乙女アイドル ~久川家の三つ子の弟~   作:アンセンブル

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第8話 傷心乙女と乙女

 オーディションは忍さんとあずきさんが一次審査を通過し柚さんだけ落選という結果だった。

 

 柚さんはひとり俯いて何も言わない。こんなときなんて声をかけたらいいか俺には分からなかった。

 

「柚少し外に出てるね。忍チャンもあずきチャンもおめでとう!」

 

 そう言って柚さんは逃げるようにプロジェクトルームから出て行く。俺は結局何も言うことは出来なかった。

 

「今はひとりにしておきましょう。下手に慰めては逆効果だと思います」

 

「穂乃香さん……」

 

「アイドルをやってたらこういうときもあるよ。アタシたちはユニットでもあるけど、ライバルでもあるからね」

 

 忍さんの言う通りアイドルの世界というのは厳しく、頑張ったからといって報われるものではないのだろう。でも一緒に自主練をして臨んだ結果落ちたというのはやはり悔しかった。

 

 

 次の日は柚さんとのダンスレッスンの日であった。

 

「喜多見、なんだそのだらしない振りは! やる気あるのか?」

 

「ありますー」

 

 柚さんはトレーナーさんに怒られていた。いつもはビシッと決めるダンスにはキレがなく、ダラんとしていた。

 

「はぁ……もういい。喜多見は休憩、一度頭を冷やせ」

 

「はーい」

 

 そそくさとレッスンルームを出る柚さん。部屋には俺となー姉とトレーナーさんが残った。

 

「すまない、本来君たちの手本になる奴があんなんで。ただあいつはオーディションに落ちてショックを受けている。大目に見てくれ」

 

「わかってます」

 

「努力すればするほど、報われなかったときのダメージは大きいですからね」

 

「私はこういうのが不得手でな。喜多見のケアはユニットのやつらかプロデューサー殿に任せるとしよう」

 

 そう言ってトレーナーさんはレッスンを再開させ、俺たちは柚さんの分までしごかれた。

 

 

 何日か経ったオフの日、俺はバドミントンのラケットを持って再び河原に来ていた。柚さんも心配ではあったが俺も悔しいので体を動かしたかった。ここは柚さんと遭遇する可能性があるが、柚さんはレッスンがあるので夕方までに帰れば鉢合わすことはないはずだ。あと夕方には雨が降るらしいとなー姉に言われたので降る前には帰ろう。俺はウィッグを外して男の姿となりケースからラケットとシャトルを取り出した。

 

「ふっ、ふっ、ほっ」

 

 今日は壁打ちの他にもシャトル置きもやっている。シャトル置きとはある地点に置いた複数のシャトルを一つずつ別の場所に置くというフットワークのトレーニング方法だ。ちゃんとやるならシャトルをコート全面に置いたりするのだが、ここはコートではないので左右のフットワークだけをやる。

 

「1……2……3……」

 

 左サイドにあるシャトルを拾って右サイドに置く。再度左のシャトルを拾って右に置く。それの繰り返しだ。

 

「4……5……6!」

 

 6つ全て置き終わる。アイドルとしてダンスレッスンをこなしているためか心なしか早くなった気がする。

 

「あ、今日はシャトル置きやってるんだ」

 

 今度ストップウォッチで計ってみるか。そう思ったときに後ろから声をかけられた。

 

「え、柚さん!? なんで……」

 

 声の主は柚さんだった。俺は時間を確認する。時刻は3時過ぎ、柚さんはまだレッスンを行っている時間のはずだ。どうしてここに……。

 

「ねえねえ、キミラケット2本持ってる?」

 

「持ってますよ」

 

「じゃあ一緒に打たない?」

 

 

「よっ、とっ」

 

「えい! やあ!」

 

 少し離れて山なりに打ち合う俺と柚さん。人と打つのは久しぶりだ。やっぱりひとりよりもふたりでやる方が楽しい。

 

 ってそうじゃなくて! 俺は思考を元に戻す。なんでレッスンをしてるはずの柚さんがここにいるのかだ。

 

「今日はレッスンだったんですか?」

 

「んー? まあそうなるのかなー、一応」

 

「ユニットで練習ですか?」

 

「……えい」

 

「ちょ!?」

 

 不意に柚さんがシャトルを前に落としてきた。俺は反応が遅れ、手を伸ばすが届かず、地面に伏してしまう。

 

「はっはっはっ! 見たか、柚のドロップショット!」

 

「くそー……」

 

 悔しいが打たれるまで気がつかなかった。油断していなくても取れていたか怪しい。

 

「よし、身体もあったまってきたしスマッシュ打っていい?」

 

 まだまだ練習は続きそうだ。

 

 

 スマッシュ練習は片方がスマッシュを打ち、もう片方が山なりに返すというのを繰り返す。打つ側は出来るだけレシーバーの正面に打ち、厳しそうな球は軽く返すことでラリーを続ける。ラリーが続くとそれだけ打つ側は疲労でキツくなってくる。

 

「えいや! とう! せや!」

 

 柚さんがスマッシュを打ち俺がレシーブをする。柚さんは1球1球に力を込めて打っていた、まるで球に思いをぶつけているかのように。俺はそんな柚さんの球を身体の正面で捉えて返す。スマッシュレシーブは苦手なので集中する必要があり、話を聞く余裕がなかった。

 

 すると、顔に何やら水滴が付くのを感じた。これは……雨? しかもだんだん強くなってきた。

 

「にゃあああ!?」

 

「道路下に避難しましょう!」

 

 突如降り出した雨は勢いを増し、俺と柚さんは急いで道路下に避難した。

 

「はいタオルです。まだ使ってないのでどうぞ」

 

「ありがとう……」

 

 タオルを渡された柚さんは濡れた髪や服を拭く。

 

「急に降ってきたね」

 

「多分すぐ止むと思うんですけど……」

 

 とりあえず俺と柚さんは地面にタオルを敷き座り込む。

 

「くしゅんっ」

 

 すると隣で柚さんがくしゃみをした。柚さんは半袖のレッスン着。3月になって多少暖かくはなってきたが、雨で濡れた身体では寒くて風邪を引いてしまう。

 

「これを着てください」

 

 俺は自分の羽織っていたジャージを柚さんの肩にかける。

 

「え? ……わわっ! え、ええエッチ!」

 

「なんで!?」

 

「だだだって、し、下着が透けて……」

 

 言われて改めて見ると確かに柚さんの薄いレッスン着が濡れて下着がうっすらと透けていているように見えるような見えないような。心の中のなー姉に睨みつけられたので俺は直視しなかった。

 

「違います違います! くしゃみをしてたから風邪ひかないようにと思って……」

 

「そ、そうなんだ……ごめん、ありがとう……」

 

 ジャージを受け取り着込んだ柚さんは身体を小さく丸める。俺は代わりに寒くなってきたが男なので我慢した。

 

「アイドルの方は順調ですか?」

 

「え?」

 

 ちょうどいい機会なので、柚さんに何故ここにいたのか聞こうと思った。

 

「いえ、レッスンですかって聞いたとき歯切れが悪そうだったので、何かあったのかなって」

 

「あははー、鋭いね……うん、実はそうなんだ」

 

 観念したのか柚さんがやっと口を開いた。

 

「実はユニットの子と喧嘩しちゃって、レッスンルームを飛び出しちゃったんだ」

 

「そう……なんですか」

 

「うん、まあ柚が全部悪いんだけど。最近オーディション落ちちゃって、レッスンとか真面目にやってなかったんだ」

 

「はい……」

 

「そしたらユニットの子に怒られてムキになって言い返したらそのまま言い合いになっちゃって……飛び出してきちゃった」

 

 言い合いになったって多分、忍さんかな? 

 

「はぁ、あの子たちにも悪いことしたな」

 

「あの子たち?」

 

「最近入ってきたアイドルの子がいてね。よく一緒にレッスンするんだけど……。この前レッスンの途中で出て行っちゃったし」

 

 多分俺となー姉のことだ。トレーナーさんに頭を冷やしてくるようにいわれた日のことを言っているのだろう。結局あの日は柚さんが戻ってきても調子まで戻ることはなかった。

 

「そのうちの1人はオーディションの自主練にも付き合ってくれたのにね。嫌われちゃったかも」

 

「嫌いになんてなりませんよ」

 

「え?」

 

 たまらず声を上げた。柚さんを嫌いになるなんてそんなわけない。

 

「そのアイドルの子も自主練に付き合ってたんですからすごく悔しいはずです。柚さんの気持ちもきっと理解していると思いますよ」

 

「そうかな……」

 

「そうです」

 

「ふふっ、なんか変なの。キミが言うとなんかそんな気がしてくる」

 

「あ、あはは……なんでですかね……」

 

「でもなあ……本当に今回のオーディションは自信があったんだ。自主練で確実に演技力は上がったはずなのに」

 

「まだまだ伸び始めなんです。どんどん伸びて、穂乃香さんくらいにはなりますよ」

 

「いや、流石にそこまでは……」

 

「オーディションに落ちたときはまたここでバドミントンしましょう」

 

「そうしようかな、もうこんな思いしたくないけど。……うん、なんか色々話したら元気出た。ありがとうね」

 

 数日振りに見る柚さんの笑顔に俺はホッとする。良かった、いつもの柚さんに戻ったようだ。

 

 

「雨少なくなってきましたね」

 

「そうだね、でもこれ止まない感じかな……」

 

 何かないかと鞄を漁ると底の方に折り畳み傘があるのを見つけた。傘なんて用意した覚えが……ってこれなー姉のだ。きっと雨が降りそうだからもしものために入れてくれたのだろう。流石なー姉だ。

 

「柚さん、傘ありました!」

 

「おお!」

 

「雨が少ないうちにこれで帰りましょう!」

 

 俺たちは折り畳み傘に入り河原を後にした。

 

「柚さんを相合傘で家まで送れるなんてファンの人に刺されそうですね」

 

「まあ今のキミはファンじゃなくて近所の子ということで。それなら大丈夫でしょ」

 

「大丈夫……なのか?」

 

「それよりもっと中に入りなよ。左側濡れちゃってるじゃん、キミの傘なのに」

 

「こういうとき男は女の子側に傘を傾けるのがカッコいいって雑誌に書いてありましたから」

 

「それ言ったら台無しだよ」

 

「カッコよくなかったですか?」

 

「それは……まあ、ちょっとは、カッコいいかな……」

 

 柚さんは少し赤くなって恥ずかしそうに答える。思ってたのと違う反応で俺も少しドキドキしてしまった。

 

「そ、それじゃあアタシここ曲がったところだから! じゃあね、今日はありがとう!」

 

 柚さんは逃げるようにそそくさと走り去ってしまう。ポツンと1人取り残されてしまった俺は考える。

 

「ジャージ返してもらうの忘れてたな……」

 

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