アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

21 / 25
第21話 襲撃①

 歌織は呆然と、天井を眺めていた。

 テレビがチカチカ瞬くそばで、死んだようにパネルの染みを見詰め続ける。

 

《――政府は今回の事件について、アイドルヒーローズに対する強い憤りを示すとともに――》

《事件を起こしたヒーローについては、すでに叙勲の取り消しが決定されており――》

 

 キャビネットには、見慣れたタイトルのファッション誌が置かれていた。

 かつて自分が映っていた表紙では、いまや知らないモデルが艶然と微笑んでいる。

 

「……………」

 

 手に取ろうとして、やめた。

 どうせ書いてあることは、自分に対する悪口ばかりだ。

 

(みんな、どうしてるのかしら……)

 

 入院してから、訪ねてくるものは誰一人としていない。

 アイドルヒーローズの仲間はおろか、妹の紬でさえ一度も顔を見せない。

 

(こんな状態じゃ、仕方ないか……)

 

 いまや自分は完全に犯罪者扱いだ。

 そんな人間に関わりたいと思う者など、一体どこにいるだろうか。

 

 だがそれは、歌織にとって一種の救いとも言えた。

 

 そっと自分の身体を見下ろす。

 

 やせこけた手足、シミだらけの肌、抜け落ちた頭髪。

 握り締めたシーツに、ぽたぽたと小さな雫がこぼれ落ちる。

 

(こんな身体じゃ、ドレスも着られないわ……)

 

 せっかく買った衣装は、すっかり無駄になってしまった。

 楽しみにしていた自分が馬鹿みたいだ。

 

(どうして……どうして、こんなことになってしまったのかしら……)

 

 自分はただ、ヒーローになって、誰かを救いたいだけだった。

 困っている人を助け、少しでもその痛みを取り除きたいと願っただけだった。

 

 それなのに、こんな……。

 

 ドガァアアアァァン!!!!

 

「―――――!?」

 

 突如響き渡った轟音に、歌織はハッと顔を上げた。

 

(あ、あれは……!?)

 

 窓を見て、ハッと息を飲み込む。

 燃え盛る炎が、ビルをオレンジ色に染め上げていた。

 立ち上った黒煙が空を覆い、あちこちでサイレンが鳴り出している。

 

(何が起こったの……?)

 

 ただの事故にしては規模が大きい。

 まさか、デストルドーのテロだろうか。

 

 ズシン――!!

 

 突き上げるような衝撃に、身体がふわりと浮き上がった。

 

(い、いまの振動は……?)

 

 ベッドから身を乗り出し、もう一度窓の外を覗き込む。

 

 ズシン――!!

 

 再び足元が揺れ、マットレスがぎしりと音を立てる。

 

(この音、まさか……)

 

 目を凝らした歌織は、ビルの合間でうずくまる巨大な影に、思わず息を飲み込んだ。

 

 グルルルルルル…………。

 

(うそ、でしょ……)

 

 炎の中から、巨大な獣が立ち上がる。

 爬虫類じみた皮膚に、竜のような頭部。

 

(あれは……)

 

 真っ黒い瞳が、ギロリとこちらを睨み付けた。

 歌織は慌てて身を屈める。

 

(……聞いたことがあるわ、デストルドーが開発している生体兵器があるって。名前はたしか、『暗黒怪獣』。まさか、もう完成していたの……?)

 

 蠢く影は、黙示録の獣そのものだった。

 冒涜と破壊を具現化した咢が、天に向かって雄叫びを上げる。

 

 グオオオォォォオォォオオオォォォン!!!!

 

「ひっ!?」

 

 思わず耳を押さえ、身体をすくめた。

 窓がビリビリ震え、院内のあちこちから緊急速報のアラーム音が上がる。

 

 ウィン、ウィーン!  ウィン、ウィーン!

 

 不安を煽るその音に、歌織は自分の肩をかき抱いた。

 

(どうして……どうしてまだアイドルヒーローズは現れないの……?)

 

 通常であれば、すぐにホットスクランブルがかかるはずだ。

 それなのに、姿を現さないというのはどういうことか。

 

(まさか、彼女たちの身にも何か……?)

 

 見上げる空に、ターボファンエンジンの排気音が鳴り響いた。

 白い飛行機雲が、真一文字に天を切り裂いていく。

 

(あれは……空自のF-2?)

 

 二機の戦闘爆撃機は、銀翼を閃かせながら、暗黒怪獣目がけてレーザー誘導爆弾を投下した。

 

 ドガァァァアアァァン!!!!

 

 炎の華が咲き乱れ、巨体が業火に包まれる。

 

 しかし……、

 

 ブルルル……。

 

(ダメ、あんな攻撃じゃ……)

 

 煙の下から現れたのは、傷一つ負っていない魔獣の姿だった。

 

(暗黒怪獣の身体はダークパワーで守られている。それを打ち破ることができるのは、キネティックパワーによる攻撃だけ……)

 

 巨獣が尾を振ると、機体は空中で真っ二つに裂けた。

 黒い煙を後に残し、F-2がビルの谷間へと墜ちていく。

 

(ああ……このままじゃ、街が……)

 

 爆発がオフィス街を揺らした、その時だった。

 

「グルルルル……」

 

 暗黒怪獣が不意に立ち止まり、尻尾の先端を地面に向けた。

 鱗の下から赤い光が漏れ、巨体がぶるぶると震える。

 

(え……? な、何をする気……?)

 

 尾の付け根が、ぼこりと膨らんだ。

 先端部が花弁のように割れ、中から白い卵が吐き出される。

 

「――――!?」

 

 粘液で包まれた球体は、ドスンと音を立てて地面にめりこんだ。

 キャビネットの上にあるテレビが、その様子をリアルタイムで映し出している。

 

《ご覧ください! 怪獣の尻尾から卵のようなものが生まれました!》

 

 マイクを持ったリポーターが、興奮した口調で卵へ近付いていく。

 

(いけない、離れて!)

 

 その目の前で、厚い殻にピシリとひびが入る。

 

《あ、卵の中から何か出てきました!》

 

 固い表面が剥がれ落ち、中から茶色い物体が飛び出す。

 同時にモニタの向こうで悲鳴が上がる。

 

《な、何でしょうかあれは。生き物でしょうか。これまで見たこともない姿をしております》

 

 揺れる画面の中を、黒い影がサッと走る。

 

《おい、こっちに来たぞ!!》

《危ない、離れろ離れろ!!》

 

 突然カメラが横倒しになり、バタバタと足音が響き渡った。

 

《ちょ、待っ……あ、ぎゃあああああ!!!!》

 

 アスファルトに、赤い液体が広がる。

 

 ザッ――。

 

 映像が途切れ、すぐさまスタジオへ画面が切り替わった。

 

 プツン。

 

 震える手が、テレビのスイッチを切る。

 

(に、逃げなきゃ……)

 

 窓の外では、怪獣が卵を産み続けていた。

 じきにここにもあのモンスターが押し寄せてくるだろう。

 

(ひとりじゃ動けない。看護師さんを呼ばないと……)

 

 頭上のナースコールに手を伸ばし、ボタンを押す。

 

 カチリ。

 

 だがマイクからは何の反応もない。

 

(まさか、また……)

 

 再びボタンを押す。

 だが、インターホンはずっと沈黙している。

 

(どうして……? どうして誰も出ないの?)

 

 カチカチカチ、カチカチカチカチ。

 

 何度もボタンを押した。

 だがいくら押しても、ナースステーションからは返事がない。

 

(まさか……わたし、置いていかれた?)

 

 恐ろしい予感が脳裏をよぎった。

 もしそうであれば、自分の脚で逃げるしかない。

 

 意を決した歌織は、ベッドから身を乗り出し、松葉杖へ手を伸ばした。

 だがしびれる指は、グリップを握ろうとして、そのまま押し倒してしまう。

 

 カタン、カラカラ――。

 

 アルミ製の杖が、椅子の下へ転がり込んだ。

 

(しまった……!!)

 

 ベッドの縁から身を乗り出し、必死に松葉杖を拾い上げようとする。

 だがいくら腕を伸ばしても、指先は杖に届かない。

 

「あっ!?」

 

 不意にバランスを崩し、歌織は頭から床に転げ落ちた。

 

 ガツン!

 

「うっ!?」

 

 激しく肩を打ちつけ、痛みでうめき声を上げる。

 

(こ……こんなことをしてる場合じゃ――)

 

 ガシャン!!

 

 その時、階下からガラスの割れる音が聞こえた。

 同時に玄関口で悲鳴が湧き起る。

 

 ゴルルウゥゥウゥゥゥゥ……。

 

「―――――!?」

 

 獣のようなうなり声に、背筋がぞっと凍り付いた。

 

(まさか……モンスターがもう院内に!?)

 

 頭上の蛍光灯が頼りなく瞬き、プツリと消える。

 病室が薄闇に覆われ、恐怖がどっと押し寄せてくる。

 

(に、逃げなきゃ……! 早くここから逃げ出さなきゃ!)

 

 歌織は必死に松葉杖へ手を伸ばした。だが、

 

 ズル………、

 

 ズル………、

 

「……………!!」

 

 廊下のほうから、脚を引きずるような音が聞こえてきた。

 それは、ゆっくりとこの病室へ近付いてくる。

 

(ダメ、間に合わない……!!)

 

 逃げることをあきらめた歌織は、ベッドの下へもぐり込んだ。

 そのまま息を殺し、足音が通り過ぎるのをじっと待つ。

 

(ハァ、ハァ、ハァ……)

 

 自分の息遣いだけが、やけにハッキリと聞こえた。

 心臓が激しく脈打ち、耳の裏の血管をドクドクと鳴らす。

 

 ズル………、

 

 ズル………、

 

 ズル………、

 

 不気味な足音は、じりじりと部屋に近付きつつあった。

 通り過ぎてくれることを念じながら、ベッドの下でぎゅっと目を閉じる。

 

 ピタ――。

 

 病室の前で、音が止まった。

 

 ハァ………、  ハァ………、

 

 息遣いが聞こえてくる。

 扉の向こうで、何かがじっとこちらの気配を窺っている。

 

 歌織は首をすくめながら、曇りガラスをそっと見上げた。

 

「―――――!?」

 

 赤い瞳が、じっと歌織の視線を捉えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。