この果てしなき修羅場に終焉を!   作:ルイ提督

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思い新たに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着け私、やり直しは出来ている……そのはずなんだ」

 

 カズマの屋敷の正門前で私はバクバクと鼓動する心臓を抑えるように胸に手をあてる。頭の中は状況に対する疑問や不安、不信が絶えないが今ははっきりとさせたい事がある。それを確かめるためにも、私はカズマと話をする必要があった。

 

 

「結界はないようだな……」

 

 

 正門に軽く手をかざすと、当たり前の事だが何も起こらない。だが、私にとってはこの正門はついさっきまでアクアの結界によって透明な壁を張られていたのだ。私はそのまま足を進めて屋敷の中へと侵入する。リビングにはもちろんカズマの姿があった。ソファにだらしなく寝転がり毛布にすっぽりとくるまっている姿は私にとっては”半年”ぶりだ。私はぼけっとした視線をこちらに向けるカズマに少しづつ近寄り、ついには我慢できずに抱きしめる。腕の中でぐぇっという奇声も聞こえてきたが、そんな事を気にする余裕はなかった。

 

「いきなりどうしたダクネス? ああ、この俺のカッコよさに気づいて我慢できずにメスになっちまったんだな……」

 

「何を馬鹿な事を言っている。それより、めぐみんは紅魔の里に里帰りしたんだよな」

 

「んあ……昨日は一緒に見送っただろ。少し寂しくなるよな」

 

「ついでだが、アクアはどうした? お前はアクアの事をすっごく愛しているから知っているはずだろう?」

 

「本当に今日はどうしたダクネス、俺がアクア愛するなんて天地がひっくり返ってもありえねぇよ。ただ、どこに行ったかは知ってるぞ。朝からアクシズ教会に行くって出かけたからな」

 

「そうか……そうかそうか……そうなんだな……」

 

 自然とにじみ出る涙は彼のかぶる毛布を濡らしていく。お父様や新人メイドの話を聞いたり状況からしてある程度の確信はあったが、こうしてカズマの言葉を聞いて初めて安心が出来た。

 

 

 

私は”やりなおし”に成功したのだ。

 

 

 めぐみんに負けて辛酸を舐めた一週目、アクアにしてやられた二週目、今回は三週目に突入し状況は振り出しに戻っている。これから私が何をすべきかもまだ定まっていないが、今はこの状況に感謝を告げたかった。そんな時、私の髪をカズマがふわりと撫でつける。こちらを見つめる彼の表情は心配そうなものであった。

 

「ダクネス、本当にどうした? 何か悩んでる事があるなら俺が話を聞くぞ?」

 

「いや、カズマには言えないさ」

 

「そうやって一人で悩みを背負い込むのはやめろって言ったよな。吐き出したいことがあるなら好きなだけ吐き出せ。何か協力して欲しいなら、俺は喜んで力を貸す」

 

「心配しなくていい。これは嬉し涙だ。さて、私はやる事が出来たから出かける事にするさ」

 

「無理するなよ。別に対価は要求しない。困った事が起こっているなら俺を頼れ」

 

「そうだな、今後はそうしよう。ただ、そういうキザなセリフはせめて毛布を脱いでから言ってくれ」

 

「冗談のつもりはないんだがな」

 

 私は毛布にくるまりながらこちらを真剣な表情で見つめるカズマをもう一度強く抱きしめた後、私は彼へと背を向けて歩き出す。目指すべき目的地はすでに決まっていた。その歩みは自然と足の震えによって止まってしまいそうであったが、私は完全なる”安心”を得たかった。そのためにも、私はアイツと対峙する必要性があったのだ。

 

 

 

「その表情はずりぃな……」

 

 

 

カズマの小さなつぶやきがやけに耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてたどり着いたのは随分と豪奢な作りの教会……アクシズ教会であった。当初は普通の教会であったそうだが、アクアが介入したのか増改築が繰り返されているらしい。そんな教会前にて、私はちょっとした違和感に気が付いた。いつもはこの教会の周囲にはアクシズ教の布教者や、怪しい屋台があるのだが今はそれがない。それどころか、周囲数百メートルに渡って人の姿が私以外に見られなかった。教会が中心街に近い立地である事を考えるとなおさらおかしい事であった。

 

 

「むっ……開かない……」

 

 

 違和感を振り切って教会の扉に手をかけたが、ピクリとも動かなかった。確かに女性一人の手で開ける事は難しいほどの大扉であったが、私には一般的な女性より数百倍は力が強かった。力で開けられないという事はカギがかかっているという事であった。そして、例の事件以降に敏感になってしまった私の耳がかすかな音を捕らえる。私は自然と扉に耳を押し当てていた。

 

 

『最近―――時空間――次元の乱れが―――もしかして――」

 

 

『ありえるわね―――――厄介なのは能力じゃないわ――――――同一視――――真名は――』

 

 

『――静観するしか―――――天界は―――』

 

 

『――――大丈夫よ―――――私達は何も―――」

 

 扉の先からかすかに漏れる声はアクアのものであった。そのまま私が更に身体を扉に押し付けた時、ひとりで扉が開いた。勢いあまって教会内に足を踏み入れた私を、礼拝堂の奥で両手に腰を当てて半目でこちらを見るアクアの視線が貫いた。

 

 

「ちょっと、盗み聞きをするのは感心しないわよダクネス」

 

「いやこれは……」

 

「まったく……それで何の用なの? ここまで”来れた”って事は私に何か用事があったんでしょう?」

 

「…………」

 

 アクアの声に私は言葉を返せなかった。それもそのはず、アクアの隣に思いがけない人物の姿があったからだ。白い羽衣に身をつつみ、長い銀髪揺らしながらこちらを優しく見守る姿は正に私にとっての美しさの理想の象徴であった。そんな人物を私が見間違えるはずがない。私の身体は自然と膝をつき頭を垂れていた。

 

「あら、ダクネスったら殊勝な態度じゃない。やっと私の素晴らしさに気づいたのね」

 

「バカを言うなアクア。これはお前に向けてのものじゃない……お久しぶりですエリス様」

 

「なんでよー!」

 

 頬を膨らませて不満げな顔をするアクアを無視して私はエリス様へと顔を向ける。彼女は生きる者全てを魅了するような美しい笑顔を浮かべていた。

 

「もう、そんな態度は取らないで頭を上げてくださいダクネス。私と貴方の仲じゃないですか!」

 

「いえそんな……」

 

「ふふっ、私より堅苦しい所は相変わらずですね」

 

 笑顔を浮かべながら、エリス様が私の手をとって立ち上がらせる。ほんの目と鼻の先にエリス様がいる。その事実に思わず胸も躍るが、今は確認すべき事がある。私は顔を再びアクアへと向けた。

 

「なあアクア、こんな事を言うのも少しおかしいかもしれないが……お前はカズマと男と女として付き合ったりしてないか?」

 

「はえっ……?」

 

 アクアは素っ頓狂な声を上げてから私を見つめ返す。それからみるみるうちに頬を紅く染めながら全身を使いながら右手を左右に振った。

 

「いきなり何言っちゃってくれてるのダクネス! 私があんなダメ男なカズマさんと付き合うわけないでしょ! そんな事、天と地がひっくり返ってもありえないわ! ま、まぁどうしてもって泣きながら土下座して貢物もいっぱいくれるなら考えてあげる事はしてあげなくはないわよ!」

 

「アクア先輩落ち着いて……かなり支離滅裂ですよ」

 

 やけに早口になっているアクアをエリス様が眩しい笑顔を浮かべながらたしなめている。私はというとアクアの初心な反応を見て確信する。やはり、”やり直し”が成功している事は間違いない。そして、これはアクアやエリス様のような女神……人間を超越した上位存在に対しても巻き戻し現象が適用されている事を確認できた。なぜ私がこれまでの記憶を保持しているのかは分からない。だが、この状況を利用しないなんて選択肢はもう私にはなかった。

 

「というかダクネス、アンタは私にそんなしょうもない質問をするために私の所に来たの?」

 

「まあな、だがここに来て状況が変わった。アクアより、適切な相談相手をみつけたからな」

 

「まったくもう……まあ人払いの結界を抜けるだけの頑強な意思を持って私達に会いに来たアンタを無碍には出来ないわ。エリス、よくわかんないけど話を聞いてあげなさいな」

 

「分かってますよ。むしろ、ダクネスがアクア先輩より私を頼ってくれるのは本当に適切な判断だと思いますね」

 

「ちょっとエリス、それ嫌味よね? 絶対嫌味よね!?」

 

アクアとエリス様の様子は非常に仲が良さそうだ。だからであろうか、私は少しイラついている事を自覚した。以前は微笑ましく見えただろうが、今はアクアを目にするだけで心が乱れる。アクアが私の敬愛するエリス様と仲良さそう会話をしているなら尚更だ。エリス様はそんな私の方を見て目を細め、そっと耳元に囁いてきた。

 

「今夜、貴方の部屋に伺います。相談はそこで受けましょう」

 

「…………」

 

「アクア先輩には聞かれたくない事なのでしょう? 私は分かってますから」

 

 微笑を浮かべたエリス様に私は女ながらに見惚れてしまうが、何とか頷きを返す。エリス様も頷きを返し、彼女はアクアの手をとって私から引き離すように歩き出した。

 

「という事でアクア先輩、私達もすこーし大事な話があるので座って話せる場所に移動しましょう」

 

「ちょっと、ダクネスのお悩み相談は聞かなくていいの?」

 

「それは彼女の希望でまた今度になりました。それじゃあダクネス、また会いましょう」

 

「なによ、私には悩みを傍で聞くことも許されないの?」 

 

「はいはい、むくれないむくれない。ダクネスだって多感な恋する乙女なんです。アクア先輩も譲歩してあげてください」

 

 そのまま奥の部屋を消えていった二人を黙って見送った。それから私も教会に背を向けて歩き出す。気になるのはやはりこの”周回”での行動指針である。エリス様にいくらか相談するとはいえ、ある程度の目標は決めておくべきだった。

 私は悩みながら足を進め、気が付けば例の喫茶店にたどり着いていた。私は店員にコーヒーとチーズケーキを注文してから懐からメモ帳とペンを取り出す。それから、考えをまとめるためにも私が今までの世界で経験した事を書きだした。

 

 

 

 

『対めぐみん、アクアメモ』

 

・めぐみんは里帰り前にすでにカズマへの告白を行っている。

 

・里帰り後、1~6日までにカズマはめぐみんと接触していない。

 

・6日目夜~7日目にカズマがめぐみんの様子を見に行き、結果として肉体関係に発展。

 

・7日目夕方以降に二回戦開始。

 

・恐らくカズマとめぐみんの初体験は失敗に終わり中途半端に終わっている。

 

・私が告白をするとカズマはアクアに告白する可能性がある

 

・アクアに”独占欲”を教えるとろくな結果にならない。

 

・ゆんゆんは中立派。

 

・クリスは中立寄りだが、カズマへの恋心を持っている可能性あり。

 

 

 適当に書き出したメモに、私は更なる一文を付け加える。震えるペンで書きだしたのは一つの受け入れがたい真実であった。

 

 

 

・カズマの思い人はアクア。

 

 

 書き終えた後、思わずテーブルにペンを叩きつけてしまった。それから放心する私の所へ店員がコーヒーを持ってくるまで考えはまとめられなかった。私は運ばれてきたコーヒーを一気に飲み、その低品質なコーヒー豆の苦味に顔をしかめる。だが、おかげで止まっていた思考が再び動き出した。その結果、私は一つの結論を導き出した。

 

 

 

 

 

「詰んでる……」

 

 

 

 

 そう、今の私は正に詰みの盤面にいた。周回開始前……つまり昨日の時点でめぐみんはカズマへの告白を終えている。このまま私が行動を起こさなければ、カズマとめぐみんが肉体関係を持ちめぐみんルートへ移行する。

 そして、私がカズマに告白すれば彼の”自覚したくなかった”思いに気づいてアクアルートへ移行するのだ。おそらく、私が告白しなければカズマはめぐみんのへの肉欲が抑えられずそのまま手を出してしまう。その場合、アクアへの思いを封印し、めぐみんへの”責任”を果たすはずだ。変な所で義理堅いのがカズマという男であった。

 

 

 

「どうすればいい」

 

 

 至極当然の疑問であった。カズマは私が何もしなければめぐみんと結ばれ、私が何かしたらアクアへの思いに気づいてしまう。脳裏には一つの解決法が提示されるが、私はそれを選びたくない。私の微かに残る乙女心がそれを許さなかったのだ。

 

 

「どうすれば……どうすればいいどうすればいい!」

 

 

 掻きむしった頭から、私の金髪がハラリと抜け落ちる。それに気づいて私は手を止める。結局、私は怖気づいた臆病者でしかないのだ。

 

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 

 

 突然かけられた声に、思わず身構える。しかし、私が顔を上げた先には見知った顔がこちらを心配そうにのぞき込んでいた。彼女は見慣れた紅魔族ローブに身を包み、めぐみんと違ってその豊かな双丘をローブごしに主張している。艶やかな黒髪をおさげにして肩に垂らし、幼い顔つきながら男を誘う抜群のスタイルを持っている少女の事を私は見間違えはしない。彼女とは半年も同棲生活をしていたのでなおさらだ。私は話しかけてきてくれたゆんゆんに精一杯の微笑を返した。

 

「まったく……なんだかゆんゆんとはよくここで会うな」

 

「…………」

 

「前もこんな風に……いやそんな事はなかったか……」

 

「ここでダクネスさんと会うのは初めてですよ?」

 

「そうだ……そうだったな。本当に私自身が嫌になる。周囲に迷惑をかけてばっかりだよ私と言う女は」

 

 自嘲する私の顔をゆんゆんは心配そうに見つめてくる。それに苦笑を返しながら私は更に落ち込んだ。彼女には前の世界でも非常にお世話になっている。全てを彼女にぶちまけたいという思いもあるが、それはできない。ゆんゆんから狂人扱いされるのはごめんであったし、はっきり言って彼女の協力を得られたとしてもたかがしれている。

 私が彼女に関して思い出す事は、めぐみんや私の狂気に苦言を呈する姿、家で好き放題する私達を叱りつけながらもどこか嬉しそうにする姿……そして、カズマの商会に協力してどんどんと成長する商会やカズマの姿を嬉しそうに語る屈託のない笑顔であった。それを私は全て”無かった事”にしたのだ”。ゆんゆんに対してひどい罪悪感を覚えるのも仕方がない事だ。だからであろうか、私は自然と席を立ち逃げるように喫茶店を後にした。

 

「ダクネスさん! 本当に大丈夫なんですか!?」

 

「ああ、大丈夫だ。お茶の時間を邪魔して悪かったな。また今度、余裕が出来たらゆっくり話でもしよう」

 

「ダクネスさん……」

 

 背後から聞こえるゆんゆんの声に適当に返し、私は歩みを進める。彼女には決して頼れない。何より、私の行動によって悲しむ人の姿はできるだけ見たくもないし、考えもしたくなかった。そのまま実家へと帰還した私はベッドへと潜り込む。そうして私は祈りを捧げた。今のどうしようもない私を救ってくれる相手など、彼女以外には考えられなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

「やっとお目覚めですかダクネス?」

 

「あっ……」

 

「ふふっ、貴方がこうして涙を流して私に祈りを捧げるのはいつぶりでしょうか。ほんの少し前まで、貴方もまだ十にも満たない少女だったというのに……時の流れなんて自覚したくないものですね」

 

 椅子に座ってベッド眠る私を見守っていたのはエリス様であった。彼女は私の頭をそっと撫で、穏やかな微笑を浮かべる。それだけで私の乱れた心は落ち着きを取り戻し、スッキリとした気持ちになった。そうして私は彼女の愛撫を黙って受け続けた。思い出すのは記憶にはまったくないはずの母の姿であった。

 

「落ち着きましたか?」

 

「はい、本当に感謝しかない思いです。それと申し訳ありませんエリス様、貴方をこんな形で出迎えるなんて……エリス教徒失格です」

 

「またそうやって勝手に落ち込むのは禁止です。それと、私に対しての敬語も禁止です。貴方と私の仲じゃないですか」

 

「それは……」

 

「アクア先輩とはタメ口ですよね。もしかして、私と貴方の関係はアクア先輩よりも劣ってるという事なんですか?」

 

「それは違います……いや違う」

 

 言葉を崩した私に対し、エリス様は笑みを深める。それからまるで私を愛玩動物か何かかというほど撫でてくる彼女に少し思う所もあるが、私はそれをありがたく受け入れた。そして、頭の中では一応の筋道を立てる。今の私は分からない事だらけだ。だから、その分からない事を彼女に聞くべきなのだ。

 

「エリス様、今から私の話す事は荒唐無稽に聞こえるかもしれない。だが、まずは聞いて欲しい。私の話を聞いて欲しいんだ」

 

「ふふっ、いいですよ。私は貴方の悩みを解決するためにここに来たのですよ。さあ、何でも言ってくださいな」

 

 両手を広げ、こちらを包み込むような姿勢をとるエリス様に私は一つの真実を投げつける。これを言葉に出す事への恐怖はある。だが、話して楽になりたいという思いの方が今は勝っていた。

 

 

 

 

「エリス様……私は”やりなおし”をしているんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 私は何もかもを洗いざらいエリス様へ話した。一週目の世界においてめぐみんにカズマを奪われ無様に泣いた事を、二週目の世界において女として侮っていたアクアに全てを奪われ、半年間も無為な時間を過ごした事を……こうして三週目の世界に突入した事も全て話した。

 私は全てを話した事で肩の荷を下ろしたような解放感に包まれていた。対して、エリス様は私の話を最初から最後まで黙って聞いてくれた。ただ、彼女の表情は何やら非常に苦い顔をしていた。

 

「エリス様……私の戯言を信じられない気持ちは分かる。でも……」

 

「いえ、貴方の話は信じますよ。貴方が嘘をこんなにも真剣な表情で話すはずないですから。ただ、それを真実として受け取ると、私としても考えなくちゃいけない事がたくさんあるんです」

 

「信じてくれるのか……こんな私を……」

 

「今更何を言っているんですか。それに、貴方の話を信じる材料が今の話以外にもあったのです。まあもう少しまってください。私も貴方に話すべきことをまとめますから」

 

 それから数十分はうんうんと唸っていたエリス様は、最後に大きく息を吐いて私の事をまっすぐと見つめてくる。そうして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「ダクネス、貴方が体験している”やりなおし”は……時間跳躍……タイムリープというものです」

 

 

 

 まっすぐとこちらを見るエリス様に対し、私は首をかしげる事しか出来なかった。タイムリープという言葉は生まれて初めて聞いたのだから仕方がない。そんな私にエリス様は苦笑を浮かべながら、このやりなおしについてを語ってくれた。

 

「このやりなおし現象が何と呼称されているかはバラつきがあるのですが、簡単に説明する際にはタイムリープという言葉が便利ですね。ふふっ、これはカズマさんの故郷にも伝わる言葉なんですよ」

 

「そういわれても私にはさっぱりだ。説明をお願いしたい」

 

「そうですね。これを一から説明すると莫大な時間がかかるので簡単に要点を説明します。タイムリープ……それは過去に戻る力……過去を書き換え自分の思い通りに未来を変える力です」

 

「未来を変える……」

 

「ええ、その力は神に匹敵する実に傲慢な能力です」

 

 私を見つめるエリス様の目は笑っていなかった。その事に背筋が寒くなる。そして、彼女は私の頭をもう一度撫でてくれたのだが、先ほどとまでは違いそこに暖かさも癒しもなかった。ただただ冷たかった。

 

 

 

「貴方はめぐみんさんやアクア先輩が幸せになるはずの世界をやりなおしをして無かった事にした。そんな自分を許せるのですか」

 

 

 そんな問いかけをされて私は改めてその事実に直面する。私はあの一週目と二週目の世界を結果的に無かった事にした。そこに申し訳なさを覚えるのは確かだが、私の思いは変わらなかった。

 

 

 

「知るか、そんな事」

 

 

 反射的に出た言葉であった。思わず口元を抑えるがエリス様にはもう聞かれてしまった。さてどうしたものかと思案していると、エリス様は私の方を向いて満面の笑みで拍手をしていた。

 

「素晴らしいですね。ダクネス」

 

「何がだ」

 

「貴方に罪の意識があるのなら、私もすこーし面倒な道を行くつもりでした。ですが、貴方がすでに開き直っているなら遠慮はいりません。ダクネス、貴方はその力を存分に使ってください。”貴方のため”にね……」

 

 まさかエリス様から太鼓判を押されるとは思っていなかった。だが私は彼女に何と言われようとこの力を利用するつもりであった。そうしなければ、私の望む未来は訪れないのだ。エリス様は私の方を見て更に笑みを深めた後、ほうっと大きく息を吐いた。

 

「まず最初に言っておきますが、私も時間跳躍は出来ます。もちろん、アクア先輩もです」

 

「なっ……それならこの力は貴方が……!」

 

「いいえ、私も時間跳躍……いやタイムトラベルは出来るんです。ですが、この能力を他人に付与するなんて事は出来ません」

 

「…………」

 

「ふふっ難しい顔をしてますね。さて、私の言葉を聞いて貴方は疑問に思ったはずです。何故そんな便利な能力を持っているのに使わないのかってね。それに対する答えは簡単なものです。つまり、過去を変えられても結局”運命”は変えられないのです。そして、時間遡行を私のような神が行使する場合様々な制約があるんです。だから時間遡行という手段はとらない。それだけです」

 

 エリス様の言っている事はいまいち理解出来ない。ただ、一つだ気になる文言があった。それは過去を変えられても運命は変えられないというもの。もし、私がカズマと結ばれないのが運命だとしたならば、私のこれからの行動は全て無意味になってしまうのだ。それこそ、一週目と二週目で味わった苦しみを今後も味わい続け、その先には結局私の望む未来がない事になってしまうのだ。

 

「安心してくださいダクネス。確かに時間遡行をしても”運命”は変えられません。運命は神々にすら制御できないものなんです。そして、運命は神が授けるものではありません。貴方達が自分自身で決めて行くものなんです」

 

「つまり何が言いたい……?」

 

「そうですね……本当なら過去を変えても運命は変えられない。だから、そんな能力に頼って過去にすがらず、未来を生きていきましょうって貴方を説得するつもりだったんです。でも、残念ながら貴方は”例外”みたいですね」

 

 エリス様はくすくすと笑いながら私の頭を再び撫でる。先ほどとは違って暖かみのある愛撫であった。それを受けながらも私の頭の中の疑問符は増えていくだけであった。

 

「時間遡行は天界の掟では”原則禁止”です。世界の因果律を無茶苦茶にしますし、結局は運命は変えられませんからね。でも、例外的に時間遡行を限定的にですが許可されるパターンもありますし、もう一つの例外として時間に関する神がそれを行使した場合……それもまた新しい運命となるなんて噂があるんです」

 

「時間の神……もしかしてそんな得体の知れない奴が私に……?」

 

「ええ、今の貴方からは何も感じませんが、もしかしたらそんな神様が力を貸してくれているのかもしれませんよ」

 

「どうしてだ……何で私なんだ? 確かにタイムリープに関しては感謝はしてるが、それはそれとして放っておいて欲しいという気持ちもある」

 

「あまり難しく考えない事です。そういう旧き神はきまぐれに行動しますし、力を貸す理由も人間からしたら理解出来ないものが多いんです。ただ、確かな事は貴方は”選ばれた”という事です。そういう神の寵愛を……もしくは神の気まぐれをね」

 

 私は特別変わった事はしていない。そんな得体の知れない神に祈りを捧げた事もなければ、この力を欲したわけでもない。だが、私に力を与えてくれたかも知れない神様の思いが少し理解出来た気がした。この力で詰みの盤面を崩すのがかの神の望みなのだろうか。そこからはどことなく逆張り思考のような悪趣味さが透けて見えた。

 

「実は今、天界でとある神が行方不明になって大騒ぎになっていまして……」

 

「むっ、似たような話を以前アクアから聞いたぞ」

 

「えっ……でもアクア先輩にこの話を話したのはついさっきの事なんですが……」

 

「正確には二週目のアクアからだな」

 

「なるほど……なるほどなるほど! どうやら疑いの余地はなくなってきましたね」

 

 私に対して好奇心の浮かんだ表情を見せた後、エリス様はふうっと息を吐き、額に汗を浮かせながら少し緊張した様子でゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「時の神”クロノス”。それが天界で行方不明になっている神様です。もしかしたら、その神が貴方に力を与えているものの正体かもしれませんね」

 

 

 

 初めて聞く神の名であった。だが不思議と私はそれを受け入れていた。かの神から授かった力によるものか、それとも単なる私の気のせいかもしれない。ただ、私の行動指針に”使えるものは使い倒す”という文言が加わった。

 

 

 

私は望む未来を得るためならば”運命”も変える。

 

 

 

 そのためならば、どんな苦難に陥ったとしても、得体の知れぬ神から授かった悪趣味な能力であったとしても私は諦めない。ダスティネス・フォード・ララティーナは決して屈しない、決して諦めないのだ。だからこそ、私はまっすぐと前を向き、エリス様に向き直る。少し興奮気味で顔を紅らめているが、私は彼女に問いただしておきたことがあったのだ。

 

「エリス様、貴方はカズマに恋心を持っている。そうなんだろう?」

 

「何故急にそんな事を……?」

 

「しらばっくれなくていい。私は二週目の世界で見てきたんだ。アクアにカズマを奪われた事で毎日のように泣き言と愚痴を言って酒に溺れた親友の姿を目にしたんだ。半年もの時間をずっと一緒に過ごせば見えてくる事もある。その親友……クリスがカズマの事を大好きだって事を……クリスの正体であるエリス様がカズマに対して恋心を持っているって言う事もな」

 

「…………」

 

「聞かせてくれエリス様。私はこれからカズマと結ばれるために能力でも”貴方”でもなんでも使うつもりだ。この私を止められるのは多分、今のエリス様だけだと思う。貴方は私を止める気はないのか?」

 

 エリス様は無表情で私の言葉を受ける。それから、少しずつ彼女の顔が笑顔に歪んで行く。私の信じたエリス様を体言したような慈悲深い微笑みであるが、一方でそのくつくつとした笑いからはどことなく女神にあるまじき悪意を感じた。

 

「ダクネス、私はカズマさんが好きです。愛してます。本当にどうしようもないくらいです。自覚したのはいつの事だったでしょうか。そう、彼が魔王を倒しこの世界の”運命”を決定づけた時の事かもしれません。でも、その時点で彼の両手は塞がっていました。貴方とめぐみんさんの事ですよ。貴方達はずーっと前からカズマさんの事を愛していたんです。それこそ、魔王を倒してから彼への思いを自覚した私よりも尊く深い愛なんです。だから、私は諦めました。あの人は貴方やめぐみんさんにこそ相応しいって、私なんかじゃ手を触れるのもはばかられる存在なんだって思ったんです。でも、彼ってばとっても気の多い人でしょう。変にお金と名声を手に入れた彼はすっごくモテますよね。それこそ、私より後に湧いた羽虫どもに群がられる姿は見ていて吐き気がしました。私よりも劣るはずの羽虫が彼に触れるのが許せなかったし、彼がそれに心動かされる事が許せません。貴方だって同じ気持ちでしょう。もちろん私もそんな思いでいっぱいです。彼は本当に弱い人なんです。貴方達のためだからって何度も自分の命をすり減らして困難を打破してきた事を知ってますよね。私もずっと身近に、ずっとずっとずっと見てたんです。彼が死の恐怖に怯える姿も、それでも貴方達のために命を捨てる姿をずっと見てきたんですよ。彼ってば貴方達にはいつも偉そうで喧嘩ばかりして、でもそんな彼が私の前にいる時はとっても優しくて普段は言わないような弱音ばっかり言ってなんだかかわいいというか守ってあげたくなっちゃうのも仕方がない事ですよね。だけど私はそんな彼を勇気づけてアクア先輩の蘇生要求を呑んであげたんです。本当はそんな……いえこの話はまた今度にしましょう。それよりアクア先輩についてです。先輩って見ての通り傲慢で怠惰でいきおくれな初心な女神なんです。でも、年増なだけあって耳年増でもあるんです。そんな彼女に敗北するなんて考えたくもない事です。二週目の貴方やめぐみんさんの思いには同情せずにはいられませんね。まあその世界で私が酒に溺れてたっていうのは悔しいですけど非常に想像しやすい光景です。カズマさんが貴方やめぐみんさんと結ばれるのは許せます。でも、アクア先輩は許せませんよね。カズマさんを見出した事は評価しますが、彼に対してずっと女神にあるまじき姿を見せてきて、彼への思いの自覚も私より後のはずです。それなのに、今更彼の一番になるなんてあってはならない事じゃないですか。その座は貴方達にこそ相応しい、百歩譲って彼を英雄として育てた私が相応しい。先輩はその次です。私より先なんて許せません。これに関してはもうプライドの問題なんでどうしようもないですね。まあ、貴方達が彼に選ばれて先輩は三番目だっていうなら少しは留飲が下がる思いですがやっぱり彼の一番はないですよね一番は。だいたい、彼にあんなにも愛されていながら―――」

 

 

 くどくどと続くエリス様の話は正直言って藪蛇をつついてしまった感がある。だが、私の記憶が確かならば彼女の言っている事に一定の理解を示せる。実際、二週目の世界においてクリスは酔った勢いでカズマへの愛を囁いたりしていたのだが、彼女が自分から行動を起こす事は以前から一度もなかった。それこそ、私やめぐみんに対して”配慮”を見せていたのである。そして、”勝者”に対して復讐や襲撃を企てる事はなかったし、私達の事を応援する事はあっても積極的にアクア殺害計画に加担する事もなかった。これが意味する事は単純である。つまりエリス様は私の協力者に成り得る存在なのだ。

 

 

「エリス様、最後の質問だ。私はこれからカズマと結ばれるためになんでもするつもりだ。貴方はその障害になる可能性はあるのか?」

 

「言ったでしょうダクネス。カズマさんに相応しいのは貴方です。貴方が彼と結ばれるのならば私は喜んで祝福しましょう」

 

「場合によっては貴方ではない神の力に頼るかもしれない。それを貴方は許してくれるのか?」

 

「貴方が私を利用する事も、他の神を利用する事も私は許します。運命は貴方自身が切り開くのです」

 

 

 エリス様が差し出した手を私はそっと握り返した。たった二周、されど二周。私は世界をやりなおした。その中で私は今までにない絶望を味わった。敬愛する女神はそんな私にとって希望となってくれるのだろうか。

 

 

 

「安心してくださいダクネス」

 

 

 

 

 私の手を引き寄せ、エリス様は私を抱きしめる。彼女の抱擁は柔らかく心地良いものであり、ほのかに香る甘く優しい匂いは私の脳を震わせた。

 

 

 

 

 

 

「私は貴方の味方です。一緒に”運命”に抗いましょう。この”幸運”の女神エリスと共に」

 

 

 

 

 

 

 

 

私は彼女の事をそっと抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





来年の一月まで待つとか発狂しそう
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