アイドルヒーローズネメシス   作:闇の皺

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第9話 紬の記憶・歌織の記憶②

 傷口に触れた歌織は、奥歯をぐっと噛み締めた。

 

(なんてこと……骨が肺に刺さっている)

 

 素早くヘッドマイクをつかみ、無線機のスイッチを入れる。

 

「バトルナース、こちらシアター39! 感明送れ!」

《シア(ザザッ)……、……らバト…(ピー、ガガッ)、貴所の感明……(ブツッ)》

「くっ!!」

 

 マイクをむしり取り、地面に投げ捨てる。

 

「CAT止血帯じゃ胸部の出血は止められない……こうなったら直接圧迫止血法で……」

 

 腰のポーチからガーゼを取り出し、傷口にねじ込んだ。

 こうすれば、体組織が異物を認識して止血を促

進してくれる。

 だが、

 

「ぐぼっ!!」

 

 少女の口が、肺に溜まった血液を吐き出した。 リノリウムの床に、真っ赤な血溜まりが広がる。

 

「ごぼッ……う……お、母さ……苦し………」

 

 うわ言で、少女が母に救いを求めた。

 許されるならいますぐ泣き出したい気分だが、いまはそんなことをしているヒマはない。

 

(すぐに手術しないと間に合わない……けど、この状態じゃ動かすこともできない……)

 

 一体どうすれば……。

 

「そうだ!!」

 

 咄嗟にあるアイディアを閃き、歌織は少女の身体をそっと抱え上げた。

 

「……届いて、わたしの力」

 

 そのまま目をつむり、全身から黄金色の光を放つ。

 

 カアアアァァァァァァァ――――!!

 

 輝きが、少女の身体を柔らかく包み込んだ。

 

(キネティックパワーは生命力の源。わたしの力を分けてあげれば、きっと……)

 

 だが……。

 

「……ッハァ、ハァ! だ、だめだわ!」

 

 すぐに力尽き、歌織は荒い息を吐き出した。

 

(この子には生きようとする意志がない。これではいくら力を注いでも、跳ね除けられてしまう……)

 

 少女の顔は、すでに紙のように白くなっている。

 血液がどぶどぶと流れ出し、脈拍が急速に弱まっていく。

 

「……お母……さん、そこに、いるの……?」

 

 意識が混濁しているのか、少女が虚ろな瞳でつぶやいた。

 歌織はその手を握り締め、ぐっと目を閉じる。

 

 このままでは、この子を助けられない。

 どうすれば、どうすれば……。

 

 進退窮まり、そばで横たわる母親の遺骸を見やった。と、その時。

 

「そうだ!」

 

 歌織の脳裏に、窮余の策が閃いた。

 

(お母さんなら、この子を助けられるかもしれない!)

 

 少女を床に下ろし、母親の亡骸へ駆け寄る。

 

「……お母さん、ごめんなさい。けど、娘さんを助けるにはこの方法しかないんです」

 

 そう告げて、歌織は遺体の上衣を丁寧に脱がし始めた。

 亡骸を傷付けないよう、慎重に袖を引き抜く。

 

「よし、あとはこれを着て……」

 

 血と煤で汚れた服を身にまとい、今度は少女の許へ駆け戻った。

 

「さあ、もう大丈夫よ」

 

 再び小さな身体を抱え上げ、黄金色の光を放つ。

 

「う……お、かあ……さん……?」

 

 白い頬に、ほんのりと赤味が差した。

 歌織は微笑みながら、少女の前髪を優しく撫でる。

 

「お願い、生きて。それがきっと、あなたのご両親の望みだから……」

 

 金色の生命力が、少女の身体へ染み込んでいく。

 同時に苦悶の表情が、少しずつ安らいでいく。

 

「いい子ね」

 

 女の子を胸に抱きしめながら、歌織は小さく歌を口ずさんだ。

 

「――――♪」

 

 その歌声は、炎の中で、ゆりかごのように優しく少女の鼓膜を震わせる。

 

 歌織は知らなかった。

 その時、彼女の生命力とともに、もう一つの因子が幼い身体の中へ流れ込んでいったことを……。

 

    *

 

「――歌織さん、歌織さん大丈夫ですか?」

 

 風花の声で、歌織はハタと目を覚ました。

 楽屋を見回し、慌てて衣装に皺がないかチェックする。

 

「あ、ああ……大丈夫よ。ごめんね、ライブ前なのにうとうとしちゃって」

 

 謝る歌織に、風花が気遣わしげな表情を浮かべた。

 

「それはいいんですけど……もしかして、あまり眠れていないんですか?」

 

 一瞬、ギクリとした。

 

「い、いえ、そんなことないわ。ちょっとウトウトしちゃっただけ」

「けど、叙勲の話が出てから追っかけの記者さんが増えてるって……」

「心配性ね、風花ちゃんは。大丈夫よ、最近ちょっと夢見が悪いくらいで――」

 

 言いかけた瞬間、いつもの光景がフラッシュバックのようによみがえった。

 燃え盛る街、逃げ惑う人々。

 血と化学物質の味が、じわりと口内に広がる。

 

「……夢見?」

「あ、いえ。なんでもないわ」

 

 うっかり漏れ出た言葉を、すぐに打ち消す。

 

「大したことないのなら、いいんですけど……」

 

 釈然としない面持ちで頷く風花。

 

「……ところで風花ちゃん、お弁当まだ残ってるかしら?」

 

 沈みかけた空気を振り払うように、歌織はさっと話題を切り替えた。

 尋ねられた風花が、部屋の隅にある段ボール箱を指差す。

 

「それでしたら、あちらに」

「ありがとう。お昼食べ損ねちゃったから、お腹空いちゃったわ」

 

 おどけた表情を浮かべながら、茶色い段ボール箱に歩み寄る。

 

「さて、今日はどんなメニューかしら」

 

 中を覗き込むと、五目あんかけ弁当がポツンと取り残されていた。

 

「すっかり冷えちゃってるわね。えーと、電子レンジは……」

「あ、ダメですよ、歌織さん! それ、卵が入ってますから!」

 

 弁当をレンジに入れようとしたところで、風花が慌てて止めに入った。

 

「知らないんですか? 卵を電子レンジに入れると爆発しちゃうんですよ?」

「あ……ああ、そうだったわね。うっかりしてたわ」

 

 料理が得意な歌織にしては、珍しいミスだ。

 

「気を付けてください、アイドルは顔が命なんですから。火傷でもしたら大ごとになっちゃいますよ」

「そうね。その時は風花ちゃんのヒーリングガンで治してもらうわ」

 

 冗談めかして答える歌織に、風花はキッと真剣な眼差しを向けた。

 

「歌織さん、わたしのヒーリングガンは火傷を治すことはできても、その傷痕まで消すことはできないんですよ?」

「え? ええ……」

 

 厳しい口調に、さすがの歌織も気圧される。

 

「本当に気を付けてくださいね。歌織さんは無茶してしまうところがありますから」

「そうね……気を付けるわ」

 

 と、その時だった。

 

 ――ザザッ!!

 

 閃光が走り、いつもの浮遊感が全身を襲った。

 

(あ、また……)

 

 視界が白く覆われ、身体が光の中に溶け込んでいく。

 

「……………」

 

 数瞬後、足の裏に地面を感じ、歌織は恐る恐る目を開いた。

 

(ここは……?)

 

 階段状の客席に、イルミネーションで彩られた舞台。

 お馴染みのライブシアターだ。

 

 しかし見慣れているはずのシアターは、その景色を一変させていた。

 

 崩れかけた天井に、燃え上がる客席。

 通路には人が倒れ、あちこちで悲鳴が飛び交っている。

 

「………う、うぅ」

 

 背後から聞こえたうめき声に、歌織はハッと振り返った。

 

(え……? うそ、でしょ……?)

 

 そして、息を飲み込む。

 

 そこには、見覚えのある人物が倒れていた。

 淡いブラウンの髪に、編み上げたギブソンタック。

 

 あれは……、

 

(わたしだ――!!)

 

 しかもその「わたし」は、ショッキングな姿をしていた。

 

(どう、いうこと……?)

 

 右腕が、肩のところからすっぱり失われている。

 おまけに両脚が付け根から切断され、ダルマのような姿で這いつくばっている。

 

(ひ、ひどい……どうして)

 

 驚く間もなく、再び閃光が視界を包み込んだ。

 

 

「――歌織さん、聞いてます?」

 

 ぐっと寄せられた風花の顔に、歌織は驚いてのけ反った。

 

「え? ええ……聞いてるわよ」

「本当ですか? 繰り返しますけど、体調が悪くなったらすぐに言ってくださいね。歌織さんは、叙勲を控えた大切な身体なんですから」

「う、うん。ありがとう……」

 

 頷きながら、歌織は乾いた唾を飲み下した。

 

(さっき見たあれ……何だったのかしら。着ていた衣装も、今日と同じだったけど……)

 

 パン!

 

 突然背中を叩かれ、歌織は意識を引き戻された。

 

「どうしちゃったの、歌織さん?」

「あ……桃子ちゃん」

 

 アイドルヒーローズの一員、桃子だ。

 幼いながらもヒーローとしての経歴は長く、仲間たちから篤い信頼を寄せられている。

 

「ファンのみんなは歌織さんの笑顔を見に来てるんだよ? ほら、元気出して」

「そうだったわね、ごめんなさい」

 

 小さな先輩の言葉に、歌織はフッと息を吐き出す。

 

「さあ、行くわよ」

 

 桃子がウインクして、楽屋のドアを開けた。

 

 ワアアァァァァァァァ…………。

 

 会場の歓声が、長い廊下を伝って部屋まで響いてくる。

 不安を押さえつけるように、歌織はカツンとヒールを踏み出す。

 

「みんな、頑張りましょう!!」

 

 力強く頷きながら、少女たちは通路を駆け出した。

 

 まもなくライブが始まる。

 

 だが、この時はまだ誰も気付いていなかった。

 人けがなくなった部屋の片隅で、かすかに動くものがあることに……。

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