アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

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第22話 襲撃②

「ハァ……ハァ……ハァ……!」

 

 逃げ惑う人々の流れに逆らい、紬は一人、街の中心部目がけて走っていた。

 肩で息をつきながら、燃えるような夕陽を見上げる。

 

(さっき飛んで行った影……あれはきっとデストルドーだわ。だとすれば、その先に姉さんがいるかも……!)

 

 グルルルル………!!

 

「――――!?」

 

 突如聞こえた不気味なうなり声に、紬は慌てて立ち止まった。

 周囲を見回し、サッと植え込みのそばへ逃げ込む。

 

 ズシン――。

 

 ビルの陰から、小型のドラゴンのような生き物が姿を現した。

 

(な、何……あれ?)

 

 高さは大人の背丈くらいだが、頭部だけは異様に発達している。子供一人くらいなら、簡単に丸呑みできてしまいそうだ。

 

 ドラゴンは地面に顔を寄せ、すんすんと鼻を鳴らした。

 執拗に臭いを嗅ぎ回り、何かを探し求めるように辺りを見回す。

 

(何をしているのかしら……)

 

 訝る紬の耳に、かすかな呼び声が聞こえた。

 

「――たす、けて」

 

 はたと顔を上げ、周囲に視線を巡らす。

 

(いまのは、女の子の声……?)

 

 勘違いではない。たしかに聞こえた。

 耳をそばだて、声の主を探す。

 

「だれ、か……助、けて………」

 

 目を凝らすと、数メートル先の瓦礫の下で、救いを求める小さな影が見えた。

 

(あそこだわ!)

 

 立ち上がろうとした瞬間、ドラゴンがぐりんと巨大な頭部をこちらへ向ける。

 慌てて屈み込み、身を隠した。

 

(まずいわね……)

 

 ウゥウゥゥウウゥゥゥ………!

 

 低いうなり声を発しながら、ドラゴンが脚を踏み出す。

 瓦礫の陰で、女の子がビクリと身をすくめる。

 

(このままじゃ、見付かるのも時間の問題だわ……)

 

 女の子とドラゴンの距離は、せいぜい数メートル。いまは瓦礫の下に隠れているが、もう2、3歩進めば、すぐに気付かれてしまう。

 

(あの子を助けなきゃ。けど、いま飛び出せば、わたしも……)

 

 膝がガクガクと震えた。

 汗が吹き出し、吐き気が込み上げてくる。

 

(見捨てるわけにはいかない。けど、姉さんの身にも危険が迫っている……)

 

 紬は奥歯を噛み、ギュッと目を閉じた。

 

(わたし、どうすればいいの――!?)

 

    *

 

 すーっとドアが開き、冷たい空気が病室に流れ込んできた。

 もぐり込んだベッドの下で、歌織は震えながら恐怖に耐える。

 

 ズル……、

 

 足音が、部屋の中へ入ってきた。

 室内に、血の臭いがむわっと広がる。

 

 ズル……、

 

 ズル……、

 

 吐いた息が、蒸れたゴムの床に白い円を描いた。

 ギュッと目を閉じ、足音が去ってくれることを祈る。

 

(お願い、こっちにこないで……!)

 

 足音が、ピタリと止まった。

 

(………………?)

 

 病室がしんと静まり、物音一つ聞こえなくなる。

 

(いなく、なった……?)

 

 瞼を開き、ゆっくり顔を上げる。

 すると――、

 

 ギロッ!!

 

「―――――!?」

 

 黒い影と目が合った。

 

 それは、モンスターではなく、人の形をしていた。

 

「そこにいたのか……」

 

 紅い瞳の少女が、にぃっと口の端をゆがめる。

 

 黒い軍服に、金モールの飾り緒。

 間違いない。特務参謀だ。

 

 少女は立ち上がり、いきなりベッドの縁を蹴り上げた。

 

 ドカァ!!

 

「きゃっ!?」

 

 寝台は紙切れのように吹き飛び、壁にぶつかってズシンと倒れ込む。

 

「探したぞ、歌織よ……」

 

 朦々と立ち込める埃の中、軍服の少女は、歌織を冷たい目で見下ろした。

 その顔に、いつもの仮面は嵌められてない。

 

「さて、改めて自己紹介をさせてもらおう」

 

 特務参謀は軍帽を脱ぎ、慇懃な素振りで頭を下げた。

 

「わたしがデストルドーの特務参謀……『ミライ』だ」

 

(―――――!!)

 

 歌織は床の上を、ずるずると後ずさる。

 

「わ、たしを……どう……する、気……?」

 

 声を聞いた瞬間、ミライはピクリと眉をひそめた。

 

「ひどい声だな……」

 

 他人事のようなセリフに、カッと頭へ血が上る。

 

「あ、なたの……せい、で……しょ……?」

「わたしのせい?」

 

 ミライは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「それは違うな。お前は大きな勘違いをしている」

「かん、ちがい……?」

「そうだ」

 

 軍服の少女は屈み込み、じっと歌織の目を覗き込む。

 

「いいか、よく聞け。お前は――」

 

 言いかけた瞬間、ミライは「うっ」と口を押えた。

 

「ゴホッ! ゴホッ、ゴホッ!!」

 

 指の隙間から、赤い血が飛び散る。

 

「…………? どう、したの……?」

 

 脂汗を浮かべながら、ミライはグイッと口元を拭った。

 

「見苦しい姿を見せてしまったな。どうやらこの身体も、限界に近付いているらしい……」

「げん、かい……?」

「そうだ。デストルドー因子の力に耐えきれなくなって、身体が崩れ始めているのだ」

 

 意味が分からず、歌織は瞬きを繰り返す。

 

「時間が惜しい。単刀直入に言わせてもらうぞ」

 

 そっと息を吐き出し、少女は相手の両目をじっと見据える。

 

「歌織よ……お前の身体が欲しい」

「――――!?」

 

 歌織は再び困惑の色を浮かべた。

 

「どう……いう、こと………?」

「戸惑うのも無理はない。だがこれを見れば、少しは理解できるだろう」

 

 言いながら、ミライは懐から黒いダガーを取り出す。

 その刃は、以前よりも一層禍々しい気配を放っている。

 

「見ろ、この美しい刀身を」

 

 恍惚とした表情で、少女は黒いブレードを撫でた。

 

「これこそが、暗黒核で作られた我が本体……【ネメシス】だ」

「ネメ……シス?」

 

 こくりと頷き、ミライは口元にゆがんだ笑みを浮かべる。

 

「いまの身体は仮の住まいに過ぎない。この黒い刃に宿る怨念や憎悪こそ、わたしの核であり、魂そのものなのだ」

「……………!」

 

 こめかみを、冷たい汗がしたたり落ちた。

 

 武器が意思を持ち、人の身体を乗っ取るなど、にわかには信じがたい話だ。

 しかしそれが事実だとすれば、この参謀に過去の経歴が一切ないことも含め、すべて辻褄が合う。

 

「どう、して……わたし、に……その、話を……?」

 

 ミライは静かに歌織の目を覗き込んだ。

 

「この少女の身体では、わたしのダークパワーに耐え切れない。だが、お前の身体なら別だ」

 

 オレンジ色の夕陽を背に、赤い瞳がギラリと光を放つ。

 

「お前は優れたデストルドー因子を有している。お前なら、この【ネメシス】の力を最大限に発揮することができる」

 

 ―――――!?

 

「わた、しが……デ、ストルドー……因子を、有、して……いる?」

 

 歌織は愕然と目を見開いた。

 

 わたしはアイドルヒーローズだ。

 平和を守る、正義の象徴だ。

 そのわたしが、デストルドー因子を保有している……?

 

「そ、んな……バ、カな………」

「バカではない。お前も本当は気付いているのだろう? 自分自身の本性に」

 

 逆光を背に浴びながら、ミライがささやく。

 

「思い出してみろ、あの時のことを。破壊の衝動に身を任せ、守るべき者たちを傷付けた、あの時のことを」

 

 脳裏に忌まわしい記憶がよみがえった。

 吹き飛ぶ街並み、逃げ惑う人々。そして、湧き上がる暴力への渇仰。

 

「だから言っただろう、わたしのせいではないと。あれは……すべてお前自身が望み、お前自身が引き起こしたことだ」

「―――――!!」

 

 息が詰まり、ぎゅっと胸を押さえた。

 酸素が不足し、視界がどんどん狭まっていく。

 

「ウ……ソよ。そんなこと………」

「ウソかどうかは、お前自身が一番よく分かっているはず。もう一度思い起こせ、あの時の解放感を。甘美でしびれる、狂おしいほどの解放感を!!」

 

 少女の声が、耳を貫いた。

 汗ばむ手の平を、じっと見詰める。

 

 信じられない……。

 信じたくない……。

 

 だがあの時味わった快感の余韻は、いまも肌にまとわりついている。

 

 下腹をかき回されるような悦楽の波。全身を突き上げるようなエクスタシー。

 その一つ一つが、どんな言葉よりも鮮明に真実を物語っている。

 

「もう一つ、いいことを教えてやろう」

 

 ミライが薄い唇をにっと持ち上げた。

 

「わたしと一体になれば、お前が失った声も、力も、美しさも……すべて、完璧に取り戻すことができる!!!!」

「――――――!!!?」

 

 燃えるような衝動が、歌織の胸を駆け抜けた。

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