Twitterに投稿したものを一部名詞の置換、誤字脱字の修正、台詞の追加などを行ったものです。
「さて。どこから話すべきか。
……生まれからにしておこう。お前も確認したいだろ?
俺はまず、ゴットランド島の商店主の家に次男坊として産まれた。
んで、親父は本当は俺を跡継ぎにしたかったらしいが、俺は軍人になりたかった。
まあ、説得の末に親父は折れて俺は士官学校の輜重兵科に入った。
そして、兵站の士官になった。
そんな兵站局での出来事は、色々あった。
ホールリン中将……まだ将官ですらない頃のあの人に連れられて腹ん中パンパンになるまで呑んだこともあった。
俺はそのうち、あの人の傍に常に控えていた。
「名門貴族の紐」なんて呼ばれた時期もあった。
なぁに、そんなこと言う連中は今は大体死んでる。
んで、月日は流れてあの人が兵站局長になったら俺は課長にされた。
あの人曰く「お前しかいない」と言われた。
まぁそう言われてよろこばねえ奴は居ねえ。
実際その頃には取り巻き……家臣団と呼ばれる連中が居て、俺はその筆頭扱いだった。
実際、俺とヴァルデゴート……皇道党の首領、中佐だ……が両輪みたいなもんだった。
で、俺は色々工面した。金を、弾を、砲を、或いはトラックを。
それをヴァルデゴートが党員、ここの党員とは皇道党なんだが、に周知させる。
実際、ヴァルデゴートのカリスマ性は比肩するものが居なかった。それが後に悲劇を生むんだが……
それでか中尉……いやまだ学生だったな、ロマノフスキーもヴァルデゴートに従ってた。
んで、ある日ヴァルデゴートの部下が暴発した。
ロマノフスキー……当時は中尉だな、の派閥や俺ら兵站局は動かなかったが、知らせを聞いた中将の顔は怒りに満ちていた。
が、立ち上がった瞬間その身体が揺れて倒れた。
あれは、まさしく憤死だった。
まあそれで侯爵が責任を取らされたんだが。
その後は早かった。俺は蜂起した連中の中で生きてる奴をフィンランドに逃がした。
元より、武器の出所の隠蔽工作はしてた。
で、それをやる前に軍を辞めた。
あの後に粛軍があったから、タイミングがよかったとしか言えないな。
で、ロマノフスキーは部下と共にSNFPに入った。
俺は所謂家臣団程じゃないが中将を慕ってた連中を束ねて、色々やった。
金を集めるために本当に色々やった。
自動車整備事業がその有名な奴だな。
そして、選挙前のある日、ふとロマノフスキー中尉の所に会いに行ったんだ。
中尉は中将の住んでた屋敷に、中将の娘、ロマノフスキーの母親だな、と居た。
そんで彼女曰く、数日出てきてないと。
俺は心配になり扉をぶち壊した。
するとそこには、窓を全開にして、ひたすらにどこから得たのかわからない黄金の鷲の像に祈る中尉が居た。
数日飲まず食わずのはずなのに何故かやつれておらず、どことなくおかしな雰囲気があった。
で、突然振り向くと俺にこう言った。
「力を貸してくれ」と。
俺は「突然変なことやったと思ったらそれか?しょうがねえなあ。いいよ、いいよ。俺が補佐してやるからそのまま思い付くままやっちまえ。クソみたいなことやってみるのもいいかもしれないしな!」と返した。
その瞬間のあいつの顔は、幼い頃から見てきた中で一番喜んでた風に見えた。
で、あいつは選挙後にSNFPを辞めて新党を立ち上げた。そう、北ローマ帝国党だ。
その無茶苦茶な主張に不安がる部下たちに俺は「男は度胸!何でも試してみるのさ」と発破をかけた。
そこからは神にでも愛されてるのかと言わんばかりに凄いことがあった。
あのハンソンとの協定、娯楽産業での成功、議席の確保。
その快進撃にケツの小さかった連中も気がつけばロマノフスキー党首万歳と声をあげていた。
特に、共同議長になったところは特に凄まじかった。
まあ、流石に元ジャーナリストを担ぐところは割と皆引いてたが。
で、中尉が外務大臣になる頃に俺はフィンランドで元鞘、兵站周りのことをしてた。
これは党首のフィンランド正統政府支援策で、ハンソンの義勇軍と似たようなもんだ。
捻出された兵力は全く違うが、仕事は同じ以上にやったと自負している。
実際、軍を辞めた時に「このままじゃ、おさまりがつかないんだよな」と思ってたものが消えたしな。
特にカタイネンとの出会いは愉快だった。
なんだかんだあそこまで優秀なのは俺の部下にも数える程しか居なかったし、フィンランドの人材の厚さがうらやましくなった。
んで、ヴァーサ共和国陥落後も俺たちはフィンランドで手助けをしていた。
なぁに、そのまま復興支援もせずに即退散ってのが気に食わなかっただけだ。
勿論、党首の許可は取った。
で、スウェーデンに戻ってきた時に、党首の提案した『欧州連合構想並びに戦後欧州の立場における提言』、あれを聞いた瞬間俺のやってきたことは無駄じゃなかったと確信した。
あいつは、ロマノフスキーは本当に神に愛されたんじゃないかと思った。
そして、それを実現するために協調に吸収されるという案を提示したのは皆驚いた。
実際党首とパルメ総裁は親しかったし、革新同盟に対抗するためにはそれしかないのはわかっていた。
党内はあいつのシンパだらけになりつつあったから、困惑こそあっても、あっさりそれは承認された。
でも俺は気になって真意を聞いた。
すると、
「昔酒の席で、いつか合流すると約束したんだ。それを果たすのが男だろ?」
そう話す党首に俺は、
「よかったぜホイホイついてきて。俺は世界だって色々変えちまう人間についてきて本当によかった」
と言った。
党首は
「何を今更……お前がついてこなかったら我々はここまで大きな存在になってなかった、本当に感謝している」
と話してから少し間を置いて、
「でだナイカ、提案がある」
「なんだ?」
「協調に我々が合流次第、引退しないか?」
確かに俺は少しずつ老いていた。見た目は今も40年前も未だに変わらないが、中身は少しずつ衰えていた。
それをわかっていたんだろうか、党首は引退を勧めてきた。
「でもタダって訳じゃないんだろ?」
思わぬ言葉が口から出た。が、返しは単純だった。
「なにも、ない……もう休んでくれ、頼む、なんでもする」
「んお……」
翌日の目覚めは、悪くなかった。
まあ、そんなこんなで俺は協調へ合流した北ローマを見届けて引退した。
ロマノフスキーは俺を『二代目党首』に建前上して、多額の退職金を渡してきた。
正直、使いきれる気なんざしなかった。
で、半世紀ぶりにここに帰ってきたわけだ。よく生きてたな兄さん。てっきりとっくに墓に居たかと思ったぜ」
「何を言う、お前なんて48年のテロに巻き込まれてくたばっちまえばよかったんだ、あるいは粛軍で終身刑にな!」
「おいおい、半世紀ぶりの弟によくそんな口を……」
「うるさい、貴様の顔なんてまだ変わってないだろ。少なくとも半世紀はな!」
この日よりしばらく、ゴットランド島のある商店は、ストックホルム帰りの将校を一目見ようとしばらく客足が増えたそうである。