死後の物語ですがそれも一興、ということです。
1986年、ストックホルム。
小鳥がさえずる春先の暖かい日に、ロマノフスキー家新当主、フェドート・エミーレヴィチ・ロマノフスキーは父親の墓参りに来ていた。彼の父親は、スカンディナヴィア連合王の側近の一人として名高い、エミール・セルゲーヴィッチ・ロマノフスキーである。
彼は、その人生を思うがままに、神の力と当人の人徳で好き勝手やって満足した挙げ句ペルシア人により爆殺、死後も彼の意思を勝手に継いだ人々により娯楽、宗教、政治、経済、外交、ついでに軍事で爪痕をはっきり遺していた。
そんな大人物の息子が普通でないのは、革新同盟の政治家たちを見ればわかるだろう。
そんな彼の才覚は、経営において十全に発揮された。
彼の妹、ディアーナはその娯楽系の才能を受け継いで、好き勝手にやっている。むしろ、刈り残した草を次々と刈り取っている。
さながら通った道を拡げるように。
因みにスカンディナヴィアでは、ロマノフスキーの地と汗と涙の末に表現の自由が保障されている。(極東の日本も一部のNGワードさえなければかなり自由に描ける。しかしながら民間の検閲が酷いとも噂される。あと黒海苔)
しかしながら、父の政治家、軍人としての才覚は彼の子供たちには引き継がれなかったようだな。と考えながら彼は、十字架の先端についた鷲を拭いていた。
これと墓にS.P.Q.R.の刻印をすることは、生前からの当人の希望であり、予め用意してあった遺書にもその旨がしっかりと書いてあった。何なら、彼がさんざん父親から聞かされたことである。
彼は、何故父親がここまでローマに拘るのかはわからなかった。理由も一切話してくれなかった。が、父親の望むままにそれを成した。
それが弔いになるのだろうと考えたからだ。
因みに、イタリアのローマやロシアの故郷に埋葬する計画もあったが、前者はスカンディナヴィア国内の、後者は戦争に巻き込まれて消失する可能性を考えてなしになった。
とまあ、色々あって彼の墓は結局ストックホルムになった。それを本人がよしとするかはわからない。
そして、彼が命日でもないのに何故墓参りに来たのか。
それは結婚の報告をしに来たのである。三年前から付き合っていた彼女との結婚が決まり、それを父に伝えんとやって来たのだ。
「父さん。俺、そこの彼女と結婚するんだ。」
「天国のお義父さん、初めてお目にかかります。私、彼と良い家庭を築いていきたいと思ってるんです。」
そう二人が話した後、ぴゅー、と柔らかい、包み込むような風が吹いた。そして、いつの間にか墓にかけられていたオリーブ冠が風で浮き上がり、ぱさり、と彼女の頭に乗る。
それを見た二人はくすり、と笑う。
もしかしたら父さんが結婚を認めてくれたのかもな。と話しながら二人はしっかりと手を繋ぎながらカフェ・ストックホルムへと向かう。次に来る時は、一人増えてるかも、と口にしながら。
だが、二人は知らない。
その父親が形容しがたい程に複雑な顔になってることを。
ついでに結婚を知らなかった妹も同じ顔になったことを。
新郎側の参列者がやけに豪華で、新婦側の父親が真っ青になることを。
母親が亡くなった時に、実の母が亡くなったかのように彼女が号泣することを。
そして、二人が幸せになるようにしっかりと父親が祈ってくれていることを。
二人の道は続く。その先は、光に満たされていた。
正直、全ての作品に対して上手くいったとは思えぬ病に患っている悲しみ。