アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

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第18話 痛みのない世界

 バキィ!!!!

 

 咄嗟にかざした風花の腕を、黒い手刀が真っ二つに斬り裂いた。

 

「ひっ!? ああぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!?」

 

 肘から先が、ボトンと地面に落ちる。

 

「う、腕が……! わたしの腕がぁ……!!」

 

 露出した骨を見て、風花は全身をわななかせた。

 

「ヒーリングガン……ヒーリングガンは!?」

 

 血がどぶどぶと溢れ出す。

 早く腕をつなげなければ、手遅れになってしまう。

 

「あっ!」

 

 探し求めた銃は、数メートル先の路上に転がっていた。

 風花は腕を抱え、ずるずると地面を這う。

 

「早く、早くヒーリングガンを………」

 

 傷口が、蛇口をひねったように血を吐き出している。

 戦闘服は真っ赤に染まり、砂利と混じってべたりと肌に張り付く。

 

「あ、あとちょっと……」

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、注射器型の銃へ腕を伸ばした。が……、

 

 カツン!

 

「――――!?」

 

 黒いブーツが、ヒーリングガンを蹴飛ばした。

 顔を上げた風花は、絶望に頬を引き攣らせる。

 

「グルルル……」

 

 真っ赤な瞳が、こちらを見下ろしていた。

 犬歯をむき出しにしたカオリが、獣のようなうなり声を上げている。

 

「い、いや……」

 

 風花は恐怖のあまり、チョロチョロと失禁した。

 

 カオリがじり、と足を踏み出す。

 風花は血にまみれながら、必死に路上を後ずさる。

 

「や、やめて……」

 

 頭上の両目が真っ赤に輝く。

 闇の力が凝縮し、どんどん膨れ上がっていく。

 

 キィィィィィィン……。

 

 そして――、

 

 カッ―――!!

 

「待って!」

 

 突然、どこからともなく声が響き渡った。

 

「ガウゥゥ……!?」

 

 振り返ったカオリは、瞳に警戒の色を浮かべる。

 

「やめて、姉さん……」

 

 瓦礫の陰から、あどけない面差しの少女が姿を現した。

 

「つ、紬ちゃん!」

 

 少女はヒーリングガンを拾い上げ、傷付いた仲間に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか、風花さん。さあ、これを」

「あ、ありがとう……」

 

 受け取った風花は、震える手で傷口に癒しのエキスを垂らした。

 

 パァ――――!!!!

 

 黄金色の光が腕を包み込み、切断された箇所を瞬時につなぎ合わせる。

 

「よかった、これでもう大丈夫ですね……」

 

 震える風花の背中を撫でながら、紬は別人と化した姉を睨み付けた。

 

「姉さん、一体どうしてしまったの!? 元の姉さんに戻って!!」

「ウ、グゥゥゥ……」

 

 妹の呼びかけに、カオリはかすかな苦悶の色を浮かべた。

 

「姉さん、わたしの声が聞こえているの……?」

 

 手応えを感じた紬は、姉に向かって一層強く呼びかける。

 

「お願い、いつもの優しい姉さんに戻って! 姉さんは、こんなことをする人じゃないわ!」

「グ、ゥゥ………つ、むギ?」

 

 カオリが頭を押さえ、うめき声を上げた。

 

「そうよ、紬よ! 姉さん、わたしはここよ!」

 

 カオリはよろめき、ガクリと膝をつく。

 

「ツ、ムぎ………」

「ええ、紬よ! お願い! 正気に戻って、姉さん!」

 

 少女が懸命に叫ぶ。

 

「グ…………つ、むぎ……」

 

 瓦礫の山の上で、カオリは妹の名前を繰り返しながら苦しそうに顔をゆがめる。

 

「姉さん! 負けないで!」

 

 だが、

 

「つむ、ぎ……は………………」

 

 カオリの身体から黒いオーラがにじみ出る。

 

「コロス!!!!」

 

 カッ―――!!!!

 

 瞬間、両目から深紅の光が放たれた。

 

「紬ちゃん、危ない!」

 

 咄嗟に飛び出した風花が、二人の前に光の防壁を展開する。

 

「キネティックシールド!」

 

 バリバリバリバリ―――!!

 

 閃光が、まばゆく周囲を照らした。

 ぶつかり合ったエネルギーが、激しい火花を辺りに撒き散らす。

 

「ね、姉さん!! どうして!?」

「ウゥゥゥ……!!」

 

 熱線はますます勢いを強め、光の盾にピシリと亀裂が走る。

 

「紬ちゃん、下がって!」

 

 つながりかけた腕から、ぼたぼたと血がこぼれた。ピンク色の肉が覗き、風花の顔が苦痛にゆがむ。

 

「くっ、このままじゃ……」

 

 ピキピキ……。

 

 その状況へ追い打ちをかけるように、ビルの向こうから救急車のサイレンが聞こえてきた。

 

 ピーポー、ピーポー、ピーポー、ピーポー……

 

「え……!? どうしてこんなところに!?」

 

 白い車両が停止すると、中から救急隊員が飛び出す。

 

「こっちだ!」

「負傷者を確認しろ!」

 

 青いユニフォームを着た救急救命士が、道端で倒れる若い男女の許へ駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?」

「早く、ストレッチャーへ!」

 

 シールドが、ピシリと音を立てる。

 小さなヒビが、蜘蛛の巣状にどんどん広がっていく。

 

「つ、紬ちゃん、あなただけでも逃げて!」

「そんな! 風花さんは!?」

「わたしは……あの救急車が離れるまで、何とかがんばってみる……」

 

 そうは言うものの、シールドが限界を迎えているのは明らかだ。このままではみんな共倒れになってしまう。

 

(ど、どうしよう……わたしにできることは……)

 

 紬はおろおろと周囲を見回した。

 キネティックパワーを持たない紬にできることと言えば、せいぜい姉に呼びかけるくらいのものだ。

 だがその言葉も、結局彼女には届かなかった。

 

 一体どうすれば……。

 

(ん………?)

 

 紬は「あること」に気が付き、ハッと顔を上げた。

 

(たしかに『言葉』は届かなかった。けど、あの方法なら……)

 

 確信はない。勝算もない。

 だが、このまま手をこまねいているよりはずっとマシだ。

 

(イチかバチか――)

 

 紬は意を決し、立ち上がった。

 そして両手を広げ、すうっと息を飲み込む。

 

『――――――♪』

 

 閃光の中に、澄んだ歌声が響き渡った。

 

「つ、紬ちゃん!? 何を……!?」

 

 風花が驚いて振り返る。

 

『――――――♪』

 

 紬は、歌っていた。

 その旋律は姉のものと比べて粗削りだったが、そのぶん素直で屈託がなく、どこまでも伸びやかだった。

 

「グ、ゥ………」

 

 カオリが苦悶の表情を浮かべる。

 光線の勢いがわずかに弱まる。

 

(姉さん、覚えてる? 初めて会った時のこと。あの時姉さんが聞かせてくれた歌で、今度はわたしが姉さんを救ってみせる……!)

 

 少女の歌声が、一層力強く響き渡る。

 そのメロディは淀みなく、聞く者の胸に深く沁み込んでいく。

 

「グ、アァァ………」

 

 カオリがガクッと片膝をついた。

 

(いまだ!!)

 

『――――――♪♪♪♪』

 

「グ……ガ……ガアアァアァァァ!!!!」

 

 カッ―――!!!!

 

 ドオオオォォォォオオォオォォォン!!!!

 

 シールドが割れると同時に大爆発が起こり、紬は道路の反対側へ吹き飛ばされた。

 

「あうっ!!」

 

 瓦礫の向こうで、カオリがドサリと崩れ落ちる。

 

「ね、姉さん!」

 

 紬はすぐに起き上がり、姉の許へ駆け寄った。

 

「姉さん! しっかり!」

「つ、つ……むぎ………?」

 

 歌織がうっすらと目を開いた。

 その瞳は、元の美しいエメラルドグリーンの輝きを取り戻している。

 

「よかった……正気に戻ったのね、姉さん!」

「こ、ここは……?」

 

 パチパチと瞬きしながら、歌織は周囲を見回した。

 そして崩れた街並みを目にし、愕然とした表情を浮かべる。

 

「こ……これは……まさか、わたしが……?」

「大丈夫……大丈夫よ姉さん。もう終わったから……」

 

 姉を抱きしめる紬。

 その背後から、まばゆい陽光が差し込む。

 

 雨は、いつのまにかやんでいた。

 砕けたコンクリートの先から、水滴がピチョンとしたたり落ちる。

 

「紬……わたし……何てことを………」

「泣かないで、姉さん。もう大丈夫だから」

 

 ビルの向こうで、大きな虹が輝き出した。

 

「姉さん、まずは基地に戻りましょう。きっとみんな心配してるわ」

 

 助け起こされた歌織が、再び周囲を見回す。

 

「そ、そうだ……風花ちゃんは?」

「風花さんなら、あそこに」

 

 瓦礫の陰に風花の姿が見えた。

 壊れたヒーリングガンを抱え、こちらへ手を振っている。

 

「よかった、無事だったのね……」

 

 ホッと息をつき、胸を撫で下ろした。

 と、その時。

 

 ドン。

 

 何かが歌織の背中にぶつかった。

 強い衝撃を感じ、歌織は恐る恐る振り返る。

 

「あ…………?」

 

 そして、息を飲み込んだ。

 

 太い柳刃包丁が、背中に突き立っていた。

 見知らぬ中年女性が、震える手で柄を握り締めている。

 

「あ、なた……だれ………?」

 

 頬を引き攣らせた女性は、血走った目で歌織を睨み付けた。

 

「あんたが……あんたがわたしの息子を見殺しにしたのよ!」

 

 瞬間、過去の映像がフラッシュバックのようによみがえった。

 

 燃え盛る炎、崩れ落ちた天井。

 そして……瓦礫の中で救いを求める少年。

 

「ま、さか……あなた……は…………」

「そう、わたしはライブシアターで犠牲になった……あの子の母親よ!」

 

 女性は包丁を握る手にぐっと力を込めた。

 ゴリ、と音を立て、刃が骨に食い込む。

 

「あんたがすぐ助けに行けば、うちの子は、死なずに済んだのに……!!」

 

 女性がさらに包丁を押し込もうとすると、強張った筋肉がミチリと抗った。

 やむなく女性は歌織の背に足をかけ、力任せに得物を引っこ抜く。

 

 ずるーり、と気が遠くなるような音がして、長い刃が背中から引き抜かれた。

 

「あんたは鬼よ! 人でなしよ! 街もめちゃくちゃにして……地獄に墜ちなさい!!」

 

 叫びながら、女性は勢いよく包丁を振り下ろす。

 

 刃の感触が、ぶすり、ぶすりと不快な音を脳に響かせた。

 痛みはない。だが刺されている感覚だけはある。

 

 近くで紬が悲鳴を上げた。

 立ち上がろうとした風花が、よろめいて瓦礫の中に倒れ込む。

 

 女性が何か叫びながら、仰向けになった歌織の胸へ肉厚の刃を突き立てた。

 包丁があばら骨にぶつかり、女は一層高く得物を振り上げる。

 

 ズン!

 

 今度は刃が肋骨の間をくぐり抜け、背中のほうまで押し込まれた。

 

(……………)

 

 全身から、力が抜けていく。

 意識が吸い込まれるように遠のいていく。

 

 必死で女性を止めようとする紬を見て、歌織は思った。

 

 ああ、そんなに泣かなくていいのに、と……。

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