この果てしなき修羅場に終焉を!   作:ルイ提督

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異世界がーるずとーく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛する人に敵意を向けられる。それは今までに経験したことがない感情を呼び起こすものであった。憤怒と悲しみが混じり全身から冷たい汗がじっとりと吹き出てくる。体が膠着してしまうのも仕方がない事であった。

 

「落ち着けダクネス。アクアにやつあたりするのはお門違いってもんだ。だから落ち着け」

 

「何故だ……何故カズマはアクアを庇うんだ!」

 

「それこそ何故と言いたいのはこっちだ。いきなり殺意丸出しで襲撃してきたのはそっちだぞ」

 

「カズマは知らないかもしれないがアクアが屋敷に結界張ったんだ。おかげで、私達は屋敷に帰れなかった。それにお前がアクアに軟禁されてるんじゃないかって心配だったんだ……」

 

 私の言葉を受けたカズマは困ったような表情でアクアをそっと抱き寄せて耳打ちした。その姿だけで彼とアクアの関係がより親密になっている事を察せられた。

 

「なあアクア、ダクネスには俺達の関係を伝えたって言ってたよな?」

 

「ええ、ダクネスには私達が付き合ってるって伝えたわ。でも、それが受け入れられなくてこんな事をしてるのよ」

 

「そうか……」

 

「まあ、アンタからもきちんと伝えなさいな。男として自分でけじめをつけなさい」

 

「わかってるつーの……ああ胃が痛え……」

 

 ガズマは大きく深呼吸してから刀を鞘に収める。それから真っ直ぐとこちらを見つめる。その視線が怖くて、何を言われるのかを受け入れたくない私は顔を俯かせるしかない。だが、今のカズマには”慈悲””がなかった。

 

 

 

 

「もう知ってると思うが……俺はアクアと付き合う事にした。だから、ダクネス……それにめぐみんの気持ちは受け取れない」

 

 

 

 

 はっきりとした拒絶の言葉。疑いようがない彼の真剣な表情。それが、私に残されていたか細い可能性を押しつぶして行く。思えば、彼からの拒絶の言葉は二度目だ。一度目はめぐみんが優勢であった時、私の思いをやんわりと拒絶された事がある。その時も非常に悲しく切ない思いをしたが、今回はあの時とは明確に違う点がある。それは、もう私にとっての”希望”はないという事だ。

 

 

 

「なんで……なんでですか……」

 

 

 

 動けない私の代わりに、めぐみんがゆらりと立ち上がる。幽鬼のようにぶつぶつと疑問の言葉を投げかけながら、カズマへと足を進める。彼はそんなめぐみんをまっすぐとした視線で受け止めていた。

 

 

 

 

「なんでアクアなんですか!?」

 

 

 

 

 

当然の疑問であった。

 

 

 

 

 

「はあ!? その発言は流石の私も許せないんですけど!」

 

 

 

 

 めぐみんの言葉にアクアが肩を怒らせながらカズマの前に進み出る。腰に手を当て、こちらを見下すような視線は以前にも私達へ時折見せていたものだ。だが、以前とは状況が違う。その視線を真に受ける土台が、こちらに整っていた。

 

「私は偉大なる水の女神アクアなのよ? めぐみんが紅魔の里の中で指折りの美少女だとてしても、女神である私の美貌の前では月とスッポンなの! それに、この女神の肢体とめぐみんの貧相な身体を見ればカズマがどちらを選ぶかなんて一目瞭然でしょう?」

 

「ぐっ……」

 

「それに私は優しくて気遣い上手、性格も正に女神で薄汚くて鬼畜な性格なカズマが思わず惹かれちゃうのも仕方のない事で……いひゃぁ!? いきなり何すんのよカズマ!」

 

「いや、流石にそんな事実無根な話を垂れ流されても困る。つーか顔の好みで言えば俺はお前よりダクネスに分がある」

 

「なんでそんな事言うの!? 私がカズマさんの彼女なのに……まさかもう浮気する気なの!? サイテー! サイテーよカズマ!」

 

「ああもう、うざってえなこのメンヘラ女神!」

 

 カズマのチョップをくらったアクアがカズマに泣きながら掴みかかっている。そんなアクアを苦笑しながらあしらいつつ、彼は私達に今までにない冷ややかな視線を向けていた。その視線を受けてぞわりぞわりと私の背中は寒くなって行く。彼からここまで純粋な”怒り”をぶつけられたのは初めての事であったからだ。

 

「とにかく、アクアはもう俺の彼女だ。そんでもって告白してきたお前らをフッた手前、今まで通りの関係を続けるのは不可能だ。お互い、それは理解してるだろう?」

 

「…………」

 

「俺はな、後は時間が解決してくれると思うんだ。お互いに今は冷静じゃないからな。でも、俺は今後もずっとギクシャクした関係を続けたいわけじゃない。お前らは俺の大事な”冒険仲間”で”親友”だ。以前みたいにお互いが無邪気に笑いあえるように……今は帰ってくれないか?」

 

 

 そう言い放ったカズマを前に私とめぐみんは押し黙るしかない。それから無言の時を過ごし、めぐみんが押し殺したような泣き声を上げる。それが私とめぐみんの敗北と撤退の合図となった。私は泣きじゃくるめぐみんをおんぶする。私の背にしがみつく彼女の姿は子供と何ら変わりなかった。

 

 

「なあカズマ……」

 

「どうした?」

 

「私じゃダメなのか……?」

 

「ダメだ」

 

 もう一度、明確な拒絶の意思を告げられ私は深層に息づく私の純粋な心に楔を打つ。その楔に仕込まれた毒が自分の心を侵食している事を否応がなく理解出来た。それでも、私の中の”何故”は尽きなかった。

 

「最後に教えてくれ。お前がアクアを選んだ事を否定はしない。ただ、アクアを選んだ理由が知りたい」

 

「それは……普通そんな事聞くか? 状況的にダクネスは俺にフラレてるわけだし今更そんな……」

 

「後学のために知っておきたい。私もまだまだ”若い”つもりだからな」

 

 私を前にしてカズマは嫌そうな表情を浮かべていたが、観念したようにぽつりぽつりと喋りだした。

 

「正直言って、めぐみんからマジな告白を受けて俺は有頂天だった。もう、めぐみんで行こうって考えてた。でも、ダクネスに告白されて改めて今後のお前らとの関係性を考え直したんだ。そうしたら……そうしたらアクアがいいなって気付いちまったんだよ!」

 

「何故……」

 

「何故もクソもあるか! 俺はアクアが良いんだ!」

 

「…………」

 

「アイツと一緒なら今後の生活は楽しくて幸せなものになる。そう思っちまったから、俺はアクアと一緒にいたいと思った。まったく、気恥ずかしい事を言わせんな!」

 

 顔を真っ赤にしながら、そんな事を言うカズマを私はぼーっと見つめる。彼の一語一句が、私の心に鈍器で殴りつけるような衝撃を与える。彼の言葉の裏を返せば、彼にとってアクアと過ごす時間が楽しく幸せな時間という事だ。私が夢想した彼との甘い生活も、幸せな未来予想図も等しくゴミとなってしまった瞬間であった。

 

「ありがとうカズマ。まさか、お前からアクアに対してそんな言葉が聞けるとは思わなかった」

 

「そうかい……」

 

「だから、しばしのお別れだ。思う存分、アクアとの時間を楽しめ」

 

 どうしようもない捨て台詞であった。そんな事を言ってしまった自分自身を嫌悪するが、それを許してくれなかったのはこちらに静かな憤怒を向けるカズマであった。

 

「ダクネス、これはあくまで俺がアクアを選んだ要因のほんの一部でしかないんだが……後学のためにはっきり言ってやる。お前らのそういう所は俺は嫌いだ」

 

「単なる捨て台詞だ……許せ」

 

「捨て台詞には変わりないが、それだけじゃないだろ。俺はな、お前らに告白されて真剣に考えて……そうしてお前らの女としての嫌な面も意識する事になったんだよ」

 

「嫌な面……?」

 

「そういう所だダクネス。お前らはアクアの事を”バカ”にしすぎだ。コイツがお前らのためにどれだけ……」

 

「ちょっとカズマ、私としては嬉しいけどこれ以上は流石にね……」

 

「むぐっ……」

 

 アクアの手で口を押さえられたカズマは、再び顔を赤くしながらもそれを振り払う。これ以上、彼とアクアの関係を見るのは正直苦痛であった。彼らからゆっくりと背を向けて私は歩き出す。しばらくは顔も合わせたくなかった。

 

「おいアクア、クリスの治療は終わったか?」

 

「もちろんよ、この子はあの程度じゃバツにもならないわよ」

 

「そうか。ならコイツも連れて冒険に出るとするか……」

 

「ねえ本気なのカズマ!? 私は嫌よ! 私はもっと家でいちゃつきたいの……カズマが望むなら昨日の続きだって……お金もあるんだしもっと気楽に過ごしましょうよ」

 

 カズマを誘惑するようなアクアの声が背後から聞こえてくる。同時に背中のめぐみんが私にぎゅっと抱き着いてきた。彼女もこの状況が受け入れられないのだろう。

 

「いや、そんな事は言ってられねえな。改めてお前と生活するには金銭面で不安があるって理解したんだ。今のうちに稼いで今後に備えたいんだ」

 

「ちょっ……!? アンタってば本当に私が愛したカズマさんなの……仕事と私、どっちが大事なの!?」

 

「妙なお約束を入れるな。それにお前と付き合ってから早速数千万エリスの損失が出てる。見ろよあの倒壊した民家を……いったいどこのバカが壊したんだか」

 

「それはつい手加減が緩んじゃって……ごめーんね!」

 

「しょうがねえなまったく!」

 

 彼らの楽し気な声が私達という存在の異物感を際立たせる。つい先日までは仲良く一緒の時を過ごしていたというのに、今の私はカズマにとって邪魔な存在でしかない事を嫌でも自覚出来た。そんな時、倒壊した民家の方から両手を気持ちよさそうにぶんぶん回しながら近づいてくる影が現れる。紅魔族ローブにほつれや汚れはついているが、身体には傷一つなく満面の笑みを浮かべるゆんゆんには少し怖気がした。

 

「ゆんゆん、無事だったか……」

 

「ええ、そりゃあもう……アクアさんの癒しのゴッドブローを受けて何だか疲れもなくなりましたし慢性的だった肩こりもとれて気分爽快です! 私の身体ってこんなにも身軽だったんですね!」

 

 笑顔でダブルピースをするゆんゆんは若干変なテンションであった。だが、そんな彼女も私とめぐみん、背後で盛り上がっているアクア達を見て事情を察したのだろう。彼女は困ったような微苦笑を浮かべていた。

 

「どうやら、決着はついたみたいですね。納得の行く答えは得られましたか?」

 

「答えは得られた。でも、納得は出来ない」

 

「そうですか……ダクネスさんって諦めが悪いですね」

 

 苦笑しながらも少し失礼な事を言うゆんゆんの横を私はゆっくりと歩き去る。今は彼女と会話を交わす気力もない。私とめぐみん、両方が休息を欲していた。

 

「おー丁度いいとこに来たゆんゆん、しばらく俺とパーティ組まねえか?」

 

「えっ……それって冒険のお誘いですかカズマさん!?」

 

「そんな所だ。ちょろっと事業を起こすための元手が欲しくてな」

 

「やります! やりますよカズマさん! 私も……貴方と……」

 

「ハイ採用! おら行くぞ! 今行くぞすぐ行くぞ!」

 

「わっ……わっ!」

 

 後ろの喧騒が先ほどより大きくなったが、もう振り返る事はかなわない。彼との関係性は今までにないくらい溝が出来てしまった。この溝が埋められるのは彼の言う通り、時間に任せるしかない気がした。そうして屋敷を後にする私達の耳には、喧騒の中からアクアの放った一言がやけにはっきりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「ばいば~い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中、私とめぐみんはゆんゆんの玄関前で力なく座り込んでいた。私の屋敷に帰ってお父様と顔を会わせるのも嫌であったし、カズマの屋敷には帰れない。そんな私達がゆんゆんの家に身を寄せるのは半ば必然であった。ただ、玄関扉にかけられたロックを解けず、カギも持っていなかったため、こうしてゆんゆんの帰りを待つ他になかった。めぐみんはここについてしばらくは泣きじゃくっていたが、今はぼんやりと夜空を見上げている。私は意味もなく、衣服のほつれを手でむしっていた。そんな沈黙を破ったのはめぐみんの方からであった。

 

 

「ダクネス……私はこんなの絶対嘘で……夢かなんかだって思ってました……」

 

「ああ……」

 

「だってあのアクアですよ? カズマがアクアに対して少し偏執的な感情を抱いているのは私だって知ってます。でも、決してアレは色恋に根差したものではないって思ってました。そうして油断していたらこの結果です。もう笑う事も出来ないくらい意外な結果ですよ。だってカズマは……なんで……なんでアクアなんかなんですか?」

 

「そうだな……だがそう思ってた私達の負けなんだ。カズマは私達の想像以上にアクアに執着していたし、アクアも私達が思っているほどバカではなかったという事だ」

 

「だとしても……だとしても納得いきません……だってカズマは……」

 

 また嗚咽を漏らし始めためぐみんを私はそっと抱き寄せる。小さく幼い肢体はやはり子供という他ない。ただ、私はこのめぐみんにしてやられた過去がある。少し前まで、彼女に対する憎悪も渦巻いていた。その憎悪はまだ消えていないが、今はそれもかなり薄まっていた。めぐみんの今までの行動にはカズマと結ばれたいという一貫した思いを感じた。だが、今回のアクアは私の理解出来ない領域での行動を多分に含み、悪辣な言動もあった。少し前までは一種の愛玩対象であった彼女は、今は理解の出来ない化け物になっていた。

 

 

「カズマはアクアと私達のやり取りを最初からずっと見てたんです。私達が無様に蹴散らされる所もずっと……ずっと見てて……」

 

 

 

 

めぐみんは右手を押さえて苦しそうに嗚咽を漏らした。

 

 

 

「そうして、私の手を射抜いたんです。アクアを守るために……あのカズマは本気で怒ってました……」

 

「めぐみん……」

 

「カズマは手の治療もしてくれました。でも、私に向ける目は……あんなの初めてで……」

 

 むせび泣くめぐみんの横で私も思考にふける。確かにカズマはアクアに対して実は非常に甘いというのは私にとっての既知の情報である。ただ、それは私やめぐみんに対してもだと無意識に思っていた。だが、今回の出来事ではっきりとしてしまったのだ。それは、カズマはアクアのために私達を切り捨てる事ができるという事実であった。

 

「この後、私達はどうすればいいんでしょうか……」

 

「私にも分からん」

 

「本当にこれで終わりなんですか? 私が今まで思い描いていた未来予想図も、私の恋もこれで終わりなんですか? 本当に? なんでですか? おかしくないですか?」

 

 めぐみんの紅い目が薄暗い闇の中で鈍く光り輝いている。血のよう紅いその目には危うい光が見て取れる。そうしてぶつぶつ疑問の声を呟く声は、やがて憎悪の声に代わる。呪詛を吐くめぐみんの姿は禍々しく見えたが、一方で彼女が元来持っている覇気がないためどこか弱弱しく見えた。

 

 

 

「なんでアクアなんですか……あの女のどこが……私はなんで……アクアなんかに……」

 

 

「もうよせめぐみん」

 

「アクア……アクアなんかに……アクアのくせに……アクアのくせに! アクアのくせにアクアのくせに!」

 

 目を見開き、歯を剥き出しにして呪詛を吐くめぐみんを見ていて、どこか冷静な部分な私がやっと先ほどのカズマとの会話で要領を得なかった部分を鮮明に理解して行くのを感じた。今のめぐみんの姿は実に見苦しい。恐らく、彼も私やめぐみんにそのような部分を見出したのであろう。

 

「確かにアクアがカズマに選ばれるとは思っていなかった。だが、今はそれについて逆恨みしても仕方がない」

 

「うるさいですね。というか良い子ぶるのはやめてくださいよ。貴方も私と同じじゃないですか」

 

「確かに失恋したのは同じだが……」

 

「そんな事ではないです。貴方だってアクアをバカにしていたでしょう? あのアホ女神を、女として”見下して”いたじゃないですか」

 

 めぐみんの深紅の目に射抜かれ、私は言葉をつまらせる。それは無意識に考えないようにしていた自分の本音、深層心理であった。動きを止めた私にめぐみんは追撃を開始する。私は彼女の言葉に対抗する術を持ってなどいなかった。

 

「貴方だってアクアは女としてのスタートラインに立ててすらいないって思っていたでしょう? あのバカが私達を差し置いてカズマに選ばれるなんて思ってもいなかったでしょう?」

 

「くっ……」

 

「カズマがアクアを選んだ事に怒りを覚えるのは当然の感情です。悲しみだって自然に湧いてきます。でも、貴方の感情の大部分は”屈辱”じゃないですか?」

 

「うるさい」

 

「安心してくださいダクネス。私も”同じ”気持ちです。おかげで私の女としてのプライドも、何もかもがズタボロです。本当に屈辱ですよ……本当に……アクアのくせに!」

 

 そのままぶつぶつと呪詛を吐くめぐみんの横で私は項垂れるしかない。結局、めぐみんの言っている事は私にとって図星だ。アクアの容姿が私達とは隔絶した美しさである事は否定しようがない。彼女の仲間を思う優しさや、あんな風ではあるが本質はやはり女神らしく誰よりも慈悲深い点だって知っている。だが、その他の面が彼女の女としての評価を押し下げる。知能の低さ故にとんでもないバカな事をする時もあるし、あの怠惰さと周囲より自分が偉いと本気で思っている傲慢さは決して全てを肯定できるものではない。酒癖だって悪いし、カズマの前で悪酔いして吐瀉物をまき散らした回数も一回や二回ではすまない。

 

 

 

そんなアクアに私は完膚なきまで敗北した。

 

 

 

 アクアよりかはカズマの好意を勝ち取れていると自惚れていた。私にも”下”がいるのだと根拠もなく安心していた。その結果がこれだ。私はアクアに余計な事を吹き込み。彼女に出し抜かれて今では地を這っている。私の胸に渦巻く屈辱的な感情がそれを証明していた。

 

 

 

 

 

「それで、アクアをどうしましょうかダクネス……殺してやりましょうか?」

 

 

 

 ゆっくりと首を横に向けると、そこには真顔で馬鹿な事をのたまうめぐみんがいた。私は思わず手で顔を覆ってしまう。彼女の表情に冗談の色がない事に失望したのだ。

 

「落ち着けめぐみん。気持ちは分かるが今は感情が昂ってるだけだ。私だってそう思いはしても実行しようなんて思わない。それは人間として絶対にやってはいけない事だ」

 

「アクアは女神です。人間じゃありません」

 

「そう言う事を言っているんじゃない! カズマと結ばれたからってお前はアクアを……仲間を殺すことができるのか!?」

 

 めぐみんの紅い瞳に私は自分の瞳で視線を突き返す。彼女とはそうして睨み合っていたが、めぐみんは嘆息してから魔法帽を目元まで深く被りなおした。

 

「アクアはもう仲間じゃないです。だって、仲間ならカズマだって”共有”できるはずです。それを拒んだのはアクアじゃないですか」

 

「めぐみんそれは……つまり何が言いたい……」

 

「そのままの意味です。もし、私がカズマと結ばれたなら多少の独占欲は許して欲しいです。でも、それ以外はダクネスとアクアにも一緒に幸せになるつもりです。あのカズマが私達の誰かを選ぶ事はあっても、誰かを捨てる事なんてするはずないです。それなら、私達でカズマを”共有”するのが一番幸せな選択ですし、私だってカズマの事で皆と離れ離れになるなんていやです」

 

「…………」

 

「貴方も私と同じ思いでしたよねダクネス?」

 

 顔を上げためぐみんの瞳は相変わらず紅く輝いていた。こうして、めぐみんの思いをぶつけられて初めて彼女の真意と向き合えた。だが、彼女と私とではどこかが徹底的にズレている。このめぐみんに私はどのような返答をするのが正解なのだろうか。結局、私はここで押し黙る選択しか出来なかった。

 

「それなのに、アクアは私達を拒みました。一人でカズマの全てを手に入れようだなんて許せません。そんな奴はもう”私達”の仲間じゃないです」

 

「めぐみん、気持ちは分かる。だが、馬鹿な事はするな」

 

「馬鹿な事……ダクネス、貴方は事の本質を理解していないのですか? 私達はカズマを奪われたのですよ? その時点で私達はもうどうにかなってしまってなければおかしいんです」

 

 月の光が彼女の狂笑を闇に浮かび上がらせていた。めぐみんの気持ちは痛いほど理解が出来る。私だってアクアから受けた仕打ちを考えればめぐみんに同調するのが筋だ。だが、この仕打ちを受けてなおアクアを殺す理由には到底成り得ない。それこそ、アクアは今も私達の仲間である事に変わりはないからだ。

 

「怯えなくていいんですよ。大丈夫ですダクネス。私は貴方の味方ですよ。今までもずっとそうだったじゃないですか」

 

 私の頬を、めぐみんがそっと撫でてくる。めぐみんの目には狂気の光が宿っているが私に向ける表情は慈愛に満ちていた。

 

 

 

それが逆に恐ろしい。

 

 

 

 

 私がめぐみんの”仲間”じゃなくなった時、彼女は私にどのような仕打ちをするのだろう。彼女は昔から私達身内に対しては非常に甘く優しかった。だが、カズマとの関わり方次第では彼女は私を平気で殺しに来る。だからこそ、私はめぐみんの愛撫を静かに受けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「私に任せてくださいダクネス。”私達の”カズマは私がきちんと取り戻してあげますから」

 

 

 

 

 

結局、私は矮小な存在なのだ。

 

 

 

 アクアのような覚悟も、めぐみんのような勇気もない。ここに来て改めて実感するのは、私は今も昔も性癖も、何もかもが受け身な存在なのだ。そんな私が彼女達からカズマを奪い、独占するなんて事は夢でしかない事なのだろうか。例え、私がもう一度”やり直し”が出来たとしても彼女達に勝てる気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、なんでここに……ってあ~そう来るよねめぐみんは……本当に図々しいんだから」

 

 

 

 

 闇夜の中、家の主が帰還する。こちらを見るゆんゆんの視線には呆れが混じっていたが、どことなく嬉しそうであった。私はそんなゆんゆんの視線からも逃れるように下を向く。だが、私は実家に帰る度胸もめぐみんから離れる勇気もなかった。

 

「ゆんゆん、お腹が空きました。夕食はまだですか?」

 

「待って、待ってめぐみん! 流石にその第一声は図々しすぎると思うの!」

 

「うるさいですね。私が帰るべき家を失ったのは知っているでしょう? それならば、貴方が私にしばらくの住まいを提供するのは当然です。だって、私達は友達じゃないですか」

 

「んっ……! そ、そうね友達だものね……ほら、めぐみんもダクネスさんも早く入って入って! 料理には自信があるから期待していいわ」

 

 満面の笑みを浮かべながら扉を開けたゆんゆんの後に続き私はめぐみんと一緒に家にずかずかと入り込む。それからめぐみんは夕食にから揚げを希望し、律義に作って笑顔で夕食を振舞うゆんゆんの好意に甘えるしかなかった。彼女の作る料理は相変わらず非常に美味しい物であった。

 

 

 

 

 

 

 

「という事で、お疲れ様ですゆんゆん。見事にアクアとカズマへの偵察任務をこなしてくれましたね」

 

「あの……私にはそんな意図はないのだけど……」

 

「意図はなくとも結果的にはそうなったんです。ほら、アクア達の様子をきりきり話してください」

 

「分かったからそんなに急かさないでよ。あと、ちょむすけちゃんを落ち着かせて。じゃりめが好戦的になってるから……」

 

「貴方がいつの間にか使い魔を手に入れている点について驚きですが、ちょむすけに比べれば雑魚ですね」

 

「なっ……じゃりめだって負けてないわ! この子は私の大切な……大切な友達なんだから!」

 

 

湯気に立ち込める浴場で、湯につかる私達は随分とリラックスして落ち着いていた。そんなめぐみんとゆんゆんの頭の上にはお互いに黒猫が鎮座し、両者ともに激しい威嚇をしている。私はその光景を湯を浴びながらぼんやりと見つめていた。

 

「とにかく、知っている情報は全て吐いてください」

 

「分かったわよ本当にもう……まあカズマさんが凄いやる気になってるのは感じました。クエストの最中にお話をしたんだけど、アクアさんを養うために資金を集めて何か事業を起こすらしいです。それで、不労所得を得られるようになったらアクアさんと正式に結婚するつもりなんですって……」

 

「ほう……それは本当に私が愛したカズマなんですか? なんだか私がカズマと結ばれた場合のカズマの行動予測と真反対を行っているのですが……」

 

「羨ましいですね。私もあの鬼畜なカズマさんがこうなるのは予想外だけど……それだけアクアさんを愛しているんでしょうね。本当に妬けちゃいます」

 

 苦笑するゆんゆんの話を聞いて私はまた気分が沈む。あの怠惰の塊であるカズマが、愛する者のために勤勉に働いている。それは私が望んだ夫の姿の一つであった。私じゃ動かせないあの男を、アクアはただ存在するだけで揺り動かしている。それが羨ましくて悔しくて仕方がなかった。

 

「ゆんゆん、とりあえずは私達がカズマを奪還するまではここに住まわせてくださいお金だって払いますから」

 

「別にいいわよお金なんて……それよりカズマさんとアクアさんの事をお祝いしてあげないの? 心中は察するけど彼女だって貴方の大切な仲間なんでしょ?」

 

「仲間? 冗談はよしてくださいよ。アクアなんて私達の敵です。祝杯をあげるのは彼女が死んだ時だけですよ」

 

「めぐみん……?」

 

 ゆんゆんは驚愕の表情でめぐみんを見つめた後、私に目配せをしてくる。しかし、私はゆんゆんに足して首を小さく横に振るしかなかった。今のめぐみんは落ち着いてるように見えて、誰よりも狂っているのだ。

 

「それより、私はゆんゆんの思いが気になります。貴方のカズマへの視線、私は気づいていますよ」

 

「別に私はカズマさんに好意なんてないですよ」

 

「ええ、知ってます。でも、その片鱗はある。ゆんゆんのカズマへの視線はどこかおかしいですから」

 

「…………」

 

「私は今の貴方なら受け入れられます。ゆんゆんも私達の”仲間”になりませんか?」

 

 

 それは私にとって聞き捨てならない発言であった。ゆんゆんがカズマへの好意を持っているなんて私にとって藪蛇でしかない。だが、めぐみんは彼女を取り込もうとしている。それに対し、私は何も言わなかった。私には最初から発言権などなかったのだ。

 ゆんゆんはめぐみんに対して渋い顔を向けていた。あまり付き合いが長いと言えない私はゆんゆんの感情は推し量れない。ただ、悩んでいるという事は私にも分かった。

 

「めぐみん、私はいまさら貴方達の仲間になんかなれないです」

 

 

「私達とカズマを共有するチャンスなんですよ? 断ったら後悔しますよ?」

 

「別に構いません。ただ、純粋に疑問なんです。カズマさんはとっても頑張ってて、アクアさんだって幸せそうでした。貴方にはそれを祝福する気持ちはないんですか……二人の幸せを願おうって気持ちはないんですか?」

 

「馬鹿ですか貴方は? アクアはもう私達の敵です。アクアの事、絶対に許しませんから」

 

「はあ……本当にめぐみんは……」

 

 ゆんゆんは大きな溜息をついてから湯船から出る。かけ湯をした彼女はゆっくりと浴室を出て行った。彼女が去り際に残した言葉は私が持っていない覚悟と勇気に満ちたものであった。

 

 

 

「私は友達として貴方達に住居は提供するわ。でも、私はカズマさんやアクアさんの友達として彼らを応援する。それが友達ってものでしょう?」

 

 

 

 

 湯船に残された私達はしばし佇む。だがめぐみんがこちらに妙に熱く粘っこい視線を向けてくる。彼女の瞳は紅い深淵に満たされていたが、光は失っていた。

 

「ダクネス、貴方は私の仲間……友達ですよね?」

 

「ああ……」

 

「だったら裏切らないでください。私は貴方が傍にいるだけでも頑張れますから」

 

 紅く火照った顔を笑顔に染め、彼女は私にぎゅっと抱き着いてくる。めぐみんの抱擁を私は自然と受け入れていた。お互いに衣服を身に纏っていないため、彼女の柔らかさと熱が直に感じられる。小さな体には分不相応なほど、彼女の思いは強く、どうしようもないものであった。

 

「私はカズマを愛してます」

 

「ああ、知ってる」

 

「私は貴方がカズマを愛している事を知っています」

 

「ああ……」

 

「だからこそ私達はずっと友達で大切な”仲間”なんです。一緒にカズマの事を愛しましょうね」

 

 耳元で聞かされるめぐみんの声が私の脳をゆさぶる。私みたいな敗北者はこうして流される事しか出来ない。私の夢はとうの昔に砕け散ってしまった。そんな中でも諦めないめぐみんの姿は素直に羨ましく、愛おしく思えた。そして、めぐみんは私の頬をゆっくりと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛してますよダクネス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 』とリゼロのコラボ見たい(願望)
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