アクアに全てを奪われた二周目の世界。
私は”死”を経験した。
乾いた銃声と、死の間際に見ためぐみんの愚かな姿は忘れようとしたが、今も記憶の片隅で燻り続けている。この世界にて落ち着きを取り戻し冷静になった私は、めぐみんが暴挙に出た理由が残念ながら理解出来てしまった。
めぐみんは私を殺し、自らも命を絶った事でカズマとアクアに最悪の二択を突き付けたのだ。
一つはアクアの手によって私達を蘇生させるという選択肢、もう一つは蘇生を諦め私達の死をそのままにするという選択肢だ。もし、アクアが私達を蘇生させてしまったら、その甘さに付け入り文字通り死を恐れずにカズマを手に入れるためなら”なんでも”やってしまうだろう。もし、私達の死んだままにするというなら私達の幻影が彼らに一生付きまとう事になる。アクアは平気かもしれないが、カズマは気を病むと私が考えるのは自惚れではないだろう。最悪、カズマとアクアの仲に少しでも亀裂が入るのなら死んだ私としても鬱憤が晴れる思いであった。
そんな”死”がやりなおしのトリガーになった事は間違いないと考えている。
だからこそ、私はこの三週目の世界を”再現性の確認”を取る事に終始していた。つまり、私が行動を起こしたり、出来事に介入しなければ一週目、二周目で起きた事は三周目でも必ず起こるのだと確認をしたのだ。分かりやすい例で言うと、新人メイドにコーヒーをかけられる事や、六日目の夜にカズマを引き留めないとめぐみんの勝利が確定しまう事などが挙げられる。もちろん、細かな差異は見受けられるが大筋は変わらないというのが私の推測だ。
「私を殺してくれクリス……いや……エリス様」
そう告げた私の顔を、クリスは悲痛な表情で見つめ返す。だが私は敬愛する女神に再度願った。自分の死には計り知れない可能性があるからだ。
「クリス、そんなに思いつめた顔をしないで欲しい。もっと気楽に考えて欲しいんだ」
「あたしは意地の悪い冗談は嫌いだよ」
「冗談ではないさ。私は確認がしたいだけだ。私が死ねばやりなおしが発動する確率が高い。だから試したいと思うのは当然じゃないか?」
「ねえダクネス、貴方があたしに最悪の二択を迫ってるって理解してるの?」
「もちろんだ。もし、死を試してやりなおしが発動しなければ私も全てを諦める。めぐみんが勝利したこの世界を受け入れよう。ただ、やりなおしが出来たら私はもう諦めない。それだけだ」
私はクリスの前に膝をつきこうべを垂れる。そして、顔を上げてもう一度願いを告げた。
「私を殺してくれ。こんなお願いは親友であるお前にしか出来ないんだ」
次の瞬間、私は顔面を思いっきり蹴飛ばされていた。痛みは全くないが衝撃で体は地面へと倒れこんでしまう。見上げた先にはクリスの憤怒の表情が見て取れた。
「ダクネス、君は最悪のバカだよ。どうしようもないバカだ」
「否定はしない。私もバカだという自覚がある」
「それなら……それならどうして……!」
「わかるだろうクリス、私はもう諦めたくないんだ」
私のお腹にもう一度強い衝撃が走る。蹴り飛ばされて転がった私は、ここに来て自分を恥じた。
「君の願いは聞けない。ダクネスはあたしの親友でもなんでもないから……友達なんかじゃ絶対ないんだから!」
泣きながら走り去るクリスの姿を眺めながら私は大きくため息をつく。クリス……エリス様はとても慈悲深く優しいお方だ。いくらお願いをしたとしても、彼女は私を殺してくはくれない。いや、殺す事なんて出来ないだろう。女神エリスにこんなお願いをするのが間違いであったのだ。
仕方なく、夜空に月が浮かぶ暗闇をゆっくりと歩き、ダスティネス家の屋敷に帰還する。そうしてしばらくベッドの上で思考の海に沈んでいた私は、意を決してある場所へとおもむく。向かったのは屋敷で一番高い建物である物見塔だ。その屋上へと上がった私は、持参した頑丈な鎖で首をぐるぐると巻き、手すりへとひっかける。そうして、私は夜空へと迷いなく駆け出した。
一瞬の浮遊感の後、私は地面へと吸い込まれて行く。だが、落下は首につないだ鎖によってガクンと急停止した。もちろん、私の首も容赦なく鎖で締め上げられた。
「まあ、そうなるな……」
鎖でぶらんぶらんと首を吊られながら、問題なく呼吸が出来ている自分の首の”強さ”を再確認する。付け加えておくと、これは決して首が太いからというわけじゃない。確かに私は一般的な女性に比べて鍛えられた身体をしているが、それも健康的で女性としての柔らかさも保つ程度のものである。だが、私の持つ防御スキルが私の身体をほぼ無敵へと変えていた。
「んぐぐっ……」
私は両手をつかって鎖を捻りあげて自分の首を締め上げる。だが、鈍い金属音と共に鎖が砕け散る感触が手のひらに伝わった。次の瞬間、浮遊感と共に夜闇に投げ出された私は地面へと思いっきり叩きつけられた。それでもなんなく立ち上がった私は地面に出来たくぼみを見て思わず笑ってしまった。
「くくっ、人型のくぼみが出来てしまったな」
そうして奇妙な形のくぼみに対してひとしきり笑い声を上げた私は、ゆっくりと屋敷へ歩き出した。そして土に汚れた衣服をはらいながら大きくため息をついた。
「私は何をやっているんだ……」
その後、私の個室浴場にてシャワーを浴びた後、浴槽の中でしばらく身体を休める。それから、用意した物品の一つを自分の手首へと押し当てる。パキリという音と共に私の肌へ食い込もうとしていた剃刀が砕ける。それを放り投げて捨てた私は、大振りのナイフを手に取って意識を集中する。私の身を守るパッシブスキルのスイッチをひとつひとつ消していき、様々な耐久スキルや防御スキルも発動しないようにする。そうして、浴槽内のお湯が全て水に変わった頃、私はナイフを腹部へと思いっきり突き立てた。
「くっ……」
鋭い痛みと共に感じるのは解放感に近い快感。その快感に酔いしれながら私は浴槽内に溢れるように広がる鮮血を眺め、もう一度ナイフを突き立てようとして――
「は?」
思わずそんな声が出てしまうのは仕方のない事だ。ナイフの刀身はぼろぼろと朽ちるように崩れ落ちたのだ。おまけに、深紅に染まった浴槽内に沈む我が腹部が鈍い輝きを放っていた。私は浴槽から出て曇った鏡を急いで拭く。そうして鏡にうつりこんだ私の腹部は傷一つなく綺麗なものだった。
「自動回復スキルは切ったはずだが……」
再び自分に意識を集中させると、自分の中に果てしなく強力な”何か”が渦巻いているのを感じた。最初はやりなおしを起こす例の神のものかと思ったが、そのあたたかな光の根源は私の良く知るものであった。
「エリス様……」
思わず力の抜けた体を浴室内に横たえる。まるでぐちゃぐちゃにほつれて絡まった糸のように複雑だった自分のスキルを何とか切った先には、私の愛する女神の”加護”があった。私の意志では動かせないどうしようもない力を前に私はすべてのやる気をなくしてしまった。
自殺はエリス様の加護の力によってほぼ不可能。思い返してみればめぐみんの爆裂魔法すら耐えるこの身体は謙遜なしで世界で一番頑丈だ。そんな私を今は自分自身ですら傷つける事が出来なくなっていた。
翌朝、私は仕方なくカズマの屋敷へと向かった。それは自我を失っていた自分が無意識にとっていた行動であった。そんな私を出迎えたのは頭がくらくらとするほどの淫臭であった。女としての本能が溢れそうになるのを頭を振って打ち消し、その中心であるリビングのソファーに向かう。
そこには、折り重なるようにソファーに横になり毛布をかぶって眠るめぐみんとアクアの姿があった。毛布から出ている肩からは素肌がのぞいている。おそらく、毛布の中は何も衣服をまとっていないのだろう。
そんな彼女達の対面のソファーに座り、満足そうな表情でワイングラスに口をつけているのは無論、カズマであった。彼は気崩したガウンを整え、私の方へと振り返る。その自信に満ち溢れたような態度は彼が男として一皮むけた事を意味していた。
「よう、おはようダクネス」
「おはよう……朝からムカつく顔をしているな」
「いきなりだなおい! まあ、今の俺はその程度の挑発には乗らない。なんせ、もう大人だしな」
「くっ……」
この男、完全に調子に乗っている。ムカついた私は思わず彼を突き飛ばす。だが、彼はヨタヨタとバランスを崩すものの、体勢を立て直しニタニタとした表情でこちらに詰め寄ってきた。そんな彼に私は気圧され、ついには壁際へと追い詰められてしまった。
「ダクネス、俺はめぐみんとアクアとヤったんだよ。だからこそ言わして貰おう。アイツらは俺の女だ」
「だからどうした……そんな事昨夜の時点で知っている……」
「それなら話は簡単だ。ダクネスも俺の女になっちまえよ」
「最低の下衆だな……」
「わかってるよ。本当にひでえ言い草だ……」
そう言って苦笑するカズマはポリポリと頬を掻いた。対して私は気丈に振舞っているが、実はぷるぷると膝が震え始めていた。愛する彼に、愛の告白を通り越して誘い文句を言われてしまったのだ。こうなってしまうのは仕方のない事だろう。
「実はここ最近の俺は悩んでいてな。いつもと変わらない日常だけど、俺がいない所ではお前ら三人がお互いの足を蹴りあっていた事はよーく知ってる。でも、俺をめぐっての争いは正直言って現実感がないし単なる自惚れかと恥ずかしい思いもした。でも、屋敷の雰囲気と俺との接し方がこれだけ変化すれば単なる自惚れで終わらない事は流石に理解したよ」
「鈍感なカズマがそこに気づくとは驚きだ」
「はいはい、なんとでも言えよ。ただ、過剰なスキンシップを求めるめぐみん、四六時中どこに行ってもつきまとうアクア、現実から逃避するように実家の政務に携わったかと思えば、俺が一人の時には積極的に絡んでくるダクネス。おまけに、お前ら三人の仲が冷え切っているのを知ってしまえば嫌でも気づくしかないんだよ」
壁際に追い詰められた私はゆっくりと迫るカズマから逃れることが出来ない。そして、突然彼が私の股下に膝を差し込んできた。ドンという彼の膝が壁にぶつかる音が響く。ニヤリと表情を歪めた彼は、膝を軽く上の押し上げる。レギンス越しに伝わる彼の体温はとても熱く、場所が場所なだけに私は悲鳴を漏らしてしまった。
「ひゃうっ!?」
「可愛い声じゃないかダクネス。そんなに良かったのか? ほれっ……ほれほれほれっ!」
「おいカズマそれ以上は……ひんっ!? はぅ……んっ……!」
「ずっとこうされたかったんだろう? 俺みたいなクズに惚れたのが運の尽きだ。俺自身もお前らの事をもう離す気はない。今更他の男にくれてやるよりかは全員俺のモノにする。それでいい……それでいいんだよ」
「まてっ……本当に……ひぐっ!? んぅ……ぁっ……ああっ……!」
「おいおいマジかダクネス……」
崩れ落ちてしまった私はビクビクと震える身体を落ち着かせる事に専念する。カズマは私に差し込んでいた膝を手でぬぐっていた。そして、何故だか濡れてしまった手を、彼は私の前で見せつけるようにぺろりと舐めとった。それに対し、私の下腹部がきゅんきゅんと反応し、得体のしれない感覚に麻痺してしまった。
カズマはそんな私を見下ろして下卑た笑いを浮かべた後、しゃがみこんでこちらに目線を合わせてくる。自然と両手で顔を隠した私をちょんちょんとつついた後、強引に私の手を顔から引きはがす。燃えそうなほど熱くなってしまった顔が強制的に彼に晒されてしまった。
「なあ、楽になろうぜダクネス。俺も誰かを選ばなきゃって思うと胃が痛かったが、めぐみんに諭されて気づいたんだ。ここは重婚を規制する法律もない俺にとっては本当に異世界な場所だ。それなら全員で一緒になって今までと同じように暮らそうぜ。幸いにもお金もあるしな」
「ひぅ……!」
カズマはつま先を私の大事な所に押し当てぐりぐりと刺激する。その刺激を唇を噛んで耐えしのいでいると、彼はそんな私の頬を優しく撫でた。
「面倒くさいプライドは捨てろダクネス。少しはその快楽に身を任せてみろ……」
「そんにゃっ……わたしはまけにゃいっ……!」
「凄いトロ顔で何言ってんだか……」
彼は呆れたように笑った後、目を閉じてこちらに唇を近づける。そんな彼を眺めながら私は脳裏に今までの記憶がフラッシュバックする。彼に身を委ねたら、もう私は悩む必要も苦しい思いをする事もない。だが、これを受け入れたら私は今まで苦しんだ意味がなくなる。本当にそれでいいのか。そもそも、この結果を受け入れるならもっと色んな選択肢を……
「あっ……あああっ……!」
「楽になれダクネス」
気づけば、私はカズマを突き飛ばしていた。
おもしろいように吹っ飛ばされたカズマはめぐみんとアクアが眠るソファーの下で情けなく伸びていた。衝動的な反応をしてしまった自分を叱責し、慌てて彼に駆け寄ろうとした時、二人の女の嗤い声がリビングに響いた。
「ぷーくすくす! 情けないわねカズマ! あんな気取った態度を取ったくせに拒否られるなんて」
「相手は”あの”ダクネスなんですよ? 少しムードが足りませんでしたね」
「そうね、少し調子に乗ってるみたいだけど、本来ならアンタは私達には泣きながら土下座してなんとか相手してもらえる男だって事を忘れない事ね!」
ソファーの下でうつ伏せになっているカズマを、起き上がったアクアとめぐみんが足蹴にしていた。その様子を見て私の足も止まる。けらけらとした笑いを見せるアクアとめぐみんが、只々不快であった。
「うるせーよお前ら! だいたい、強く押せば落ちるって言ったのはお前らだろ!」
「だからと言っていきなりセクハラはどうかと思いますよ」
「加えて言うならもう少し場所と時間も考えなさいな。私達が寝てる部屋の中で朝っぱらから強気に出られても、”あの”ダクネスが受け入れるわけないじゃない。あの子ってば私達の中で一番純情なのよ?」
「そうですね。カズマにはデリカシーがないんです」
「はいはい俺が悪かったです! すいませんでした!」
アクアとめぐみんに平謝りしたカズマは、申し訳なさそうな顔で私に振り返る。そして、私の方を見て彼はギョっとした表情を見せた。そこで私は目頭が妙に熱い事に気が付いた。そっと目元を手で拭って初めて、自分が涙を流している事実に気が付いた。
「バカにするな……」
「おい待て! お願いだから泣くなって! 俺はお前を正妻にしようと思って……」
「バカにするなバカにするなバカにするな……!」
少しでも舞い上がってしまった自分が恥ずかしかった。それに、彼の行動がめぐみん達の息がかかった行動だったことが気に食わない。ここに来て私の無駄な自尊心がゴールへの道を閉ざすが後悔はない。これは私が求める”カズマ”じゃないからだ。だから私は逃げた。仕方がなかったのだ。
「カズマさんってばサイテー」
「見損ないました。ダクネスがかわいそうです」
「最低なのはお前らだろ! 俺の決定が気に入らないからってダクネスに露悪的にあたるのはやめろ!」
背を向けて逃げ出す私にクスクスとした嘲笑が向けられる。それをできるだけ聞かないようにして私は全てを投げ出した。
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ベッドの上で微睡みながら思考の海に没入する。私に一番強く渦巻く感情は後悔であった。先ほどの場面で逃げずにカズマを受け入れていればどうなっていただろうか。おそらく、私の純潔は乱暴に散らされたに違いない。ただ、それは私に極上の快楽をもたらすだろう。カズマに軽く刺激されただけで気をやってしまったのだ。被虐趣味の私があのまま責苦を味わったら間違いなく堕ちていた。
だが、彼の背後にめぐみん達の存在がちらついた。
カズマに私の純潔も尊厳も何もかもを踏みにじって欲しい。でも、それは彼が心からそれを望むからこそ”愛”があると言えるのだ。彼の意志にあの二人の意志が介在しているならばそれは受け入れがたい。今の彼の思いは仮初のものだ。 だから、私はカズマに本心から求められたい。そう思うのは我儘かもしれないが、私としても譲れない一線なのだ。
こうして、私はまたしてもどうしようもないどん詰まりに入り込んだ。二周目の世界のように私はまた無為な時間を過ごすことになるのだろうか。もしくは、ここが私の終着点なのかもしれない。自己中心的な思い上がりで世界をやり直す事に対しての罰といった所だろうか。
「ああ、私はどうすればいい……」
自殺方法の模索、誰かに私を殺してもらう。それとも、この世界を受け入れめぐみん達と共に暮らす道を選ぶのか。ぐちゃぐちゃな思考では私の思いもまとまらなかった。そんな時、ふと脳裏にとある言葉が思い浮かんだ。
『ララティーナ、どうしようもなくなったら執務室の机の上から二番目の引き出しを開けなさい。こんな私でも時には外法に手を染める事もある。愛するもののためにそれを使う事を私は否定しないよ』
二周目の世界、取り乱した私に対してお父様がかけてくれた言葉だ。あの時は今よりも冷静ではなかったので聞き流してしまったが、今は再現性の確認という意味もこめて私はベッドから立ち上がる。
そして、お父様の執務室へと向かい、机の上から二番目の引き出しに手をかける。幸いにも夕食時なこの時間はお父様は不在であり、使用人もいない。私は薄暗い執務室の中でそっと引き出しを開けた。何やら魔法的なロックがかかっていたようだが、カチリという音と共にすぐ解除される。お父様の意図の全ては理解出来ないが、この場所を娘である私がいつの日か開ける日が来る。そんな事を想定していたのではないかという気がした。
「これは……」
引き出しの中には雑多な書類に紛れて黒い装丁の手帳が入っていた。古ぼけて年季の入ったその手帳は他の書類とは雰囲気が明らかに違う。私はその手帳をそっと手に取って中身を確認した。
そこには、たくさんの”連絡先”が記されていた。
私は深くため息をつく。やはり、お父様はあれでも王国の懐刀、大貴族ダスティネス家の当主であったという事だ。その今更な事実に私は少なからなぬショックを受けていた。そう思ってしまうのは私がまだ未熟であるからなのだろう。
私は手に取った手帳を引き出しへと戻し再び自室へと逃げ帰る。結局、お父様の助言は今の私にとっては無駄でしかなかった。この状況を解決する事にはつながらない。ただ、私の心には幾ばくかの傷が残った。そうして、私はまたベッドへと横になって思考の海に沈んでいた。
「お嬢様、お夕食の準備が出来ました」
ベッドで微睡んでいた私にそう声をかけてきたのは、あの新人メイドだ。少しくすんだ金髪ショートと彼女の青い瞳はどこか不安そうに揺れている。メイド服に包まれているが彼女の線は細く、よく言えばスレンダーであり、悪く言えば幸が薄く発育不良な身体であった。その折れそうなほどに細い首に私はそっと手を這わせる。新人メイドはぶるりと肩を震わせた。
ここで彼女の首をへし折ったら、どれだけ気が晴れるだろうか。
物騒な事が頭の隅に現れるのはあの手帳のせいなのか、それとも……
そんなどうしようもない妄想をしていた私に”天啓”が舞い降りた。
震える両手を彼女の首に添える。それから、私は思いっきりその細い首を絞めた。目を見開き、こちらを驚いた表情で見つめるメイドの表情は、私の奥底に眠る嗜虐心を刺激した。
「かっ……!? ぎっ……」
メイドの両手は自らの首を絞める私の手を引っ掻き、浮いてしまった両足はバタバタと暴れている。彼女の両目は不信に揺れ、流れる涙と崩れた表情は懇願に満ちていた。それを観察していた私の口角は自然と上がる。彼女の生殺与奪を私が握っているという事に対し、言い表せないほどの満足感が得られたからだ。
「いい加減にしなさい!」
突然、私の身体が物凄い衝撃と共に壁際まで吹き飛ばされた。私の手から解放された新人メイドは脇目も振らず部屋の外へと逃げて行く。その姿にいくらかの後悔が生まれる。どうせなら、あの首をへし折ってやりたかった。
「いい加減にしなさいと言っているのです。聞いていますかダクネス」
表情を憤怒に染め、こちらを見下ろすのは我が愛しの待ち人であるエリス様であった。クリスとはくらべものにならない美しさと気品、こちらを包み込むような安心できるオーラを身に纏うのは正に女神だ。
「待っていたぞ女神エリス」
「貴方は……」
「私を殺してくれ」
「だから、そんな事は私は絶対に許しません! 本当にいい加減にしてくださいダクネス!」
女神エリスの声は震えていた。怒りのなかにも、こちらを心配する優しさとどうしていいか分からないという困惑が見て取れた。そんな優しい女神様に私は最後まで甘えるという最低最悪の選択肢を選んだ。
「私を殺してくれ女神エリス。そうしなければ私は私以外の人間を殺す」
「なっ……!?」
「冗談じゃない事は理解出来るだろう? 私はさっき、”本気”だった」
「それでも私は……!」
強い意志の宿った彼女の瞳を私は自分の意志を込めて見つめ返した。
「私は絶対に諦めない」
意志を宣言した私に対して、女神エリスはビクリと肩を震わせる。それから、彼女は涙を流しながら私の頭へそっと手を伸ばしてきた。それを黙って受け入れる。私に後悔や未練は何もなかった。
「ダクネス、全て忘れなさい」
女神エリスは私の願いとは違った言葉を吐いた。それから、私の頭部にどうしようもないほどの激痛が走る。そうして、私の意識は薄れて行く。全てを忘れてゆっくり、ゆっくりと……
「ん……」
まぶしい朝日によって、私は眠気を押して目を開ける。広がるのは明るく爽やかな朝日に包まれた自室。そして、眠っていた私を見つめて太陽のように美しく輝く笑顔を浮かべたエリス様の姿があった。
「おはようございますダクネス。昨日はよく眠れましたか?」
笑顔でそんな事を言い放つエリス様を見て、私も思わず破顔して笑ってしまった。
「ダメじゃないか女神エリス。私を殺してくれって言ったじゃないか」
女神エリスは何度目か分からない驚愕の表情を浮かべていた。私はそんな彼女にそっと歩み寄る。しかし、彼女は私から逃げるように後ずさりをしていた。
「どうして……記憶は確かに消したのに……どうしてどうしてどうして!」
「さて、どうしてかな」
「まさか記憶欠如による人格崩壊……? それならこの予備として作った記憶結晶を……!」
「確かに人格は半壊かもしれないが、私の記憶ははっきりしているよ。何度も世界をやり直すにしても記憶だけが頼りだからな」
そう告げた私に対し、怯えた表情を浮かべた女神エリスは手に持っていた謎の青い結晶を取り落とす。その青い結晶を粉々に踏み砕き、私は彼女へと足を進め続ける。そうして追い詰められてしまった女神エリスはついにぺたんと床に腰を落とし、子供のようにわんわんと泣きじゃくってしまった。
「どうして……どうしてなのダクネス……これは私が悪い事を考えてしまった事に対しての罰だと言うんですか……!?」
「客観的に言わせてもらうと貴方は全く悪くない。悪いのは全て私だ。だから、殺してくれ」
「どうして……なんで……! 何を根拠に……私じゃない得体の知れない神にすがるの!? 貴方の死を望む何かに全てを任せるの!? そんなの、絶対おかしいです! 少なくとも、貴方にこんな仕打ちをしでかすのは善き神じゃありません……もっと邪悪な何かです!」
「その”何か”に……貴方の言う”クロノス”って神の力を頼るのも私の意志と選択の結果だ。それを貴方も受け入れて欲しい。それくらい、私は諦めが悪い愚か者なんだ」
子供のように泣き喚くエリス様の頭を私はそっと撫でる。これは私の愛する女神に対しての重大な裏切り行為であった。そうしてもなお、私はカズマの事を諦めたくなかったのだ。
「エリス様、貴方自身の手で行うのが難しいなら、あの”銃”という奴を貸してほしい。あれは私を殺しきれる」
「バカ言わないでください! アレは創造神が弄んで滅んだ数多の世界の遺物の一つなんです。滅んだ世界の人間達が神や悪魔の理不尽に抗うために作った人智の結晶。それを、人間である貴方を殺すために使うなんて私は絶対に許しません!」
「それなら、私の願いは最初に戻る。親友からの最後のお願いだ。聞いてはくれないか?」
「こんな事になるなら、私は貴方と親友になりたくなんてなかったです……!」
力なく紡がれたその言葉はひどく弱々しいものであった。
「だいたい、貴方の時間移動という境遇と重なって天界にもクロノス行方不明なんて異変が起こっていること自体が何かおかしいんです。そんな都合の良い事……都合の良い……”都合の良い”……?」
「エリス様……?」
涙を流していた女神エリスはハッとした表情で立ち上がる。それから、自らの爪を噛み締め苦い表情で思案していた彼女は足早に部屋の外へと歩き出した。そんな彼女の決意と失意と怒りと希望に満ちた表情はどこか非現実的な思いを私に呼び起こした。
「女神エリス、私を放置するなら私は殺人を辞さないぞ」
「ええ、分かってます。だからこそ、お願いです。私に少し時間をください。貴方の願いに答えを出すためにも……今夜またここに来ます」
「なっ……!?」
突如出現した光柱に女神エリスは包まれる。それから、無人となった部屋で私は嘆息した。もちろん、諦めてはいない。ただ、あんな表情の彼女のお願いを断れるほど、私は薄情ではなかった。それだけだ。
その日の深夜、ベッドで大人しく過ごしていた私の下に女神エリスが降臨する。彼女は朝の弱々しい態度を改めて、こちらへと相対する。彼女の右手には武骨で大振りなナイフが握られていた。
「やっとその気になってくれたか」
「そんなところです。でも、私は貴方を殺しはしません。貴方自身でけりをつけてください」
「望むところだ」
「ふふっ、そうですか。それならまずは貴方の思いにも決着をつけてください」
そう言ってから、彼女はパチンと指を鳴らす。その瞬間、私の前に一枚の羊皮紙と一本の羽ペンが出現していた。何気なくペンを取った私だが、エリス様の意図は理解出来なかった。
「これをどうしろと?」
「貴方は死ぬのでしょう? それなら、きちんと遺書を書いてください」
「そんなものになんの意味が……」
「意味ならあります。時間遡行は今いるこの世界への別れを意味しています。ここに未練や思い残しがあるならば、貴方のやりなおしの力は動きません。それは貴方が過ごしたという半年間が証明しています。遺書は、そんな思いを絶つ道具として最適なんです。また、遺書には貴方の鬱憤や恨みを……めぐみんさんやアクア先輩への恨みや貴方の受けた苦しみを綴ってください。未練を絶つついでに、貴方の心の揺らぎを落ち着かせるのに役立ちますから」
「承知した……」
少し、納得のいかない事もあるがここで渋っても話は進まない。私はエリス様の言う通りに、遺書を書き始めた。だが、完成したのはとてもじゃないが遺書とは言えないもの。私の気持ちを正直に記したそれはめぐみんやアクア、私の気持ちを理解してくれないカズマへの罵詈雑言に溢れていた。それをチラリと確認したエリス様は、小さく頷き、ドレッサーの前に丸めた羊皮紙をそっと置いた。
ドレッサーの鏡越しに見えた彼女の表情は薄ら笑いを浮かべているようであった。
それから、私に向き直ったエリス様はこちらに武骨で大振りなナイフを手渡してきた。木製のストックはどこか粗削りのものであり、鈍く光る刀身には解読不能の呪文のような装飾が施されていた。
「これは死にゆく貴方への私の最後の贈り物。私が初めて作成した”神器”です」
「女神エリスの神器……」
「このナイフを持てば、貴方は神の”認識”から逃れられます。そして、そのナイフは貴方の身体を傷つける時のみ、あらゆる抵抗を貫き、私の加護を破壊します」
女神エリスの加護の無効化、それは私が自殺をする上で乗り越えなければならない壁であった。それをあっさりと超える彼女の神器は正に私が欲する力そのものであった。
「このナイフで貴方の身体を刺せば、一回目は通常のナイフで傷つけられる時と同等の苦しみを、二回目はその数百倍の苦痛を、そして三回目は……貴方の想像を絶する痛みを味わいながら死に至らしめる」
「どうせなら一回で死にたいのだが……」
「そんな事は私が許しません。これが私のせめてもの意趣返しです」
そうして、お互い笑いあった後、女神エリスは私に背を向けた。
そんな彼女の肩はやはり、ひどく弱々しい。ぶるぶると震える肩がそれを示していた。
「安心して欲しいエリス様。私はこれでやり直しが出来れば万々歳だが、失敗したら諦める。その時は私を地獄に行かせるなり、蘇生させても構わない。人生を諦めずに、今を受け入れるさ」
「ふふっ、そうなるといいですね」
出現した光柱にエリス様の身体が包まれる。その姿に私はもう一度、愛する女神様への祈りを捧げた。
「ダクネス、もしやりなおした先に何もなければ応援します。絶対に諦めないでください。でも、万が一にも私の贈ったナイフも共にあるのだとしたら、貴方はもう一度考え直してください。痛みと向き合って、死というものと向き合って……貴方を大切に思う人がいる事を忘れないで。それは貴方に救いをもたらすかもしれない。でも、一方で過ちを犯した貴方へ罰を下す事もあるかもしれない。だから、貴方は自分自身を信じていつまでも私の信じるダクネスでいてください。そして、今後は貴方自身とカズマさん以外を信じないで……アクア先輩もめぐみんさんも……そしてこの女神エリスも信じないでください」
彼女の姿は眩い光と共に私の前から消え去っていた。
『さようなら、ダクネス』
私の脳裏に、そんな言葉がこだました。
残された私は、手渡されたナイフをしばし眺める。
それから、躊躇なく心臓にナイフを突き立てた。
「ぐっ……!」
鋭い痛みに私は少しだけ顔をしかめる。だが、この程度の痛みは私にとって慣れたものであった。ゆっくりとナイフを引き抜くと、ぽっかりと開いた穴からは少量の出血が見られた。あれだけ深く心臓にナイフを突き立てたというのに、痛みはあるが私の身体はピンピンとしている。どうやら、本当に三回刺さないと死なないようだ。
そして、二回目はナイフを脳天に突き刺した。躊躇なく額に突き刺さったナイフは根元まで食いごんでいる。それから、先ほどとは比較にならないほどの痛みが私を襲った。
「ぐぎいいいいいいっ!?」
だらしなく涎をたらしながら、正に未知とも言える痛みに悶え苦しむ。だが、この程度は私にとってまだ軽い。めぐみんの爆裂魔法に焼かれた時も、ベクトルは違うが同程度の痛みであった。私は脳天から躊躇なくナイフを引き抜き、息を整える。
次が運命の三回目。自然と震えてしまったナイフを握る右手を、左手で叩いて叱咤する。ここまで来てはもう引き返せない。私は、ナイフを左肩に突き刺した。
「------------」
正に想像を絶する痛み。私は、本当の痛みというものの前には人は言葉を亡くす事を初めて知った。
だが、その想像を絶する痛みは私にとっては最上の”快楽”でしかなかった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
だけど、気持ちが良い。
この痛みを乗り越えた先に私の望む未来があるからだ。
私は三か所の刺し傷から膨大な量の血が噴き出す感覚と同時に下着が熱く濡れる感触を味わった。
「待っていろカズマ……私はお前を絶対に諦めない!」
霞んで行く視界は次第に暗闇に染まっていく。この死の恐怖は私にとってはもう二回目、そしてこれは希望でもあった。
『どうして……! どうしてなのダクネス! 私は貴方に……!』
薄れる視界の中で心からの涙を流す親友の姿が見えた気がした。
「んっ……」
眩しい朝日が微睡む思考をクリアにして行く。そっと目を開けてみれば、カーテンから除く太陽の光の眩しさの前に私は再び目を閉じてしまう。だが無意識に目を手で擦った際に私は違和感に気がついた。
「これは……?」
私の右手に握られていたのは武骨で大振りなナイフ。女神エリスから賜った神器であった。ふと、それをあるべき場所に戻そうと念じるとナイフがふっと消失する。だが、慌てはしない。この神器は私と共にある。出そうと思えばいつでも”出せる”。そんな気がした
そうして、私ははやる気持ちで朝食が用意された部屋へと向かう。部屋に着くと小さな丸テーブルにはすでに先客の姿があった。私が対面の椅子へと座ると、彼は”やはり”にんまりとした満面の笑みを浮かべた。
「おはよう、ララティーナ」
「おはようございますお父様」
「うむ、やはりと娘と一緒に食べる朝食は最高だ」
「御戯れを……」
微笑みながら冗談を言う父の言葉を聞き流しつつ、私は今か今かと待ち人の登場を待つ。そんな私の横にポットを持ったあの新人メイドが現れた。
「お嬢様、コ……コーヒーをお入れします!」
「ああ、頼む」
「それでは……ってわひゃあ!?」
緊張した面持ちでティーカップにコーヒーを注ごうとしたメイドが、何を焦ったのか急にポットを取り落とした。そうしてぶちまけられたコーヒーは私の寝間着へとびっちゃりと降り注いだ。メイドはコーヒーまみれになった私を見て青い顔をしながらへたりこんでしまった。
その姿に私は思わずケタケタとした笑い声をあげてしまった。私を見つめるお父様も、へたりこんだメイドも私の方を見て呆気にとられている。だが、そんな事はどうでも良かった。
「さあ、四週目の始まりと行こうか」
リゼロの六章が終わりましたね
私的には自分を守らせる7体の氷像が全てスバル君なエミリアたんが実に素晴らしい……素晴らしいデスね!
作成の経緯は皆でお絵かきしたりと微笑ましいけど、やってる事はナチュラルに病んでます。
正にEMT!(エミリアたんマジヤンデレ!)