東京に来て約4週間、俺は女装生活史上最大のピンチに直面していた。
「今の電話……どういうことですか?」
穂乃香さんは不審な目で俺を見てくる。電話するところを見られた? 一体いつから?
「あなたは……誰、何ですか?」
あなた、という呼び方に少なからずショックを受ける。完全に俺が久川颯ではないと分かっている。電話の内容はしっかり聞かれてしまったようだ。
「えっと……いつから聞いていたんですか?」
「初めからです」
「初めからって……プロデューサーのところに行ってたんじゃ……」
「プロデューサーさんがちょうど1階にいたので、すぐに終わりました」
「……」
「追いつくかもと思って走り、追いついたところであなたが電話に出てしまったため声をかけられずにいました」
「そう……だったんですか……」
「電話の詳しい内容はよく聞こえなかったのですが、あなたは颯ちゃんでは……ないんですよね?」
確認するように穂乃香さんは追及する。これ以上誤魔化すことなんて不可能だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
俺はただ、謝ることしかできなかった。
*****
「久川迅くん。凪ちゃんと颯ちゃんの弟」
「はい……」
俺と穂乃香さんは公園のベンチに座り、これまでの事情を全て話すことにした。
「もともとなー姉とはー姉……凪と颯がアイドルになるはずだったんですけど、颯が交通事故で入院することになってしまって……」
復帰まで時間がかかること、アイドルの話が白紙になると思ったこと、その他いろいろなことを話した。
「それで俺が颯になりすましてアイドルをやろうと思ったんです」
穂乃香さんはこんな突拍子もない話を真剣な表情で聞いてくれる。
「そんなことがあったのですか……」
「信じてくれるんですか?」
「……正直信じられません。まさかずっと一緒にいた颯ちゃんが男の子だったなんて、まだ頭が整理できていません」
穂乃香さんは頭に手をやる。親しかった女の子が実は男だったと知ってしまったら、頭が混乱しても仕方がない。
「本当に男の子なのですか?」
「はい、髪もウィッグですし胸も詰め物をしてます。声もこんな風に低いです」
「そうですか……確かめたいところですが外ですし、脱いでくださいとも言えませんね」
「はい……」
寮の近くの公園なので誰が見ているか分からない。現にこうして穂乃香さんにバレてしまったので、少しでも外でウィッグを外すということはしたくなかった。
「……分かりました。あなたを信じることにします」
「本当ですか?」
「はい。短い期間ですがあなたとレッスンして、悪い子じゃないことは分かってますから」
「ありがとうございます……!」
「でも男の子だと隠していたことについては怒っているんですからね」
穂乃香さんは俺の話を信じると言ってくれた。それだけでも救われた感じがする。
「それで穂乃香さんはこのことをどうするんですか?」
「どうするとは?」
「俺のことを誰かに報告したりとか……。できれば内密にしてほしいのですけれど……」
「そうですね……。デビューも決まってしまったわけですし……バレたらそれこそ終わりですよね」
考えを巡らす穂乃香さん。今更ながら危ない綱渡りをしているのだと気付かされる。
「ですよね……」
「そんな不安そうな顔しないでください。誰にも言ったりはしませんから」
「本当ですか!」
「はい。颯ちゃんのためにここまでやってきたのですから、私も協力しますよ」
「っ! ありがとうございます!」
「いえいえ、遅くなってしまいましたし寮に帰りましょうか」
「はい!」
こうして穂乃香さんに女装の秘密がバレてしまったが、無事に説得することができ、協力までしてもらえることになった。
*****
寮に帰り夜飯とシャワーを済ませた俺はベッドに倒れ込んでいた。疲れた……。通常のレッスンに自主練、そして何より女装が穂乃香さんにバレてしまった。疲れても仕方ない。
「なー姉に報告しておかないと……」
携帯を取り出したそのとき、コンコンとドアをノックされた。
「はーい」
なー姉だろうか? 違うかも知れないので俺はウィッグだけつけて応対する。
「こんにちは、颯ちゃん」
「あ、穂乃香さん」
予想と違いノックの相手は穂乃香さんだった。
「少しお話がしたいと思いまして、大丈夫でしたか?」
「もちろん、どうぞ入ってください」
穂乃香さんは部屋に入ると辺りをぐるぐると見回していた。
「ここが迅くんのお部屋……あまり物を置いてないのですね」
「まあはー姉と入れ替わるまでの部屋なんで」
「なるほど……」
「それでこんな時間にどうしたんですか?」
本当に話をしにきただけとは思えない。何か用でもあるのだろう。
「大したことではないのですが本当に男の子なのか確認したくて……」
「あ、なるほど。大事なことですよね」
「言われてみると迅くんは男の子っぽいところがありましたね」
「え、本当ですか? 気をつけていたんですけど……ちなみにどういうところが?」
今後のためにも聞いておかないと。
「目線、ですかね……」
「目線?」
「レッスン着のような薄い格好をしているときその、胸に視線を感じるといいますか……」
「すみませんでした」
心当たりしかないため俺は素直に土下座をする。見るたびになー姉から目潰しという名の注意を受けていたがまさかバレているとは……
「い、いえ。そんな気にしてませんから顔を上げてください! というよりも部屋でもウィッグを付けているんですか?」
「いえ、外に出るとき以外は外してますよ」
「なら外してください」
期待の眼差しを受け、俺は頭に手をやりウィッグを外す。なー姉以外の人の目の前で外すのは初めてなので妙に恥ずかしい。
「おー……ってあれ、そのお顔どこかで……」
俺の顔を見た穂乃香さんは何か頭の中で引っかかっているものがあるようだった。
「あ、あれは!」
穂乃香さんは部屋の隅にある鞄に反応を示した。中にはバドミントンのラケットが入っていてはー姉の格好の時には使用していない。
「ゲームセンター限定のぴにゃこら太キーホルダー……。確か柚ちゃんも持っていて……」
そこまで考えて穂乃香さんははっと顔を上げてこちらを見た。
「思い出しました……! 柚ちゃんとデートしてた男の子!」
「は、はい……」
バレてしまった。柚さんと一緒にいたところを一度目撃しただけなのによく覚えてるなあ。
「ということは柚ちゃんも迅くんの正体を知っているわけですね」
「いえ知らないんです……」
「え?」
俺は柚さんとのことについて話した。偶然河原で知り合ったこと、柚さんがレッスンを逃げ出したときにも会って濡れた柚さんにジャージとタオルを渡したこと、そのお礼として一緒に東京で遊んだこと……
「な、なるほど……そんなことが……」
「ですから柚さんは久川颯が俺だってことを知らないんです」
「……迅くんは柚ちゃんの気持ちは分かっているのですよね?」
「……俺のことが気になってるって言ってましたね」
「本人は気になってるとボカしていますが完全に恋してます」
「そうなんですかね……」
「それで迅くんは柚ちゃんのことはどうするのですか?」
「どうするも何も……これまで通りバレないように振るまって……」
「何も言わずに颯ちゃんと入れ替わると?」
言葉を遮られ俺はコクコクとただ頷く。
「それはダメです」
そんな俺に穂乃香さんはNoを叩きつけた。
「柚ちゃんにとって迅くんは大きな存在となってます。何も言わずにお別れなんて柚ちゃんの友達として許しません」
「じゃあどうすれば……」
「今すぐにじゃなくていいです。お別れのその時までどうするか考えましょう」
はー姉のリハビリ次第だが、2週間ほどで入れ替わるだろう。デビューイベントが1週間後だからあまり時間はない。
*****
その後もパッドを見せたりスマホではー姉達との写真を見せながら、穂乃香さんに俺たちのことを話した。
「穂乃香さん、今日は本当にありがとうございました」
「いえ、私も迅くん達のことを知れて良かったです。では失礼しますね、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
部屋から出た穂乃香さんはふと足を止める。どうしたんだろう……?
「……あれ。そういえば迅くんと初めて会った日浴場で遭遇したような……」
「おやすみなさい!」
俺はすぐさまドアを閉め鍵をかける。
「あ、待ってください! じん……颯ちゃん! やっぱりまだ話があります! ドアを開けてください!」
ドンドンとドアを叩く穂乃香さん。廊下なので颯ちゃんと呼び方を変える気遣いをしてくれる穂乃香さんに感謝をしながら、俺はベッドに向かい布団を被るのだった。
誤字報告ありがとうございまございました。デレステ5周年記念の24時間生放送の休憩時間に書いたので今回も誤字があるかもしれません。毎回確認しているのですが……
次回の更新は少し遅くなってしまうと思います