空色の日常
赤黒く染まったアスファルト、
鉛のように重い体、
大きな角の緑の化け物……
刺すような痛みと血の臭いが、目の前の非現実的な光景を、事実だと叩き込む。
遠のいていく意識の中で、俺の返り血を浴びた美しい化け物が見下している。そのエメラルドのような瞳には光がなく、屍か人形のように冷たい。
「さらば、最後の勇者よ……」
化け物はそう言うと静かに消えた。
もう、意識がもたない。
しかし、駆けつけた『君』が俺を抱えて泣いている。
『君』には泣いてほしくないな、笑ってほしい。
でも、もう
そう思った刹那、脳内に声が響いた。
「大丈夫だよ、僕がいるから」
「君のことは必ず助けるよ……ああ、名前かい?」
「僕は、シャドウ」
「海ー!! 起きてよ、学校遅刻しちゃうよ〜!」
少女は寝ぼけた少年を揺さぶる。激しく揺さぶる。
「あと、五年……」
「寝ぼけすぎだよ、バカー! 卒業できなくなるじゃん!」
寝坊助の少年、
「きゃ!? 汗びっしょりじゃない、大丈夫?」
「あー、変な夢見たからね。俺、化け物にころさ……」
そこまで言うとまた、ウトウトしだす海。
「もー! 寝ないの!」
れもんは海の寝坊助に手を焼いている。
「れもんちゃん、海がいつもごめんね。遅刻しないでね」
海の母はれもんが心配になり、声をかける。
「あ、おはよーございます! 海ったら、ほんと世話が焼ける。おばさんも大変ですよね」
海の母に挨拶をし、海の準備を手伝うれもん。
「早くしないと遅刻しちゃう!」
強引に、食パンを咥えたままの海の手を引いて、れもんは家を飛び出した。
「おばさん、いってきまーす!」
「いってきまーしゅ……ねむ……」
「あらあら、行ってらっしゃい。……全く、しっかりしなさいよ、海」
キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時に教室に滑り込む二人。
「お前ら、今日はギリギリセーフ。でも、お前らだけ遅刻多いから気をつけろよ」
「ごめんなさいっ! 海が起きなくて……」
「あはは、サーセンサーセン」
担任も呆れ顔だ。
二人は県立高校の一年生だ。成績は県内では中盤あたりの平凡な高校で、部活動や学校行事は盛んらしい。
海はテニス部、れもんは吹奏楽部に所属している。部活動は違うが幼なじみの二人はとても仲が良く、登下校や休み時間はいつも一緒にいる。学校では「お似合い夫婦」というあだ名で親しまれているのはまた別の話。
そうこうしているうちにホームルームが終わり、授業が始まった。
「今日は期末テストを返却するぞ。今回はどの教科も平均点が低い、お前らもっと頑張れよー」
出席番号順にテストが返却されてゆく。
「青月! お前なぁ、もう少し頑張れ、このままだと確実に留年だぞ?」
「あは……は、そっすね……」
「……星歌! お前も、次は頑張れよ」
「あちゃー。分かりました」
二人の成績は……お察しの通り、だ。
今回のテストは相当難しかったらしく、ほとんどの生徒が暗い顔でテストを受け取る中、一人だけ例外の者がいた。
「緑川、お前は凄いぞ! 今回も学年一位、そして全教科満点だ、おめでとう!」
「……」
教室がざわつく。
「マジかよ、あいつすげえな」
「なんでこの学校に来たんだよ」
「あれが天才くんですか」
そんな周りをよそに緑川は無表情で、スタスタと自分の席に戻ってゆく。美しい長髪を揺らして。
「緑川君、今回も凄いね」
「俺も勉強教わりたいけどな、あいつ話しかけづらいしな」
海とれもんも例に漏れず緑川に憧れを抱いていた。
「お前ら席につけー、解説するぞ」
担任が生徒達を座らせ、授業は進んだ。
午前の授業が終わり、昼休みになった。
「あー、もう、今回のテスト悪すぎるよぉ、どうしよう?」
れもんはすっかり意気消沈している。
「俺も、卒業できるかな……?」
海もかなり落ち込んでいるようだ。
「卒業どころか、部活に行けなくなるかもよ、私たち」
「それは嫌だああああ!! こうなったら、緑川に教えてもらうしかねえ!」
海はガタリと立ち上がる、それを制止するれもん。
「ちょっと待ったー! あの緑川君だよ? 絶対人と関わろうとしないから、どうせ断られちゃうよ。そもそも、話しかけたら迷惑なんじゃない?」
「ええい、背脂に腹はかえられぬ! 俺はやるぞ!」
「ちょっ、背に腹はかえられぬでしょ!? っていうか待ちなよ!」
止めるれもんに構わずに海はズカズカと緑川に近づく。
「おい、緑川! 勉強教えてく」
「断る」
「デスヨネー」
凛とした、落ち着きのある声色で、冷たく言い放つ緑川に圧倒され、海は黙り込んだ。
「うー、駄目だったよれもん」
「当たり前でしょ? だから言ったんだよ」
「他のやつに教えてもらうしか……」
「んー、だね……」
「あれ? どうしたんだ、れもん」
上の空だったれもんは我に返った。
「ねえ、海、あんた今朝さ、悪夢にうなされてたみたいだけど、大丈夫なの?」
「あー、それね。俺、夢の中で大きな角の、ドラゴンみたいな緑色の化け物に殺され……」
「緑色の化け物だと!?」
突然、緑川が叫び、立ち上がった。
「み、緑川!?」
「青月海……貴様まさか……俺はあの時……」
あからさまに焦りの表情を浮かべる緑川。
「いきなりどうしたんだよ緑川?」
「す、すまない、忘れてくれ……」
そういうと緑川は走り去って行った。
「緑川君、どうしたんだろ?」
「心配だ……俺、追いかけてくる!」
そう言うと海は緑川の後を追った。
「海、待ってってば〜。もう!」
「あ、緑川! ここにいたのか」
やっと緑川を見つけた海は彼に駆け寄った。
「貴様、何故ついてきたのだ?」
怪訝そうな顔で尋ねる緑川。
「いきなり顔色わるくしてさ、心配だったんだよ!」
そう言って緑川の肩をさする。
「……ッ! 触るな! ……俺は、貴様らのような愚か者と関わるつもりはないのだ! 分かったら早く去れ!」
緑川は険しい表情でその手を払い除けた。
「ごめんな、緑川。俺はただ心配で……」
「余計なことをするな。俺に関わらないでくれたまえ……」
そう言った緑川はとても悲しそうだった。
彼は海に背を向けると、また早足で何処かへ行ってしまった。
「あっ、おい……」
今度は緑川を追いかけることができず、海はその場に立ち尽くしてしまった。
「海! 大丈夫? 緑川君見つかった?」
遅れてれもんが駆けつけた。
「どっか行っちまった……あいつ、とっても苦しそうだったのにさ……」
「そっか、大丈夫だといいけど……」
二人は彼をただ心配することしか出来なかった。
その頃、緑川は誰もいない理科室の隅に立ち尽くしていた。
「青月海……そんなに優しくしないでくれたまえ……」
無表情のまま、こう囁いた。
放課後、部活動も終わり、二人は駄弁りながら帰宅する。
「あー、今日はほんと疲れたよー」
「いろいろあったね」
「緑川、あの後も普通に授業出てたけど、大丈夫かなぁ?」
「そうね、大丈夫だといいけど」
「元気になることを祈るかー」
「そうだね。で、あんた勉強どうすんの?」
「ギクッ……」
長いようで短い一日、彼らの日常の一コマが夕暮れと共に緩やかに終わってゆくのであった。
はじめまして。この作品は過去に作成した「屍のビリジアン」の小説版です。過去作品とは違い、かなり長編になる予定です。今後とも屍のビリジアンをよろしくお願い致します。