乙女アイドル ~久川家の三つ子の弟~   作:アンセンブル

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最終話 乙女アイドル 〜久川家の三つ子の弟〜

徳島から岡山まで移動し、そこから新幹線に乗って約5時間。新幹線を出た俺に、ビルに反射された太陽光がギラギラと降り注いでいた。

 

「あぢぃ……」

 

暑い。ヒートアイランド……て言うんだっけ。都会の夏は徳島より暑いって聞いてたけど本当なんだなと感じる。

 

「早くなー姉達と合流して涼しいところに入ろう……」

 

春の女装生活から数ヶ月経った中学2年生の8月、俺は再び東京の地に降り立っていた。

 

*****

 

「おーい、じー君!」

 

地元には存在しない自動改札を抜けるとすっかり久しぶりとなってしまったはー姉の元気な声が俺の元に届いた。

 

「久しぶり、元気だった?」

 

「暑くて倒れそう」

 

「とか言いつつも、久しぶりにはーちゃんに会えて嬉しさを隠せないじー君なのであった」

 

少し遅れてなー姉が変なナレーションを入れながらやってくる。アイドルになってもなー姉節は健在だった。

 

「なー姉も久しぶり。相変わらずなようで安心したよ」

 

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 

2人は前と特に変わった様子はない。強いて言うなら少しだけおしゃれになっていることだろうか。

 

「じゃあ早速着替えようか」

 

「‥…おう」

 

久々の再会に少しの間喜んだあと、俺はあることのために駅の多目的トイレに入るのだった。

 

*****

 

「わー! すごーい!」

 

「いつ見てもはーちゃんそっくりですね。じー君の女装姿は」

 

東京に来て早々、俺は終わったはずの女装を再びしていた。ウィッグ、パッド、ブラ、何もかも懐かしい。なんとなく取っておいたこれらが、まさか今になって再び身につけることになるなんて思いもしなかった。

 

「……なあ、別に女子寮に泊まらなくてもいいんじゃないか? 俺的にはネカフェとか行ってみたいんだけど」

 

なぜわざわざ女装をしているかというと、女子寮に泊まるからである。いつもは叔母さんの家に泊まっているのだが、叔母さんが旅行中のため別の場所に泊まる必要があった。

 

「ダメだよ! 女子寮に泊まる条件でゆーこちゃんを説得したんだから!」

 

「それにネカフェは中学生だと18時に追い出されますよ」

 

ゆーこちゃんこと俺たちの母親は叔母さんと一緒に旅行のため来れず、俺一人が東京に来ている。なんでも商店街の福引で当たったものらしい。

 

「だったら東京に来るの今日じゃなくても良かったんじゃないか?」

 

「まとまったオフが取れたのが今週だけなんだから仕方ないでしょっ」

 

「まあ話したいことも多いですし、喋りながら寮に向かうとしましょう」

 

それもそうだということで、俺たちは歩みを進めた。

 

*****

 

女子寮……遠方から来たアイドル達の宿舎であり、もちろん男でアイドルでもない俺が足を踏み入れていい場所ではない。だが、俺はなー姉と共に女子寮の中に入っていた。

 

「まさかまたここに入ることになるなんて‥‥」

 

「もっと堂々としてください。今のじー君ははーちゃんなんですから」

 

女子寮への侵入方法は単純で、まず俺となー姉が女子寮に入り、後からはー姉が合流する。万が一誰かが俺に話しかけてもなー姉がフォローしてくれるわけだ。もちろん、誰にも話しかけられないのがベストだが……

 

「品胎の巫女供よ」

 

とかなんとか思ってたら早速声をかけられた。神速のフラグ回収である。

 

「ら、蘭子さん、お久しぶり……ゲフッ!」

 

声の主は神崎蘭子さんだった。漫画の趣味が似通っていて、寮にいた時はよく好きな漫画について話したものだ。久しぶりに会えたことに少し感動していたら隣のなー姉に脇腹を肘打ちされた。

 

「何すんだよ」

 

「こっちのセリフですよ。さっきも言いましたが、今のじー君ははーちゃんです。『久しぶり』はおかしいでしょう」

 

「な、なるほど‥‥」

 

ヒソヒソと小声でなー姉と会話する。そうだ、今の俺は寮のアイドル、久川颯だ。はー姉らしく振る舞わないと……

 

「あ、あの……大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です……」

 

そう無難に返すと、蘭子さんはハッと何かに気づいたような表情をした。

 

「……! もしや既に復活を果たしたのか?」

 

「はい?」

 

「汝、先の月が満ちし頃の終の書は手にしたか?」

 

「漫画の最終巻ですよね。もちろん買いましたよ!」

 

おそらく蘭子さんの好きな漫画ことだろう。先週単行本の最終巻が発売されて俺も地元の本屋を転々としてなんとか手に入れた。

 

「ハーッハッハッハ! そうか、既に復活を果たしていたのか!」

 

「蘭子さん?」

 

どうしよう。珍しく蘭子さんがなにを言っているのかわからない。

 

「我が盟友よ! 今宵の宴を楽しみにしているがよい!」

 

そう言って蘭子さんは高笑いをしながら自分の部屋に入ってしまった。

 

「今宵の宴……。なー姉、今夜何かあるの?」

 

「……後で説明します」

 

なー姉は困ったように眉を下げてそう言った。その後は誰に話しかけられることもなく、無事なー姉の部屋にたどり着いた。

 

*****

 

「お待たせ〜」

 

しばらくすると、はー姉が入ってきた。呑気そうな顔を見る限り、特に怪しまれることなく潜入できたようだ。

 

「やっとゆっくり話せるねー」

 

「どうでしたか。男に戻ってからの生活は?」

 

早速お互いの近況報告を行う。半年も離れていないのだが、話したいことは山ほどある。

 

「もう大変だよ。俺のとこに事情を聞きにくる人が殺到しっぱなし」

 

「はー達人気者だったからね」

 

「1年にして学校のアイドルでした」

 

俺たちは三つ子というのもあって学校ではそこそこ有名だった。その上はー姉は愛嬌もあって同学年だけでなく先輩の方にも可愛がられていた。なー姉はまあ……あの独自のセンスで輝いていた。そんなはー姉達が引っ越してしまったため、学校ではちょっとした騒ぎとなっていた。

 

「クラスの男みんな血の涙を流していたよ」

 

「そして凪達の面影を持つじー君に愛情の矛先が向くと」

 

「んなわけあるか」

 

「でもじー君向こう戻ってからモテてるんじゃないですか?」

 

「‥…まあ。告白は何回かはされたかも」

 

学校が始まってからというもの、告白される回数が増えた。女装生活で女心を学んだからだろうか。

 

「やっぱり! 今まではー達がガードしてたもんねっ!」

 

「はーちゃんしかガードしてませんでしたよ」

 

「誰に? 何回? オーケーしたの?」

 

「教えない」

 

もちろん告白は全て断った。告白してくれた人には申し訳ないけど。

 

「えー、ケチー」

 

「……モテモテですね。柚さんが心配する訳です」

 

「ん? なんで柚ちゃん?」

 

俺と柚さんの関係は誰にも教えていない。柚さんも一応アイドルだから公言しない方がいいだろうという判断だ。もっとも、なー姉と穂乃香さんにはバレバレであるが。

 

*****

 

俺の近況報告を大体済ませ、今度はなー姉達の様子を聞くことにした。

 

「それでなー姉たちはアイドル順調?」

 

「うん、この前二人のユニット曲も発売されたし、ドラマの撮影も終わったよ!」

 

「『O-Ku-Ri-Mo-No Sunday!』だっけ?」

 

「そうそう! 向こうでも売ってた?」

 

「もちろん。父さんなんて何枚も買って会社の人たちに配るとか言ってたよ」

 

なー姉達の曲は地元のCDショップでもきちんと発売されていた。地元のアイドルということで店長さんが取り寄せてくれたらしい。

 

「えっ! じー君もちろん止めたよね!?」

 

「いや」

 

「凪達のCDをゆーこちゃん達が買って凪達の手元にお金が入る。まさに永久機関」

 

「欠陥すぎるだろ」

 

かくいう俺もはー姉達から送られてきたCDとは別に一枚買って友達に布教している。

 

「それで今はね、9月の事務所単独LIVEに向けてレッスンしているんだ」

 

「この間チケット送ってくれたやつだよね」

 

「はい。はーちゃんとだけでなく、他の方達とも一緒にパフォーマンスをする練習をしています」

 

「順風満帆みたいだね」

 

「うん!」

 

「ビックウェーブ、来てしまいました。凪なのに」

 

はー姉の骨折でデビューも不安だったが、無事順調にアイドルをやれているようだ。

 

「よかったよかった。なんとかバレずに入れ替われたんだね」

 

俺がそういうとビシッと空気が固まったような気がした。なー姉は急にポーカーフェイスになって表情が読めないが、これは隠し事をしている時の癖だし、はー姉は分かりやすく目が泳いでいる。

 

「……バレたんだ」

 

「うっ‥…」

 

はー姉はバツの悪そうに言葉を詰まらせる。分かりやすい姉である。

 

「誰に?」

 

「えっと‥…蘭子ちゃん」

 

「蘭子さんか‥…」

 

「じー君蘭子ちゃんと仲良かったんでしょ? じー君が帰ってすぐ、蘭子ちゃんがじー君がオススメした漫画を読んで見たみたいなこと言ってたんだけど、はー蘭子ちゃんの言葉が分からなくて‥…」

 

なるほど、確かに蘭子さんの言葉は分かりづらい。はー姉は俺と蘭子さんの好きな漫画は読まないしボロが出まくったんだろう。それは完全に俺が悪い。

 

「あの時は大変でしたよ。部屋でくつろいでいたらはーちゃんの声が聞こえて、様子を見にいったら大泣きしていたんですから」

 

「大泣きしたのか‥…」

 

「だ、だって本当にどうすればいいか分からなかったんだもん……」

 

「泣き声を聞いた寮の人たちが続々とはーちゃん達の元に集まり、しまいには蘭子さんまで泣き出してしまいました」

 

「地獄絵図じゃん‥…」

 

「というわけでじー君のことを話すことになってしまったのです」

 

「なるほど‥…。え、待って。もしかして蘭子さんだけじゃなくて‥…」

 

「はい。寮のアイドル全員にバレてしまいました」

 

「まじか‥…」

 

衝撃の事実である。だから俺を女子寮に泊らせようとしたのか。バレるリスク云々以前にバレているわけだから。てかそれなら女子寮入るのに女装する必要なくなかったか?

 

「ごめんね。せっかくじー君が頑張って女装してくれたのに」

 

「いやいいよ。寮のみんな納得してくれてるんだろ?」

 

「はい。穂乃香さんも説得に協力してくれたこともあって誰も怒ってる人はいませんでした」

 

「そっか。まあプロデューサーさんとかトレーナーさんにバレるよりかずっとマシでしょ」

 

「うぅ……」

 

そういうと、はー姉はさらに申し訳なさそうに顔を歪める。

 

「……バレたの?」

 

「ご、ごめん……」

 

「レッスンのときトレーナーさんにバレてしまったのですよ」

 

「あー‥…。やっぱりダンスのとき?」

 

1ヶ月みっちりレッスンをした俺と、リハビリ終わったばかりのはー姉でダンスに違いが出てしまうのは不安材料の一つだった。穂乃香さんにはー姉のダンスを見てもらうよう言ったが、やっぱりバレてしまったか。

 

「いえ、ボーカルレッスンのときです」

 

「え?」

 

「はーちゃんが急に音程を取れるようになって怪しまれたのです。『あの音痴が一日二日で直る訳ない!』と」

 

ひでえな。俺だってあのときと比べて成長したんだぞ。音楽の先生に個性的な歌声って褒められたし。

 

「あのときは大変でした。休憩室で喉を潤していたらはーちゃんの声が聞こえて、様子を見に行ったら大泣きしていたんですから」

 

「大泣きしていたのか‥…」

 

「だ、だって……」

 

「騒ぎにPも駆けつけて来て、説明せざるを得ない状況となっていました」

 

「プロデューサーさんはなんて?」

 

「凪達を叱ったあと、はーちゃんのためにスケジュール調整をしてました」

 

「いい人だ」

 

「いい人ですよ。本当に」

 

「ごめんねじー君‥…」

 

「気にすんなって。無事アイドルできてるんだからいいんじゃない」

 

結局事務所の人全員にバレてしまったらしい。だが心温かい人達のおかげで、はー姉達は問題なくアイドルをやっていけている。それで十分だ。確かに俺の女装は必要なかったのかもしれないが、俺はそのおかげで大切な人に会えたのだから。

 

「じー君なにニヤついてるの?」

 

「い、いやっ。そういえばさっき蘭子さんが今夜何かあるみたいなこと言ってたけどもしかして……」

 

「はい、今日は寮でじー君の歓迎会をやるんですよ」

 

「女装してたのバレてるし恥ずかしいんだけど……」

 

「響子さんが腕によりを振るうと言ってましたよ」

 

「……じゃあ、顔を出そうかな」

 

響子さんのご飯、また食べられるなんて思わなかったから楽しみだ。

 

*****

 

「本当に颯ちゃん達にそっくりだね!」

 

「イケメンだねー彼女いるの?」

 

「ねえねえ、もっかいウィッグ被ってよー」

 

夜の歓迎会で俺は寮の人たちに囲まれていた。女装をしないでみんなの前に出てくるのはすごい恥ずかしかったし、騙していたのを怒られるのではないかと不安だったが、みんな温かく迎えてくれた。

 

「迅くん、お久しぶりです」

 

「お久しぶりです、穂乃香さん」

 

少し落ち着いたところで女装時代の協力者であった穂乃香さんがやってきた。

 

「ありがとうございました。入れ替わりがバレたときみんなを説得してくれたんですよね」

 

「協力者として当然のことをしたまでですよ。むしろ隠し通すことができなくて申し訳ないです」

 

そう穂乃香さんは言うがこちらとしてはお礼をしてもしきれないくらいだ。

 

「そういえばメールで言われたお土産買ってきましたよ」

 

「本当ですか!」

 

「はい、後で渡しますね」

 

「でしたら、明日事務所で渡してください」

 

「事務所……ですか?」

 

はー姉との入れ替わりは終わったため俺はもう事務所に出入りすることはできない。穂乃香さんの言葉の真意がわからなかった。

 

「……あれ? もしかして聞いてませんか?」

 

「なんですか?」

 

「プロデューサーさんが迅くんを事務所に連れてくるように颯ちゃんたちに言ってましたよ」

 

穂乃香さんはそんな、とても大事なことをさらっと言ってきたのだった。

 

*****

 

翌日、寮で響子さんのお昼ご飯をいただいたあと俺たち3姉弟は事務所にやってきた。

 

「まさかまた女装してここに来るなんて‥…」

 

「しかも3人一緒になんてね!」

 

「最終決戦前みたいですね」

 

最終決戦‥…ある意味そうかもしれない。俺たちはプロデューサーさんに言われてここに来ている。何故か女装するようにと。なんて言われるのやら。

 

「全く……プロデューサーさんに呼ばれてるって大事なこと言い忘れるなよな」

 

「……てへっ」

 

「誤魔化すんじゃないよ」

 

「じゃあ出発〜!」

 

「凪たちは決戦の第一歩を踏み出した。 じー君の次回作にご期待ください」

 

「打ち切るな」

 

事務所に足を踏み入れる。中の雰囲気はあまり前と変わっていなかった。

 

「さっさと行こ。知ってる人に会いたくないし」

 

「知ってる人って?」

 

「例えば‥…トレーナーさんとか」

 

俺は1ヶ月の間お世話になったトレーナーさんの顔を思い浮かべる。あの人は人をいじめるのが趣味でダンスレッスンでは床に倒れこむまでみっちりしごかれた。男とバレてしまった今なにをされるかわからない。まあレッスンルームを通らないかぎりそう出会うことはないだろうが‥…

 

「お、久川姉妹じゃないか。今日はレッスンが無いというのに感心だな」

 

「あ、トレーナーさん!」

 

「‥…」

 

「フラグ回収ですね」

 

エレベーター前で遭遇したのはトレーナーさんだった。3人いることに気づいたトレーナーさんはニヤリと笑った‥‥ような気がした。

 

「ほほう、例の弟君を連れて来たようだな。髪型を揃えられると見分けがつかないな」

 

「はーが颯だよ! そっちが弟のじー君!」

 

「え!?」

 

俺は危険を察知し、はー姉の真似をする。しかしトレーナーさんの手は俺の方に伸びていた。

 

「嘘つけ、お前が久川弟だろ!」

 

「ぎゃああ! ウィッグずれる!」

 

トレーナーさんは両手で俺の頭を掴みわしゃわしゃする。せっかくの女装がぐしゃぐしゃだ。

 

「よく分かりましたね。じー君の女装は完璧でしたのに」

 

「なに、簡単なことさ。こっちの久川はまだ自分の魅せ方を分かってないようだからな」

 

「おー。なんかプロい!」

 

「安心しろ。バレないメイクの仕方や服の着こなしかたも教えてやる」

 

「別にいいです」

 

もう女装することはないだろうし、必要ないだろう。俺は丁重にお断りをした。

 

「何だとこの生意気なやつめ!」

 

「ぎゃああ!」

 

しかしトレーナーさんはお気に召さなかったようでまたわしゃわしゃされた。

 

「こほん。ついつい立ち話をしてしまった。プロデューサー殿に呼ばれているんだったよな。引き止めてしまってすまない」

 

「いえいえ」

 

「姉妹は明々後日ダンスレッスンだよな。弟もいつまで滞在しているのかは知らんが、時間があれば見学するといい、みっちりしごいてやる」

 

「遠慮しておきます」

 

なんとなく俺もレッスンに参加させられる様子を想像してしまう。まあはー姉達がどのくらい上達したのか興味はあるので見学はしたいかな。

 

*****

 

トレーナーさんと別れた俺たちはエレベーターにのり、プロジェクトルームの前に来ていた。

 

「おはようございまーす!」

 

「おや、誰もいませんね。珍しい」

 

「Pちゃんご飯食べに行ってるのかな?」

 

現在の時刻は12時45分。約束の時間は14時なのでだいぶ早くついてしまった。と考えていると外から足音が聞こえてきた。

 

「忘れ物〜!」

 

「あ、柚ちゃん! おはようっ!」

 

「おー颯チャン! 今日もガンバっていこうっ!」

 

やってきたのはプロデューサーさんではなく柚さん、穂乃香さん、忍さん、あずきさんのフリルドスクエアの人たちだった。柚さんははー姉の方を向いていてまだ俺のことに気づいていない。

 

「あれ? あれあれ? 颯ちゃんが二人いる!」

 

あずきさんがそういうと、柚さんはやっと俺のことに気づき驚いた顔をした。

 

「えっ、迅クン!? なんで、デートは明日だったよね?」

 

「……デート?」

 

「迅くんはプロデューサーさんに呼ばれて来たんですよね」

 

「プロデューサーさんに?」

 

「ねぇ、柚ちゃん。デートってどういうこと?」

 

デートという単語に疑問を抱いたはー姉は柚さんを問い詰め、柚さんは助けを求めるかのように俺のことをみる。その様子を眺めていると忍さんとあずきさんがこちらにやってきた。

 

「へー、君があの迅くんなんだ。初めまして‥…じゃないんだよね?」

 

「そう‥…ですね。3月ははー姉として一緒にレッスンしてました」

 

「入れ替わり大作戦してたんだよね!」

 

当たり前のように忍さんとあずきさんも俺の正体を知っていた。寮だけでなく事務所の全員が知っているというのは本当のようだ。

 

「二人ともドラマのオーディション合格おめでとうございます。ドラマ観ましたよ」

 

「本当? ありがとう!」

 

「一緒に練習したもんね。迅くんのおかげでもあるよ」

 

忍さんとあずきさんが受けたドラマのオーディションの結果は二人とも合格で、メインの役を勝ち取ることができた。動画配信サイト限定のドラマだが結構話題になっており、メインの忍さんとあずきさんはもちろん、端役のはー姉も地味に可愛いとネットでは少しだけ話題になっていた。

 

「ねえデートって? 柚ちゃんとじー君ってどういう関係なの?」

 

「はっはっは、颯チャン。飴チャンを上げるから聞かなかったことにしてくれるカナ?」

 

そんなはー姉は先ほどから柚さんとじゃれあっている。はー姉は柚さんに懐いているようだった。

 

「柚さんとはー姉って仲良いんですね」

 

「あれは迅くんのせいですよ」

 

「俺の?」

 

穂乃香さんは近くに寄ってきてそんなことを言ってきた。俺のせいってどういうことだろう?

 

「はい。迅くんに会えずに寂しい思いをしていた柚ちゃんは、容姿が瓜二つの颯ちゃんに迅くんの姿を重ねて可愛がっているんです」

 

「な、なるほど‥…。ところで、その‥…近くないですか?」

 

穂乃香さんは俺の近くに寄ってきたかと思うと俺の耳元に顔を近づけて喋ってくる。仄かに香る穂乃香さんの匂いに少しだけドキッとしてしまった。

 

「私、他の映画の出演も決まったんです」

 

「それは‥…おめでとうございます」

 

「その役がですね‥…ヒロインから主人公を横恋慕する転校生役なんです」

 

「難しそうな役ですね」

 

「はい。ですから、実際に経験してイメージを掴んでおこうと思いまして」

 

穂乃香さんが微笑んでそんなことを言う。実際に経験って……何をするつもりなんだろう。なんとなく、嫌な予感がする。

 

「ちょっと穂乃香チャン! キョリが近い! 迅クンもデレデレしない!」

 

「で、デレデレしてないです」

 

そんな様子を見てた柚さんが堪らず穂乃香さんを牽制する。釘を刺された穂乃香さんは悪戯な笑みを浮かべて俺の方に向き直った。

 

「そういえば迅くん。例の物は持ってきましたか?」

 

「あ、はい」

 

俺はカバンから小さな紙袋を取り出し、穂乃香さんに渡す。穂乃香さんは袋の中を確認して恍惚な表情を浮かべた。

 

「すだちぴにゃこら太と阿波踊りぴにゃ! ありがとうございます!」

 

東京に遊びに行くと決まったとき穂乃香さんからメールが届き、徳島のご当地ぴにゃこら太キーホルダーを買ってきて欲しいと頼まれたのだ。キーホルダーを鞄に付けた穂乃香さんはふふんと柚さんに見せつける。

 

「あ”ー! ずるい! なんで穂乃香チャンだけ!」

 

「もちろん柚さんにも用意してますよ。明日渡そうと思ったんですけど……」

 

「ふふっ、こんな感じなんですね。上手く演じられるような気がします」

 

「二人とも〜。忘れ物取りに来ただけなんだから、早くしないとトレーナーさんに怒られちゃうよ〜」

 

忍さんとあずきさんは言い争っている柚さんと穂乃香さんを引き連れて部屋を出る。柚さんには今日の夜にでも電話をして謝っておこう。

 

*****

 

そしてしばらく時間が経って、今度こそプロデューサーさんがプロジェクトルームに入ってきた。

 

「おはようございます」

 

「あ、Pちゃんおはよう!」

 

「ごめん遅くなっちゃった」

 

「まだ約束の時間には遠いですよ」

 

プロデューサーさんはざっと辺りを見渡してソファに座っている俺を見つけた。目があってしまった俺はとりあえず会釈する。

 

「君が久川迅くんだね。久しぶり……なのかな?」

 

「はい。あの‥…すみませんでした」

 

「ん?」

 

「その、勝手にはー姉‥…颯と入れ替わってアイドルをやったりして」

 

まず初めに騙していたことを謝罪すると、プロデューサーさんは意外だとでも言うように首を横に振った。

 

「いやいや、むしろすごい助かってたんだ」

 

「え?」

 

プロデューサーさんから出てきた言葉は俺の予想していなかったもので、俺は変な声が出てしまった。

 

「颯が足を怪我してた訳で復帰したのが4月だったろ? 学校も始まるからもし君がいなかったら、レッスンの時間もあまり取れなくて5月にデビューできるかすら怪しかったんだ」

 

「そう‥…ですかね」

 

「そうなると2人のユニット曲が完成するのも遅くなって、事務所単独LIVEには出られなかっただろうね。だからこちらとしては本当に感謝しているんだ」

 

入れ替わりを責められると思っていただけに俺は困惑していた。ただ、女装してまで頑張ってよかったと嬉しい気持ちになった。

 

「それで今日君を呼んだのは別の件についてなんだ」

 

プロデューサーさんはポケットから名刺を取り出して俺に渡す。

 

「改めてアイドルをやってみないか」

 

「え?」

 

「颯と入れ替わる訳でもなく、久川迅として君をスカウトしたい」

 

プロデューサーさんはそんな、予想もしてなかったことを言ってきた。

 

「えええええ!!!」

 

「なんと」

 

俺が反応する前にはー姉が盛大に驚いて声を上げていた。なー姉も知らなかったようで呆気に取られている。

 

「今すぐじゃなくてもいい。中学を卒業してからでも、少しでも興味があったら、うちに来て欲しい」

 

「え、うそ。じー君もアイドルやるの?」

 

「この事務所って男性アイドルいましたっけ?」

 

「いや、いないよ」

 

「ってことはじー君が事務所初の男アイドル!?」

 

「……そのことなんだけど」

 

プロデューサーさんは罰の悪そうに目線をそらし、頰をかいて言う。

 

「君には女装してアイドルをやってもらいたいんだ」

 

「……は?」

 

あまりの発言に頭が追いつかず、変な声しか出なかった。

 

「いやその、事務所の偉い人って頭が硬くてさ。男アイドルをプロデュースするって言っても却下されるのが目に見えてるんだよ。颯と凪もまだ知名度ないから説得材料には弱いし」

 

「まぁこれからドンドン有名になるけどね!」

 

「だからまず女装して知名度を上げて、そのあと正体を明かそうと思うんだ」

 

プロデューサーさんはそう説明する。地元の人にはバレバレであること、何かの拍子で男だとバレたらどうするのか、正体を明かしたとき大炎上するのではないか、色々問題点が多いような気がする。

 

俺ははー姉達を見る。はー姉は期待するようなキラキラした目で見ているし、なー姉はやれやれといった感じで俺とプロデューサーを見守っている。

 

答えはもう決まっていた。

 

「……高校は東京のとこにしようと思ってるんです。だからそのときもプロデューサーさんの考えが変わらないのでしたら、アイドルやりたいです」

 

1ヶ月の短い間だったが俺はアイドルの楽しさ、ステージの高揚感を知ってしまった。アイドルにスカウトされて、乗らないわけがない。

 

「……意外だな。説得に時間がかかると思ってたんだけど」

 

「はー姉となー姉がいますからね。二人が協力してくれるなら大丈夫ですよ」

 

「じーちゃんのためにも、また凪が一肌脱いであげましょう」

 

「その呼び方やめて」

 

「ていうかじー君が高校生になる前にはー達がビックになって、お偉いさん達を説得しちゃうんだからっ!」

 

「マジで頼むわ」

 

そう。一人なら無理かもしれない話だが、俺にははー姉になー姉、柚さん穂乃香さん、事務所の全アイドルという仲間が既にいる。女装だろうがなんだろうがやっていける気がした。

 

「……3人は面白いね。見た目は似ているけど中身は似ている訳じゃない。でもお互いが強く信じ合っている。アイドルとして補って、高め合える。いいユニットになるよ」

 

「当然。なんたって俺達は‥…」

 

 

「三つ子なので」

「三つ子だからね!」

「三つ子ですから」

 

 

この先、どんなことが待っているのだろう。分からない。ただ、はー姉となー姉、俺たち3人でなら、なんでも、どこまででも、楽しんでやっていけるだろう。

 




これで「乙女アイドル 〜久川家の三つ子の弟〜」は完結です。読んでくださった皆さん本当にありがとうございました。

無事完結することができて良かったです。後半夏休みが終わって投稿期間が空いたのは反省点ですが。

本当にありがとうございました。

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