「なんかお前ら近くね?」
そんな困惑の表情を浮かべているのは私が恋心を寄せるカズマであった。彼はリビングのソファーにどっかりと座りくつろいでいる。しかし、その声音は少し居心地が悪そうであった。それにイラついてしまった私は、彼の左腕をとってギュっと抱きしめる。彼の体温と匂いを間近に体感し、自然と私の身体は火照ってしまうが今は彼を失う恐怖の方が胸の高鳴りより勝っていた。
「いいじゃないの、両手に花って奴ね! それに、アンタみたいなヒキニートじゃ畏れ多くて触れるのすらはばかられる絶世の美女に挟まれてるのよ。むしろこんな愚かな自分に触れてくださってアクア様ありがとうございますくらいの感謝を言えないわけ?」
「くそっ……否定できないのがムカつくな。お前、顔だけはいいもんな」
「か、顔だけじゃないわよクソニート! 私は女神なのよ!? 顔も身体も性格も全てが素晴らしいに決まってるじゃない!」
「うん、そうだね!」
「ちょっと、その生暖かい目はなによ! いいわ、そっちがその気なら……えいっ!」
「おまっ……!? 落ち着け俺……これはアクアこれはアクアこれはアクアこれはアクア……」
カズマに正面からむぎゅっと抱きつくアクアは顔面を彼の胸に押し付けて悶えている。今だけは、自由奔放なアクアの姿が少し羨ましかった。
「むふっ~むふっ~!」
「おまっ……さっさと離れろアクア! 犬かお前は!」
「んっ……う~!」
カズマの胸ですんすんと鼻を鳴らすアクアを彼は無理矢理引き剥がす。彼女はぶーたれた顔ながらもどこか恍惚としていた。アクアがこれほどにもカズマにイカレてしまっている事に驚く一方で、妙な納得もある。アクアは確かにアクシズ教の女神だが、彼女も”女”であることには変わりない。女神も、惚れた男の前では単なるメスに成り下がるのだ。
「くそっ……最近アクアがこの調子なのはいつもの事だが、ダクネスまでどうしたんだ? あんなに取り乱してたのが落ち着いたと思ったら、今度はしおらしくなりやがって……」
「もう、カズマさんったら今は私にかまってくれる時間でしょう? ダクネスはいいからもっとかまって敬ってお酒とおつまみを献上しなさいな」
「本音はそれか駄女神!」
「そんなことないわよ。私はカズマさんと楽しく酒盛りしたいだけよ……真昼間から!」
横でじゃれあうカズマとアクアを眺めながら小さく嘆息する。彼らの仲の良さ……”相性の良さ”は私やめぐみんよりも一つ上の段階に位置している。今はカズマがアクアの事を女として相手をしていないので、たいした脅威ではないが、もしカズマの意識が変わればアクアはめぐみん以上の強敵になる事は間違いないのだ。
「だああっ! もういい加減にしろお前ら! 俺はちょっとトイレ行ってくる!」
絡みつくアクアと私を振りほどき、少し前かがみで逃げ出したカズマはトイレへと逃げ込んでしまった。その後を無意識に追った私達は彼が入っているトイレの前で腰を下ろす。隣には、朗らかな笑みを浮かべたアクアの姿があった。私がふいと顔を逸らすとアクアは滑り込むように私の視界に入ってくる。正直、少し鬱陶しかった。
「ふんふん、ダクネスもカズマさんと触れ合って少しは落ち着いてきたみたいね!」
「別に私は……」
「強がってもダメ、ちょっと前までなんだかすごーく絶望的な表情を浮かべてたもの。でも、今は少しだけマシになったわ」
「…………」
押し黙る私に、彼女は眉尻の下がった微笑みを返す。そんなアクアを見ていると、何だか自分がひどく矮小な存在に思えてきて嫌だった。
「ねえ、ダクネス。めぐみんと何かあった?」
「っ……!?」
何気なく核心をついてくるアクアを前に私は情けなく下を向く事しか出来なかった。そんな私を見て彼女はくすくすと笑っていた。
「なぜめぐみんが関係あると思ったんだ?」
「ダクネスが落ち込んだタイミングを考えれば嫌でも分かるわよ。めぐみんってば結構意地が悪い子だもんね。どうせ、カズマさん絡みで何か喧嘩でもしたんでしょう?」
「いや……ああ……そうかもしれないな」
別に里帰り前にめぐみんと喧嘩したなんて事実はない。だからこそ、私はアクアの言葉にぎこちなく頷いた。真実を伝えたら、カズマやアクアは私を軽蔑するだろう。それだけはごめんだ。これ以上、私は醜い私自身を自覚したくなかった。
「ふふん、そうだと思った。どうせ、里帰り中はカズマさんを誑かすような事はするなって釘を刺されたんでしょう? それならお互い様よ。私も、めぐみんにカズマさんをこれ以上ダメ人間にするなって怒られちゃったからね」
「その点に関しては私もめぐみんに同感だ。金を持ったアイツは見ていて情けなくなるくらいダメになる。お前がその仲間に加わればなおさらダラけるぞあの男は」
「別にいいじゃないの。カズマさんとダラけるのは私も好きだしね。それに、彼だって必要な時は自分で動き出すわ。それまでゆっくり見守ってあげるのもいいかなって私は思っているの」
まるでニートの息子を甘やかすダメな母親、もしくはヒモに甘いダメ女のような事を言い出したアクアには辟易する。あの男は確かにやる時はヤる頼りになる男だが、一方で余裕がある時は資金が底に着くまでだらける男だ。それは正直嫌だ。私も理想とする男……夫の姿がある。それに近づいて貰いたいと願うのは女の我儘なのだろうか。
「それより、めぐみんの話よ。何を言われたの? このアクア様に言ってみなさいな!」
「ありがたい申し出だが話せない。アレはお前には関係ない事だ」
「むっ……本当に意地っ張りね……ダクネスもめぐみんも……カズマも……」
アクアは苦笑しながらため息をつき、再び私の視界に身体を滑り込ませてくる。そんなアクアについに我慢できなくなった私は、彼女の頭を掴んで床に押し付けた。しばらくわーきゃーとじたばたしていたが次第に大人しくなった。気づけば、私に頭を掴まれて床に寝転がっているアクアが私の方をじっと見ていた。
「ねえ、ダクネス。きっとカズマさんが誰を選んでも、私達の”今”は変わらないわ。そんなに身構えなくてもいいと思うの」
「何が言いたいんだアクアは……」
「別にそのまま意味よ。貴方かめぐみん、どちらがカズマさんと結ばれたとしても私達は”ずっと一緒”でしょう?」
満面の笑みそんな事を言うアクアを見て私は苦笑してしまった。
「馬鹿かお前は」
「えっ……」
表情を強張らせるアクアを見て私は失笑する他ない。彼女はなぜ、そんな脳内お花畑でいられるのだろうか。そこは少し羨ましい部分であったが、こうはなりたくなかった。
「確かに、アクアとめぐみんは私にとってもかけがえのない友人だ。ずっと一緒にいたいっていう思いは私も持っている」
「そ、それなら別にカズマがさんが誰と結ばれようとも私達はずっと一緒で……!」
「友達だからこそ譲れない部分がある。むしろお前は許せるのか? 自分の愛する男を、お前は友情を保つために”差し出す”のか?」
「それは……」
アクアの頭から手を離し、彼女との距離を少し開ける。どこか、決定的な部分で私はアクアと思いを共にする事は出来なかった。また、アクア自身も言葉に詰まり、悲痛な表情でうつ向いていた。アクアも彼女自身が持っている矛盾に気づけたのであろうか。
「私はな、お前やめぐみんが怖い」
「怖い……?」
「そうだ、お前達の存在が私は怖い」
私はぶるぶると震える膝を両手で押さえつける。身体を丸くして座る自身の姿は情けないが怖いものは怖いのだ。以前の私なら、このような思いは抱かなかったかもしれない。しかし、私の淡い夢物語とプライドはすでに砕け散っている。もう私には虚勢を張る余裕はなかった。
「例え、私がカズマと結ばれたとしても彼の愛を私に留めておく自信はもうない。だから、もし私がカズマとそういう関係になったのなら私はお前達を彼に近づけない」
「そう……」
「私以外の人に触れて欲しくない。私以外の人に話しかけないで欲しい。私以外の人と人間関係を持ってもらいたくない」
「…………」
「これは醜い独占欲に見えるかも知れない。でも、私は愛する人にそれを求める。もう、”あんな思い”はしたくないんだ」
脳裏にめぐみんの紅い目がフラッシュバックする。あんな思いはもうごめんだ。二度と見たくないし思い出したくもない。だが、めぐみんやアクアがこの世に存在する限り、”可能性”は残り続けるのだ。
そんな時、トイレの中から水で洗い流す音がジャバジャバと響き渡る。私は顔を上げ、出来る限り平常心を保とうとしていた。横目でアクアを見ると彼女はまだうつむいていた。
「そうなんだ……」
アクアは下を向いてぶつぶつと呟いている。彼女の表情はこちらからは見えなかった。
「ふーん、そうなんだ」
がちゃりと扉を開けて出てきたカズマは私達の方を見てギョッとした表情を浮かべ、大きなため息をついた。
「あのなあお前ら、トイレの前で無表情で俺を待つのは怖いからやめろ。つーか何なんだよお前ら! まさかストーカーか! これがストーカーって奴なのか!?」
「ふふっ、そうかもね。それよりカズマ、随分と遅かったじゃない」
「うるせえよ、うんこだようんこ! ほら散れお前ら!」
私達にしっしと手を振って追い払おうとするカズマに、アクアがそっと絡みつく。アクアの表情はどこかニヤついていた。私はそんな彼女を見てどこか安心する。少しキツい事を言ってしまったが、アクアはそれほど気にしていないようであった。
「ねえカズマさんは”どっち”でシたの?」
「なっ……後ろの穴でたっぷりクソをひねり出してやったよ!」
「そうなの。ふふっカズマったら臭いわ……とっても”匂う”わよ」
「くっ……」
「私は女神だから鼻が人間の数十倍良いのよ。だから、カズマさんの匂いも……」
「”逃走”!」
「あっ……」
いきなり逃走スキルで窓から逃げ出したカズマの事を私達は見送る事しか出来なかった。アクアはそんなカズマに微笑みを浮かべてクスクスと笑った後、私に向き直る。彼女の表情から、すでに微笑みは消えていた。
「この後はどうするのダクネス?」
「別に何も。あの男と過ごそうかと思っていたが、逃げられたのなら仕方ない。本気で逃げるアイツを捕まえるのは難しいからな」
「そう……それじゃあ私は外に出てくるわ。ぐうたらするのにはもう飽きたしね」
アクアはそう言いながら、カズマが逃げたのと同じ窓枠からぴょんと飛んで外に出る。それから、彼女はこちらに大きく手を振ってきた。
「それじゃあ行ってきます! ダクネス、アンタはまだ本調子じゃないみたいだからゆっくり休みなさいよ!」
「ああ、そうするとしよう」
アクアにそう答えた私は、そっと立ち上がる。そうだ。私は何をしている。奇跡が起こり、チャンスを得られた。この機会を生かすも殺すも自分次第なのだ。
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「こんなところか……」
私は頭をうんうん唸らせながらもたった数行しか書かれていない紙片に思わず顔をしかめる。だが、現状では私はこれだけしか”情報”を知りえていないのだ。
『対めぐみんメモ』
・里帰り後、1~6日までにカズマはめぐみんと接触していない。
・6日目夜~7日目にめぐみんとカズマが出会い肉体関係に発展。
・7日目夕方以降に二回戦開始。
・恐らくカズマとめぐみんの初体験は失敗に終わり中途半端に終わっている。
めぐみんにしてやられた世界において、私はカズマと1~6日目までに濃密な時間を過ごしていた彼の夜間の行動は未確定であるが、少なくとも日中は私と一緒にいた。日中にめぐみんに会いに行った線は薄いだろう。問題は夜間であるが、不確定な部分が多いのは仕方がないと言える。それに今日は件の6日目だ。今更後悔しても遅いのだ。
「本当に、私は馬鹿だな」
あれだけの時間的猶予があったのに私は取り乱して一人で落ち込み何もしてこなかったのだ。私はそんな悲観的な考えを大きく頭を振って打ち消す。とにかく、私の中ではある確信がすでに頭の中にあったのだ。
それは自分が何もしなかった世界こそがあの”めぐみんにしてやられた世界”というわけだ。
あの世界において私は彼と逢瀬を行うだけで満足していた。めぐみんにはそのスキを突かれたのである。だからこそ、私は今回に置いてはこれ以上のスキを晒すわけにはいかない。それに、めぐみんが仕掛けるのは6日目夜である事は変わりないという確信もある。それは2度も新人メイドにコーヒーをぶっかけられた事に由来している。何もしなければ、あの世界で起きた事象はこの世界でも発生する。
今回、私の発狂やゆんゆんとの遭遇といった事象は前回には起きなかった事だが、カズマやめぐみんに対して何も行動をしていない……何もしていない点は前回と共通しているのだ。それならば、今回も”前回”と同じことが起こる。
「こんな事をしている場合じゃないな」
私はメモ書きを丸めて懐に入れる。それから、少し速足でダスティネス家の屋敷へと向かった。
こうして実家に帰り着いた私は屋敷の裏手にある兵舎に顔を覗かせる。そこはダスティネス家の保有する私軍の一部であった。お父様や私の護衛、領地内、及び屋敷の警備を行っている兵士達がここに詰めている。その警備主任の隊長と私は今向き合っていた。彼は私の来訪に驚いているようであったが、すぐに私の前で片膝をついていた。
「お嬢様、こんな所に何か御用ですか?」
「ああ、少し頼みたい事がある。もちろん、お父様には内密にして欲しい頼み事だが……」
「以前、私達はお嬢様のお願いは死んでも叶えろとご当主様に躾けられています。お嬢様の御意に従うのは当然です」
何やら感じ入ったように私を見つめる警備隊長には少しばつの悪い思いを感じるが割り切る事にする。使える者は使う。そうしなければ私はめぐみんに勝てる自信がなかった。
「それじゃあ肝心の頼み事だが……」
私の頼みごとを聞いた警備隊長は真剣な表情で頷いた。今すぐ人員を配置しますといって忙し気に動き出した彼は非常に頼もしかった。一方で、自分の中に渦巻き始めた感情に私は嫌悪する。彼らは私の頼みごとを快く引き受けてくれた。それならば、”どこまで”私の頼みごとをきいてくれるのだろうか。
「私は何を……!」
考えてしまったどうしようもない事を私は全て振り払う。それをしたらおしまいだ。貴族として、人間としてやってはならない。だが、頭の片隅に残り続ける”ソレ”は常に私の思考を誘惑していた。それを忘れるように私は走り出す。今は、今夜の対めぐみんについてだけ考えよう。
それからアクセルの屋敷に帰宅した私はせわしなく屋敷内を歩き回っていた。今の私には何も出来ない。そんな自分を落ち着かせるように私は脳内でのシミュレーションを行う。時刻は夕刻、まだカズマは家に帰ってきていないがここからが正念場だ。
「落ち着け私」
もうすでにめぐみんの攻勢が始まっているのではないかという恐怖に背中を寒くさせるが、ここは私の勘を信じる事にする。まだ大丈夫、大丈夫なのだ。
「っ……!」
私の耳が屋敷の扉を押し開ける音を捕らえる。急いで玄関に向かった私は目的の人物を目にして心底安堵した。帰ってきたカズマは何故だかしかめっ面をしていた。普段なら少し言い淀んでしまう私だが、そんな躊躇いは今は必要としなかった。
「お帰りカズマ」
「ああ、ただいま」
「なあ一つ質問なんだが……めぐみんに会ったか……?」
「ん? 何ってんだよ。あいつは里に帰省中じゃないか」
いぶかしげにこちらを見るカズマに見つめられて、私は上がりそうになる口角を必死に抑える。やはり、まだめぐみんは攻勢をしかけていない。間に合う……まだ間に合うのだ。このチャンスを私はものにする。必死に心を落ち着かせた私は、必殺の一撃をカズマに叩き込む事にした。
「カズマ……その……お願いがあるんだが……」
「ああ……ってお前ゆでだこみたいに顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」
「大丈夫だ! それよりその……私を……だ……だい……!」
「だい……?」
私自身が嫌になる。何故こんなにも単純な一言が言えないのだろうか。だが、私はここで諦めたりしない!
「私はだい…だい……ひう……」
「なんで泣きそうになってるんだお前!?」
「う、うるさい! 私は大根の煮つけが食べたいと思っただけだ!」
「まさかの逆ギレ!?」
ダメだった。
私はどうしようもない愚か者であった。
それから、夕食の食席をへとついた私は小さくなる事しか出来なかった。そんな私を見るカズマは苦笑しながら窓の外をチラリと見る。窓の外はすでに闇に染まっていた。
「どうした、お前が食いたいって言ったんだぞ。カズマ様作ってくださってありがとうございましたって感謝しながら食えよ」
「んっ……その点は感謝している。しかし、お前もアクアみたいな事を言うんだな」
「勘弁してくれ! アイツと似てるなんて普通に罵倒表現の一種だからな!」
そう言ったカズマはアクアのために用意された食事を見て少し寂し気に笑った。結局、アクアはまだ屋敷に帰ってきていない。しかし、最近はアクアが外に遊び歩いて帰ってこないのはよくある事であった。思えば、めぐみんにしてやられた世界においてアクアは夜間に屋敷に帰ってくる事はほとんどなかった。カズマとデートをしていて浮かれていたため、その点について今更ながら意識した。
「どうせアクシズ教会か冒険者ギルドでいつもみたいに酒盛りでもしてるんだろう。ほら、冷めないうちにさっさと食っちまおうぜ!」
「ああ……」
カズマが作ってくれた大根の煮つけを一口齧る。そぼろ肉の油と醤油の味が染みた良い味わいであった。彼の料理は一流のシェフが作った料理よりかは味は一つ落ちるが、その料理の腕前がプロフェッショナルなものであるのは確かであった。それに、彼の食事には暖かみがあった。この大根の煮つけだって、彼が私のために作ってくれたものだ。この暖かさはダスティネス家の料理人が作った食事からは感じられないものであった。
「美味いか?」
「ああ、美味しいな……」
「それなら結構、まあ食いたいものがあるならいつでも作ってやるよ。ララティーナお嬢様の舌に合うかは分からないけどな!」
「お嬢様呼びはやめろ」
「分かったよララティーナ!」
「んっ……それでいい」
「いいのかよ!?」
彼が名前を呼んでくれるだけで私の胸は高鳴る。それくらい、私はカズマに惚れてしまったのだ。それなのに私はあの”一言”を躊躇してしまった。それがどうしようもなく情けなかった。それからは、カズマの料理と、彼との他愛もない話を楽しんだ。一応、めぐみんについて何回か探りを入れていたが接触はないようであった。
「つーか、今日はやけにめぐみんの事を心配してるなダクネス」
「心配……?」
「そうそう、確かにアイツが俺達から離れて馬鹿やってないのか心配になるのは分かるぞ。あいつ、かなりのトラブルメーカーだしな」
にこやかに笑うカズマに私は上手い言葉が返せなかった。そんな事、アイツにしてやられた世界においても考えていない。今までは心の片隅にあり自覚していないようにしていたが、私は前回でも同じことを考えていた。めぐみんは本当に”邪魔”でしかないのだ。
「そういえば、アイツが帰ってそろそろ1週間か。今夜あたりにでもあのツラ拝みにいってやるか」
「それはダメだ!」
気づけば私はテーブルに両手を打ち付け、彼の方へ身を乗り出していた。衝撃で倒れたグラスから飲み物がこぼれるがそんな事はどうでもいい。だが、内心で納得いくものがあった。彼は前回の世界でもこのような思考に至り、めぐみんに会いに行ったのではないかと。
「めぐみんは家族水いらずの状態なんだ。それを邪魔しに行くのは酷だろう。それに、”まだ”1週間だ。カズマはアイツのストーカーか?」
「おまっ……いやそうだな……心配しすぎか……」
「それに時間も時間だ。こんな夜中に娘を訪ねてくる男を出迎えるめぐみんのお父様の気持ちになって考えてみろ」
「はい、すんません……」
少し落ち込んでしまったカズマと私は食事を再開し、しばらくしてお開きとなる。それから晩酌を始めた彼を置いて私は隣室におもむき、その窓から外へ向けて手鏡をかざした。そうすると、暗闇の中からもピカピカと光の反射が見え始める。どうやら、私の頼み事に従ってくれたようだ。彼らには夕刻から朝までに屋敷への行き来をする人物を捕縛するように頼んでいる。例外はアクアとカズマだ。それ以外の人物……めぐみん含めての侵入者があった場合は拘束して私へすぐさま報告する手筈になっている。また、カズマが屋敷からの脱出を図った場合も同様だ。加えて、警備隊の魔導士に屋敷内への”テレポート阻害”もお願いしていた。
私は今一度覚悟を決めると、懐から医者が使う聴診器のようなものを取り出す。これも警備隊長に準備してもらった役立つアイテムだ。本来は医療用に使われるが、その能力を高めた魔道具は王都の諜報部隊にも使われているとされている。そして、これはその”諜報用”の魔道具であった。
壁にその魔道具を押し当てると、両耳に壁の向こうの音が鮮明に聞こえてくる。隣からは、カズマの咀嚼音やお酒を飲むゴクリという音、時折、大きなため息が聞こえてきた。
『やべーな俺……流石に今の状況で出禁はマズイ……しかし俺が何をしたっていうんだ……」
彼の咀嚼音や食器をテーブルに打つ音がさきほどより大きくなっている。どうやら感情が昂っているらしい。それから、時折小さな愚痴を呟いていたが半刻程してから彼はそっと動き出した。それをそっと尾行した私は、カズマが自分の寝室へと入った事を確認するとすぐさま脳内シミュレーション通り、彼の部屋の隣室へと足を運ぶ。
それから、彼の部屋に面する壁に魔道具を押し当てた。しばらくは布ズレの音が響いていたが、ついには彼の大きなイビキが聞こえた。その事に安堵しながら、私は気を引き締めた。今夜は徹夜をしなければならないからだ。
「むっ……?」
そんな時、一つの違和感に気が付いた。それはカズマの部屋ではなくこの部屋についてだ。この部屋は以前から空室であり、物置となっていた。それなのに、なにやら人が生活していたかのような生活感があるのだ。気のせいかもしれないが、大きな木箱の上に無造作に置かれた毛布が気になって仕方がなかった。
そして、その毛布に触れて少し匂いを嗅いでみたが、当然ながら私は動物の類ではないのでこれが誰のものか分からない。しかし、不快感のない甘く清涼な匂いがしたのは確かであった。それから毛布があった場所から振り返った私は更なる違和感に気づく。この暗闇に置いて、壁から少し光が漏れる場所があったのだ。それに、近づいた私は壁に”小さな穴”がある事に気づく。無論、そこからはカズマの部屋の中の様子をかろうじて見ることが出来た。
「こいつもめぐみんの仕業か……?」
今、ストーカーじみた事をしている私はそれについてはこれ以上追及しない事とする。だが、この穴はありがたく使わせて貰う事にした。
「ふふっ、だらしのない寝顔だな……」
穴の先ではカズマがだらしのない寝顔でで寝息を立てている。その光景はいくら見ても見飽きなる事のない光景であった。だから、私は見つめ続ける。何分でも何時間でも……
翌朝、ベッドから上半身を起こしたカズマを見て、私は窓にかけよって手鏡をかざす。そうすると朝日が輝く空に一発のファイアボールの魔法が打ちあがる。これは”異常なし”の合図であった。それを確認した私はすぐさまカズマの部屋の扉を蹴り開ける。彼は、こちらをぼーっとした表情で見ていた。
「朝からどうしたダクネス?」
「少しな……一つ聞きたい事がある」
躊躇いながらも、私は彼に質問をした。
「めぐみんと会ったりしてないか?」
「はあ? アイツは里だろ。それに、会いに行くなって釘を刺したのは……ほあああっ!?」
気が付けば、彼の胸に飛び込んでいた。両目からは涙が溢れ出る。
嬉しかった……
それ以上に恐怖から逃れられた安心感が大きかった。
カズマは泣き出してしまった私にしどろもどろであったが、そのうち私の頭を撫でつけてくれた。その愛撫を受けながら、私は自然と笑い声が口から洩れるのを自覚した。
「運命は変えてやったぞ……」
カズマの愛撫を受けながら、私の口角は吊り上がっていた。
「ざまあみろ」