ミリシタコミュの第10話を見る前に考えた内容なので、公式のラストとは少し異なりますが、二次創作ということでご了承いただければと思います。
ハミングバード(アナザー)
たなびく雲が、金糸のように彼方を彩っていた。
刻々と移り行く空は、西の茜色から東の群青へ、ゆっくり染まりつつある。
「きれいね……」
瓦礫の上で、歌織がぽつりとつぶやいた。
「まるで、水彩絵の具みたい」
エメラルド色の瞳は、夕陽を映して明るく輝いている。
隣に横たわる紬が、そっと姉の手に指を絡めた。
「あの日と同じね。丘の上から一緒に見た、あの日の夕焼けと」
崩れかけたアイドルヒーローズ本部の上では、早くも一番星が瞬き始めていた。
遠い空へ向けて、歌織がそっと息を吐き出す。
「……ありがとう紬、わたしを解放してくれて。本当はね、わたし……あなたのことがうらやましかったの」
意外なセリフに、紬はパチパチと瞬きした。
「うらやましかった? わたしが?」
「そう。アイドルとして成長していくあなたが、ヒーローとしての未来を手に入れたあなたが、わたし、うらやましかったの……」
西日の中で、歌織は静かに微笑む。
「わたしは……お姉さん失格ね」
黄昏の斜光が、ビルをキャンドルのように燃え立たせていた。
天を横切る鳥たちの影が、摩天楼の果てに吸い込まれていく。
「違うわ、姉さん。わたし、そんなことのためにアイドルになったんじゃないの」
吹き始めた夜風が、二人の間をさっと流れた。
「わたしがアイドルになったのは……」
言いながら、胸のポケットにすっと手を差し込む。
「……遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう」
「え……? これは……?」
銀色のチェーンが、風に揺れてシャランと音をたてた。
「わたしね、姉さんにこれをプレゼントしたくて、アイドルの仕事を始めたの」
音符をかたどったペンダント。
その中心で、グリーン・グロッシュラー・ガーネットが、緑のきらめきを湛えている。
「ごめんね、黙ってて。けど……いつも頑張ってくれている姉さんに、どうしても喜んでもらいたくて……」
歌織の視線が、透明な石の真ん中にすーっと吸い込まれていった。
そのまなじりから、小さな雫がこぼれ落ちる。
「知らなかった……わたし、全然知らなかった……そんなことも知らずに、わたしは……わたしは……」
「謝らなきゃいけないのはわたしのほうよ」
目を閉じて、紬は言う。
「姉さんがそんなに苦しんでいたなんて、わたし、全然気付かなかったもの……」
ビルの稜線で、太陽が最期の輝きを放っていた。
光の輪が、大地の奥へと静かに飲み込まれていく。
「……わたしね、初めて出会った時から、ずっと姉さんのこと、天使みたいだなって思ってたの。だから――」
紬は振り返り、そっと息を飲み込んだ。
「………………」
姉は、穏やかに目を閉じていた。
その表情からは、苦しみも悩みも、いまは一切感じられない。
「――眠ったのね、姉さん」
涙が頬を伝い落ちた。
にじんだ視界の中で、亜麻色の髪が静かに揺れる。
―――ピィ。
ふとどこからか、鳥の鳴き声が聞こえたような気がした。
紬は顔を上げ、周囲を見回す。
鳴き声は、折り重なったコンクリートの隙間から聞こえてくる。
「あ………」
声の主を見付け、思わず目をみはった。
触れれば崩れてしまいそうなほど狭いスペースに、針金でできた巣が、ちょこんと居座っている。
ピィピィ――。
並んだ卵のひとつから、小さなくちばしが飛び出していた。
「いま、生まれたのね……」
紬はそれをすくい上げ、割れた殻を慎重に取り除く。
「ピィ……」
現れた黒い瞳が、不思議そうに紬を見詰めた。
無垢な眼差しに、紬はくすりと微笑む。
「好きなだけ歌っていいのよ。あなたはもう、自由なんだから……」
雛が「ピィ」と力強く鳴き返した。
その声が、インディゴブルーの空へ吸い込まれていく。
「……………」
頭上には、いつの間にか無数の星が輝き出していた。
薄闇が街の輪郭を溶かし、灯されたライトが夜の始まりを告げる。
澄んだ空気の中、紬はそっと息を吸い込んだ。
《………高鳴りに、少し、戸惑いながら……見上げてた、空の輝きを……♪》
雛のさえずりに合わせ、紬は歌を口ずさむ。
《ああ、どこまでも高く、雲をはらって……風のように、飛んでいけるなら》
かつて姉から聞かせてもらった歌。
いまも胸に染みついている歌。
《知らない、世界に……指先すくむけど、知りたい、この気持ちが、翼に変わる》
わたしがいま、できること。
それは歌うこと。
風が、歌声を運んでいく。
どこまでも遠く、運んでいってくれる。
(姉さん……いつかまた、二人で)
銀河のきらめきに頬を洗われながら、紬は無限の空を見上げた。