アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

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 バトルシーンは、明日投稿予定の第10話からです。


第8話 紬の記憶・歌織の記憶①

 ろうそくが揺らめいていた。

 照明を落とした店内は子供向けのキャラクターで飾り立てられ、白いホールケーキは、真っ赤なイチゴで彩られている。

 

「紬、6歳のお誕生日おめでとう!」

 

 頭に三角帽子を乗せた母が、包装紙でラッピングされた大きな箱を差し出した。

 「開けてごらん」と父に促され、わくわくしながら、リボンを引っ張る。

 

 いつも仕事で忙しいお父さんとお母さん。

 この日だけは、わたしの好きなものを買ってくれる約束だった。

 なのに……、

 

「あー! これじゃない!!」

 

 箱を開けた瞬間、わたしは思わず叫んだ。

 

「え? どうしたの、紬?」

「違うの! これじゃないの!!」

 

 予想と異なる反応に、母がおろおろし始める。

 

「え? けどこれ、前に紬が欲しいって言ってたジュエルボックスよ?」

「そうじゃない! 色が違う!」

「色?」

 

 抗弁の意志を込めて、力いっぱい頷いた。

 

「お友だちのあーちゃんが赤で、わたしは青にするって約束だったの。これじゃ、あーちゃんと同じになっちゃう! だめ!! やだ!!」

 

 幼い日のわたしにとって、それはとても大事な約束だった。

 膨らんでいた期待が一気にしぼみ、ヒステリックな感情が湧き上がってくる。

 

「ご、ごめんね、紬。けど、お店にはその色しかなかったの」

「やぁーだぁー!! この色じゃない!! 青いのがいい!!」

 

 喚き散らすわたしを見て、父の堪忍袋の緒がとうとう切れた。

 

「いい加減にしなさい、紬!!」

 

 わたしはビクリと肩をすくめる。

 

「お母さんはね、忙しい中いくつもお店を回ってそれを見付けてくれたんだ。わがままを言うのも大概にしなさい!!」

 

 日頃温厚な父に怒鳴られ、わたしはぐっと喉を詰まらせる。

 

「でも……あーちゃんと約束したんだもん」

「あきらめなさい。ないものはないんだ」

 

 父の言葉が、火に油を注ぐ。

 

「やだ……やだ……だったらこんなの……いらないッ!!!!」

 

 わたしはプレゼントを机から叩き落とし、ダッと外へ駆け出した。

 

「紬!」

 

 父の声を無視し、自動ドアをくぐる。

 

「お父さんもお母さんも、大きらい!!」

 

 とにかく一刻も早く、あの不快な場所から遠ざかりたかった。

 

 周囲の視線を浴びながら、ショッピングモールを駆け抜ける。

 途中、何度も転びそうになりながら、それでも人混みをかき分け走り続ける。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 どれくらい時間が経っただろう。

 やがて息が切れ、わたしはハタと立ち止まった。

 

(ここ、どこ……?)

 

 見たこともない場所だった。

 背中をさーっと冷たいものが駆け抜ける。

 

 知らない店、知らない人たち。

 押し寄せる不安に、涙が込み上げてくる。

 

「お母さん? お父さん? どこ?」

 

 元の店へ戻ろうにも、自分がどこから走ってきたか分からない。

 このまま二度と両親に会えないんじゃないかと、不安がむくむく膨れ上がってくる。

 

「お母さん! お父さん!」

 

 今度は打って変わり、両親の姿を求めて走り出した。

 顔中涙でぐしゃぐしゃにしながら、無我夢中でショッピングモール内を駆け回る。

 

「お母さーん! お父さーん!」

 

 何度も両親の名前を呼び、手あたり次第店を覗き込んだ。

 しかし、二人の姿はどこにも見当たらない。

 

(もう家に帰れないの……?)

 

 がっくりうなだれ、絶望しかけたその時、

 

「紬!」

 

 天から光が差し込むように、母の声が聞こえた。

 

「お母さん!」

 

 わたしはダッと駆け出す。

 視線の先で、母が両手を広げる。

 

 涙がぼろぼろこぼれ落ちた。

 もう二度と母のそばを離れるまいと誓った。

 

「お母さーん!」

 

 母の姿が近付いてくる。

 胸の奥から安心感が込み上げてくる。

 

「ごめんなさい、お母さ――」

 

 その時――、

 

「紬、危ない!!!!」

 

 ドゴオオォォオォオォォォン!!!!

 

 突然視界を閃光が覆い、大音響がわたしの意識を刈り取った。

 

    *

 

 焦げ臭いにおいに、「う……」と目を覚ました。

 息を吸い込もうとして、激しく咳き込む。

 

「……大丈夫、紬?」

 

 喉と目の痛みに耐えながら、ハッと顔を上げた。

 

「お、お母さん!?」

 

 そして絶句する。

 

 母は、血まみれの姿でわたしの上に覆いかぶっていた。

 服があちこち破れ、顔は煤で真っ黒だ。

 

「お母さん、どうしたの……? 何これ……?」

 

 すぐそばで、火がパチパチと音を立てている。

 周囲は瓦礫で覆われ、母の背中にもコンクリートの破片が積もっている。

 

「お、お父さんは……?」

「そこよ……」

 

 瓦礫の隙間から、血の気のない腕がだらりと垂れ下がっていた。

 手首にはめられている時計は、見慣れた父のものだ。

 

「お、お父さん、どうしちゃったの……?」

「大丈夫よ、すぐに助けがくるから。それまでじっとしてて」

 

 訳も分からないまま、周囲を見回して何とか状況を把握しようとする。

 だが、瓦礫に脚を挟まれて自由に動くことができない。

 

「熱い……お母さん、足が熱いよ」

「うん、熱いね。でも、もう少しの辛抱よ」

 

 煙に混じって、肉の焼け焦げる臭いが漂ってきた。

 瓦礫の隙間から、チロチロとオレンジ色の炎が見える。

 

 閉塞感と恐怖で、わたしはパニックに陥った。

 

「お母さん、怖い! 早くここから出たい!」

 

 すると――、

 

「そうだ、紬にいいものあげるわね」

 

 ふと思い出したように、母は瓦礫の中からひしゃげた箱を取り出した。

 

「あそこのお店で見付けたんだけど、もう壊れちゃったかな……」

 

 それは、わたしが欲しがっていた青いジュエルボックスだった。

 

「お誕生日おめでとう、紬」

 

 煤だらけの顔で、母が微笑む。

 

「いつも一人にしちゃって、ごめんね紬」

 

 母が謝るのを見て、わたしは無性に胸が苦しくなった。

 

「お母さん……ありがとう」

 

 母は優しい笑顔を浮かべ、額をこつんと合わせる。

 

「お母さんね、本当はずっと、紬と一緒にいてあげたかったの。なのに、こんなものしかあげられなくて、ごめんね……」

 

 くすんだ頬を、涙が伝う。

 

「ねえ紬、ここを出られたら、一緒にケーキを食べようか」

 

 さっき食べ残した皿のことを思い出し、ぐーっとお腹が鳴った。

 

「紬はどんなケーキがいい? ショートケーキ? それともチョコレートケーキ?」

「わたしは……チョコがいい。お母さんは?」

「わたしは、紬が食べたいケーキがいいわ」

 

 そう言って、母はにっこり微笑む。

 

 優しいお母さん。

 暖かいお母さん。

 ここを出られるのなら、ケーキの種類なんて何だっていい。

 もう一度、お母さんとお父さんと一緒に、あのお店で、テーブルを囲めたなら……。

 

「……あぁ、紬はこれからどんなお姉さんになるのかな」

 

 母が、遠くを見てつぶやいた。

 

「小学校を卒業したら、中学生になって……高校に入れば、紬は可愛いからきっと彼氏もできるわね。それから大学生になって、大人になって……お母さんがお父さんからもらったみたいに、素敵な男性から婚約指輪をもらって。それから……それから……」

 

 炎が母の横顔をオレンジ色に照らしていた。

 耳元で火の粉が爆ぜ、パチパチと音を立てる。

 

「ごめんね、紬。あなたに寂しい思いをさせちゃって」

 

 黒く汚れた指先が、わたしの頬を撫でた。

 

「本当に……本当に、ごめんね……紬………」

 

 嗚咽が、喉を震わせる。

 大丈夫だよと言いたいが、なぜか言葉が出てこない。

 悔悟の念ばかりが、あとからあとから湧いて出てくる。

 すくってもすくっても、すくい切れないほどの後悔が胸を覆う。

 

「ねえ、お母さん……」

 

 わたしは謝ろうとして、母に声をかけた。

 

「お母さん……?」

「……………」

 

 だが返事がないことに気付き、ハッと顔を上げる。

 

「お母さん!? ねえ、お母さん!」

 

 慌てて肩を揺するが、母はうんともすんとも答えない。

 

「お母さん! ねえ、お母さん! 起きて! お願い! ねえお母さん!」

 

 わたしは必死に声を上げた。

 何度も何度も肩を揺すった。

 だがその呼び声は、炎の中に虚しく吸い込まれていく。

 

「ねえお母さん! お願い、目を開けて! わたしいい子にするから! もうわがまま言わないから! お願い、目を開けて!!」

 

 つらくてつらくて、心が折れそうだった。

 胸が引き裂かれ、心臓をえぐられるような痛みだった。

 それでも声を振り絞り、必死で母に懇願する。

 

「お母さん! 起きて!!」

 

 叫びながら、悲しみと怒りが込み上げてきた。

 誰に対してでもない、自分自身への怒りだ。

 

 腹の底から、抑えがたい感情が湧き出してくる。

 血液が煮えたぎり、マグマのように全身を駆け巡る。

 

 それは熱を帯び、炎となり、身体の内側から迸り出る。

 

「起きて、お母さん! お母さん……お母さん! お母さあああああああああああんッ!!!!」

 

 カッ――――!!

 

 ドオオオォォォォオオォオォォォン!!!!

 

 突如、大爆発が起こった。

 瓦礫が紙屑のように吹き飛び、爆風がフロア内を吹き荒れる。

 

 立ち上がったわたしは、呆然と自分の姿を見下ろした。

 

 全身が発光している。

 力が湧き出てくる。

 それはとめどなく熱を発し、身体をじりじりと焼き焦がす。

 

「熱い……熱いよ………」

 

 すぐ近くから、パチパチと何かが燃える音がした。

 

「ああッ!?」

 

 燃えているのは自分の服だと気付き、慌てて手で払う。

 

 ボワッ!

 

 だが触れた先から炎は燃え広がり、消えるどころかますます勢いを強めていく。

 

「熱い! 熱い! 誰か、助けて!!」

 

 思わず悲鳴を上げた。と、その時。

 

 ――誰かいるの!?

 

 どこからともなく、女の人の声が聞こえた。

 反射的に、わたしは「ここ!!」と叫び返す。

 

 ――いま行くわ!

 

 声の主はタッと駆け出し、やがて黒煙の向こうから、不思議なコスチュームを着た女性が姿を現した。

 

「大丈夫!?」

 

 その女の人は、白いセーラー服に、紺色のマントを羽織っていた。リボンの上で、鳥を象った金色のブローチが輝いている。

 

「う、あ……熱い」

「あなた……それ、キネティックパワー……?」

 

 彼女はわたしの姿を見るなり、ハッと息を飲み込んだ。

 言葉の意味が分からず、とにかく必死で助けを求める。

 

「お、お姉ちゃん、熱いの……助けて」

「大丈夫よ。キネティックパワーはあなたの心そのもの。気持ちをコントロールすれば、すぐに収まるわ」

「そ、そんなこと……できない」

 

 即座に否定した。

 

 だって、できるわけがない。

 わたしのせいで、お母さんとお父さんは死んでしまったんだもの。

 きっと二人とも怒ってる。

 わたしのせいで死んじゃったことを、すごく怒ってる。

 

「そんなことないわ。わたしを信じて、ね?」

「無理よ!」

 

 もう一度、吐き捨てるように叫んだ。

 

 そう、無理に決まってる。

 だって……だってわたしは、わたしに対して怒っているもの。

 自分を殴りつけたいほど怒ってる。

 自分を踏みつけてやりたいほど怒ってる。

 自分を殺してやりたいほど怒ってる。

 

 わたしはわたしを許せない。

 身が張り裂けてしまいそうなほど許せない。

 心が焼け焦げてしまいそうなほど許せない。

 許せない。

 許せない……許せない……、

 

 絶対に…………許せない!!!!

 

「う、うぁ……ああああぁぁぁ!!!!」

 

 光が爆発的に膨れ上がり、暴走したエネルギーが一気に溢れ出した。

 炎が身体を包み込み、渦となって巻き上がる。

 

「ま、まずいわ……このままじゃ………」

 

 セーラー服の女性が、じりっと後ずさった。

 

 わたしの身体はますます熱くなり、いまや耐えがたいほどの高温を発している。

 

「仕方ない、こうなったら……」

 

 突然女性がマントを脱ぎ捨て、わたしの身体をガバッと抱きしめた。

 

(――――!?)

 

「……な、にを……?」

「わたしのキネティックパワーで、あなたの力を抑え込むの。ちょっと苦しいかもしれないけど、少しだけ我慢してね」

 

 言うと同時に、女性の身体が強烈な光を放った。

 

 カァァァァァァァァァ―――――!!!!

 

 同時に、高圧電流を流されたような痛みが走る。

 

「あ……ぎああああああああああ!!!!」

 

 たまらず悲鳴を上げた。

 

「痛い!! 痛いよ!!」

「大丈夫、すぐに収まるから」

 

 女性の腕は、ガッチリとわたしの身体を抱え込んで離さない。

 必死に拘束から逃れようとするが、万力のような力で固定され、びくともしない。

 

「もうやだ!! やめて!! こわい!!」

「大丈夫、怖くないわ。この力はね、あなたのお父さんとお母さんが、あなたを守るために授けてくれたものなの。だから、受け入れてあげて。吐き出すのではなく、あなたの心の中に」

 

 キィィィィィィィィィ―――ン!!

 

 気が付くと、身体の熱がゆっくりと下がり始めていた。

 痛みも徐々に収まり、次第に心地よい感覚へと変わっていく。

 

「……いい子ね」

 

 優しい手が、そっとわたしの頬を撫でた。

 

「もう疲れたでしょう? 少し休むといいわ」

 

 そう言って、女性はわたしの知らない歌を歌い始める。

 

「―――――♪」

 

 その旋律は、鳥のように自由で、風のように伸びやかだった。

 遠ざかっていく意識の中で、わたしは思う。

 

 ああ、この人は本物の天使なんだ……と。

 

 そして、わたしはゆっくり意識を手放した。

 

    *

 

 眠りに就いた少女を、歌織はそっと床の上に横たえた。

 

「もう大丈夫ね」

 

 全身を取り巻く炎は消え、いまは静かに寝息を立てている。

 

「ん……?」

 

 ふと見ると、傍らに二つの遺骸が並んでいた。

 

「可哀想に、ご両親ね……」

 

 うつ伏せに横たわる女性は、腹部を太い鉄筋で貫かれている。そばで倒れている男性の背中にも、無数の金属片が突き刺さっている。

 二人とも、爆発の瞬間、身を挺して娘を守ろうとしたのだろう。

 

(安らかにお眠りください。お嬢さんは、わたしが必ず助けてみせます)

 

 パチパチ……。

 

 炎が爆ぜる音に、歌織はハッと顔を上げた。

 すでにフロアは火の海と化している。ぼやぼやしていると、逃げ遅れてしまう。

 

(早くこの子を安全な場所へ運び出さないと……)

 

 だが少女の柔らかな頬に触れた瞬間、歌織は思わず息を飲み込んだ。

 

「つ、冷たい……!?」

 

 慌てて脈を確かめる。

 

(止まりかけている……! それに、キネティックパワーもほとんど感じられない!)

 

 急に、どうして……?

 

(まさか、無理やりエネルギーを抑え込んだから……?)

 

 しかし、エネルギーを抑え込んだだけで体内のキネティックパワーが消えてしまうなど、聞いたことがない。

 

(となると、まさか……)

 

 一つの可能性に思い至り、歌織は少女の上着をまくり上げた。

 そして、ハッと頬を引き攣らせる。

 

「やっぱり……」

 

 少女の胸からは白い骨が飛び出し、鮮血がシャツを赤く染めていた。

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