北宇治ミステリー   作:水原渉

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 すでに30分が経過していた。音楽室に戻ると、ぎくしゃくした空気になっていて、久美子はため息をつきながら奏の隣に座った。

「どうだった?」

「私が疑われている流れです。まあ、傘木先輩と鎧塚先輩は仲良しですから、当然そうなりますね」

 奏が皮肉っぽくそう言って、あしらうように手を振った。もはやこの局面では、いつもの慇懃無礼な礼儀正しさなど必要ないと言わんばかりだ。

「奏ちゃんがあの時間で、楽器室で梨々花ちゃんを殺すのは無理だと思いますが」

 久美子が眉をひそめると、みぞれが「そっちじゃない」と呟いた。

 時刻にすると18時。その時奏は久美子と二人で練習していたが、一度トイレに立っている。確かに割と長いこと戻って来なかったが、奏は友達と喋っていたと言っていた。もちろん、トイレの中のことなど報告してもらわなくていいので、それは真実ではなかったかもしれないが、その時は何も思わなかった。

「喋っていたというか、梨々花が友達と喋っているのを聞いていた感じですね。それは梨々花の友達に聞いてもらえればわかります」

「今は、わたしたち5人だけで解決しなくちゃいけない。その時、梨々花ちゃんたちは何を話してた?」

 希美が軽薄な笑みを浮かべて奏を見る。からかっているようだが、奏が言うほど犯人と決めつけているようには見えない。

「傘木先輩の話だったと思いますよ? 私たちが入学する前の、退部騒動について話していました。私は参加していないので詳しくはわかりません」

「ふーん。今さらだねぇ」

 希美が一瞬険しい顔をして、ポリポリと頬を掻いた。みぞれがちらりと久美子を見たので、久美子は持ってきた制服を手渡した。

「これ、梨々花ちゃんのバッグに入っていました。血が付いたから着替えたと疑ったのは謝ります」

「うん」

 みぞれが制服を受け取って傍らに置いた。麗奈がその仕草を見つめながら、静かに言った。

「ただ、久石さんはナイフを抜いたからこんなことになりましたけど、刺しただけなら返り血は浴びないと思います。夏服で袖も短いですし。みぞれ先輩の潔白の証明にはなりません」

「そうですね。動機はともかく、アリバイが少ないのは誰でしょうか。鎧塚先輩と、高坂先輩と……傘木先輩は何を?」

 奏が自分を外しながら話題を振る。実際、アリバイが少ない順に並べたら、奏は後ろの方に来る。

 奏の質問に、希美は髪をいじりながら答えた。

「わたしはずっとフルートの子といたけど。今日は髪の毛を下ろして欲しいって言われたから、今こんなふうになってる」

「私たち5人以外は、アリバイにならないとおっしゃいましたが?」

「アリバイにしようとは思ってないよ。わたしには動機がない」

「それは私も同じです。傘木先輩は鎧塚先輩と仲がいいから、梨々花に嫉妬していた可能性は拭えません」

「それは、さっきの奏ちゃんの動機と同じくらいのレベルだと思うけど」

 希美がその話はもうしたというように手を振った。さっきとは何か聞くと、奏が嘲るように笑った。

「学年の中で梨々花の人気が上がってきたから、私が自分の地位を脅かされて殺したとのことです。まったく、荒唐無稽というやつですよ」

「それを言ったら、私なんて何もないけど」

 久美子はあくまで潔白だと主張したが、みぞれがふるふると首を振った。

「今日、梨々花ちゃんと話していた内容による」

「それはもう言いましたが」

「信じろと?」

 みぞれの視線に、久美子は小さく息を吐いた。みんなアリバイに乏しく、また殺人自体にトリックは無い。楽器室は誰でも入ることが出来たし、誰も見ていない。

 結局、決定的な証拠が出て来ない以上、説得力で戦うしかないのだ。

 久美子が眉根を寄せて考え込むと、希美が立ち上がって久美子の手を引いた。

「ちょっといい? 確認したいことがある」

 そう言いながら、久美子の腕をグイッと引っ張った。特に誰もついて来ようとはしなかったので二人で外に出ると、希美が慎重に口を開いた。

「久美子ちゃんは、誰を疑ってる?」

「本当にまったくわかりません。希美先輩は?」

「みぞれ」

 その一言に、久美子は思わず呼吸を忘れて希美を見つめた。同時に、希美は久美子に何かを聞くためではなく、それを言うために呼んだのだとはっきりとわかった。

「高坂さんはなんて?」

「麗奈は、希美先輩とみぞれ先輩が結託して自分が指名されることを恐れていました」

「わたしは高坂さんにも、みぞれを疑ってるって話した」

「少なくとも、麗奈はそうは言いませんでしたし、私もにわかには信じられません。だって、お二人は仲良しですし、みぞれ先輩にも動機がありません」

 久美子が疑うように希美の顔を覗き込むと、希美は時々見せる冷たい瞳で笑った。

「わたしは、犯人がみぞれだと思うって言っただけで、わたしたちの仲は今、どうでもいい。動機が乏しいのはみんな同じ」

「希美先輩の言葉に乗せられて、私と麗奈がみぞれ先輩を指差した結果、みぞれ先輩が殺されてもいいのですか?」

「犯人は裁きを受けるべき。それは、わたしとみぞれの仲とは関係ない」

 ぴしゃりと希美がそう言って、一人で音楽室に戻っていった。

 久美子は表情を険しくして、今の言葉を反芻した。考え方は久美子と同じである。久美子も何の企みもなく、本当の犯人を指名しようと思っている。たとえそれが麗奈であってもだ。

 ただ、希美の言葉には何か裏があるように感じた。それが何かはわからない。本当にみぞれを指名しろという意味か、それとも、惑わすことで久美子が希美が本当に指名して欲しい人を指差すと考えているのか。

 音楽室に戻ると、みんな難しい顔で腕を組んでいた。久美子が座るのと同時に、奏がぽつりと呟いた。

「疑うわけではなく、状況を整理するだけですが、この中で直接梨々花に何かされたのは、高坂先輩だけですね」

 久美子が奏を見ると、奏は視線を落としたまま、踵で床を蹴った。この局面での一言は印象に残る。麗奈が奏をたしなめた。

「私がそんな小さなことで、剣崎さんを殺したと?」

「状況を整理しただけです。それはとてもつまらないことですが、今挙がっている動機の中では一番大きいというだけです」

「私は久石さんを疑うつもりはなかったけど、そういうことを言うならはっきり言うわ。貴女がナイフを抜いて血まみれになったのは、わざとじゃないかって思う」

「どうしてですか?」

「もちろん、疑われないために。インパクトの強い2回目のせいで、1回目の印象が薄れることくらい、聡明な貴女なら計算できるでしょ?」

 麗奈の冷たい視線に、奏はやれやれと首を振った。

「トイレの後、梨々花たちの立ち話を聞いて、私はすぐに久美子先輩のところに戻っています。今私を犯人に仕立て上げようとするのは、かえって自分の首を絞めるだけですよ?」

 それが、滝が現れる前の最後の会話になった。

 先ほど久美子が閉めた音楽室のドアが開かれ、滝がいつもの微笑みを浮かべて入ってくる。元々優しい印象はないが、今は特に悪魔の笑みに見える。

「さて皆さん、犯人は誰かわかりましたか?」

 滝の言葉に、皆が緊張した面持ちで顔を見合わせた。

 直接梨々花に楽器を蹴られ、アリバイも少ない麗奈。スマホの時計はわからず終いだが、胸に引っかかりが生じたきっかけになった。

 トイレに行くと言って長い時間久美子の前からいなくなった奏は、梨々花に人気が出るのを嫌がっていた疑惑がある。第一発見者だが、果たしてそれは計画的だったのか。

 やはりアリバイの無い希美は、みぞれにベタベタする梨々花に嫉妬していた可能性がある。ただ、希美自身は犯人はみぞれだと言っていた。

 ジャージ姿のみぞれは、制服が綺麗なまま梨々花のバッグから出てきたが、それ自体が怪しませて安心させる手口だったようにも思える。もしみぞれだったとしたら、果たして動機は何か。

 そして久美子は、もちろん自分ではないが、黄前相談所をみぞれに目撃されたことで、あらぬ疑いをかけられてしまった。奏が離れていた間のアリバイは無く、奏と二人でやったと言われたらもはや身の潔白を訴える術はない。

「時間をかけるのは止めましょう。私は1時間と言いました。今から10秒で決めてください」

 滝がゆっくりとカウントを始める。久美子は固く目を閉じて、大きく頭を振った。誰か一人を決めなくてはならないが、確信が持てない。

「10秒です。それでは、せーので指差してください」

 滝が静かにそう告げた。皆が険しい表情で、指を立てた手を突き上げる。

「せーの」

 滝の合図で、皆が一斉に手を振り下ろした。

 麗奈は真っ直ぐ希美を、奏は麗奈を、希美はみぞれを、みぞれは奏を、そして、久美子は──。

 

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