アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

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第4話です。


第4話 特務参謀の能力①

 爆発音とともに、上階の窓がボンと白い煙を吐き出した。

 

「――始まったみたいね」

 

 落ちてくる破片を避けながら、歌織は外付けの非常階段を駆け下りていく。

 途中で合流した杏奈が、不安そうにビルを見上げた。

 

「麗花さん、大丈夫かな……」

「心配ないわよ。麗花ちゃんなら、すぐに追い付いてくるわ」

「そう……ですよね」

 

 その時、眼下の踊り場にサッと黒い人影が飛び出した。

 

「二人とも、こっちです!」

 

 ナース服のようなスーツを身にまとった、グラマラスなシルエット。

 バトルナース風花が、艶っぽい髪の下でパチリと瞳を閉じる。

 

「お二人を迎えにきました。脱出用のボートでみんな待ってます!」

 

 隣を走る杏奈が、ホッと息を吐き出した。

 

「みんな、無事……」

 

 そうと分かれば、あとは自分たちが離脱するだけだ。

 しかし――、

 

「二人とも、隠れて!」

 

 突然歌織が立ち止まり、叫んだ。

 風花と杏奈は、慌てて非常ドアの陰にへばり付く。

 

「ど、どうしたんですか、歌織さん……?」

「あれを見て」

 

 外を覗き込んだ風花が、「あっ」と声を上げた。

 

 立ち並ぶ倉庫の前を、黒い影が悠然と歩いている。

 顔を覆う仮面に漆黒の軍服。

 あれは……、

 

「特務参謀!」

 

 歌織がスコープを覗き込みながら頷いた。

 

「ええ……けど、護衛も付けずに歩いているなんて変ね……」

 

 一度狙撃を受けているというのに、あまりにも無防備だ。

 罠? それとも……。

 

「どこへ行くつもりですか、歌織さん!」

 

 立ち上がりかけた歌織を、風花が制した。

 

「風花ちゃんたちは先にボートへ向かって。わたしはあいつを追うわ!」

「ダメです!」

 

 風花がサッと前に立ちふさがる。

 

「作戦は失敗しました。いまはこの場から離脱するのが最優先です」

「いいえ、まだ麗花ちゃんが戦ってるわ。彼女がくれたチャンスを無駄にできない」

「麗花ちゃんが残ってくれたのは、わたしたちを逃すためです!」

 

 声を荒げる風花を見て、歌織はそっと息を吐き出した。

 

「ねえ風花ちゃん。これは千載一遇のチャンスなの。この機会を逃したら、また多くの人たちが犠牲になるわ」

「たしかにそうかもしれません。けど、いま追いかけるのはあまりにも危険すぎます。これは明らかに罠です」

 

 隣の杏奈も、すがるように歌織の袖をつかむ。

 

「歌織さん、風花さんの……言うとおり。ここは一旦、作戦を……立て直すべき」

 

 杏奈の顔をじっと見詰め、歌織は静かに口を開いた。

 

「ごめんね」

 

 そのまま手をほどき、くるりと背中を向ける。

 

「…………」

 

 観念したように目を閉じた風花が、ポシェットから小さなケースを取り出した。

 

「……分かりました。歌織さんの決意がそこまで固いのなら、これ以上は止めません。その代わり、これを持っていってください」

 

 差し出されたのは、手の平サイズのピルケース。開けてみると、中に白い錠剤が詰め込まれている。

 

「これは?」

「怪我を治すお薬です。それともう一つ……」

 

 今度は小さな薬瓶を取り出し、歌織の手に握らせた。

 

「毒薬です」

 

 意外な言葉に、歌織は思わず風花の顔を見返した。

 

「……ナースとして、こんなものは絶対に使ってほしくありません。けど、目には目を、毒には毒をという時があるかもしれません」

 

 受け取った瓶を、歌織はぐっと握り締める。

 

「分かったわ。あなたの気持ち、決して無駄にしない」

「ありがとうございます。毒は効果が表れるまで少し時間がかかりますから、その点だけ注意してください」

 

 コクリと頷き、階下を見下ろす。

 視線の先では、凶悪なテロリストが悠然と倉庫の前を闊歩していた。

 

「今度こそ……今度こそ確実にあいつを仕留めてみせる」

 

 決意を胸に、歌織はタッとステップを蹴る。

 その背中へ、風花は祈るように手を合わせる。

 

「歌織さん、どうかご無事で……」

 

 白い影は一陣の風となり、たちまち闇の彼方へ吸い込まれていった。

 

    *

 

 建物の陰から顔を出した歌織は、素早く周囲に視線を走らせた。

 

(やっぱり、護衛はいないみたいね)

 

 どれだけ注意深く観察しても、特務参謀以外、誰の姿も見当たらない。

 

 油断しているのだろうか……。

 いや、それは考えにくい。

 相手は用心深い人物。簡単に隙を見せてくれるようなら、ここまで苦労はしていない。

 

(ん……?)

 

 不意にターゲットが立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回し始めた。

 辺りの様子を慎重に窺い、古びた倉庫のドアを開ける。

 

(あそこに何かあるのかしら……)

 

 追いかけようとして、わずかに躊躇した。

 建物内には、どんなトラップが仕掛けてあるか分からない。

 しかし……、

 

(虎穴に入らずんば虎子を得ず)

 

 階段の陰から這い出し、音もなく倉庫へ忍び寄る。

 

 スッ――。

 

 壁に背を当て、窓の向こうを覗き込んだ。

 

(何も見えない……)

 

 やはり中へ踏み込むしかなさそうだ。

 罠の有無を確認し、ゆっくりとドアを開ける。

 

 カチャ、キィィィ――――。

 

 扉を開けた瞬間、ひんやりとした空気が全身を包み込んだ。

 機械油の臭いが鼻を衝き、差し込んだ月明かりが埃をキラキラと輝かせる。

 

(誰も、いない……?)

 

 倉庫の中はガランとしていた。

 人の気配はなく、奥のほうに積み上げられたパレットだけが、暗闇の中にぼんやり浮かび上がっている。

 

 辺りの様子を伺いながら、歌織は慎重に歩を進めた。

 と、その時――、

 

「待っていたぞ!」

 

 パッ!

 

 突然天井のライトが灯され、まばゆい光が瞳を貫いた。

 

「くっ……!」

 

 二階のキャットウォークで、黒い影がニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ようやく二人きりになれたな」

「あなたは……」

 

 特務参謀――!!

 

 仮面の人物が、ひらりと手すりを飛び越え地面に降り立つ。

 

「……追いかけてきたのはお前だけか?」

「そうよ。あなたこそ、ひとりで待ち伏せなんてどういうつもり?」

 

 問われた特務参謀は、フッと息を吐き出す。

 

「どういうつもりも何もない。お前と話をしたかった。ただそれだけのことだ」

「馬鹿にしているの? わたしはあなたを倒しにきたのよ?」

 

 なおも問い詰めてくる歌織に、特務参謀は軽く肩をすくめて見せた。

 

「ずいぶんな物言いだな。話せば分かるとは思わんか?」

「……テロを止めるという話なら聞くけど?」

「それはできない相談だな」

 

 歌織はギュッと拳を握り締める。

 

「なら、交渉決裂ね」

 

 同時に彼女の全身から、黄金色のオーラが溢れ出す。

 

「やれやれ、性急なやつだ」

 

 首を振りながら、特務参謀は腰のナイフを引き抜く。

 闇を塗り固めたような、真っ黒い刀身――。

 

「それは……?」

「デストルダガーだ」

 

 長いブレードが、すすり泣くように震えていた。

 刃は瘴気に覆われ、禍々しい波動をまき散らしている。

 

「どうだ、美しいだろう?」

 

 恍惚とした表情で、特務参謀はダガーの背を撫でた。

 その異様な姿に、歌織は思わず唾を飲み込む。

 

「感性の違いかしら。見ているだけでゾッとするわ」

「フッ。この程度でゾッとされては困る。デストルダガーは、まだ未完成なのだからな」

「未完成?」

 

 白い仮面がこくりと頷いた。

 

「そう。だが間もなく完成する。お前と出会ったことで、真の刃が……」

 

 赤い瞳が、狂気を帯びてギラギラ輝いていた。

 刀身を覆うオイルが、水銀灯の下で鈍い光沢を放つ。

 

「よく分からないけど、何か悪いことを企んでいるようね」

「それは見解の相違だな。何が悪くて何が正しいかなど、ラズベリーの味を甘いと感じるか、酸っぱいと感じるか程度の差異でしかない」

 

 歌織はキッと相手を睨み付けた。

 

「いいえ、違うわ。味の差異くらいなら譲り渡したっていい。けど……正義だけは……絶対に譲れない!」

 

 二人の間で、目に見えない火花が飛び散る。

 

「なら、かかってくるか?」

「言われなくても!」

 

 歌織は腕を交差させ、叫んだ。

 

「アイドルパワー・リリースッ!!」

 

 同時に体内で、キネティックパワーが激しく巡り始める。

 

 ゴオオオォォォォォ………!!!!

 

「ほう、それが貴様の力か」

 

 溢れ出したエネルギーは、倉庫の壁をまばゆく照らす。

 

「いくわよ!」

 

 歌織はグッと腰を落とし、勢いよく地面を蹴った。

 

 ドンッ!

 

 瞬間、彼女の身体は、一本の白い光の矢と化した。

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