この果てしなき修羅場に終焉を!   作:ルイ提督

5 / 19
女神の微笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……カズマさんってば本当にたまってたのね。なによこれ、固形物みたいのも混じってるじゃない」

 

「大股開きながら何をほざきやがる! つーかもっと恥じらいを持て、仮にも女神だろ!?」

 

「仮にもって失礼ね。それに私が動けないのはアンタが好き放題したからでしょう? おかげで、下半身が震えて動かせないし……んっ……カズマさんの味がする」

 

「当たり前のように口に入れるな。後、それについては……正直すまんかった」

 

「いいのよ。拒絶の意志があったら私に触れる人間は例外なく存在ごと消滅してるもの。それがないって事は私がカズマさんを心の底から受け入れてる証拠だもの」

 

「さらっと恐ろしい事言うな」

 

 

 

 

 ボソボソと私の意中の相手であるカズマと、パーティ内で随一のプリーストであり、トラブルメーカーであるアクアの会話が聞こえる。二人の仲の良さは知っているし、彼らが私の知らない話題について笑顔で会話する姿も良く見ている。だが、今回は普段とはその「雰囲気」が違っていた。

 

「ふふっ、アンタは女神様の”初めての相手”になったのよ。もっと自分に自信を持ってもいいのよ?」

 

「それもそうだな。よっしゃ、明日にはアクセルの街中でアクアとヤッたって自慢してやるとしよう」

 

「そ、それはやめなさいよね! 本当にもう……カズマは……んっ……!?」

 

 

 今の私は聴覚以外の感覚が消え失せていた。そんな私の体は彼らの前で無様に寝ているだけだ。耳を塞いで何も聞きたくない……何もかも忘れて意識を無くしたかった。でも、それは許されない。

 そんな私の耳には今もぴちゃぴちゃとした水音と、男女の荒い息づかいが聞こえている。見えないからこそ、たくさんの「見えないもの」が見えてくる。こんなにも甘く、無慈悲な拷問はない気がした。

 

「ちょっと待って……私さっきまで初めてで……んっ……んぁ……やっぱりカズマさんはケダモノね……」

 

「仕方ねえんだよ。いまさらながら気づいたが、お前が可愛くて可愛くてしょうがないんだ」

 

「あうっ……本当に……? 今まで私なんか女として見れないって散々言ってきたくせに……!」

 

「悪かったよ。正直言って意識しないようにしてただけだ。なんつーか、アクアの美貌に負けたらお前はそれを盾に凄いマウント取って来そうだしな。俺にも男としての最低限のプライドがあるんだよ」

 

「カズマのバカ……」

 

「不貞腐れるな、お前こそ超モテモテなカズマさんに選んでもらった事に感謝しろよ」

 

「モテてるのが事実なのが腹立たしいわね……」

 

 クスクスと笑いあう彼らの声が聞こえる。これが、カズマと私の知らない女との会話だったら憤怒に身を委ねる事が出来た。だが、相手はカズマとアクアである。最愛の男と、大好きな親友だ。親しい間柄だからこそ、姿は見えなくても何をしているかが鮮明に想像できてしまう。結果としてこみ上げるべき憤怒は、精神的に受け付けるのを脳が拒む気持ち悪さに変化していた。もし、私が起きていたらみっともなく胃液を吐いていただろう。それでも、今の私にとってはその方がマシに思えた。

 

「ねえ、流石にこの体勢はヤバイわよ! ダクネスの上で後ろからなんて……!」

 

「ダメか……?」

 

「ううっ……もう……しょうがないわねぇ……カズマさんの変態……」

 

 さっきよりも近い場所で、彼らの話し声が聞こえる。私は必死に自分の意識を葬ろうとしたが、やはりダメであった。代わりに、どんどんと思考が霞んで行くのを感じた。人間というものはあまりに受け入れがい事を前にすると、”理解する”事をやめてしまうらしい。知りたくない事を知ってしまったものだ。

 

 

「カズマ、ちゃんと私に囁いて……卑しく矮小な人間のくせにアクア様を愛してしまいましたって言って……」

 

「さりげなく人間ディス入れるな! まったく、本当に……アクア……」

 

 それから、私はひたすら無に徹する事にした。霞む思考の中で反芻するのは、愛しの男が囁いた言葉である。彼の言葉が、私に向けられていないのは今の私でも分かる。被虐的な嗜好を持つ私にとってこれと同様なシチュエーションを妄想した事は一度や二度ではない。だから、大丈夫……大丈夫だ。

 

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 

大丈夫なわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

「起きたか、ララティーナ……?」

 

「うっ……ああっ……あああああああああっ!」

 

「落ち着け! 落ち着くんだララティーナ!」

 

 霞む思考の中で、私はお父様に抱きしめられている現状を段々と理解する。久しぶりに受ける抱擁は嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。おかげで意識を正常に戻した私は、お父様をそっと押しのける。彼はやはり心配そうな表情を浮かべていた。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよお父様。それより、今は……?」

 

「もう夜中だよ。君は今朝方パニックを起こして、落ち着かせたらこの時間までぐっすりだったのさ」

 

「そうですか……」

 

 私はそれを聞いてすぐさま部屋を出ようと思い立つ。だが、お父様はそんな私を押しとめた。そんな彼を無理やり突破し、目的地へと足を向ける事にした。

 

「ララティーナ、悩みがあるなら相談して欲しい。私でも力になれるかもしれない」

 

「それは無理ですお父様。これは私の”問題”です」

 

 お父様は私の言葉を聞いて、苦い顔をしながら引き下がる。そうして、私が玄関の扉を押し開けた時、背中越しにお父様の声と聞こえた。

 

 

「ララティーナ、どうしようもなくなったら執務室の机の上から二番目の引き出しを開けなさい。こんな私でも時には外法に手を染める事もある。愛するもののためにそれを使う事を私は否定しないよ」

 

 

言い聞かせるようなお父様の声を背に受けながら、私はゆっくりと屋敷を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果として、私は夜の街をあてもなく彷徨う事になった。一応、カズマの屋敷に向かってみたが、正門に張られた透明な壁のせいで中には入れず、私の呼びかけにも反応しなかった。思い出すのはアクアが別れ際に言い放った言葉である。あれが真実であるならば、カズマは屋敷に軟禁されてしまったようだ。

 

 

「私がとやかく言う資格もないがな……」

 

 

 敗者である私が何を言おうと現実は変わらない。頼みの綱であった巻き戻し現象も起こらず、この結果を受け入れるしか他に道はないのだ。自然と溢れてくる涙を手で拭いつつ。私は再び夜の街を彷徨う。カズマの屋敷には帰れない。実家にも、今すぐには帰る気はしなかった。

 そんな私は柄の悪い連中にとってはカモに見えたのだろう。気が付けば下卑た笑いを浮かべた男5人に囲まれていた。場所は路地裏で前後を抑えられている。逃げ場なんかなかった。

 

「よう、女の子の一人歩きはよくないぜ?」

 

「…………」

 

「反応なしか。とにかく、この近辺はやめておけ。この当たりの安宿でくすぶっている冒険者は雑魚だが頭も悪い。アンタみたいな貴族のお嬢様は狙われるぞ」

 

「…………」

 

「おいおい、無視かよ。まったく、こうなったら仕方ないか……」

 

 いかついスキンヘッドの男が、私に手を伸ばしてくる。このままでは、私はコイツらに好き放題犯されてしまうだろう。だが、それも良い気がした。元々、そういう事をされるのは普段から妄想していた。敗者の私には相応しい末路だろう。

 

 

 

「私に触れるな!」

 

「ぐあああああっ!?」

 

 

 

 そう思っていたのに、私は反射的に男の手を捻り折っていた。ゴギリという骨が軋む不快な音と共に、腕を押さえながら男が地に転がる。それを見た他の男達は一斉に武器を抜いていた。

 

「てめぇ何しやがる!」

 

「そんなに痛い目みたいのか!」

 

「お望みならぶち犯してやっても……ぼぎゅっ!?」

 

「いい加減に……うわらばっ!?」

 

 ロングソードを手にした男を蹴り飛ばし、短杖を抜いた男には勢いをつけたタックルを叩き込む。両者ともに壁に強く叩きつけられ、すぐさま気を失った。それを見た残りの男達の一人は憤怒の表情で斧を振るい、もう一人は怯えるように逃げ出した。私は迫ってくる斧を拳で粉砕し、下手人の首を掴んで壁へと押し当てる奴はバタバタを暴れながら涙を流していた。

 

「やめっ……ぐっ……放せ……!」

 

「ほう、仕掛けたのは貴様らが先だ。私は貴族の娘だぞ? 私に手を出した貴様ら全員、死罪にしてやってもいいんだがな?」

 

「なにを……ぐがぁ!?」

 

 男の腹に力を加減して拳を叩き込む。ドズンという衝撃と共に私の拘束から放たれた男は地に転がりながらげーげーと血混じりの嘔吐を繰り返す。そんな奴を足蹴にしながら、私は胸の奥に得体の知れない快感がほとばしるのを感じた。

 そして、腹ばいになって逃げようとする男の一人を何度も踏みつけていた時、凛とした女性の声がこちらを射抜いていた。

 

 

 

「そこまでよ悪党!」

 

 

 

 短杖を抜いてこちらを睨む女性は、私もよく知る紅魔族ローブに身を包む黒髪紅目の少女であった。彼女も私の姿に気づいたのだろう。どこか驚いた表情でこちらに近寄ってきた。

 

「ダクネスさん……?」

 

「ゆんゆんか、加勢は必要ない。悪党は全員殲滅した」

 

「いやあの……その方達は夜間警邏任務中の冒険者ですよ?」

 

「んっ……?」

 

「うわぁ、ヒドイ怪我……今すぐ治療してあげますから……ダクネスさんはちょっとそこで反省しててください!」

 

 それから、ゆんゆんは自分が持っていたのであろうポーションを使って男達の治療と処置をして行く。男達は全員、私に怯えたような視線を時折向けていた。彼女はそんな彼らに優しく声をかけつつ、少なくない金銭を渡した。男達は一斉にゆんゆんにぺこぺこと頭を下げていた。

 

「ダクネスさん、この人達にごめんなさいを言ってください。大体、何があったかは想像できますが勘違いをしたのは貴方が先ですよ」

 

「いいんですよゆんゆんの姉御。あっしらも身だしなみ気をつけます。今まで警邏中に見つけた保護対象がやけに怯えていた理由もやっとこさ理解出来ましたから……」

 

「流石孤高の冒険者ッスね! 以前もカエルに食われた俺達を救ってくれたし……凄いなー憧れちゃうなー!」

 

「そ、そんなに褒めないでください! それより、早くここから離れてください。この人は私が見ておきますから……」

 

「了解っス! その暴走お嬢様は俺らの手に負えないッス! 後、お金はありがたく貰います! 流石にちょっと飲みたい気分ッスね……」

 

 そう言って笑いながら去っていく男達に小さく手を振ったゆんゆんは、改めてこちらに振り返った。私はそんな彼女から顔を逸らす。私は勘違いから男達を叩きのめしてしまった事を今更ながら理解したのだ。ゆんゆんは何やらため息をついてから、私を連れ立って歩き出した。彼女に素直に連行された私は、とある公園のベンチに彼女と一緒に腰を下ろしていた。しばらく沈黙が続いていたが、話を切り出したのはゆんゆんからであった。

 

「ダクネスさん、その……大丈夫ですか?」

 

「…………」

 

「貴方が勘違いしてしまう理由も分かりますし、彼らにも多少の非はあったと思います。でも、さっきの様子はどちらかというと鬱憤でも晴らすようないたぶりかたでしたよ」

 

 

こちらを真っすぐ見つめてくるゆんゆんの視線は、今の私にとって耐えがたいものであった。そして、胸の底にこみ上げてきた思いを彼女にぶつけたくなった。それくらい、今の私が追い詰められている事をどこか客観的に理解できた。

 

「そういえば、先々週くらい前にも、ゆんゆんには今みたいに声をかけられたな」

 

「先々週ですか?」

 

「ああ、喫茶店で私に声をかけてくれただろう?」

 

「えっ……?」

 

 ゆんゆんは戸惑うように目をぱちくりさせていた。しばらく悩むように沈黙をしていたが、どこか納得いったように手をパチンと叩いた。

 

「そういえばそんな事もありましたね。あの時のダクネスさんもすっごく落ち込んでいました。今回も何かあったんですか」

 

「ああ、とんでもない事があったんだよ。実はカズマがアクアと付き合うようになった。ふふっ、私はフラれてしまったよ」

 

「なんだ、そんな事ですか……って!? うえええええっ!?」

 

 片手で口を少し抑えながら、ゆんゆんは素っ頓狂な声を上げていた。彼女はしばらくもにょもにょとしていたが、顔を赤くしながらもこちらに顔を寄せる。その表情は、正に興味津々と言えるものであった。

 

「ダクネスさん、それって本当の話ですか? だって、アクアさんってあのアクアさんですよね!?」

 

「そのアクアで間違いない」

 

「そうなんですか……少し意外ですが……まあそういう事もありますよね」

 

 どこか納得するようにうんうんと頷く彼女の様子が正直言って憎らしい。つい出そうになってしまった拳を必死に押しとめて、私は平常を装う。頭の中は怒りと憎しみに支配されているが、今となっては妙な納得もある。カズマがアクアを選ぶ可能性は全くないとは言えないほど、彼らは以前より親密だったのだ。

 

「カズマさんって、素直じゃない所がありますよね。だから、彼がアクアさんと最初にそういう関係になるのは意外です。でも、カズマさんってアクアさんの事をボロクソに言うくせに、自分以外がアクアさんを傷つけた時は見たことないくらい怒りますし、彼女を守るためならかなり容赦なく加害相手への報復をしますし……少し感情の矛先がぶれたら彼がアクアさんを選ぶのも納得です」

 

「そうか……」

 

「でも、私の予想だとカズマさんはまず最初にダクネスさんを選ぶと思っていたのでやっぱり”意外”って感想ですね」

 

「私……? ゆんゆんはカズマが私を選ぶと思っていたのか?」

 

 ゆんゆんの考えこそ意外であった。正直いって私のカズマへの旗色は悪かった。それに、ヒロインレースにおいて優勢を保ち、彼女の親友であるめぐみんの方が客観的に見て私より優位に見えたはずだ。

 

「ダクネスさん、貴方って本当にそういう所がありますよね」

 

「えっ……?」

 

「なるほど、だからダクネスさんはアクアさんに出し抜かれたんです」

 

「私に悪い所があったというのか?」

 

「だから、そういう所です。貴方って、想像以上に”カズマさん”の事を理解してないんですね」

 

 そう言い放ったゆんゆんの表情からは柔和なものが消え去り、まるで別人のように冷ややかな表情を浮かべていた。そんな彼女に気圧されて私は言葉を返す事が出来ず、ただ怯えたように沈黙を残すしかなかった。

 

「私の知ってるカズマさんなら、貴方達の中からはダクネスさんを選びます。順序はちょっと前後するかもしれませんけどね」

 

「戯言はよせ。実際にカズマは私ではなくアクアを選んだじゃないか」

 

「だから言ってるじゃないですか。順序はずれるかも知れませんが、最後には貴方が選ばれますよ」

 

「何を根拠にそんな事を言うのか理解できないな。アクアはもうカズマを離す気はない。今だってアクアに追い出されたんだ」

 

「ふーん……」

 

 すぅっと細められたゆんゆんの目は、私の全てを見透かすように射抜いている。明らかに今までと違う雰囲気の彼女に私は再び沈黙を返すしかなかった。だが、内心では彼女にカズマの何が分かるのかという怒りがこみ上げてくる。少なくとも、私はゆんゆんよりかはカズマの事を理解しているつもりだ。でも、彼女の次の言葉はそんな自信を打ち砕くものであった。

 

「もしかして、カズマさんに愛の告白でもしました?」

 

「何故それを!?」

 

「その反応で十分です。それでアクアさんが貴方を受け入れるのではなく追い出す方に舵を切ったという事は……どうせ貴方がアクアさんに余計な事を言っちゃったんじゃないですか?」

 

「っ………」

 

「やっぱりそうなんですね。まあ因果応報と言うか身から出た錆というか……」

 

 呆れたように肩をすくめるゆんゆんには衝動的に溢れる憤怒の餌食にしたかったが、そんな私を軽く制圧できる強さと丹力を彼女は持ち合わせている。だからこそ、今は冷静に行動しなくてはならない。彼女は私とは違う視点で物事を見れている。そんな彼女の考えを聞くのは今の私にとってとても重要であった。

 

「何故だ……何故お前はそんな事が分かったんだ……まさかずっと隠れて見ていたのか?」

 

「そんな事をしなくても理解できるってお話です。少なくとも、今の私が貴方に何を伝えても無駄だという事は理解できます。この結果を受けても貴方の本質は変わらないみたいですしね」

 

「本質……」

 

「愛する物のためなら自分の全てを捨てられる……そんな覚悟がないとめぐみん達と同じ場にすらたてませんよ。ララティーナお嬢様」

 

「お前っ!」

 

 必死に我慢していた。でも、もう我慢の限界だった。くすくすとこちらを嘲笑うゆんゆんにそう振り上げた手はあてもなく宙を切る。そんな私にいつの間にか離れて背を向けていた彼女は公園の片隅にある草むらに向けて小さく口をちっちと鳴らす。そうすると、草むらから飛び出た一匹の黒猫が彼女の肩にちょこんと乗った。ゆんゆんはその黒猫を愛おしそうに撫でていた。

 

「もう、勝手に家を出ないでっていったでしょう? じゃりめ……さあお家に帰りましょう」

 

「ま、待て……私は……!」

 

「ダクネスさん、落ち着いてください。暴力に頼っても悪い方向に進むだけですよ。だからこそ、私のお家に来てゆっくり話しませんか?」

 

「…………」

 

「強制はしませんよ。とにかく、私は家に帰ります。夜も遅いですしね……」

 

 くすりと笑ってからゆっくりと歩き出した彼女の後ろを私はとぼとぼと追従する。すでに私の居場所はカズマの屋敷にも実家にもあるとは思えなかった。だから、無言でついていく他に道はなかった。

 そうしてたどり着いたのは、ごく普通の一戸建ての家であった。無論、彼女のような少女が持つには分不相応に思えるが、私は彼女が凄腕の冒険者である事は身に染みて理解していた。その後はゆんゆんが出してくれた夕食を無言で貪り、かなり大きめな浴室にてしっかりと汗を洗い流した。それから彼女から借りた少し小さめな寝間着に顔をしかめつつ、私は意味もなくソファーに座り込んでいた。こうして彼女の好意に甘んじて、改めて先ほどの自分の行動を恥じる事が出来た。ゆんゆんはそんな私から少し離れた場所に腰を降ろして静かに本を読んでいる。そんな彼女にかけられる言葉を私はあまり持ち合わせてはいなかった。

 

「ゆんゆん、先ほどはすまなかった」

 

「別に気にしなくていいです。私も結構ヒドイ事言ってますしね」

 

「すまない……すまない……」

 

「ダクネスさん、追い詰められているのは分かりますけど焦らなくても大丈夫です。きっとアクアさんは……」

 

 こちらを心配そうに見つめて話すゆんゆんの言葉を、ガチャンという大きな音がかき消す。揃って音の方向に目を向けると、私にとっては忌々しくも切っても切れない関係である少女の姿があった。ゆんゆんと同じ紅魔族ローブに身を包み、大きな魔法帽に左目につけられた眼帯、薄すぎる胸と幼い容姿。そんな彼女の大きな特徴である紅の目は困惑に揺れていた。

 

「ダクネス!? なんでここにいるのですか!」

 

「それは……」

 

「ああもう、この際そんな事はどうでもいいのです。それより、丁度いい場所で会えました! ダクネス、なんだか屋敷の様子が変なんです! 正門や裏門には見えない壁が張られてますし、いくら大声を上げてもアクアもカズマも出てきませんでした。でも、私は二人が二階の窓からこちらに顔を覗かせる様子を見たんです。もしかしたら、二人が何者かによって屋敷に監禁されている可能性があるんです!」

 

「落ち着け……」

 

 私の両肩を掴んでぐわんぐわんと揺らすめぐみんを私はそっと抱き寄せる。彼女は少し顔を赤くしてどぎまぎしていたが、すぐさま私の膝の上で暴れだした。

 

「大体、なんでダクネスがゆんゆんの所にいるのですか? 私は最初ダクネスの屋敷に行ったのに、不在だから仕方なくこのぼっちの家に来たのですが……」

 

「ぼ、ぼっちじゃないです!」

 

「ゆんゆん、今は少し黙ってくれ。それより、お帰りなさいだめぐみん。お前のいない間の事について積もる話がある。だから、このまま聞いてくれ」

 

「むっ……分かりました」

 

 素直に私の膝の上に腰を降ろしためぐみんに、私は今までの経緯をゆっくりと聞かせる。めぐみんは私の話をしばらくは黙って聞いてはいたが、最後には口を曲げてふくれっ面を晒していた。

 

「ダクネス、今の話は何かの冗談ですか?」

 

「冗談に聞こえるのかお前には」

 

「えっ、だってあのアクアですよ? それにカズマが私やダクネスを差し置いてアクアを選ぶなんて到底思えないのですが……」

 

「その自惚れに私達は負けたんだ」

 

「自惚れ……いや私は認めませんよ! 絶対にそんな……なんで……私の思いも伝えたのに……きっと何かの間違いです……」

 

 一気に顔色を悪くするめぐみんをそっと抱きしめる。ぷるぷると震えている彼女は私の庇護欲を誘ったからだ。それからしばらくの沈黙を続けた後、一番最初に口を開いたのは私やめぐみんでもなく、ゆんゆんであった。

 

「詳しい事は明日にしましょうか。それより、今日は寝ましょう? 貴方達も疲れているでしょうし、私もじゃりめもそろそろ寝たいんです。ああ、ベッドも寝具も隣室に人数分あるので安心して良いですよ」

 

「すまない……世話になる……」

 

「こういう時はお互い様です。明日は私も付き添ってあげますから」

 

 そう言って柔和な微笑みを浮かべたゆんゆんは、小さな黒猫を連れ立って隣室へと消えていった。私は膝の上で丸くなっているめぐみんを抱えて一緒に隣室のベッドへ身を沈める。こうしてしばらく経った頃、めぐみんの小さな寝息が聞こえてきた。その頭を撫でながら、私は大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……やり直しさえ出来れば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、私とめぐみんはゆんゆんが作った朝食を貪り、シャワーを浴びて汗を涙を洗い流す。そうして外へ飛び出した私達は、前を歩くゆんゆんの後ろを小さくなって歩いていた。めぐみんは、時折こちらの様子をチラリチラリと伺ってくる。彼女の表情には、まだ疑念が見て取れた。

 

「ダクネス、本当にカズマはアクアを選んだのですか?」

 

「ああ、そうだ……」

 

「それなら……それならそれとしてアクアが私達を拒絶したのは何故なんですか?」

 

「さあな……それを今から確かめるんだ」

 

「………」

 

 途切れた会話は否応なしに私達の空気を重くする。それから数十分後、私達は目的地であるカズマの屋敷ではなく、冒険者ギルドに到着していた。私とめぐみんがゆんゆんに視線を送ると、彼女は少し待っていて欲しいと伝えてギルドへ入っていた。

 

 

 

「はびゃあっ!?」

 

 

 

 待つ事数分、私達の前に何者かが転がってきた。艶やかな銀髪ショートカットにめぐみんより薄いかもしれない胸部、割と際どいが動きやすさを意識した盗賊衣装に身を包み、健康的なお腹と小ぶりながらもむっちりとした臀部と太ももを晒す女性は私にとっては大親友と呼べるクリスしかいない。彼女は驚く私達の様子を胡乱げな目つきで見つめ返してくる。クリスの顔は涙と鼻水にまみれ、目元はドス黒く黒ずんで疲れた表情を浮かべていた。一方で、体全体が不自然に赤い。それに、漂ってくる酒臭さから、彼女が泥酔しているのは明らかであった。

 

 

「あれ~ダクネス~何か用事でもあるの~」

 

「いやっ……大丈夫かお前……」

 

「えへ~全然だいじょばない! それより聞いてよ……さっきゆんゆんがねぇ……ほびょびょっ!?」

 

 地面に寝転がっていたクリスに、いつの間にかギルドから出てきたゆんゆんがバケツ一杯の水を浴びせていた。それによって何も発さなくなったクリスを、ゆんゆんは引っ掴んで無理やり立ち上がらせる。ゆんゆんの顔には明らかな苛立ちが見て取れた。

 

「酔いは醒めましたか?」

 

「はい……」

 

「なら貴方も行動してください。理由は必要ありませんよね。彼女達のためですから」

 

「分かってるよ……」

 

 そうして再び歩き出したゆんゆんの後ろを、クリスは幽鬼のようにふらふらとついていった。これには私とめぐみんは自然と顔を見合わせる事になった。

 

「なあ、ゆんゆんってあんな奴だったか?」

 

「いえ、昔から変な所で大胆だったのは確かですが……それよりあのぼっちがクリスと齟齬なく意思疎通が取れてる方が驚きですね」

 

「意思疎通と言うには少し乱暴な気がしたがな……」

 

 ゆっくりと進む私達はゆんゆんの後に続くしかない。この場で、能動的に動けるのはもう彼女しかいなかったからだ。そうして、私達はついに屋敷へとついてしまった。ゆんゆんとクリスは私とめぐみんに何かを促すように視線を送る。だが、私とめぐみんはうろたえるしかなかった。そんな私達を見てクリスがそっと私の背中を押してきた。

 

「事情はゆんゆんから聞いてるよ。まあアクア先輩と会って話をしてみなよ。あたしも精一杯サポートするからさ」

 

そう言ってクリスが微笑んだ後、彼女は正門へと足を向ける。それから何らかの木札を取り出して正門に張られた透明な壁に押し当てた。だが、それは崩れるようにボロボロと灰になっていった。

 

「あちゃ~……やっぱ結界殺しは効かないよね……という事でめぐみん、爆裂しちゃいなよ!」

 

「うぇっ!? 一応、私の家でもあるんですが……」

 

「大丈夫、そうすればアクア先輩も出てくる気がするよ」

 

「うーん……まぁ……でも一度爆裂してみたかったんですよねこの屋敷!」

 

「めぐみん!?」

 

 私とゆんゆんの声が重なるのも仕方のない事であった。だが、めぐみんは長杖を掲げて爆裂魔法の詠唱を開始する。本来なら止めるべきだが、私もゆんゆんも積極的にはめぐみんを止めはしなかった。これはアクアを引きずり出す餌だと理解していたからだ。

 そして、それは現実のものとなる。いつの間にか正門前に出現していたアクアがめぐみん含めて私達の方を見つめていた。その表情は恐ろしく冷めた無表情である。それに気圧されたのか、めぐみんの詠唱も途中で終わってしまった。しばらく両者に沈黙が流れるが口を開いたのはアクアの方からであった。

 

「こんな大勢で来るとは驚きね。それで何の用なの?」

 

「しっ……しらっばくれないでくださいアクア! 貴方がカズマを軟禁しているのはダクネスから聞いてます!」

 

「軟禁……? ダクネスったら随分と誇張して伝えてるのね。恥ずかしくないの?」

 

「くっ……誇張ではなく事実だ! カズマだってきっと……!」

 

「私の”カズマさん”が……どうしたっていうの?」

 

「カズマも……カズマもこの状況を望んでないはずだ!」

 

「そんな事実は一切ないわ。はい、お話は終わり。それじゃあと早く帰りなさいアンタ達……ここは私とカズマさんのお家なんだから」

 

 くすくすと笑うアクアを前にして私は必死に忘れようとしていた憤怒がぶり返す。思わず、私が大剣を抜いてしまうのは仕方のない事であった。それから、私に続くようにめぐみんは長杖を、ゆんゆんは短杖を、クリスはナイフを抜いて構える。そうして、私達はお互いに目配せをする。こうなったら、実力行使しかないのだ。

 

 

「ねえ、アンタ達はさっきから何がしたいの?」

 

「カズマを含めてお前と話がしたい……それだけだ!」

 

「あっそ……武器を構えながら言っても説得力ないけどね」

 

 そう言って鼻で笑ったアクアに真っ先に斬りかかったのはクリスであった。俊足で踏み込んだ彼女を追えたのは逆手に持ったナイフをアクアの頭上で振り下ろす直前であった。だが、そこでクリスの動きが止まる。代わりにアクアの右手をゆっくりと上げる動作に連動して、クリスの身体が宙へと浮く。それから、右手をぎゅっと握りこむのと同時に、宙に浮いたクリスがばたばたと苦しそうに暴れ始めた。

 

「ぎゅっ……ぐっ……ぎぅ……!」

 

「アクア、クリスを離せ!」

 

「大丈夫よ、この子は結構頑丈だしね……というかアンタ達も反省しなさいな。”神”に逆らうって事がどういう意味を持つのかってね」

 

 アクアは左手でパチンという乾いた音を鳴らす。それが単なる指パッチンであると理解した瞬間、私達は握っていた武器が粉々に砕け散った事を理解した。愛用していた大剣との突然の別れを惜しむ間もなく、今度はゆんゆんが駆け出す。彼女の右手には極大魔法の魔力がほとばしっていた。

 

「流石にこれ以上は……”ライトオブセイバー”!」

 

「”タルカジャ””タルカジャ””タルカジャ”……”ゴッドブロー”」

 

「ひぎゅっ!?」

 

 腹にアクアのグーパンチを受けたゆんゆんは面白いように吹っ飛ばされ、近くにあった民家の壁に激突し、その民家は轟音を立てながら崩壊してしまった。そんな光景を見て、今更ながらに自分自身の悪手に気づく。あのアクアを私達が制御するなんて最初から無理な話だったのだ。

 

「あのさあ……私だってこんな争いはしたくないの。でもね、アンタ達が私に盾突くっていうなら容赦はしないわ。カズマさんが私のお婿さんになるのはもう決定事項なの! だから帰って! 早く帰って!」

 

「だから何度も言ったはずだ! 私達はカズマと話をしたいだけだ!」

 

「ちょっ……やめなさいって……いい加減にしないとアンタもぶっ飛ばすわよ? それとも……そんなにクリスの首が折れる所が見たいの?」

 

「なっ……」

 

 無表情でそんな事を告げるアクアに私自身、すさまじい怖気が走る。私が知る本来のアクアならこんな事は絶対に言わないはずだ。だが、現にクリスはもう宙に浮いて身体をビクつかせる事しか出来ないほど弱っている。だからこそ、私は全身でアクアに組み付いた。だが、私の力をもってしても、アクアの身体は微動だにしなかった。

 そんな時、私の背後で再びめぐみん爆裂魔法の詠唱が始まる。それを聞いたアクアはため息をついてから再び指を弾いてパチンという乾いた音を鳴らした。

 

「あぅ……」

 

 背後でパタリという誰かが崩れ落ちる音が聞こえる。振り返ると、めぐみんは青い顔で力なくうずくまっていた。それは典型的な魔力欠乏症の症状であった。

 

「めぐみん……」

 

「ほら、早くめぐみん含めて帰りなさいな」

 

「私は……!」

 

 

 アクアに組み付きながらも、何も出来ない私は目を伏せるしかない。そんな私にアクアは呆れたようなため息をついた。

 

「あのねえダクネス、貴方はやっと結ばれた私とカズマに二人っきりになる時間を作れるように行動する配慮はないの?」

 

「それはこれとは別の話だろう!」

 

「ふーん……私は今までずっとアンタ達に配慮してたのにそんな事言うんだ……」

 

「はあ!? そんな配慮……ぐっ!?」

 

 軽くアクアに腕で押された私は、恥ずかしくも数メートルの距離を吹っ飛ばされる。お腹に鈍い痛みを訴えながらも立ち上がった私が再び彼女に組み付こうとした時、ぽつりと小さな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「”エクスプロージョン”」

 

 

 

「しまっ……!?」

 

 

 

 

初めてアクアの表情が無表情から変化する。その瞬間に光が溢れ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけばめぐみんの泣き声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「痛い……痛いです……いたっ……なんで……!」

 

 

 

 

 

 ぐすぐすと泣くめぐみんの右手の手のひらには、ぐっさりと矢が突き刺さっていた。手のひらから流れる紅い鮮血に身体を染めながら、めぐみんは矢によって粉砕されたマナタイト鉱石の欠片を必死に集めている。そんな欠片を踏みにじりながら、バツの悪そうな顔を浮かべているのは私の愛したカズマであった。

 

「うわっ……すまんめぐみん。でも、爆裂魔法はダメだっての……」

 

 めぐみんの手に回復ポーションを振りかけた後、カズマは刀を抜いて私とアクアの間に割って入る。抜いた刀の背で自分の肩を気だるそうに叩く彼の装いは、初めて見るものであった。鈍い黒色の鎧を身に着け、背にはひざ下までの長さがある緑色のマントを身にまとう。まるでどこかの国の騎士ような姿をした彼は明確にアクアを守るように私達の前に立ちはだかった。

 

 

「ああー……まぁあれだ……いったん落ち着け」

 

 

 

 

 そう言ったカズマの背に、アクアが身を隠すようにぴったりと取り付く。そして、顔を覗かせたアクアの表情はここ最近で実に見慣れたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから言ったじゃない……」

 

 

 

 

くすくすと笑うアクアの声が、へばりつくように耳にまとわりつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ達って本当に馬鹿ね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは心からの嘲笑であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











私の前作、ヤンデレが好きなこのすば好きは是非読んでください!
この作品が数倍楽しめますよ!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。