バルザ・シアン・リザード
バルザが龍治の屋敷に来て数日。
海、れもん、龍治、バルザは一つの屋根の下で生活し、次第に仲良くなっていった。
海とれもんは同じ部屋、バルザはその隣の部屋を借りて生活しているが、互いに部屋を行き来したり、よく広間に集まって談笑をしたりなど、積極的に交流した。バルザも任務以外の時間は二人と交流したいという。
龍治も、自室から出ることは少なかったが、彼らを煙たがっている様子はなく、むしろ少ない交流を楽しんでいるようだ。
そんな彼らの微笑ましい様子とは裏腹に、現状はさらに厳しくなっていた。
相変わらずレッドサーペントの拠点は掴めないどころか、人間界に来ていたはずの魔物の気配すら消えてしまった。
彼らが人間と取引をしたという例の廃ビルも何度か調査をしたが、そこは既にもぬけの殻だった。痕跡を残さずに、魔物達は人間界から消え去ってしまっていた。
しかし、魔物達と共に脅威が去ったわけではなかった。
海とれもんを狙うのは魔物ではなく、魔物に雇われたであろう人間達に変わった。
毎日のように不良が現れては、二人を捕らえようと襲いかかってくる。龍治が不良を捕らえ、魔法で取り引きの場所や様子を自白さても、得られる情報は役に立たないものばかりだった。
それが原因で海とれもんは数日間の間、学校はもちろんのこと、少しの外出すら出来ない状態が続いている。
「このままでは埒が明かないのだ。魔物の気配が消えたということは、もう人間界に魔物はいないはずなのだ。それに、人間界では得られる情報が少なすぎる。雇われた不良も、雇い主の正体は一切わかっていないではないか。ここに留まる理由がないのだ。一度魔界に戻って調査をしたいのだが」
龍治はバルザを自室に呼び出し、こう切り出した。
龍治は大きな机につき、背筋を伸ばして相変わらず感情の読み取れない無表情で座っている。バルザは龍治に向かい合う形で、机の前に立つ。
「でも……」
バルザは口ごもると、俯いて黙ってしまった。
「お前が言いたいことは分かっているのだ。海とれもんのことであろう」
龍治はバルザの考えを見透かしているようだ。
「そうだよ、二人はどうなるんだ? 人間界に残すのは危険すぎる……まさか、魔界に連れていくなんて言わないでくれよ!?」
二人の友達のことを思ったバルザの発言に対しても、龍治は眉一つ動かさずに返す。
「魔法で全ての人間を操り、二人に手を出させないようにすることは容易いが……そんなことをしてしまえば、この世界の秩序は乱れてしまう。人間界で魔法を使うこと自体が好ましくないのだよ。魔法を制限され、情報を遮断されたまま闇雲に人間界で調査をするより、魔界に戻った方が効率的ではないか? 二人は俺の城で保護すれば良いのだ。俺の城には強力な結界が張ってあり、魔王もいるのだ」
「つまり……二人を魔界に連れてくってことだな? いくら城が安全だからって、彼らは人間だ! 人間に魔界は危険すぎる、考え直してくれ!!」
バルザは身を乗り出し、龍治に懇願した。
「……その方が安全だと思ったのだがな。では、お前はそれを上回る解決策が出せるのか?」
バルザはしばらく考える。突然、何か閃いたのだろうか、「あっ」と声をあげた。
「ああ、あるよ。
*
その夜、龍治の屋敷の前。
龍治は無数の不良達に囲まれていた。
「テメェが例のガキ二人を匿ってるようじゃねえか! 隠しても無駄なんだよ! 痛い目を見たくなければ早く出しやがれ!!」
一人の不良が龍治に近づき、その胸ぐらを勢いよく掴む。強引に不良に引き寄せられた彼だが、全く動じた様子を見せることなく返す。
「日用品を買い足しに行かなくてはならないのだ、そこを通してくれたまえ」
「なめんなよ! 痛い目を見たくなければ早くしろ!」
不良は声を荒らげ龍治を急かす。
「彼らは大切な友人なのだ。手を出すのはやめたまえ」
龍治の返答に対して腹を立てた不良達は口々に罵声を浴びせる。激昂し、彼に襲いかかる物もいる。
「危ないではないか、お前達は犯罪者になりたいのか? このままでは警察沙汰は免れないのだよ」
不良の拳を避ける龍治。
「もういい! テメェらやっちまえ!!」
痺れを切らした一人の不良の合図により、数多の不良達が一斉に龍治に襲いかかろうとした、その時──
けたたましいサイレンの音が鳴り響き、数台のパトロールカーが姿を見せる。
「動くな!!」
降車してきた警官達に、不良達はいともたやすく一網打尽にされた。
「抵抗するな」等の警官の怒鳴り声が飛び交う中、龍治を保護した警官が言う。
「数件の通報と証拠画像があり、迅速な対応をすることができました」
「感謝するのだ」
龍治は警官に礼を言うと、鞄からスマートフォンを取り出す。バルザから「大成功〜」というメッセージが送られているのを確認すると、彼は小さく頷いた。
*
遡ること数時間
「いくらヤンキー相手でも、魔法で自白させるのは気が引けるんだよな、あいつらも人間だし。魔法を使わない、とっておきの解決方法を思いついたから教えるね!」
バルザは嬉々として龍治に言うと、スマートフォンを取り出す。
「一体スマートフォンで何をするのだ?」
それを聞いたバルザは、待ってましたと言わんばかりに説明を始める。
「まず、ビリジが外に出てわざと不良達に絡まれる。で、俺が通報した後にそれを動画に撮る。それをSNSにあげるだけ! どう、簡単でしょ?」
「本当にそれで魔法の代用になる程の効果があるのか?」
怪訝な面持ちの龍治。
「そりゃあねー。俺、ネットには慣れっこだし。うまく使えば大きな影響があるんだよねぇ」
納得がいかないといった様子の龍治に対し、バルザは得意げだ。
「ふふーん。実は俺、ネット上では有名人の『
バルザはいわゆるオタクだ。掲示板などのSNSを駆使し、龍治が知らぬ間に有名人になっていたらしい。
「ビリジも人間界では人気モデルやってて有名だろ? つまり、話題のイケメンモデルが、悪ーいヤンキー軍団に囲まれる大事件をネットのインフルエンサーが発信するってことさ。すぐに大勢の人の目に留まるだろうね」
「大勢の目に留まることで抑止になると言いたいのか?」
バルザは首を振り、それだけじゃないんだな、と続ける。
「結論から言うと、抑止程度じゃ済まなくなるかな。悪を見つけたユーザー達は自分が正義だと信じて悪を叩く傾向にあるんだ。数が多ければ多いほど、団結して、その規模を大きくする。そしたら小規模な悪は徹底的に排除されるでしょ? 俺たちが手を出さなくても、みんなが倒してくれる……これはある意味、魔法を使わない洗脳だと思わない?」
龍治は静かに頷く。
「確かに、実行する価値はありそうなのだ」
バルザは目を輝かせる。
「そうと決まればやろう! 昼よりも多くヤンキーが集まる夜がいいね。今夜いけそう?」
「構わん」
そして二人は準備を始めたのだった。
*
現在
事情聴取を終えた龍治は、少し離れた位置から様子を伺っていたバルザと合流した。
「ふー! 大丈夫じゃん、思ったよりもいい結果になったかも!」
バルザは興奮した様子で龍治の肩を揺さぶる。
「確かに、警察の対応が不自然なまでに迅速だったのだ」
バルザはその言葉に食いついた。
「そう、それ! 俺の投稿が思った以上に話題になっちゃって、結構な人数が場所を特定して、通報したり警察に動画を送ったりしたらしい! それで警察が動いたんだよ!」
バルザはスマートフォンを取り出し、龍治に例の投稿を見せた。それには『【拡散希望】美しすぎることで有名なモデル、緑川龍治、ヤンキーに襲われる』という文字が書かれており、先程の龍治が多数の不良に囲まれる様子が撮影された動画が添付してある。
「ほう、確かにこれは迫力があるのだ」
「でしょ、これのコメント欄も見てくれ!」
コメント欄には 「ヤバ、通報しろ」 「ヤンキーはクズ」 「龍治様を傷つけるな!」 「ヤンキー許さん!」 といった、多数の不良への非難だけでなく、不良達の個人情報を特定し、晒したものもある。
「ほう、これほどまでに抑止力があるとは」
龍治は珍しく関心を持ったようだ。
「抑止どころじゃないよ。ヤンキー達のその後の人生にまで大打撃を与えちゃってるからね、やりすぎた制裁と言っても過言ではないね、おお怖い。魔法を使わずとも大人数に強力な洗脳をかけられるなんて、ネットは流石だねぇ……」
バルザは感慨深いといった様子でゆっくりと頷く。
「これでひとつ解決〜! この調子でバンバン解決しちゃおうよ。しばらくは海とれもんも安全だし」
バルザは龍治の手を取り、満面の笑みを浮かべる。
「これからも頼んだぞ、友よ」
僅かに龍治の口元が緩んだように見えた。
数日後
魔界から、龍治達の元にある知らせが届く。
それは「魔界でギャングの集団が暴れている。街にも多数の被害が出ている」というものだ。
「せっかくヤンキー達の問題を解決して平和になったのに……」
ひどく落胆するバルザ。
「ギャングの集団か……これは調査しに行かねばならないのだ、バルザよ、ついてきたまえ」
龍治は椅子から立ち上がる。
「魔界に行くって、マジで言ってんの!?」
驚きを隠せないバルザ。
「嗚呼、必ずこの件を解決してみせるのだ」
バルザくん
オタクくん