如何せん書いているうちに文章がとっちらかってきたため(毎回のことですが)、書き直しました。
以前のものを見て頂いている方には削除してしまい申し訳ありませんが、完結まで頑張りますので、何卒よろしくお願い致します。
藤原一貴は深く深呼吸をして酷く澄んだ空気を取り込んでいく。
鼻から濃密な魔力を纏った空気が肺に流れていく。古代メソポタミアという神代の空気だ。時計塔の一般的な魔術師達にとっては垂涎ものだろう。
濃密な魔力を抜きにすれば、どこまでも澄み切った清浄な空気だ。
現代の排ガス等とは無縁の場所には原初の、本当の意味での空気が渦巻いている。
塒から抜け出して先ず朝日と空気を味わう。それが此処に来てからの日課となっている。
防壁の上をゆっくりと歩く。通常は見張りとなる衛兵がいるのだが、今や無人のものとなり果てた。単純にそれだけの人が残っていないのだ。
多くは既に死に絶え、残った僅かな兵力は最期の決戦に向けて休息をとっている。
だから、今はとても静かだ。
時刻は早朝。当然のことながら高層ビル群等というものはなく、地平線の彼方まで見渡せる。まず付近にはウルクの民が暮らす居住区が広がり、その奥には雄大な自然が息吹いている。そして深い密林に、広大な運河。平時であればそんな風景が一望できるはずだ。
しかしそこには闇色の何かがどこまでも広がっていた。中には米粒のような小さな影が無数に蠢いている。
―――太陽が昇ろうとしている地平線。そこにあるのは夥しいほどの悍ましい何かだ。
呪いの類は門外漢であるが、あれらが良くないものだとすんなり理解出来る。
門外漢どころかまともな人類であればそれは誰にだって分かることだろう。
人類の奥底に刻まれた本能が、あれは邪なものだと切に訴えてくるのだ。
一度触れればあれは容易く身を侵してしまうだろう。そうして待ち受けるのは死か、或いは死よりも醜い何かだ。そんなものが水平線を覆いつくすかのように群れを為して此方に今もなお押し寄せてきているのだ。余りにも現実味がなく、しかし原初の本能は明確に恐怖を訴えてきている。
ここまでくると最早笑うしかない。これからあれに挑むというのであれば尚のこと。
「止めるか」
内に沈んでいく思考をシャットダウンする。今更そんなものを考えたって仕方のない話だし、何よりも斬ることしか出来ない身にとっては余分な思考だ。
そうやって足を止め、暫く佇み煙草も二本目になる。火を付けたところで、背後に気配を感じ取った。
「―――こちらにいましたか、マスター」
凛とした声が聞こえた。煙草を咥えながら首だけ振り返ってみると、そこにいたのは予想通りの人物だ。
袴姿に白髪、そして腰に携えた日本刀。
藤原一貴と契約したサーヴァント、沖田総司だ。
「ああ、お前も起きたか。体調は?」
「万全です。ええ、瀉血もしていません」
「体調の良し悪しを瀉血の有無で判断出来るあたりがもう元気ではないな」
肩を竦める。沖田と過ごした時間は単純な期間という意味ではそこまで長いものではない。ただ、幾度となく共に死線を乗り越えた相棒だ。語る口も軽くはなるというもの。
少しばかり真面目な顔を貫いていた沖田の顔があっという間に崩れる。
「そこは私も自覚しているのでやめてほしいんですけどー……」
「接近戦しか出来ないのにいつ爆発するかもわからない爆弾持ちとか洒落にもならん。近接戦闘中に発動したらあっという間にお陀仏だからな」
「だから自覚してるのでやめてくれませんか!? というか、マスターだって相当ピーキーですからね!?」
確かに、と一貴は笑った。魔術師の癖に碌な魔術が使えず、ただ斬るという一点のみを只管に特化させた身だ。遠距離では何も出来ないあたり、ピーキーと称されてもしょうがない。
「まあ良いんですけどねー、本当のことですから。でもマスター、休憩はちゃんと取らなくちゃだめですよ。多分、これから休憩する時間はないと思いますから」
「ああ。分かっている」
後何時間かすれば、身を置くのは醜い鉄火場になる。体調を万全に整えておけ、という沖田の言葉は正しいが―――。
いや、これから戦場に身を置くことになるからこそのルーティンが必要になるのかもしれない。
ふぅ、と息を吐く。僅かに色づいた白い煙が放射線状に伸びて空気に溶けていく。
「……前から気になってたんですけど、煙草って美味しいものですか?」
脈絡もなく、沖田がそんなことを聞いてきた。
「土方さんも偶に煙草吸ってたんですよねー。ほら、私は生前……というか今もなんですが病弱なので、そういう嗜好品とは縁が無かったんですよ」
沖田は病弱というマイナス効果しかないスキルを高ランクで獲得している。生前から病弱ということで有名ではあったのだが、英霊になってもなおそれが付きまとうというのは最早呪いだ。
「……さぁ、どうだろうな。これは薬品だから一般の煙草とは違う。俺も殊更に美味いと感じたことはない。こんなものは習慣だ」
何せ一貴が十になる頃には吸っていた代物だ。それから十年以上殆ど毎日吸っているから、間違いなく習慣にはなっている。時折口寂しくなるくらいだから、そういった意味では喫煙者で間違いない。
「気になるなら吸ってみるか?」
そういって一貴は煙草を一本取り出して沖田に差し出した。一貴なりのつまらない冗談のつもりだった。
病弱な沖田がこんな提案を受け入れるわけがない、と高を括っていたが予想に反して沖田は食いついた。
「良いんですか!? いやー、前から興味あったんですよね」
一貴の手から煙草を受け取ると喜色の表情を浮かべて早速それを咥える。そして何やら妙なポーズを取り出した。片足を下げ、顎を傾けて、表現に困るがそんなおかしなポーズだ。
「どうですか! 沖田さん出来る女っぽいですか!?」
間抜けにしか見えなかったが、それを直接口に出せば沖田も傷つくだろう。感情の機微に疎い一貴でもそれぐらいは分かる。だから曖昧に頷いておくに留めた。
懐からジッポライターを取り出して、それも沖田に渡してやる。
一貴が愛用する煙草はコンビニ等で売られている市販品ではない。薬草やら漢方やらを織り交ぜて作った特注品で、ヤニやらニコチンは殆ど含まれていない。
勿論煙草であることは間違いないし、魔術的な要素をぶち込んだ代物故に長期に渡って服用すると身体に悪影響を及ぼすこともある。藤原家ではこれを代々使っており、もう一貴は手遅れだ。藤原家は短命が宿命付けられている。歴史の浅さを薬品で強引に誤魔化しているのだから、当然といえば当然だ。
しかし基本的には肺を鍛えるための代物であり、一度の服用でどうにかなるものではない。
沖田はいそいそと一貴の真似をするように怪しい手つきでフリントを回すが、中々火は点かない。見かねた一貴が手を貸してやるが、ジッポライターはうんともすんとも言わない。
実は一貴が使った時も手間取ったのだ。何せ連戦に次ぐ連戦ではオイルの補給する暇も中々なかった。
「オイル切れだな」
だから諦めてくれ、と言葉を続けようとした瞬間、不意に沖田の顔が至近距離に現れる。まるでキスをせがむかのような格好に枯れている一貴でも少し動揺した。
「それが使えないんでしたら、マスターの煙草の火を貸して下さいよ」
思わず脱力する。何か漫画の影響でも受けたのだろうか。そんなところだけを見るとただの少女にしか見えない。
仕方がなく、自分が咥えた煙草と沖田のそれに近づける。
顔が近い。影が重なる一瞬前、ようやく沖田の煙草にも火が灯り―――
「うぼぇ!?」
汚い悲鳴と共に沖田は盛大にえずき、撒き散らされた唾液は至近距離にあった一貴に直撃した。整った顔立ちの異性とはいえ、唾液を顔面で喜べるほどの奇特な趣味は一貴も持っていない。
袖で唾液を拭い沖田を見ると未だにえずいていた。
そんな様子を見ていると僅かにあった恐怖も薄れていくのだからおかしな話だ。
なんだって出来る等と子供染みたことを言うつもりはない。
出来ることは斬ることぐらいで、それだって前線を張るサーヴァントには敵わない。
サーヴァントではないただの人間相手に遅れを取るつもりはさらさらないが、そんな自負はこの場においては何の意味もないことだ。藤原一貴という人間は明確な弱者であり、庇護される対象だ。
しかし、どうしてだろうか。沖田がいれば、どうにかなってしまうと思ってしまうのは。
そんなことあるはずがないと思っていても情けない姿を晒しているコイツがいればどうにかなってしまいそうな、そんな勇気が湧いてくる。
共に駆けた時間は少ない。けれど苦楽を共にし夥しい死線を掻い潜ってきた沖田にはそのくらいには信頼があり―――まあ、そういうことだ。
未だにふらつく沖田に肩を貸してやり、前とは立場が逆だな、と昔を思い出す。
昔といっても大きく時間が巻き戻るものでもない。出会いは冬木という街だった。
炎に包まれた街の中で、沖田と出会った。それが遥か昔の事に思えるほど、此処まで至るまでは濃密な道のりだった。
開戦まで残された時間は少ない。安穏とした時間はもう無くなってしまう。だからつい老人のように懐古してしまうのだろう。
一貴が家を継ぎ、親父を殺したこと。
カルデアにスカウトされたこと。
爆発に巻き込まれ、強制的にレイシフトされたこと。
其処で出会いを果たしたこと。
走馬灯のように情景が頭に浮かんでは消えていく。しかしそれも仕方のないことだ、一人で言い訳をする。
きっと、次が最期の戦場になるだろうから。