運命を感じます。
パン!
衝撃波が、耳元で破裂音を響かせた。
燃焼ガスに押された弾丸が、マズルフラッシュとともに銃口から飛び出す。
(行け!)
発射の瞬間、歌織は脳裏に必中の弾道を描いた。
輝く魔弾が、キネティックパワーを乗せて漆黒の夜空を切り裂く。
ピュン!
スコープの先では、敵が発砲にも気付かず談笑を続けていた。
超音速の弾丸は、発射音を追い越してビルの合間を飛翔する。
当たる!
イメージと寸分たがわぬ軌道に、歌織は命中を確信した。
だがその瞬間――、
(――――!?)
照準線の向こうに映る仮面が、整備員の陰からチラリとこちらを見た。
同時に身体がフッと沈み込み、レンズの外側へフレームアウトする。
「なっ――!?」
ビス!!
弾はターゲットの頭上をかすめ、地面に小さな穴を穿った。
「しまっ――」
間もなくサイレンの音が鳴り響く。
ウウウゥゥゥゥゥ―――――――――!!
歌織は弾かれたように立ち上がった。
「ストラテジー、こちらエンジェル1! 狙撃に失敗した、現在地から離脱する!」
《エンジェル1、こちらストラテジー! 敵兵3が間もなく屋上に到着する! ルートB(ブラボー)で離脱せよ!》
「了!」
歌織は助走をつけ、タッとビルの縁を蹴った。
キネティックパワーで空を飛べば戦闘員は追い付けない。これで何とか逃げ切れるはず。
―――ゾクッ!
だがその瞬間、背中に猛烈なプレッシャーを感じ、歌織はサッと背後を振り返った。
「あれは……」
ビルの屋上に、ショートカットの少女が立っている。
赤く輝く双眸、にじみ出る漆黒のオーラ。
禍々しい気配に、全身の肌が粟立つ。
(黒髪!? もうこんなところに……)
チッと舌打ちし、すぐさま近くのビルへ降り立った。
そのまま一気に階段室へ駆け込む。
(空を飛んで逃げたら追い付かれる。何とか隠れてやり過ごさないと……)
ステップを下り、長い廊下へ飛び出す。
身を潜める場所はないかと、辺りへ視線を巡らす。
だが――、
ドゴオオオォォォ!!!!
「きゃっ!?」
突然天井が崩れ落ち、白煙が視界をふさいだ。
「な、何!?」
朦々と舞う粉塵の中から、小さなシルエットが姿を現す。
真っ赤な瞳に、アイビーグレーのコート。
あれは……、
「く、黒髪……!!」
「やあ、追いかけっこかい? だったらもう少し早く逃げたほうがいいんじゃないかな」
口ぶりこそ飄々としているが、伝わってくる気配はナイフのように鋭い。一瞬でも気を抜いたら、たちまち飲み込まれてしまいそうだ。
「くっ!!」
「フフ……手癖の悪い子猫ちゃんには、ちゃんと躾をしなきゃね」
ごくりと唾を飲み込み、歌織は拳を握り締めた。
(どうやら逃がしてくれる気はなさそうね……)
となれば、イチかバチか、ここで勝負を仕掛けるしかない。
だが相手は数多のヒーローを返り討ちにしてきた最強の戦士。一対一で勝負になるか……。
「へぇ、ボクと戦う気かい?」
「そうだと言ったら?」
黒髪がすっと目を細めた。
「……ここが君の墓場になる」
紅蓮の瞳が、妖しく輝いた。
交わした視線が火花を散らす。
(敵はまだ油断している。だったら……)
「先手必勝!」
構えた拳にキネティックパワーを乗せ、歌織はダンッと床を蹴った。
次の瞬間――、
ドガアアアァァァァ!!!!
いきなり目の前の壁が吹き飛び、衝撃波がビル全体を揺るがした。
「な、何!?」
立ち込める煙の中から、ツインテールの美少女が姿を現す。
「あ、あなたは……」
艶を帯びた長い髪、印象的な鳶色の瞳。
「はーい、お待たせしました! エンジェル2、麗花参上です!」
突然の闖入者は、くるりと一回転して謎のポーズを決めた。
歌織は呆気に取られ、パチパチと瞬きする。
「へえ、第2世代最強ヒーローのお出ましか」
瓦礫の向こうで、黒髪がにやりと口角を上げた。
エンジェル2――麗花。
圧倒的な戦闘力を誇る、天才ファイターだ。
その格闘センスは「異次元の才能」「神に愛された戦士」と称され、第2世代最強との呼び声も高い。
「えへ。最強だなんてそんなぁ、普通ですよ、普通」
照れ笑いで応えながらも、彼女の身体から迸り出る闘気は尋常ではない。
溢れるオーラは炎となり、渦を巻いて辺りを照らす。
「れ、麗花ちゃん、助けにきてくれたのね。あなたがいれば百人力だわ」
力強い味方を得て、歌織は思わず胸を撫で下ろした。
だが、
「えーと、歌織さんは逃げ遅れた仲間を集めて、先に離脱してくれませんか?」
「え?」
意外な言葉に、歌織はきょとんと首をかしげた。
「あ、あなたはどうするの?」
「黒髪を倒します」
「――――!?」
驚きのあまり、慌てて麗花の腕をつかむ。
「ダ、ダメよ! さすがのあなたでも、あの黒髪を一人で相手するなんて無茶だわ!」
「だいじょうぶです。それに、ほかの人がいると戦いづらいんですよね。わたしってほら、すぐ周りのもの壊しちゃうじゃないですか」
無邪気な笑顔に、背筋がぞっと凍り付いた。
(この子、本気だわ……)
第2世代最強の称号を持つ戦士が、いまここで、敵を仕留めようとしている。
「……任せて、いいの?」
「もちろんです。歌織さんこそ、早くみんなを安全な場所に案内してあげてください」
自信に満ちた顔で、麗花が答える。
(これ以上、わたしの出る幕はないみたいね……)
観念した歌織は、つかんでいた手を放した。
「……分かったわ。油断しないでね、麗花ちゃん。相手はデストルドー最強の戦士なんだから」
「もちろんです、油断なんてしてません」
言いながら、麗花は瞳の奥に鋭い光を閃かせる。
「だってわたし……ひさびさに本気を出せるのが楽しみで仕方ないんですもん」
再び背筋がぞくりと震えた。
まるで抜き身の刃を首に押し当てられているような感覚だ。
(この子なら、勝てるかもしれない……)
頷いた歌織は、踵を返して階段のほうへと駆け出す。
「麗花ちゃん、先に行って待ってるわよ」
「はーい、すぐに追い付きまーす」
二人のやり取りを眺めていた黒髪は、フッと息を吐き出した。
「君は逃げなくていいのかい?」
「ん? どうしてわたしが逃げなきゃいけないんですか?」
黒髪は嘲笑混じりの声で答える。
「君だって、もう少し長生きしたいだろう?」
言われた麗花は、一瞬きょとんとした表情を浮かべ、すぐに「ああ」と手を叩いた。
「それなら心配いらないです」
そして大きな瞳をすっと細める。
「だって……あなたはここで、わたしがぶっとばしちゃいますから」
戦女神が見せた微笑みは、獲物を前にした肉食獣のような凄惨さで彩られていた。