本編大幅改稿?いや、あの、その……
1981年の夏、スカンディナヴィアコミックマーケット開催数日前。ロマノフスキー邸にとある議員が呼び出されていた。
名はコニー・ユングマン。
彼は、旧帝国党系――通称羅馬派の中核を成す議員であり、党幹部として知られるような人物であった。
そんな彼は、突然の師からの呼び出しに困惑を隠せなかった。
「コニーです。ロマノフスキー先生に呼ばれて来ました」
そう言いながら戸を叩くと、重厚な音を立てながら開き、中から銀髪の女性が現れる。
顔は整っており、腰に届かんとする髪は冬の川のようであった。
「どうぞ。今、夫を呼びます」
そう言うと応接室に案内される。
彼女とロマノフスキーを並べると、夫婦というよりは親子だな、等と苦笑しながら待つ。
少しすると、眼鏡をかけた老紳士といった風貌の男が入ってくる。
「先生、お体の方は……」
「問題はない。むしろ、元気がありすぎて困る。故に今回のイベントも問題なく歩き回れそうだ」
「そうですか、それはよかった。して何故私を?」
「いやなに、『経営者ロマノフスキー』、『芸術屋ロマノフスキー』としての後継はすぐ会えるが、『政治家ロマノフスキー』の後継者はすぐに会えないからな」
「はぁ、して誰に伝えろと」
その言葉を遮るがようにロマノフスキーは続けた。
「無駄な謙遜だ。少なくとも我が党派を纏めてるだけで充分後継に等しい。何しろ『ホールリン家臣団』なんてものは今や存在しないのだからな」
ホールリン家臣団。それはロマノフスキーに追従した旧兵站局主流派を指す言葉である。
「少なくとも、だ。後継だと我が意を受けても今はそれを知らぬ議員団。即ち家臣団も同じく老齢なのだから引退もすぐだ。それを纏めるには少なくとも、何かがいる。即ちそれを持った弟子は――奇しくも一人しか居ない」
少しの間が場を支配する。一瞬、その眼がかつての光を取り戻す。その眼は理想を成し、後輩を育てんとしていたあの頃のそれであった。
「お前だけだ。我が意思を、我が思想の理解をしているのは。」
「そうでしょうか」
「そも、ロマノフスキー主義とは何か。古代ローマの再興?確かに近いものがある。だが、かの美しき帝国の体制は今の世に合わない。
であれば、フェビアン的な社会主義?と聞かれれば否である。少なくとも、私は君主制については自らの
かといって権威主義と言われれば労働者に対する優遇に角が立つ。
しからば、衆愚政治と近しいが……」
「「『我々は大衆に指針を示し、共にあり、そして彼らの為に働く』ということであり、決して大衆の票稼ぎのみを目的とはしない。また、政治とは妥協である」」
「……そこだ。『大衆に指針を示す』とは一手先だけでなく二手、三手……できれば四手くらいは打ちたいんだが――いかんせんそこまで見えるのはかつての政治家でもほんの一握り、三手先で充分だ。
続いての『共にあり』――これは衆愚政治を表す『パンとサーカス』、これを以って共にあらんとする、即ちは大衆が飢えることなく、彼らの欲望を汲み取るため、だ。そしてそれが虐殺や差別などの『悪』に傾かぬように娯楽を通じて『正義』を示す。
最後の『彼らの為に働く』、これは単純。支持者をないがしろにしては駄目だ。我々は指針を示すだけで投げだしてはいけない。夢を並べるだけでそれを実行に移さぬのは屑の所業だ。
そして、だ。その示す指針とは勢力均衡による世界の平和の維持。ドイツ一国による平和は脆く崩れ去った。であれば、常に外敵――この場合は日英だ。それを他二極とし、我々は第三局として時に加担、時に仲裁する。本来であれば強大な国際機関があればいいのだが、生憎それを提言するだけの気力も、或いは余裕もなかったのだ。
で、だ。仮に彼らと我が国、つまりは三極のうちどれか二極が争えば最後の一極が得をする。かといって、二極で一極を潰せば敵は一つ。即ち、均衡を保つのが彼らの国益にもなる。
これは我々にも適応されるが……ここ30年、戦争を望むものはいないからな」
そう言いながらロマノフスキー卿はいつの間にかあったコーヒーカップの中身を啜る。
そしてカップを置いてから続ける。
「その為には間違ってもブリタニア属州回収などとほざいてはならぬし、ロシア統一もペルシア統一もはぐらかさないといけない。成り立たせなければならぬ平和、それこそが妥協、即ち政治の本質で、自分が過去にやってきたことの結晶、ロマノフスキーという政治家の求めた理想と現実の狭間。己自身への嘘、もしくは――神はこれを見越していたのやもしれんが、約束は、新たなるローマは果たした。パクスロマーナは形を変えて再建された。妥協ではない理想だ。
自分自身の成果だ。それを無駄にするな。してもらっては困る。より良い条件などないのだ。より悪い条件もない。これを一つの答えとしろ。これが平和への答えなのだ。間違いない、きっと、まちがいなく……」
途中から己に言い聞かせるように、己を疑うかのように、自分自身に問いかけるが如く、咀嚼するかのように。
もしかすれば、あの時にこうしていればより良かったのでは、それを終わりの近い砂時計が咀嚼する。
そして、それを全て己の理屈で処理しきったのか、再び話し出す。
「……すまない、すまない。落ち着いた。……さて、政治とは妥協というのは言葉そのまま、一番大事な政策以外は柔軟にあるべし。ということだから、ああ。
何故君を呼び出したのか――そこに戻ろう」
「はぁ」
一息置いてコーヒーを飲み干し、ロマノフスキーは続けた。
「そろそろ私は死ぬ、己のやった悪に蝕まれ、自ら生んだ怪物に吹き飛ばされるのだ」
「……今、何と」
「だから、だ。そろそろ私は死ぬ」
沈黙、それを貫くかのように続ける。
「表現の自由は皆驚いたわけだ。そして、だ。早すぎる薬は体に毒、故に毒を中和せねばならない。それが私の死、それだけだ。我が子の面倒は親が見るべきだろう?
子供たちもすっかり大人だし、政治においては君がいる。安心だが、表現の自由を奪わんとする者はいずれ出る。というよりもういるのだ。
で、あればそれに『警告』がいる。つまり死して自らを警告とする。それでおしまいだ」
「……死とは、陳腐では」
「ふむ、確かにそうだ。だが、身体がついていけるのかは怪しい。数十年先を見たと言われる目も老眼鏡がなければロクに見えないしな。悔いがあるかと言われれば、ローマにも郷里にも戻れたし、ゲーム機……だったか。ああいう電算機の娯楽も触れた。もはや――」
「別れを告げるのみ、と」
「ああ、といっても遺言は書き残してあるし、あとは宮中に向かうくらいだ」
「家族には」
「言えば冗談と取られるだろうし、覚悟はさせたくない。」
「後継ならいい、と?」
「……少なくとも、信じている。それだけでよかろう」
「……全くです」
「ということで、だ。アレを出そう。飲まねば損だ」
そう言うとコーヒーカップを持って立ち上がり、部屋の外に出る。
少しの時間の後に、いくらかの瓶――どれも値の張る酒である。を抱えて戻ってきた。
「さて、付き合ってもらうぞ」
「……はいはい」
針は進み、日は落ちる。
数日後、ユングマンの元に
「コミックマーケット最終日にロマノフスキー卿が殺された。今のところ犯人と彼以外に死者は出てないが、怪我人が多数出ている」
との一報が来た。
それを聞いた彼は
「早急に関係各所を呼び、次のコミックマーケットまでに『このようなこと』を繰り返さないための対策を練らせろ!中止や延期はさせるな!英雄の灯した自由の火を消すな!」
と部下に命じたとされる。
ロマノフスキー主義とは結局なんなんだろうか。
とりあえず妥協と蝙蝠力が大事なのはわかるけどなんとも。