォォン!!!!
シールドが割れると同時に大爆発が起こり、紬は道路の反対側へ吹き飛ばされた。
「あうっ!!」
瓦礫の向こうで、カオリがドサリと崩れ落ちる。
「ね、姉さん!」
紬はすぐに起き上がり、姉の許へ駆け寄った。
「姉さん! しっかり!」
「つ、つ……むぎ………?」
歌織がうっすらと目を開いた。
その瞳は、元の美しいエメラルドグリーンの輝きを取り戻している。
「よかった……正気に戻ったのね、姉さん!」
「こ、ここは……?」
パチパチと瞬きしながら、歌織は周囲を見回した。
そして崩れた街並みを目にし、愕然とした表情を浮かべる。
「こ……これは……まさか、わたしが……?」
「大丈夫……大丈夫よ姉さん。もう終わったから……」
姉を抱きしめる紬。
その背後から、まばゆい陽光が差し込む。
雨は、いつのまにかやんでいた。
砕けたコンクリートの先から、水滴がピチョンとしたたり落ちる。
「紬……わたし……何てことを………」
「泣かないで、姉さん。もう大丈夫だから」
ビルの向こうで、大きな虹が輝き出した。
「姉さん、まずは基地に戻りましょう。きっとみんな心配してるわ」
助け起こされた歌織が、再び周囲を見回す。
「そ、そうだ……風花ちゃんは?」
「風花さんなら、あそこに」
瓦礫の陰に風花の姿が見えた。
壊れたヒーリングガンを抱え、こちらへ手を振っている。
「よかった、無事だったのね……」
ホッと息をつき、胸を撫で下ろした。
と、その時。
ドン。
何かが歌織の背中にぶつかった。
強い衝撃を感じ、歌織は恐る恐る振り返る。
「あ…………?」
そして、息を飲み込んだ。
太い柳刃包丁が、背中に突き立っていた。
見知らぬ中年女性が、震える手で柄を握り締めている。
「あ、なた……だれ………?」
頬を引き攣らせた女性は、血走った目で歌織を睨み付けた。
「あんたが……あんたがわたしの息子を見殺しにしたのよ!」
瞬間、過去の映像がフラッシュバックのようによみがえった。
燃え盛る炎、崩れ落ちた天井。
そして……瓦礫の中で救いを求める少年。
「ま、さか……あなた……は…………」
「そう、わたしはライブシアターで犠牲になった……あの子の母親よ!」
女性は包丁を握る手にぐっと力を込めた。
ゴリ、と音を立て、刃が骨に食い込む。
「あんたがすぐ助けに行けば、うちの子は、死なずに済んだのに……!!」
女性がさらに包丁を押し込もうとすると、強張った筋肉がミチリと抗った。
やむなく女性は歌織の背に足をかけ、力任せに得物を引っこ抜く。
ずるーり、と気が遠くなるような音がして、長い刃が背中から引き抜かれた。
「あんたは鬼よ! 人でなしよ! 街もめちゃくちゃにして……地獄に墜ちなさい!!」
叫びながら、女性は勢いよく包丁を振り下ろす。
刃の感触が、ぶすり、ぶすりと不快な音を脳に響かせた。
痛みはない。だが刺されている感覚だけはある。
近くで紬が悲鳴を上げた。
立ち上がろうとした風花が、よろめいて瓦礫の中に倒れ込む。
女性が何か叫びながら、仰向けになった歌織の胸へ肉厚の刃を突き立てた。
包丁があばら骨にぶつかり、女は一層高く得物を振り上げる。
ズン!
今度は刃が肋骨の間をくぐり抜け、背中のほうまで押し込まれた。
(……………)
全身から、力が抜けていく。
意識が吸い込まれるように遠のいていく。
必死で女性を止めようとする紬を見て、歌織は思った。
ああ、そんなに泣かなくていいのに、と……。