首輪を付けられたことと屋敷から出られないことを除けば、ローランは自由だった。
ヴィクターの目も、少しずつ光が戻りつつあった。
それでも、ローランは辛かった。
「やっぱりスパイス入れすぎましたか?」
「ヴィクター、”から”いんじゃない。”つら”いんだよ」
「何が辛いんですか?」
「あっ」
「お仕置きですね。尻たたきは可哀想なので・・・穴突きにしましょう」
「アッー!」
・・・話を戻そう。とにかく、ローランは軟禁状態に置かれていた。
だが、ここで一生を過ごしたら、話が終わってしまう。
ローランは考えた。この状況を享受してしまったら、
ローランのためにも、ヴィクターのためにもならないのは明白だ。
ローランはどうあがいても底辺にいるしかないだろう。
だが、ヴィクターは違う。ヴィクターはちゃんと陽に照らされた人生を歩むべきなのだ。
そこで、屋敷を脱出することに決めた。
「エドガーさん、協力してもらえませんかねえ?」
「無理です。そんなことしたら、殺されます」
「まさか。エドガーさんが・・・」
「あの目を見なかったんですか?」
「ですよねえ」
ローランはもう一つの手段に出た。
紙飛行機、どこの次元世界だろうと似たようなものはある。
「ヴィクター、紙飛行機作ろうぜ」
「あら、久しぶりね。ローランと折り紙するのは」
ローランとヴィクターは調子に乗って、三十個くらい作ってしまった。
だが、むしろローランにとって都合がよかった。
「・・・ローラン!手から血が出てるじゃない!」
「あっ、本当だな。多分、はさみ使った時に切れちまったんだろうな」
「えっと、絆創膏・・・ないわね。・・・ペロッ」
「ヴィクター??なんで舐めたの?」
とにかく、ローランの血が付いた紙飛行機は屋敷の敷地から離れたところに着陸した。
そして、その血に込められた意味を知るものがローランの期待通りに拾うことになった。
「・・・これはローランの匂い!クンカクンカ!」
「アインハルトさん??」
覇王の奇行に聖王はドン引きした。
「なるほど、雷帝の子孫の屋敷に閉じ込められているのですか」
「なんで舐めただけでわかるんですか?」
「とにかく、彼を助けに行かなければいけないので!」
アインハルトは全速力で走っていった。
「・・・ノーヴェさん、アインハルトさんが約束を破ったよ」
ヴィヴィオはすぐにコーチであるノーヴェに連絡を取った。
「オーケイ、今すぐ向かう」
それはともかく、ヴィクターはずっとローランの傷口を舐めていた。
良い子のハーメルンの皆さんはマネしないでね。
「ヴィクター、いつまで舐めるつもりだ?」
「血が止まるまでです。もう血で手紙が書けないほどまでに」
「なにを言ってるんだい?ヴィクター」
「見てましたからね」
「バレてた?」
「はい、何枚もの紙飛行機に血を付けて飛ばしていたじゃないですか」
「・・・お願いがあるんだけど」
「いやです」
わかっていた。話し合いは無意味だと。両者は武器を構えた。
「懐かしいですね、こうして武器を向けるのも」
「・・・いつもヴィクターには負けていたな」
ヴィクターが勝てば、
ローランが勝てば、
普通の者であれば、前者を選ぶだろう。だが、ローランは後者を望んだ。
これはむしろヴィクターのことを思っての行動であった。
ローランはヴィクターにまともな人生を送ってほしいのだ。
そのまともな人生に、
「始めますよ、ローラン。覚悟はできてますよね」
「まあ、ゆるくやっていきましょうか」
本当であれば、ここから繰り広げられる戦いを描写したいところだ。
しかし、作者にはバトルシーンを書く文才がないのだ。
そこで、戦いの様子を想像できるように、一言で表現しようと思う。
争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!!
勝負はついた。ローランはうつ伏せになって倒れていた。
ヴィクターは口からドバドバと血を吐いているが、それだけだ。
「強くなりましたね、ローラン。それでも私には勝てませんでしたね」
「・・・ちくしょう・・・」
ローランの人生の終着点はここであると決定されたのだ。
現実は非情だ。さっき飛ばしたいくつかの紙飛行機も無意味になるだろう。
「・・・ヴィクター、どうして俺みたいな・・・奴なんかに」
「自分を卑下する悪い癖、変わってませんね。私に色々なことを教えてくれたのはローランです」
ローランは驚きのあまり顔を上げた。
「えっ・・・どういうことだよ・・・」
「ローランと会うまで、私の人生には何かが欠けていたんです。そこを貴方が埋めてくれたんです。見たことも無いような場所、想像できないような料理、冷えているようで実は暖かい人たち、普通だったら体験できないような話を聞かせてくれたのは貴方でした」
ローランがヴィクターからマナーや常識を教えてもらっていたように、
ヴィクターもまたローランから再開発地区のとんでもない話を教えてもらっていた。
「それに、そんな場所で孤独に生きている貴方を見て思ったんです。貴方の母親になりたいって」
おかんの誕生である(白目)。
「貴方はずっと辛い人生を送ってきた。貴方に会わなかったら、そういった人たちのことを想像できないままだった。だから、思ったんです。そういった人の母親になりたいって」
「ヴィクター・・・。そんなことに、人生を棒に振るつもりなのか・・・」
その時、何者かが窓ガラスを割って、部屋に飛び込んできた。
「・・・ローランさん。やはり大変なことになっていましたか」
それが誰なのか、ローランには一瞬でわかった。
この前の通り魔だ。紙飛行機は役目を果たしたのだ。
「ローラン、友達は選ばなきゃダメでしょ?」
ヴィクターは冷えた笑みを浮かべながら言った。
「友達?違います、夫婦です」
「あらあら、ローランの妻になりたいなら、
ある意味では地獄だったが、ローランにとっては都合がよかった。
ローランはこの隙に部屋から脱出した。体のあちこちがずきずきと痛む。
彼が向かったのは設備室だった。そこにはデバイス調整用の機械や、整備器具もそろっている。
幸い、この首輪は旧式のものであるから、パスワードを打ち込む必要はない。
ただ器具でいくつかの部品を慎重に外すだけで済む。
「そうはいかんぞ、ローラン君」
設備室の前にはヴィクターの父親、つまりダールグリュン家の当主がいた。
それだけではない。ダールグリュン家に仕える執事たちが武器を構えて並んでいた。
あのベルカ出身の貴族だ。彼らは全員腕利きと言ってもよいだろう「。
「当主様、俺逃げたいんですが。ほら、俺がいると、お嬢様のためにもよくないし」
「ふむ、君はわかっていないようだ。逃げられたら、ワシらがどんな目に遭うと思う?」
「そうです、ローラン。死にたくありません」
当主の言葉に、エドガーも強く頷いた。
「・・・やるしかないな」
ローランは再び武器を構える。
「手負いの状態で、ワシらに勝てるとでも?」
「勝つしかないんだよ」
執事たちが一斉にローランに向かってくる。
ローランは彼らの攻撃を上手く受け流し、一人また一人と気絶させていった。
もちろん、手負いの状態なので、いくつかの攻撃を食らった。
だが、それでもローランは立っていた。
気がつけば、残っているのはエドガーと当主だけだった。
「ふふふ・・・。エドガー、謝ってすみそうかね?ワシ雷撃もらいたくないんだけど?」
「無理ですね、全員雷撃確定ですね」
ローランと違い、彼らはずっとヴィクターと一つ屋根の下にいたのだ。
だからこそ、ローラン以上にヴィクターの恐ろしさを知っていた。
「ですが、彼はもう立っているのもやっとです」
「・・・そうだな。すまんなローラン君」
だが、またまた何者かが彼らを不意打ちして、気絶させた。
「・・・オレはハリー。てめえがローランってやつか?」
「あ、ああ。そうだけど・・・」
「この紙飛行機がヴィクターの家から飛んできたからな」
彼女は紙飛行機を広げた。アインハルトが拾った紙飛行機とはまた違い、
それには血で「ROLAND」と書かれていた。
「あいつの様子が少しおかしいのはわかってたけどさ、こんなことまでしでかすとは・・・」
彼女はローランの首輪に向かって魔法を放った。首輪は爆発することなく壊れた。
「アンタは早く逃げとけ。オレはあいつを叩きなおしてくる」
「・・・すまない」
「・・・早く逃げろ」
ローランはその場から走り去った。
ローランはこの屋敷に勤めた経験があったので、いくつもある出入り口を知っていた。
彼は一番近くの、それでいてヴィクターも知らないような出入り口に向かった。
だが、どういうわけかメイドたちが待ち構えていた。
あのベルカ貴族のメイドたちだ。弱いはずがない。
このままではメイドたちによって冥土に送られてしまうだろう。
「ヴィクター様の予想通りですね」
「ちくしょう」
「悪く思わないでくださいね。ローランさん」
さすがに連戦がたたって、ローランはもうまともに攻撃を受け流せなかった。
それでも、メイドたちの何人かを倒すことはできたが、無意味だった。
視界がだんだんと暗くなっていく。だが、また誰かがメイドたちを一瞬で全滅させた。
白い髪、紫色の淀んだ瞳、それは間違いなくリンネだった。
「・・・紙飛行機、拾いました」
彼女は紙飛行機を取り出した。ハリーとかいう少女が拾ったのと同じように名前が書かれていた。
「じっとしていてください」
彼女はローランを抱きかかえると、とんでもない速さで屋敷から走り去った。
ローランには、その姿はとても頼もしく思えた。
通り魔に襲われた夜と、同じような感覚に襲われた。
さて、そのころ・・・・
「アインハルト、接近禁止命令を破るなと言ったよな?」
「ヴィクター、てめえ何やったのかわかってんのか!?」