ある日俺となー姉、フリルドスクエアの4人はプロデューサーの部屋に呼び出されていた。
「よし、みんな集まったね」
「プロデューサー、お仕事持ってきたの?」
「私たちと颯ちゃん達ですか?」
「いや、今日はオーディションの案内を2つ持ってきた」
「2つ?」
プロデューサーが持ってきたオーディションの一つは美術部の女子高生が部の存続をかけて大作を作り上げる動画配信サイト限定の青春ドラマ、もう一つは今人気の恋愛漫画を実写化した映画のヒロイン役だ。
「この2つの撮影期間は被るから、受けるならどれか1つになる。みんなはどっちか受けたいやつはあるかな?」
「受かるのは1人なのに何人も受けさせるんですか?」
「メインじゃなくてもオーディションの演技によっては脇役をもらえるかもしれないんだ。だからこういうオーディションはたくさん受けさせた方がお得だね」
「へー」
「アタシはドラマを受けようかな」
「あずきもドラマやりたい!」
「私は映画に興味があります」
忍さん、あずきさん、穂乃香さんが資料をパラパラめくりながらそれぞれ受けるオーディションを決める。受けないという選択肢はないようだ。
「柚ちゃんは?」
「うーん……柚はドラマの方かな」
「意外。映画のヒロインの子なんか柚ちゃんっぽいしあってるんじゃない?」
「でも恋愛とかよくわかんないからドラマがいいかな」
「そんなこと言ったら私だって分かりませんよ」
確かに恋愛映画のヒロインをやるなら恋愛経験ある方がいいのだろう。まあみんなアイドルだから恋愛経験は少ないみたいだけど。
「颯ちゃん達は?」
忍さんが俺たちに聞いてくる。いきなり映画やドラマはハードルが高いし、撮影までにはー姉が復帰出来るかも分からないから今回は遠慮しておこう。
「凪は今回スルーするー。皆さんの様子を見学させてもらいます」
「私も……」
「言い忘れてたけどドラマの方に端役の募集があって颯はそれやってもらうことになったから」
「は?」
「オーディションとかないけどしっかり練習しような」
「え?」
「セリフも一言二言しかないからそんな心配そうな顔しなくても大丈夫」
いや、別のこと心配してるんですよ……と言っても伝わるはずもなく、ドラマの出演が決まってしまった。もし俺が出ることになったら全国に女装姿が拡散されるのか……。はー姉には早く復帰してもらわないとな。
◇
次の日からオーディションに向けた台本の読み合わせ兼演技レッスンが始まった。
「〜〜〜!」
「工藤、このシーンではまだ部長と初対面だ。もっと素っ気なく対応しろ!」
「はい!」
みんな何かしら演技の経験があるということで忍さんもあずきさんも柚さんも俺なんかより全然上手かった。
「ーーー!」
「綾瀬、今でも悪くないがもう少し恥じらいが欲しいところだな」
「はい!」
中でも穂乃香さんの演技は頭一つ抜けていると感じた。なんていうか穂乃香さんとは別の人格が穂乃香さんの体に宿っているようだ。
「久川妹はまだまだ粗いがよく役になりきっている。初めてにしては上出来だ」
俺の演技は悪くないらしい。毎日はー姉を演じてるからかもしれない。
◇
読み合わせから午後のダンスレッスンを終え、俺となー姉は帰る支度をしていた。
「あ、台本忘れた」
「レッスンルームですか?」
「多分。取りに行ってるから先に帰ってて」
大した用事じゃないのでなー姉を先に帰らせ俺はさっさとレッスンルームに向かう。この時間のレッスンルームは自主練スペースとなっており事前に申請すれば自由に使える。誰かいるかもしれないが別に問題ないだろう。
「失礼しまーす」
「あれ、颯チャン?」
「柚さん、お疲れさまです」
レッスンルームにいたのは柚さんだった。
「オーディションの特訓ですか?」
「そうそう」
「レッスン終わってからも練習だなんて気合入ってますね」
「まあアタシたちの中じゃ一番下手っぴだからね」
自嘲気味に笑う柚さん。素人の俺からすると穂乃香さんが一番で柚さん達に差なんて感じなかったけど、柚さんからしたらそうでもないらしい。
「穂乃香チャンはもちろんなんだけど忍チャンとあずきチャンも全然上手なの」
「そうなんですか?」
「柚はね、登場人物になりきるのが苦手なの」
演技はその役になりきるのが基本だとレッスンで教わった。当たり前のように聞こえるが、自己を抑えて演技するというのは難しいのだとアイドルを始めて理解した。
「でも今回のオーディションはちょっと頑張りたいんだよね」
「なにかあるんですか?」
「特にないんだけどね。ただ前にもドラマのオーディションを受けたことあって悔しい思いをしたからリベンジしたくて」
むん、と気合を入れる柚さん。俺はそんな姿を見て素直に応援したいと思った。
「じゃあ私も一緒に練習しますよ!」
「え?」
「2人で練習すれば1人だと気付けなかったことも分かるかもしれないし、一緒に頑張ってオーディション合格しましょう!」
「颯チャン……ありがとう!」
こうして俺と柚さん。2人の居残り自主練が始まった。
◇
「ーーー。」
トレーナーさんは俺の演技を評価してくれたが、やっぱり柚さんと比べたら稚拙なものに聞こえてしまう。何が違うんだろう……
「颯チャンより上手く聞こえるのはね。多分発声や表情の仕方なんだと思う」
「発声と表情ですか」
「そう、演技ってどれだけその役になりきれるかも大事だけどやっぱり基本は表現技術なの。表現したいことをその通りに伝えるのってすごく難しくて、日頃のボイトレやビジュアルレッスンが重要なんだ」
「なるほど……勉強になります」
「だから颯チャンもレッスンを続けてればすぐに上達するよ」
丁寧に教えてくれる柚さん。先輩アイドルの受け売りなんだけどねと柚さんは舌を出す。
「アタシの場合は役の理解が全然なんだ」
「役の理解ですか?」
「そう、役の子がいろんな行動を起こすけど時々『え、なんで?』って思うときあるんだよね。そういうときはなんとなくで演じるけど微妙な感じになっちゃう」
「そうなんですか」
「だから柚、恋愛映画なんて絶対無理! だって恋するヒロインの気持ちなんてさっぱり分かんないんだもん」
「なるほど……じゃあ柚さんの分からないところを一緒に考えていきますか」
「ありがとう。例えば台本のこことかさ、この子あんなに情熱的だったのにすぐに諦めたよね。柚だったらもうちょっと粘るな」
「この子は普段の言動と違って結構冷めてるんですよ」
「柚と似てると思ったけど実は正反対なんだねー」
「ふふっ、そうですね」
「そう分かったらなんだか前よりも合った演技が出来るかも」
「ではもう一度読んでみます?」
「うん、よろしくね!」
俺と柚さんの自主レッスンはオーディションの前日まで続け、柚さんは万全の状態でオーディションに挑んだ。
◇
そしてオーディション一次審査結果発表の日……
「いよいよだね……」
「うぅ……緊張で心臓が飛び出そうだよ」
「じゃあいっせーので開けるよ……いっせーのっ」
柚さん、あずきさん、忍さんは同時に封を開けた。
「やった!」
「よし……!」
小声で喜ぶあずきさんと忍さん。どうやら無事に合格したようだ。
柚さんは……俺は横目で柚さんをみる。柚さんは短くため息をついたのち小さな笑みを浮かべて俺たちに紙をみせて来て……。
「たはは……落ちちゃった」
そう短く告げた。