桜の花弁   作:Mamama

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「藤原さんって沖田さんの事好きなの?」

 

 いつだったか、立香はそんな事をいきなり宣った。食堂で偶々マシュ共々一緒になった時の話だ。一貴はサラダを咀嚼しながら立香を見た。ちらちらとこちらを伺っていたといえばそんな事を言うとは。

 

「先輩先輩! それはもしや恋バナというヤツでは!?」

 

 小声で一人盛り上がるマシュに、コイツも変わったなと一貴は感慨深くなる。人間らしくなったといえば、まあ昔よりも良い傾向ではあるのだろう。

昔の人形同然のマシュは斬ったところで詰まらなかっただろうが、今ならば斬っても楽めるだろう。当然、そんな事は内心で思うだけで実行には移さないが。

 

「何を言ってるんだ、お前は」

「あれ? なんか普通の反応」

「どんな反応を期待していたんだか。悪いが、そういう浮ついた話はアイツとの間にない」

 

 特段照れるような話でもない。サラダを嚥下して一貴は至って普通にそう言った。

 

「そう? 多分沖田さんの方は満更でもないと思うんだけどなー」

 

 つまらなそうな顔で箸を行儀悪く弄ぶ立香。カルデアに来る前までは普通の高校生だったという話だから、そういった恋愛絡みの事に興味を持つのは極めて一般的な感性であるといえる。

 

「なんでもかんでも恋愛に結び付けるのは関心できないな。俺や沖田ならまだしも、サーヴァントの中にはそういった話題に敏感なやつだっているだろう」

 

 英雄譚とは華々しい物語だけではない。目を覆いたくなるような悲壮に満ちたな物語もまた、数えきれないほどある。英雄達も揃いも揃って我が強く、一体どこに地雷が紛れ込んでいるか分かったものではない。

地雷を踏んで殺されるなんて間抜けな死に方は一貴も御免被るため、英霊が増える度に歴史書を紐解くという事態に陥っている。

 

「でも藤原さんと沖田さんは良いコンビですよね。こう、お互いの事が分かっているというか」

「そうそう。この間の戦闘訓練でも背中を預け合って凄いカッコよかった」

 

 口々に感想を漏らす二人。実際、一貴と沖田の戦闘スタイルは似通っているため息は合い易い。共に刀を用いた近接戦闘がメインであるために、最善手である次の一手というのが分かりやすいのだ。そういった意味で言えば相性はいいのだろう。それがマスターとサーヴァントの関係の最適解であるかどうかは兎も角として。

 

「さて、俺が目指す見本が近くにあるからな。自然とそれに合わせるようになってきているんだろう。別に不思議な話じゃない」

「そして息の合った二人は互いを意識するようになり……」

「あ、清姫」

「ちょっと用事思い出した」

 

 馬鹿なモノローグを入れ始めたので、最強呪文にて立香を黙らせる。立香はガタッ!と勢いよく立ち上がり無駄に洗練された動きでトレーを返却口に戻しに行った。

 

「……藤原さん、私では認識できないのですが、本当に清姫さんがどこかにいるのですか?」

「さあ? そもそも俺は清姫の名前を言っただけでいるなんて一言も言っていないが」

 

 一貴の言葉に顔を引きつらせるマシュ。

 

「なんというか、藤原さんも変わられましたね。……あ、ええとこれは良い意味ですよ?」

「特別変わっていないさ。俺は人見知りでな。多分、環境に慣れて前より自分を曝け出せるようになったんだろう」

 

 嘘ではない。少なくとも一貴の意識下においてはそれが正解だった。

対人関係がこれまで希薄だったが故に距離感を測りかね、一歩下がった距離で接することが多かった。だがそれも共に釜の飯を食っていれば距離感は多少なりとも埋まるもの。

良くも悪くも藤原一貴という人間は何も変わっていない。

 

「キリエライト。お前だって変わった。とても人間らしくなった。それは喜ばしいことだと俺は思う」

 

 言われた事を機械的にこなすだけの少女が此処までの情緒を取り戻すなど、誰が想像しただろう。一貴がそう言うと、マシュは柔らかく微笑んだ。

 

「……ええ、きっと。先輩が私を此処まで導いてくれましたから」

 

 そうやって笑えるあたり本当に強くなったと思う。自己表現が幼かった少女はもう卒業した。

初めに出会った時はちょっとした既視感があった。それが自分自身だと気づくのは直ぐのことだった。しかし良き出会いに恵まれ、マシュは正しく成長した。

そしてただの少女が恐怖を押し殺しながらも前線に立つ光景は、だからこそ尊いものなのだろう。

 

「……そういう意味だと藤丸も同じか」

「何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」

 

 あの変哲のない、恐怖に慄いていただけの少女がよくここまで来たものだ、と内心で呟く。当時のこと振り返ってみると、理由はどうあれ通路のど真ん中で寝ていたあたり大物の片鱗はあった。起きた瞬間、一貴を見て不審者扱いした事を含めて。

 

 

 

 

 

「最後だ」

 

 片腕が捥げ、鑪を踏んだ仮想エネミーの首を刀で刎ねる。近未来的なフォルムをしたそれは倒れこみ、戦闘シミュレーションは終了した。

ふぅ、と一息つく。前回よりも難易度を上げた、と言っていたが其処までのものとは思えなかった。学習アルゴリズムとやらに粗でもあるのか、動きこそ速くなったものの一貴から言わせれば案山子同然だ。

良い運動になるのは間違いないのだが、それ以上のものには成り得ないだろう。

所詮はプログラミングされた機械だ。其処には息遣いも感情もあったものではない。

だからきっと、この敵がどれだけ手ごわくなろうが楽しめる戦いにはならないだろう。

 

「お疲れ。記録は7分26秒―――おめでとう、記録更新だ」

 

 部屋から出た一貴を出迎えたのはダ・ヴィンチだった。隣にはロマニもいる。かの高名な芸術家が女体化しているということに当初は面食らったものの、すぐに慣れた。

そもそも他人に重きを置いていないこともあるが、ありとあらゆる分野において輝かしい功績を残した万能の天才だ。凡人の俺如きで推し量ることは出来ない、という考えがあったからだ。

そんなこともあるのだろう、と納得していた一貴にそう言えるのは君だけだよ、とロマニは苦笑していた。

 

「お疲れ様、藤原君。汗を掻いただろうから、水分補給はしっかりね」

 

 ロマ二が差し出したスポーツドリンクを受け取り、嚥下する。火照った身体に水分が心地よい。

汗臭くなった上着を脱ぎ捨て、タオルで上半身を拭いて適当に用意した肌着を着る。

カルデアの制服があるが、初日以降は部屋のクローゼットで眠っている。魔術礼装としての役割があるというが、一貴の耐魔力を考えれば焼け石に水以上の効果は見込めないし、何よりも身体が引っ張られるような感覚があってどうにも好きになれないでいた。

 

「しかし凄いね。藤原家はあまり歴史が長くない魔術家系と聞いていたけど、まさかカルデアの新記録を樹立するとはね」

「歴史が浅いとはいえ、白兵戦に特化しているからな。これくらいは出来るさ」

 

 魔術師とは切った張ったを生業としているわけではない。魔術師の中での常識で言えば一貴が圧倒的に異端だ。自衛の手段を持ち合わせる者も多いが、根本的には魔術師とは研究者であって、戦闘者ではない。そういった観点から言えば一貴は魔術師ではなく魔術使いだ。一般的な魔術師であれば行使できるような魔術も一貴は殆ど使えない。敵を切り殺すという一点のみに特化した魔術回路は一般的な魔術の行使に適さず、最悪の場合は容易く暴発して死に至る。

 

「逆に言えば、俺はこれしかできない。ダ・ヴィンチなら俺の座学や一般魔術の成績を知っているだろう?」

 

 一貴の言葉にダヴィンチは苦笑した。

 

「確かに、剣以外の腕前はBチームの中でも間違いなく最下位だろうね」

「ああ。何せ俺にはそれしか出来ないからな」

「荒事に強いっていうのは僕からすれば羨ましいんだけどね」

 

 見ての通り僕は弱いからね、とロマニ。

一貴の白兵戦の実力はカルデアのAチームの面子と比較しても遜色ない。しかし、それは直接的な戦闘、真っ向勝負の殺し合いという限定的な場面に過ぎない。

一貴は精神などの内面に働きかける魔術には滅法弱いため、その弱点を突かれればAチームどころかそこらへんの木端魔術師にすらあっさり負ける。

俺のような人材はカルデアも酷く持て余していることだろうな、と一貴は他人事のように思う。一貴がカルデアに来てやっていることと言えば専ら戦闘シミュレーションだ。

戦闘技能の向上のために、というお題目があるようだがそれもどこまで本気か分からない。

自分の価値など前線に立って鉄砲玉として特攻するぐらいしかない、と割りきっているので別段文句があるわけではないが。

 

「……藤原君。君、命は粗末に扱うものじゃないよ?」

 

 医者として琴線に触れたのか珍しくロマニにそう苦言を呈した。

 

「レイシフト率は低いけど、そもそもレイシフト適正があることが希少なんだ。君は剣術以外にも秀でるところがある優秀な魔術師で、得難い人材だ。決して早まった真似はしないで欲しい」

「俺はそもそも自分の命を軽んじているわけではないが……肝に銘じておこう」

 

 一貴は肩を竦めて言った。魔術師というのは基本的にロクデナシなのだが、ロマニは善性の人間だ。それは出会った時からの一貴の印象であり、今でも変わることがない。

だからこそ面倒だ。純粋な善意は一貴の身を案じるもので、反発がしづらい。

 

「藤原君、君の戦闘データを細かく解析したいんだけど良いかい?」

「好きにしてくれ」

 

 途中から会話に入らず猛烈な勢いでコンソールを操作し始めたダ・ヴィンチに言い残して一貴は部屋から去ろうとする。

 

「これからの君は……フリーだったかな。これからどうするんだい?」

「部屋に戻って一服して、後はまあ木刀でも振るってるさ」

 

 一服、という言葉を聞いてロマニは顔を顰めた。一貴はその単語が失言だったと少し遅れて気づく。

 

「医者としては、あの煙草の服用を止めて欲しいんだけどやっぱり駄目かい?」

 

 ロマニの指す煙草とは当然市販品として売られている代物ではない。藤原家に伝わる―――といっても大した代物でもないが―――自作の煙草だ。

通常の煙草に肺にダメージを与えるものだが、一貴のお手製の煙草は漢方薬などがふんだんに使われており、肺を鍛えるための代物だ。

寧ろ健康という点で言えば身体にいいものなのだが、ロマニは煙草の服用を止めさせたがっていた。理由は分かるのだが止めるつもりはない。

 

「出来ないな。あれも鍛錬の一つだ。俺は弱くなりたくない」

 

 肺を鍛える。即ち肺活量を鍛えるもので、白兵戦に特化した一貴にとって長く戦うための持久力を鍛えることは必須のものだ。

足を止めた瞬間に剣士は死ぬ。だから足を止めないように動き続けなければならない。

 

「……君にだって胸部X線の写真を見せただろう? 確かにあれによって君の肺は鍛えられているけど、ドーピングと同じだ。あれを使い続けるといずれガタが来るよ。……いや、その兆候はもうある」

 

 つい先日の瀉血のことを指していることは間違いない。一貴は唇が何かの拍子に切れたくらいの認識でいたが、バイタル測定を行っていたロマニ曰く異様な数値を示していたという。

 

「勘弁してくれ。医療部門のトップと言えども、俺の生き方にケチを付けないで欲しい」

 

 一貴はそう言って逃げるようにして部屋を去った。ロマニがまだ何か言っていたが、俺はそれを聞かない振りをした。

余り長く生きられないことは、一貴にだって分かっていることだ。そして喫煙量が増えればそのリスクは加速度的に増していくだろう。だが一貴は服用を止める気はなかった。

人間なんていつかは死ぬ。行きつく場所なんて誰でも同じだ。

どれだけ生きるのか、なんてのは一貴にとって重要視するべき事柄ではない。

どのようにして死ぬか。それこそが一貴が大事にしたいものだ。

 

「出来れば敵地のど真ん中で鬼気迫る表情で弁慶のように立ち往生して死にたいものだな。……ああ、そんな死に方が良い」

 

 望まれるがまま、愚直に剣に生きてきたのだから、最期もそんな風に終わりたい。

他人からは馬鹿な男だと嗤われるかもしれないが、それが一貴に残ったちっぽけな願望だ。

 

「こんにちは、藤原さん」

「ああ」

 

 部屋に戻る道中、マシュに出くわした。珍しいことに、良く分からない小動物のフォウも傍らにいる。別に好かれたいわけではないが、フォウは一貴のことを嫌っているのかも見向きしない。

自身よりも頭一つ分は低い小柄な背と並んで歩きだす。単純に、同じ方向に向かっているからだ。

マシュとの仲は良くも悪くもない。何回か会話をしたことはある。しかしマシュも一貴もどちらかというと受け身な人間で、会話が長く続くことはない。そもそもお互いに仲良く話す内容はない。マシュはAチームで一貴はBチーム、所属するチームすら違うのだ。

一貴とマシュは顔見知りという関係を体現する関係だ。

 

「……今日も戦闘訓練を?」

「まあな。それぐらいしかやることがない」

 

 とはいえ、まるっきり会話が出来ないわけでもない。会話が出来ないのではなく、会話をする必要性が無いという為に会話が少ないのだ。一貴もマシュも世間話くらいはやろうと思えばできる。

 

「フォウ?」

「フォウさん?」

 

 そんな薄味な会話が終盤に差し掛かる頃、フォウが突然反応を示し、走り出す。

一貴も視線で追っていくと、フォウが向かう先にカルデアの制服を着こんだ少女の影があった。

その少女は硬い通路に大の字になっていた。

何かあったのか、とマシュと共に駆け付けたが、栗色の髪の隙間から見える顔は安心しきったかのように緩んでおり、胸も規則正しく上下している。

ついでに口の端から涎が垂れていれば、単純に寝ているだけというのは明白だ。それもちょっと疲れて横になったとかではなく、爆睡と言って差し支えの無い堂に入った寝方だ。

とはいえベッドではなく通路で寝る意味が分からないが。

 

「……」

 

 マシュはその光景を見て少し躊躇ったようだが、意を決したかのように口を開く。

 

「あの。昼でも夜でもないから、起きてください、先輩」

 

 フォウに乗っかかれた衝撃と声を掛けられたことによって、少女の目が緩やかに開いていく。

まだ意識が覚醒しきっていないのか、上半身がゆっくりと持ち上がっていき、眠気眼のままきょろきょろと周りを見渡す。フォウを見て、マシュを見て、最後に一貴と視線がぶつかった。一貴を見たまま少女の首がこてんと曲がり、呟くように少女は言った。

 

「……不審者?」

 

 

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