乙女アイドル ~久川家の三つ子の弟~   作:アンセンブル

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第6話 乙女より男でいる方が落ち着く

 女装生活というのは気が休まらない。

 

「忘れ物忘れ物〜」

 

「ぎゃあああ!」

 

「あ、颯チャン着替え中だった? ごめんごめん」

 

 着替えるときは常に周りに注意しなければならず、

 

「双生神が生みせし豊穣の女神よ! 我が花宴の舞鎧を見よ!」

 

「次のライブの衣装? うわあ、すごいカッコいいですね!」

 

「でしょでしょ! それで、その……背中のファスナーを閉めて欲しいんだけど……」

 

 不測の事態にも下心を持たずスマートに対応し、

 

「颯ちゃーん親睦を深めるためにお山に登らせて〜!」

 

 過激なスキンシップから身を守らなければならない。

 

 

「あ゛ー、疲れたー」

 

 2回目のオフの日。俺は目を覚ましたがベッドから動けずにいた。何もやる気が起きない、女装するのも面倒くさい。今日は一日部屋に籠るか……

 

「ピンポンピンポーン。はーちゃん、もう昼ですよ起きてください」

 

 そんな俺の考えを嘲笑うかのように部屋のチャイムが鳴る。どうやらなー姉みたいなので俺はウィッグだけ頭に乗せてドアを開けた。

 

「起きてるよ」

 

「中で話しましょう。その方がじー君も楽でしょ?」

 

「そうだな」

 

 なー姉だけだったら女装しなくて済むので俺は部屋になー姉を入れ鍵を閉めた。

 

「これと言って用はありませんが近況報告を聞こうと思いまして。ここに来て何日か経ちましたがどうですか調子は」

 

「あんまりいい……とは言えないな。更衣室が空いてるときなんて全然ないから着替えるときヒヤヒヤだし、スキンシップとる子も多いから一時も休まらないよ」

 

「昨日はすみません、一緒に居てられなくて」

 

「いつも一緒になんて無理なんだから気にすんな。それに仕事の話だったんだろ?」

 

 プロデューサーの話だと初めのうちは俺たち2人一緒の仕事が基本になるが、徐々に分かれての活動を増やしていくらしい。その第一歩として、なー姉だけにあるポエム作家のインタビューの仕事がやってきた。

 

「はい、乃々さんという同い年の子と仲良くなったので今度紹介しますよ」

 

「はー姉に紹介してやってくれ」

 

「それもそうですね。ところでじー君は今日何をする予定でしたか?」

 

「今日は部屋にこもってようと思う」

 

「外には出ないのですか?」

 

「外だと女装しないといけないだろ? 引き篭もってれば男の格好でいいから伸び伸び過ごせるし」

 

 そんなふうに答えるとなー姉はふむふむと何やら考えだした。

 

「じー君はお疲れのようですね」

 

「主に精神的にな」

 

「ではバドミントンしてきてはどうですか?」

 

「バドミントン?」

 

「はい、徳島にいたときはよく1人ラケットを持って練習してたじゃないですか」

 

 バドミントン部に所属している俺は部活が休みの日はよく河原の道路下で壁打ちやフットワークの個人練習をやっていた。その時は、はー姉もついてきてダンスの練習をしていたものだ。

 

「でもラケット持ってないからな……」

 

「ラケットなら凪が持ってます」

 

「え、まじ?」

 

「ゆーこちゃんが言ってたのですよ。じー君はきっと無理するだろうから息抜きをしっかりさせなさいって。ラケット置いてってたようなので凪が持ってきました」

 

「そうなのか……」

 

「場所も調べてきました。ここからバスで県境に行ったところに河原があって、近所の人たちのランニングコースになっているらしいですよ」

 

 河原か……そこなら前に練習してた環境と似てるし、事務所から離れてるからアイドルと会う心配も少ないだろう。

 

「じゃあ行ってみるよ。ありがとう、なー姉」

 

「いってらっしゃい。上手くストレスを発散してきてください」

 

 

 なー姉からラケットとシャトルを受け取った俺はウィッグだけの簡単な女装とジャージ姿で女子寮を出た。バスに乗ってしばらくするとなー姉のいう河原に到着した。

 

 河原にはランニングしてるひとやキャッチボールしてる小学生がチラホラいるだけの静かでのどかなところだった。都心から少し離れるだけでだいぶ雰囲気が変わるんだなと思った。そして日の当たらない道路下のスペースまで移動した俺は、周りに誰もいないことを確認してウィッグを外した。

 

「うーん……久々の男の格好」

 

 スカートも履いてなければ胸に詰め物もしてないため動きやすい。女装にも慣れてきたがやっぱり男の格好の方が落ち着く。

 

 バドミントンの練習だが1人なのでやれることは限られてくる。フットワーク練習もあるがせっかくラケットを持ってるので、ここは壁打ちをやろう。

 

「ふっ、ほっ」

 

 壁打ちとは文字通り壁に向かったシャトルを放ち、跳ね返ったものをさらに打ち返すことを繰り返すラケット競技では鉄板の練習法だ。テニスや卓球と違いバドミントンのシャトルは跳ねないためあまりスペースはとらないが力が必要になる。

 

 1発、2発……。今日は風がないため外でも存分に練習できる。楽しい、久しぶりのバドミントンに俺はつい笑みがこぼれてしまう。

 

「……おっとと、力みすぎたか」

 

「へー、こんなとこでバドミントンが見られるなんて思わなかったな」

 

 シャトルを打ち損じてもう一度壁打ちをしようとしたとき、後ろから声をかけられた。この声……なにか聞き覚えのあるような……

 

「あ、ごめんごめん。止めちゃって」

 

「ゆ、柚さん!?」

 

 声をかけてきたのは柚さんだった。え、なんでここに? 確か柚さんはレッスンがあるはずで……もう夕方だから終わって帰り道か。つまり家がここらへんってこと?

 

「お? キミ、アタシのこと知ってるの?」

 

「知ってるも何も……」

 

 そこまで言って気が付いた。今の俺は女装してない、つまり久川迅の姿であるため柚さんとは初対面のはずだ。柚さんはみたところ俺のことに気が付いてないようだ。

 

「えっと、喜多見柚さんですよね、フリルドスクエアの」

 

「うん、そうだよ! え、キミもしかしてフリスクのファンなの? まだあんまテレビ出てないのに、嬉しいな~」

 

「そ、そうなんです。いつも応援してます」

 

「ありがとう! ちなみにあたしたちの中では誰のファン? バドミントンやってるってことはもちろん……」

 

「穂乃香さんです」

 

「ズコー! そこは嘘でも柚って言おうよ!」

 

「それでどうして柚さんがこんなところに?」

 

「アタシここら辺でよくトレーニングしてるんだ。そういう君は? ここでバドやってる人初めて見たけど何でわざわざ外で?」

 

「最近ここらへんに引っ越してきたんですよ。散歩してたらここを見つけていい場所だなーって」

 

「なるほどー。じゃあこれからも会うかもしれないね!」

 

「そうかもですね」

 

 実は毎日会ってます……なんて言えるわけもなく、俺はただうなづくことしかできなかった。

 

 しかしまさか柚さんに会うなんて……ここで練習するのは危険かもしれない。

 

 

 次の日、事務所のプロジェクトルームに着くとフリルドスクエアの人たちが談笑していた。

 

「ふんふんふふーん~♪」

 

「柚ちゃんご機嫌だね。何かあったの?」

 

「ふっふっふ……、実は昨日柚たちフリスクのファンに会ったのだよ」

 

「え~本当!?」

 

「本当本当、穂乃香チャンのファンなんだって」

 

「それは嬉しいです」

 

「応援してくれるファンのためにも頑張んないとね」

 

「だよね! 街で声かけられたの初めてだったから興奮しちゃった!」

 

 ファンに会ったって多分俺のことだろう。声をかけられたって言ってるけど、柚さんの方から声かけたような……。

 

「じゃあトップアイドル目指して今日も頑張ろー!」

 

 おー、とフリスクの4人は気合を入れる。

 

「アオハルですなあ」

 

「なぁ、なー姉」

 

「なんですか?」

 

「昨日教えてくれた場所ってどうやって見つけたんだ」

 

「柚さんから教わりました」

 

 なるほど、あそこで柚さんと会ったのは偶然じゃなかったってことか。

 

「いいところでしたか?」

 

 いいところ……。フリスクの先輩たちを見る。ファンが応援したことを聞いて喜びに満ちていた。

 

「まあ、行ってよかったなって思うよ」

 

 柚さんに会うというリスクはあったが、あの4人の笑顔が見られたのなら悪くはなかったのかもしれない。

 




バドミントンって壁打ちあるのかなと動画サイトで検索したら普通にありましたね。見ていて気持ち良かったです。
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