「ここが東京か……」
徳島から長い時間を掛けて俺、久川迅は初めて東京の地に降り立った。
「じー君、キョロキョロしてるとおのぼりさんに見られますよ……失礼、実際おのぼりさんでしたね」
「なー姉だって数回しか行ったことないだろ?」
隣から余計なことを言ってくるのは、なー姉こと久川凪。変わった言動をする俺の姉だ。
「さて、無事に着いたことですし計画の第一段階に移りましょう。凪はドアを見張っておきます。じー君は着替えにいってください。なるはやで」
そう。俺達はある目的のために東京まで来た。そのために駅の多目的トイレに向かった。
「……よし」
トイレの中で鞄を開ける。中には俺と同じ髪色のウィッグと女の子が着るような服、そしてブラジャーとパッド。服を脱ぎ、手早くパッドとブラを付け、その服に着替えた。最後にウィッグを装着して鏡をみる。……よし、変装は完璧。脱いだ服を鞄にしまってトイレを出た。
「早かったですね」
「どこかおかしいところはない?」
「バッチグーです。どこもかしこも、自慢のはーちゃんにしか見えません」
なー姉は無表情のまま親指を立てる。はーちゃんというのは俺のもう1人の姉である久川颯のことだ。どうしてはー姉に変装しているのか、それは1週間前まで遡る必要がある。
◇
俺、なー姉、はー姉はいわゆる三つ子というやつだ。なー姉が一番上で次にはー姉、最後に俺という順番に生まれたそうだ。俺たちは上下関係なく仲良く過ごしてきた。
なー姉が少し頭のネジが外れたような子に育ったのに対し、はー姉はいたって普通の女の子だった。小さいときからアイドルに憧れて、よく家ではアイドルの真似事をしていた。俺はよく歌やダンスの特訓に付き合わされた。
そんなはー姉に転機が訪れた。中学2年に上がる直前の春休み、アイドルの新人オーディションに合格したのだ……凪と一緒に。
なんで凪も? そう思ったがともかく、ずっと夢見てたアイドルになれるのだ。俺達家族は心から祝福した。
「でねでねっ! アイドルになるには、東京にいかなきゃなんだって!」
「というわけで春からは離ればなれになります。じー君、泣いちゃダメですよ」
「泣かないよ」
「えー、じー君泣いてくれないの? はーはすっごく寂しいのに!」
「じゃあ行くの辞めるのか」
「辞めないよ! だって夢のアイドルになれるんだもん!」
「だろ? 俺も徳島から応援してるからさ、アイドル頑張ってきてよ」
「じー君……ありがとう!」
感極まって抱きついてくるはー姉。いい加減中学2年生にもなると恥ずかしいので辞めて欲しい。でもこれが最後だと思うとこっちも泣きそうになる。あゝ愛しのはーちゃんよ、ずっと黙っていたけど実は……
「実ははーちゃんのことが好……」
「俺の心の声を捏造するな」
そんなこんなで俺たちは別れを惜しんだ。しかし数日後、事件が起きた。
その日俺はバドミントン部の練習のため学校に来ていた。4月から新入生が入り先輩となるためみんなやる気に満ちあふれていた。そんな部活動の休憩中、母さんから何件も電話が届いているのに気がついた。
「もしもし、母さん?」
「迅! 颯が……颯が!」
「母さん? どうしたの、落ち着いて……」
「颯が事故に遭ったの!」
「え?」
はー姉が交通事故に遭ったらしい。顧問に事情を話した俺は先生の車に乗せてもらい、病院に連れてってもらった。エントランスで母となー姉と合流し病室に入ると、足に包帯を巻かれたはー姉がベッドに横たわっていた。
大腿骨骨折。車と衝突し転倒した際に太ももを路面に強く打ちつけてしまったらしい。
「はー姉……」
「あ、じー君。来てくれたんだ。部活中だったんでしょ。急いで来なくてもよかったのに……」
「急ぐに決まってるだろ……そんなことよりはー姉は……」
「私は大丈夫だよ。生きてるし、足もリハビリ頑張れば前と変わらないくらい動かせるんだって」
「はー姉、確か明後日からアイドルの……」
「無理だよ」
「え?」
アイドルの話をした途端、はー姉は遮るように声をかぶせた。感情を押し殺すような冷たい声色だった。
「無理だよ。だって2週間は最低でも入院しなきゃだし、リハビリにだって時間かかる。まだ正式に契約してないし、全快するまで事務所が置いておくわけないじゃん」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。だからごめんね。東京にはなーひとりで行って」
「そんな、はー姉はそれでいいの?」
「いいわけないじゃん!」
「はーちゃん……」
「ごめんね……しばらくひとりにしてくれる?」
色々言いたいことはある。だけど今ははー姉の気持ちを汲んで病室を出ることにした。
「凪、明後日どうするの」
「ゆーこちゃん、凪は行きます。それではーちゃんがアイドルできるように根回しします」
「わかった。颯のことは事務所にも伝えないとね。リハビリが終わるまで待っててくれるかもしれないし……」
「待って」
「……迅?」
俺は事務所に連絡しようとする母さんを引き止めた。確かに事務所ははー姉が全快するまで待ってくれるかもしれない。しかしはー姉の言うとおり、まだ事務所と契約をしてないはー姉は切り捨てられる可能性も十分にありえる。
ドアの隙間からはー姉をのぞき見る。はー姉は泣いていた。それもそうだ。ずっと憧れていたアイドルを目の前にして、その夢は途絶えてしまったかもしれないのだから。
『見て、じー君! 新しいステップできるようになったの!』
『やったあ! はー、アイドルになれるんだ!』
思い出すのははー姉の笑顔。本当にはー姉はアイドルになるために努力していた。はー姉のアイドルという夢は俺の夢にもなっていた。だから俺は決心した。
「俺がはー姉の代わりになる」
「え?」
「じー君は何を言っているのですか?」
「だから俺が、はー姉になりすまして、はー姉が完治するまでアイドルをやる」
「あんた本気で言ってるの?」
「本気だよ」
「そんなことしたらすぐバレちゃうんじゃ……」
「大丈夫だよ。小さいときは母さんでも区別が付かなかったくらい似てるんだから」
「でも……」
「私は賛成です」
「凪まで?」
「凪も全力でサポートすればきっと上手く隠し通せます」
「余計心配なんだけど……」
「なんですと?」
「でも……わかったわ。ママも颯にはアイドルになって欲しいもの。協力するわ」
こうしてはー姉に成りすますと決めた俺たちは変装用のアイテムを買いに行った。ウィッグにブラジャーとパッド、初めは全く付け方が分からず変装に時間がかかったが、一日中特訓したおかげですぐに変装できるようになった。
はー姉に成りすましのことは言わなかった。はー姉は今ナイーブになっている。今言うべきではないと判断した。本当ははー姉の側にいて支えてやるべきなのだろうが、その役割は母さんと父さんに任せよう。俺ははー姉の夢を守るため東京に行く。
◇
こうして東京に降り立った俺たちは迷いながらも電車で移動し、事務所の前に辿り着いた。事務所はとても大きなビルで、立ちふさがる巨大な壁のように思えた。
「いよいよアイドルデビューか」
「事務所を前にして怖じ気づきましたか? 今ならまだ引き返せますよ。全力で連れ戻しますが」
「そんなことしねえよ。何かあってもなー姉がフォローしてくれるしな」
「もちのロンです。大船に乗ったつもりでいてください。目指すは世界一周ですよ」
「はは、頼もしいな」
「そうです。久川の三つ子は最強ですから不可能なことはありません」
「だな……。じゃあ見せてやろうぜ、俺たち三つ子の力を!」
「はい!」
絆を確かめ合った俺たちは事務所に足を踏み入れる。こうして俺、いや俺たちの歪なアイドル生活が幕を開けたのだった。
小説の投稿が初めてで仕様もよく分かっていないため、こうした方がいいよというアドバイスがあれば教えていただけると嬉しいです。