この果てしなき修羅場に終焉を!   作:ルイ提督

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契約

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日のように悪夢を見る。

 

 

 

 

 

 暗闇に身を置くと自分の身体が全く動かない事に焦りと恐怖を覚える。それなのに、耳元には”あの女”の甘く媚びたような声音と乱れた息遣いが届く。そして、時折聞こえる彼の声が私の脳を揺さぶる。暗闇に恐怖を覚えるようになった私は自然と慢性的な睡眠不足に悩まされるようになった。

 

 

 

 

 

そうして、気づけばカズマがアクアと結ばれてから半年が経っていた。

 

 

 

 

 カズマは私達の関係を時間が修復してくれると言ったが、そのきざしは全くない。むしろ私達の関係は悪化してると言えた。それはつまり、私とめぐみんの関係も半年前から変わってないという事である。敗者同士、傷を舐め合う関係は今の私にとっても居心地が良かったからだ。

 

 

 

 

 

「んっ……朝か……」

 

 

 

 まだ怠さの残る頭を軽く撫でつつ、私は突っ伏していたテーブルから上半身を起こす。テーブルの上に何本も転がる酒瓶をかきわけ、半乾きのおしぼりで顔を拭く。それから部屋の方へ目を向けて私はまだ酒気の残る頭を更に痛める事になった。

 

 

 

「これは……少々ハメを外しすぎたな」

 

 

 

 嘆息してしまうのも無理もない。部屋中に転がる酒瓶と汚れたグラス、おつまみとして食べたナッツ類はソファーでうつぶせになって寝ているめぐみんの近くに皿ごとぶちまけられ、私の足元にはカーペットにくるまってぶつぶつと苦しそうに寝言を言うクリスの姿がある。これが三人の内、誰かの持ち家ならまだ諦めもついたが、ここは勝手に居候しているゆんゆんの家であった。

 さて、どこから手をつけようかと頭を悩ませる私の耳に家の外から近づいてくる足音が届く。もう遅いだろうと覚悟を決めた私はテーブルの上の中身が残った酒瓶に口をつけた。

 

 

「ただいま~朝帰りになっちゃったけど皆元気に……ってなによこれ」

 

 

 玄関の扉を開け、唖然とした表情で固まるゆんゆんを横目に私はそっと目を閉じる。こうなったら寝たふりで逃避するに限る。

 

「お酒臭い……汚い……これ私の家よね……? めぐみん……起きてめぐみん!」

 

「うぇっ……なんですか裏切り者……私の眠りを邪魔しないでください」

 

「ふざけた事言わないで、仮にも居候なんだから汚したらきちんと片付けなさいよ!」

 

「んっ……だいじょび……ゆんゆんがやってくれるって私信じてますから」

 

「そんな信頼いらないわよ」

 

「うぷっ……少し胃液が出そうなのでトイレに連れてってくださいゆんゆん……」

 

「本当に貴方って人は……!」

 

ドタバタという音が聞こえた後、トイレからゆんゆんの悲鳴が上がる。その声を聞きながら私は酒瓶にもう一度口をつけた。

 

「ひいいぃ! トイレにすでにゲロが……なんで流さないの……」

 

「おぶぇっ! あぅ……スッキリしました」

 

「やめて……汚物に汚物を上乗せしないで……」

 

 それからわーぎゃーと騒ぐ声と争うような音が聞こえた後、私の頬を突然ピシャリと叩くものがいた。目を開けると、憤怒の表情を浮かべたゆんゆんがいた。とりあえずもう一度目を閉じた私の頬を、彼女はぐにっとつねってきた。

 

「いひゃっ……いひゃいじゃないか」

 

「何をすました顔でいるんですか! 私、ダクネスさんならめぐみんやクリスさんが度を越えないようにしっかり抑えてくれると思っていたのに! この惨状は一体どういう事なんですか!?」

 

「私を買いかぶりすぎだ。残念だったな」

 

「なんでドヤ顔なんですか!? まったく……まったく……むきぃっ!」

 

 ゆんゆんが急に奇声をあげながら足元に転がっていたクリス入りカーペット巻きを蹴り上げた。吹っ飛ばされたカーペットは壁にぶつかり、何かをつぶしたような音とくぐもった悲鳴が聞こえた。そうして少しスッキリした顔になったゆんゆんは、私に買い物袋を渡し、小さな走り書きを押し付ける。そこには、いくつかの食材や日用品の名が記されていた。

 

 

 

「おつかいに行ってください。それくらいはしてください」

 

 

 

 呆れた表情でこちらを見るゆんゆんを前にして、私はこくこくと頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻はお昼に近づきつつある時間帯、私は思ったより大荷物なったおつかいの品を担ぎつつ、ゆんゆんの家への帰路につく。そんな時に、私はばったりと彼女に遭遇してしまった。見慣れた青髪に実は装備としても優秀な女神の羽衣をまとった人物は”アクア”以外にはいない。彼女は私の方を見て少し驚いた表情をしていたが、すぐに笑顔でこちらに近づいてきた。

 

「久しぶりじゃないダクネス!」

 

「…………」

 

「つれないわね。返事くらいはしてもいいでしょうに」

 

「悪いが買い物で大荷物を持っていてな。なまものもあるので急いで帰りたいんだ」

 

「あっそ……それなら手伝ってあげる」

 

 逃げるように背を向けようとした私の前でアクアはパチンと指を鳴らす。その瞬間、私が持っていた荷物や買い物袋が消え失せてしまった。唖然とする私の手をとり、アクアはゆっくりと歩き出す。本当は今すぐにでも逃げ出したかったが、私は何もする事が出来なかった。

 そうして、たどり着いたのは私もカズマと来たことがあるあの喫茶店であった。アクアはいくつか注文を店員にした後、一緒に席についた私の顔を両手を組んで覗き込んでいた。

 

「ひどい顔ねダクネス。最近はきちんと寝れてるの?」

 

「おかげ様でな。寝ているといつも貴様の声が聞こえてくる」

 

「……寝ていないのね」

 

「今更私が貴様に言う事は何もない。こんな風になってしまったのは全部アクアのせいだろう?」

 

 必死に自分を抑えていたのに、出てきた言葉はどうしようもない憎まれ口であった。その言葉を受けたアクアは困ったような苦笑を浮かべている。それが余計に腹立たしかった。彼女は私やめぐみんが辛酸をなめている間に、カズマと二人っきりの甘い時間をすごしているのだ。だから、受け入れるなんてとても考えられなかった。

 

「それについての話はまた今度にしましょう。それより、私は貴方に聞きたい事があるの。ゆんゆんからうるさいほど忠告されてるのよ。めぐみんやクリス、ダクネスが私の命を狙ってるってね。面白い冗談でしょう?」

 

「…………」

 

「ふーん……そうなんだ……冗談であって欲しかったのにね……」

 

「私は何も言ってないが?」

 

「アンタの目を見れば分かるものよ。だって女神だから……いや違うわね……親友ですもの」

 

 両目に貯めた涙をぽろぽろと落とすアクアの姿には正直言って虫唾が走る。私はめぐみんの提案には賛同出来ない。ただ、アクアを祝福する気になれないのもまた真実であった。

 

「ねえ聞いてダクネス。ちょっと前まで、カズマは貴方やめぐみんと結ばれるものだと思ってた。諦観に満ちていたけど、貴方達と結ばれるなら問題ないって心の底から思ってた。でも、その心の奥底で私の思いはずっと燻ってた。それに火をつけて思いを自覚したのは貴方のおかげなの。あの言葉がなかったら、今の私はなかった」

 

「惚気話か?」

 

「そうかもしれないわね。こんな私でも、不安は尽きないものなの。はっきり言って、私がめぐみんや貴方と比べて女性的な魅力に欠けている自覚はあったわ。認めたくないけど、私は考えが足りなくてカズマにいっぱい迷惑をかけたし、貴方達のような女としての”努力”なんてしてないし、しようとする意識さえなかった」

 

 涙を流しながらずびびっとハンカチで鼻をかむアクアからは同情的な悲壮感が漂う。ただ、発言の内容は単なる惚気話。聞くに値しないものだ。

 

「でも、そんな私をカズマは好きだって言ってくれたの。私の我儘が愛おしいって……私が馬鹿な事をしそうだから傍にいないと安心できないって……私と一緒ならこれからも幸せだって笑ってくれたの」

 

「自慢話はやめろ。聞く気はない」

 

「あの怠惰なカズマが、今では必死に働いてお金を稼いで、それを元に大きな商会を作って、商人として世界をまたにかけて商売をしてるの。何のためにって聞いたら、私のためだって平気で答えるのよ。彼と私の時間が減るのは少し嫌だけど、それ以上に嬉しいの。私のためにしてくれてるんだって思うと本当に嬉しくて……」

 

「やめろ……やめてくれ……」

 

「私とカズマはもうこれから先、永遠に続く”契約”をしたの。天界からの許可も下りて彼は正式に私の愛する旦那様で、私を未来永劫に守護する私だけのエインヘリヤル……勇者になったわ」

 

 涙を止めて照れたような笑いを見せるアクアの前で私は自然と耳を両手で押さえて頭を振る事しか抵抗が出来なかった。だが、アクアは私の両手を無理やり引きはがし、テーブルへと押さえつける。彼女の美しい碧眼が、私の両目を睨むように覗き込んでいた。

 

 

 

「だから、この幸せを邪魔するなら私は容赦しないわ。例え、私の親友だとしてもね」

 

 

 

 そう告げたアクアに私は何も言えなかった。そして、彼女は表情を崩して柔和な笑みをこちらに向ける。人懐っこいその微笑みは上辺だけでどこか無機質に感じられた。

 

「でも、私だって鬼じゃないの。貴方達の事は毎日のように心配してるし、彼の事が諦められないっていうなら私も少し折れていいかなってくらいには貴方達の事が大切だと思ってる。条件次第では貴方達はもう一度カズマと過ごせるようになるわ」

 

「条件次第……いきなりどういう事だアクア?」

 

「私だって半年も経てばある程度落ち着きを取り戻したってわけよ。最初はカズマを独占出来た事が嬉しくて考える暇もなかったけど、こうしてどうしようもなくなってるアンタを見れば考えも変わるわよ。だから、貴方達の望み通り、カズマを”共有”してもいいと考えてるの」

 

 そう言ってのけたアクアに私は絶句する。それはめぐみんが望んでいたものだ。あの頑なであったアクアが言わば妥協案とも言えるものを出したのは驚きであるが、それ以上にこの”タイミング”でそれを出した彼女に寒気がした。実はめぐみんの計画が最終段階に移行したのもつい最近なのだ。それをアクアも把握しているようであった。

 

「私の出す条件は簡単なものよ。一つはこの話をめぐみん以外には伝えない事。二つ目は明日の正午に私達の屋敷に来る事。三つ目は女神アクアの名のもとで魂に誓う正式な”契約”を交わす事」

 

「契約……」

 

「そう、契約よ。契約内容も単純だわ。”めぐみんとダクネスはその命が尽きる日までカズマとの愛を誓い共に生きる事を女神アクアの名において赦します”……ってね。つまりは契約を結んだ以上、カズマを悲しませたり、他の男と浮気を許さないってだけよ。簡単な事でしょう?」

 

 アクアは朗らかに笑いながら小さなきんちゃく袋を取り出して私に手渡してくる。それを思わず受け取ってしまった私の頭を、アクアは慈しむように優しく撫でてきた。

 

「ダクネス、それは私からの贈り物……お守りよ。貴方がめぐみんにこの話を伝える時、私に祈りを捧げながらこのお守りを握りなさい。そうしたら、一度だけ……30分程度”認識阻害”の結界を張れるわ。条件その一、めぐみん以外に話を聞かれないための対策ね。面倒を避けるためにめぐみんと貴方以外にはこの話を聞いて欲しくないの」

 

「…………」

 

「別に契約をするかしないかは貴方達の自由よ。でも、覚えておいてちょうだいダクネス。私は今でも貴方達の事を大切な親友だって思ってるの。だから、貴方とめぐみん以外には話したくはないの。それじゃあまた明日……良い返事を期待しているわ」

 

 そう告げたアクアの元に店員がショートケーキと紅茶が運んでくる。彼女はケーキを口に放り込み、紅茶を一気飲みする。それから、口をもごもごさせながら私に手を振って別れを告げた。残された私はアクアから渡された巾着袋を握りしめる。

 

 

「契約か……」

 

それは私にとってこの半年で一番と言えるほど明るい話題であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰り着いた私は、酒瓶を片手に部屋の中を困ったようにうろつくめぐみんと目が合った。彼女はどこか恐怖を顔ににじませながら、私へとぎゅっと抱き着いてきた。

 

「ダ、ダクネス! 私が新たなお酒を開けたら部屋に突然いっぱいの食品や荷物が急に出現したんです! この部屋には私達には見えない何かが……!」

 

「落ち着け、それはアクアの仕業だ。アイツが私の荷物をここに転送してくれたんだ」

 

「アクアと会ったのですか!?」

 

「ああ、色々と積もる話をしたんだ。それより、ゆんゆんとクリスは?」

 

「彼女達ならゴミ捨てついでに追加の物品購入に行きましたよ。まったく、ゆんゆんってお母さんみたいに小うるさいですよね」

 

 苦笑するめぐみんの周囲からは酒瓶が消え、部屋内も綺麗に掃除されていた。それならば丁度いいと私は勝手に自分の私室にしていた一部屋にめぐみんを連れ込んで鍵を閉める。そして、一緒にベッドへと並んで座る。めぐみんは何故か少しだけ頬を紅くしてこちらを見ていた。

 

「どうしたんですかダクネス? ま、まさかその……」

 

「お前が何を勘違いしているか分からないが少し話をしよう。アクアからある提案があった」

 

「ほう……あの女の提案ですか」

 

 少し蕩けた表情を、一気に蛇のように鋭くしためぐみんは小さく舌なめずりをする。私はアクアから受け取ったお守りを握りしめて彼女への祈りを囁いた。周囲に目立った変化はないが、お守りがほんのりと熱を持ち、不思議と認識阻害効果の発動を実感できた。

 

「早速だがアクアからの提案だ。アイツは私達とのよりを戻してカズマの”共有”をしてもいいそうだ」

 

「なっ……それは本当ですか? 私もこの半年で何度かアクアと話しましたが、随分と意固地になっていましたよ」

 

「正に時間が解決させたって奴さ。もしくは、ゆんゆんにアクアの殺害計画を何度も吹聴して脅迫を続けるめぐみんのおかげかも知れないな」

 

「何の話をしてるのか分かりませんね」

 

 ニヤついた表情でうそぶくめぐみんには少し頭が下がる思いだ。この半年の間にゆんゆんはカズマが立ち上げた商会の手助けをたくさんしており、そんな彼女は今ではカズマの秘書という彼の側近になっている。そんな彼女にめぐみんは毎日のように物騒な計画を語り、ゆんゆんも素直にそれをカズマやアクアに報告していたに違いない。最低ではあるが、その効果で今回のアクアの譲歩を引き出した可能性もあるのだ。

 

「アクアが私達とカズマを”共有”するためには契約が必要だと言っていた。彼女が悪魔なら色々と考えてしまうが、仮にもアイツは女神だ。嘘は言ってないはずだ」

 

「契約ですか……条件は?」

 

「契約内容は”めぐみんとダクネスがその命が尽きる日までカズマとの愛を誓い、共に歩む事を女神アクアの名において赦します”というものだ。つまりはカズマに愛を誓う限りはアクアは私達とカズマを共有していいって事だ。アクアも私達に根負けしたんだろう」

 

「ダクネス、私見はさておき契約条件を伝えてください。紅魔の里では常識なのですが、悪魔と契約する際は契約の内容だけでなく契約の条件も重要なんです」

 

「それについてもおかしな点はなかったな。契約条件の一つはこの話をめぐみん以外には伝えない事。二つ目は明日の正午に私達の屋敷に来る事。三つ目は女神アクアの名のもとで魂に誓う正式な”契約”を交わす事……らしいぞ」

 

「ふむ……確かにおかしな点はないですね。まったく、してやられましたね」

 

 大きくため息をついて帽子を目深にかぶっためぐみんはそのまましばらくの沈黙する。私は彼女の気持ちが少し分かってしまう。酒に溺れたりと怠惰な面もあったが、彼女はこの半年間にアクアを葬る事だけを考えて行動してきたのだ。

 

「せっかく”アクアを殺せる可能性のある武器”を手に入れたというのに……このタイミングで契約ですか」

 

「めぐみんもういいんだ。確かにアイツの事は殺したいくらい憎く思った事もあるが、一方で彼女との親友関係を破棄できるほど私達も冷たくはないはずだ。何より殺しなんて間違った方法を取らなくて済む。これでいい……これでよかったんだよめぐみん」

 

「っ……」

 

 めぐみんの頬には一筋の涙が伝っていた。そんな彼女を私は抱きしめる。彼女も十分頑張った。それなのに、私はこの半年間で何もしなかった。この勝利はめぐみんが掴んだものに違いなかった。そして、私の手の中のお守りが熱を亡くす。どうやら、認識阻害の効果が消えたようだ。

 その時、ふと冷静な部分の私がお守りの中身を見ろと助言した。認識阻害の効果のあるアイテムなど、もし”やりなおし”が起こってしまった際にとても使えると思ったからだ。急いでお守りを開けると、中には一枚の紙片が入っていた。そこには、赤黒い血のような色で、何らかの魔法陣が描かれていた。私がそれを脳に刻み込むように見ていると、突然紙片に火がつき、燃え上がって焼失してしまった。どうやら、お守りの中身を見るのはアクアにとって許せない行為であったようだ。

 

「ダクネス、今のは?」

 

「アクアから預かったお守りさ。効果は認識阻害らしい。契約条件にあった私達以外に話が漏れないようにっていうのを守るためのものだろうな」

 

「そうですか……ただ何か引っかかるというか……私はあの紙片の魔法陣をどこかで……」

 

 ぶつぶつと呟くめぐみんはそのうち力が抜けてしまったように眠り始めてしまった。そうやって眠るめぐみんの表情からは険がとれた穏やかなものであった。その横に私自身も横たえて目を閉じる。そうしてとったささやかな睡眠は、この半年間で一番深く穏やかなものであり、悪夢にうなされないものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、契約の日が来てしまった。時刻は正午近く、太陽が真上に登る時間帯だ。私とめぐみんはカズマの屋敷の正門前で共に息を整えている。否応がなしに緊張はしてしまう。この後アクアと結ぶ契約は私達の未来を左右するものだからだ。

 

「ゆんゆんによれば彼女とカズマは紅魔の里での商談のため出張中だそうです。屋敷にはアクアだけがいるはずですよ。なので落ち着いて行きましょう。アクアだけなら変な知恵はまわらないはずですから」

 

「そうやって侮るのはやめろ。そんなアクアにしてやられたのが私達なんだ」

 

「分かってますよ……」

 

 お互いに気を引き締め、私達は一緒に歩を進める。正門前の結界はそんな私達を迎え入れる。そうして半年ぶりに踏み入れる屋敷に懐かしい思いをしながらも、私達は屋敷のリビングへと上がり込んだ。そこには小さな丸テーブルを前にして椅子に座るアクアがいた。彼女は私達によく見せていた柔和な微笑みを見せながら彼女の対面にある椅子への着席を促した。

 

 

 

 

「よく来たわねめぐみん、ダクネス。私は貴方達を歓迎するわ。親友として……同じくカズマを愛するものとしてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「さて、貴方達はしっかり契約条件を守ってくれていたようね。それなら早速契約に移りましょう。契約内容は”めぐみんとダクネスはその命が尽きる日までカズマとの愛を誓い共に生きる事を女神アクアの名において赦します”……ってものよ。異議申し立てはあるかしら?」

 

 

 アクアの問いかけに、めぐみんと私は言葉を返さない。それに対し更に笑みを深めた彼女は私達に両手を差し出した。

 

「私とカズマと一緒に歩むなら、その手を私に重ねなさい。そうすれば契約は成立。もう一度、私達四人で幸せな日々を過ごしましょう?」

 

 そう微笑んだアクアの右手に、私は自分の右手を重ねる。正直言ってアクアの事はまだ憎らしい気持ちもある。ただ、それ以上にめぐみんがこれ以上に狂ってしまう事が怖かった。そして、半年間も口を聞いていないカズマと他愛のないものでもいい。ただ、アイツとお話がしたかった。

 

「これで風向きも変わるだろうな」

 

「ええ、歓迎するわダクネス。すれ違いはあったけど、私と貴方の仲でしょう? もう一度やり直しましょうよ」

 

 

 アクアは私の手をぎゅっと握り返してくれた。左方ではめぐみんは手を出さずにうつ向いている。まだ、迷っているのだろう。めぐみんの返答を待ってしばらく経ってから、彼女は顔を上げてアクアを見つめ返していた。

 

「アクア、契約の前にいくつか質問があります」

 

「ええ、いいわよ。契約は大事。一生ものだしね。好きに質問していいわよ」

 

「なら遠慮なく行きます。この契約後、アクアは私達とカズマと”共有”する事を拒否したり、出来ないように根回しをするなんて事はしませんよね?」

 

「ええ、もちろん。今まで通りの関係……もっと進んだものも約束するわ。契約の裏をかくような工作はしないわよ」

 

「なるほど……それではもうひとつ。カズマの”共有”は肉体的、精神的なものも含みます。私とダクネスがカズマと更に愛を深めたり、性的関係を持つ事になります。それを貴方は許容するのですか?」

 

 めぐみんのその質問にアクアは身体を静止させたようりぴたりと動きを止める。それから次第に身体を震わせ始める。彼女の顔は悲痛に歪み、目じりには涙を貯めていた。

 

 

「いいわよ……好きにしなさいよ! 分かった! 認めるわよ……私の負けよ! 本当はもちろん嫌よ。でも、貴方達との関係を失う事と天秤にかけたら許せるの。私達はこれまでずっと一緒だったし……カズマさんを愛する気持ちだって一緒よ。貴方達となら、私はもっと幸せになれる。そう思ってるもの」

 

 

 涙を流すアクアの手を私は更に強く握りしめる。女として彼女がカズマを他の女へ譲る事への複雑な思いは非常に理解出来る。ただ、彼女は私達との友情を前にして折れてくれたのだ。私の心の中のアクアへの憎しみも彼女の思いによっていくらか和らげられた。

 

 

 

 

 

「なるほど、これはとんだ”狐”ですね。ダクネスの言う通り、今のアクアは侮るべきではないです」

 

 

 

 

そう言って、めぐみんはアクアの差し出した手を打ち払った。

 

 

 

 

「めぐみん……何を言うの……私は……」

 

「その泣き真似はやめた方がいいですよ。気色悪い」

 

「…………」

 

 

 アクアの泣き顔が瞬時に切り替わり、表情の読めない真顔になる。私が呆気に取られている間にめぐみんは私の手を掴んでアクアから引き離す。私がめぐみんの方へ顔を向けると、彼女は首を小さく横に振った。そんな私達にアクア再び両手を差し出した。

 

 

「さあ、それじゃあ契約の続きをしましょう」

 

 

 

 私は事態についていけず、再び手を出す事が出来なかった。ただ、アクアの様子がおかしい事は理解できる。もう、彼女の何を信じればいいか分からなくなっていいた。

 

 

「ほう、あくまでその態度を貫きますか。それなら……もう一つ質問です。契約条件のひとつに私とダクネス以外に契約の事を伝えないとありましたが、何故そんな条件を?」

 

「当然でしょう? 私達三人の大切な契約なのよ。他人に吹聴すべきものじゃないわ」

 

「へえ……それなら……私は将来を決める契約なので他人の意見が欲しい所だったんです。今この場にクリスに同席してもらいましょうか。それとも、エリスを呼びましょうか?」

 

「…………」

 

「無表情は貫けても、沈黙はより多くの事を語ります。ボロが出てしまいましたねアクア」

 

 何故この場でクリスやエリス様の事が出るのか私には理解出来ない。ただ、すがるように向けた私の顔にめぐみんはそっと人差し指を立てる。黙っていろというめぐみんのサインに私は屈してしまった。

 

「最後の質問です。貴方の契約では私達とカズマの関係を”命尽き果てる日まで”としていますが、私達の死後はどうするつもりですか?」

 

「別に、天国に行こうが転生しようが好きに選ばせてあげるわ」

 

「カズマとの関係は?」

 

 

じっと見つめるめぐみんに、アクアは満面の笑みを返した。

 

 

 

 

「契約通りよ。死んだら貴方達とのお友達ごっこも終わり。カズマと二度と関係を持てないように縁を切らせてもらうわ。当然でしょう? カズマは”私の男”なんだから」

 

 

 

 

 満面の笑みでそう告げたアクアに対し、私は力なく項垂れるしかない。この契約に裏がないとはとても思えなかった。だが、アクアの事も信じていた。その気持ちを裏切られたようで何だか全てがどうでもよくなる思いであった。

 

「むしろ感謝しなさいな。私は貴方達が人間としての生をまっとうするまではカズマとの関係を認めるのよ。確かに死後に関係は切れるかもしれないけど、現世では幸せに過ごせるの。もちろん、子供でもなんでも作ればいいわ。子供達を通してカズマとの関係は途切れない。それでいいとは思わないかしら。ねえダクネス?」

 

「わ、私は……」

 

「このままだとどこの馬の骨かも分からない男と結婚させられて貴族としてその男と子供を作らないといけないのよ。それよりかは、私と一緒に楽になる気はない? きっとカズマも、貴方が他の男と結ばれるのは望んでないわ」

 

 

 すっと細められた碧眼が、私の目を射抜く。確かに死後は彼との関係は途切れるかもしれないが、少なくとも現世では幸せに過ごせる気がした。それに、私は今を過ごすだけでもいっぱいっぱいだ。死後の事を考えるなんて正直言って馬鹿馬鹿しい。むしろ、そこまで杞憂しなくてもいいのではと心の中の冷静な自分が告げていた。

 

「落ち着けめぐみん、確かに契約を結んだら死後にはカズマと関われなくなるかもしれない。でも、私達はそんな事を気にするほどの年齢か?」

 

「騙されないでくださいダクネス。アクアは真意を隠して私達に契約を持ち掛けた。重要なのはそこです」

 

「別にそれくらいいいじゃないか。いい加減、私達も負けを認めて祝福すべきだ。それに、アクアが関係を切ると言っても、カズマはどうだ? 長い人生をかけて一緒に過ごせば、彼は絶対に私達を見捨てない。もしくは見捨てさせないように努力をした方が良いんじゃないか?」

 

「…………」

 

 

押し黙っためぐみんの代わりに、私は再びアクアに手を重ねる。

 

これでいい、これでいいんだ。

 

 

「良い判断ねダクネス。歓迎するわ」

 

「ああ、私だけでもやってくれ」

 

「もちろんよ。我が名において命ず――」

 

 

 アクアは祝詞を唱える司祭のように小さく言葉を紡いで行く。そして、私は目を閉じた。少なくとも、今よりかは幸せになれる。そう、信じたかった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、何かが炸裂するようなパァンという乾いた音が部屋内に響き渡った。

 

 

 

 

 

「えっ……あっ……」

 

「最初からこうすれば良かったんです。これで、カズマは私達のものですね」

 

「何で貴方がそんな武器を……しかも本物なんて……」

 

「私はただ酒に溺れてたわけじゃないです。貴方に敗北してヤケになっているクリスに……女神エリスを更に酒に溺れさせて手に入れたものです」

 

「あの子は本当に……しょうがないわね……」

 

 バタリとアクアが机に突っ伏してしまった。そして、テーブルの上とアクアの足元に鮮やかな血が広がって行く。それを見ためぐみんは右手に握っていた謎の武器……その先から出ていた煙を吹き消し、くるりと手で弄んだ。

 

「女神も血が出るんですね。血が出るならこれで殺せたはずです」

 

「めぐみん、お前は何を……」

 

「アクアを殺害したんです。やりましたね。これで全て解決です」

 

「私は……私はこんな……」

 

 

 

 

テーブルに臥せるアクアはピクリとも動かない。その姿を見て私は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい表情ですね、ダクネス」

 

 

 

 

 

はっとして私は口元を手で抑えた。

 

 

 

 

 

 

そんな時どこからか、何かを唱えるような声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

『死の、先を行く者たちよ』

 

 

 

『我と共に生きるは冷厳なる勇者、出でよ!』

 

 

 

 

 

 

それは突然の事であった。

 

 

アクアの背後に光柱が現れ、そこから今は見たくない顔が出現する。

 

 

 

 

「やってくれたなお前ら……」

 

 

 

 

 怒りの表情で私達を見据えるカズマは、私達に刀を上段に構える。それから、思いっきり突っ伏しているアクアを蹴飛ばした。

 

「いった……!? いきなり何すんのよバカズマ! もうちょっと心配するとか泣き喚くとかしなさいよ!」

 

「お前がそれくらいで死ぬかよ。それより、今はこいつらの事だ」

 

 起き上がったアクアは衣服を血に染めていたが、その顔は生気に溢れている。ここで私もようやく受け入れがたい現実を受け入れるしかなくなった。

 

 

 

 

人間では、この女神を滅ぼすなんて不可能なのだ。

 

 

 

 

 

「気をつけなさいカズマ。めぐみんが持ってる武器は”サミュエルコルトのリボルバー”、ただの拳銃じゃなくてあらゆる神魔を一発で撃ち滅ぼせる特別製よ」

 

「お前はそんなのを撃ち込まれても大丈夫だったのかよ?」

 

「ようやく心配してくれたのね。まあ、あらゆるもの滅ぼせるといっても所詮は人が神魔に対抗するために作った”人器”なの。”あらゆるもの”の例外は私みたいにたくさんいるわよ」

 

 楽しそうに会話をするカズマとアクアを前に私は押し黙るしかない。とにかく、これで私達は終わりだ。カズマの顔は油断なくこちらに向けられ、怒りに染められている。関係修復はもう不可能であった。対して、めぐみんは呆けた表情でアクアを見ている。しょうがないことだ。彼女の頑張りは全て無駄だったのだ。

 

「めぐみん、ダクネス……半年も期間があってこの結果なのは残念だ。今回は通じなかったとはいえ、アクアに殺意を持って武器を向けた事を俺は許さない。絶対に許さない! だから、終わりにしよう……全部”忘れちまえ”」

 

 

 

 

 

刀を持って近づくカズマを私は黙って見ていた。もう、どうでもよかったのだ。

 

 

 

そんな時、また乾いた銃声が部屋内に響き渡った。

 

 

 

 ふと、私の全身から力が抜けて行く。床に倒れ伏した私は、自分が血だまりに沈んでいる事を遅まきながら理解した。

 

 

 

「お前何を……!」

 

「させません……させませんよカズマ! 私の記憶は消せても、貴方の記憶は残り続ける。だから、永遠に覚えておいてください。私という女性が貴方をずっとずーっと愛していた事を!」

 

「やめろ……やめろめぐみん……!」

 

「アクアは私達を蘇生させますか? それともそのままにしますか? また会う時が楽しみです……ふふっ愛していますカズマ」

 

 

 乾いた銃声がもう一度響き渡る。そうして、私の視界にめぐみんがどさりと倒れこんでくる。口からを血を流すめぐみんの目からは、すでに生気は消え失せていた。

 

「なんで……なんでお前らは……」

 

「いいから蘇生させるわよカズマ。例えどんな理由があろうと死ぬ理由にはならない! この女神アクアが許さない!」

 

 

 

 

 

 霞む視界の中で私は”死”というものを実感し始めた。めぐみんに撃たれたであろう胸からは、血と一緒に暖かさが流れ出て全身が冷えていくのを感じる。ただ、少しだけ嬉しかった。もう何も見えなくなってしまったが、私の愛する人が私を心配し涙を流す声を聞けたからだ。それだけで十分だった。

 

 

 

「なんで……なんで……どうして……! めぐみんは大丈夫なのになんで……!」

 

「落ち着けアクア、今は――」

 

「――――が降りない!? 冗談は―――エリスあなたは―――そう――この世界は――」

 

 

 

 

 

 

 

それは心安らぐ暗闇であった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

 眩しい朝日が微睡む思考をクリアにして行く。そっと目を開けてみれば、カーテンから除く太陽の光の眩しさの前に私は再び目を閉じてしまう。だが無意識に目を手で擦った際に私は違和感に気がついた。

 

 

 

 

 

「涙……?」

 

 

 

 

 

 私の両目からは涙がポタポタと流れていた。それを無作法に袖で拭いながら上半身を起こす。周囲は見慣れた我が家であった。

 

 

 

「これが天国なのか……それとも地獄か?」

 

 

 

 自嘲しながらも、ゆっくりとした足取りで私は歩みを進める。そうして、私はとある部屋にたどり着く。その部屋の小さな丸テーブルにはすでに先客の姿があった。私が対面の椅子へと座ると、彼はにんまりとした満面の笑みを浮かべた。

 

 

「おはよう、ララティーナ」

 

「おはようございますお父様」

 

「うむ、やはりと娘と一緒に食べる朝食は最高だ」

 

「御戯れを……ところでお父様も死んでしまったのですか? それとも、私の記憶から再現とかそういうものですか?」

 

「んっ……寝ぼけてるのか? ああ、また夜遅くまでロマンス小説を読んでいたんだな。そういう所は母親似だな」

 

 

 微笑みながら冗談を言う父の言葉に嘆息しつつ、私は手近なパンを取ってもそりもそりと食べ始める。死後の世界でも、きちんとパンの味を楽しめた。天国なら、体重も気にせず食べ放題も出来るのだろうか。

 

 

 

「いや、以前アクアに聞いた話だと死後の世界は何もない退屈な場所だと……」

 

 

 

 

そんな混乱する私の横にポットを持ったメイドが現れた。

 

 

 

「お嬢様、コ……コーヒーをお入れします!」

 

 

 

「………」

 

 

 

「あの……コーヒーじゃなくて紅茶もありますよ……ってわひゃあ!?」

 

 

 

 緊張した面持ちでもう一つのティーポットを手に取ろうとしたメイドが、何を焦ったのか急にポットを取り落とした。そうしてぶちまけられたコーヒーは私の寝間着へとびっちゃりと降り注ぐ。メイドはコーヒーまみれになった私を見て青い顔をしながらへたりこんでしまった。

 

 

 

 

 

その姿に私はくすりくすりと笑ってしまった。

 

 

 

「ふふっ、気にするな。こういう失敗は誰にでもあるものさ」

 

 

 

「で、ですがお嬢様……火傷は……お怪我はありませんか!?」

 

 

 

「安心しろ、この程度では私に傷一つつけられない。ああ、別にそんな死にそうな顔でタオルを押し付けなくてもいい。どうせこの後はシャワーを浴びて着替える予定だったんだ」

 

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 

 

「それより、君こそメイド服を着替えてくるがいい。私と同じくコーヒーまみれだ。私とお父様は何も言わないが、ここのメイド長は口うるさいからな」

 

 

 

「ご……ごめんなさいいい!」

 

 

 

 ぺこぺこと頭を下げながら凄い勢いで退出して行くメイドを眺めながら、私とお父様は同時に笑ってしまった。それから、お父様はこほんと息をついてからこちらを心配するような顔を向けてきた。

 

 

 

 

「大丈夫かララティーナ?」

 

 

 

 

その言葉に、私は満面の笑みを返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、おかげで目が覚めました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ファイナルシーズンをコルトで閉めてくれないかな……
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