人間はサーヴァントに敵わない。
無論、それは絶対的な法則ではない。カルデアに駐留する一部の作家系のサーヴァントであれば一貴にも勝利の目はあるだろう。
しかしそれはごく一部の例外であり、一貴に限らずただの魔術師がサーヴァント相手に勝ち筋を見出すのは至難だ。
一貴の刀、加州清光は立派な概念武装でありサーヴァント、というよりは霊的なものに対する特攻であるため、斬れば手傷を負わせることは出来る。人間でいうところの急所にあたる霊核を破壊すればサーヴァントだって倒せる。ただ、それは机上の空論に近い。
如何なる攻撃でも当たらなければ意味がない。戦いによって名を残した英雄達が厳しい経験を積んだとはいえ二十代の男以下の戦下手ということはありえず、往なされて呆気なく終いだ。
それを知ってもなお一貴はサーヴァント相手に鍛錬を重ねていた。
一部の口がさのないスタッフが無意味な事を、と一貴を嘲笑していることを本人は知っている。しかし今更止められないのだ。そこで足を止めてしまえば、絶対に敵わないと見切りを付けてしまえば、それこそ存在理由を失ってしまうことになる。
……失意の果てに死ぬ事は良い。ただ、無意味は死は嫌だ。
それはある種の強迫観念となって一貴を駆り立てているのだ。
「……どうした。足が止まっておるぞ?」
軽く言うアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎に一貴は鍛錬の真っ最中だということを思い出した。重く圧し掛かる疲労で一瞬意識を飛ばしていたらしい。
「……何、ちょっとした考え事だ」
「そうか。だがお主も知っていよう。剣士は―――」
「足を止めた瞬間に死ぬ。ああ、分かっているさ」
軽い応酬をしながら呼吸を整え、全身の神経を集中させ、意識を研ぎ澄ませる。鋭敏な知覚反応は純粋な人間の領域を脱しようとしているが、そんなもの一つで崩せるほど、サーヴァントも安くはない。佐々木を見る。飄々とした、一貴と同じくらいの体躯の男のはずだがまるで堅牢な要塞にでも挑んでいる気分になる。どこに踏み込んでも次の瞬間には容易く両断されるビジョンが目に浮かぶ。
それを知ってもなお一貴は疾駆した。勝ち筋がないなら作るしかない。隙がなければ作るしかない。
佐々木は目を細めて迎え撃つ。物干し竿と呼ばれる刀は異様に長く、その射程は槍と遜色ない。
飛び込んだ先に横薙ぎ。的確に頸を狙う。避け―――切れない。
四肢に力を込めて真後ろに下がる。負けたくないという意地は悪い方向に傾いた形だ。振り切るまでもなく、異様な速さも切り返し。物干し竿は途中で軌跡を変え、必殺の一撃が今度は頭上から降ってくる。
「―――!」
跳ぶ。そのまま強引に突き進み佐々木に一撃を見舞おうとするが、これまたいつの間に引いたのか、一貴の顔面近くに刃が迫っていた。
強引に身体を捻る。そのまま吶喊し、次の瞬間には刀の柄が俺の眼前に突き出されていた。
首を後ろに倒す。先ほどまで頭が在った場所に柄が素通りしていく。
「ほう?」
佐々木は少しだけ楽し気な笑みを浮かべた。
一貴はブリッジの態勢になり、四肢に力を込めて飛び上がる。ここしかない。
「マルチトリ……!」
一小節。一工程よりも時間が掛かるが、僅か数秒の時間は佐々木にとって長すぎる時間だったのか。魔術を起動しようとした瞬間、一貴は眉間に衝撃を受けて、意識を失った。
「大丈夫ですか、マスター?」
起きた瞬間、目に入ったのは心配そうな顔の沖田だった。
「……ああ」
眉間の痛みを押し殺し、起き上がる。戦場であった草原でそのまま寝かせられていたようだ。
草は緩衝材となり、身体に痛みはない。
「おお、起きたか。……ふむ、身体の頑丈さは随分と向上したと見える」
佐々木は呑気に笑いながら、岩場に座ってエミヤにでも作ってもらったのかお握りを頬張っていた。
「……負けたか。どれぐらい持った?」
「四半刻といったところでしょうか。今回はかなり時間が伸びたようですね」
「……」
それでもたった三十分程度。サーヴァントとの訓練は相当の消耗を強いられる。体感としては親父と丸一日と殺し合った時と同じくらいに感じた。
しかも佐々木が相当の手心を加えた、というオマケ付き。
「……いや、義肢駆動を使えばもう少し……」
「訓練でそれは止めてくださいよ。ダ・ヴィンチちゃんにも止められているでしょう?」
「……」
多少マシになったとはいえ、カルデアの備蓄については未だ厳しい状況が続いている。
ダ・ヴィンチがいくら万能の天才といっても無から有を作り出すことは出来ない。
義肢の修復には当然素材となるものが必要になるため、訓練でぶっ壊すようなことをするな、という厳命も本人から受けている。
「はっはっは。沖田殿の前ではお主も形無しと見える。いやしかし、最初に比べれば随分持つようになった」
佐々木は飄々とした性格、それと同じ日本人ということもあり割と気安く訓練を頼む相手でこういった形での訓練は最早数えきれない。一貴と同じく、戦いたがりでもある。
「沖田殿の言う通り、その義肢を使用するのは止めておけ。それはダヴィンチ殿がとっておきとして付けた代物であろう? 訓練で遣うにしては過ぎた代物だろうさ」
「魔術を暴走させて強引に使うような代物だろうからな」
一貴の腕と足の義肢はダヴィン・チによって義肢礼装となって生まれかわっている。駆動形態に入れば大幅な戦闘力の向上が見込めるが、残念な事にそれでも尚サーヴァントには敵わないだろう。
ダ・ヴィンチ本人もこれを撤退ないし逃走用を想定した節がある。
そもそも、仮にもマスターである一貴が最前線に立って戦うのがおかしいといえば、その通りなのだが。
「……」
服に隠された義肢を沖田は痛ましい目で見る。普段は軽い癖に変に潔癖で責任感を感じているのだろう。
一貴は当時の事を思い出す。
寧ろ、一貴としては死ぬものとばかり思っていたし、命を拾ったのは沖田のお蔭なのだが。
しかし、契約しているサーヴァントとしては安易に見過ごすわけがいかないのだろう。
若草色と群青色。まるで違うこの場の光景は、だからこそ真逆の冬木の街を想像させた。
現代の街並みは無残にも崩壊していた。
爆撃されたかのように街並みは崩れ、そこかしこで炎が立ち上っている。
もうこの街はどうしようもないのだろうな、と一貴は他人事のような感想を抱いた。
何せ怒涛の展開だったのだ。良く分からないうちに爆発が起き、隔壁が閉じて万事休すかと思われた時にはこれまた勝手にレイシフトさせられて、気づいた時には此処にいたのだから現実味はない。
ただ立ち上る炎が俺の身体を熱していき、きっとこれは現実なのだろうなという酷く感情を欠いた考えがぽつりと浮かぶのみだ。
色々な疑問は浮かぶ。しかしそれらを全て一貴は一旦棚上げした。いや、それらを些末な問題と切り捨てた。
自分の頭が控えめに言っても上等なものとはいえない自覚はある。であれば考えるだけ無駄というものだ。
故に考えることはこれからのこと。幸い、刀はある。多少傷があるが致命的なものはなく、動くことに支障はない。
一貴が出来ることは馬鹿みたいに刀を振るうことだけだ。そしてそれが出来るならば何も問題はない。
「そのあたりはどうだろうか?」
一貴は前方にいる複数の影に向かってそう問いかける。当然のことながら、返答なんて返ってこない。何せ物を言うべき口がないのだから、予想出来たことだ。形状は人型ものだが、肉は全て削ぎ落ちており、本来は目がある部分も窪んでしまっている。理科室にあるような人体模型が勝手に動き出したかのようだ。そんな肉の無い骨はがしゃがしゃと耳障りな音を立てて此方に近づいてくる。使い魔か、と当たりを付けるがそれも妙だ。魔術師が使い魔を運用するというのはよくある話だが、戦闘用となるとそれなりの労力を必要とするのが定石だ。
つまり、これを魔術師が操っているとするとその魔術師はそれなり以上に優れた術者ということになるのだが、それにしては運用方法がおざなりだ。
そもそも魔術師は戦闘のプロフェッショナルではないのだが、そうでなかったとしても隙を突いたり機を伺うものだが、それもない。
であれば第二第三の可能性だ。
そもそもあの骸骨達は魔術師の使い魔などではない。魔術師の制御を離れたか、自然発生したのか―――。
「斬れば分かる、と言ったのは誰だったか。至言だな……」
今回の場合斬ったところで分からないと思うが、どう考えても骸骨達は友好的な雰囲気ではないし、斬ったところで問題はないだろう。ならば斬るしかない。
回路に魔力を走らせ構える。ひゅぅ、と息が肺から洩れ、意識も沈ませていく。
踏み込み、一閃。
骸骨達は槍だの剣だの構えていたが、その上から当然のように両断した。
初めての土地故に土地勘があるわけでもない。これが登山などであれば下手に動くには危険かもしれないが、この場所においては動くしかないだろう。
ここに転移する直前、あの場所には一貴以外にマシュと立香がいた。であれば二人も何処かに流れ着いていると考える方が自然だ。
立香はどう見えても魔術師として素人だったし、マシュは下半身を瓦礫に挟まれて半死半生の状態だった。それを考えると、一人でぽつねんと立っているわけにもいかない。
感情の機微に疎いとはいえ、人の心がまったくないわけではない。
まずは二人を見つけることが先決か。
「あちらかな。まあ、勘でしかないが」
適当に目星を付けて一貴はその方向に足を向けた。
結論から言うと、一貴の勘は当たった。
立香とマシュは無事なようで、それ自体は喜ばしいことなのだがそこにいたのは二人ではなく、四人だったのは予想外だ。マシュにしても巨大な盾を持った騎士装束へと変貌していた。
まあ何かあったのだろう、と自らを納得させておく。オルガマリーに関しては別に興味もないしどうでもいいが、問題は最後に残った青装束と杖が特徴的な男だ。
時代錯誤な格好をしているが、それが単なるコスプレではないことは明白だ。そういった気配に疎い一貴ですら分かる濃厚な魔力。そして古典的な魔術師の恰好をしていながらも、纏う気配は熟達した戦う者特有のものだ。
「―――おい、そこで隠れてる奴、出てこい」
それもそれなりに自信があった自身の隠形を見破る程の戦闘者か。魔術を行使した形跡はない。つまりはあの男の純粋な技量によって居場所は丸裸にされた。一貴は警戒心を一段階上げる。
一貴は臨戦態勢を取るマシュ達に姿を現す。青装束の男を観察するために姿を隠していたが、それが叶わないならばいつまでも隠れておく必要もない。
「あ!」
「藤原さん!?」
『藤原君、無事だったのかい!?』
喜色を浮かべるマシュ。虚空のホロウグラフィック上のロマニも驚きの声を口にする。立香もオルガマリーも見知った顔であるとほっとした表情を浮かべた。
「ん? なんだ嬢ちゃん、知り合いか?」
「はい! Bチーム所属の方で、白兵戦のプロの方です!」
「……へぇ」
マシュの言葉を受けて青装束の男は一貴を上から下まで無遠慮に見る。そしてにやり、と笑みを浮かべた。
「確かに佇まいからみる一廉の剣士みてえだな。俺はキャスターのサーヴァント。……ランサーの方が性に合ってるんだがな」
「先ほど紹介に預かったBチーム所属の藤原だ。よろしく頼む」
「おう。ま、よろしくやろうや兄ちゃん」
実に気安く接してくるキャスター。次いでオルガマリーが神妙な顔して近づいてくる。
「……無事だったのね。サーヴァントには敵わないとはいえ頭数が増えるのは喜ばしいことだわ」
憎まれ口を叩くオルガマリーだが、その語り口にはいつもよりキレがない。こんな状況にいきなり放り込まれて流石に神経をすり減らしているようで、顔色も悪い。
「ああ。……それで? 状況はどうなっている。俺も良く分かっていなくてな」
「ええ、そうね。ロマニ」
『ああ、藤原君。良く聞いてくれ―――』
状況は良くない。一連の話を聞き、一貴は内心でそう感想を漏らした。
まず生き残ったまともなサーヴァントがキャスター一人という状況が悪い。
キャスターがいくら特級のサーヴァントとはいえ、骸骨共は幾らでも湧いてくる。その上、セイバーが殺したサーヴァントは影となってキャスターを必要に追い詰めているという。多勢に無勢ということなのだろう。だからこそキャスターも手あぐねていたわけだし、接触してきたのだろう。
キャスターの真名は分からないが、複数クラスの適正があるというということはそれなり以上に知名度のある英霊に間違いない。ランサー適正があるというキャスターの言葉を信じるなら本来キャスターは武勲を立てて英霊まで昇華されたサーヴァントであり、そんなキャスターが手を組まざるを得ない状況にあるということは思った以上に状況は逼迫しているとみていい。
「まぁ、良いか」
結局一貴はそう結論づけて考えることを止めた。
立香はどうだか知らないが、他の三人は自分よりも頭の出来は上等だ。であれば兵士である自分は命令に従っておけばいい。
その結果、マシュ達を守って殺されるというのであれば、それはそれで悪くない。
人理とやらを守る―――。
即ち、世界を守るために死ねるというなら、それはそれで良い死に方だ。
斬るしか能の無い愚か者にしては過ぎた最期だろう。
「兄ちゃん、何か言ったか?」
適当な岩に座っていたキャスターが一貴の言葉を拾ってそう言う。
「いいや、なんでもない」
大聖杯を目指す道中、一貴達は休憩を取っていた。オルガマリーが隠し持っていたというドライフルーツを咀嚼すると、疲弊も多少は収まってくる。
「……最後の打ち合わせと行きましょうか。残っている相手はアーチャーとセイバー」
「バーサーカーの奴も残ってるが、刺激しなけりゃ問題ない。実質その二人でいいと思うぜ」
「遠距離戦を得意とするアーチャーと近接戦闘を得意とするセイバー。厄介な組み合わせですね」
「お互いに短所を補完し合うクラスだからな。アーチャー相手なら俺が相手をしてやる。……今の身はキャスターだが、シャドウサーヴァントに堕ちたアイツ程度なら俺が葬ってやるよ
「……ねえキャスター、その口ぶりだとアーチャーが誰だか知っているみたいだけど?」
「あ? あー、まあ腐れ縁ってやつだよ。……まったく、こんな場所でまぁたやり合うとはな」
立香の言葉にどこか罰の悪そうな顔を作るキャスター。
「セイバーは間違いなく強敵だ。大聖杯に繋がった影響かノータイムで宝具を連発してきやがる」
想像するだけで嫌な話だ。立香達も不安げな表情を隠せていない。
「だが幸いにも嬢ちゃんの盾とは相性が良い。それで上手く時間を稼いでくれ。後は俺の宝具でどうにかする」
「……行き当たりばったりね。本当にうまくいくのかしら」
オルガマリーの不安も最もなものだ。何せ作戦ともいえない粗末なものだ。
しかし現状ではそれ以外に立てる作戦もない。それをオルガマリーも分かっているのか、それ以上の言葉は口にしない。
「でもそのためにはアーチャーが邪魔なんだよね」
遠距離戦が出来るということは援護も容易い。横槍を入れられたら溜まったものではない。
「ああ。アーチャーの奴を如何に早く仕留めるか。これが今回の肝だな。そこのところはこの兄ちゃんにも手伝ってもらう」
ぽん、とキャスターの手が一貴の肩に置かれる。
「アーチャーのヤツの脅威は冷徹な戦術眼にあった。影化してそれが失われたのはこれ以上ない弱体化だ。兄ちゃんの腕前なら多少持ちこたえられるはずだ」
『その当たりは微力ながら僕達もフォローするよ。安心して戦ってくれ』
「……ああ」
さぁて、とキャスターはのっそりと立ち上がる。
「先を急ごうぜ。これから洞窟に入る。そっから先の休憩は無しだ」
「―――それは困るな。もう少しそこでゆっくりすると良い」
全員のその場所を向く。洞窟の上に何者かが立っていた。
『サ、サーヴァント反応だ! クラスはアーチャー!』
「消去法でアーチャーしかいないのは分かってるわよ! ロマ二、貴方仕事をサボっていないでしょうね!?」
『ち、違いますよ! 大聖杯の余剰魔力が付近に充満していて―――!』
ぎゃあぎゃあと騒ぐロマンとオルガマリー。一貴は刀を構え、キャスターはにやりと笑った。
「おうおう、信奉者がここで登場か。いいのかよ、持ち場所を離れてよ」
最も脅威なのはアーチャーとセイバーが共闘した場合だ。その片割れが一人でのこのこ出てきたのだから、これ以上ない好機だ。
「別に信奉者を気取っているつもりはないのだがね。まあ、門番の役割くらいは果たすさ」
ぎり、と手にした弓を構え打つ。マシュが盾を構えるが、その弓は見当違いの場所へ飛んで行った。
「……テメエ、どこを狙ってやがる。弓兵の目が腐ったらそれこそ終いだぜ」
「いやなに、私も君達全員を相手取るのは骨が折れるのでね。悪いが援軍を呼ばせてもらった」
「何?」
援軍。その言葉が何を意味するのか。直ぐに分かった。
地鳴りがした。その音は次第に大きくなる。圧倒的な何かが近づいてくるのが、計器などに頼らなくても理解できる。
『サーヴァント反応だ! とんでもない魔力の塊がこっちに向かっている!』
「テメエ! バーサーカーを呼びやがったか!」
全てが遅い。木々をなぎ倒し、咆哮を上げた巨躯の戦士がこの場に現れた。