屍のビリジアン   作:竜音 龍牙

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登場人物

青月海(あおつきかい)
星歌れもん(ほしうたれもん)
緑川龍治(みどりかわりゅうじ)


夕空色の刺客

  ──君を守る

 

 その為だけに私は、心臓と魂を魔女に差し出した。

 

 君に生きてほしいから。君が大好きだから。

体と魂は魔女に奪われても、この心だけは君のものであり続けよう。

君のために戦い続けよう。

 

「私の魂は差し上げますので、どうか彼を生き返らせてください」

 

 私の心臓は呆気なく魔女にえぐり出されてしまった。不思議と痛みは感じない。

魔女は私の心臓を喰らう。

 

 ぼんやりとしてゆく意識の中、私は君の名前を繰り返した。何度も、何度も……

 

 魔女が私のからっぽになった肉体に何かを押し込んだところで私の意識は途絶えた。

 

 

──あれからどれほど経ったのだろうか。私は目覚めた。人間ではなくなった身体で。

 

 あの時、私の体に押し込まれたものはきっと、魔女が作った心臓の代わりになるものだったのだろう。

 

「お前も此方側へ来なさい。そして、永遠に私に従いなさい。……可愛い私の下僕よ」

 

──私は、その日から魔女の「道具(モノ)」になってしまった。

 

 死ねない身体で……

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

「なあなあ、緑川、勉強教えてくれよ〜。頼む、この通り! な?」

 

 ある日、休み時間の教室。青月海は緑川龍治の席の前に立ち、懇願する。

「断る」

相変わらず緑川は素っ気ない態度で断った。

「緑川龍治様ァ、お願いしまーす!」

「だが断る」

「そこを何とか! 土下座するから!」

そう言うや否や、海はその場で土下座をした。

「何度言ったら理解するのだ? 俺は貴様には関わりたくないのだが」

緑川は無愛想に言い放つ。

「じゃ、じゃあ飯奢るから!」

 

 海と緑川の不毛な攻防戦は数日に渡り、続いていた。どちらが折れることもなく、ずっとこの調子である。

 

「しつこいのだ! 他の奴に教われば良いではないか!」

ついに緑川は声を荒げた。

「だって、学年二位の木村ですら、英語は70点代なんだぜ? 完全に理解してるのはお前だけなんだよ!」

言うなバカ、と怒る木村をなだめ海は説得を続けた。

「お前の力が必要なんだー! 頼むよ!」

必死に手を合わせ続ける海。

「……もう良い、呆れたのだ」

ついに緑川は不機嫌そうに席を立ち、どこかへ行ってしまった。

 

「あー、今日も駄目かぁ」

 説得に失敗した海はあからさまに項垂れる。

「もう、そろそろ諦めなよ。流石にしつこすぎだよ?」

れもんも海のしつこさに呆れている様子だ。

「だってー。今諦めたら部活に出られなくなるかもしれねえ。それだけは困るんだよォ!!」

そう言って海は頭を抱える。

「海、部活大好きだからね。」

「顧問のやつ、次に赤点とったら部活やめろってさ! やってらんねえよ!!」

「それはヤバイじゃん!?」

 海は赤点常習犯だ。

赤点を取りすぎて、入学早々、留年という窮地に立っているのである。

それを見兼ねた顧問に叱責されたようだ。

「兎に角、いい点取らないといけないんだ! 俺は引かないぞ!」

「うーん、他の人に聞いた方が早いと思うけどなぁ……」

 海と緑川の、どちらも折れることのないいたちごっこは終わらないのであった。

 

 休み時間も終わり、体育の授業が始まった。

 空は晴れ渡り、心地よい風が吹いている。グラウンドに引かれた白線は心做しか輝いているように見える。穏やかな午前だ。

 

「今日は短距離走をやるぞー」

体育教師の声が響く。

腕組みをし、堂々とした態度で、体格が良く、いかにも体育教師といった感じだ。

「よっしゃ、走るぞ!」

 海はやる気に満ちた表情でガッツポーズをした。他の授業ではいつも机に突っ伏して眠っているが、運動は好きなようで、体育では生き生きとしている。運動神経だけは抜群だ。

「走るだけじゃちょっとつまんないね」

れもんは少し不満げにそう呟いた。

 

「おい、あいつ見ろよ」

「ほんと女みたいだ」

「緑川、すげえ細いよな」

 声のする方を振り返ると、そこには緑川が立っていた。

 

 ここでも緑川はやけに目立っていた。

 周りと同じジャージを着ているにも関わらず、スラリとした美しいボディラインが強調されている。艶やかな緑色の長髪は、髪飾りの赤いリボンの部分でひとつに縛られている。時折、風になびく長髪はまるで緑の龍のようだ。

その姿は普通の高校生とは思えないほどに幻想的である。

 

 海は彼のその姿に思わず息を飲んだ。

そして、彼に声をかけた。

「緑川、お前の髪さ、すっげえ綺麗だよな」

「当然なのだ」

緑川は当たり前のように返す。

「そういえば、お前、体育に出るの初めてじゃね?」

 実は緑川は、入学してから今までずっと、体育を見学していたのである。

「事情があるのだよ……」

緑川は少しだけ苦い顔でそう呟く。

彼なりの事情があったのであろう。海はあえてそこには触れなかった。

 

「お前は完璧だから、運動もできるんだろうなぁ……タイムは何秒なんだい?」

おそらく短距離走のタイムのことを言っているのであろう、海は知りたくてたまらないといった表情だ。

「10秒台だ」

緑川は無表情でさらりと答えた。

「じゅ、10秒台!? 嘘だろお前……10秒って……」

海は驚きで絶句する。

無理もない、100メートル競走で10秒台ならばオリンピック選手並の速さだ。

 海は、彼がその小さく軽い体で疾走するさまを想像して、戦慄する。

「そんなに驚くことか……?」

緑川は不思議そうな表情だ。

「すげえよ緑川! 勉強でも運動でも天才じゃん。まさに完璧人間だね!」

海は彼の背中を軽く叩く。

「ふ、触れるな! それは嫌味なのか……?」

触られたことが余程嫌だったのか、不機嫌そうな顔をする緑川。

「あはは、ごめんって」

海はヘラヘラとしたまま謝った。

 しかし、海は用意されたレーンと、走る生徒達を見て、少しだけ違和感を覚えた。

「ん? これって、もしかして……」

 

「じゃあ、緑川。次はお前も走れー!」

 ついに緑川の走る番が来た。

彼は無言で頷くと、スタスタと自分のレーンに行き、スタートラインに立つ。

「位置について」

教師の合図を聞き、クラウチングスタートの姿勢をとる。

「用意」

腰を上げ、足に力を込める。

 笛の合図と共に足に力を入れ、駆け出す。

 

「おい、嘘だろ……?」

スタートして間もなく、海は驚愕した。

やはり、緑川だけが目立っていた。

 ()()()()で。

 

 緑川だけが非常に()()のである。

 

「10秒ってまさか……そんな……」

 

 全ての生徒がゴールしたあと、かなり遅れて緑川もゴールする。

「緑川龍治、10.34」

教師がタイムを読み上げる。

「緑川、遅すぎるぞ!」

少し怒ったように教師は言う。

「……仕方ないのだよ」

息を切らした緑川が不服そうに答えた。

 

「そういうことだったのかァー!!!」

海はやっと理解した。

 

 そう、今日の授業で行ったのは50メートル競走であり、緑川の言った「10秒台」とは、1()0()0()()()()()()()()()()()()5()0()()()()()()()()()()()だ。

 

 何を隠そう、緑川は極度の運動音痴なのである。

 

     *

 

 放課後、海とれもんは部活動を終え、いつものように駄弁りながら帰宅している。

 日が沈みはじめ、あたりが少しずつ暗くなってゆく。街灯がぽつりぽつりと点灯している。

町外れの静かな住宅地は人通りが少なく、寂しい印象だ。

 

「それでゴリラがさー、体育だけじゃなくて保健も真面目に受けろー! って怒鳴ってきて……」

「あんたずっと寝てるもんね、真面目に受けなきゃ駄目だよ?」

 ゴリラとは、先程の体育教師のことだ。

体格がよく、声が大きい、いわゆる熱血教師というものだ。見た目と性格でゴリラを彷彿とさせる彼は、生徒たちの間でそう呼ばれている。

彼は、体育だけでなく、保健の授業も担当しているようだ。

 

「だってゴリラの授業つまんねえ……ん? おい、れもん、誰かにつけられてるかもしれねえ。走るぞ。」

 海はふと、誰かがついてきていることに気づき、談笑をやめた。周りの空気が一瞬で緊張する。

「え?」

呆気に取られるれもんの手を握ると海は走り出す。

「海、ねえちょっとどういうこと……?」

「とにかく人の多い通りに出よう、後で説明するから!」

 

 海はれもんを気にしつつも全力で走った。

しかし、二人を追う者も走ってついてきている。

薄暗い中、黒い服に身を包み、フードも被っているようで、相手の正体が分からない。

「……やべえよ、逃げきれねえ! 追いつかれそうだ!」

「本当に追いかけて来てる、どうしよう……」

 海はテニス部で、その中でも優秀な方だ。足の速さにも自信がある。普通の大人なら彼に追いつくことは難しい。

しかし、追う者は離れるどころか少しずつ、確実に距離を縮めてゆく。

 遠くからでは分からなかったが、その者は体が大きく、体格も良い。男性であることは確かだ。体を鍛えている男性なら、れもんを連れた海に追いついても不思議ではない。

「ハア……ハア……」

 れもんの呼吸が荒くなる。当然のことだが、れもんは海よりも体力が少ない。このままではれもんの体力が尽きるのも時間の問題だ。

「れもん! 鞄を捨てるんだ、早く!」

海は叫んだ。鞄を手放せばれもんへの負担は軽くなる。

「でも……」

躊躇うれもん。

「いいから! 追いつかれるぞ!」

「うん……わかった!」

そういうとれもんは決心した顔で鞄を放り投げた。

その後も二人は死に物狂いで逃げ続けた。

 

「ハア……ハア……もうだめ……無理……」

 ついに、れもんの体力に限界が来たようだ。

「私を……置いてって……おね……が……い」

息を切らしながらやっとの思いでれもんが言う。

「……れもん! 君を置いていけるわけないだろ! お願いだ……あともう少し、耐えてくれ!」

 海は広い通りを目指し、必死に走る。

しかし、疲れきったれもんを連れているので、速度は下がる一方だ。

「誰か!! 助けてくれ!!」

必死に叫ぶが助けに来る者はいない。

その間にも、フードの男との距離は縮んでゆく。

 

 ついに、フードの男の手がれもんに触れそうな距離まで来た。

「これでも喰らえッ!!」

海は咄嗟に、持っていた鞄をおもいきり男に投げつける。

教科書や水筒などが詰め込まれた重い学生鞄だ。直撃すればひとたまりもないであろう。

 鞄が男の胸に直撃する。

男の動きが止まった隙を見て走り出す二人。

 しかし、一瞬動きは止まったものの、男は怯むことなく追いかけてくる。

「なんで……!?」

男の頑丈さに絶句する海。

 

「ハア……ハア……だ……め」

「れもんッ!!」

完全に限界が来たれもんの足が止まる。

「クソッ……」

海はれもんの手を引き、近くの角を曲がった。

 

 しかし、運悪く、角を曲がった先はとても狭い道で、その先は行き止まりであった。

引き返そうにも男が迫ってきているので不可能だ。

「やばい……終わった……」

海の表情が絶望に染まる。

「ハア……ゼエ……い……や……」

ついにれもんはその場にへたり込んでしまった。

 動けないれもんを庇うようにして海は前に立つ。

「追い詰めたぞォォ……」

 不気味な声をあげながら、男がジリジリと詰め寄る。

二人はその男を間近で見つめて、血の気が引いた。

 

 その男は身長が2メートル以上はありそうな大男で、服の上からでもわかるほどに筋肉隆々の強靭な体つきをしている。

マスクを付けているため、顔を確認することはできない。

 

「捕まえてやるぞォォー!!」

 ついに手の届きそうな距離まで詰め寄った男は二人に襲いかかった。

「うわあああーー!!!!!!」

 咄嗟に海は男の顔面をおもいきり殴りつけた。

鈍い音が響く。

殴った衝撃で、男の付けていたマスクが外れ、地面に落ちた。

男の顔があらわになる。

 

 ここでも二人は衝撃を受けた。

 

 男の肌は死人のような色をしており、団子鼻で、裂けそうなほどに大きな口からは猪のような大きな二本の牙が突き出ている。

目は血走っており、眉間には深い皺が刻まれている。

まるで、物語に出てくるオークそのものだ。

 

「弱い拳だなァ、痛くも痒くもねえよ!」

 とても人間とは呼ぶことのできない()()は海の渾身の力を込めた一撃を受けても平然としている。

 

「化け物……だ……」

 迫り来る化け物に体力も尽き、抗う術などもない二人は死を覚悟した。

 

「あれを使うしか……」

れもんはそう呟くと覚悟を決めたような顔をした。

 

 その時だった。

「……オークか? 何故、貴様のような低級が、人間界(こんなところ)にいるのだ?」

 

 美しく、凛とした、聞き覚えのある声がした。

 

 オークと呼ばれたものは急に青ざめて声のした方を向いた。

「し、屍王子(しかばねおうじ)!? なんでここに、なんで見つかったんだあァ……!」

「……屍王子?」

 海は疑問に思った。何故ならその声は紛れもなく、あの美しい級友、()()()()のものだったからだ。

しかし、オークの背中が邪魔をして、声の主の姿が見えない。

「……見つかったものは仕方ねえ、消えてもらうぞ屍王子ィ!!」

 オークはそう言うと、屍王子と呼ばれた人物に遅いかかる。

「危ない!!」

二人は叫んだ。

 

 刹那、緑色に光る斬撃のようなものがオークを切りつけた。

 

 オークから赤黒い血が吹き出し、あたりを染めてゆく。

「……が、ゴホッ……」

一瞬の出来事にオークは、自らの身に何が起こったか理解できないでいる。

「ごれ……お……れの……血……? おれ……やられ……た……?」

そういうと体制を崩した。

 

 オークが倒れ、後ろにいた人物が姿を現した。

 

 その人物は、緑川龍治……と呼ぶにはあまりにもおぞましい姿をしている。

 

 姿こそは緑川だが、いつも身につけているあの髑髏の髪飾りはつけておらず、頭には大きな二本の角が生え、美しい顔には緑色の鱗が浮かび上がり、手も鱗で覆われ、爬虫類のような大きな尾が生えている。

その背中には大きな翼があり、その姿はまるで、ドラゴンだ。

 

「緑……川……?」

 二人は今起こっている非現実的な光景を目の当たりにして、ただ呆けることしかできなかった。

 

 そんな二人に構わず、緑川は倒れたオークに近づくと、見下したままの体勢で、それに手をかざす。

その手が淡く光り出す。

「……なぜ二人を狙ったのだ。誰の指図だ。全て話したまえ。」

 緑川がそういうと、倒れていたオークは顔を上げ、虚ろな目で、操られているかのように淡々と話し始めた。

「……知らない奴に……20万ゴールドで……この二人を攫えと……目的は聞いてねえ……そいつは……ローブと仮面を付けていて……誰かも……分からねえ……声は……化け物のように……低い……呻き声で……そいつが……俺を人間界に……送った……」

「……もうよい。」

 そう呟くと、緑川は先程と同じ斬撃でオークの首をはねた。

 はねられた首が地面に落ち、二人と目が合う。

「ヒィッ……」

「いやッ……!」

 虚ろな目を見開いたまま、事切れている。

胴体部分の断面からは血が吹き出していて、血飛沫が緑川を赤く染めてゆく。

「汚らわしい……」

緑川は冷めた瞳で、オークだった肉塊を見下し、呟く。

 

 目の前で起こった地獄のような光景を二人はただ呆然と見つめている。

逃げ出すどころか、恐怖と絶望で声すら出せない。

 しかし、緑川は二人に近づいて来る。

海は震えながら、それでもれもんの前に立ち、庇い続ける。

 海に向かってその血のついた、鱗で覆われた手を伸ばす。

 

 ──終わった

 二人がそう思った時だ、緑川の手は優しく海の肩に触れ、あの美しい声は優しく問う。

 

「……大丈夫か、怪我はないか?」




 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。今回は戦闘シーンがあるので、残酷な描写が多くなってしまいました。次回は緑川の正体があきらかに……
 実はこの「屍のビリジアン」は初めて書く小説です。
挿絵も自分で描いたもの使用しています!
まだまだ初心者ですが、よろしくお願い致します!
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