誤字がないのが楽だった。過去の自分様々である。
1981年、ストックホルム。
極東の民が風鈴と団扇、扇風機で涼む頃、北欧の民は熱気に包まれていた。
スカンディナヴィアコミックマーケット。
一人の酔狂なる男の始めた自由の祭典、その一角。
そこに座す楽しげな老人。
名をエミール、姓をロマノフスキー。
そう、この老人こそ酔狂なる男、ロマノフスキーであった。
して、この老人が何を成したかと言えば、元はロシアのウラル山脈沿いの町に産まれ、ロシア内戦の戦火を逃れるべく、母方の祖父を頼りに、スウェーデンに逃れてきたのだ。
その後、軍学校に入るも、ある中佐の思想に傾倒し党員として派閥を作ることとなった。
その後、党がクーデターを起こし倒れると軍を辞め、別の党に入った。が、副党首ら元軍務局と当然ながら険悪であり、40年にはそこを離党した。
そして、その後は自前の党、『北ローマ帝国党』を建て、出版等の副業で自前の資金を得た。その副業の果てがコミックマーケットである。
が、それだけでは終わらぬ。与党と政策で近かった彼は与党に近づいた。
与党の法案は精査して通した。自分たちの法案は野党にも受け入れられる、穏便かつ公約通りのものにした。
いつしか、帝国党はリクスダーゲンにおいて、少なくない影響力を保持していた。
そして、リクスダーゲンが燃え盛り焼け落ちた後、彼は臨時共同議長に任命された。
勿論、それは臨時国会さえ決まれば終わるものである。が、これは党が完全に与党側となった証左であった。
やがて、フィンランドで内戦が発生し、スカンディナヴィアがフランスに宣戦布告すると、彼は、外務大臣となった。
独自の、反動貴族から極左にまで繋がる太いコネクションが評価されたのだ。
外務大臣としての彼は、日英との戦後処理について知られる。
彼は、脅迫と方便で自らの主張を通しきった。
ウラルを越え、大西洋を越え、インドを越えてまでも核を東京とオタワに落とし、メルボルンすらも焼き払うと。
尤も、この脅迫はスカンディナヴィアの石油資源と、直近のバクー油田の生産量を見ればわかる通り、実現不可能であったのだが。
こうして、彼は欧州を統一された軍隊を有する、緩やかな連合へと作り替えた。
故に彼は怪人にして戦後の英雄として知られる。
コミックマーケットや、さまざまな表現規制に対する反対意見から、表現の守護者としても知られている。
彼は60歳を過ぎた頃からは政治家を引退して、企業等に傾注するようになった。
そんな彼にも、年に似合わぬ若い息子がいる。可愛らしい娘もいる。宗家であるホールリンの当主とは、表現における同志であった。
70歳を越えた頃からは身体の不調を訴えるようになった。
目覚めが悪くなり、この頃には老眼鏡を常にしていた。
タバコこそしなかったが酒をやり、政治に経営と多忙な日々を過ごしたからか、或いは『役目』を終えて気が抜けてきたからか……
そのようなことを考えつつ、彼は館内を歩き回り、過去を思い返していた。
そんな時、ペルシア人だろうか。一人の青年が近づいてきた。
彼は、日本とスカンディナヴィアで、ペルシアを分断する条約に調印したこともある。
だが、特段表立ってペルシア人に手袋を叩き付けられたことはなかった。
分断された西ペルシアは、数十年前とは見違えるほどに発展している。
西テヘランの市街地はマンションが並び、それ以外の西ペルシアも高速道路や鉄道網に始まり、都市開発が進んでいる。
それを欧州からの、祖国を分断した詫びだと捉えていたペルシア人は多い。だが、表面上の感謝はされた。
概ねその手合いだろうか。
目の前の近付いてくる微笑む青年を見てそう判断した。
その時、青年の口から不明瞭な言葉、アラビア語だろうか。そんな言葉が聞こえた。
まさか。彼の勘は危険を感じた。彼に役目を与えた、彼の神はそれを知っていた。
そう彼が察知した時、青年はくいっと背負っていた鞄の紐を引いた。
閃光。爆発音が響く。
煙と悲鳴。怒号と血の臭い。
何人かが爆発の方向に向かう。
そこには、青年の散らばった手足、指がちぎれ、生きていないだろうと思われる怪我をした老人。
そして、多数の巻き込まれた民間人。
大惨事、そう言うしかなかった。
近付いてきた者たちは唖然としていた。
すると突然、その中の一人が拳銃を取り出し、老人に発砲する。
老人はぴくりともせず、拳銃を放った男は我に返った者たちに取り押さえられる。案外早く警官が駆けつけ、男は連れていかれた。
鑑識がやってきて、現場検証を始める。
死体は運ばれ、解剖される。
やがて、老人はエミール・ロマノフスキーであると確定した。
事件後の男への聴取により、「彼の産み出した文化により神聖なる信仰が汚された、これは罰である。」との供述が出てきた。
が、裏に何があるのかまでは特定されなかった。
そして、メディアは事件を大きく取り上げた。スカンディナヴィアの元老の死は、国内を駆け巡った。
彼を弔う者も、国内外問わず多かった。
かくて、怪人、英雄、守護者。様々な面を持った男、エミール・セルゲーエヴィッチ・ロマノフスキーは死んだ。
だが、彼の居室には遺書があり、相続は円滑に進んだ。
また、彼の家に『捜査』に入ったある組織の人間がしばらく頭痛に悩まされたとの話もあるのであった。
そして、彼を神の使徒として崇め奉る、ロマノフスキー・カルトなる連中も……
こうして世界は回る。だが、これが次の時代の幕開けとなるのをまだ誰も知らないのであった……