この果てしなき修羅場に終焉を!   作:ルイ提督

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 自分がガキの頃、なかなか寝付けない夜があった。そういう時は頭の中で余計な事を考える時が多い。自分がどうやって呼吸しているのかを無駄に意識してしまったり、暗闇の中で幽霊や妖怪といったオカルトな存在に怯えたりした。

 なかでも、自分の死について考えてしまった時は余計に寝付けなかった。老衰で死ねるのか、病気で苦しんで死ぬのか、それとも交通事故にあって死んでしまうのかと後ろ向きな事を考えてしまう。このまま寝て、目覚める事なく死んでしまったらどうなるのかを考え夜更かしをしたのは懐かしい。

 そんな無駄な悩みは中学生を過ぎる頃には忘れてしまう。だが、ふとした時に意識するのはいつになっても変わらなかった。まあ、流石に寝付けない日なんてものはなくなった。

 

 

 

そして、結果的に俺は交通事故で死んだ。

 

 

 

 いや、あれは交通事故で死んだと言えるのだろうか。まあ身体を耕されかけてのショック死なので広義の意味で多分交通事故だろう。うん、そういう事にしておこう。

とにかく、本当に人生は何が起こるか分からない。ただ、死んだおかげで分かった事がある。人は死んだら、本当に神なんていう胡散臭い奴と対面できるという事だ。おかげで余計な事を考えずにぐっすり眠れる。例え明日には世界が滅んだとしても、俺はアクアやエリス様と会えるだけだ。

 

 そうして、俺はひょんな事から異世界転生という奴をしたらしい。まあ転生と言うより異世界召喚の方が正しいかもしれない。とにかく、俺はそこで第二の人生を楽しんでいた。だが、眠る時にごくたまに寝付けない日というのがあった。もちろん、しょうもない理由からではない。それは……

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 パチリと目を開けた俺の視界には少し煤けた汚れのある天井が目に映った。脳内に溢れるあのセリフを言わないように我慢しつつ、俺は上体を起こして周囲を見渡した。

 

「んんっ!?」

 

 俺が寝たのはほんの数時間前、朝早く起きたはいいものの、やる事もなく毛布にくるまってソファーで寝たのが最後の記憶である。確かその後ダクネスが……

 

「いてて……」

 

 寝不足に似たような頭痛に顔をしかめながら俺は状況の整理を始めた。眠りについたのは屋敷のソファーなのに、起きて見たら六畳ほどの狭い部屋であった。あるのは俺が横になっていた布団一式だけだ。光が漏れるカーテンを認識した俺は、無意識にそのカーテンを押し開いていた。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 思わず自分の目をごしごしと手で拭いてしまった。それくらい理解したくない状況が窓の外に広がっていたのだ。

 

 

 

「あ、起きた? おはようカズマ」

 

 

 背後からかけられた声に俺は瞬時に振り返る。そこにはニコニコとした笑顔を浮かべる女性がいた。その美しく艶やかな青髪も、常人とは隔絶した美貌はもう見慣れたものだ。だが、彼女がこちらを見る目だけがいつもと違う。俺の事を食い入るように見つめるその目には理性の光による輝きを失っていた。

 

 

「驚いたでしょう? でもこれで私もようやく安心できるわ。ここならめぐみんもダクネスも、エリスさえ介入できないもの。カズマはここで私とずーっと一緒に暮らすの」

 

「…………」

 

「カズマも嬉しくてたまらないようね。ふふっ、私みたいな美しく聡明な女神を自分のモノに出来るからってそんな発情しなくても……」

 

「ていっ!」

 

「いひゃいっ!? 急に何すんのよバカズマ!」

 

「いや、そういう冗談とかテンプレヤンデレ台詞はいいから状況を説明しろ」

 

 俺の愛のある懲罰チョップを喰らったアクアは頭を手で押さえながらこちらを睨んでくる。その理性の戻った彼女の瞳に安堵しつつ、俺はどこかほっとした気持ちになった。演技にしてはなかなかに堂に入る様子だったからだ。

 

「なんだか思ったより動じてないわね。もっと情けなく泣いて私に頭を撫でてよしよしされないと落ち着かないと予想してたんだけど……」

 

「お前の想像する俺は随分とクソガキなようだな。それよりさっさと状況を説明しろ」

 

「もう、せっかちなんだから……」

 

「あんまし引き延ばすとお前のケツをひったたくぞ」

 

「んっ……今少しだけアンタの欲望が見えたわよ」

 

 こちらを見てケラケラと笑うアクアに俺は無言で詰め寄った。そうすると、彼女は大人しくなり、観念したように無慈悲な一言を言い放った。

 

 

 

 

「アンタ、あの世界を追放されたのよ」

 

 

 

 どこか嬉しそうな表情でそんな事を言うアクアに俺は思わず声を張り上げる。だが、その声は窓の外から聞こえる騒音にかき消される。鉄が軋む耳障り音も、重量のある客車がガタンゴトンと揺れる音も今となっては懐かしい。

 窓の方へ振り返ると、所せましに並んだ民家の群れとその間を通過していく電車が見える。遥か遠方には少し規模の小さな摩天楼に反射する太陽の光が眩しいほど輝いていた。その光景をしばらく眺めた俺は、諦めたようにアクアの方へ振り返る。彼女は相変わらずニコニコとした表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「お帰りなさいカズマ」

 

 

 

 

その言葉に俺は何も言葉を返すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「なあ、その話はマジなのか?」

 

「おおマジよ。まったく、何度説明させたら気が済むのかしら」

 

 近所のコンビニで買ってきたというシュークリームを口にほうばってもぐもぐしつつ、呆れた目線を向けるアクアを前にこちらは溜息を吐く事しかできない。

 

 

 

 

アクア曰く、俺はあの世界を追放されたらしい。

 

 

 

 

 というのはざっくりとした説明であり、話を聞くと俺が何度も天界の規則を破った事に原因があるらしい。なんでも今の天界は複数人いるという創造神クラスの上層部がゴタついており、それに乗じて四文字に影響された比較的新しい神や天使が幅をきかせ始めたとの事。

 法と秩序を絶対とする彼らはかなり融通が利かないため、下手をすると天界規則破りの常連である俺が罰せられる可能性も高いとの事。念のために天界のゴタゴタが収束するまでにアクアが俺を追放……よりは拉致して地球に連れ帰ってきたらしい。

 

「おいアクア、その話が本当なら俺はこの地球にいても危ないんじゃないか?」

 

「それは多分大丈夫よ。天界にもめんどくさい派閥みたいなものがあるの。ゲーム脳のアンタに分かりやすく説明すると……エリスはLIGHT-LAWの女神であの世界の派閥はLAW側、対して私はLIGHT-CHAOSの女神でこの地球はNEUTRALな世界よ。おまけに数多の神々の出身地であり、そんな神々を悪魔とまとめて一緒に滅ぼした人間達が住まうこの世界は一種の聖域なのよ」

 

「お、おう……なんとなく分かった……」

 

「エリスの世界にいると派閥的にも危ない場所だし、エリスもようやく中堅になった女神だから何かあった時、アンタを庇いきれない可能性が高いの。それに比べて私は高位の神だし、アンタのショボい規則破り程度でこの世界に介入してくるようなリスクを彼らがとる事はないわ! だから、アンタはほとぼりが冷めるまで私と一緒にここで暮らすのよ」

 

「ちなみにほとぼりが冷めるのにはどれくらいかかりそうなんだ?」

 

「んー少なく見積もって数百年から数千年ってところね!」

 

「ええっ……」

 

 人間の俺にとっては実質永久追放といっていいものであった。気が抜けたように座り込んでしまうのも致し方がない事だ。俺の頭の中ではぐるぐると今後の不安やエリス様の世界への望郷の念に苛まれる。何より、今までアクアの話に一切登場しなかっためぐみんやダクネスの事が心配だった。最悪、俺の事はいい。だが彼女達は……

 

「アクア、お前の話がまったくのでたらめっていう可能性は?」

 

「なんでそんなこと言うのよ……」

 

「微妙に嘘くさいし、アクアの言った事に対する信用度は30%くらいだしな」

 

「…………」

 

「おい、涙目になるのは勘弁してくれ」

 

 目に涙をためて俺にすがりついてくるアクアにはウザい思いもするが申し訳なくも思った。俺の予想だとアクアの話には嘘が混じっている気がする。でも、アクアが俺のためを思って行動を起こしたのだという不思議な信頼を俺は彼女に抱いていた。

 ついには手でゴシゴシと涙を拭ったアクアは、突然パチンと指を鳴らした。その瞬間、アクアの背後にもう一人の神、女神エリスが出現した。彼女は少しおろおろとしていたが、俺の姿を見て真剣な表情をこちらに向けてきた。

 

「事情はアクア先輩から聞いてるようですね。すいませんカズマさん、いわば身内のトラブルに貴方を巻き込んでしまったのですから」

 

「いや、エリス様が謝る事はないですよ。それはそれとして、俺自身も混乱してて、もうどうすればいいのか分からないですよ……」

 

「きっと貴方はダクネスやめぐみんさんの事も心配に思っているでしょうが、安心してください。彼女達は天界規則を破った経歴もありませんし、私が彼女達の身を保障します。それに、定期的に彼女達をこちらの世界に連れてくる事もアクア先輩のおかげで出来そうなんです。だから、後は全部私に任せてカズマさんはこちらでゆっくりしていてください」

 

「エリス様……」

 

「ちょっとカズマ、その感謝の念はエリスじゃなくて私に向けなさいよ。そもそも私がいなければアンタは耕されて終わりだった人間なんだからね」

 

 ぶーぶーと文句を言ってくるアクアの口を手で塞ぎ、エリス様に向けて一礼する。彼女はそんな俺に眩しい笑顔を見せた後、出現した光柱の中へと消えていった。

 

 

 

『また逢いましょうカズマさん。今度は貴方の友人達も連れてきますから』

 

 

 

エリス様の最後の言葉は非常に頼もしいものであった。

 

 

 

 

「それに比べてお前ときたら……」

 

「何よその目、かなり心外なんですけど! だいたい、私が天界規則に破ってでもアンタを蘇生させなきゃ、今のカズマはないのよ? 冬将軍に首をチョンパされて終わるのと、紆余曲折はあってもこうして元気に生きながらえるのと、アンタはどっちが良かったのよ?」

 

「そりゃあ……まあ……」

 

「はい、私の勝ちー! カズマはこのアクア様にもっと感謝しなさいな」

 

 謎の勝利宣言をしながら、俺が寝ていた布団にくるくるとくるまっていく駄女神を俺はぼっーと見つめていた。正直言って今の状況は突然すぎてうまく飲みこめてはいない。めぐみんとダクネスの事は滅茶苦茶心配だが、エリス様という心強い味方がいるのであまり心配はしていない。ただ、少しだけ寂しいのは確かだった。

 

「なあ、アクア……俺はこれからどうしたらいいんだろうな……」

 

「そんなに心配しなくてもいいわよ。私がカズマさんの傍にずっと一緒にいてあげるから」

 

「それが余計に不安だってのに……だいたい俺は明日から何をすれば……」

 

「落ち着きなさいカズマ。こういう時は飲めばいいのよ飲めば! ふふっ、スーパーにでも買い物に行きましょうよ!」

 

「あ……おい……」

 

 笑顔のアクアにぐいぐいと腕を引っ張られ、結局外へと連れ出されてしまった。幸いにも俺はジャージを着ていたため、外にいても違和感はない格好だ。別に元ニートなだけで外に出るのは日常的にしていたが、それでも異世界帰りというのも相まって外出は少し緊張してしまった。

 

「ねえカズマ、久しぶりの故郷……日本はどう?」

 

「ああっ……うん……久しぶり……久しぶりなんだよな……そうか……一時的な帰還じゃなくて……俺は本当に帰って来たのか……」

 

「ふふっ、少し涙目になってるわよ」

 

「うっせーよ」

 

 一度は異世界に骨を埋める覚悟もした。家族に手紙を書いてこちらの世界との決別をしたつもりであった。それでも、今はこの黒く堅い無機質なアスファルトも、こちらに目線すら向けず無感情な表情で道を行き交う人々も、道路を縦横無尽に走り抜ける車ですら愛おしくてたまらない。息をしていて感じる微かな空気の汚さも、俺にとっては懐古に浸る材料でしかなかった。

 

「でも、ここは日本のどこだ? 俺の故郷はコンクリートジャングルじゃなくて結構な田舎なんだがな」

 

「正解よ。ここは日本だけどカズマさんの出身県じゃないわね。お隣の県の県庁所在地、住むにはちょうどいい地方都市よ」

 

「ああ……そう言われるとなんとなく見覚えのある。そうかそうか……あそこか……俺がガキの頃に家族全員で出かけてたな。半端なくでかいサ〇ィがあってだな……」

 

「サ〇ィなら潰れたわよ」

 

「マジかよ! ちょっとショック!」

 

「ふふん、アンタが異世界に行っている間に日本も色んな事があったのよ」

 

 少し得意げな様子で最近の日本の世情について語るアクアに俺は耳を傾ける。それから、アクアの後を歩き続けること約ニ十分、見覚えのある大型デパートが見えてきた。サ〇ィの看板は外され、イ〇ンにはなっているが、確かに小さい頃に家族で行ったあの場所であった。そうして、少しの時間放心していた俺の腕を組んでアクアが歩き出す。今の俺は彼女のされるがままであった。

 

「みてみてカズマー! これが昨今の日本人の寿命を急激に縮めてる悪魔のお酒、スト〇ングゼロよ! それでね、こっちはあの有名ブランドが出してるレモンサワーで……全部まとめて買っちゃいましょう!」

 

「なんか凄く怖いフレーズが聞こえたが……」

 

「大丈夫よ。今も昔も人間の愚かさは変わらないわ。昔はこれより強烈なジンやスピリッツが水より安く買えたせいでそれはもう凄い事になってわよ。その時と比べたらマシになった方よ」

 

 いつの時代かも分からない事を得意げに語りながら、アクアは安酒とおつまみとなるお菓子や惣菜をショッピングカートにぶち込んでいく。それを半歩引いて見守っていた俺の肩を彼女は小突く。それから、挑発的な笑顔を浮かべながら俺の頭を撫でてきた。

 

 

 

「遠慮せずに好きな物をカゴに入れていいのよ」

 

 

 その一言に俺はムッとした。だが、俺の手はカゴにポテチやあたりめをぶち込む作業で忙しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということでカズマさんの日本への帰還を祝福して……かんぱーい!」

 

「乾杯……」

 

「何よ、やけに暗いじゃない。ほら、嫌な事はお酒を飲んで全部忘れてしまいなさいな!」

 

「俺はアクアほど単純じゃねーんだよ。まったく、これから俺はどうしたら……」

 

「ぶはっー! 安く酔えるのは良い事よね! もう一缶開けちゃいましょ!」

 

 ものの数秒で安酒を飲み干したアクアは新たな缶チューハイをプシュッと開けていた。その能天気な姿を横目に俺はコーラハイをチビリと飲む。味は良い物ではないが、そのケミカルな味は懐かしさを感じさせるものであった。そして、窓の外からは電車の走る音や車やバイクの排気音が聞こえてくる。質素な丸テーブルの上に広げられたプラスチック包装のおつまみや安酒の入ったアルミ缶。それらすべてが俺の日本への帰還と言う事実を告げていた。

 

「もーカズマさんってば……私と一緒に飲む事が嬉しくないの?」

 

「そういうわけじゃない。ただ、今だに現実が受け入れられないんだ。本当に俺はあの世界にはもう帰れないのか?」

 

「はあ、結構未練がましいわねアンタも」

 

 アクアは溜息を吐きながらも、俺の対面の席から立って俺の横へぴったりと腰を降ろす。そして、その柔らかい肢体を押し付けるようにしな垂れかかってきた。アクアのひんやりとした肌と、鼻腔をくすぐる女の匂いは俺の胸中の不安を打ち消していく。頭の中は考え事でいっぱいであるが、アクアが俺の傍にいるというだけで不思議と活力は戻っていた。

 

「残念だけど、アンタがエリスの世界に行くことはもう無理よ。何度も説明してる通り、アンタは面倒な連中に目をつけられてるの。でも、こっちの世界で私の傍にいるカズマを襲撃するほど彼らは愚かじゃないし、下手な事をすればこっちのハンターやデビルバスターが面倒な連中を狩ってくれる可能性だってある。でも、エリスの世界はいつ敵に襲撃されてもおかしくないほどガバガバなのよ」

 

「分かりたくないけど分かった事にしてやる。それで異世界の俺の資産や私物はこっち持ってこれないのか?」

 

「当然でしょう? 異世界由来の物品は世界に余計な混乱をもたらす事があるの。エリスがあれだけ必死に回収してるんだから、カズマもその事は知っているはずよ。だから、こっちに持ち込めるのは私物を数点ってところね」

 

「なあ。それで向こうの世界の金貨とかは持ち込めなかったのか……?」

 

「まったく、カズマってば本当にバカね! そんなはした金よりも比較するのも失礼なほど”いいもの”をアンタはすでに持ち込んでるじゃない!」

 

 アクアは呆れながらも、笑顔で俺の身体をギュッと抱きしめてくる。そうして耳元に囁かれる彼女の声は、俺の思考を放棄させるのに十分なものであった。

 

 

 

 

 

「私がカズマさんとずっと一緒にいてあげるからね」

 

 

 

俺は彼女の抱擁を黙って受けとめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜、俺とアクアは一緒の布団に入っていた。とはいっても、間違いは起きていない。結局、昼から飲み続けた俺と彼女はベロベロに酔ってしまい、一つしかない布団に二人で入ったのは半ば自然な事であった。薄い暗闇の中、窓から洩れる人工的な光がアクアの顔をほのかに照らしていた。そんな彼女は先ほどからこちらをじっと見つめている。電車の通過音なども合わせて非常に眠りにくい状況だった。

 

「アクア、なんでこんなボロなワンルームに住むことに決めたんだ?」

 

「アンタに配慮してるからよ。急に実家には戻れないでしょう? だから、立地的にも金銭的にも丁度いい所を選んだの。残念ながら私が持ってるお金は有限よ。贅沢三昧は出来ないわ」

 

「金か……世知辛い話だ……」

 

「大丈夫よ。エリスがお金の計算をしてくれたんだけど、私とカズマで今後70年は贅沢をしなければ暮らせる貯蓄はあったのよ。だから、毎月定額が口座に振り込まれるようにしたの。これなら無駄遣いして破産……なんてことは起こらないでしょう?」

 

「アクアの割にはなかなか賢い事してるじゃないか」

 

「あ、そういう事言うなら私にも色々と考えがあるんですけど?」

 

「いえ、生意気言ってすまねえですぜアクア様!」

 

 肩眉を上げたアクアに対し、俺はへこへこと媚びへつらう。彼女はそんな俺をけらけらとおかしそうに笑ってから、俺の頭を両手で抱き込んできた。必然的に俺の顔面はアクアのおっぱいに埋もれる事になる。ふにゅりと潰れる双丘は俺の顔を包み込み、脳を麻痺させる。

 彼女の匂いはひどく甘いものであった。ろくに抵抗の出来ない俺はその抱擁を受け止めるしかない。そんな俺の態度がお気に召したのだろうか。彼女はくすくすと笑いながら俺の頭を撫でてきた。それは必死に押さえつけている性的欲求を刺激する一方で、一種の望郷の念を呼び起こした。

 

 

 

 

 

「大丈夫よ。安心してカズマ。私が養ってあげるわ。ずっと、ずーっと一緒に仲良く二人で暮らしましょう?」

 

 

 

 

それは俺の尊厳を踏みにじりながらも、抗えない誘惑に満ちた声であった。

 

 

「こうしてると、私がカズマと出会った当初の事を思い出さない?」

 

「ああ、俺も少しそんな気分だ……」

 

「でしょでしょ! 馬小屋で寝てた時も、ちょっとお金が入って安宿に泊まった時も寒さを紛らわすようにお互い身をくっつけて寝てたわね。ふふっ、あの頃ってなんだかんだで楽しかったよね」

 

「そうだな……アクアと二人で労働して酒飲んでぐっすり眠って……今となっては良い思い出かもな」

 

 アクアに抱きしめられながら俺はめぐみんやダクネス達と出会う前の事を思い出す。あの時の俺も今と同じような漠然とした不安があった。だが、彼女が傍にいたおかげでそんな不安はすぐに消えるようになったのだ。だからであろうか、俺が彼女の腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめるのは仕方なのい事であった。

 

 

「あっ……」

 

 アクアに似つかわしくないほどか細く可愛い声が漏れる。それを聞いた俺は更に彼女の事を強く抱きすくめ、そんな俺の頭を彼女は優しく愛撫していた。

 

 

 

「おやすみカズマ」

 

 

 

俺のまぶたはゆっくりとさがっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと、眩しい朝日が部屋に差し込んでいた。しばらくボヤけた頭で何も考えずに目をこすっていたが、状況を理解して一気に血の気が引いた。布団には俺だけしかいなかったのだ。

 

 

「アクアっ!?」

 

 

 慌てて立ち上がった俺は、すぐさまアクアの姿を探そうとしたが、そのような焦りは杞憂に終わる。浴室の方から彼女の小さな歌声が聞こえてきたからだ。それを理解した俺はしばらく気分を落ち着かせる。それから、そっと浴室の扉を開けた。

 

 

「かな~しみの~ふんふん~たどり~つけるなら~」

 

 うろ覚えの歌詞を歌っているのだろうか。時折、鼻歌で誤魔化されるアクアの歌は少しだけ調子が外れていた。カーテン越しに揺れる彼女のは肢体はひどく扇情的で、シャワーの水音が余計にうるさく感じられる。俺は色んな意味で爆発しそうな理性を抑えつけ、思いっきりズボンを脱いだ。

 

「えっ……なに……くさ……くっさ!」

 

「悪いアクア。生理現象には勝てなかったよ……」

 

「ちょっとカズマ! 普通人がシャワー浴びてる最中にその……排泄するなんて信じられないわ! もっと我慢しなさいよ!」

 

「うるせーよ! お前が二人で暮らすのには不向きなユニットバス付きの部屋を選んだのが悪い!」

 

「まさかギャク切れしてるのアンタ!? はあ、まったく……やっぱりカズマは器が小さい男ね!」

 

「うるせえって……言ってんだよ!」

 

「わひゃああああっ!?」

 

 狭いユニットバスで、浴槽とトイレを隔てる唯一の仕切り、シャワーカーテンを思いっきり押し開く。そこには当然、一糸纏わぬ姿でシャワーを浴びるアクアの姿があった。大事な所を両手で隠し、こちらに少し涙を滲ませた目で睨む彼女の姿は俺の劣情を刺激するのに十分なものであった。

 

「調子に乗るのはいい加減にしなさい!」

 

「あちいいいいいいっ!?」

 

「あはははっ! カズマもついでにシャワーを浴びちゃいなさいな!」

 

 トイレに座る俺にアクアが熱湯シャワーを浴びせてくる。服を着ていた俺にとって、それはとてつもない拷問であった。そうして、頭の中で様々な感情が渦巻いた俺は、結果として服を脱いでアクアに突撃するという愚行を選択していた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ、朝ご飯何が良い?」

 

「なんでもいい」

 

「あっそ、それならツナマヨご飯ね」

 

「おー手抜き手抜きー」

 

 丸テーブルにご飯を盛った茶碗とツナ缶を差し出すアクアの表情は耳まで真っ赤に染まっていた。かくいう俺も大差はない。ぎこちなく茶碗を受け取りながら、火照った身体を冷ましていた。結果として悪乗りした俺達は一緒にシャワーを浴びてしまった。だが、本当にシャワーを浴びて身体を洗っただけだ。どさくさに紛れて色々と揉んでしまったが、それは仕方のない事であった。

 

「それで、今日は何をするんだ?」

 

「別に何もしないわよ。いつも通り、好きなだけぐーたらしましょう?」

 

「マジか……」

 

「んふふっ、嫌だった?」

 

「いや、最高」

 

 

ツナマヨご飯を口の中へかきこみながら俺は半ば考える事をやめていた。

 

 

 

 

 

 そうして、日本へ帰還した俺の二日目の生活は部屋でアクアと一緒にごろごろしながらテレビを見るという退廃的なものであった。頭の中で色々と考えているのだが、そのたびにアクアがむじゃきにじゃれてきて考えが霧散してしまう。着実にダメ人間の道を俺は歩んでいた。だが、昼寝はあまり出来なかった。漠然とした不安が、俺を眠りにはつかせてくれなかったのだ。

 

 

「んー……ちょっとコンビニで飲み物買ってくるわねー」

 

「…………」

 

「カズマー? まあいっか……いってきますカズマ」

 

「待て」

 

「わっ!? 何よ起きてたの?」

 

「俺も行く」

 

 

 アクアの声を聞いた俺は、外出用の衣服に袖を通す。それをニコニコと見守っていたアクアは準備の出来た俺に右手を差し出してくる。意図を理解した俺は、彼女の手を握りはしなかった。代わりに彼女の腕をそっと手に取った。二人でボロアパートの外へ出ると、周囲は夜闇に包まれていた。だが、外灯や車のヘッドライドがそんな闇を明るく照らす。俺とアクアの間に会話は少ない。だが、いつもよりお互いの距離が近いのは確かであった。

 

「ねえ、どうしてついてきたの?」

 

「あれだ……いくら日本とはいえ夜中に女性が一人で出歩くのは少し危険だからな」

 

「へえ……やけに素直じゃない。いつもだったら、俺も買いたいものがあるとかなんとか言ってたんじゃない?」

 

「…………」

 

「あははっ! 可愛いじゃないカズマ!」

 

「うっせえよ!」

 

 絡みついてくるアクアを俺は力なく振り払っていた。彼女には俺の思いを全て見透かされた気がして、どうしようもなく恥ずかしかった。

 だが、それ以上にアクアの事を見失う恐怖の方が強かった。そして、お互いにじゃれあいながらコンビニについた俺達は、いくらかの食料を買ってすぐに帰路へとついていた。そんなアクアは俺の腕を引っ張って寄り道へと誘う。彼女に連れてこられたのは寂れた公園であった。二人でブランコに腰を降ろし、コンビニで買った中華まんをついばむ。周囲は静寂に包まれていたが、気持ちのいい沈黙であった。だからであろうか、俺は自然と弱音を吐いていた。

 

 

 

「なあアクア……」

 

「なーに?」

 

「どうしてまだ俺なんかと一緒にいてくれるんだ?」

 

 

 その言葉は吐いてしまった事に俺は激しく後悔した。だが、想像以上に俺はまいっていたらしい。その後悔を押してぽろぽろと弱音がこぼれてしまった。

 

「今の俺には何の価値もない」

 

「…………」

 

「あの世界で獲得した名声も、築いた財産も何もない」

 

「カズマ……」

 

「今の俺は元ニートのどうしようもないクズだ。別に無理して付き合う必要はないんだ。俺より、めぐみんやダクネス達の方についてやってくれ。正直言って、エリス様だけだと心配なんだ」

 

 めぐみんやダクネスの事は本当に心配だった。だが、それ以上に今の自分は彼女達に”顔を会わせられない”という思いの方が強い。今の俺の情けない姿を、彼女達には絶対に見せたくなかったのだ。

 そんな時、あたたかく、でも少しひんやりとした柔らかな感触を首筋に感じる。アクアが俺の身体を背後から抱きしめてくれたのだ。胸部に回された彼女の腕を俺はそっと手に取る。柔らかな手の感触が、アクアがこの世界にいてくれるのだと実感させてくれた。

 

「ねえ、カズマ……私はなんで貴方と一緒にいると思う?」

 

「それは……その……」

 

「ふふっ、困ってるって事は私もさっきの質問には困ってることは理解できた?」

 

「…………」

 

「カズマさんに少しでも”乙女心”って奴が理解出来るなら。この話はとりあえず終わりにしましょう」

 

 背後からぎゅーっと抱きしめられて、俺はどうしようもなくなって閉口するしかない。代わりにアクアはそんな俺を抱きしめながら、首筋に顔を押し付けてすんすんと匂いを嗅いでくる。それに我慢できなくなった俺は立ち上がってアクア方へと向き直った。彼女は頬を深紅に染めながら俺の事をじっと見つめていた。

 

「カズマさんのちゃちな不安を消し飛ばす方法があるって言ったらどうする?」

 

「そ、その方法ってのは……?」

 

「別に警戒しなくていいわよ。この女神アクアと人間であるサトウカズマで”契約”を結ぶってだけよ」

 

「契約……?」

 

 その言葉の意味は知っている。だが、アクアの言う契約は何かが違う気がする。それでも、気づけば俺は彼女の手を取っていた。それを情けなく思う一方で、アクアというとこちらを見て笑みを深くしていた。

 

「契約を結べば、カズマさんと私の間に”魂の繋がり”が出来るの。そして、一度契約を結んだら解約なんて一切出来ない。もしそれを無視して契約を裏切るようなマネをしたら魂は永遠にもう片方のモノ」

 

「なんか物騒だな」

 

「ただ私を裏切らないで欲しいってだけよ。契約に条件はつけるけど、少しくらいの契約違反は見逃してあげる」

 

「そうかい……それで契約する条件ってのは?」

 

「ふふっ、別にたいしたことじゃないわよ」

 

 

 アクアは俺の両手をとって抱きすくめる。そして、その深く澄んだ青い瞳で俺の事をひたすらまっすぐに見つめていた。

 

 

 

 

 

「私だけを見て」

 

 

 

 

 

アクアが俺の手をぎゅっと握る。

 

 

 

 

 

 

「私以外には触れないで」

 

 

 

 

 

 

彼女の熱い吐息が俺の頬に触れた。

 

 

 

 

 

 

「私だけを愛して」

 

 

 

 

 

 

それは懇願にも似たものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 アクアの瞳からは一筋の涙が流れ落ちている。それを指で救いながら、俺は混乱する頭の中でなんとか自我を保っていた。だが、もう色々と限界であった。俺の答えはもうとっくの昔に出ている。それこそ、さかのぼれば異世界に行った時にはすでにもう答えは出ていたのだ。でも、それを認められなくて俺は……

 

「どうすればいい」

 

「どうすればいいかはもう理解してるでしょう?」

 

「そうか……それなら……!」

 

「んうっ……んっ……」

 

 気づけば俺はアクアの柔らかい唇に、自分の唇を押し付けていた。ほんの少しの抵抗を見せたアクアの腕はだらんと垂れ下がり、しばらくは俺のされるがままとなる。俺の脳内では本当に様々な感情が渦巻いていたが、今この時だけはアクアの柔らかな唇を貪る以外には何も考えられなかった。

 

 

「んあっ……!」

 

 

 唇を離した時、お互いの間に透明な橋が出来ていた。それを手で拭った時、俺は体の全身が燃えるような感覚を受けた。だが、それもすぐに収まり、自分の中の何かに変化が起こった事は自然と理解出来た。おそらく、これが”契約”というやつなのだろう。

 

 しばらく、俺とアクアは荒れた息を整えながらブランコへ座り込んでいた。それからどれくらい時間が経過したか分からない。ただ、気づけば満面の笑みを浮かべたアクアが俺に手を差し出していた。

 

 

 

 

 

「カズマさん、おうちに帰りましょう?」

 

 

 

 

俺はアクアの手をとってそっと立ち上がった。

 

 

 

 

 公園からの帰り道、アクアは俺の手を離れ機嫌よさそうに道を歩いていた。スキップを踏み、歌を口ずさみながらくるくると回って見せる彼女を俺はぼんやりと眺めていた。

 

 

 そして、俺より少し早く家に着いたアクアは玄関の扉を開けて出迎えをしてくれる。彼女の嬉しそうな表情が、俺の口角を緩めていた。

 

 

 

「お帰りなさい、カズマ」

 

 

 

「ああ、ただいま」

 

 

 

 

 

ただの挨拶が、今は気恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 

 こうして家に帰り着いた俺達はゆっくりと食事をとり、穏やかな時間を過ごす。深夜に入る前には二人して同じ布団へと入っていた。お酒が入っていたからであろうか、早々に寝息を立て始めたアクアの髪を俺はそっと撫でる。

 昨日まで感じていた不安も、ある種の恐怖ももう何も感じない。ただ、目の前の女神の姿を俺はじっと見守っていた。彼女はこうして俺の前で無防備な寝顔を晒している。

 一方で、俺の”魂”のなかにアクアが生きづいているのを感じた。目を閉じても、アクアに背を向けてもそれは自分の中にある。それが、俺にとってはどうしようもなく安心できるものなっていた。

 

 

 

 

 

「やべっ……」

 

 

 

 

 そんな雰囲気の中、俺の愚息は俺への謀反を起こしていた。原因は複数ある。異世界でのサキュバス店への出禁、日本という特殊な環境。今朝見た彼女の裸体、今も目の前にある無防備な寝顔。そのどれもがもう、色々と刺激していた。

 

 

 

 

 

 

少しくらい触ってもバレないのでは?

 

 

 

 

 

 それは今の状況で出せる当然の結論であった。俺は右手をごそごそと布団の中に潜らせ、左手を彼女のお腹の上に乗せる。パジャマ越しに、彼女の柔らかい暖かみが感じられた。そうして、少しづつ左手を這わせていざ登山へと向かわんとした時、アクアの瞳がパッチリと開いた。

 

「カズマさん……」

 

「ど、どした……?」

 

「なにをごそごそしているの?」

 

「えっ……いや……これはその……!」

 

 アクアは布団に潜らせていた俺の右手をガシリを掴む。そこで動きを止めた俺に、彼女は顔を耳までを深紅に染めながらそっと囁いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「私が手伝ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はコクコクと頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回もカズマさん視点!
(タイトルがおかしいのは仕様です)
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