アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

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第5話 特務参謀の能力②

 金色のオーラをまとった歌織は、一瞬のうちに数メートルの距離を駆け抜けた。

 

「キネティック……パアァァァンチッ!!!!」

 

 ブン!!

 

 だが次の瞬間、相手の身体が沈み込み、拳が空を切り裂く。

 

「えっ!?」

 

 舞い上がった埃の中で、特務参謀がニヤリと笑みを浮かべた。

 

「危ない危ない。当たったら致命傷だったな」

「な……!?」

 

 渾身の右ストレートを避けられたことに驚きながらも、今度はすかさず左拳を繰り出す。

 

 ゴォッ!!

 

 だが顎を狙ったアッパーは、またしても相手の鼻先をかすめ、虚しく風を巻き起こす。

 

(攻撃が、当たらない……!?)

 

 思わず息を飲み込んだ。

 

 敵の動きは決して速くない。

 なのにこちらのパンチが一発も当たらない。

 おかしい……何かがおかしい。

 

「余興は終わりか? では、こちらからも行かせてもらおう」

 

 言いながら、特務参謀は黒いダガーを無造作に振るった。

 構えも何もなっていない、素人同然の動き。

 しかし――、

 

 スパッ!

 

「えっ!?」

 

 よけたと思った刃が、胸元のタイを真っ二つに切り裂いた。

 

(そんな……!?)

 

 再び驚愕に目を見開く。

 

 ナイフの軌道は完全に読み切っていた。

 なのに、なぜ……。

 

「どうした? まだ力を隠し持っているのなら早めに見せたほうがいいぞ?」

 

 特務参謀が、不敵な笑みを浮かべる。

 歌織は奥歯を噛み締め、キッと相手を睨み返す。

 

「だったら、これはどうかしら!」

 

 今度は上体を反らしながら、腰のひねりを加えた強烈な回し蹴り。

 目線は相手の顔面を捉えているが、繰り出した蹴りは脛を狙うローキック。

 

(素人に、このフェイントは避けられない!)

 

 上体を反らせば、無意識のうちに上段蹴りがくるものと思い込んでしまう。

 その裏をかいた必殺の下段蹴り。一般人なら確実に引っかかる初見殺しの技だ。

 しかし……、

 

「フッ……」

 

 狙った足が、するりと後ろへ下がった。

 その手前を、斧のようなローキックがかすめる。

 

「――――!?」

 

 歌織はまたしても絶句した。

 

 やはり何かがおかしい。

 普通ならフェイントと分かっていても少しは反応してしまうはずだ。

 しかし敵は目線をチラリとも動かさなかった。まるで最初から、足元に攻撃がくると分かっていたかのように……。

 

「なんだ、もうネタ切れか?」

 

 唇をペロリとなめ、特務参謀はダガーを水平に構えた。

 

「言っているだろう、奥の手があるならさっさと出せと!」

 

 そして刃を真一文字に薙ぎ払う。

 

 ヒュン!

 

 その動きは、やはり緩慢で鋭さに欠ける。

 

(遅い……)

 

 歌織は冷静に軌道を見極め、攻撃を避けた。

 だが――、

 

 スパッ!

 

 よけたはずの刃は、突然リーチを伸ばしたかのように肩口を切り裂く。

 

「えっ……!?」

 

(ど、どうして……?)

 

 シャツの切れ目から、赤い血が滴り落ちた。

 

「フフ……どうした、貴様の力はこの程度か」

 

 特務参謀は、仮面の下でサディスティックな笑みを浮かべる。

 

「さあ、休んでいるヒマはないぞ!」

 

 間髪入れず、今度は連続して斬撃を繰り出してくる。

 

 ヒュン! ザッ! スパッ!

 

 刃が閃くたび、服が裂け、柔肌に傷が刻まれた。

 歌織は必死に攻撃をかわそうとするが、敵の剣筋は蛇のようにまとわり付いてくる。

 

「フハハハハ! そら! そら!」

「ぐ……うぅ……」

 

 ドン。

 

 背中が倉庫の壁にぶつかった。

 冷たい板の感触が、ひやりと肌に染み込む。

 

「クク……追い詰めたぞ」

 

 肩で息をつく歌織とは対照的に、特務参謀は余裕の表情を浮かべていた。

 呼吸が乱れるどころか、汗ひとつかいていない。

 

(やっぱり何かがおかしい……)

 

 せめて武器があればもう少し戦えるのだが、今回は狙撃ミッションのため、ほとんど基地に置いてきてしまった。

 あとはロコ博士からもらった、超小型爆弾があるだけだが……。

 

(あ!)

 

 ふと歌織は「ある方法」を思い付き、ポケットの中に手を突っ込んだ。

 

(これを使えば、特務参謀の能力の正体が分かるかもしれない……)

 

 指に触れたのは「時限式虫型地雷」、ロコ博士の発明品で、ランダムに地面を這い回り、敵の足元で爆発する小型誘導兵器だ。

 

(相手が油断しているいまなら……)

 

 歌織は拳を握り締め、ぐっと身構えた。

 そして敵の目を欺くため、あえて前に打って出る。

 

「今度はこっちの番よ!」

 

 叫びながら、ポケットの中の爆弾をサッと床へ放った。

 

 カシャン、カサカサ……。

 

 小指大のマシンが、六本の脚を広げて素早く走り去る。

 

(頼んだわよ……)

 

 セットした起爆時間は30秒後。

 それまで敵の注意を逸らすことができれば、この作戦は成功だ。

 

「でやあああああぁぁぁぁぁ!!!!」

「フッ、血迷ったか」

 

 特務参謀は鼻で笑い、ダガーを構えた。

 だがその刃が振り下ろされる前に、歌織は素早く拳を繰り出す。

 

「たあっ!」

 

 ビュッ!

 

 高速のストレートが、敵の頬をかすめた。

 

「無駄だというのがまだ分からんか」

 

 歌織は攻撃の手を緩めず、そのまま息もつかせぬ連続攻撃を放つ。

 

 ビュビュッ! ボッ!

 

(あと20秒……)

 

 拳圧の起こした風が、仮面のそばを吹き抜けていく。

 振り上げた蹴りが空を切る。

 

「まだまだ!」

 

(あと10秒……)

 

 残り時間を確認した歌織は、一気にラストスパートをかけた。

 

「たあああああああっ!!」

「フッ、悪足掻きを……」

 

 繰り出される拳を、仮面の参謀は右へ左へ柳のようにいなす。

 

「そろそろいい加減に――」

 

 言いかけたその時――、

 

 ピタッ!

 

(――――!?)

 

 突然特務参謀が立ち止まり、軍靴の先を一瞥した。

 

「……………?」

 

 カサカサ――。

 

 数瞬遅れて、物陰から虫型爆弾が這い出してくる。

 

「チッ!」

 

 敵は舌打ちしながら、爪先でそれを蹴り飛ばした。

 

 ドオオォン!!

 

 積み上げたパレットの向こうで、激しい爆発が起こる。

 

(……なるほど、そういうこと)

 

 確信を得た歌織は、すっと拳を下ろした。

 そして、告げる。

 

「あなた、未来が見えるのね。それも数秒先の未来が」

 

 特務参謀は、無言で歌織を睨み返した。

 だがその沈黙こそ、彼女の推測が正しかったことを裏付けている。

 

「やっぱり……」

 

 歌織はふう、と息を吐き出す。

 

「これまでの戦いで、あなたがわたしの攻撃を読んでいることは分かっていたわ。けどその方法が、わたしの思考を感知するものなのか、未来を予知するものなのかまでは分からなかった」

 

 そこでこの虫型地雷の登場だ。

 

「虫型地雷は自動で動く。だからわたしの心を読んでもその位置を予測することはできない。逆にこのマシンの動きを読めたら、それは未来を予知したということ」

 

 黙って聞いていた特務参謀が、ようやく口を開いた。

 

「さすがはアイドルヒーローズのエース、と褒めておくべきか」

 

 ナイフを下ろしながら、大げさに肩をすくめてみせる。

 

「だが――」

 

 仮面の奥で、赤い瞳がギラリと閃いた。

 

「それが分かったとて、お前に勝機はない」

 

 たしかにそうかもしれない。

 未来を予測できれば、どんな攻撃も読まれてしまうし、どんな防御も突破されてしまう。

 

 けど……、

 

「絶対に勝てないというわけでもなさそうよ」

「何?」

 

 歌織は静かに目を閉じた。

 そして胸の前で手を組み、喉の奥から透きとおった声を放つ。

 

【スキル:ハミングバード】

 

 キイイイイィィィィ――――――ン!!

 

 両手の平から、蒼い光が溢れ出した。

 それは腕を伝い、肩に広がり、やがて全身をまばゆく包み込む。

 

「な、何だ……!?」

 

 光はどんどん輝きを増し、次第に熱を帯びていく。

 

「くっ……こ、これは……!?」

 

 カッ――――!!

 

 次の瞬間、蒼い両目が開かれ、背中から翼のようなオーラが噴き出した。

 

 ドンッ!!!!

 

 同時に床が爆発し、歌織は弾丸のように前へ飛び出す。

 

「――――!?」

 

 蒼い炎をまとった剛拳が、うなりを上げて空を引き裂いた。

 

 ゴゥッ!!!!

 

「うおっ!?」

 

 特務参謀は咄嗟に身を屈め、砲弾のような一撃を紙一重でかわす。

 

「くっ……この!!」

 

 体勢を立て直しながら、ダガーを振るっての反撃。

 

 ヒュン!

 

 だがその一閃は、虚しく空を切り裂く。

 

「――それは残像よ」

 

 背後に回った歌織が、極超音速の蹴りを放った。

 

 ビュボッ!

 

 爪先が大気を貫き、白いヴェイパートレイルを宙に刻む。

 慌てて身を伏せた特務参謀の頭上を、ギロチンのようなキックが駆け抜けた。

 

「ぐっ!?」

 

 ドゥン!!

 

 背後で壁が崩れ落ちる。

 振り返った特務参謀は、巨獣に引き裂かれたような痕跡を見て、思わず息を飲み込んだ。

 

(これは、衝撃波……? ソニックブームが発生しているということは、攻撃が音速を超えているということ。まさか、人間にこんな動きが可能なのか……!?)

 

 相手を睨み付け、キッと尋ねる。

 

「貴様……何だ、その力は」

「スキル【ハミングバード】よ」

 

 蒼い炎の中で、ゆらりと歌織が立ち上がる。

 

「このスキルは、身体能力を一時的に跳ね上げることができるわ。たとえ未来が見えていても、音速を超えた飽和攻撃にどこまで耐えられるかしら」

 

 ドンッ!!

 

 直後、歌織の姿が目の前から消え失せた。

 残像すら追い越して、足跡だけが機関銃のように地面を穿つ。

 

 ズダダダダダダ……!!

 

「はああああッ!!」

 

 ギュオッ!!

 

 摩擦で帯電した蹴りが、スパークを放ちながら軍服の襟元をかすめた。

 

「くっ!!」

 

 紙一重で避けた特務参謀は、懐から SIG SAUER P226 を抜き放つ。

 

 パン! パン! パン!

 

 マズルフラッシュとともに、赤銅色のホローポイント弾が吐き出された。

 だが加速された歌織の目には、その軌跡がスローモーションのように見える。

 

 ヒュッ! ヒュヒュッ!!

 

 秒速300mを超す弾丸を軽々かわし、今度は目にも留まらぬ速度で左足を蹴り上げる。

 

 ガッ!!

 

 弾き飛ばされた拳銃が天井に突き刺さり、特務参謀はチッと舌打ちした。

 

「この……!」

 

 顔をしかめながら、今度は別のサイドアームを取り出そうとする。

 そこへ追い打ちをかけるように、歌織は鋭い手刀を振り下ろす。

 

「キネティック・スラッシュッ!」

 

 ヒュン!

 

 目に見えない真空波が、刃となって空を切り裂いた。

 

 ズバッ!!

 

「くっ!」

 

 仮面の端を削り取られた特務参謀は、よろめきながら後ずさる。

 

「まだまだ!」

 

 ヒュヒュン! ザッ! シュバッ!

 

 マントが破れ、肩章が千切れ飛び、軍帽の鍔が裂ける。

 

「ぬ……おぉぉぉ…………ッ!!!!」

 

 嵐のような猛攻に、特務参謀の足が一瞬立ち止まった。

 

(いまだッ!)

 

「はああああああああああああああッ!!!!」

 

 歌織の右手に、凄まじいエネルギーが凝集する。

 

「くらえ!!!!」

「―――――!?」

 

 特務参謀の顔が恐怖で引き攣った。

 

「キネティックパワー・オーバーブーストオオォォォォォオォォオォォオォォォォ!!!!」

 

 背中の翼が、ジェットエンジンのように炎を吐き出す。

 

「てりゃああああああああああああッ!!!!」

 

 目もくらむような閃光とともに、歌織は蒼く輝く一本の槍と化した。

 

(もらった!!)

 

 白い仮面の真ん中に、必殺のパンチが吸い込まれていく。

 だがその瞬間――、

 

 ガシィ!!!!

 

 突然、拳が空中で停止した。

 

「なッ……!?」

 

 振り返ると同時に、絶句する。

 歌織の背後では、不敵な笑みを浮かべた黒髪の少女が、焔に包まれた腕をガシリと握り締めていた。

 

「ふんッ!」

 

 バキバキバキィ!!

 

 少女が力を込めると、尺骨と橈骨が音を立てて砕け散った。

 

「いぎぁあぁぁぁああぁあぁぁあぁぁ!!!!」

 

 崩れ落ちる歌織の前で、黒髪の少女は恍惚とした表情を浮かべる。

 

「いい声だ……伝わってくるよ、君の痛みが」

「ぐ……、あ……」

 

 目に涙を浮かべながら、歌織はキッと相手を睨み付けた。

 

「どうして、あなたが……。あなたは麗花ちゃんと戦っていたはず……」

「麗花? ああ、あの子ならとっくに殺したよ」

 

 ――――――!!!?

 

 歌織は驚きに全身を震わせた。

 

「な、何を言っているの……? 麗花ちゃんを殺した? そんな、バカな……」

「疑うなら見てくればいい、彼女の死体を」

 

 黒髪は、いとも簡単に言い返す。

 

「そ、んな………」

 

 だが歌織には、その言葉がどうしても信じられなかった。

 麗花はアイドルヒーローズ最強の戦士。その彼女が、殺されるだなんて……。

 

「ウ、ウソよ……。そんなことあるはずないわ。麗花ちゃんが負けただなんて……そんなこと、絶対に信じない!」

 

 叫びながら、相手の顔面目がけて鋭い回し蹴りを放つ。

 

 ビュン――!

 

 ビタッ!

 

 だがその一撃は、指一本であっさり止められてしまった。

 

「くっ!」

 

 今度は身体を半回転させ、首筋を狙った鋭い延髄切り。

 

 ガシィッ!!

 

 だがその蹴りも、よけられるどころかそのまま首で受け止められてしまう。

 

「な………ッ!?」

「ふぅ……ヒーローズのエースって言うからどの程度のものかと思ったけど、これならさっきの子のほうがよっぽどマシだったね」

 

 ため息をつきながら、黒髪は無造作に拳を振るった。

 

 メキメキメキィ!!

 

「ぐ……ふぅっ!!」

 

 強烈な拳が肋骨をへし折り、歌織は人形のように吹き飛ばされる。

 

 ドグワシャァ!!

 

 突っ込んだパレットの山が、粉々に砕けて周囲へ飛び散った。

 黒髪はニヤリと口元を上げ、とどめを刺そうと一歩踏み出す。

 

「――それくらいにしておけ、マコト」

 

 ピタッ!

 

 呼び止められた黒髪は、悪戯っぽい顔で振り返った。

 

「おや、もういいのかい? お優しいんだね、うちの参謀サマは」

「からかうのはよせ。これ以上耳障りな悲鳴は聞くに堪えないだけだ」

 

 特務参謀は、散乱した木片の山にツカツカと歩み寄る。

 

「残念だったな、あと一歩だったのに」

 

 そう言い捨て、ボロボロになった相手の姿を見下ろす。

 

 歌織はキネティックパワーを使い果たし、ぐったりと横たわっていた。

 スキルの効果も切れ、手足を動かすことすらままならない。

 

「せめて苦しまぬよう、ひと思いにとどめを刺してやろう」

 

 引き抜かれたダガーが、高々と掲げられた。

 分厚いブレードが、水銀灯を反射してギラリと閃く。

 

「さらばだ、歌織よ」

 

 ヒュン―――! ブシャッ!!

 

 黒い刃が胸をえぐり、コンクリートの床に真っ赤な鮮血を飛び散らせた。

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