Case EX:Phantom/Sanctum   作:よしおか

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今話の投稿前に前回の文中から一部設定を訂正しています。
あの世界ってフランスはとっくに滅亡してたのね……(百年戦争あたりから史実と分岐して現実世界で言うフランス相当地域はすでにアルビオン王国に編入されているっぽいです)


Chapter2:惑う/Shadow

 しん、と静まり返るクイーンズ・メイフェア校のカフェテラス。

 今しがた男が発した言葉に誰も彼もが理解が追い付いていないようで、“プリンシパル”の五人は勿論の事、プリンセスを護衛する護衛官たちさえも男に銃を向けたまま動きを止めている。

 名門高等学校に特待生として通う、インコグニアの田舎娘アンジェ・ル・カレこそが、怪盗アンジュ・ガルディアン―――そんな突拍子もないことを言われればそうである。

 しかしながら、このまま無言を貫くというのもよろしくはない。いくらアンジェに心当たりが(今回ばかりは本気で)無いとはいえ、すでになにかしらの確信を持っているらしい男は、無言を肯定としてそらみたことかと騒ぎ始めるであろう。

 可能な限り相手の次の動きを牽制するべく―――ついでに、硬直する仲間たちを正気に返すべく。

 

「……はっ、はへぇええええええ!? わだ、(わだす)が怪盗ーーーーーっ!?」

 

 とりあえずは、辺境出身の田舎娘らしく大いに取り乱すことにした。

 

「そそそ、そっだな恐れ多いこと、(わだす)にはできませんだぁあ!」

「えぇいしらばっくれても無駄だぞ! 俺は昨日の捕り物の場で奴の顔を見た! お前さんとそっくり同じ顔をな!」

 

 己の潔白を主張するアンジェの狼狽を見苦しい抵抗と見て取ってか、男は己の脳裏に焼き付いた人相を思い返しながら叫ぶ。

 つまり、この男は怪盗の捜査並びに捕縛作戦に参加する立場にある、ということである。

 警察関係者が意気揚々と自分たちのもとに乗り込んできたことを瞬時に把握したアンジェ、並びにドロシーは、この場から引き出せるだけの情報を引き出す方向へと話の舵を切る。

 

「なんですかそれ、まさかその怪盗がこの子と同じ顔してたって言うんですか!」

「うん? ……失礼だがお嬢さん、この子とはどういう?」

「友達です……それよりミスタ、あなたこそ何者です? プリンセスの前で名乗りもせず、いささか無礼が過ぎるのではないでしょうか」

「む、それは然り」

 

 あらぬ容疑で友人を疑われて怒り心頭、という態でのドロシーの詰問に、男は意外にも素直に従った……王国民にとっては雲の上の人物とも呼べるプリンセス・シャーロットをそっちのけにしてアンジェに突っかかるという、これまでの振る舞いが異常も異常だったというのもあるが。

 護衛官たちから未だに拳銃を向けられているにもかかわらず恐れる素振りすら見せない男は、帽子を取って左の小脇に抱えると残る右手で懐から手帳を取り出す。

 

「ロンドン市警察所属、フラット・マネーペニー警部であります。プリンセス、この度は御前をお騒がせしたこと、深くお詫び申し上げます」

 

 深々と一礼されたプリンセスは、男―――マネーペニー警部に上品な笑顔を向ける。

 

「ご苦労様です、マネーペニー警部。先ほどの振る舞いも、真実を詳らかにせんという警部殿の心がけあればこそでしょう……ですがアンジェは先ほどまで確かに、わたくし達と共にランチを楽しんでおりましたの。そこに怪しい素振りは見えなかったのだけれども、よろしければアンジェを疑うに至った理由を教えていただけるかしら?」

 

 表情こそ公務用(よそ行き)のプリンセスであったが、それでも若干の怒りを声に滲ませる。

 民の信望篤い王女とはいえ、自分を無邪気に慕ってくれている友人を疑われては心中穏やかではない……といった態度の方が自然であろうという計算ずくのものであるが。

 プリンセスのその意図を―――或いは計算に隠された本音か―――正しく汲んだ警部は、先ほどの剣幕を引っ込めつつも言葉を続ける。

 

「は……プリンセスのご学友を疑うのは大変に心苦しいのですが、自分が昨晩の捕縛作戦で目にしたのは、まさしくこちらのお嬢さんと同じ顔でした」

「プリンセスっ、(わだす)、ほんとに何も……!」

 

 どうにもマネーペニー警部は、王女に睨まれようとも意見を変えるつもりはないらしい。

 

「アンジェ・ル・カレ。君は昨日の晩、どこに居た?」

「どこって、寮の自分の部屋に……」

「アンジェは昨日、夕食の後に具合を悪くして部屋で寝込んでました。とてもじゃないけど出歩けるような状態じゃありませんでしたよ」

 

 しどろもどろのアンジェに代わって答えるドロシー。その言葉の通り、昨晩アンジェは食事をとってすぐに部屋に籠り、同室のドロシーを除けば彼女の学友たちはその後一晩、彼女の姿を見かけてはいない。

 もちろん本当に体調を崩したわけではなく、『コントロール』が調達した弾薬や車両の整備部品といった物品を学内に隠すため部屋にいると見せかけてあちこち出歩いていた訳だが、今回はその行動が仇となる。

 

「残念だが、親しい友人の証言は証拠としては認められない。その間、寝込んでいる彼女を見た人間が君のほかに居ないのだからな」

「そんな……うぅ……本当です、本当に知らないんですぅ……」

 

 大方の予想通り、マネーペニー警部は取り付く島もない。

 無実だと信じてもらえず泣き出してしまう演技をしつつドロシーとプリンセスに寄り掛かったアンジェは、肩を震わせながら小さな声で今後の方針を相談する。

 

(どうする? このおっさん、はなっから理由付けてアンジェを捕まえるつもりだぞ)

(一度連行されてみて、もう少し探ってみる。フォロー任せるわ)

(アンジェ、気を付けてね……)

 

 密談と呼ぶには短すぎる業務連絡を終え、プリンセスは警部に向かって一歩踏み出す。

 

「警部。ロンドン市警の優秀なる皆さんが疑わしいという以上は、アンジェを連行することをわたくしは止めることはできません。ですがせめて彼女の容疑が確定する(晴れる)までの間、決して彼女の尊厳を貶めるようなことはしないと約束していただけますか?」

「……は、女王陛下に誓って」

 

 アンジェの身を案じるプリンセスにとって、その答えは及第点だったのであろう。

 未だ身を縮こませる友人に向き直った王女は、不安に震える肩を優しく抱き締める。

 

「待っててね、アンジェ。必ず迎えに行くから……どうかそれまで諦めないで」

「ひっく……はい……はい、プリンセス……」

 

 名残惜し気に互いの肩を抱く二人―――つい今しがたプリンセスが、アンジェの懐からCボールを抜き取ったことさえ知らなければそれはそれは感動的な一幕に見えたであろう。

 未だ全容のつかめない状況であったが、それでも前に踏み出さなければ何も始まらない。

 斯くしてアンジェは粛々と連行されるのであった。

 

「……さて、うちらはうちらで動かなきゃな」

 

 マネーペニー警部とアンジェが完全にカフェテラスから姿を消し、念のためにと護衛官に囲まれたプリンセスが教室へと戻ってから、ドロシーはベアトリスとちせに声をかける。

 

「あの警部さんのいうことが本当なら、怪盗ガルディアンはアンジェと同じ顔をしているってことだ」

「それって、姫様とも……!」

「そういうこと。どういう変装をしたのかは知らないがチーム白鳩(プリンシパル)のメンバーと、それも“チェンジリング作戦”の根幹に関わる二人と同じ顔だなんて、いくらなんでも話が出来すぎてる」

 

 かつてのドロシーは、共和国側のスパイをアルビオン王国の王族と入れ替え、『コントロール』からのスパイを手引きする人員としてしまう作戦のサポートに就いていた。

 一見すると荒唐無稽なこの作戦は、プリンセス・シャーロットと瓜二つな顔を持つ共和国のスパイ―――アンジェの存在があって初めて成り立つ、天文学的な確率で実行された作戦だった。

 紆余曲折を経てその作戦は変更され、アンジェとプリンセスという二人のスパイをチームとして運用することとなったのだが……閑話休題(それはそれとして)

 そもそもアンジェとプリンセスにそっくりな顔の人間がそうそう居ないからこそチェンジリング作戦は成り立っていたのだ。

 それがここにきて更に同じ顔を持つ人間が姿を現し、あまつさえその影響でアンジェが被害を被ったとなれば、偶然で済ますには無理がある。アンジェの言っていた、クロトカゲ星からやってきたそっくりさん3号という線は出来ればご遠慮願いたいものだが。

 

「ここまで舐めた真似されちゃあ静観するってわけにはいかないな。こっちで尻尾を掴むことができればアンジェの釈放にも繋がるかもしんない―――コントロールと連携して、怪盗が次に犯行に及んだ時にこちらから仕掛ける」

 

 ドロシーのその言葉に、ちせとベアトリスは大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……それで大人しく刑事に着いて行ったというのか!? 何を考えているんだ!!」

 

 ロンドン某所の地下深く。タバコを握りつぶしながらヒステリックに叫ぶ男を前に、同席する者たちはどこまでも冷静だった。

 王国内にて活動する、共和国スパイ達の指令室―――『コントロール』。四人の幹部たちの議題に上るのは、本日ロンドン市警へと招待(連行)された諜報員Aのことだった。

 

「Dの報告によれば、Aを拘束したのはロンドン市警のマネーペニー警部……こちらは先ほど、公安部とは無関係だと裏が取れました。少なくとも、ノンタイムですぐに公爵へ情報が洩れるようなことはないでしょう」

「だとしても我が国の諜報員が王国の警察に身柄を押さえられている事態に変わりはない! プリンセスの力でその刑事を押さえる事だって出来ただろうに、言われるがまま連行されるなど……!」

「ちょうど良い機会だし、警察庁内部の間取りも探ってきてもらえば良いんじゃない? しばらくは警戒が強くなってて資料の更新も滞ってましたし、ついでにAに調べてもらえれば助かるんですけどねぇ」

 

 淡々と状況を報告する女性管制官(セブン)に食って掛かるのは、軍から派遣された調整官―――共和国軍の大佐。そしてそんな二人のやり取りに、のんきな提案で以て割り込む技術担当官ドリーショップ。一癖も二癖もある三人がそれぞれに意見を出すのを聞きながら、彼らを束ねる統括官―――『コントロール』の長、エージェント(エル)は葉巻の煙を吐き出した。

 

「大佐の言う通りAが拘束された当時、その場にはプリンセスも同席していた。プリンセスの友人を疑い、不興を買ったとして刑事を追い返すこともできたAがそれを行わなかったこと―――Aはこの機に乗じて警察内部……というより、件の警部により近い場所で情報収集に当たるつもりだ」

 

 (エル)の推測に三人は押し黙り、以降の指示を仰ぐ。

 

「幸いにもこの警部はAが諜報員であるという発想には、まず至っていないようだ。が、尋問の内容次第では何がきっかけになるか分からん。Dから要請のあった怪盗の捕縛作戦はもちろんのことだが、警部の頭が冷えて怪盗以外に目を向ける前にAのバックアップ―――並びに、情報漏洩の危険性を認められた際の()()の準備を進める」

 

 冷徹なる長の命令に、異論は出なかった。

 

 

 

 

 

 

 場面は更に変わって、ロンドン市警庁舎の一室。

 嫌味でない程度に装飾の施された椅子から窓の外を眺めながら、アンジェはこれからの算段を立てていた。

 

(どう考えても変な状況よね)

 

 三時間前、アンジェはマネーペニー警部の他、数名の刑事たちに周囲を固められながら自動車から降り、ロンドン市警の牙城たるこの庁舎へと足を踏み入れた。

 着の身着のまま連行されて自分を取り巻く事態を把握できていない女学生らしくべそべそと涙を流すふりをしつつも、アンジェは注意深く刑事たちへと視線を向けるが……最有力被疑者を引っ立てたにしては刑事たちの表情は一様に硬く張りつめており、幾人かは良心の呵責でもあったのか気まずい顔でアンジェから目をそらしていた。

 不機嫌な顔を崩さないマネーペニー警部と、彼らに連行されたアンジェは互いに言葉を交わすことなく真新しい庁舎の廊下を歩く。手錠をかけられていないのはプリンセスに約束した“丁重な扱い”のためであろうか。それにしても警部は自動車から降りて着いて来いとだけ言ったきり、アンジェから目を逸らして廊下をずんずんと歩いていく。万が一に備えてCボールこそプリンセスに託したものの、ボディチェックすら行われず、逃げようと思えばいつでも逃げられるほどにずさんな連行の様子には空々しささえあった。

 そうして案内された部屋で椅子に座り込んでから、はや三時間。

 十分おきに部屋の内部をそれとなく確認するのも、流石のアンジェでもいい加減に飽きてくるというもの……冗談抜きでこの部屋には一切の監視がないのだ。“普通の犯罪者が普通に捕らえられた時にだって、あるべき筈の監視さえも”。

 

「アンジェ・ル・カレ、食事だ」

 

 ノックの音に続いて、アンジェの返事を待つことなく扉が開けられる。ぶっきらぼうな顔をした刑事が、湯気を立てるトレーを持って立っていた。

 

「二十分後に下げに来る。メイフェア校に通うお嬢さんの口に合うかどうかは知らんが、あんまり残すなよ」

「はい……」

 

 事務的な会話だけをしつつ、刑事はてきぱきとトレーからテーブルへと器を並べていく。ここでもまた、スパイとしてのアンジェは気を抜くことはない。

 配膳の手がナイフとフォークに伸びた時、アンジェは特に刑事の動向に注視した。牢の中へと逃げ込んだ暗殺対象が、看守に扮した暗殺者によってスプーンで心臓を抉られるなど初歩も初歩の手口だ。刑事たちにおとなしく連行された自分が、『コントロール』から機密保持のために口を封じられることだってありうるのだから。

 

(………あ、そういうこと)

 

 しかし、そうして注視していたおかげか、アンジェはスプーンに映ったその手掛かりに気づくことができた。

 

「では、二十分後に。おかしな真似はするな」

「はい」

 

 ぶっきらぼうな顔を崩さないまま、刑事は部屋を辞する。

 そうして彼の足音が遠ざかり、改めて監視の目がないことを確認したアンジェは食事に手を付ける……前に、カトラリーに添えられた布製のテーブルナプキンを裏返す。

 

「……なるほど」

 

 そこにあったのは、先ほどの刑事……『コントロール』への情報協力者から伝えられた、現状の簡単な説明だ。布地の端につけられた印が、鏡のように磨かれたスプーンの曲面に映ったために、アンジェはこのメッセージに気付くことが出来たのだ。

 

(とりあえず、ロンドン市警内部に協力者が居ると知れたのは幸いだけど……余計に訳が分からないわ)

 

 ナプキンに書かれていたのは、現時点で判明している怪盗ガルディアンの情報と、それに対するロンドン市警の捜査方針だったのだが……彼らをして怪盗の正体は依然として掴めておらず、銀髪のショートヘアに青い瞳という、アンジェによく似た風貌を持つ少女だということしか分かっていないらしい。

 よって、やむなくロンドン市警は彼女が巷で騒がれる“義賊”としての側面に賭けることにしたらしい。

 

 すなわち。彼女が何かしらの正義に乗っ取って活動していた場合、彼女によく似た少女をロンドン市警が拘束したならば、それに憤るガルディアンは必ず哀れな無実の少女を奪還するべく現れるのではないかという……平民のアンジェ・ル・カレからすれば迷惑千万な、お粗末すぎる囮捜査によるものだった。

 

(ロンドンの盾を自称する近代警察が、聞いて呆れる……とは、言い切れないのかしら)

 

 ロンドン市警の前身―――かつてのロンドン警邏隊は12世紀以前からの前時代的な犯罪捜査を踏襲し、ひとたび犯罪が起きたならば下層生まれのならず者や、あるいは国外から流れ着いた異教徒たちを適当につるし上げては処刑して事件にふたをするという、おおよそ秩序の番人とは思えぬ振る舞いを是としてきた。

 それでも現状を良しとしてはいけないと義憤に燃えた一部の者たちが立ち上げた近代科学捜査を行う捜査機関……それが、数十年前に産声を上げた新生ロンドン市警だった。

 しかしながら警察組織の改革は、予定外の事態によって躓くことになる。

 ロンドン革命。その怒りの行進に加わった民衆の中には、かつて家族を、大切な誰かを杜撰な捜査とそこから発した冤罪によって奪われた者たちもいた。貴族が幅を利かせたロンドン警邏隊が生まれ変わろうとも国の組織である限りは、王政に与し、民衆から搾取しかしない存在だと決めつけた彼らは、王城に大砲を向けるのと同じように、ロンドン市警にも火を放った。

 更にその後、ロンドン市警は革命の余波によって平民・労働者への締め付けを余計に厳しくした王国領に取り残されることになる。設立当時の上層部メンバーはそのほとんどが更迭され、王宮から派遣されてきた執務官が警察署長と同じ権限を持ち、捜査に介入してくるようになった。皮肉にも王国からの解放と民主化を叫んだ革命が、警察組織の民主化、近代化を押しとどめてしまったのだ。

 

「だからこそ今回、こんな生贄ありきの囮捜査が実行されたってことか……ホント、イヤな国」

 

 アンジェは十年以上前の、王家とそれに連なる者たちだけが繁栄を享受できたアルビオン王国を知っている。自身が何の不自由もなく暮らしていた時代に陰で一体どれだけの国民が、尊厳を奪われ、それをおかしいと思うことすら出来なくなっていたのかを。

 だからこれもまた、自身にとっての課題なのだろう。かつてこの国を変えたいと願い、変遷の末にかけがえのない親友へとその夢を託すと決めた、アンジェ・ル・カレという一人の人間にとっての。

 

(……それに、彼らの中にもこの事態をよく思っていない人がいる。もしも彼らの協力を取り付けることが出来たなら……)

 

 もたらされた情報によれば現在あの刑事からの報告をもとに、ドロシー以下プリンシパルの面々が、警察の敷く怪盗包囲網に割り込む形で捕縛作戦を実行するらしい。アンジェはそれまでの間、この部屋でロンドン市警におとなしく守られているという算段になる。

 アンジェは布ナプキンに添えられた最後の一文に目を走らせてその内容を噛み締めると、薄口のソースで書かれた(器用なことである)文章の上にわざとスープをひと匙こぼす。

 スープの油分と混ざり合った文字は、あっというまに滲んで消える。ゆえに、協力者である先ほどの刑事が思わず付け加えてしまったのであろう一言は、アンジェの脳裏に保存されるのみとなった。

 

 

 

―――『マネーペニー警部は今回のやり方に納得せず、最後まで特待生の少女が事件に無関係だと執務官に訴え続けた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のとばりはすっかり落ちて、今宵もロンドンの街は霧に包まれる。

 ボイラーから絶えず蒸気と汚れた空気を吐き出し続ける三層構造の街の上空に星は見えず、それでも夜空に白くきらめく月だけが、ガス灯の消えない歪な都市を照らし続ける。

 

「嗚呼―――ホントに、イヤな国。あるべきものをあるべきところに収めることなく、誰もがそれを良しとしている」

 

 月明りのスポットライトを浴びて朗々と謡う彼女は、白いマントを翻しながら高層建築の屋根の上でくるくると踊る。

 眼下に広がるロンドンの街を見下ろしながら―――あるいは見(くだ)しながら―――守護天使を名乗る少女(アンジュ・ガルディアン)は誰に向けるでもなく語り続ける。それは彼女にしか見えない神からの勅命を読み上げるかの如く。

 

「だからこそ、誰かがそれを戻さなければいけない。歪みを正し、この王国を正しい形に戻さなければいけない―――」

 

 やがてぴたりとその回転が止まり、彼女はその場に膝をつく。両手を合わせて額に合わせるその様は、まるで一心に神へと祈る敬虔な信徒のよう。

 しかしながら、口角を釣り上げてにたりと笑うその顔には、確かに狂気の光が宿る。

 

 

「いましばらくのご辛抱です。どうか私がお迎えに上がるまでお待ちください―――()()()()()()()

 

 

 少女たちの戸惑いも晴れないままに―――夜のロンドンに、白い影が舞い降りた。

 

 

 




惑う(日・まどう)

どうしてよいのかわからずに慌てふためくさま、道に迷うこと。あるいは、悪いことに心を奪われることや、どうしようもなく一つのことに固執すること。


Shadow(英・シャドウ)

(水・鏡などに映る)影、映像、姿、(ある物の)影のようなもの、かすかな面影、実体のないもの、まぼろし.。
刑事やスパイを表す隠語でもあるが、死の予兆を意味することもあり、転じて『暗殺者』の意味でつかわれることも。




〇おまけ

アンジェ「ふえーん刑事さーん、私ほんとになんにも知らないんですぅ……(胸元で両手を握りしめておめめウルウル)」
ドロシー「ぶふぅっ! に、似合わね……(咄嗟に口元覆うも間に合わず)」
ちせ「ぷっ、くくく……!(笑いたくて笑いたくて震える)」
ベアト「……っ……っ!(人工声帯(のど)のネジ緩めてサイレンス爆笑)」
アンジェ「あんたら後で屋上な」
プリンセス「……ふふっ」
アンジェ「!?」
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