ここまでわたしの趣味にお付き合いくださった方々、本当にありがとうございました。
このあと短いエピローグがあります。
黄昏に包まれた病室で、運命の二人は静かに向かい合っていた。
「もう一つ、いいことを教えてやろう。このわたしと一体になれば、お前が失った声も、力も、美しさも、すべて……完璧に取り戻すことができる!」
一瞬、燃えるような衝動が全身を貫いた。
以前のわたしを、取り戻すことができる……?
わなわなと震えながら、動かなくなった脚を見下ろす。
歌い、舞い、美しさで羨望の眼差しを浴びていたあの頃。
いまとなっては夢のように思えるあの頃を、もう一度、やり直すことができる……?
窓に映った自分が、じっとこちらを見詰めていた。
ガサガサの肌、抜け落ちた頭髪。
こんな姿じゃ、ドレスだって着られない。
もう一度……もう一度、あの頃の自分に戻ることができたなら……。
顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。
「おこと、わり……よ」
少女の眉が、ぴくりと動く。
「ほう……? なぜだ?」
「わたしは、ヒーロー。たとえ、どんな……ゆう、わくをうけ、ても……正義だけは……ぜったいに……ゆずれない!」
ミライは目を閉じ、くるりと背を向けた。
「……歌織よ、お前は『無常』という言葉を知っているか?」
唐突な問いかけに怪訝な表情を浮かべながらも、歌織は答える。
「すべてのものは、うつり、かわるという、ぶっきょう、の……おしえのこと……?」
「そうだ。この世に変わらないものなど存在しない。万物は留まることなく移ろい続ける」
言い終えると同時に、ミライは再び振り返った。
「だがお前は、『無常』という言葉の本当の意味を理解していない」
軍服の少女は両手を掲げ、天を仰いだ。
「考えてもみろ……変わらないものが存在しないということは、地球も、太陽も、この宇宙でさえも、すべては滅びの定めを持っているということだ」
赤い瞳が妖しい光を放つ。
「だったらこうは思わないか? もしすべて必ず滅ぶ定めなら、誰が壊してしまっても構わないのではないか……と」
「……………!?」
コツ、コツと足音を立てながら、軍服の少女が近付いてきた。
「憎いだろう、身勝手な人間どもが。悔しいだろう、踏みにじられた努力が。そして許せないだろう、お前から美しさと歌声を奪った、この世界のすべてがッ!」
悪魔が耳元でそっと囁く。
「だから歌織よ……お前には、この世界を壊す権利がある」
気が付くと、歌織はガタガタと震えていた。
(寒い……どうして?)
――飲み込まれそうだからだよ。
内なる声が語りかけてくる。
――お前は正義だの勇気だのと立派なお題目を掲げているけど、その実、誰よりも強い欲望をその内に秘めている。
――だから間違えたんだよ、あの時。
炎に飲み込まれた少年の姿が脳裏をよぎる。
(やめて! あれは仕方がなかったの!)
――仕方がなかった? 本当に?
――でもあの時、お前はそんなこと考えてなかったよね。
――お前が考えていたのは、自分の身を守ること、ただそれだけ……。
(違う! わたしは正義のため、みんなのために戦ってきたわ!)
――みんなって、誰?
(え………?)
――あれだけもてはやしておきながら、たった一度の過ちで断罪する人たちのこと?
――それとも、これまで数えきれないほど命を救ってきたのに、たった一人の命を見限っただけで激しく糾弾してくる連中のこと?
――それとも、ずっと一緒に戦ってきたのに、立場が悪くなると、たちまち他人のように遠ざかっていく奴らのこと?
「うる……さいッ!!!!」
歌織は床を叩いた。
「わたしは……わたしはッ………」
「――歌織よ」
軍服の少女が、悲哀に満ちた眼差しを向けた。
「歌織よ、お前はわたしと同じだ。誰かのため尽くしながら、些細なことで捨てられた、哀しい存在」
そして目の前に屈み込み、黒いダガーを差し出す。
「だから、この刃を握れ! お前の仲間はわたしだけだ。わたしと一緒に、この世界へ報いを与えてやろう!」
歌織は黒い刃をじっと見詰める。
虚ろな表情で、差し出されたナイフに手を伸ばす。
「そうだ、それでいい。お前には、この世界を切り裂く権利がある」
金属の柄を、ギュッとつかんだ。
グリップの感触を確かめながら、刃の重みをずしりと受け止める。
「どうだ、ネメシスの握り心地は」
そしてナイフを手にした歌織は、黒い切っ先をそのまま前に押し出した。
ドス。
「――――!?」
病室の床に、ぽたり、ぽたりと赤い雫が滴り落ちた。
朱に染まった手が、ぶるぶると小刻みに震える。
「………くっ、くくっ」
口元に血をにじませながら、ミライはうめくように肩を揺すった。
「それが、お前の答えか……」
問われた歌織は、キッと少女を見返す。
「そう、よ。言った……でしょう。わたしは、ヒーロー。あなたのゆう、わくなんかに……決して、屈しない……」
「本当に、そうか?」
血まみれの少女は、薄い唇を二ッとゆがめた。
「いま、揺らいだんじゃないか、心が?」
見透かしたようなセリフに、歌織はほんの一瞬、視線を彷徨わせる。
「そんなこと、ない……」
「いいや、たしかに迷った。その証拠に、見ろ。わたしはまだ生きている」
ミライはぐっと歌織の手をつかんだ。
そして、一気にダガーを引き抜く。
「ぐっ……ごぼっ!」
「…………!? な、なに、を……!?」
血を滴らせながら、ミライはふう、と息を吐き出した。
「もう時間がない。これが最後のチャンスだ」
そう言って、じっと歌織の顔を覗き込む。
「これからお前に、本当の未来を見せてやろう。そのうえで、決めろ。お前にとって……何が一番大切なのかを」
言い終えると同時に、少女の両目が赤い光を放つ。
カッ―――――!!!!
燃えるような閃光が二人を包み込んだ。
「く、うぅ………!!」
視界がかすみ、足元の感覚が消失する。
落下していくような浮遊感に、ぎゅっと目を閉じる。
やがて歌織は、意識ごと光の中へ溶け込んでいった。
*
………………。
「――織さん? 歌織さん?」
誰かが自分を呼んでいる。
「ねえ、歌織さんってば! 起きて! もうステージが始まっちゃうよ!」
――――ハッ!?
目を覚ました歌織は、きょろきょろと周囲を見回した。
「こ、ここは……?」
並んだミラーに座り慣れたチェア。壁には「野球をしてはいけません!!」という注意書きが貼られてある。
間違えようがない。ここはライブシアターのドレスルームだ。
「わたし、一体……」
目の前で、桃子が呆れたように肩をすくめる。
「もう、しっかりしてよね歌織さん。早くしないと本番に間に合わなくなっちゃうよ?」
言われてハタと思い出した。
(そうだ、今日はライブの日……)
壁の時計は、間もなく開演の時刻を指そうとしている。
「いけない、急がなくちゃ!」
慌てて立ち上がり、桃子と一緒に楽屋を飛び出す。
(どうしてうたた寝なんかしちゃったんだろう……)
廊下を走りながら、自己嫌悪に襲われた。
本番前だというのに、気が抜けているにもほどがある。
「あ、歌織さん! こっちこっち!」
バックステージでは、ほかのアイドルたちが主役の到着をいまかいまかと待ちわびていた。
ツインテールの美少女が、歌織の姿を見て頬を膨らませる。
「もう~。歌織さん、あんまり遅いから迷子になっちゃったのかと思いましたよ~?」
「ごめんね、麗花ちゃん……」
一瞬、なぜか涙が出そうになった。
不思議な感覚に戸惑いながら、乱れた前髪を手櫛で整える。
「さあ、ビビッと行っちゃいましょう! ファンのみんなが待ってますよ!」
麗花の隣で、杏奈がフォローするようにガッツポーズを作った。
力強く頷き返し、歌織はステージへ続く階段に足を伸ばす。
ブ――――――!!!!
開演のブザーが鳴り響き、ざわめきがぴたりとやんだ。
胸を打つ鼓動、震える空気。
カーテンの向こうから、熱い高揚感が伝わってくる。
自分の息遣いが聞こえる。
マイクを持つ手に汗がにじむ。
緊張感が、背中を這い上がってくる。
ドクン、ドクン―――。
ゆっくりと、幕が上がり始めた。
暗闇の中で、少女たちはスタートの合図を待つ。
そして――、
ピカッ!!!!
スポットライトが、歌織たちのシルエットを鮮やかに浮かび上がらせた。
ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
同時に響き渡る、歓声、歓声、歓声。
サイリウムの波がうねり、激しい足音が会場を揺るがす。
歌織はマイクを握り、息を吸い込んだ。
「みんなッ! 今日は来てくれて、本当にありがと――!!!!」
そして、ライブが始まる。
《――――――♪》
歌声が、客席の彼方まで鳴り響いた。
まばゆい光の中で、歌織は何度も手を振る。
《――――――♪♪♪》
声が出る!
歌を歌える!!
じんと目頭が熱くなった。
音は無限に広がり、メロディーが鳥のように羽ばたいていく。
(気持ちいい! 本当に気持ちいい!! 歌うって……最高に気持ちいいッ!!!!)
まるで、何年も声を出していないかのようだった。
目の前の光景が、ひどく懐かしく感じられる。
スポットライトを浴びながら、歌織は力いっぱい喉を震わせた。
ステップを踏むたび、ライトが躍り、汗が飛び散る。
(不思議………)
いつもより、自由に感じられた。
わたしが弾めば観客も弾む。
わたしが回れば観客も回る。
言葉では言い表せない一体感。
ライブでしか味わえない興奮と感動。
「わたし……いま……本当に幸せ!!!!」
*
バックステージに戻ると、仲間たちが一斉に歌織を出迎えてくれた。
「歌織さん、今日はすごくいい感じでしたね!」
「ほんと、イキイキしてましたよ!」
「ありがとう。みんなのおかげよ」
笑顔で応えながら、パイプ椅子に腰を下ろす。
「ふー……」
汗を拭い、ペットボトルに口をつけた。
冷たい水が喉を潤し、清涼感が身体の隅々まで染み渡る。
楽しい。なんて楽しいんだろう。
幸せすぎて、怖いくらいだ。
心地よい疲労感が全身を満たしていた。
ひと呼吸ひと呼吸が喜びで溢れている。
(これが……わたしたちのライブ)
ステージから差し込む光が、歌織の横顔を照らした。
そう、これがわたしたちのミリオンライブ。
「ひゃくまん」の想いを乗せた、奇跡のライブ。
最高を更新し続ける、汗と情熱のライブ。
虹色の光がつなぐ、笑顔と希望のライブ。
天井を仰ぎ、彼方の空を見詰める。
そう、だから……、
この夢は……決して終わらない!!
「歌織さーん! 次の曲始まりますよー!」
舞台袖から、出番を告げる声が聞こえた。
「いま行くわ」
答えながら、ペットボトルを脇に置く。
次はわたしのソロ曲だ。
少し疲れているけど、いまなら何時間でも歌える。
張り切って、椅子の背もたれをつかんだ。
(さあ、行くわよ歌織)
駆け出そうと、前へ身を乗り出す。
とそこで、歌織は「ん?」と首をかしげた。
(脚が、動かない……?)
下半身が痺れて、抜け落ちてしまったかのように力が入らない。
『どウ、シて……』
言葉を発した瞬間、歌織は慌てて口をつぐんだ。
(何、いまの声……?)
ひどい声だった。
まるで喉が潰れてしまったかのようで、とても自分の口から出たものとは思えない。
(一体どうなってるの……?)
背中がぶるっと震えた。
おかしい。何かがおかしい。
「だ、レか……」
仲間を呼ぼうとして、周りに人影がないことに気が付く。
舞台裏は死んだように静まり返っている。
(どういうこと? どうして誰もいないの……?)
不安になり、バックステージのほうへ視線を向けた。
パサリ――。
と同時に、糸のようなものが膝の上に落ちる。
(何、これ……?)
拾い上げてみると、ライトの下で真っ白い髪がキラリと輝いた。
(白、髪……?)
恐る恐る自分の頭へ手を伸ばす。
触れた指に、無数の抜け毛が絡みつく。
(どう、して………)
よく見れば、その指も深いしわに覆われている。
(な、に……? なんな、の……これ……?)
おかしい。さっきからすべてがおかしい。
まるで悪い夢でも見ているかのようだ。
しかし心のどこかで、これは現実だとささやく声がする。
「い、や……いや………」
歌織は節くれだった指で、自分の頬を覆った。
はらはらと前髪が抜け落ち、糸くずのように足元へ散らばる。
「いやああああああああああああああ!!!!」
―――タンッ!
その時、軽やかな足音と共に、一陣の風が歌織の脇をすり抜けた。
長くたなびいた藤色の髪が、光を浴びてシルクのようにきらめく。
(あれは……)
抜けるような白い肌に、印象的なアクアマリンの瞳。
(………紬!?)
少女は純白のドレスをまとっていた。
刺繍に彩られた艶やかなローブデコルテ。
あのデザイン、どこかで見覚えがある……。
まさか、あれは……、
(わたしのドレス!?)
紬は階段を駆け上がり、ステージに飛び出した。
豊かな髪が、スポットライトの下で鮮やかに舞い踊る。
(待って……)
少女の背中へ、歌織は手を伸ばした。
(それは、わたしのドレスよ……)
必死に腕を伸ばし、自分のドレスをつかもうとする。
(お願い、返して……)
まばゆい光の中へ、少女の輪郭が吸い込まれていく。
「おね、がい………まって!!」
ガシャン!
椅子が倒れ、歌織は床に投げ出された。
痛みにうめきながら、かすむ目でステージを見上げる。
「あ、れは……」
黄金に輝くオーラ。
視線の先で、紬の身体がふわりと浮き上がる。
「キネティック……パワー?」
不意に誰かの視線を感じ、歌織はハッと振り返った。
暗闇の中から、老婆がじっとこちらを見ている。
(誰……?)
老婆は何もしゃべらない。ただじっと、歌織の姿を凝視している。
「あな、た……は」
歌織が口を開くと、老婆もまた口を開いた。
驚いて身じろぎすると、鏡の中の老婆も身じろぎする。
薄い頭髪、シミだらけの肌。
歌織が頬をさすると、老婆も一緒に頬をさする。
「い、や………」
涙がすーっとこぼれ落ちた。
「いや…………」
深く刻まれた皺に、涙がじわりと染み込む。
「いや……いや………」
いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
バックステージに、悲鳴が響き渡った。
(ウソよ! こんなのウソ! こんなの……絶対に認めない!)
歌織は床を這い、姿見から離れようとした。
その背後で、不意に黒い影が立ち上がる。
「―――――!?」
影は、静かに歌織を見下ろしていた。
「………可哀想に」
影がつぶやく。
その影の名を、歌織は知っている。
ミライ――。
テロリストと呼ばれ、悪魔と罵られた少女。
すべてを破壊し、冷酷無比と恐れられた少女。
その彼女が、歌織を見て、涙を流している。
「見ろ、これがお前の姿だ。近いうちに必ず訪れる、未来のお前の姿だ」
「ウ、ソ……そんなはず、ない……」
歌織は自分の腕に、ぎゅっと爪を立てた。
痛い、どうしようもないほど痛い。
「い、や………そんな、の、いや……」
「いやかどうかは関係ない」
「でも、いや……ぜったいに、いや………」
目の前の鏡に、手を伸ばした。
「こんな、のが……わたしの、未来、だなんて……い、や………」
拳を握り締め、醜い老婆を睨み付ける。
いやよ…………認めない。
誰が何と言おうと、絶対に認めない。
絶対に…………絶対に、
「ぜったいに………イヤ!!!!」
*
――――はっ!?
自分の声で、歌織は目を覚ました。
きょろきょろと周囲を見回し、ここが病室であることを思い出す。
「いまの、は……ゆめ?」
「いいや、夢ではない」
振り返ると、ミライがじっと歌織を見詰めていた。
「わたしのスキル【未来飛行】は、これから起こる出来事を完璧に予知することができる。お前が見たのは、わたしが最後の力を振り絞ってお前に見せた、そう遠くない未来のお前自身の姿だ」
「――――!!」
歌織は震える手で自分の頬をさすった。
「ウ、ソよ……だって、わた、しが……あんな、みにく、い、老婆……みたいに……」
「それはお前が飲まされている薬、ディストラード99のせいだ」
「ディストラード……99?」
ミライはこくりと頷いた。
「あの薬は、デストルドー因子を抑制すると同時に、キネティックパワーの働きも阻害する。こうしている間にも、お前の身体はどんどん老化し続けている」
「そ、んな……!」
歌織は震える手足を見下ろした。
「だったら……そんな薬……もう、のまない」
「勝手にすればいいい。そうすれば、お前の身体は短期間でデストル化するだけだ。それに……」
すっと目を細め、ミライは歌織の姿を見下ろす。
「いま飲むのをやめたところで、衰えた肉体が元に戻るわけではない」
「…………!!!!」
歌織は、ガクリとその場に手をついた。
「う、そ……そんな、の……うそ、よ。だって……つむぎ、は……空を、とんで……いた。キネティックパワーを……使えない、はず、なのに……」
「ウソではない」
ミライが振り返り、窓のほうへ視線を向けた。
「見ろ」
そして、おもむろに天を指差す。
「姉さ――――ん!」
見上げた空の彼方から、聞き覚えのある声が響き渡った。
「そ、んな……」
歌織は息を飲み込み、その場に凍り付く。
風にたなびく藤色の髪。
夕陽の下できらめくアクアマリンの瞳。
あれは……あれは………、
「紬―――!?」
少女は純白のドレスをまとっていた。
シルクの生地が、天使の翼のようにはためいている。
「どう、して……つむぎ、が……。それに……あれは……わたしの、ドレス………」
壁にピシリと亀裂が入った。
摩天楼の陰で、巨大な怪獣が雄叫びを上げる。
グオオォォオオォォオオオオォォォン!!!!
床が震え、天井が軋んだ。
キャビネットから雑誌が滑り落ち、バサリと音を立てる。
「あ…………」
開かれたページには、元気だった頃の自分の姿が写っていた。
艶めく髪、陶器のような肌。
美しさと健やかさが全身を飾り立て、自信に満ち溢れていた頃のわたし……。
「もう時間がないぞ、歌織」
ミライがそっとささやいた。
「間もなくこの身は朽ち果てる。そうすれば、お前はヒーローとしての正義を全うすることができるだろう。だが――」
少女はそこで息をつき、歌織の顔をじっと見詰める。
「だが……その代わりお前は、間違いなくあの予知と同じ未来をたどることになる」
ドクン、と心臓が震えた。
動かない脚、醜く老いさらばえた身体、そして……二度と出ない歌声。
ドクン……、 ドクン……、 ドクン……、
「さあ選べ、お前が進むべき道を! 貫くのは正義か、それとも……自分自身の心か!!!!」
天井が、ミシリと音を立てた。
白い破片が剥がれ落ち、足元で粉々に砕け散る。
「姉さ―――ん!!」
茜色の陽射しが、少女のシルエットをまばゆく際立たせていた。
歌織はそっと顔を上げ、妹の姿を見詰める。
(そういえば、あの日も同じ、こんな夕焼け空だったっけ……)
風が吹き付け、ほどけた髪をそよとなびかせた。
(ねえ、紬……あなたは、わたしの自慢の妹よ)
窓から差し込む光が、スポットライトのように歌織を照らす。
(だから、これだけは忘れないでね……)
あの日、あの時、あの場所で見せたのと同じ笑顔で、歌織は微笑んだ。
紬……あなたのことを、愛してる。
「姉さ――――ん!!!!」
ゴオォオオォォォォオォォォォォォォ!!!!
直後、天井が崩れ落ち、歌織の姿は瓦礫の中へと消え去った。
*
――三年後。
吹きすさぶ風の中、カオリは立ち並ぶ摩天楼を見下ろしていた。
虚空に浮かぶその手には、黒いサーベルが握られている。
「フン……このデストサーベルが手元にあれば、もっと早く身体を修復することができたものを」
無線通話を聞いた「黒髪」が、モニタの前で肩をすくめる。
《仕方ないさ。君が回復に専念している間、ヒーローたちを牽制する必要があったんだから》
ゴォォォォォォォ………!!
彼方から、無数のエンジン音が聞こえてきた。
カオリは悠然とした面持ちで振り返る。
《閣下――》
耳にはめたイヤホンが、もうひとつの声を拾った。
《閣下、敵は想定以上の兵力のようです。ここはやはり援軍を――》
「必要ない」
部下の申し出を、カオリはにべもなく一蹴する。
「この体がどの程度使えるのか、少し見ておきたいだけだ」
暗黒剣の握り心地を確かめながら、カオリは口の端に冷たい笑みを浮かべた。
「さあ……終わりの始まりだ」
近付いてくる戦闘機隊に向けて、黒い剣をぐっと構える。
「この身体に刻まれた記憶と共に……滅ぶがいい、人間どもよ!!!!」
ビュッ――!!
ドオオオォォォォオオォオォォォン!!!!
直後、夜空に炎の華が咲き乱れた。
轟音が天を圧し、首都の眠りを一刀の元に切り裂く。
サイレンが鳴り出した街の片隅で、一人の少女が顔を上げた。
「あ………」
真っ赤に燃える空を見詰め、少女はひとりつぶやく。
「この気配……まさか、姉さん?」
それは悲劇の再演を告げる、残酷な運命の合図だった。