デビューイベントも無事終わり、俺となー姉は2日間のオフをもらっていた。
「せっかくのオフだけどなんか身体動かしたいなー」
「来週から新しい学校が始まるわけですしその準備をしてはどうですか?」
「俺は学校変わんないから」
なー姉の部屋でゴロゴロとくつろいでいると俺となー姉の電話が同時に鳴った。はー姉からのグループ通話だ。
「もしもし」
『もしもし、2人とも今大丈夫?』
「大丈夫ですよ。だけど今日はオフなので特別料金ですが」
『お金取らないでよ。2人に話したいことがあるんだから』
電話越しのはー姉の声はとても嬉しそうだった。きっといい報告なのだろう。俺となー姉は期待して耳を傾ける。
『実は昨日でリハビリ期間が終わったんだ!』
「本当に? おめでどう!」
『でしょー! はー頑張ったんだから褒めて褒めて!』
「偉い偉い」
リハビリが辛くて泣いていたはー姉だったが無事回復まで頑張ったらしい。
『でも無理な運動はまだ控えた方がいいんだって』
「でしたら入れ替わるのは来週あたりがいいでしょう。明後日のダンスレッスンを終えたらしばらくありませんから」
『おっけー! アイドルの子達に会えるの楽しみ!』
入れ替わりの日時が決まる。長いようで短かった女装生活もようやく終わるようだ。
*****
その日の寮内、俺は来週にはー姉と入れ替わることを穂乃香さんに伝えていた。
「そうですか……寂しくなりますね」
「穂乃香さんが協力してくれたおかげで無事バレずに過ごすことができました。ありがとうございます」
穂乃香さんは着替えのときの見張り役や会話で困ったときのフォローまでしてくれ、俺は非常に助けられていた。そして何より男の自分を受け入れてくれたのがすごく嬉しかった。
「いえいえ、こちらも貴重な経験ができました。迅くんと一緒に過ごして私も表現力が上がったような気がします」
「それで穂乃香さんに頼みたいことがあるのですが……」
「なんですか?」
「俺が入れ替わったあと、はー姉に歌やダンスと演技の指導してほしいんです」
はー姉はアイドルに憧れて簡単なダンスをしてたが、やはりトレーナーさんにみっちり指導されるそれとは差がある。その差をいち早く埋めるためにも穂乃香さんの協力が必要だった。
「もちろん、構いませんよ」
「ありがとうございます!」
穂乃香さんはそんな俺たちのお願いを快く引き受けてくれると言ってくれた。本当に感謝してもしきれない。
「映画の撮影もしばらくは始まりませんし、時間もあると思うので大丈夫だと思います」
「そういえばヒロイン役おめでとうございます。やっぱり穂乃香さんはすごいですね」
「ありがとうございます。これも一緒に練習してくれた迅くんのおかげです」
穂乃香さんと柚さんが受けた映画のオーディション。ヒロイン役を勝ち取ったのは穂乃香さんだった。
「あと柚ちゃんのおかげでもあります」
「柚さんも?」
「ええ。だって柚ちゃんは恋する乙女でしたから。役のヒロインの参考にしました」
「な、なるほど……」
その恋する相手は自分らしいので、俺は苦笑いで返すしかなかった。
「それで柚ちゃんには何て言うんです?」
「明日会う約束をしてるんでその時にお別れを言おうと思います」
「そうですか……柚ちゃん気を落とさないといいですけど……」
「落ち込んじゃいますかね……」
「そうですよ。好きな男の子と別れる何て辛いですもの」
「好きな男の子ですか……」
「前から聞こうと思っていたのですが、迅くんは柚ちゃんのことどう思ってるんですか?」
「……正直なところ自分でもよく分かっていません。恋何てしたことありませんでしたし」
地元にいたときも告白されたことは何回かあったが全てお断りした。付き合うとかよく分からなかったし、クラスの男友達と遊んでいる方が楽しかった。ただ柚さんは他の子と違う……と思う。それが恋なのかはよく分からないけど。
「恋って何なんですかね……」
*****
「あ、いた! おーい迅クーン!」
「こんにちは柚さん」
翌日。俺はいつもの河原で柚さんと待ち合わせをしていた。
「この間のデパートのイベント見ましたよ」
「え、本当? どうだった?」
「すごく楽しかったです」
「本当? なら嬉しいな〜」
「柚さん新人の子が言葉に詰まったときとかフォローしてましたよね」
「あれ、分かっちゃう?」
「いや多分ほとんどの人は気づかないと思いますよ」
「はえー、迅クンって意外とちゃんと見てるんだね」
それはまあ、実際に出演してましたからね。始め緊張して言葉が出なかったときフォローしてくれて助かりました。
「今日もバドミントンする?」
「いや、今日は……」
一呼吸置く。そんな俺のことを柚さんは不思議そうに見つめていた。
「今日はデートしませんか?」
「……え?」
*****
ということで俺たちは都内の映画館に足を運び、今話題となっている恋愛映画のチケットを買って席についた。柚さんは映画のチケットを買ってから借りてきた猫のように大人しい。
「柚さんどうしたんですか? ポップコーン買いにいきますか」
「買うけど……え、これから見るのバリバリの恋愛映画だよね? いや気にはなっていたから丁度良いんだけど……アタシてっきりもっとコメディな映画を見るかと……」
「デートですから」
「そっかぁ……で、デートだもんね。……よし! よく分からないけど楽しむことにするよ!」
「はい! まずはポップコーンを一緒に買いに行きましょう!」
なんか二人してテンションがおかしい気がするがデートにはちょうどいいだろう。そう思うことにした。
*****
「いやー、感動したねー!」
映画を見終わったあと、俺と柚さんは近くのカフェで映画の感想を語り合っていた。
「はい。途中の展開はハラハラしましたし、テンポもよくて面白かったです」
映画はよくある高校生の恋愛を描いた涙あり笑いありのものだったが、演出が秀逸で大変面白いものだった。
「主演の2人の演技も凄かったですよね。引き込まれて俺まで泣いちゃいそうになりました」
「そうだよね! アタシも頑張らなくちゃ……」
「そういえばこの前会ったときオーディション受けに行ってたんですよね? どうでしたか?」
「ヒロイン役は取れなかったんだけどね。そのヒロインの友達の役に選ばれたんだ!」
「おー、おめでとうございます!」
「ありがとう。でもやっぱり悔しいな〜」
柚さんは悔しがっているようだが、プロデューサーさん曰くそのヒロインの友達も主役でこそないが重要な役だと言う。今注目の漫画原作の映画なんだしすごいことだと思う。
「それにしてもこういう映画って登場人物の誰かに何か秘密があるよね」
「そうですか?」
「今日の映画のヒロインの子は実は脳の病気を持っていて途中まで隠していたでしょ」
「そうですね。それでクラスメイトからも距離を置いていたんですよね」
主人公の男子生徒はそんなヒロインに近づき仲を深めていく。主人公に惹かれる自分の気持ちに嘘をついて突き放すヒロインの様子はとてもいじらしかった。
「他にも前見た映画なんかは記憶喪失かなんかで1週間ごとに記憶がリセットされたり、主人公にそっくりな亡くなった恋人がいたり……。普通の恋愛ストーリー何て全然ないよね」
「やっぱりそういった要素がないと話が盛り上がらないからじゃないですか?」
「まあそうだよね。でも実際はそんな秘密を抱えた恋愛なんて起こらないよね〜」
「あはは……」
そんなことを言う柚さんに対し俺は内心びくびくしながら相槌を打つ。ごめんなさい……俺実は女装っていう絶対に言えない秘密があるんです……
*****
「今日は楽しかったね!」
カフェを出て、お洒落なお店を回ったりゲームセンターで遊んだりしていたら夕暮れ時になってしまった。
「そうですね」
「それでさ……今日はなんでデートに誘ってくれたの?」
河原を並んで歩いていると隣の柚さんが聞いてきた。今までバドミントンをしてたのに急にデートに誘ったんだ。そりゃ疑問に思うだろう。
「柚さんに話したいことがあったからです」
「話したいこと?」
柚さんは何かを期待するような、そんな目を向ける。これから悲しませてしまう、そう思うと胸が痛かった。
「前に、ここに引っ越してきたって言ったかと思うんですけど実は嘘なんです」
「え?」
「そのときはここまで柚さんと仲良くなるとは思わなくて……。本当は春休みの間ここに来ていただけなんです」
「そうなんだ……」
柚さんはまだ俺の言っていることを理解していない。だから言わなくてはならない。
「それで、来週には実家……徳島に帰ります」
「徳島……。え、それじゃあ……」
「はい、もうこうして会うことはできません」
「そんな……」
「ごめんなさい、言い出せなくて……」
柚さんはショックを受けて俯いていた。しかし何かを決意したかのように顔を上げた。
「……うん、なら落ち込んでても仕方ない! 迅クン! 明後日って空いてる?」
「明後日ですか? 特に何もないですけど……」
「だったらお昼ここに来て! ……迅クンに伝えたいことがあるから」
「……はい」
「じゃあ今日はもう帰るねっ。じゃあまた明後日!」
柚さんはくるっと背を向けて走り去り、俺は一人立ち尽くす。
柚さんには言わなかったがデートに誘ったのはもう一つ理由がある。自分の気持ちを確かめるためだ。
「はあ……」
柚さんとのデートは楽しかった。笑顔の柚さんを見ると顔が熱くなるのを感じた。この時間がずっと続けばいいのにと思った。柚さんの泣きそうな表情を見て胸が苦しくなった。
俺は柚さんのことが……
*****
次の日ダンスレッスンの後、今後の活動の打ち合わせのために俺となー姉はプロジェクトルームに来ていた。
「2人のユニット曲を作ることが決まった」
「なんと」
プロデューサーさんから告げられたのはユニット曲を作ることが決まったということ。デビューイベントの評判が良く、勢いのあるうちにどんどん売り出そうということらしい。
「それで来週から作詞作曲家の人たちと打ち合わせをするから、颯と凪にはそれまでにどんなアイドルになりたいか、どんな曲を歌いたいかを考えてきて欲しい」
「了解!」
来週ということははー姉との入れ替わりが完了している。タイミングとしてもちょうどいいだろう。
*****
「おや、あそこにいるのは柚さんではありませんか?」
「あ、本当だ。何してるんだろう」
寮への帰り道。途中のカフェのオープンテラスで柚さんがテーブルに置かれた1枚の紙を前に腕組みをしていた。手にはペンが握られていて何やら書こうとしているようだ。
「こんにちは柚さん。何してるんですか?」
「どわああああ!!!」
話しかけると柚さんは大声を上げながら目の前の紙を手で隠す。
「なんだ、颯チャン達か……」
「ごめんなさい、お邪魔でしたか?」
「あー、いや、そんなことないよ全然」
「その紙は?」
「これ? 手紙を書こうとしてたんだ」
「手紙?」
「うん。遠くに引っ越しちゃう……友達? がいてね。手紙を渡そうかなって」
来週から新年度が始まる。なー姉達含めて新しい地へ引っ越すという人も少なくないのだろう。
「でも何書けばいいか分からなくて」
「そういうことでしたら凪にお任せを。手紙といえばポエム、ポエムといえば乃々さんです」
「凪チャンじゃないんかーい」
「何はともあれ力になりましょう。凪はタピオカミルクティを買ってくるので待っていてください」
「あ、ついでにはーの分も買ってきて。アイスコーヒーね」
「しょうがないですね。この借りは安くないですよ」
「たかがアイスコーヒーでそんな物騒な」
なー姉はカフェ店内に戻りレジに並ぶ。テーブルには俺と柚さんの2人きりになった。
「まだ一文しか書けてないんだよねー」
「なんて書いたんですか?」
「ダメダメ! 恥ずかしくてムリっ!」
「えー、いいじゃないですかー」
手紙を覗こうと身体を傾けると柚さんは手紙を持った手を高くあげる。その時いきなり強い風が吹いてきた。
「わっ」
「あ、手紙が!」
予想外の突風に柚さんは手を離してしまい、手紙は空高く舞い上がってしまった。
「こら待て〜!」
「え、ちょっと柚さん!?」
柚さんは椅子から立ち上がり手紙を追いかけるためにカフェを出る。俺はどうするか少し考え、柚さんの後を追うことにした。
*****
手紙は風に乗ってカフェ近くの公園に飛ばされていた。
「あー! 見失っちゃった!」
「多分この公園の何処かにはあるはずです」
「うん。じゃあアタシこっち探すから颯チャンあっちお願い!」
「はい」
そんなに大事な手紙なのか、柚さんは必死な様子だった。他の人に見られたくないようだったが、2人で手分けして探すことにした。
「うーん、ないなあ」
ベンチの下、木の上、どこを探しても見つからない。どうやらこのエリアにはないみたいだ。
「そういえばここで穂乃香さんに正体がバレたんだっけ」
あの時は背後にいた穂乃香さんに気づかずにはー姉と電話して男だとバレてしまった。本当いつどこで誰が見てるか分からないんだから気をつけないとな。不安になって後ろをチラリと見る。
「え!?」
するとそこには、幹にしがみついて木によじ登っている柚さんの姿が見えた。それも結構高いところにいる。
「ちょっとちょっと! 柚さん何してるんですか!?」
「ん? 何って手紙を見つけたから木登りしようとしてるだけだよ」
柚さんはあっけらかんと言う。言われて上に目をやると、木の枝の上に手紙が引っかかっているのが見えた。
「危ないですから何か長い枝とか拾って下から取りましょうよ」
「大丈夫だって。なんたって地元では『木登りの柚』って呼ばれてたんだからっ!」
そうこうしてるうちに柚さんは手紙がある枝のところまで登り片手を伸ばして手紙を取ろうとする。俺ははらはらしながら真下でその様子を眺めていた。
「もうっ……少し……あっ!」
「危ない!」
柚さんが身を乗り出すと枝が支え切ることができなくなり、ベキッと音を立てて折れた。
「わあああああ!!!」
柚さんはそのまま体勢を崩して落ちる。心配して真下にいた俺はなんとか受けとめる……なんてことはできず、そのまま下敷きになってしまった。
「痛っ……」
「颯チャン! ゴメンだいじょう……ぶ……」
柚さんが心配そうに俺に声をかける。正直な話身体のあちこちが痛く声も上手く出せないが、心配させまいとなんとか絞り出す。
「だ、大丈夫、です……。このくらい、全然、平気……」
「……」
俺がそう答えても柚さんは何も言わずに俺のことをじっと見つめていた。
「……迅クン?」
「えっ?」
柚さんから出たのは予想外の、衝撃的な言葉だった。
「あ……」
頭に手をやると強めに固定されていたはずのウィッグがなくなっているのに気づいた。そのウィッグは柚さんの手にある。俺とぶつかった際ウィッグを掴んでしまい取れてしまったのだろう。
「嘘なんで……颯チャンが……迅クン?」
「柚さんごめんなさい!」
バレてしまったらもうきちんと説明して謝るしかない。しかし距離が近かった分柚さんのショックは大きいようだった。
「そんな……今まで騙していたの!?」
「違うんです。これには訳が……」
「ひどい! もう知らない!」
柚さんは立ち上がりウィッグを投げつける。そしてそのまま走り去ってしまった。
遅くなりました。あと少しでこの話も終わります