乙女アイドル ~久川家の三つ子の弟~   作:アンセンブル

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第11話 乙女とバレエ乙女

デビューイベントも近づき、レッスンも密なものになっていった。そんななか俺となー姉のもとに嬉しい知らせが届いた。

 

「1,2,3,4……」

 

「じー君頑張ってますね」

 

「もちろん。だってはー姉が退院したんだからな」

 

そう。昨夜母さんからはー姉が退院したと電話を受けた。これからはリハビリの期間に入るそうだ。

 

「いよいよ終わりが見えてきましたな」

 

「ああ、はー姉のためにもデビューイベントをきっちり成功させないとな」

 

そのためにも今日のレッスンも頑張っていこう。俺はそう気合いを入れ直した。

 

*****

 

「だー、無理ー!」

 

「颯チャン苦戦してるね」

 

意気込んだものの、俺は早速午後のレッスンに苦戦していた。今日は本番に向けた踊りながら歌うレッスン。これが本当に難しい。単体ならいい感じに踊れるダンスなのに、同時に歌うとなると崩れてしまう。

 

「ダンスと合わさるとさらに音痴になりますね」

 

「なーうるさい」

 

「振りも間違ってましたよ。目も明後日の方を向いてました。大事なのは今日ですよ」

 

「うぅ……」

 

「あはは、でもはじめの頃と比べたらだいぶ良くなってるよ。もっと歌とダンスを体に覚えさせたらできるようになると思うよ」

 

柚さんのフォローが温かい。しかし同じ時期に始めたというのになー姉はある程度ダンスと歌をこなしている。ここに来て俺となー姉の間に実力の差が現れ始めてきた。

 

*****

 

「さて、では帰りましょうか」

 

「ごめん、先に帰ってて。俺ちょっと残るから」

 

その日のレッスンが全て終わり、いつもなら寮に帰るところだが、今日は自主練するため事務所に残ることにした。

 

「了解。何で残るのですかと聞くのは野暮というやつですね」

 

自主練のためのレッスンルームの利用は受付から申請することができる。俺はなー姉と別れたのち、受付まで来ていた。

 

「あ、颯ちゃん。自主練ですか?」

 

「はい」

 

受付には同じく自主練をしようと穂乃香さんが来ていた。

 

「ではせっかくですし一緒のレッスンルーム使いますか」

 

「そうですね。お願いします」

 

レッスンルームを1人で独占することなんてできるわけなく、大抵は誰かと共同で使う。あまり知らない人と使うよりかは穂乃香さんと一緒の方が気が楽だ。

 

レッスンルームに向かう途中、俺はトイレと言って穂乃香さんを先に行かせた。着替えを見られないようにするためだ。

 

「ストレッチは一緒にやりましょうか」

 

「そうですね」

 

後から着替えてレッスンルームに入った俺は穂乃香さんとストレッチを行う。まずは背中を合わせ、穂乃香さんに引っ張ってもらった。

 

「あー、効く〜」

 

「ふふ、颯ちゃんおじさんみたいですよ」

 

「お、おじさん!?」

 

何気ない穂乃香さんの一言にいろいろな意味でショックを受ける。なー姉がよく言うから移ってしまった。おのれなー姉。

 

「ごめんなさい、深い意味はありませんから」

 

「あ、あははー、そうですよね……」

 

次は足を開いて座り体を前に倒すストレッチ。俺は足を90度に開き後ろから背中を押してもらう。

 

「いででで!」

 

「うーん、本当に颯ちゃんは身体が硬いですね……これは鍛え甲斐がありそうです」

 

「鍛えなくていいですから!」

 

「まずは今の限界を知りましょう」

 

「ぎゃあああお助けええ!」

 

穂乃香さんがスパルタモードになってしまい、練習前なのに体がボロボロになってしまったのだった……

 

*****

 

「1,2,3,4……」

 

まずは曲を流してステップを踏む。ダンスは結構慣れたもので、鏡で確認しても特に問題は無いように思えた。次に歌いながらダンスをしてみる。

 

「〜〜〜♪」

 

うーむ……。歌もダンスもチグハグになってしまう。柚さんは歌とダンスを体に覚えさせるとか言ってたけど、やっぱり地道に頑張るしかないのかな。

 

「調子はどうですか」

 

悩んでいたところに演技の練習をしてた穂乃香さんが話しかけてきた。

 

「歌いながら踊るのが難しくて、何かコツとかないですか」

 

こういうときは先輩に聞くといいと祖父から教わったので、早速聞いてみることにした。

 

「そうですね……。呼吸と振りの一体化を意識することでしょうか?」

 

「一体化?」

 

「はい。大事なのは歌うときの息継ぎのタイミングと振りのタイミングを合わせることです。呼吸するときどの振り付けなのか、まずはそこを意識してみてはどうですか」

 

「なるほど……」

 

「あとやっぱり歌とダンスを自然とこなせるようになるまで練習することですかね」

 

「ですよね……」

 

その後はアドバイス通り呼吸のタイミングと振りを意識して練習を行った。多少はちぐはぐ感はなくなった気がするがまだまだだ。歌もダンスも体に覚えさせるため、俺はひたすら練習をするのだった。

 

*****

 

気がついたらだいぶ遅い時間になっていた。そろそろ帰ろう、そう思い穂乃香さんの方を見ると、穂乃香さんはまだ演技の練習をしていた。俺からしたら既に完璧な演技に思えるがまだ納得のいかないところでもあるのだろうか。

 

「あ、颯ちゃんおかえりですか?」

 

「はい、そう思ったんですけど……穂乃香さんはまだ残りますか?」

 

「ええ、少し」

 

めっちゃ頑張るんだなあ。何か手伝えることはないか、俺は自然とそんなことを考えていた。

 

「私も練習手伝いますよ」

 

「え、そんな悪いですよ」

 

「歌とダンスのコツを教えてもらったんですからこのくらいさせてください」

 

「……ありがとうございます。それでは読み合わせに付き合ってください」

 

俺が手伝いを申し出ると、穂乃香さんは少し考えて提案を受け入れてくれた。

 

*****

 

「やっぱり穂乃香さんの演技は上手ですね」

 

「ありがとうございます。颯ちゃんもかなり上達してますよ」

 

俺は穂乃香さんから台本を借りて読み合わせを行なっていた。穂乃香さんがヒロイン役で俺はそれ以外を担当。いろいろな役を演じたのである意味いい練習になるかもしれない。

 

「特に主人公の演技はとても上手でした」

 

「え!?」

 

「案外男性の方がハマり役なのかもしれませんね」

 

「あは、あははー……。そんなことないですよー……」

 

それはきっと俺が男だからです……なんて言えるはずもなく、俺はただ苦笑いすることしか出来なかった。

 

「それで颯ちゃんは明日も自主練をするのですか?」

 

「そうですね。多分今週はできればやっていこうと思ってます」

 

「でしたらまた一緒にやりませんか?」

 

「え?」

 

「演技のレッスンを手伝ってもらって分かったのですが1人より2人の方が練習になります。ですので颯ちゃんさえ良ければ今後も一緒にしたいのですが……」

 

確かに歌にしてもダンスにしても1人でやるよりも穂乃香さんにアドバイスをもらいながら練習する方が効率がいいだろう。

 

「わかりました。一緒に練習しましょう」

 

俺がそういうと穂乃香さんはニコッと嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

 

「はい!」

 

こうして柚さんのときのように、俺は穂乃香さんと放課後自主レッスンをすることになった。

 

*****

 

次の日、そのまた次の日と穂乃香さんとの自主練が続く。そして気がつけば穂乃香さんのオーディションまであと1日となっていた。その日の自主練終わり、俺と穂乃香さんは雑談しながらストレッチをしていた。

 

「いよいよ明日ですね」

 

「はい、颯ちゃんのおかげで納得のできる仕上がりになりました」

 

「それなら嬉しいです」

 

穂乃香さんの演技を手伝う代わりに、俺の歌とダンスを穂乃香さんに見てもらいアドバイスをしてもらった。そのおかげでだいぶ形になったと思う。

 

「今回は大きな案件なので頑張って役を勝ち取りたいんです」

 

「今話題の漫画の実写化ですからねー」

 

「柚ちゃんの演技もどんどん上手くなってるので私も負けていられません」

 

柚さんの演技力はめきめきと上がり、トレーナーさんも驚くほどであった。柚さんも自主練に誘ったが断られてしまった。今回は秘密の特訓場所で練習すると言ってたが、恥ずかしいからダメと何処なのか教えてくれなかった。

 

「柚ちゃん恋してるらしいですね」

 

「え!?」

 

「この間みんなと遊びに行こうってとき柚ちゃん断ってたじゃないですか。あのとき柚ちゃん男の子とデートしてたんですよ」

 

穂乃香さんは楽しそうに言う。はー姉が前に言ってたが、女の子は恋バナが好きというのは本当のようだ。

 

「それでみんなで柚ちゃんを問い詰めたら教えてくれたんです! その男の子のことが気になってると!」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「あれ? 颯ちゃんと凪ちゃんには相談していたと柚ちゃんが言ってたのですが……」

 

どんな問い詰められ方をしたのか。柚さんは洗いざらい話してしまったらしい。

 

「それで柚ちゃんの演技が上手くなったのは恋をしたからだとみんなで話していたら、柚ちゃんが顔を真っ赤にして……とても可愛かったです」

 

それは見てみたかった……じゃなくて。こういうとき俺はどんな顔をして聞けばいいのだろう。

 

「恋が演技を良くするなんてロマンチックだと思いませんか?」

 

「そ、そうですね……」

 

「だから私も恋をすることにしたんです」

 

「え?」

 

衝撃的な発言が穂乃香から出る。まさか穂乃香さんが恋を……一体誰に? ていうかアイドルなのにいいの?

 

「だ、誰にですか……?」

 

「それは……この子にです!」

 

じゃーん、と穂乃香さんは鞄からあるものを見せてくる。

 

「ぴにゃこら太……ですか?」

 

「お、ご存知でしたか!」

 

嬉しそうな顔をする穂乃香さん。今日の穂乃香さんは今まで見たことのないほどテンションが高い。

 

「いいですよねーぴにゃこら太」

 

「そ、そうですね……この味わい深い顔とか」

 

「愛くるしい顔ですよね」

 

「ずんぐりむっくりな緑の体とか……」

 

「抱きしめたくなりますね」

 

本当にぴにゃこら太が好きなようだ。まあ感性は人それぞれだしね……

 

「そうだ、夜にでも私の部屋に来てください。ぴにゃグッズがたくさんあるので紹介しますよ」

 

「あはは……今日は早く寝るのでまた別の機会に……」

 

「そうですか、残念です」

 

穂乃香さんはシュンとする。男の自分が女の子の部屋に入るのは気が引けた。はー姉と入れ替わったら紹介してもらおう。

 

*****

 

ストレッチを済ませた俺と穂乃香さんはレッスンルームを出て着替えて、事務所を出ようとしていた。

 

「あ」

 

「穂乃香さん? どうしたんですか?」

 

「プロデューサーさんに明日のことで確認したいことがあったのを忘れていました」

 

「電話でいいんじゃないですか」

 

「いえ、まだ事務所にいるはずなので聞きに戻ります。颯ちゃんは先に帰ってください」

 

そう言って穂乃香さんは出たばっかりの事務所に戻ってしまう。仕方がないので俺は1人で寮に向かって歩き始めた。

 

帰り道の途中、俺の携帯から着信があった……はー姉からだ。

 

「もしもし」

 

『あ、じー君? 今大丈夫だった?』

 

「大丈夫だよ、退院おめでとう」

 

『ありがとう……はぁ……』

 

小さくため息をつく声が聞こえる。何やら悩みがあるらしい。三つ子だから分かってしまう。長くなりそうなので、俺は寮から近くの公園に進路を変え、そこのベンチに腰を掛けた。

 

「何かあった?」

 

『え?』

 

「何かあったから電話してきたんだろ? そのくらい分かるよ」

 

『うん……』

 

しばしの沈黙の後、はー姉はゆっくりと話し始めた。

 

『じー君って骨折したことあったっけ?』

 

「ないけど」

 

『この間退院してからリハビリが始まったんだけどもうすっごく痛いの。歩くどころか曲げることすらキツくて……』

 

はー姉の悩みとはリハビリについてだった。骨折の時のリハビリは痛みを伴うというのは友人から聞いたことある。本当に骨折前のように歩けるようになるかという不安もあって精神的にも辛いとも言っていた。はー姉は幸いにもきちんとリハビリをすれば、元のように歩けるし、運動もできるようになるとお医者さんから言われている。

 

『はー本当に歩けるようになるのかなあ……』

 

「お医者さんが歩けるし走れるとも言ってたんだろ? ここで頑張れば前のように……」

 

『頑張ってるよ……』

 

まるで聞き飽きたかのようにはー姉は俺の言葉をさえぎる。

 

『頑張ってるよ……じー君はこの痛みが分からないからそんな簡単に言えるんだよ……』

 

「……」

 

『なーはアイドルで東京行って、じー君も家にいないし。寂しいよー……』

 

電話の向こうのはー姉の声はどんどん小さくなっていた。

 

『もう一度アイドルのオーディション受けようと思ってたのに、こんなんじゃ無理だよ……』

 

久しぶりにはー姉の口からアイドルという言葉を聞いた。はー姉はまだアイドルの夢を諦めてなかった。

 

「俺さ、合宿で家出てるって言ったじゃん」

 

『うん』

 

「あれ嘘なんだ」

 

『……え?』

 

だから俺は秘密を話すことを決心した。

 

『え、え? 嘘?』

 

「うん、嘘」

 

『じゃあどこにいるの?』

 

「東京」

 

『へ?』

 

「東京、なー姉と一緒にアイドルやってるんだ」

 

『ええええええ!!??』

 

電話からはー姉の叫び声がキンキンと聞こえる。たまらずスマホを耳から遠ざけてしまう。

 

「何でじー君までアイドルに!?」

 

「いや、正確には俺がアイドルになったわけじゃないんだ」

 

『……どういうこと?』

 

「俺がはー姉になりすましてアイドルやってるんだ」

 

『えっと……つまり?』

 

「俺がはー姉に変装して代わりにやってるの」

 

『ええええええ!?』

 

再びはー姉の叫び声が響く。

 

『じゃあじー君女装してるの!?』

 

「してるよ」

 

『無謀だよ、すぐにバレちゃうよ!』

 

「いや意外とバレなくてな。まだ誰にもバレてない」

 

「そうなんだ……すごいね」

 

「うん」

 

『ということは……その……』

 

「うん、はー姉がリハビリしてバッチリ治ったらアイドル出来るよ」

 

というか治ってもらわないと俺がずっとアイドルをやることになる。

 

『はぁ……』

 

電話越しにため息が聞こえる。はー姉は今どんな顔をしているのだろうか。

 

『そんな大事なこと本人なしで勝手に決めないでよね』

 

「ゴメン、事故ったばかりのときにいうと混乱させちゃうかと思って」

 

『もう……本当勝手なんだだから……なーもゆーこちゃんもお父さんも……じー君も……』

 

はー姉は声を震わせて言う。泣いているようだった

 

『でも……ありがとう。はーリハビリ頑張るよ』

 

「うん、待ってるよ」

 

電話を切る。良かった。はー姉に本当のことを伝えられた。リハビリの痛みはどうすることも出来ないが、アイドルが心の支えになってくれると嬉しい。

 

「さて、帰るか」

 

ベンチから立ち上がる。早く帰って晩ご飯を食べてゆっくりしよう。

 

 

「颯ちゃん」

 

 

その時、後ろから声がかかった。瞬間、背筋が急速に冷えていくのを感じた。理解したくなかった。でもこの声は……まさか……

 

「今の電話……どういうことですか?」

 

後ろを振り返ると穂乃香さんが、信じられないものを見たかのような目をして立っていたのだった。

 




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