「ねえ大丈夫ダクネス?」
「ああ、すまない。迷惑かけたアクア……」
「別に私はいいのよ。ただ、あんなに取り乱したダクネスは初めて見たわ。本当に大丈夫なの?」
「すまない……すまない……」
「全くもう、とにかく今は安静にしときなさいな」
そう言って、苦笑しながら私に毛布をかけるアクアの表情は慈愛に満ちていた。彼女の心配を素直に受け止めつつ、先ほどまでの自分の醜態について深く反省する。記憶については判然としないが、私はカズマの前で盛大に取り乱した。そりゃあもう凄い暴れっぷりであったらしい。結局、屋敷に帰ってきたアクアと今まで私を抑えていたカズマと共に強制的に眠らされたそうだ。
「なあ、アクア……」
「どうしたの? お腹でも減った?」
「いや……その……」
頭の中でぐちゃぐちゃに揺れ動いてる感情を、私は上手く言語化する事が出来なかった。というよりは、私自身が状況を理解で出来なかった。私は、確かに昨日までカズマとの楽しいデートの日々を過ごしていた。それから、めぐみんが紅魔の里に帰ってから7日目にあたる日に、私はめぐみんがカズマと契りを結ぶ決定的な瞬間を見てしまったのだ。
「うぷっ……」
「どうしたの? 気持ち悪いの? もう、やっぱり無理してる……」
「うぐっ……本当にすまないアクア……」
「いいのいいの。ほら、背中さすってあげる」
私の上体を抱き起し、優しく背中を撫でるアクアに自然と身を委ねてしまう。そうして落ち着いた私は、あの出来事は全て夢だったのではないかと思い始めた。実際、日付は一週間前に戻っているのだ。
「っ……!」
「ダクネス、すごい鳥肌が立ってるわよ? やっぱり風邪かしら……でも平熱だし……」
私の身体を触診するアクアをよそに、私はアレは”夢”なんかではないと実感する。あの時に味わった屈辱、どうしようも出来ない事に対する自分への怒り……めぐみんへの■■もどうしようもなく現実的で今まで見た悪夢を優に超える恐怖を味わった。
何より私は今も覚えている。鼻孔をくすぐるカズマの匂いを、思い出したくもないあのすえた胃液の臭いもだ。とてもじゃないが、アレが単なる悪夢ではない事は理解していた。
「んっ……もういいアクア。少し一人にしてくれ」
「わかったわ……とにかく今日は絶対安静だからね?」
「了解……」
「もう、本当に手のかかる子達なんだから」
そう言って朗らかに笑いながら部屋から退出していったアクアに、私は心の中で感謝を告げる。その後はひたすらぐるぐると脳内でうずまく思いと相対するだけであった。今は、頭の中で考えた事全てに”何故”という疑問符が付きまとう。しかし、確かな事実を私は自覚していた。
私は”チャンス”を得た。
本来なら潰えていた私の思いを遂げる機会を、私は再び手に入れてしまったのだ。それならば、私はこのチャンスを……奇跡を無駄にはしない!
「カズマ、お前は私のモノだ」
ポツリと呟いた一言が、寝室に小さくこだました。
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「はぁ……どうすればいい……」
あんなにも盛大に覚悟を決めたというのに、私はあの日から三日間全くと言っていいほど行動を起こしていなかった。それもそのはず、あのめぐみんにしてやられた世界とは違って私とカズマは少しギクシャクしているのだ。原因は、初日にカズマ達に当たり散らした事が原因だろう。ここ数日、彼は私に対していつもより多く声をかけてきたり、世話を焼いていた。だが、その目には病人を心配するような気遣いしか宿っていない。この状況ではとてもじゃないがデートには誘えないし、誘ったとしてもいい雰囲気にはなれないだろう。
「はむ……」
私は目の前のテーブルに置かれたチーズケーキを一口咀嚼し、紅茶を口に含む。その平凡な味を味わいながら、私は大きくため息をつく。私が今いるこの喫茶店での思い出は、本当に楽しかった記憶として今も私に根付いている。しかし、この世界のカズマには私とデートした記憶などもうないのだ。それは、私が愛したカズマ……私とデートをしてくれたカズマがもうこの世には存在しない事を意味していた。
「っ……!」
ぶるりと身体を震わせながら、私は大きく頭を振る。確かに、彼にはもうあのデートの記憶はない。しかし、その記憶は全て私が覚えている。それに、カズマは”カズマ”だ。思い悩む必要など全くない事なのだ。
「あの、大丈夫ですか?」
突然かけられた声に、思わず身構える。しかし、私が顔を上げた先には見知った顔がこちらを心配そうにのぞき込んでいた。彼女は見慣れた紅魔族ローブに身を包み、めぐみんと違ってその豊かな双丘をローブごしに主張している。艶やかな黒髪をおさげにして肩に垂らし、幼い顔つきながら男を誘う抜群のスタイルを持っている少女の事を私は見間違えはしない。私はその見知った顔に苦笑を返す。やはり、今の私は周囲に心配されるような状態らしい。
「久しぶり……いや二週間ぶりだなゆんゆん。めぐみんとカズマと一緒にクエストをに行くところ見かけた以来だな」
「ええ、そうですね。少しお久しぶりです。それより、どうしたんですかダクネスさん、何だか非常に思いつめた顔をしていましたけど……」
「それは……」
言い淀む私の前で、ゆんゆんはそっと離れる。そして、少し離れたテーブル席に置いてあったティーカップと軽食をこちらのテーブルまで持ってきて私の対面の席に腰を下ろす。どうやら、彼女もここの利用客であったらしい。
「何を言ったらいいかわかりませんが、その……知ってる人が思いつめてる姿を見るのは非常に心苦しいんです。私で良ければ相談に乗りますよ」
「知っている人……か……」
「えっ……あっ……そうですよね……ダクネスさんにとっては私は友達の友達で知ってすらいない人ですよね……」
ゆんゆんは先ほどとは打って変わってどんよりとした表情で下を向く。私より相談を必要とするほど落ち込んだ彼女の姿に思わず苦笑し、そんな彼女を元気づけるために私は魔法の言葉を囁いた。
「落ち込むな。ゆんゆんは私の友達だろう?」
「あっ……友達……友達になってくれるんですか!?」
「むしろ、そちらが私を友達として認識していなかった方が寂しいな」
「そんな事……そんな事ないです! 私はダクネスさんの友達です! だからその……相談でも、頼み事でもなんでもしてあげますよ!」
目をキラキラさせ、私の方に身を乗り出すゆんゆんに私は微笑みを返す。正直、こんな彼女の姿を見ただけで少し癒されたのだ。何というか、私自身も誰かに話を聞いて貰いたかったようだ。だから、私は意気揚々としているゆんゆんに素直に口を開く。もちろん、今の私の悩み事についてだ。
「なあ、ゆんゆんは今まで信じていた相手に裏切られた……いや違うな……信じていた相手の醜い一面を見た時、その人と今後も上手くやっていけると思うか?」
「醜い一面……そうですねえ……」
うんうんと唸りながら冷や汗を垂らす彼女に、私は少し意地の悪い質問をしたと自分を恥じる。こんな相談、私が受ける側だとしてもどうしたらいいか分からないだろう。だが、彼女は緊張した面持ちで深く息をついてから、こちらを真剣な表情で見つめてきた。
「えっと……そのダクネスさんの言う信頼していた相手って多分めぐみんの事ですよね?」
「…………」
「違うなら謝ります。でも、そのお相手がめぐみんだと仮定してお話ししますね?」
「ああ」
正直、彼女の事を侮っていた。内心、友達が少ない彼女になんでこんな相談をしてしまったのだとも思っていたが、この認識は改めるべきだろう。ゆんゆんは私如きが下に見ていい存在じゃない。
「私とめぐみんはお互い意地を張っていますが、私自身は彼女を友達だと思っています。そんな私から言わせてもらえれば、めぐみんの醜い所はたくさん見ています。もの凄い食い意地が張っていますし、私との関係の始まりだって彼女から見れば食料の確保と私を少し虐めて鬱憤を下げる打算的な面もあったのかもしれません」
「そうか……」
「正直言って、めぐみんの事は嫌いです。何ていうんでしょうか……すぐ私にマウントを取ってきて……友達がいないだとか仲間がいないだとか……男がいないだとかと馬鹿にされるのは、本当に頭に来ますし、正直辛い時があります」
「ゆんゆん……」
ゆんゆんの表情は筆舌し難い複雑な表情だ。私はそんな彼女を見て驚きっぱなしだ。ゆんゆんがめぐみんに対してこんな思いを抱いているとは思わなかった。彼女とめぐみんははたから見てもとても仲良しに見えていたからだ。
「でも、めぐみんはそんな打算的な面があったとしても、根底には周囲と上手くなじめない私を気遣っての行動だって私は知ってます。私への変な絡み方だって、私を心配して気にかけてくれる故の行動だって私はよく知っています。だから、私はめぐみんの事を嫌う以上に”大好き”なんです」
「…………」
「ダクネスさんも、あれだけめぐみんと一緒にいたなら彼女の醜い面は普段から見ているはずです。それに、彼女だって貴方の醜い面を見ているかもしれません。今回はダクネスさんの”嫌い”が”好き”を上回ってしまったかもしれませんが、それだけで彼女を……友達を亡くすのは私は嫌です」
はっきりそう言ってのけたゆんゆんに素直に感服する。確かにその通りだ。私は裏切られたと感じたが、カズマを巡るめぐみんとの淑女協定はすでに済んでいる。お互い正々堂々といきましょうと。あのやり直す前の世界では6日目の夜~7日目にめぐみんはカズマに攻勢を仕掛けた。それにカズマが陥落したまでである。それまでの6日間のカズマへのアプローチを棚に上げてめぐみんを非難するほど私は恥知らずではいたくないのだ。
「…………」
「あの……私の言葉はダクネスさんの役に立ちませんでした?」
「そんなことはない……ありがとうゆんゆん。おかげで目が覚めた」
「ふふっ、そうですか」
「お礼に会計は持とう。それより、もう湿っぽい話はなしだ。これからは友達として話そうじゃないか」
「本当ですか!? 実はこういうお店でお友達とお話しするのが私の夢だったんです!」
満面の笑みでそんな可愛い夢を語る彼女に私は破顔してしまう。なんだか、めぐみんが彼女をいじりたくなる理由が分かった気がした。
「そういえば、少し前にカズマが話していたぞ。ゆんゆんはその……とんでもない所に妙な印があるらしいな」
「っ……!? なんでそんな事を彼が……なんで知ってるんですか!?」
「どうやらめぐみんから聞いたらしい。お前も少しはめぐみんを絞めてやったらどうだ」
「めぐみん……ああっ……そういう事ですか」
顔を真っ赤にしたゆんゆんは納得したように、どこか焦った様子を落ち着かせるように小さくぶつぶつと呟いていた。それから、彼女と他愛のない会話を交わして行く。魔王討伐で得たお金をの使い道、最近飼い始めたペットの話、今まで通りの冒険者クエストを受ける事への虚しさや、魔王を倒した私達が社会貢献のために何をすべきかなど、気が付けば真剣に討論を重ねていた。
そんな時、私はゆんゆんの左手の薬指に、鈍く光る銀色の指輪がある事に気が付いた。その位置に指輪を着ける意味は一つしかない。だから、私はほんの興味本位でその指輪について問いかけてみた。
「ゆんゆん、なかなか良い指輪を着けているじゃないか。私の審美眼が正しければかなり値がはるものじゃないか?」
「これは……そうですね。微量ながらもステータスを上昇させる立派な魔道具……私の大切なものなんです」
どこか悲し気に微笑みながら、ゆっくりと指輪を撫でる彼女に私は茶化す気持ちに躊躇いが生まれる。しかし、ここまで来ると余計に気になってしまうのだ。
「しかし、左手の薬指に指輪をつけるなんて、ゆんゆんも隅に置けないな」
「…………」
「ゆんゆん?」
ジロリとこちらを見るゆんゆんの目には光がなかった。
だが、次の瞬間にはテーブルに顔を突っ伏してしまう。彼女はぼそぼそと恨み言を吐いていた。
「ええ、ええ……そうですとも……ちょっと夢を見たかっただけです……」
「おい」
「ふふっ……どうせ私なんて男なんていませんよ……」
「まったくお前は……」
それからはうじうじ言い出したゆんゆんの愚痴を聞いていた。そして、流石に店員の目線がちょっとだけ痛くなってきた時、私は会計を支払ってゆんゆんを街へと連れ出した。その後、彼女との”友達”として楽しい時間を過ごした。
その日の別れ際、ゆんゆんは私の両手をぎゅっと握って激励の言葉を飛ばす。嬉しい反面、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「ダクネスさん、私は貴方を応援してますからね!」
「そうかい、ありがとうと言っておくよ……」
「ふふっ、本当に……本当に応援していますから……」
くすくすとゆんゆんは笑っている。
その目には見覚えがあった。
私が嫌いな目……二度と見たくない目……憎たらしい目つきであった。
「だって、めぐみんが無様に負けるところ……見たいと思いませんか?」
結局、ゆんゆんは確かに私の悩みを解決してくれた。
私は別にめぐみんのしでかした事に怒っているわけではない。彼女がカズマにアプローチするのも、彼と契りを結んだ事も別に今の状況を考えると仕方のない事であった。彼女だって、愛する男を手に入れたいのだ。
だが、あの目が気に入らない。
私が情けなく嘔吐していた時、めぐみんは私の姿を見て恐怖していた。当然だ。情事に励んでいた部屋のクローゼットに恋敵が潜んでいたのだ。そんな表情を浮かべるのも仕方がない事だ。
だが、あの口元が気に入らない。
めぐみんは恐怖の表情を浮かべていた。しかし、私は朦朧とした視界の中で確かに見た。めぐみんの”口角”が少し上がっていたのだ。口角を上げ、私を見降ろした目には明らかな”嘲笑”が見て取れた。それが私は許せなかった。
■したいほど憎らしかった。
「めぐみん、私はお前を許さない……許せそうにない……こんな矮小な私をお前も許さない……」
友達というものの存在が途端に馬鹿らしく空虚に感じられた。
屋敷への道を重い足取りで歩んで行く。
背後ではゆんゆんの押し殺したような笑い声が聞こえてくる。
くつくつ、くつくつと。
更新は不定期!